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見慣れない子が観光課に来た。黒の背広がマッチしない。(新入生だ!)可愛そうなくらい緊張してて何をどうしたらいいのか解らず、糊付けしたワイシャツのようにカチンカチン・・小指でつついたら倒れそう!以前の私だったら、お茶でもあげてほっておくのに何かと気になる。というのもーーー私の息子は大学1年! 夏休みに役場でアルバイトをした。募集は40名だが70名が集まり、郡守(日本でいう市長)に報告したら全員を使え!ということになった。でも予算は40人の1ヶ月分しかない。郡守いわく「将来、社会人として働くのに役場でどんな仕事をしているのか体験させなさい」担当部所の総務課は70名を1ヶ月でなく3週間アルバイトさせることにした。アルバイトの部所は大学で何を専攻しているのか、その分野にあわせる。息子は民願室(日本の市民課になるかな?)に行った。観光課はアルバといっても使い者にならない(失礼・・だが)電話受けもろくに出来ない。珍島で産れ育っても観光地を知らないと観光案内が出来ないからだ。それに仕事の電話も誰が何を担当してるか知らないから「アルバイトなのでわかりません」ということになる。結局、空いてる席でコンピューター相手にゲームしてるアルバである。そういう中で要領のいいやつは、朝顔だして職員にあいさつし知らないうちに消え、どこかで時間をつぶして終わる時間に顔出す!なんてやり手もいた。ところがいないときに限って雑用はあるもんで、そのたびに携帯で探したり・・そういうアルバを見ながら、何が見えるかというと家でどういう家庭教育を受けてきたか!が解る。適当に時間をつぶして遊んでる子が、?課長や?係長の息子だったりする・・(あの家系は終わりだな)なんて申し訳ないことを思ったりして>>>だけどそんな子がけっこう出世したりする!不公平な世の中である。わが家の息子はコンピューターのない、電話のない席だったんで好きな本をしこたま読んで過ごしたようだ。内気で10分でも席を開けると不安な性格なんでむしろ「真面目な息子」とお誉めの言葉を頂いた。だけど私は要領悪い息子が不満でもある。今日訪ねてきた新入社員の姿が息子の姿とダブり他人事じゃない大学で4年間コンピュータを専攻したそうだが勤務地は珍島大橋!それも環境美化員(つまり掃除夫)である。職場がなくて・・・これだけの人材がもったいない話しだ。それだけ不景気ちゅうことかなー
August 29, 2005
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大々的な人事異動があった。脇を刺し殺したい?お方は異動なし。(涙が出る)こりゃきっと許して愛しなさいという神のお告げである。と感ずるが・・心がついていかん!クソ忙しいのに一人でコンピューターゲームなどをされるお方をどう愛するねん!!!と言いたいが、よく付き合ってみると、可愛そうな方である。アイスコーヒーを入れてあげたら涙を流さんばかりに喜び「オレの口にピッタリ合うぞーーさとうはいくつ入れたんだ」一日中喜んでいた。思えば単純な方である。奥さんは食堂してるが、係長の名を呼び捨てにする。私が主人を呼び捨てにしたらどうなるか!「気が狂ったかんか? 殺されたいか?」と言われかねない!韓国は儒教文化「夫を尊び!」という私?のような人間もいるがそうでない人種も多くいる。急に係長が哀れになった。(私も非常に単細胞・・)役場で誰も相手にしてくれず、家でも呼び捨てだったら立つ瀬がないなー そういえば係長の奥さん子供ベッタリで、その数%をオレに関心もってくれたらエエのに!といってたことを思い出した。男を生かすも殺すも女次第!だよなーーーーーーーーーーーーーー
August 29, 2005
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警察署に出入りするようになり、今まで知らなかった単語と出会う。韓国語で押收搜索(アプススセク)というのは・・日本語で家宅捜査のことかなーすごく違和感があるなー(まあ親しみがあったら問題だよなー)恐喝、脅迫なんて単語も飛び交うので胸がドキドキする。鉄格子の中で、ごっつい刑事に囲まれ、しかも何でか知らないが、チーム長も部長も黒のスーツ、ほかの刑事も上下を黒に統一している。「ヤクザの集団みたい」と思わず口に出したが、何度か出入りするたびに、駄洒落も言える余裕ができた。「黒じゃなくて、薄ピンクかイエローのシャツを着てイメージチェンジしたらどうですか?」ヤクザ相手の刑事だから無理だろうなーと思いつつ言ってみた。協力捜査チーム担当の刑事も家に帰ったら一家のアルジである。ほとんど若いメンバーだから子供は産れたばかりの赤ちゃん。役場まで自動車で送り迎えしてくれる。その自動車には奥さんや子供の写真が飾ってある。事件に関することは署の中だけで一歩外にでると口外しない。家族写真を見ながら、(刑事さんは家ではどんな会話をするのかしら?奥さんはいろいろ気苦労があるだろうな)と思いをはせる。
