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統帥権と帷幄上奏権
国家が統帥権の暴走を許してしまうのは、昭和になってからのことです。明治期は、元勲・元老がいて、彼らが集団指導の体制を取り、明治憲法下の調整をおこなっていました。国家権力の中枢には、政府・議会・軍部の三要素がありますが、昭和期にはいると、統帥権の独立を振りかざした軍部が幅を利かせるようになります。
その傾向が最初に出たのは、海軍の軍縮が国際的な課題となったときでした。軍縮を進めようという民政党政府に対し、郡だけでなく、右翼や政友会までもが統帥権を犯しているという言い方をして抵抗しました。「統帥権違反」ではなく「統帥権干犯」です。つまり、法律違反と言えないものを、あたかも法律に違反しているかのように言いました。
この言葉は、北一輝がつくったと言われています。なお、北は大正・昭和前期の国家主義者で、社会主義に傾倒し、『日本改造法案大綱』というものを書いて、当時の陸軍の青年将校たちに大きな影響を与えました。のち、二・二六事件の黒幕とされ、処刑されます。
この場合、統帥権を干犯したものが、統帥権主義者よりもずっと愛国者だったのは間違いありません。なぜなら、軍縮をしなければ日本とアメリカの間で建艦競争が始まります。そうなると、産業力・国力に優るアメリカに日本は抑え込まれ、対抗しようと無理に軍事予讃をとれば、日本の産業・経済の発達はさらに遅れます。だから、貿易をすることでアメリカと仲良くして、お互いに海軍の建艦競争をやらないようにする——というのが本当の愛国者のやり方であり、国策上の正解です。
しかし、軍縮を進めれば、艦長=中将になれるはずだった人はなれなくなり、多くの軍人が予備役に編入されて退役し、収入が激減します。いきおい、軍縮を主張する人間は嫌われてしまいます。だから、まっとうなことを言う人は海軍内で出世できなくなりました。
統帥権は、天皇が軍隊を率いる権利なので、解釈しだいで無限に何でもすることができました。帷幄上奏という特権が、陸軍参謀本部、海軍例部という、統帥を管轄する機関に与えられます。帷幄というのは、天皇の前に垂れている御簾=すだれのことで、帷幄上奏権は、直接天皇に会いに行って、すだれをとおして意見を述べたり、相談したりする権限のことです。
軍隊は天皇のものでしたから、陸軍や海軍が天皇と直接軍の行動について相談しあって、余人を介さないというので、どこが悪いかという権限なのです。これにより、軍人が首相でさえ知らないところで天皇に合い、意見を述べることができます。しかも、政策や作戦が間違って悪い結果になったとしても訴追されることはありません。
「このことから、統帥権は、無現・無謬・神聖という神韻を帯びはじめる。他の三権(立法・行政・司法)から独立するばかりか、超越すると考えられはじめた。さらには、三権から容喙もゆるされなかった。もう一ついえば国際紛争や戦争を起こすことについても他の国政機関に対し、帷幄上奏権があるために秘密にそれをおこすことができた。となれば、日本国の体内にべつの国家——統帥権日本——ができたともいえる」(『この国のかたち』四、85「統帥権(四)」
神がかりの統帥権が戦争を始めるのですから、その恐ろしさを司馬さんは訴えるわけです。
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