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単純ヘルペスウイルスHF10についての早期実用化要望プロジェクトが動いています。公開していない日記ブログですので、ここを通り掛かる方はとても少ないのですが、現状を見て欲しく、少しでも同調して欲しくて再度貼りだします。。以下、プロジェクトで作られたテンプレのコピペを編集したものです。**************************2005 年現在、依然として「がん」が日本人の死因第一位です。 人口の高齢化と共に、死亡数は今後も増加すると予想されます。 そんな中、今、まさにウイルスによる画期的な研究がなされております。 名古屋大学医学部第二外科 単純ヘルペスウイルスHF10療法 東京大学医学部脳神経外科 グリオーマウイルス療法 こんな研究がなされていることを 1人でも多くの人達に知ってもらいたくて話し合っています。 そして、どうすれば、早期に実現できるのか、皆さんの知恵を拝借したいのです。 以下が早期実現を願うスレです。一度寄ってください。 早期実現を願う■関連スレ 【癌の】単純ヘルペスウイルスHF10【特効薬】2 単純ヘルペスウイルスHF10早期実用化要望プロジェクト (ここに会議室があり皆様のご意見を募集しています) どちらでも良いです。私達に知恵をお貸しください。お願いします。 **************************又、少しでも運動に同調していただける方に、無記名のアンケートを実施しています。集計結果も見れますので、興味を持たれた方は、お立ち寄り下さい。 HF10活動に関するアンケート
Aug 31, 2005
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朝、甥から父の退院の知らせがメールで飛び込んで来た。本日退院と、それしか伝えない短いメール。排尿や認知症の状況が、どこまで回復しているのかは一切触れていない。訳が分からないけど、とりあえずおめでとー!夜になって、その確認の為に実家に電話を掛けてみる。が・・・誰も出ない。留守番電話になってるのか?幾度か試みる間に、父の就寝時間を大幅に過ぎてしまっていた。ま、明日で良いか。
Aug 30, 2005
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少しずつ、ほんの少しずつ回復しているのかも知れない。食事に出た魚を、一口だけ食べる事が出来たそうだ。一口ずつでも食べる事が出来てくれば、回復の可能性も出て来る。後はタヒボ。効くのか効かないのか、人によって結果が異なるのだろう。だが、本人は少しずつ飲み始めている。飲むことが辛い症状を引き起こすという事は、感触として感じていないのだろう。何かが改善する手応えを感じながら飲んでくれれば良いのだと思う。その期待によって、少しでもストレスが緩和されるだけでも良い。だが、まだまだ腹の痛みは収まらない。機嫌は益々悪くなって行く一方だと言う。機嫌の悪い時間がストレスになり、そのストレスが回復を妨げ、その回復の遅れが機嫌の悪さに繋がっている。この悪循環、何かで断ち切れないものだろうか。
Aug 29, 2005
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朝、母が病室に入ってみると、父は下着を脱いで床に座っていたそうだ。この認知症的な症状は、水頭症が残っているものなのか、髄膜炎の後遺症なのか、或いは単純にくも膜下出血の手術からの回復が遅れているものなのか。どれもこれもが該当するようで、疑うべきなのか安心してて良いものなのかすら判断出来ない。ともあれ、大部屋で他の患者や家族が居る前での行動であり、放置は出来ない。母の帰宅は、2日間で終わった。火曜に自主的に排尿が出来るかどうかの検査が行われ、何とかなりそうなら退院する事になる。何とかとは・・・トイレで出せるか、バルーンカテーテルの処置を自分で出来るようになるかなのだそうだ。カテーテルの処置なんて、この状態でも練習させるんだろうか?
Aug 28, 2005
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クルマを買って2年と4ヶ月、走行距離2万キロ程度でタイヤがツルツルになった。少し早過ぎるような気がするが、車重1.6トンを前輪だけで引っ張っているからだろうか。春先から替えなきゃ替えなきゃと思いつつ、延ばし延ばしにしていたのだった。それが先週、何と釘を踏んでパンクしてしまったのだそうだ。その場で修理はしたものの、タイヤの厚みが無くなってしまっているので、抜け易い状態になってしまっている。応急処置と考えて、急いでタイヤを探しに出かけた。タイヤのサイズは225/65R17。これがまた数が少ない。現存しているのは、TOYO/TRANPATH、YOKOHAMA/GEOLANDAR、MICHELIN/LX4、これに今月から追加されたBRIDGESTONE/DUELER位なもんだろうか。何軒かのタイヤ屋さんを当たってみるが、サイズが珍しいだけあって、殆ど在庫していない。取り寄せとなると、その間、何時抜けるか分からない状態で走り続けなければならない。何としても、現物を持ってるところを探さないとな。やっと現物を見つけたのが、オートバックスのGEOLANDAR、だけど高い。どうもBRIDGESTONEが気にかかる。ディーラーからから「これ位しか無いんですよねぇ」と答えられたのもBRIDGESTONEという事で、最後にタイヤ館に取り寄せの可能性について確認して貰った。確認の結果・・・メーカー側の在庫には、12本(3台分)しかないという事が判明!メーカーの在庫がこんなもんなのだ。一般的ではないサイズのタイヤを在庫しているショップも、なかなか見つからないのも無理は無い。急いでディーラーに連絡を取って、タイヤを確保して貰った。付け替えての乗り心地は・・・新しいから良いって事か。
Aug 28, 2005
