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2016.10.03
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カテゴリ: 忍草シリーズ



泥中に咲く花、泥亀の左門

陰に咲く花 黒い花
誰も気づいちゃくれねえ 日陰花
だが 確かに咲いた泥中の花 
陽のあたる明るいものだけが
世の中じゃねえよ、


 丑の刻(午前二時)、江戸の町の灯りは落され、辺り一面、墨を塗りたくったような、暗闇が拡がっていて、ホッホー ホッホー と、梟(ふくろう)の啼く声だけが静寂を破っていた。その暗闇の黒い皺がわずかに歪んだ。深川相生町の口入屋、萬屋十兵衛の裏長屋の井戸の釣瓶がかすかな音をたてていたのである。
 釣瓶の縄紐が動くと、井戸の中から桶を抱えて、泥だらけの男が顔を出した。四方に目をやった。暗闇でも夜目がきくのだろう、四方に目を凝らす。男は泥亀の左門という下忍だ。
 その左門が手を差し伸べてもう一人の男を引き上げた。もう一人の男は壺振りの金三郎という。二人は汚れた褌を外し、素っ裸になって、桶の水を頭からかぶる。ついでに、尻や金玉についた泥を手で洗い落とすと、裸の躰に上っ張りを羽織って、長屋の腰高障子を開けた。

 泥亀の左門が行燈に灯を入れると、つい今まで誰かが準備したかのように、火鉢に炭が熾されていて、まだ温かい徳利の乗った膳が用意してあった。湯気の出ている味噌汁とご飯が御櫃に入っていた。地中の穴の中を二時(4時間)も這いずり回っていたので、体はすっかり冷え込んでいたので有難かった。
「金三郎どん、冷えたろう、おいらの息子も縮みあがったまんまだ、さあ、一杯飲りなよ、暖ったまるぜ」
 そう言って、左門は徳利を傾け、箸を動かした。壺振りの金三郎は賭博の罪でお縄になり、南町奉行鳥居耀蔵に打ち首という裁定を下され、明日にも、打ち首になるところであった。
「おいらのツキもこれまでだ、浮いて沈んで、沈んで浮いての生き様だったが、どうせ、間いつかは死ぬもんだ、これで、さっぱり、この世とおさらばよ、」
 博奕三昧の人生を送ってきた金三郎らしく、粋がって、さばさばとした態度をみせていたが、小塚原に首を晒されると聞いて、薄気味が悪くなってきてもいた。色男が台無しになっちまう。

 だが、人生というのは一寸先に何が待っているのか、とんと見当もつかない。ツキが落ちたと思ったら、おっとどっこい、もいちど賽の目が金三郎に向いてきたのである。
牢屋の床がギーギーという音を立て床板が外されると、床下から、泥だらけの男が出てきた。
「金三郎どん、助けに来たぜ、黙ってついてきな」
「あんたは誰でえ?」
「あっしは泥亀の左門という、ある人に頼まれて金三郎どんを牢抜けさせるのだ」
 金三郎には、なにがなんだか分からない。ただ、命が繋がりそうな風が吹いたことは確かなようだ。泥亀の左門の後ろから、くねくねと曲がった、真っ暗な穴の中をまるで土竜(もぐら)のように、這いずり回り、地面の上に出たら、この長屋の井戸に辿り着いたのだった。
「左門の旦那、おせっかいとは申しませんが、なぜあっしを助けてくださったのか、とんと解せませんが、、」
「まあ、おいおいわかることよ、それよりも、いいかい、金三郎どん、しばらくこの長屋に身を潜めているんだ、飯も酒も向かいのおたきばあさんがちゃんと用意してくれる。言っとくが間違っても外に出ちゃいけえねえよ、牢抜けに気づいた奉行所は面子丸潰れだ、死に物狂いで、金三郎どんを探すだろうからな、明日になりゃあ、お尋ね者の金三郎は賞金首になって、人相書きが江戸中に撒かれるだろうよ。なにしろおめえは、御法度の博奕打の中でも、桜吹雪の彫り物した壺振りの金三郎と、名を鳴らした大物の博奕打だ。おめえを生かしたんじゃ、天保の御改革も進みやしねえ、鳥居様が地団駄踏んで悔しがる様子が金三郎どんにもわかるだろう?こんどは、見つけ次第ばっさり首をはねられるぞ」
「へいっ、まあ、そりゃあ、首がすーすーしてまさぁ」
「そのうちに繋ぎが来る、それまではこの長屋でじっとしてるんだぜ、あっしはこれで失礼する」
 と言うと、泥亀の左門は奥の畳を持ち上げ、床下に潜り込んだ。
「おっと、いつでもこの床下から見張られていることを忘れちゃいけねえよ、じゃあ」
 畳が閉じられ、左門は消えた。金三郎にはまだ、ここがどこなのか見当もつかない。なにがどうなったのかもわからい。だが、どっちでもいいことだ、命が今日もつながったということだ。どうせこの世は浮き沈み明日は明日の風がふく、どんな風がふくのやら、見当もつかねいやい。
 隅に畳まれた蒲団を引っ張り出して、潜り込んだ。奉行所のお白州から、牢屋へ入れられ、穴の中を這いずりまわって、ろくに寝ていなかった金三郎はぐーすかぴーすか、鼾をかいて、眠りに落ちていった。ホッホー ホッホー梟が啼いた。