August 25, 2005
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役場の退社時間は午後6時、その1時間前にお呼びだしがあった。すぐに終わると思った!けど帰宅したら12時だった。主人はテレビと部屋の電気を付けっ放しにしておおイビキかいて寝てた。台所でごそごそカップラーメンに熱湯を注いでたら人の気配で起き出した主人から言われた。「いったい警察署で今まで何してたんだ」怒鳴られた。「ご苦労様」と慰労してくれてもいいものを・・だけど主人の怒りは別にあった。「今まで飯にもありつけなかったのか」^^:日本人相手の調査に1時間半、その通訳調査書がA4用紙に8枚分、韓国語を日本語に翻訳翻訳調査書を日本人に見せ、確認の指紋を押す。だが確認しながらまた訂正するので、チェックしながら通訳これをしたらご飯食べる時間無く、夜の12時になっていた。警察署の職員は「すいません」を連発する。たしかに翻訳の時間は韓国人も日本人も休んで、私一人で作業するし息する間もない!とはこのことだなー調査を受けた日本人は、参考人だから気楽な雰囲気だ!日本人は高齢で、体の調子も悪く、長時間の調査も空腹感がないそうで休みなく調査を受ける。(こちらは腹ペコペコですの)・・でも早くケリ付けたいから無言・・体の調子が悪いといいつつ、ヘビースモーカーの日本人!「たばこは体に悪いですよ」と私が忠告する。「イヤーこの件で頭イライラしてねーたばこ無しには無理ですわ」調査してる警察官は「私も禁煙成功しかけてたんですが、この件でイラついて、またたばこに手がでてねー」と大爆笑! 調査書を翻訳したら、この大爆笑の会話も記録されていた。
August 24, 2005
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歯科に行く。病院の中でも一番嫌いな歯科!でも痛くて仕方なく足を運ぶ。機械でギーギーやられる度に医者は「もっと早く来たら良かったのに」を連発する。奥歯1本を治療したら今度は左の奥歯、義歯の5列並んでいる間から痛みが・・義歯をかぶせてあるのを取り、治療にかかったのが5月の下旬神経治療をしてかぶせて終わり・・と思ったら歯医者はすごくまじめで堅物で「歯茎がむくむかもーー心配だなーー」内心(早く始末してくれーー)と叫ぶ!が・・「心配だからこのまま様子を見ましょう」エッ、明日は日本に出発して横浜からにっぽん丸に乗船するのにどうすんの???「左は歯がないから右で噛んだらいいでしょう・・」と軽く言われる。歯医者がいうのに無理やり義歯を入れろともいえず歯無しババアで日本行き(まったくアクビもろくに出来ないぞーーー)それから何と2ヶ月が過ぎた。歯科から「お元気ですか?歯は?」なんて電話が家にあった。電話を受けた主人は「私の奥さん生きてますよ」まったく海割れイベントの準備に追われ残業もし歯の治療なんかできなかった。しかしこの歯医者、脱帽ものである。とことん自分が気に入る仕事をするタイプらしい。日本も韓国も歯科は混んでいる。特に夏休みで学生が列をなしているのに私の治療に時間がかかり(多少、歯が噛み合わなくても命に別状ないのになあ)と他人事のように思いつつ2ヶ月ぶりの歯の治療をうけた。
August 19, 2005
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「ヨボセヨ!ヘジャさん?」珍島市内にある福祉会館という食堂の女将だ。「以前、日本の団体客の予約を受けたんだけど確認の電話がなくて・・明日のお昼に日本人来ます?」私はいくら役場で働いていても珍島を訪れる日本人を全て把握しているわけではない。でも今日は8月15日の光復節! 日本では終戦記念日だが韓国は日本が戦争で負けたゆえに日本帝国時代が終わりこの国に再び光がさした日として光復節を祝う。こんな時に、よりによって日本の団体さんが、こんな珍島の田舎に訪問するとは考えられない。「何か間違いじゃないですか?私は知らないですよ」土日の2日と月曜日は光復節の公休日だったので3日休み4日ぶりに役場に出勤したら、観光課長から呼ばれた。「珍島実業高校に日本の学生が姉妹血縁にため訪問する、行ってみるか?」「まあ高校で私を必要と言うのでしたら行きますけど?