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一夜明けて、母が父の許に戻った。その瞬間、父の口から「救いの神が来た」という言葉が出たそうだ。その夜、父はトイレに行きたいと騒ぎ出したそうだ。状況の認知が不完全な父は、自分が帰宅させた母を探して、呼び続けたらしい。気になって、同室で付き添っていた奥さんが、看護士を呼んでくれたそうだ。看護士がトイレに連れて行こうとすると「男が他人の女の世話になれるか!」と断固断り続けたそうだ。そこに母の登場。正に父にしてみたら、救いの神に見えたのだろう。状況の認知に問題を残した父だが、そろそろ脳外科的には入院を必要とする状況からは脱しようとしている。今後の計画を決めるべき時が近い。医師の見解は、若い主治医と経験豊富な部長との間で二つに割れている。若い主治医は、自宅に戻る前にリハビリ専門の病院に転院し、もう少し訓練をするのが良いだろうと言う。部長の経験からは、自宅での生活に早く戻した方が良いというアドバイスが出た。家に帰る事により、元々の自分の立場を取り戻すことになり、意識の回復に弾みが付くというのだ。自分も母も、自宅に戻した方が良い結果に繋がっているような気がしている。
Aug 27, 2005
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抗生物質が効いたのか、兄の熱は下がったようだ。だが、やはり腹痛は取り去られていない。タケプロンの服用を開始してから5日目、未だ粘膜の修復が始まらないのか?体力が無い事が、悪循環を引き起こしているのだろうか?こんな事では食欲も、戻る筈がない。食べる事が出来なければ、炎症を起こしている粘膜を修復する体力も手に入らない。痛みさえ取れれば・・・このストレスさえ無くなれば、粘膜も修復に向かって行くのだろうが・・
Aug 27, 2005
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父の看病に、7月の12日から泊り込んでいた。この間、母はずっと椅子に腰掛けながら仮眠を取って暮らして来た。その間に、足(特に右)がパンパンに浮腫んでしまっていた。母は、立ちっぱなしだから水分が下に落ちてるだけだと言っていたのだが・・看護士達が気を遣ってくれたようだ。父の病室を、ナースステーションのまん前の大部屋に移して、いつでも様子を見に行けるようにしてくれた。そろそろトイレにも歩いて行ける程に回復している。ただ、認知症の症状が取れ切れていない為に、甘えが酷い。母が居ないと、トイレで世話をしてくれる人が居ないので、自分では行こうとしないのだ。それでも一晩位は、との決行にになった。父も、それを薦めたようだが・・・状況を認識しているかは疑問が残るところだ。
Aug 26, 2005
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未だ熱は下がらない。痛みも全く取れないようだ。朝からずっと、唸りながらベッドに突っ伏している。当たり前のようだが、食欲もやはり無い。高カロリーの点滴を外してしまっているので、こういう状態が続くと、そのまま体力を失って行く事になってしまう。タケプロンで胃酸の分泌を抑えるだけでは足りないのか?一つだけ、前向きな報告が入った。タヒボを飲み始めたという。食欲も無く、胃も十二指腸も唸る程の痛みの中、他には殆ど口にする事が出来ない。兄の命を繋ぐとしたら、タヒボだけなのだろうか?せめて、潰瘍の痛みが取れて、食事が出来るようになる迄を繋いで欲しい。
Aug 25, 2005
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兄の熱が上がってから、2回目の夜を迎えた。その間、抗生物質の投与等も試みているらしい。だが、その熱は引く気配を見せず、39度を行ったり来たりしている。腹の痛みだって未だ取れちゃいない。兄は、ベッドの中に丸まって、寒い、痛いとガタガタ震えているという。こんな時に・・・折角食欲を取り戻す為の治療が始まったというのに。体力を取り戻す為の治療の時を、発熱が体力を奪う時間にすり替えて行く。何だって良い。熱が下がって、楽になってくれ。これ以上体力をもぎ取って行かないでくれ。食事が出来たら・・・体力が付いたら・・・やりたい事は山程有るのに。こんな時、本人の苦しみを分けられないのが恨めしい。
Aug 24, 2005
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父は至って機嫌が良いようだ。同じ病院とはいえ兄とは階が違い、状況がストレートには伝わらない。まだまだ意識はあっちこっちな状態。身体も痒い所があちこち出ていて、ムヒを手放せない。(自分では塗らず、全部母の手を煩わせている)だが、終始穏やかな顔をしていて、心配要らないと思わせてくれる。時間が体力を取り戻させてくれる。少しずつ、手応えを感じさせながら記憶も正しく整理されて行くだろう。病室を去る時、父に挨拶。「じゃーな」父が笑って突っ込んだ。「じゃーなって・・・またねだろう」母がすかさず、「そう言えば、貴方達が小さかった頃に、まちゃね、って言ってたね」少しだけ、時間が平和で希望に溢れた頃に遡った瞬間だった。
Aug 23, 2005
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潰瘍の治療が始まった。毎朝タケプロンを1錠ずつ。胃酸の分泌を抑えて、自力で胃壁の修復をしようというもの。効き目は・・・・そんな1錠飲んですぐに実感はないか。とは言え、昨日までのように唸りっぱなしでもなく、幾らか看護士との雑談等もしていたようだ。胃酸による刺激が無くなっただけでも、心持調子が良いのかも知れない。ところが、夕方から発熱しだした。どんどん上がる。遂に39度まで達してしまった。体力が無い上に食事も取れていない。この発熱が嫌な状況を持ち込まないでくれれば良いが・・・
Aug 23, 2005
