見知らん街ガイド_『パリ時代』と神戸生活日記

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神戸男

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リュウちゃん6796 @ Re:東京パンデミック。違った!、オリンピックだ!。(06/26) 初めまして、 奈良の法隆寺の傍に住んでい…
2020.03.14
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カテゴリ: 日々の出来事
 とにかくパンが大嫌いな私にとってフランスパンなる物は、親の仇か、天敵に匹敵するものだった。
 小学校は給食のコッペパン。これが後のパン嫌いを決定づけたのかもしれない。いや、そうに違いない。何故なら、あんパンやジャムパン、クリームパンは大好物で、目の前にあったらあっただけいくらでも食べられた。しかし、低学年の時は給食のパンを残した記憶がないのだが、たまに食パンが提供されだした頃から確実にパンが嫌いになっていったと思う。
 先日も書いたけど、私が通っていた小学校の給食のパンは『ヒロシマ堂』というパン屋が焼いていて、結構美味しかった気がする。となると、私のパン嫌いの元凶は食パンと言わざるを得ない。
私がカメラマンとして、写真を職業としたのは26歳の時。神戸にある新聞社系の制作会社にカメラマンのアシスタントとしてアルバイトを始めてからで、カメラマンになるには写真学校を出ていないとダメと思っていた私にとって、ラッキーだった事は幼なじみがデザイナーとしてこの制作会社で働いていたことで、「一辺、聞いたるわ」と、写真課の課長さんに聞いてくれた。とりあえず暗室作業からってことでアルバイトが始まり、フィルム現像は小さな現像タンク。紙焼きは押し入れの中で‥という、お座敷現像経験しかないのに、いきなりフィルムを何本も同時に現像出来る深タンクの暗室に押し込まれ、散々なスタートとなった。
あっと、パンの話だね。数ヶ月の特訓と血の汗が噴き出すような努力の結果、何とか撮影をさせてもらえるようになった頃‥ここからいよいよ本題ですよ‥神戸にある大手のパン屋の商品撮影を、一部。一部だけど撮影する事になった。当時、リーズナブルな料金でバゲットやバタール、クロワッサン等、フランスパンが人気となったお店で、オレンジ色にロゴが白く抜けたバゲット1本入る袋を、胸元に抱えて歩くのがオシャレだと言われたらしい。当時の宣材写真に起用したモデルさんが、某巨大化粧品メーカーのキャンペーンガールに起用された事もあって、そのパン屋まで異様に人気が出ていた様だった。それとて、本場のフランスパンを知らない一般人を惑わす妖でしかなく、心ある人々は、日本に本物のフランスパンを伝えたフランス人、フランシス・ビゴさんや、彼をフランスから招聘した神戸のパン屋『ドンク』のパンのみをフランスパンと呼んでいた。今では真性フランスパンを売る店がたくさんあるけど、前出のオレンジに白抜きロゴのお店は、前身が三宮で風呂屋さんだった事もあって「風呂屋の釜でパン焼いてるで!」と言う風評とともに衰退していった。
 パン嫌いが為に『ドンク』も『ビゴの店』も知らないまま、以前勤めていた会社の退職金とアルバイトで貯めた雀の涙級の金子となけなしの貯金を持ってフランスに渡った私は、本場のバゲットを食べて「人間の食べるものではない」と体が拒否。バゲットを残し辛うじて食べられたクロワッサン1個とカフェ・オ・レ1杯で朝を済ませ貧乏生活に耐えてきたが、飢えには勝てず背に腹は‥と手を出したバゲットがとてつもなく美味しくて、フランスにズブズブと埋没していった。
 重ねて付け加えると、人間の食べる物ではないとか臭くて堪らんと拒否してきたチーズも、フランスドン底貧乏旅行のせいで山羊のチーズであろうが青カビチーズであろうが、あればあっただけ食べてしまうチーズイーターになってしまった。
 日本じやチーズは高いんで困っている。
何とか消費量を減らさなくっちゃ。





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Last updated  2020.11.07 00:04:57
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