 床下に潜り込んだ泥亀の左門はその呑気な鼾を聞くと、にっと笑って、床下を這い、三軒隣の長屋の土間から顔を出した。
「ごくろうだったね、首尾は上々だね、」
 待っていたのは、狐目のお龍だった。三十路を越した年増ではあっても、その色香は臭うばかりであった。十日も土の中に潜りこんでいた左門にはたっぷりたまっているものがあり、お龍の艶姿に思わず、ごっくんと、つばを飲み込んだ。金三郎と左門が入った長屋に炭が熾され、酒や飯の用意をしたのは、お龍であった。
「さてと、いやらしい顔で見るんじゃないよ、それより、次の仕事だよ、、北町のお奉行所を掘っておくれってね、大仕事だよ、この絵図面をみておくれ、このお堀の呉服橋の南側に大きな柳の木があってね、その柳の枝が堀に覆いかぶさっているところがあるんだよ、その柳の陰から掘り進んで北町奉行所の奥の間、ここまで掘っておくれ、七日もあればいいだろう」
「ええっ、そいつは難儀だね、十日潜って、また明晩から掘るんですかい、出すもの出さなきゃ股倉が腐っちまうよ」
 左門は嫌味のひとつもいいたかった。お龍の伝えてくる仕事はいつも急であった。

 泥亀の左門は萬屋十兵衛配下の草と呼ばれた下忍であった。表向きは井戸掘り職人である。板橋だ、品川だ、今回は四谷の大名屋敷の井戸掘りだと出掛け、三日も十日も穴の中に潜っていることはざらにあったが、掘っているのは井戸だけではなかった。四尺に満たない背丈だが、着物の下の躰はごつごつとした筋肉が盛り上がり、頑丈な躰を持っていた。 穴を掘る時には、竹眼鏡をつけ、手には鉄爪を嵌めて泥を掻き、蛞蝓のように、体をくねらせて泥の中を堀りすすむ。兵糧丸として、干し飯を齧り、スルメを噛む。口の中でふやかすと甘さが舌を伝わってくる伊賀の「固焼き」も懐に忍ばせている。

 父の右門の話によると、祖先は甲州金堀衆で、武田信玄の時代、穴を掘って城に侵入し、内部から攪乱して、城を陥とす山本寛助の得意戦法を使う時に、その配下として穴堀りをする忍者であったと聞かされていた。武田家滅亡の後も、戦国大名に雇われて、城落としの手伝いをしてきた。
 徳川の時代になると、城落としの仕事もなくなったが、大名屋敷や高禄の旗本屋敷ではいざという時の為に、秘密の抜け穴を欲しがった。また、火事の多い江戸では、一度大火に見舞われると、すべて失うことがあったため、大名家だけではなく大店も密かに地下蔵を造った。
 もちろんこれらの仕事は秘密裏に行われた。萬屋十兵衛が仕事を請け負い、下忍の泥亀の左門が穴を掘った。江戸の町のあちこちに、まるで土竜のように穴を掘っていた。表ではなく、陽のあたらぬ裏の世界をつくっていたといえるであろう。


(つづく)

作:朽木一空


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最終更新日  2016.10.03 13:05:48
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