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昼に見舞いに行くと、昨日に増して穏やかな父の顔が有った。前の晩に飲んだ下剤が効いて、今朝から楽に排便出来たそうだ。ただ、少し効き過ぎらしい。平日という事で、父のリハビリが再開された。作業療法士に腕を押さえられながら、一歩ずつ歩く。ゆら~ゆら~だが、バランスを崩すこともない。苦しそうに顔を歪める事もない。ゆら~ゆら~2往復、3往復。今度は階段に挑戦。一段一段ゆっくりと、だけど足を揃える事なく、確実に上り下りが出来ている。少し、左足が引っ掛かる。くも膜下出血を起こしていた時には、全く動かなくなっていた左半身なのだ。これ位は運動能力が戻って来ていないだけであって、麻痺と呼べるものではないのだろう。頭の方は、まだまだだ本調子ではないようだ。会話をしていると、もう何年も前に引退してしまった職場への連絡を気にしている。連絡先に出て来る名前には、既に亡くなった方の名前が多い。父に尋ねてみると、彼の意識下では現在2000年、5年も前に遡っているらしい。なるほど、ここ5年分の記憶が、ギュッと重なって混乱しているようだ。これも記憶障害になるのかな?時間がかかるとしても、その障害を本人が理解していてくれれば、そんなに問題ではないかな?なかなか良い一日だったようだ。口を尖らして駆け込んだ孫に対しても、穏やかな目を向けていた。
Aug 22, 2005
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兄を腹から背中を包んで固めてしまう痛みの原因を確かめる為、胃カメラの検査を受けた。その結果は、胃から十二指腸にかけての潰瘍。部分的な潰瘍が、胃と十二指腸を跨って存在しているものなのか、広く糜爛状となってしまっているものなのか分からない。どちらにしても、原因が分かったからには治療に着手して貰える。翌朝からタケプロンOD錠が処方される事になった。単独での服用ということは、ピロリ菌の除菌までは必要ないという判断なのだろう。先ずは胃酸の分泌を抑え、痛みの緩和と胃粘膜の修復を狙おうというものだろうか。それでも根治しない場合は、ピロリ菌の除菌剤との併用となるのかな?この日も兄は上の子に八つ当たり。見舞いに来た立ち位置が気に食わなかったらしく、口調がゴモゴモして聞き取れないと突っかかる。その瞬間、この上の子は病室を離れ、父の見舞いに向かった。そういえばこれは、彼の子供の頃からの癖だ。他の人達に良い顔を見せようとすると、必ず身内に突っかかる。多くの時は、弟である自分に突っかかって来ていた。自分が居ない時は、母に突っかかって返り討ちに合っていた。自分一人の時は・・・良く酷い下痢を起こして帰って来ていた。彼の八つ当たりには、正当な理由はない。良く使われるのが、「お前の精神を鍛えてやってる」だった。そうだ、元々そういう癖のある人だった。薬が効いて余裕が出て来たら、この八つ当たりも減るに違いない。
Aug 22, 2005
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シャント術も成功し、穏やかな表情の父。だが、ここ数日、食欲が減退し、無理に食べても戻してしまうという。何と、7月13日のくも膜下出血の手術以降、ずっと便をしていなかったというのだ。ベッドに縛られていた期間、ずっとオムツをしてはいたのだが、彼は一度もオムツを汚す事はなかったのだという。8月9日のシャント術の日の直前には、フリータイムと称してトイレに行く事の許された頃も有った。だが、長い間縛られたせいかバランスが取れなくなっていて、トイレで転びそうになった為に、それ以降はトイレ禁止になっていた。そういえば、縛られている間も、フリータイムの時間も、トイレに連れて行けと日に何百回となく要求していた。彼にとって、オムツを汚すことは、プライドが許さない事だったのだろう。しかし、術後ずっとだとすると、40日近い日数を排便無しで暮らしていた事になる。本当だろうか?オムツの替えは看護士任せにされおり、その全員に確認を取った訳でもないので、事の真相は明らかではないのだが・・・シャントの術後暫くして、浣腸による排便を試みるようになった。しかし、もう水分を吸い過ぎてしまっていたのか殆ど何も出ない。最終的に、昨日、技師の手で無理矢理排便させる事が出来たのだと言う。昨日からの穏やかな顔は、パンパンに膨らみ切った腹が、開放されて為だったようだ。そして今日・・・やはり出ない、今夜から下剤のお世話になる事になった。
Aug 21, 2005
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兄の姿勢は、前日と同じように二つ折りになっている。前日よりも少し、唸り声が頻繁になっている。夕方、下の子経由で、ケンタッキーの注文が入る。院内は携帯が使えない為、一方的な注文になっている。だが、あんな状態で、本当にフライドチキンなんて食べたいのだろうか?確認も出来ないまま、上の子と一緒に1ピースだけ入ったセットを買い込み、病院へ向かう。ところが兄は、我々の顔を見た途端に、落胆の顔を露にした。下の子を見舞いに来させる為に、敢えて買い物を言い付けたらしい。下の子は、ケンタッキーでバイトをしていた事がある。なかなか見舞いに来ない下の子を呼び付ける、名案だと思っていたらしい。それを、持って来たのは上の子。兄は、気持ちも伝わらないんじゃ家族もバラバラだと嘆いている。しかし、この憤りを上の子に対してぶつけるのは筋違いというもの。彼は、父親が「食べたい」という気持ちを起こした事に喜んで、腑に落ちない気持ちも吹き飛ばして駆け込んだのだ。彼は、その憤懣を吐き出す事も出来ず、兄の前から姿を消した。本当に弟に持って来いという指示ではなかったのかと、電話を賭け直して確認までしたのだ。彼に落ち度が有った訳ではない。嘆くべきは、機嫌の悪い父への見舞いを兄に押し付けてしまった下の子の教育と、結果的に外されてしまった計画を立てた自分自身の甘さであった筈。だが、兄にはもうその余裕は無い。
Aug 21, 2005
