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それから約3年の月日が流れます。
カエサルとの息子であるカエサリオンを産んだクレオパトラは、息子や弟プトレマイオス14世と共にローマへと渡り、カエサルを利用して更なる権力を得ようと画策していました。
しかし、事態は突如として急変してしまいました。
ローマの最高権力者であったカエサルが暗殺されてしまったのです。
「まずいわね。一刻も早くローマを脱出しないと、私達まで命を狙われるわ。」
まさに緊迫の時でした。
そんな時、息子を守るためエジプトへ脱出しようとするクレオパトラに、帯同していたプトレマイオス14世が、今まで隠していた本心を見せるように、歪んだ薄ら笑いを浮かべながら言ったのです。
「ずっと待っていたよ…この時をね。僕にとっては予定通りさ。あいつは嫌われてたから、こうなるんじゃないかと思ってたさ。」
「…こんな時に何を言ってるの?プトレマイオス。」
「邪魔者は消えた。これで姉上を僕だけのものに出来る!」
いきなり弟に唇を奪われたクレオパトラは、その場で抗えぬ力にねじ伏せられました。そこには夫婦の情愛など存在せず、ただどろりとした支配欲が歪んだ形で暴走しているだけでした。
「どうです? 僕も成長したでしょう。まだまだ成長しますので、姉さんも楽しみにしてください!」
「以前とは違う……く、悔しい……。」
弟の体は大人へと近づき、もはや女性の力では太刀打ちできない強さを得ていました。
しかし、クレオパトラの心までは屈していませんでした。無情に辱められながらも、彼女の指先は冷静に指輪の宝石を外します。そこには、もしものための毒針が潜んでいました。
そして絶頂に達し、隙を見せたプトレマイオス14世の首筋に、死を招く針を突き刺したのです。
「ぐおぉぉーっ!」
間もなくしてプトレマイオス14世は、快楽の余韻を苦悶に変え、姉の側で絶命しました。
「やはりこの弟も、兄と同じ……。けれど、最高の悦びの中で果てられたのだから、姉からのせめてもの慈悲よ。」
クレオパトラは、もはや物言わぬ肉塊となった弟を足蹴にすると、愛児を抱き、夜陰に乗じてエジプトへと逃走していきました。
無事にエジプトまで逃げたクレオパトラは、共同統治の掟として息子のカエサリオンを王位に就けました。
しかし、3歳の息子と婚儀を結べるはずもありません。
クレオパトラはこれまでの慣習を放棄して、息子とは形式的でも結婚しませんでした。
弟との2度の婚儀が、近親婚への嫌悪感をより強くさせたのです。
ましてや、実の息子を夫にするなど、クレオパトラにとってはありえない事でした。
「私は掟を破ることになる。神々はお怒りになるかしら?そう言えば神であるファラオを愛人にしたカエサルも、神々の怒りを買ってしまった結果あんな事になったのかもしれないわね。」
そしてクレオパトラは、自らをネア・イシス(新しいイシス)と称し、息子をホルス神と見立てて、母子関係の神々と同一とすることで王位の正統性をアピールしました。
こうしてクレオパトラは、エジプトの独裁者として君臨したのです。
それからさらに約3年後。
ローマ軍の実権を握った将軍アントニウスが、クレオパトラに会いに来ます。
その目的は、エジプトから軍資金を得るためでした。
高圧的な態度でエジプトに要求するアントニウス。
しかし、女を武器として権力を得てきたクレオパトラの方が一枚上手でした。
巧みな演出によりアントニウスを誘惑し、自分の虜としてしまったのです。
当時28歳となっていたクレオパトラは、まさに魅惑の女神と化していたのでした。
「クレオパトラよ…実は遠い昔からお前のことを気にかけていた。」
「カエサルの愛人だった頃?」
「いやもっと前、まだ14歳くらいの少女だったな。あの頃から美しかった…。」
「そんな頃から会っていたのね。うふふ…ずいぶんと早熟な趣味をお持ちですこと。」
「言ってくれるな。だが今のお前は更に美しい…。」
そう言ってアントニウスはクレオパトラに熱い口付けを交わしました。
クレオパトラは確信します。
もうこの男は、自分の傀儡になったと。
しかし、何か妙な違和感を感じます。
それは、まるで自分の中にいるもう1人の誰かが、拒絶しているような感覚でした。
「そうか…私はネア・イシスなのよ。」
「何だそれは?」
「女神イシスの化身という事よ。ファラオは特別な存在なのです。」
「つまり私は女神イシスを手に入れたのだな。」
「えっ?」
「興奮してきたぞ!人間である私が、女神イシスをこの手に堕とし受胎させるのだ!」
「あぁ…。」
そしてクレオパトラは力強いアントニウスの腕の中で、甘美の炎に包まれていきました。
そして鍛えられたアントニウスの肉体に、クレオパトラもまた虜となっていったのです。
それから間もなく、クレオパトラは本当に妊娠します。
一時的にアントニウスはエジプトを離れますが、生まれた子は双子であり、それはまさにアントニウスの熱い情熱の結果のようでした。
そして再びエジプトに帰ったアントニウスは、正式にクレオパトラと婚儀を結び、女神イシスの夫であるオシリス神と称し始めたのです。
2人は神としてさらに子供を作りました…。
ですがローマには、アントニウスの正妻であり、次代の権力者オクタウィアヌスの姉であるオクタウィアがいました。
アントニウスは彼女に絶縁状を送りつけますが、これに激怒したオクタウィアヌスは、二人を「ローマをたぶらかす邪悪な存在」であるとローマ市民を 扇動
こうして二人はローマの敵とみなされ、ついに圧倒的なローマ軍がエジプトに攻め込んできたのです。
壮絶な戦いの末に、エジプト軍は壊滅。
アントニウスはクレオパトラが死んだという誤報を信じて自ら剣に伏し、クレオパトラもまた絶体絶命の窮地に追い込まれました。
「もはやこれまでね……。ローマに捕らえられれば辱めを受けるでしょう……」
覚悟を決めたその時、クレオパトラの前に一匹の毒蛇が現れます。
それは、恐ろしくも神々しい美しさを纏った蛇でした。
「用意していた蛇とは違う……。まさか、貴女様なのですか?」
蛇は女神イシスの象徴。彼女は悟りました。これこそが本物のイシスの化身であり、最後の審判なのだと。
「お怒りだったのですね。貴女様そのものである私が、掟を捨て、人間の男に身を委ね続けたことを……。アントニウスが死に急いだのも、貴女様が見せた幻だったのですね」
クレオパトラは自らの罪を噛みしめました。
兄弟との神聖な婚姻を疎み、外国の男たちを渡り歩いて権力を貪った代償。
美しき蛇は、冷徹な審判を下すかのごとく、彼女の白い肌を噛みつらぬきました。
女王はその波乱に満ちた生涯を、自らの神に捧げるようにして終えました。
こうして、主を失い掟を破られたエジプトは、数千年の栄華に幕を下ろしたのです。