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カテゴリ: ネット論

  鳩山内閣が誕生してはや一ヶ月である。長かった自公政権の後始末がたいへん、というのは分かるのだが、予算やら事業の見直しやらと、まだまだ前途は多難のようだ。鳩山由紀夫という人については、いまひとつよく分からないのだが、なんとなくやはり昔の細川護煕氏と同じ、育ちのよさからくる軽さが感じられる。いや、人の良さからくる能天気さのほうは、むしろ細川氏以上なのかもしれない。

 たしかに、内閣のメンバーを見れば、前の内閣などにくらべて、なかなかの論客と実力者ぞろいのようだ。だが、そのことがかえって内閣のアキレス腱になるおそれというのもなくはない。つまり、はたして今の鳩山氏に、論客であり野心もあるであろう人がおおぜいそろっている内閣をまとめるだけの力があるのだろうかという疑問だ。国民新党の静香ちゃんなどは、どう見ても首相より大きな顔をしている(物理的な意味だけじゃなく)。

 どこに書いてあったかは忘れたが、かつてE.H.カーは、レーニン率いるボルシェビキ政権について、 「ヨーロッパで最も知的水準が高い政府」 と評したことがある。当時のボリシェビキ政府には、レーニンとトロツキーをはじめとして、多士済々の人材がそろっていた。その多くが長い外国生活の経験があり(むろん、昨今のようなのんきな留学などではなく亡命を強いられたことによる)、何ヶ国語も自由にあやつることができる国際人であり、また科学から文学や歴史まで高い教養も有していた。

 そういう一言居士のようなうるさ型の船頭ばかりの政権が一つにまとめられたのは、内外からの脅威は別にすれば、むろん卓越した指導者としてのレーニンの権威によるものだが、そのレーニンですら、ドイツとの屈辱的な講和をめぐっては反対派の執拗な抵抗に悩まされ、 「そんなこと言うなら、おれは辞めるぞー」 といって、党を脅さなければならないことがあったくらいだ(なんだか、小沢さんみたい)。

 それは維新直後の明治政府でも同じで、薩長のほかに土佐・肥前、旧公卿などからなる政府が、かつての主君であった島津久光のような頭の固いお殿様や、随所に残る頑迷な攘夷派などの抵抗を押し切って、その後の発展の基礎をすえた改革を進められたのには、なんといっても、維新後いったん帰郷しながらも、大久保らの説得を受けて政府に戻った西郷の存在が大きいだろう。

 さて、 「男だったら流れ弾のひとつやふたつ 胸にいつでもささってる」 というのは、31歳で自殺した 沖雅也 が主演していたTVドラマの主題歌、「男たちのメロディ」 の一節であり、 「男は誰もみな 無口な兵士」 とは、オーディションで合格したばかりの薬師丸ひろ子が14歳でデビューした映画、 「野性の証明」 の主題歌 「戦士の休息」 の台詞である。また、沢田研二はヒット曲 「サムライ」 の中で、 「男は誰でも不幸なサムライ」 と歌っている。

 とはいえ、それは別に男だけにいえる話ではない。なので、そこで 「男は~」、「男は~」と連呼されると、いささか鼻白むむきもいるかもしれない。たしかに 「男のロマン」 がどうしたとか、「どうせ女には~」 などとやたらと言いたがる人というのは、たいていはただの 「自己陶酔」 型の人間か、「自己慰謝」 の好きな甘ったれた人間である。それに、そもそもそういうことは、上の歌にもあるとおり、それまでよほど運が良く、また恵まれていた人でない限り、誰にでもあてはまることである。

 つまるところ、あえて口に出そうが出すまいが、何十年も生きていれば、たいていの人は脛とか背中とかに、触れるとまだ痛むような 「傷」 のひとつやふたつは負っているということだ。そして、そういう 「傷」 は良い悪いに関係なく、重ければ重いほど、その人にとっての不可欠な一部となる。それは、その人にとって肉体の一部であり、積み重ねられてきた経験の一部であり、長い間に堆積された時間の証でもある。