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父は、とても穏やかになっていた。頭頂部から側頭を通り、首、胸を経由して膀胱まで下ろしたシャントの管が、外観からも見て取れるのが痛々しい。だが、前回見舞った時に最も父を悩ませていた、ベッドに括りつけるベルトも、両手を縛る紐も外されていた。点滴と導尿のカテーテルを除けば、自由の身になっている。手足が、やけに細い。健康だった頃には80キロ有った巨躯が、脹脛でさえ指で回ってしまうのではと思える程細くなってしまっている。母にしてみれば、胃癌の全摘手術を受けてから、うんと細身になってしまった時のギャップの方が大きく、今回はそれ程ショックを受けてはいないと言う。こんなに細かったのかと、今更ながらに思ってしまった。この足で、果たして以前の様に歩きまわれるようになるのだろうか?
Aug 20, 2005
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7月末に見舞った以来の兄の顔は、苦痛に歪んでいた。当時は食欲は無いものの、痛みについては総じて楽で、穏やかな顔をしていた。別れ際にも、後は食欲だけと、自分から手を差し伸べる余裕が有った。病室を見舞った時、兄は身体を二つに折り曲げ、頭を布団に突き刺すようにしていた。時々唸り声を発しながら、痛みに耐えている。腹が痛い。腹の中のどこもかしこも痛い。直腸から肛門にかけてを切り取り、大腸からのストーマを付けている。潰瘍性大腸炎の穿孔による、小腸へのストーマ術を受けている。穿孔部分の炎症は、今も取りきれていない。高カロリー点滴の管から入った菌によって、体力は限界まで削がれている。そして、肝臓と肺への転移を持っている。どれもこれもが痛い。人の気配が鬱陶しい。だが、置き去りにされると不安の虜になってしまう。とにかく怒っている。ムカついている。22日には、胃カメラの診断が予定されている。
Aug 20, 2005
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兄の癌は肺と肝臓に転移している。2度に渡る開腹手術と感染症によって、体力も落としてしまっている。手術の対象ではない。放射線治療の出来る程、局所に留まっている訳でもない。残る手立ては抗がん剤なのだが、そこまでさえ体力が回復しない。単純ヘルペスウィルスを待てるだけの時間も無さそうだ。大体医療・・?タヒボ茶が目についた。他の健康食品に比べ、圧倒的に「治った例」の数が多い。2000人の証言なんて本まで出ている。効果としては、浸潤阻害、アポトーシス誘導、血管新生阻害。これって、最近の抗がん剤研究で、分子標的と一緒に研究が進んでいるもんじゃ?この効果が、全て本当に期待出来るものならば、2000人の証言なんか真実で集めてしまえそうだ。それ以外にも、鎮痛鎮静作用も併せ持っていて、元々、モルヒネの代替品として起用された所から研究が始まったという。試してみるか。症状が緩和されて、延命してくれるだけでも、大きな価値ある選択になる。ただ、半端じゃなく高価なんだよなぁ・・・本格的に取り組むとなると、月10万を越える出費を確保しなければならない。とりあえず一箱、2万円の出費で状況を見ることにした。
Aug 19, 2005
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兄の容態が心配だ。実家には、甥が二人で残っている筈。電話に出れない状況になっているのか?それとも、気付かなかっただけ?体力が無くなっている分、体調が悪い状態が続くこと事態が重篤な状況に繋がってしまう。状況が改善して来て、ホッとしているのであれば良いのだが・・・週末に実家に戻ってみようと思う。戻っても、何の足しにもならないけれども。
Aug 18, 2005
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年初から活動していた新卒採用のCFTに、一段落をつけた。暫定打ち上げという事で、CFTメンバー全員で飲みに行った。驚くべきことに、店を紹介してくれたメンバーの、マイボトルが有った。何と、焼き物のビンに、しっかりと名前が焼き付けてある。それどころか・・・マイ丼まで出てきた。やるもんだね。ここからのフォローについては、未だ社内のルールが決まっていない。そのコントロールを、採用予定の部門の方でするのか、人事部でするのか、CFTとして継続するのか。その対応チームの位置と彼等との関係によって、作るべき関係は変わって来る。学生さん達を、どこに近づけておく事が良いのか、思案するところだ。目的は「安心をして学生生活を充実して欲しい」と、一致するのだが・・
Aug 17, 2005
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未だ、元気な頃のというまでは行かないが、父は着実に健康体に近付いている。親戚が見舞いに来た。その親戚にも、普通に受け答えが出来ていたようだ。トイレにも、介添えが付けば行く事が出来る。加えて、リハビリにも通い出したという。本人曰く、歩こうとするとドンドン左に傾いて行く。それは、くも膜下出血の時に麻痺した方。当日は全く動かなかった。それが、水頭症で記憶が飛んでいる間に、そこまで回復してたということ。だけれど母は・・・・手放しで喜んではいない。その一番の原因は兄の調子が戻らないこと。だけどもう一つ。父が元に戻るにつれて、いつも通りの文句と指示ばかりの人に戻って行くから。どんどん可愛げが抜けてしまう。また厄介な人に逆戻りだ。母は、それでまた兄にマイナスの刺激を与えることになるのではないかと、気遣っている。
Aug 16, 2005
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兄の調子は相変わらず。熱は取れて来たと言うが、気分が高揚して来ない。常にぐったりと、倦怠感に捕らわれているようだ。薬の副作用なのだろうか?何にしても、力が出て来ないことには先に進むことが出来ない。力を付ける為には食べなければならない。食べられないから、倦怠感が抜けない・・・悪循環だ。何か、スッキリとして貰える方法は無いものだろうか?
