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8月6日の原爆忌、確かに安倍総理は何時もの状態ではなかった。9日の長崎は拝見しなかったが、マスコミは 「広島と長崎の追悼文がほぼ一緒であった(手抜きである)」 と叩いた。これに関して海外のネットでは 「同時期の原爆被害で、追悼文の何をどう変えようがあると云うのか、日本のマスコミは叩き過ぎだ」 との意見が載っていたものだ。ここでニュースが入って来た(29日6時)。安倍総理は退任迄にG7の首脳と電話会談をするそうだ。手始めに、31日にトランプ大統領との電話会談。かつてこの様な事があっただろうか?日本の首脳が1年から精々長くて5年の執務から離れる時、付き合いの有った海外の主だった首脳に ”事後を託す” 或いは ”お世話になりました” 旨の電話会談をする、って?!↑ この一事に見事に安倍総理の7年8か月が集約されていると思う。彼は国内でよりも国外で、より手腕を評価され活躍し愛された。それはそうだろう、国内では野党、マスコミが ”安倍一強” の弊害とばかりに森加計、公文書問題、桜を観る会で追及するばかりで、安倍総理の足を引っ張る事に終始されたからだ。それが原因か結果か分からないが、総理は地球儀を俯瞰する外交を精力的に行った。世界の政治家達の中で、安倍総理は大袈裟ではなくその存在感を世界に示していた(昨日迄)、日本に取ってのかつてない逸材であったのに。その逸材をこの時点で(どうせ来年9月迄ではあったが)日本は手放す羽目となった。直接の引き金は勿論コロナであった。 これが無かったら彼は甚大なストレスを感じる事もなく今頃はオリンピックを終えパラリンピックの最中であったろう。そう、このコロナ対応で彼は非常に叩かれた。私も ”アベノマスク” では彼を非難した。 でもこれも考えてみると、計画を立てた時と支給する時の時間差が生じ、マスクの需要度が格段に下がってしまっていて、支給する時には何の価値も無い物に何百億円も投じた、と云う大悲劇が起きてしまった事になり、総理に取っても大悲劇以外の何物でもなかっただろう。他にも各種支援金の支給過程に於いても、政府は手こずった。でもこれはマイナンバー法成立の時、個人口座との紐づけを、究極の私権を国家が掌握してはならぬと云う論点から、野党が許さなかったと云う経緯があったからではないか!そう、この非常時だからこそ、国民はもっと彼に寄り添うべきであった!野党マスコミの口車に乗せられて、私に言わせれば ”愚かな国民” は彼に ”万能” を要求した。愚かな国民とは、安倍ガー 安倍ガーと言っている、知ってか知らずか日本人で有りながら韓国、中国を利する思想の持主の事だ。お前がこの時期の一国の首相をやってみろや、出来もしない癖に一任した以上この非常時、総理を支え盛り上げる事が第一番なのに、批判し要求する事ばかりに終始する、足を引っ張る事しかしない奴ら、と私はずっと言いたかった。拉致問題、北方領土問題に付いては、”大変なご努力” をされたにも関わらず叶わなかった。ご本人が一番悔しがっておられる筈だから、ここにも又 「お前がやってみろや」 と言いたい。前者は相手が悪過ぎて悪過ぎて、もう人知の及ぶ処ではないし。拉致問題に付いては、当時党員を多く抱えていた旧社会党は 「拉致などあり得ぬ」 と初っ端で北の陣営に居た事を隠さなかったのを、日本国民は忘れてはならぬ(そして社会党を脱退した大多数は現在複数の野党の中に党名を変えて存在しているのだ)。又北方領土、返す返すも旧ソ連が解体して新生ロシアが困窮していた時に、一気に攻めるべきだった、取り返すチャンスだったのにそれをしなかった、と云う自民党にも大汚点があった。一国のリーダー、って誠に誠に不可思議なものだ。今アメリカの選挙戦を観ていても、あの大国で人材がトランプとバイデン(超高齢)しか居ないのかといぶかる程に、傑出したリーダーって、或る意味 ”たまたま” 出現するものなんだろうな、と思ってしまう。その意味でも安倍さん、日本では貴男がその ”たまたま” で有り(二階幹事長言、自民党の歴史の中で傑出した人材であった)、どっしりと居らっしゃったお蔭で、私は一時(いっとき)日本国の運営に安心していられた。