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2023.03.18
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 そのお陰でせっかくできた友達とも別れなくてはならなかった。もちろん転校後も文通はするのだが、いつも長続きはしない。やはり毎日のように顔を合わせていなれれば、いつの間にか友情も残雪のように溶けて消えてしまうのだろうか。
 それにしても今回転校してきた中学は荒れ果てている。荒れていると言っても校舎のことではなく、生徒たちのこころのことである。目付きの悪い男子生徒が多く、転校生のぼくを見かけると唾をかけたり足をかけたりと、いつも嫌がらせをかましてくるのだ。ぼくも負けん気が強く、腕に自信がないわけではないのだが、なにせ相手は多人数だし、ぼくにはまだ誰も友人・知人がいない。それに彼等の中には少年院あがりの猛者が何人もいるとの情報があったので、じっと我慢するしかなかった。
 またそんな環境に恐れおののいてしまうのか、登校拒否の生徒が何人も存在していた。それでもぼくは「あと1年間だ」と、じっと辛抱しているうちに、帰り道が同方角である二人の友達ができた。それからはだんだん学校も苦ではなくなり、進学先の高校もこの二人と同じK高校を選択した。もうぼくの頭の中は、この荒れ果てた中学から抜け出してK高校に入学することで一杯だった。
 こんな訳でなんとか友達を作ることは出来たのだが、女子との交流は全くなかった。前の中学では男女こだわりなく遊んでいたのだが、この中学では男女はほとんど口を利かない。女子が落とした消しゴムを拾ってあげても、はやし立てられるのだ。結局ここは「ド田舎中学」だったのだろう。
 そんな中学であるが、他のクラスに変わった女子がいた。「体育の着替えを、男子と一緒にする女子がいる」のだという。一体どんな女子なのだろうか。もしかすると、女子プロレスラーのようなゴツイ女なのだろうか……。ぼくは気になって仕方がなかった。
 それで友達になった松川君に尋ねると、それは中学1年のときの話で、今は女子と一緒に着替えているはずだと言う。そして廊下を歩いている彼女をそっと指差して、「鈴野恵子」という名前まで教えてくれたのだ。
 鈴野恵子は身長が高く細身でスタイルが良い、そして長い黒髪とキラキラと輝くような瞳に凛とした佇まいの女子であった。女子プロレスラーどころか、モデルや女優のような雰囲気が漂っている。そしていつも二人の女子を従えるように連れていた。そしてこの掃きだめのような荒れた中学では、ただ一人光り輝くような存在であった。またなぜか不良男子どもが彼女には近寄らない。松川君の話では、ずっと少年院に入っている番長の女だという噂を聞いたことがあると言う。だがその真偽は定かではないとも言う……。
 この鈴野恵子を見てから、ぼくはすっかり彼女の虜となってしまった。もちろん何の面識もないぼくが、彼女に声をかけられるはずがない。ときどき廊下で彼女とすれ違うだけで胸がどきどきしてしまうのだった。そしてチラッと彼女を見つめると、刺すような鋭いまなざしを返してくる。だからぼくはすぐに真っ赤になって、うつむいてしまうのである。そうそれは、ぼくの胸にだけ秘めた初めての恋心だったのかもしれない。
いつでも いつでも 君だけを 夢に見ている ぼくなんだ
 黒い瞳に 出合うたび 胸がふるえる ぼくなんだ
 そんなある日、ぼくは弁当を忘れてしまったのだが、二時限目の休憩時間にトイレから戻ると、机の上に弁当箱の包みが置いてあるではないか。母が届けてくれたのかと思ったら、松川君が「さっき鈴野恵子が持ってきたらしい」と言うのである。(えっ、何で彼女が届けてくれたのだろうか、それに彼女はぼくのことは知らないはずだし……)
 家に帰ってすぐに母に尋ねると、弁当を届けに中学校まで来て校舎の中をウロウロしていたら、キリッとした瞳の女子が「何かをお探しですか?」と尋ねてきたと言う。母がぼくの名前とクラス名を告げて、「息子が忘れた弁当を届けに来た」と言うと、彼女は「私が届けてあげます」と言って弁当を受け取ったと言うのだった。
 このことがあってから、ぼくはますます鈴野恵子に夢中になってしまった。でも彼女と廊下ですれ違っても、弁当を届けてくれたお礼も言えないどころか、彼女の黒い瞳さえ見ることができないのだ。情けない、情けない全く情けないがどうにもならない。
 そうこうしているうちに高校受験が終わり、ぼくは無事第一志望のK高校に入学することが叶った。そして入学式の当日のことである。なんと高校の廊下で、あの鈴野恵子にバッタリ出逢ったのである。知らなかったが、彼女も同じK高校を受験していたのであった。
 あまりに突然のことで、ぼくはモジモジするだけで、そのまま彼女の脇を黙ってすり抜けてしまった。でもなんとなく罪悪感のようなものがぼくに襲いかかってくるので、何気にうしろを振り向くと彼女も振り向いて僕を見ているではないか。
 ぼくは走り出した、そして彼女に追いつくといまさらであったが、「弁当届けてくれてありがとう」と頭を下げた。そしてゆっくりと彼女を見上げると、いつもの鋭いまなざしではなく、にっこりと微笑んでいる黒い瞳をみることができた。
​作:五林寺隆​

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最終更新日  2024.01.05 15:32:24
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