Aug 16, 2005
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全く新しい癌治療薬の候補単純ヘルペスウイルスHF10の早期実用化を求める民間プロジェクトが存在しています。このプロジェクトは、患者とその家族、他の有志達が、ネットの社会の上で結びつきを持って活動しています。顔を出せない、名前を出せない、口を挟めない、それぞれに各々の事情を持ってらっしゃると思います。その活動の一環の中で、特に深く関与は出来ないのだけれども、気持ちの上では大いに応援しているといった方々からの声を想定し、アンケートが用意されました。HF10活動に関するアンケート 暫定的な活動協力者の方向性やボリュームを知りたいなという趣旨のものです。 結果も随時公開していますので、感心を持っておられる方々の傾向も見ることが出来ます。特に今まさに癌と戦ってらっしゃる患者さん本人、ご家族、大切な方々、是非チェックして、一人じゃないんだ!と感じられればいいなと思っています。 何も個人を特定されるものはありませんし、強制の質問もありません。
Aug 15, 2005
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父の術後の容態は、順調だ。見舞いに来た孫達を、迎える言葉が出て来ている。孫達は、二人で一族を代表して墓参りに行ってくれた。その孫達に、道中気を付けるようにと、いつも通りの指示が出る。車椅子を使ってではあるが、既にトイレにも行けるようになった。いざトイレに着いてみると・・・入れ歯を直しに来たと言ったそうだ。ご愛嬌だろう。未だ、完全に脳の中が元に戻った訳ではないのだから。これから、本格的なリハビリが待っている。
Aug 14, 2005
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兄の容態は、一向に改善しない。熱は37度から38度で、行ったり来たり。元々食欲の無い状態だったので、状況を改善するだけの体力が無いのだろうか。高カロリーの点滴も外してしまっているのだから、何かを口から入れて行かないと体力も戻らない。口から入れた分にしたって、小腸に設けたストーマから、大部分が未消化のままで排泄されてしまうというのに。この状況を好転させねければ、体力の限界が命取りになってしまう。何か手は無いものだろうか・・・
Aug 14, 2005
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父と兄が入院の為、今年の墓参りは2人の甥にお願いする事になった。父と母の田舎は、実家からクルマで1時間程のところにある。例年は父と母、兄と嫁と子供達の6人で出掛けている。今年は子供達二人。二人ともクルマを運転するが、次男のクルマは族仕様に近く、車高を落として音が大きい。当初は自分のクルマで行きたいと主張したが、長男が説得に成功したそうだ。道中に、立ち寄りたいショッピングモール等も有った為に、行ってみるとゆっくりしていられなかったという。だが、シッカリと一族を代表して、近くに住む親戚の家にもご挨拶をして来てくれた。みるみる大人になって行く長男。これからもよろしくお願いしますよ。
Aug 13, 2005
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高校で吹奏楽をやっている娘のコンクールが有った。去年は創立2年目で金賞、更に都の代表という事で東日本大会に出場出来ている。今年は更に期待が高まるのだが・・・親の耳には、圧倒的な進歩をしているように届いた。演奏の正確さ、包み込む臨場感、感情の抑揚、どれも高校生として納得の行く仕上がりに聞こえた。だが、本人の評価が辛い。今年は誰も満足した人は居ないんじゃないか、と。先月の末に、娘達の高校は総文祭にも出場している。総文祭が済んでからの突貫で組み立てた楽曲、夏休みであってくれたので、朝から晩まで、それこそ練習漬けの毎日だった。結果は、金賞すら取れたものの、代表に選抜しては貰えなかった。考えてみたら、この期間で代表に選ばれる仕上がりに持って行かれたら、他の出場高の頑張り甲斐が無くなってしまうか・・・ご苦労様でした。しばらくノンビリして、入試に切り替えだね。
Aug 13, 2005
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郵政民営化の否決を受けて、小泉首相は法案の作り直しの為、衆議院の再構築を決断した。国民の声を反映する役割の参議院に合格点を貰えなかったのだから、仕方の無いことだろう。今度こそ、国民に支持される法案を産み出さなければならない。その為には、産み出す役割の筈の衆議院の中で揉めていては仕方がない。そもそも、進むか立ち止まるかで揉める為に時間を費やすのは、無駄としか言いようが無い。既に時代は、情報が隅々まで行き届き、民間人が自分の生活を守る方法を選択出来る時代に入っている。もう、国が決めてくれる事に従っている時代ではない。逆に捉えれば、自分の選択を国の責任として転嫁しなくても済む時代になったのだ。ところが、郵政事業については、未だ国民は国に責任を取って貰う事を良しとしている。その責任を果たして貰う為に、どれだけの税金(国債)が投入され、どれだけの雇用が消し込まれているのか。