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4月から長男が小学校に入学するが、アレルギーっ子なので弁当を持たせることにしている。給食センターで除去食も対応してくれるが、そうした無理を他人にお願いするよりも、出来る事は私たち夫婦で努力した方が子どもにとってもよいのではないかと考えてのことだ。市の行政に刃向かうものではなく、あくまで私たちの信念の問題である。藤森先生の「共異体」理論を借りていえば、お互いに違いを認めてよりよい社会を築くことこそこれからの社会で必要なことではなかろうか。学校給食の意味も戦後の児童の栄養改善から子育て力の低下を支える食教育の最低保障へ変化しているように思う。あえて困難な事に挑もうとしているのだから、同じでない事を責めないで、認めてほしいものだ。
2009.04.06
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4月最初の土曜日ということで、入園進級式を行った。毎年日記で書いているが、保育園はその制度設計上から年度途中に入所して、新年度になる前には次年度の定員に達してしまうので、どの園も4月から入園という子が少なくなっている。入園式という式典の意味が薄れてしまっているようにも思うのだが、進級式として、年度初めの園の所信表明というか新しいクラスの懇談会を兼ねて、なるべく全てのご家庭に出席を呼びかけている。今年の園での力を入れたい事の一つに、保護者同士のコミュニケーションをよくするということがある。保育園は保護者がみな働いていることが前提なので、これまではサービスと思って、行事等でもなるべく職員で準備などするようにしていたのだが、これがかえって貴重な親同士が仲良くなる機会を奪っていたように思う。やはり、子どもにとってのよく育つ環境は、保育園だけでなく、親、職員、地域ともよい関係でなければならないからだ。喜んで保育園のことに参加してもらえるよう、園での取り組みの意図や成果を伝えていく工夫をしなければと思っている。
2009.04.04
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今年で我が園は創立30周年を迎える。自分自身もいろいろなことで節目の年ということを意識せざるを得ない。ますます厳しくなる経営環境のなかで、よい保育を行うことで社会をよくするという私の「願」は通用するのか。そうした迷い苦しみのなかで、先日、たまたまお借りした小林正観氏の本に、今の自分の心を晴らし、あらたな境地へ進めてくれる言葉があった。このことばを拝借すると、「ただしい人からたのしい人へ」ひらがなだと下線の「だ」と「の」の違いしかないが、全然違う世界観になる。これまでは自分が「正しい」と思うことを精一杯やってきたが、結果、それが周りの人を苦しめていたのではないか。自己満足的な正義感は「こんなに正しいことをやってるのに」という奢り怒りをふりまいていたのではないだろうか。そうした正義や苦しみ悲しみは人には見せない。そう堅く決心し、周りの人を「たのしく」することを誓います。たしかな実践を積み重ねること。これのみに専心します。
2009.04.01
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