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奥さんの誕生日。僕ら夫婦の間では、誕生日にプレゼントをあげない代わりに、本人が好きなものを購入するという習慣がある。そのため、今年もケーキだけで済ませるつもりだったけど、思いのほか月末の割には仕事が早く終わったし、金銭的なゆとりもあったので、日ごろの感謝も込めて奥さんへのプレゼントを買うことにした。プレゼントは、先月自分用のバックを買ったとき、一緒に居た奥さんが興味をもったバックにしようと決めていた。立川の駅ビルでお目当てのバッグと奥さんの好きなケーキを買って帰宅する。奥さんは僕よりも少し前に帰宅していた。「はい、誕生日のプレゼント」と、紙袋を渡す。「いつの間に買って来たの?」「んっ、今日。思ったより仕事が早く終わったんで、こないだ一緒にバックを買ったとき、みわっちが手に取って見ていたのを選んできた」「開けてみていい?」とバックを取り出した奥さんは鏡の前に立ち、「これ、結構高かったんじゃないっけ?」なんて言いながら、バックを持つ自分を姿を見ていた。「まぁ安かないけど、(少々わざとらしく)愛するみわっちのためですから、全然高く無いですよ」「なんて優しい旦那さんなんでしょう!」と奥さんも少々わざとらしい。そんな他愛のない会話をしながら、鏡の前で立つ奥さんの表情から、思ったより気に入ってくれている様に感じ、僕はちょっと自己満足してしまうのです。。。
2009.02.27
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「お父さんは何のお仕事してるの?」長男に訊かれた。「ん~、そうだなぁ…」どう答えていいか考えてしまう。長男に解る言葉となると、どうも思いつかない。「お父さんはラーメン屋さんをやっている会社でお仕事しているけど、ラーメンは作ってないんだよね」「じゃあ、何やってるの?」「お父さんが働く会社にはラーメン屋さんはいっぱいあってね、200個ぐらいお店があるんだよ」「200個も!」「そう、いっぱいお店があるの。そこで、お店とは違う場所でお父さんは働いているんだけど、例えばかんたも約束をすることがあるでしょ、お父さんもお仕事でラーメン屋さんでの約束を紙に書くんだよね。その紙に書いた約束を契約書っていうんだけど、その契約書を作っているんだよ。何となく解る?」「よくわかんない…」「そっかぁ、例えばね…保育園があるでしょ。保育園は園長先生の部屋や給食作る部屋やかりん組みやみかん組みの部屋とか色々あるでしょ?お父さんの働いている会社もラーメンを作っている場所もあれば、ラーメンを作っていない場所もあるんだよね。その中でお父さんはラーメンを作っていな場所で働いているんだ」僕の説明では、長男はよく解らないみたい。それは当然だろう。自分の業務は簡単に言えば法務だけど、それを子供に解る言葉となるとどうも難しい。今度はもう少し長男が解る言葉で説明出来るようにしたいと僕は思うのです。。。
2009.02.24
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仕事を上がり、奥さんに駅まで迎えに来てもらった。次男坊はなぜか機嫌が良いみたいで、ニコニコした表情で新幹線がどうだとか、先生がどうだとか話してくれる。僕は「そうだねぇ」と次男坊の話しに相槌を打ちながらつられて微笑んでしまう。子供に限らず、接する相手が笑顔だとこちらの気持ちは和む。逆に機嫌が悪そうな表情なら、余計な不安を抱くこともある。それは僕が相手に対しても同じなわけで、つまり表情や言動が相手に与える影響は大きい。ましてや、親への依存度が高い子供たちにしてみれば、親の影響はさらに大きいだろう。今日は次男坊に笑顔をもらい気持ちを和ませてもらった。僕はいつでも子供たちに対し笑顔で接することができ、そして安心感を与えることのできる親でありたいと思うのです。。。
2009.02.20