これだけの大きな事業が民営化されると、否応なしに経済が活性化される。活性化した経済によって潤沢に回り出した資金は、新たなサービス事業の創生を促し、大きな雇用を創出する事になるだろう。問題は、経済の活性化プロセスで消し込まれる部分。この部分についての分析と対策が言明されていない事が、承認に二の足を踏ませている原因だろう。だが、考えて欲しい。先に進む事を決めてしまわなければ、仮定が現実味を帯びて来ない。今まで国に守られてきた人々が、本当に自分が前進出来るのか、或いは生き残れるかどうかを考えられる状態が整わない。法案では、平成19年までに準備をし、その後の移行期間を10年と捉えている。施行前の期間、移行中の期間のそれぞれが、調整の為に与えられた期間と言えるだろう。それは、国にとっても、事業体にとっても、従事者、利用者にとってもだ。早く決断を下して欲しい。そして、専任のチームに対してその実行を委ねてしまって欲しい。国会では、もっと多くの事を決めて行かなければならない。しかも、国民が納得した証を示しながら。反対するのが野党の役割と言った政治家が居る。時間をかけて考えるべき問題を沢山含んでいるから先延ばしと考える政治家が居る。本当に民営化には反対なのか?そんな細かい事まで、本当に国会の相談で決めるべき事なのか?こんな事だから、人の命を救うべきか否かも分からない。ちょっと待ったをしている間に、毎日数え切れない命が失われている。
Aug 12, 2005
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手術して3日。父の状態は、日に日にまともになって来た。まだ、家に帰ろうとしたり、一人でトイレに行こうとしたりと、意識の混乱は至る所に散見される。まだ、立つ事も出来ないのに・・・しかし、見舞いに来た孫(兄の長男)を見て、TVでも見なさいと声を掛けたという。入院中、他人への気遣いは1度も見せたことが無かっただけに、これは嬉しいニュースになった。ほんの1点だけだが、まともな父に戻る瞬間が現れたのだと思う。この調子であと2週間、頑張ってリハビリしようね。
Aug 11, 2005
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兄の熱は、去る気配を見せない。一時、薬で下げた熱だったが、薬が切れると38度台まで戻ってしまったようだ。今日も37台を推移している。痛みと倦怠感の為に、睡眠が不足して来ている。精神安定の目的も有ってか、ハルシオンが処方されてるという。その為なのか、意識が幾らか混濁しているようで、長男が話し掛けても反応が薄いという。一時期、見舞いに行くと明るく迎えてくれてたという。長男は、やっと近付いてくれた関係が、また遠退いていくように思えて、感傷的になっている。その長男、13日には家族を代表して墓参りに行ってくれるそうだ。みんなの分、合わせてよろしく頼んだよ。
Aug 11, 2005
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手術から一夜明け、父の方はそれなりに回復している。手術まで拘束していたベッドの帯からも開放されていた。ベッドに起き上がって、自分で歯磨き(殆ど歯茎磨きだが)をしていたという。倒れる直前、父は、歯医者に通っていた。前日、歯が痛んだ為に入れ歯を外し、兄の面会も断っていた。今思えば、痛いのは歯ではなく、頭だったのかも知れない。くも膜下の手術後も、先ず気にしていたのは歯医者。朦朧とした意識で、スーツを着せろ、靴を履かせろ、クルマを出せと口走っていた。どこに行くのか聞くと、歯医者の予約をしてあるから行かなきゃならないと。手術したのだから行けないと言うと、そうか、と止まる。が、ものの1分もたたないうちに、スーツを着せろ、靴を履かせろの繰り返し。今回も、先ずは歯の事が気になったらしい。気になる後遺症は、左側の反応が鈍いという事。これは、倒れた時点で麻痺した側であり、前回の術後にも出ていた症状だ。リハビリによって戻せるだろう。後は意識がどれだけ覚醒するか。認知症状がどれだけ取り払われているかだろう。まだ、会話らしい会話は出来ていない。話し掛けても、返事をするだけ。前回は、余計なことまでベラベラ話してたけど・・・今回の方が、術後の患者としてはまともなのかも知れない。
Aug 10, 2005
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原因も分からないまま、兄の熱は引いた。投与した薬が効いたのか、元々一過性の発熱だったものか。熱は下がったものの、症状が改善しない。倦怠感と身体の痛みが残り、うんと具合が悪そうにしているという。ここ暫くは、徐々にではあるが気合を取り戻し、廊下を歩いたり短い時間でもTVを見たりして来ていた。だが、この発熱を機に、また耐える姿勢に戻ってしまった。一日中、ベッドで耐えているだけ。歩くどころではない。TVには興味も湧かない。話す気力も無い。
Aug 10, 2005
