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七詩さん
ばあチャルさん
吉雄777さんComments
夏の定番といえば、一にお祭り、二に花火、三四がなくて五に怪談ということになるだろう。古典的な怪談といえば、なんといっても夫の伊右衛門に毒を盛られて目の上を腫らしたお岩さんが登場する 「四谷怪談」 が有名だが、ほかにも、 「一枚、二枚、三枚...」 と皿を数えては、最後に 「一枚足りない」 と恨めしげに語る、お菊さんの幽霊で知られる 「番町皿屋敷」 や 「牡丹燈篭」 の話も有名である。
そのほかにも、江戸時代には行灯の油が大好きという化け猫で有名な、佐賀の鍋島騒動の話もあるし、明治になれば、そのものずばり小泉八雲の 「怪談」 というのもある。「高野聖」 などを書いた泉鏡花にも様々な怪談話があるし、夏目漱石の 「夢十夜」 にも、いささか怪談じみた話が多い。ただし、 Wikipedia
によれば、最初にあげた三つが日本三大怪談ということになっているようだ。
「怪談」 というのを定義するとすれば、お化けや妖怪、幽霊などの超自然的な存在や超自然現象が出現して人を脅かす話ということになるだろうが、日本におけるその原型というのは、奈良・平安の頃に書かれた 『日本霊異記』 や 『今昔物語』 などに収められた、前世や現世での人間の悪行の報いを説く仏教説話ということになる。
これらの話は、ようするにこの世で悪いことをすると、あの世で閻魔様や怖い鬼たちにしばかれますよという話であり、つまりは、怖さそのものを味わう怪談話というよりも、だから悪いことをしてはいけませんよ、という話である。したがって、これはむしろ道徳の話といったほうがいい。実際、奈良・平安の時代の人々にとっては、飢えや病気、夜盗や追い剥ぎなど、てんで珍しくはなかった現世そのものが、まずは恐ろしいものであっただろう。
それだけに、人々には仏教などのありがたい教えに救いを求める気持ちも強く、したがって寺の僧侶らがとく因縁話も、おそらくは誰一人ちゃかすことなく真面目に信じられていただろう。村の古老とかが話して聞かせただろう妖怪変化などの伝説の類だって、とてもリアルなものであって、その恐ろしさを味わうなんて心の余裕は、とうていなかったに違いない。
つまり、話の怖さそのものを楽しむ 「怪談話」 というものは、そのようなお話が本当にありうるとはもはや受け取られない時代になって、はじめて成立したということになる。「恐ろしさ」 を味わうというのは、「恐ろしさ」 そのものをベタに受け取るのではなく、たとえその場では無理だとしても、「恐ろしい」 という自分の気持ちをさらにメタに見ることができるようになって初めて可能なのだ。
事実、「四谷怪談」 にしても 「番町皿屋敷」 にしても、本当にこわいのは化けて出てきたお岩さんやお菊さんではなく、仕官の話に目がくらんでお岩に毒を持った伊右衛門や、お菊に濡れ衣を着せて惨殺したお殿様などのように、生きている人間のほうである。つまり、このような怪談は、ほんとうは幽霊の恐ろしさではなく、人間の欲望の恐ろしさや、業の深さをえがいたものなのである。
だから、その 「恐ろしさ」 は、劇を見ている人間自身の恐ろしさでもあるということになる。そこでは、そのような 「怪談」 が本当にありうるかどうかは、もはや問題ではない。そこで出てくる幽霊は、人間がみな持っている恐ろしさの象徴であり、人間の業というものがひとつの実体として、目に見えるものに 「化体」 したにすぎない(哲学的に言うと、これは一種の 「疎外論」 である)。
さて、いよいよ選挙もたけなわであるが、ある政党からこんなパンフレットが出ているそうだ。
知ってドッキリ民主党 これが本性だ!!
これによると、なんでも、民主党には、日本で革命を起こし、社会主義化しようという 「秘密の計画」 があるそうなのだが、結党以来、80年を超える共産党にも、戦後長らく第一野党の座を占めていた旧社会党にもできなかった 「革命」 なるものが、いったいどうやったら、多種多様な意見を有する議員で構成された民主党にできるというのだろう。
このパンフを作成した連中がこんな馬鹿話を本当に信じているとしたら、彼らはただのアホウということになる。しかし、もし自分では信じてもいない話を、こんなにでかでかと宣伝しているのだとしら、それは彼らが、この国の大衆なんて、この程度の馬鹿話で簡単に丸め込むことができると思っているということになるだろう。
「嘘をつくなら大きいほうがばれにくい」
とか、 「どんな嘘でも繰り返し宣伝すれば真実になる」
などと言ったのは、たしかヒトラーであるが、いやはやなんともかんともである。
これではまるで、夏休みの子供の毎夜毎夜の夜遊びに悩まされ、万策尽きたどこかの親が、 「夜遅くまで遊んでいたら、お化けに出くわすぞ!」
といった話で脅かしてなんとかしようというような話である。だが、いまどきの子供は、もはやそんな話に納得したりはしないだろう。現代っ子をなめてはいかんのだ。
「ヨーロッパにはひとつの妖怪が出没している」
というのは、有名な 「共産党宣言」 の書き出しだが、どうやら、この人たちの頭の中には、いまだに 「日教組」 とか 「共産主義」 などという冷戦時代の亡霊が、そっくりそのままの姿で徘徊しているらしい。いったい、いつの時代に生きていらっしゃるのだろう。
大衆の受容能力はひじょうに限られており、理解力は小さいが、その代わりに忘却力は大きい。この事実からすべて効果的な宣伝は、重点をうんと制限して、そしてこれをスローガンのように利用し、その言葉によって、目的としたものが最後の一人にまで思い浮かべることができるように継続的に行われなければならない。
人々がこの原則を犠牲にして、あれもこれも取り入れようとすると、すぐさま効果は散漫になる。というのは、大衆は提供された素材を消化することも、記憶しておくこともできないからである。それとともに、結果はふたたび弱められ、ついにはなくなってしまうからである。
「わが闘争」 より
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