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昨日、保育園に子供たちを迎えに行ったときのこと。年配(多分50代後半)の先生に「今日は奥さん夜勤なんですか?」「そうなんですよ」「大変ですねぇ」「まぁ、子供たちが小さいうちだけですから…」と、こんな感じで年配の先生と会話することがある。この日、さらにその先生は「世間では、看護師をしている人の旦那さんが一番育児と家事に携わっているんですよ」「そうなんですか?」「ええ、ウチの主人なんか、全く育児を手伝ってくれなかったんでよ。そのせいか、今では主人と子供の親子関係はギクシャクしている感じなんですよ。やっぱり、父親も育児に関わらないと駄目ですね。できることなら、昔に戻って育児をやり直したいくらいなんですよ」僕は次男坊を抱っこしながら、「子供たちは大きくなるにつれて親から離れていくでしょうし、子供たちがこんな風に親を求めてくるのも小さいうちの僅かな期間だけだと思っています。そう思うと、子供が小さいうちはできるだけ接する時間を取ろうと思うんですよね」「本当、世間のお父さんには、『もっと育児に参加して』と言いたい」と、やけに先生の言葉に力が入っていたので、先生も色々と思い悩むことがあるんだろうなぁ…と考えてしまった。でも、実際のところ世間のお父さんはどれくらい家事や育児に携わることができるのだろう?以前目にした記事で、仕事より家庭を優先させたいが、実際は仕事を優先せざるを得ないお父さんの割合が多かった記憶がある。そういった意味では、特に育児に携わる時間があるにも関わらず、例えば、育児を奥さんに任せっきりで自分のことにばかり時間を割くような男性がいるとするなら、本当にもったいないことをしていると僕は思う。育児は楽しいことばかりではないけれど、育児を通じて親子の絆を深めたり、子供だけでなく親も共に成長する。とは言っても、実際には日々時間に追われて中々子供と接する時間が取れないのも事実だから、最近試してみようかなと思うことがある。もし、自分が今日死んでしまうとしたら、子供たちへの接し方はどうなるのか?本当にそう思い行動できるなら、子供には常に穏やかに、そして感謝の気持ちを持って接することができるのでは?なんて思っている。子供と接する時間が少ないと感じるから、質でどうカバーするかを考えないといけないと僕は思うのです。。。
2009.02.19
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僕はあまり物事に執着しない性格だと思っている。そのため、物事をあっさり諦めたり、受け入れたりできる。だから今日、奥さんが「(結婚)指輪を無くしたみたい…」と言ってきたときも、そんなに奥さんに対して腹を立てることもなかった。これが逆だったら、「信じられない」とか「ありえない」とか、奥さんに言われていたことろだろう。奥さんの説明だと、今朝は急いでいたのでとりあえず定期入れに指輪を入れて出かけ、駅で指輪がないことに気づいたと言う。そもそも急いでいるからとはいえ、なぜ指にはめなかったのか?そういった疑問が頭をよぎるけど、そんなことを気持ちが凹んでいる奥さんに言っても仕方ないので、今朝の奥さんの記憶を頼りにどこで無くしたのかを2人で推測してみた。玄関周りやバック、コートを探しても見つからないとなると後は定期入れを使う駅の改札か駐輪場のゲート付近ぐらいだろう。そう考えると、自力で見つける可能性は限りなく少ないだろう。奇跡的に届けられていることに期待するしかなさそう。僕自身の経験や感覚として、たとえ今回の様にどこで無くしたかも分からず、限りなく見つかる可能性が限りなく低い場合でも見つかるときは見つかるし、逆にどこで無くしたか分かっていても見つからないときは見つからない。だから奥さんにも同じことを話すと「見つからなかったら、また指輪買っていい?」と奥さんが訊いてきたので、「結婚指輪に2つ目はないの。見つからなかったら諦めなきゃいけないね」とだけ話した。僕は、奥さんが指輪を無くしたことに対して責める気は全くない。理由はどうであれ、好きで無くしたわけじゃないし、何より一番ショックを受けているのは奥さん自身なのだから。その後、奥さんが夜勤なので駅まで送ったついでに2人で駐輪場で探し、念のため指輪の落としモノ無かったか確認したが見つからず。まぁ、こればかりは仕方が無い。見つかってくれると良いんだけど、あとは運任せですね。。。
2009.02.18
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「ねぇねぇ、お父さん」長男が僕を呼ぶので新聞から目を上げると、脇を締めてお腹の辺りまで上げた手をグルグル回している。長男はやっているのか… その動きから最初は魚の泳ぐ真似をしているのかと思ったけど、次に縄跳びを連想し、「そっかぁ、思い出したよ!なわとびするんだったね」と長男との約束を思い出す。長男は保育園で縄跳びが跳べたらしく、それを僕らにも見てもらいたいというので、日曜日に見るつもりだったけど強風のため今日に延期したんだった。さっそく、準備をして長男と二人で公園へ。