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父の手術が成功した。脳から腹腔へチューブを通す、シャント術。くも膜下の手術に比べ、拍子抜けする程短い手術だったようだ。その範囲から考えると、結構な大掛かりとなるような気がするのが・・・この手術、脳外科では最もポピュラーな手術の一つと聞く。だからと言って、脳に触るのだから、危険性の無いものという訳でもないのだろうが。当日の間に、一旦は目を覚ましたそうだ。呼び掛けに応えて、そのまま眠りに落ちたという。もう一度目覚めて、色々と確認をしなければならない症状も有るのだろうが、先ずはこれで一安心。後は、後遺症が残るのかどうか。くも膜下の手術では、どこにも麻痺は出なかった。今回も大丈夫だと思いたい。リハビリを頑張って、早く兄の応援に回って欲しい。
Aug 9, 2005
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兄の容態が、改善しない。昨日から出始めた熱が、一向に引く気配を見せない。体力が衰えているせいか、夕方には顔を歪め、苦しんでいる様子になったと言う。一時は退院の準備をしていたのに。その為に高カロリーの点滴も外したのに。後は食欲だね、と頑張って来たのに。何が熱の原因になっているんだろう?がんの進行のせい?そうは思いたくない。熱が取り去れれば、もう一度戦う準備が出来る筈だ。遺伝子の解析が進むに伴って、がん治療は急速に進化している。一日たてば、それだけ根本的な治療に近付くことが出来る。体力が無いと再開も出来ない化学療法。しかし、世間には体力を奪わない治療方法の発表も林立し出しているのだ。熱なんかに負ける訳には行かない。
Aug 9, 2005
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兄の状態が良くない。夜から発熱し、血尿が出たという。5ccだけというので、根本的な問題ではない可能性も有るのだろうが・・あいかわらず、食欲も湧かないと言っている。やはり、一度失ってしまった体力を取り戻すのは難しいのだろうか?難しかろうが何だろうが、立ち直って欲しい。夏が過ぎたら、新たな薬の話にだって火が付いてくるだろうし。未だ負けるには早過ぎる。手が届く所まで来てるんだ。ここまで乗り切って来たんだから・・・
Aug 8, 2005
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いよいよ単純ヘルペスウイルスHF10早期実用化要望プロジェクトが動き出す。名古屋大学への、公開質問状が送付される予定の日だ。一日も早く、動きが表面に出てくれれば良い。その動きが目に見えるだけで、どれだけ癌患者の心に希望の光が戻って来る事か。動きが表面に出てくれれば、特例の適用についてだって、各所で論じられる事になるのだろう。その討論自体が、日本の姿勢を変えてくれる原動力に繋がるのだと思う。ここは、責任の取れないものを人に勧める事を、徹底的に排除する国だ。想定外の何かが起きると、必ず責任者出て来いと騒ぎ出す。必ず被害者と加害者を作りたがる。これだから、権力を持ちながらも責任者にはなるまいという人間を育ててしまう。責任は、選択した本人が取れればそれで良いのだ。その選択に責任が持てないのであれば、誰か、他の人(国?)が責任を取ると太鼓判を押してくれるのを待てば良い。これは選択なんだ。保証を失う事を条件に、選択する自由を奪うルールを外して貰うという、特別な扱いを望んでいる。何に対して特別な選択の自由が与えられるべきなのか、それは徹底的に話し合って貰ったって良い。ただ、求める人が、本当に他人に責任を求めないと言うならば、それは書き換えられるルールが出来上がってなくても門戸を開いて欲しい。これで騒ぎに火が付いてくれれば・・・
Aug 8, 2005
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父はくも膜下出血で入院した。手術は成功した・・・筈なのに、症状は改善しなかった。水頭症を併発していた。改善しない、認知症と歩行障害は、このせいだったらしい。手術を決意・・・の途端の髄膜炎。少しずつ、意識がまともになって来、トイレまで歩く事が出来るようになっていたのに、症状は術後の状態に逆戻りだった。そして、シャント手術。予定は、9日。脳外で、最も通常的な手術らしい。今度こそ、全てについて改善してくれるに違いない。なぜならば、父は身体、性格共に強い人だから・・・
Aug 7, 2005
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キャリアカウンセラーの通信講座も、遂に最終回を迎えた。今回は、殆どロールプレイ。午前中は3人一組で、採用面談の練習。一人が求職者、一人が面接官、もう一人は観察者という役割で行った。こので使ったのは、各々が自分の事を綴った職務経歴書。面接官役は芝居だが、求職者は正に自分のこと。自己紹介は気合が入って喋り捲り・・・これが実際だったら面接官が引いちゃって不合格だろうね。午後は、今まで組んだことの無い相手と、という注文が入った。それぞれ、組んだ事の無い相手を探してペアを組んでみると・・これが男同士、女同士の多いこと。如何にここまで男女の組み合わせを作って貰って来たかという事が分かる。この組で、架空の3人について、インテークから職種の仮絞込みまでを体験した。全6回、長いと思っていた筈なのに、振り返ってみると何かのスキルが身に付いたんだろうかと思う。沢山のロールプレイで、色々な疑似体験をしている事は確か。だが、自信を持って身に付いたなんて程遠く、気持ちは未だ、体験してみたというに留まっている。全日程が終わり、クラスの仲間達と最初で最後の宴会となった。みんなが、一気に近付いた瞬間・・・なのだが、これで終わりでもある。心の中が半端だ・・・ここで得た、最も大きな収穫。みんな出口を見つけられなくても一所懸命生きてる。右往左往している自分も、みんなと同じように笑って胸張って暮らしてても良いんだという事。そして、そんな気にさせてくれる仲間が沢山出来たという事。
