2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全5件 (5件中 1-5件目)
1
深夜の1時ごろ父の入院していた病院から危篤との知らせで、病院に駆けつけるが、すでに遅く、息を引き取っていた。覚悟はしていたのだが、つめたくなり始めている手を取り、顔に触れると死というものがリアルに伝わってきた。最後にはどんな事を思っていったのだろうか。表情を見る限り、苦しまずに逝った様子なのが私にとっては救いだった。子どもの頃は親の死を考えると、とても怖くてしょうがなかったものだが、案外、平常心でいられたのは、私も子どもを持つ親となり、守るべきものがある強さなのだろうか。命のバトンを強く意識する。私はどんなバトンを子に渡せるだろうか。どんな生き方で示せるだろうか。はずかしくない生き方をしたいものだ。
2009.03.21
コメント(0)
教育委員会の告辞を読むため、中学校の卒業式に参加する。自分が中学校を卒業したのはもう20年以上前かと思うと月日の経つのは本当に早いものだ。素直な子たちの一途さが伝わってきて、厳粛なよい式だった。感極まって涙声の別れの言葉にもらい泣き。。。思春期のころの記憶が蘇ってきて、なんだか少し、若返ったような気がして得した気分。
2009.03.16
コメント(0)
卒園式、保育園生活の集大成。これまで学んだことが総合的に発揮される場である。段取りを覚え、美しい歩き方、座り方、話し方をし、周りの状況にあわせて動く。ガマンもしなければならない。子どもたちにとって、1時間近くの式典にきちんとした姿で臨むということはとても大変なことだと思う。大人から怒られるからするというのでは保たないだろう。自分自身できちんとするのだと自分を律する心がなければ出来ないと思う。今日は卒園児ばかりでなく、送り出す側の2歳児以上の在園児たちも立派な態度できちんとできていた。卒園していく子たちのための大事な式であると伝わったのであろうか。真剣さ素直さに関心するばかりであった。
2009.03.14
コメント(0)
致知2月号に世田谷区の「日本語」教育特区のことが載っていたので早速、世田谷区役所に電話をしてこの教科書を取り寄せた。(記事イメージ)公教育を見直す 母語「日本語」の力を養ってこそ 今、保育園で一番取り組みたいと思っているのが、論語などの古典の素読である。何も早期教育をしようというのではない。母国語としての日本語のリズムに親しみ、その詩や言葉が心に残ってくれたら、大人になり困難にぶつかった時、その言葉が救いになるかもしれないからだ。ずっと順風満帆の人生なんてあるのだろうか。必ず向かい風の中を歯を食いしばって行かねばならない時がある。そんな時、「本物の言葉」をもっていたら、心の中でひとすじの光を放ち、生きる力を再び与えてくれる。一、二年生の教科書から(論語)子 曰く、「徳は 孤ならず、必ず 隣 有り。」と。先生がおっしゃいました、「思いやりの ある 正しい 行いを している 人には 、かならず 自分のことを わかってくれる 人が 現れるのです。」と。
2009.03.11
コメント(0)
この頃読んだ本で、「幼児教育とは感覚を育てる場」であると書いてあった。全くその通りであると共感し、園内の保育環境を考える時にもそうした配慮が必要とあらためて思った。そのためには、保育者自ら感性を磨く事を心がけ、全てにおいて思いやりの心で気配りをしなければならないだろう。ゴミが落ちていればすぐ拾い、履き物が乱れていれば揃え、少しの変化にも気がつくよう心のアンテナの感度を上げる努力をしたい。
2009.03.09
コメント(0)
全5件 (5件中 1-5件目)
1


