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毎朝通勤している道中で、ガソリンスタンドだった建物を解体しているのだが、そこの業者さんがこんな幕を掲げています。個人の自由とは「自分さえ良ければいい」という意味ではありません!!社長さんが世に訴えたい事なのだろう。保育園でも様々な遊びのコーナー、ゾーンをもうけて自由に遊ぶことができるようになっているが、皆がたのしく遊ぶためには、それぞれのルールを守らなければたのしくできない。何気なく保育園で行っていることが、意味あることだと毎朝これを見て思うのであった。
2009.05.18
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久々の書き込みです。この頃は頻繁にスランプに陥ってしまうのだが、今回は少し長かった。。。日記を書かないのもその原因の一つかもと思い直して、内容はなくとも、とにかく日々書いていくうちに調子がよくなるのでは・・・なんてね。誰が見るかわからないブログでは、自然と前向きなことを書くことになるのがよいのかな。まずは、書きやすい読書ネタからです!このごろインスピレーションを得た一冊!「1分で大切なことを伝える技術」PHP新書 斎藤孝 著前書きに、いきなり心をグッととらえる文章が(以下まえがきより転載) 言葉は、チャンスだ。 言葉の発し方次第で、人の心を掴んだり、自分の力を認めてもらったり、相手の気持ちがなごやかになったり、といった変化が起こる。 反対に言葉の使い方を誤ったり、口調がぞんざいになったりすると、すべてを台無しにしてしまうこともある。 現代社会では、膨大な量のコミニュケーションが渦巻いている。私たちは、人類が体験したことのない大量の言葉の渦を、いやおうなく泳いでいる。 情報が次々に現れては消える状況で、私たちは「切り捨てる」ことを日々習慣化している。テレビ番組が面白いかつまらないかを判断し、「切り捨てる」のに1分もかけない。人を評価し、切り捨てるのも早い。「バカか、利口か」「使えるか、使えないか」「魅力的か、そうでないか」「誠実か、いい加減か」即座にふるいにかけられる。 与えられている時間は短い。私は、自分をアピールできるのは1分程度だと想定している。江戸時代なら「今、何刻だい?」とのんきなやりとりができたが、現代の「時」は、1分を単位にできている。今は情報を即時に取捨選択できないと、情報の浄化槽が詰まってしまう。 1分なら、人は待ってくれる。ならば、大切なことを常に1分でまとめる練習をしてみよう。メールでも1分で読める量に限定してみる。言葉の量と効果は必ずしも比例しない。関係づくりの決め手となる言葉は、印象的な一言であることが多い。 私が教えた学生で、教員採用試験で大きなミスをしながらも、最終面接のラストに「魂込めた授業をします!」とアピールして採用をもぎ取った者がいる。情熱や人間性は言葉に乗り移るのだ。 まずは、「1分感覚」を身につけて見よう。この本の1ページを音読すると、1分程度になる。どこかのページを使って「1分感覚」を掴んでほしい。 このくらいの文字数で大切なことを伝えるには技術が必要だ。たとえば、1分の話のはじめに問いを発する。ポイントを3つほど入れて、1分の終わりに問いの答えとなる一文で着地する。あるいは、モノや図を見せながら、1分で説明する。こんなトレーニングは、小学校一年生から毎日授業中に行われるべき基本訓練だが、ほとんどの人は経験しないまま大人になる。 簡潔かつ印象的に話すことは、才能の問題ではない。練習するか、どうかに、すべてはかかっている。1分で話す練習を保育園でも何かできないだろうかと考えて、Podcastを利用してウェブラジオの番組を作っている小学校を思い出した。一日のニュースを年長児とつくると面白いのではないだろうか。難しいだろうか。
2009.05.11
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