何人ですか?」「20人ほどだ!」課長の車で移動しながらハタと気が付いた。昨日の食堂の女将はこの学生の団体さんの予約を受けたらしい・・校門には日本の学生と思われる生徒がブラスバンドの楽器をバスから下ろしていた。ここの校長から「来てほしい!」という依頼をうけたが日本のどこから何の目的で来たのか説明なしだったので(まあ韓国ではよくあることでありますが・・)なにをどう準備したらいいのか解らない!!すぐに校長室に案内され日本の高知中央高等学校の校長先生と対面した。すごく若い!パワーに満ちている!という印象をうけた。姉妹血縁という話しだったが、会話を側で聞いてみたら国際交流のための訪問であった。さっそく高知中央高校のブラスの公演を聞いた。私は中学時代にブラスでクラリネットを吹いていた。全国大会まで出たので聞く耳はもっている。なかなかの実力であることが聞き取れた!!驚いたのは曲のスタートが「愛国歌」つまり韓国の国歌だったことだ。日本の学生が韓国の国歌を演奏する。何でもないことのように思うかもしれない・・だけど20年前の韓国ではありえない事件だ。(胸がジーンとした)ブラスの団員は最小の15人(クラリネットも3本だけだ)一人一人の実力がないと、このハーモニーは出ない。(偉そうに・・私個人の意見である)来てみて知った!高知の学生に珍島の観光案内をすることが私の役目であった。バスで「神秘の海割れ海岸」だけでも行きたい!ということだったが交流会で時間がなくなり、光州に出発する時間になってしまった。残念だが・・次に会うことを約束しつつ・・アンニョン
August 17, 2005
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毎週金曜日の午後7時から公演がある。珍島のような片田舎の島に、こんな国立の国楽院があるだけでも珍島はすごい島であることがわかる。先日の金曜日は韓国青少年国楽管弦楽団の公演だった。家から20分の距離にある国楽院だから6時まで役場の勤務をして、自宅に寄り国楽院に走る。夏休みで大学1年の息子が家にいて一緒に(強引に)連れていく。私が一番残念に思うのは日本で30年間韓国で韓国籍にするまで12年間(年令がバレるなー)日本人として生きてきながら、何と日本を知らないことか・・日本の民謡、文化、芸術に余りにも無関心であったこと・・を実感する。ガイドをするには日本の予備知識が必要だ。だが自らの無知蒙昧さに腹がたつばかり・・子供たちにはこんな思いをさせたくない。韓国に住み韓国人として生活しているから韓国の文化芸術に触れさせてあげたい。子供たちの未来はホントに解らないものだ・・(私が山梨の富士吉田で機織り娘として 一生を過ごすと思ってたら、韓国に嫁に来たように もしかして海外で生活するようになるかも知れない)韓国人で韓国を知らないとは悲しいことだ。息子は英語の歌が好きでCDをよく聞いている。本人の好みだからもちろん無理強いはできないが、国楽院の公演は無料だし、珍島での公演だし、特に韓国の若者が出演する伝統国楽だからまあ大丈夫だろう。グハハーー作戦成功・・息子よ!!こんな母さんがいて有難いと思え!![南道国楽院の全景]
August 10, 2005
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海割れ祭りは終わっても朝から晩まで農協通いしてる。イベント参加業界への送金やらなにやら毎日20-30の書類とニラめっこ。まあ雑用をしながら経理の流れを知るから勉強になるけど・・なにしろ数字と英字に弱い私・・だから送金の欄に記入するときは何度も確認する。5万を50万ウオンに書き間違えて送金しかねない私である。(実際、昨年別の職員がミスったので・・)慎重に慎重を重ねるので、時間がかかりトロいのだ!!私がこの世で一番、スゴイと敬う人物は銀行の経理で会社の公金を使い込みする人間である。どうしたらそんなに頭が切れるんかなーーもともと観光案内するべき私が日本人が郡庁へ訪問しても忙しくて案内できず「ごめんなさい! ご案内できません!」とあやまりながら内心(あーー何してるんだろう)とイライラしながら生活しているのだ。
August 9, 2005
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珍島は田舎だけどパン屋さんはあった。生クリームのケーキ屋もあった。だけどケーキは大型で一人で食べたくても食べられない!当然、家族の誕生日以外は口に出来ない!贅沢品である。このパリバーゲット珍島店がオープンして一番の期待と楽しみは何かというと一人で食べれる大きさのケーキがたぶんあるだろうということであった。期待にドキドキしながらお店に入った。あったよ、あった、ケーキがあった。でも値段を見たら一個が3千5百ウオンヒデー! 高ケー! ぶったくりー! 信じられん!こんなチッコイケーキが3と500ウオン目の前にあっても「高値の花」食えねえよおーー食パンだけ買って帰った私であった。^^:
August 7, 2005
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朝、息子のような娘が右手を広げて見せた。ギエーー! グローブのようにパンパンだあ「夕べムカデに刺されたみたい!チクッとして、びっくりして オッパ(お兄ちゃん)を呼んだけど、無視されたから、そのまま寝た」なんちゅう娘だ!「心臓もチクチクして痛かった。刺された傷が2個所、ポチンと赤くなってる」なんて平気な顔してる。私だったら家中の電気をつけて、寝てる主人を足て蹴ってたたき起こし大騒ぎするだろうに・・・太っ腹なのか? 呑気なのか? 鈍感なのか?心配になって役場の昼休みに家へ電話をかけてみた。「どう? 腫れがひいた?」「オンマー朝より腫れて手が上がらない」「大丈夫?」「ケンチャナヨ(大丈夫!)そのうち腫れがひくでしょう」なんて他人事のように答える。病院嫌い、医者不信、加えて面倒くさがりやは主人に似た。障害を持つ主人は異常に病院嫌いである。病院で待たされ、医者の面接5分、薬もまた1時間待たされ・・を体験してるので嫌気がさした様子である。そこまでは理解はきる。が・・・病院嫌いの人は民間療法に凝る人が多い。お陰でその被害?をこうむるのが家族である。たとえば水虫で足がかゆい・・石油を塗れ。効果抜群。おしっこの出が悪い・・スイカの赤い部分を3ー4時間煮て、そのスープを飲め。(お砂糖いれないのに、スゲー甘い!とても飲めない。1が月冷蔵庫に放置したまま)でもムカデの丸焼きを食わされるよりマシだな!
August 5, 2005
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わが家の家族構成。私達夫婦、大学1年の息子と中学2年の娘の4人家族である。ところが男やもめが娘と息子2人を育てているといううわさが流れた。だいたい私は小柄だしコマネズミのようにコマコマ動き、髪はショートカットにストレート、大根足を隠すためいつもズボンだから年より若く見られる。娘もまた髪がショートカットでスカートが大嫌い私、息子、娘が歩く姿を後ろから見ると娘と息子2人が歩いている! ということになる。主人は怒った。「いつおれがやもめになったんやーー」事件解決のため高金3万ウオンを投資し、パーマをかけた。田舎のオバハンの私だが、チリチリのラーメンパーマなんか大嫌い。弱く、軽く、パーマをかけたが周囲は超驚いた。「なんで?どうして?」「年増に見せるため!オバハンに見せるためよ」
August 4, 2005
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なんか変だなーー これってお坊さんのようだ!弘報はそのごとく珍島をピーアールする大使の意味だ。日本式にいったら「名誉市民」になるかしら・・この弘報大使に東京大学の文化人類学、伊藤亜人教授が任命された。教授は毎年2~3回は珍島に訪問され多くの弟子や教授を連れてこられる。伊藤教授は1972年ころから珍島の田舎、臨淮面三萬里の村長さん宅で寝泊まりしながら、3年ほど珍島の民俗を研究された。どんな生活だったか想像を絶する。そしてやはり食事が大変だったと言われる。飯をかき入れ、味噌汁で口に流し込む作業だった!という。早朝、村の裏手の山に登ると、ある時は民家から煙が上がるのが見える。「あーー今日は祭祀があるな、上手いものが食えるぞ」1ヶ月に一度ほど村のどこかでご先祖さまの祭祀がある。そのお膳にあがる豚肉や鶏肉が唯一のタンパク源であった。民宿の主人が村長だし、その下宿人ということで、いつも招待され食べにいった。当時はカメラを持っている韓国人がいなかった。人々の生活をカメラに写して記録に残したが、珍島の住民は誰ももっていない。珍島の過去の記録を日本の伊藤教授が手にしているのである。東京大学のサイトにはこの白黒写真が全て公開されている。生活に追われ、食べていくのに精一杯であった珍島住民の中には珍島の持つ独特な民俗芸能を保管、保護、伝承するため過去の資料を探しているが、伊藤教授のこの写真類は非常に貴重である。弘報大使に任命された伊藤教授!おめでとうございます。
August 2, 2005
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