【この様に国際政治の世界で存在感を放ち、日本の政治的(かつての経済だけでなく)位相を戦後最高に高めた政治家になられるとは、些かも思わなかった、と云う意味で ”たまたま” と云う言葉を使っています】海外「安倍さんが全てを変えた」豪首相が安倍総理に送ったメッセージが感動的だと話題に(少しスクロール)彼の後を継ぐ者はてーへんだ。そしてこれから又、コロコロ変わる首相の時代がやって来るんだろうな。大体野党は常に ”長期政権の驕り” だとか、”緩み” だとかそこを追求してくれますが、たかが7年8か月だよ。 一旦目を世界に転ずれば、アメリカでは2期8年が普通体制だし、ドイツではメルケル首相がG7では断トツの長期政権だ。ロシアではプーチンが終身大統領を画策しているし、習近平は早々と終身主席を獲得した。後の2者は ”独裁” として論外だが、事程左様に世界に伍して行くには、長期政権の方が確実に ”有利” なんです!弊害よりも実益の方が遥かに多い、と私は申し上げたいのだ。菅首相 G7にて
2020.08.29
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NHK 「奇跡のレッスン」 を観た。中国人書家、熊峰(ゆうほう)さんが広島県熊野東中学、熊野中学の書道部生徒を6回に渡り教えた番組(2020年2月20日放映)の再放送である。改めてこの年にして初めて、と云っていいかもだけど、「書」 の持つ凄さを感じ取らせて頂いたものだ。そして改めて改めて思う。世界広しと云えども、自分達が使う ”言語そのもの” を芸術に迄昇華させる事は、漢字圏を除いて他には無い、と云う事を。これは当然大いに誇って良い事だ。他文化圏とは大きく ”出だし” から優位に立っていると云って間違いないからだ。世界で大多数を占めているアルファベットが、アラビア語が、芸術に迄昇華されて使用されているか? 答えは勿論ノーだ(でも一応美しく見易く書く、と云う概念はあると聞く)。だからこそ ”漢字” を発明した古代中国は偉大であった。彼らはそれでこそ、自らを 「大中華」 と認識して他民族を蔑む一助とした事は想像に難くないだろう。↑ 尤もそれは漢字を使える極く々少数の支配階級に限られていた事だろうが、その心情は下層民に迄伝播していった。それが今の習近平に帰結される、国土の広大さ、人口の多さを後ろ立てにする 「中華思想」 政策だが、共産主義国となった中国は勿論昔日の ”中華” では全くない事が悩ましい処だろうな。『中国では書道の事を 「書法」 といい、漢字を理解し様々な書体を書く技術 「技」 を重んじています。 それに対して日本の書道は 「心」 を重んじてその二つを融合させようというのが熊峰(ゆうほう)さんの考え方』 とある様に、日本の進んできた道は、師匠を鵜呑みにせず、”様々に工夫して” 「日本文化」 を作り上げて云った事を大評価すべきでしょうかね。漢字だけの世界では読み辛いとして平仮名を誕生させ、その事は中国の古代文化人が嗜んだ 「漢詩」 をより短い 「短歌」 「俳句」 へと、昇華させる事に誘った。日本ホルホルはみっともない事は百も承知で、言わせて貰うが、短歌、俳句に至っては、言いたい事を出来うる限りの短詩型で納めると云う、この精神作業は誠にもって ”感服” と言わざるを得ない(世界中何処にも有りはしない)。そしてこの短詩型の作業が、「書」 と酷似している事に、私は冒頭の番組を観て気が付いたのだ。最終日のレッスンは体育館で、熊峰(ゆうほう)さんが提示する、熊野町が2018,7に経験した西日本豪雨をテーマに大きな用紙に左から 「災害」 「復興」 「〇〇(失念した)」 に関連した、一人ひとりの生徒が書きたい文字を、順番に登壇して書いていったものだが、友達を豪雨で亡くした生徒は 「生命」 と、又他の生徒は 「希望」 と書き、「創造」 と書き、或いは 「熊野」 と書き、、、、まるで俳句より更に究極に短い精神作業であった!今思い出しても私は泣いている。最後に右端に朱で、先生の熊峰(ゆうほう)さんが 「書は力なり」 と書き上げた。真に 「書は力なり」 を感得させられた 「奇跡のレッスン」 であった。
2020.08.22
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