 ただし、えてしてそういう 「傷」 は、気づかないうちに社会や他者に対する認識、そしてむろん自己についての認識にも、なんらかの 「偏向」 をもたらすことが多い。それは普段はそれほどでなくとも、そのような 「傷」 にどこかで触れるような問題にぶつかった場合に、突如として発動されたりもする。

 たしかに、人間の認識に必要な意識とは、それ自体主観的な作用であり、ただの鏡やカメラの中のフィルム(古い!)ではないのだから、それもある程度はしかたない。だが、ただの借り物の言葉を振り回すような人はともかく、たとえばけっして愚かとは思えないような人とかが、自分の言葉がブーメランとなって、そのまま話者自身にはねかえっているのに気づかないのには、たぶんそういう理由があるからなのだろう。

 しかし、誰を相手にしているのか知らないが、 「あなたたちとは違うんです!」 みたいな 「優越感」 ゲームをネット上でやっている人とかを見ると、「おいおい」 などと思ってしまう。どんな分野であれ、専門的な知識や経験とかは 「素人」 の皆さんに分け与えるものであって(むろん、すべて無償でとまでは言わないが)、「素人」 に対してふんぞり返る 「自己正当化」 のために持ち出すものではない。

 で、そういう「対立」 みたいなものをさらにややこしくしているのが、 「敵の敵は味方だ!」 とか 「敵の味方は敵だ!」 というような単純かつ粗雑な論理で、勝手に 「敵」 認定や 「味方」 認定をしている人。

 勝手な 「敵」 認定が迷惑なのはもちろんだが、勘違いした勝手な 「味方」 認定というのも、たぶんそれにおとらず迷惑なものである。どこをどう読んだら、その人が自分の 「味方」 だと認定できるのか、はたで見ているとさっぱり分からない場合もあるのだが、そういう人は、そもそも根本的に理解力や読解力に難があるのだろう。

 なにを勘違いしたのか、自分が 「敵」 認定している人とほとんどかわらぬことを、ただし反対側からとか、ちょっとばかし異なる発想やレトリックを使って言っているにすぎないような人を、勝手に 「味方」 認定している人もいれば、どう考えても、あなたが考えているほど単純な人ではないよという人を、自分の 「味方」 だと思っているような人もいる。

 たぶん、そういう人は、勝手に 「味方」 認定して、すりすりと擦り寄った相手が、実は画面の向こうでしんそこ困った顔やうんざりした顔をしていたり、ときには腹の中で 「お前が言うなー」 とか 「それはお前のことだよ」 などと思っているかもしれないなんてことは考えもしないのだろう。もっとも、 「敵の敵は味方だ!」 なんて粗雑な発想をする人は、そもそも頭の中が最初から粗雑なのだろうからこれまたしかたあるまいが。

 最後はまったくの余談だが、安保だの沖縄だのといった問題を全面展開したあげく、 「君はどうするんだ? 許すのか、許さないのか」 みたいな論法でせまるのは、たしかに昔からよくあったオルグ作法のひとつである。このような論法が、ときとして 「詐術」 めいて聞こえるのは、たぶんある特定の問題へのコミット、つまり、そのような問題に対する責任の引き受けということが、いつの間にか○○同盟だの○○派だのといった、特定の政治的立場へのコミットということにすり替えられているからだろう。

 そういうすり替えというのも、多くの場合、オルグしている本人自身が気づいていない。つまり、そういう論法を使う人自身が、頭の中で上にあげた二つの問題の違いに気づかず、無意識に等置しているということだ。しかし、この二つを等置し混同することは、その意図がどうであれ、結局は自派の勢力拡大のために個別の問題を利用するという 「政治的利用主義」 の現れにすぎない。

 かりに、ある人がそのような責任を認めたとしても、それをどのような形で引き受けるかは、それぞれが自己の責任で判断すべきことである。ある問題について、自己の責任の存在を認めるか否かということと、その責任を個人がどのような形で引き受けるか、ということとはいちおう別の問題なのである。

私はだれか? めずらしく諺にたよるとしたら、これは結局、私がだれと 「つきあっているか」 を知りさえすればいいということになるはずではないか?

アンドレ・ブルトン 『ナジャ』 の冒頭より    






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Last updated  2009.10.17 02:18:24
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