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ケストナー没後 50 年
詩人 藤田 晴央
詩や児童文学を通じて、
市民の視点で社会に警鐘
エーリッヒ・ケストナー( 1899 ~ 1974 )は『飛ぶ教室』『エーミールと探偵たち』『ふたりのロッテ』などでドイツを代表する児童文学作家として知られているが、もともとは詩人として出発した人である。 1928 年の第一詩集から 32 年までに四冊の詩集を刊行し、多くの読者を獲得していた。
しかし、 1933 年 5 月、ナチスがドイツ各地の図書館から「反国家的」な図書を持ち出し、広場に積み上げて燃やす「焚書」がなされ、ケストナーの本も燃やされた。
そんなケストナーに「列車の比喩」という詩がある。その一部分を紹介する。
「ばくらはみな同じ列車にこしかけ/時代を旅行している/ぼくらは外を見る ぼくらは見倦きた/ぼくらはみな同じ列車に乗っている/どこまでか 誰も知らない/(略)/行きさきは車掌も知らない/列車は黙って出てゆく/突然けたたましく汽笛が鳴る ! /列車は徐行してとまる/死人がゾロゾロ降りる」『人生処方詩集』(小松太郎訳)
これは、ナチス台頭機に書かれたもの。ケストナーは個人も国家も言葉鮮やかに風刺した。その詩には、人権を尊ぶモラルへのこだわりがあった。ケストナーには大人のための長編小説『ファビアン』がある。ワイマール共和国末期のベルリンを背景に、主人公ファビアンを通して「時代」をシニカルに描いている。台頭期のナチスの支持者も登場して左右が対立する混沌とした政治状況の中でファビアンは自己の進む道を模索する。「同時代の人々がロバのように強情に、後ろ向きに歩いているのが見える。奈落が口をぽっかり開け、ヨーロッパの全国民が堕落するのを待っている」(丘沢静也訳)。「あとがき」の一文である。この本が出された後、ヨーロッパはまさに「堕落」していく。
ケストナーは強烈な反体制の運動家ではなかった。多くの詩人・作家が亡命していく中、ナチス支配下のドイツでの出版を禁止されながらも自国にとどまり生きのび、著作は隣国スイスから出版した。そこには、風刺詩人としてのしたたかな精神があったように思われる。
ケストナーの児童文学の諸作品に通底するのは自由を奪う息苦しい社会への批判である。どの作品にも、母への愛情が色濃く流れている。その立ち位置はいつも、貧しかった少年期にあり、彼はいつも、危うい立場の「市民(ピュルガ―)」の側に立っていた。
そのような市民の一人としてケストナーは、戦後も絶えず社会に警鐘を鳴らし続けた。一昨年文庫版が出た『終戦日記一九四五』は、 1945 年のドイツは五銭前後の日々を描いた貴重な記録だ。敗戦までのナチス党員の残虐な行為、彼らの顔色をうかがう一般市民、逃げ帰ってくるドイツ兵の惨めさ、それまでドイツの占領国だった人々の手のひらを返すような対応などを語る描写は皮肉に満ちていて、国外に亡命していては書けない鋭い人間観察の虚として、第一級の文学作品となっている。
今年はケストナー没後 50 年。押し寄せるファシズムに対してモラルを軸に詩や児童文学を通して警鐘を鳴らし続けた作家ケストナー。放射能汚染や地球温暖化への対応、軍事力強化や福祉充実の行方など問題が山積みの今、わが国の進もうとしている道の先に「奈落」が口を開けていないかどうか、ケストナーの言葉に救われるものは大きい。
(ふじた・はるお)
詩集『夕顔』で三好達治賞を受賞。評論集など著書多数。 2024 年思潮社から『現代詩集文庫・藤田晴央詩集』が刊行。 青森県弘前市立郷土文学館運営委員長。
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