風と散策
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数日前首相官邸での木原官房長官の記者会見は、ネクタイ締めのスーツ(夏用なんだろうけど)姿だった。NHKの男性アナウンサーは辛うじてノーネクタイだが、同じくスーツ姿。女性アナウンサーは去年迄は、女性の特権とも言えるブラウスとスカート姿だったのに、今年はあろう事か、総じてその上にジャケットを羽織っているのは何故なのか?!明らかに時代に逆行している行為だ。クールビズとやらは何処へ行ったのか?!首相官邸は、議事堂は、委員会室は、設定温度を何度にしているのか?NHKは何度にしているのか?ためらわずにクーラーを使って下さい、と頻りに無責任に放言しているNHKを始め報道機関。”酷暑” は温暖化の精だと広報する癖に、自分達は温暖化抑制に協力しようとは露程も思っていない行為を、何とも思わないのか?2月28日に始まった米、イスラエルによるイラン戦争。その時の石油高騰に、チャンスだと私は思ったが、高市総理はガソリンに対する補助金とかそっち方面に舵を切った。2022年のロシアによるウクライナ侵攻の時もそうだったが、真の為政者なら、国民に石油の使用節制を頼むだろう、温暖化抑制の為の好機として。世界の空は繋がっていて、日本一人が頑張っても仕様がない、とはいえ、コロナ禍の中國が極端なコロナ対策を行った(家から出るな)結果、そして経済活動が極端に低迷した結果、それ迄スモッグに苦しめられていた北京の空が快晴を取り戻した、と報じられた事があった。もし自分が高市総理の立場でも、目の前の経済の低迷は避けて通りたい(凡人だから)。国民の機嫌を損ねたくない、と思うのも分かるのだが・・地震は仕方がない。 地球の内部は元々そう云う構造になっているのだから、対処の仕様がない。だが、地球温暖化には対処の仕様があるのだ!今回熊本に、同様の行動を求めてはいない。充分にクーラーを、ガソリンを使って下さい!だが取り敢えず今は安全地帯に居る、その他大勢の日本人。6帖一間の学生諸君とか、マンション住まいの人とかは、クーラー無しでは住めないのも分かる。でもその場合でも、設定温度を25、6度にして頂けないか?戸建てに至っては、28度にして頂けないか?私は戸建てだが、28度どころか扇風機オンリーで過ごしている。団地で下界よりは1度は低い筈だし、前方は開けている地形だ。だが両隣はクーラーを常時稼働させてるから、その排気熱はもろに被ってる筈だ。その内一軒は病人を抱えているし、クーラーを使って下さいと思う。だが、もう一軒は、私に倣って扇風機にして欲しい(勿論言わないよ)。そしてその戸建てだが、二階の居室に例えクーラーが有ろうとも、勉強や作業は、下の居間一室に集約させて欲しい(戸建ての二階の暑さも半端ない)。電気代を気にしない人は、 ”充分な事” をしようと思っている。快適なのは、22度だよ? いや20度だろ? な~んてね。各々一寸づつ、の我慢をしなくちゃーいけないんだが、ね。これは冬場の北海道の人達がやってる行為と一緒だ。石油ストーブをガンガン焚いて、室内で半袖で過ごしている、のと同じ理屈だ(この意味からも、ガソリンの補助と同じく電気代ガス代の補助も、本当はしてはいけない事なんだ)。夏場は出来得る限りの軽装で過ごして欲しいのだ。ここで冒頭の首相官邸とか、NHKでの一切クールビズを考えていない馬鹿モンの服装の件に戻る。スーツ姿のネクタイ姿では設定温度を低くせざるを得ないだろ?!中には半袖シャツの議員も少数ながら見るが、設定温度は重装備姿に合わせるしかないだろ?!NHKも然りだ!おしゃれなんか気にする場合の地球か! 飽く迄もスーツを着たいのか?ひょっとして正式な服装で記者会見には臨みたい、と思ってる?”無礼講” と云う言葉こそ、この際に使うべき行為として用意されているのに。直ぐに夏場の一過性、として定着するだろうよ。率先垂範で、政府関係者、報道関係者には範を示して欲しい(テレビ画面に映るから伝播性があるのだ)。半袖シャツで良いではないか(まさか下は短パン、とか言わないから)。それなら両方、設定温度を28度に出来るだろう。毎年、夏にはこの話題を書いてしまうのだが、新造エアコンは、夏場は25度以下の設定には出来ない仕様を作って欲しいし、車は、新しく買う自動車は自家用車を認めない、とか、思い切った処置を講じなくては、灼熱の夏は延々と拡大の一方だろう。アマゾンとやらが宅配、なんぞを始めやがった。 世界中がそれに倣え、と・・・必要な物は昔に帰って店に買いに行くのだ!遠くて行けないなら諦めろ。我々高齢者は昔の ”優しい夏” ”情緒溢れる夏” を知っている。当時はそれでも暑い暑い、とブーブー言ってたもんだが、今にして思えば雲泥の差、ここ広島市(当時は村から町へ)だが精々行って31度? それも滅多に無かった。お盆の頃には毎年判で押した様に、辺りは一斉に初秋の気配を漂わせ・・・子供心に天の神様?に感謝したもんだ。それから一年で一番充実した、長~い秋天の季節を過ごしたのだ(どうだ、雲泥の差だろ)。だからそんな我々には、今の便利さを犠牲にする事等たやすく、叶わぬ事とは知りながらも、昔の夏に帰る事を切望している。何より、次の世代になっても、地球には優しいままで居て欲しいから。
2026.08.04
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