Aug 6, 2005
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来春の入社に向けて内々定を出した学生さん達が集まってきた。今回集まったのはIT系部門と本部スタッフを中心に総勢13名、久々に見る顔は、みんな元気そうだった。元気そうだった・・・そう、元気そうだったのだけれど、特に日焼けをしている顔も無かったなぁ。みんな、卒業年次をそれぞれの忙しさの中で暮らしているのだろう。社会へのデビュー前の最後の夏休みなのだから、思い切り遊んでても良い時なのに。集まってくれた13人には、3チームに分かれてグループ活動をして貰った。模造紙で会社のパンフレットを作る。スケジュールは、午前と午後を、計画と実施で組み立てた。午前中は各々でイメージしたセールスポイントと不安要素について、グループ内で共有して貰った。午後から入った先輩社員に、30分間で質問をし、その中から企業のアピールポイントを抽出し、広げて行く。その後1時間半の時間を使って、模造紙に表現して行く。出来上がった物はグループ毎に発表して貰い、投票で順位を付けて行った。短い時間、初顔合わせに近い仲間達の共同作業で作られたにしては、どのチームも良い所を衝いている。皆さん、ご苦労様。この共同作業風景を見て、とても微笑ましく思えてしまった。みんな可愛いとか、覚束ないとか、新鮮なとかいった事ではない。一人残らず、全員が夢中で参加しているのだ。誰一人、他人任せになって身の置き所が宙に浮いてしまっているなんて事がない。それぞれが必死で、それぞれのやるべきことを見つけて動いている。「自分は何をやれば良い?」なんて言葉すら聞かれなかった。今年は、全員当たりなのかも知れない。この世代から、孤立して沈んで行く若者を出したくないな。配属先はバラバラ、入社後、同期で顔を合わせるなんて機会はうんと少ないだろう。それぞれの職場の先輩達は、ちゃんと彼等の積極性に気付いてくれるだろうか?大人しくしてろ、なんて注文が出されなければ良いのだけど。。。学生諸君、夏は夏らしく、力一杯遊ぶんだよ!
Aug 4, 2005
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兄は、幾らか機嫌が悪いようだ。それはサッカーで日本がリードされているから?それとも、退院の予定が延びたから?未だ食欲が出ない。カロリーを抑えた病院食なのに、1/4位しか食べられない。もう、高カロリーの点滴は外してしまっているから、自力で摂取しなくては。退院するには、腕に挿した点滴だって外さなきゃならないのだから。体力が戻らない。だから、リハビリも一進一退。根性だけで3周して来たというが、戻った途端に倒れ込んでしまった。化学療法科の医師とは、面識だけは作れたようだ。父は認知症状に変化が無い。一時期、回復を見せていたが、髄膜炎を併発してから逆戻り。この症状も、水頭症の症状として出ているのだろう。この炎症が取れない間は、脳圧が下がらないのかな?父にはこの後、V-Pシャントの手術が待っている。この手術で、症状の全てが一気に改善してくれるのだろうか・・・二人共、1日も負けることが許されない戦いを続けている。
Aug 3, 2005
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この春にかけて動いていた新卒採用のチームが、久しぶりに再開となる。今回のイベントは、内々定者の顔を見ること。顔が見たくて集合をかける訳だが、ただ単に集めても芸が無いというので、ほぼ丸1日かけて、グループ活動をして貰う事にした。ネタは、自社のパンフレット案を作成すること。グループになって企業の「良いと知っているところ」と「不安に思えてるなところ」を洗い出し、社内で先輩方に確認して貰う。それをパンフレットとして、宣伝の表現で纏めて貰う。良い所についてだけ、考えて表現して貰う。上手くすれば、良いと思っているところを新卒者同士で共有出来、更に不安が解消して、入社意思が固くなるという予定。果たして上手く行くことだろうか。若い力の新鮮な視点に期待しよう。
Aug 2, 2005
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実家から連絡が入った。何と、中々症状が改善しない父が、髄膜炎を併発したという。フリータイムで体力を使い果たした為か、縛り付けられ続けたストレスのせいか、免疫力が大きく落ち込んでいたのだろう。しかし、なんて菌の感染が多い事だろう?症状は、術後の状態まで後退してしまった。吐気、発熱、認知症状・・・また色々な物が見えるようになってしまったと言う。付き合ってる母も、いい加減疲れて来る頃だ。なんと言っても、実の息子が癌で入院している状況下での出来事なのだから。髄膜炎の症状が取れたら、予定通りバイパスの手術もすると言っているが・・・後遺症無しで頑張ってくれよ!
Aug 1, 2005
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