以前、公園で縄跳びをしたときは、力の限り手を回してジャンプ後の着地の際にひざを曲げ座り込んでしまうのでとても縄跳びとはいえる状態ではなかった。しかも、上手く跳べない長男は、すぐにつまらなくなってしまったらしく、練習もろくにせずに縄跳びをするのを止めてしまった。それだけに、あれから半年位で、しかも練習はしていないけど跳べるようになったと長男が言うので少し疑ってしまったけど、まぁ、長男が跳べると言うのだから跳べるのだろう。「じゃあ、見てて」と、跳び始めた。おっ、跳んでいる。確かに跳んではいるけど、明らかに無駄な力が入りすぎてただ勢い任せになっちゃっている。でも、驚き、感動したことには間違いなく、思わず「2、3、4…」と僕は数え、7回跳んだところで足に引っかかり終了。「やるねぇ。7回も跳べたじゃん!」その後何回もチャレンジしていたけど、結局最初の7回を越えることはなかった。要するに、力が入り過ぎて息を止めているためだろう。最初に7回跳んだ時も力が入るあまり息を止めてしまうものだから、息を吐き出すとリズムが崩れて縄を引っ掛けてしまう。そのため、息があがった状態でまた跳ぶものだからすぐに引っ掛かってしまう。とはいっても、どんな形であろうと跳べたのは間違いわけで、それを見せたいと言った長男の気持ちも理解できる。長男が僕に見せたいと思ったということは、「できた」ということからの自信の表れだろう。これからも子供たちには多くの成功体験を積んで自分自身に自信を持てる人になってもらいたい。その成功体験に僕がどう関わっていけるか、僕の人生の中でとても重要なことのひとつなのです。。。
2009.02.11
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僕は育児に関して、「子供たちが幼いうちは大いに甘えさせてあげる」という考えを持っている。それは個人的な感覚と経験になるけど、「甘え」を満たされて育った子供は精神的に健全な人が多い気がし、逆に「甘え」を満たされないまま育った子供は消極的な性格だったり、場合によっては何かしらの心の障害を持つ傾向にあるのではないか?こんな感じで甘えと育児の関連を考えているから、自分の子供たちには甘えさせてあげようと思っているんです。でも、ときに「これでいいのか?」と迷うことがあった。大いに甘えさせようと思っていても、これは「甘え」ではなくて「甘やかし」ではないかと。なぜ、そんな風に思ったかというと、少なからず親ならば子供の成長とともに子供に対して自立の期待を持つと思うのです。例えば、着替えができる様になったのなら、それ以後は自分一人の力で着替えてもらいたいという期待を持ち、子供ができることを親が手伝ってしまうと、それは「甘やかし」であって、子供の自立を妨げ甘ったれになってしまうのでは?少なくとも以前の僕はそんな風に思っていた。そんな風に思いながらも、着替えであれば、出来るのに「手伝って(できない)」と言われれば、結局毎回手伝っている自分がいた。でも、最近まで自分の中でモヤモヤしていたのが、ひらめきのようにスッキリした。僕の結論としては、子供がそう求めて(言ってくる)のであれば、それを受け入れてあげるべきだろう。なぜ、そういった結論になったかというと、保育園の連絡ノートを見ると自主的に色々なことをしていて、家での生活とは正反対のことをしていたりするわけです。つまり、子供たちは状況からきちんと「甘え」を使い分けている。だから、家では「甘やかし」かもなんて気にする必要は無いだろうと思ったんです。この考えに辿りつくまでに少し時間は掛かってしまったけど、きっと間違ってはいないだろうと僕は思っています。親だからこそ悩んでしまうことかもしれないけれど、これからも親として、子供たちと接していく中で子供の求める「甘え」を見逃さずに応えてあげたいと僕は思うのです。。。
2009.02.04
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今日は7回目の結婚記念日。だからといって特別に何かをするわけでもなく、ケーキを食べたぐらいだけど、こうしてお互いが健康で仲良く結婚記念日を迎えられることが何よりもありがたいことだろう。2人とも健康であれば、あと30年ぐらいは一緒に過ごしていくことはできるだろう。だから、来年以降も今年の様に結婚記念日を迎え、奥さんと結婚して良かったと毎年思えたらいいなぁ。そしてまた、30年後も仲の良い夫婦でいたいなと僕は思うのです。。。
2009.02.02
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