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兄の家族は、妻、長男、次男の4人で構成している。長男は今年大学を卒業し、老人福祉の仕事に就いた。次男も今年高校を卒業し、仕事に就いている。これに父と母を加え、6人の大所帯(2世帯住宅)で暮らしている。優男の長男は、兄の入院以前、兄と難しい状況を何年か続けていた。兄は最短で一級建築士の資格を取り、駅舎や病院施設、イベント会場等、様々な実績を積み上げ、県の業界内ではある程度の名前が通っている。そんな兄にしてみれば、長男の目標は曖昧で、とても低い物のように見えていたようだ。事ある毎に八つ当たりの対象のように長男を叱り付けていた。長男は怒り続ける父に、いつしか返す言葉を失い、部屋に閉じ篭る時間が増えた。幾度か食事が出来なくなり、自分から精神科の医者を頼っていたという。だが、自分で入院から死の淵を彷徨う何日かを過ごしているうち、自分を見守る長男の目が、逞しく見えて来たようだった。自分がオドオドバタバタし、妻を24時間付き添わせて正気を失いかけている時に、長男は弟の面倒を見、見舞いに来ては自分を励ましていた。容態が安定して来ると、兄は長男を「兄貴」と呼んでいた。何年ぶりかの、家族として認めた呼称だった。ところがそんな中・・・次男は遊び呆けるようになってしまった。両親が居ない上に、祖父の入院に祖母が介添えして留守となり、家には兄と二人だけの状況が出来上がってしまっていた。そうなると共に、彼の帰宅時間はどんどん遅くなって行った。12時を過ぎ、2時を過ぎ、4時を過ぎ・・・遅い日には翌朝6時迄遊んでいるという始末。ここ最近では、病院にも顔を出さなくなってしまっている。この状況に、長男は心を痛めている。折角、家族が一つに纏まりつつあるのに、弟の放蕩のせいで纏まらない。父との約束も破って、病室にも来ない。待ちくたびれて、消沈と憤りの中にいる父を見るのが忍びない。彼にも心から望んで欲しい、父親の復活を。
Jul 31, 2005
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キャリアカウンセラーの通学講座の5日目が終わった。今回もロールプレイ中心、基本はあくまでも傾聴スタイル。今回は希望する職種を絞るプロセスを体験してみた。それぞれが持っている、仕事に対する価値観。それを5つ6つ上げて、それぞれに0~3の係数を割り付けた。次に、自分が転職するとしたら、どんな仕事に就きたいかを、3つ4つ。各々が、上で上げた価値観について、どれ位の評価を下せるのかを判断。その判断結果に、上で想定した係数を掛け、職種毎に得点を出して行く。と・・・面白い結果になるもんだね。自分の迷いの中から、べき論的に出した職種と苦し紛れに並べた職種は、ポイントが低い。ポイントが高くなるのは、無理っぽいけど、いつかそうなると良いな、と思って書いた職種になるようだ。果たして、その職種に辿り付けるような、シナリオが書けるのかどうか。。。更に今回、有志が立ち上げてくれたMLのアドレスが配布された。少しずつ、講習が終わった後の繋がりも確保されて行く。次回が最後、仲間を固く結んで締めくくりになって欲しい。
Jul 30, 2005
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兄の状態を確認する為、CTを撮った。その結果、膿瘍は小さくなっているが、腫瘍は大きくなっていると報告された。その報告をしながら、主治医は退院について話し始める。食事も出来ない、腫瘍は大きくなっている。こうやって文字にすると、容態が悪化して、ヘバってしまっているように見える。だが、兄の調子は、日に日に普通に近付いている。単に食欲と体力が無くいだけ。腫瘍なんて、外見からは見えない。今の主治医は外科医であり、悪性腫瘍に対しても摘出という形が得意である。対して、これから戦おうとしている武器は、抗がん剤。この専門は、化学療法科という事になる。化学療法には化学療法のスペシャリストが居り、今の主治医は仲が良いと言う。早い話、外科の病棟からは退院し、新たに化学療法の担当医にバトンタッチしようという提案であったのだ。問題は、いつから開始するのか。先ずは退院して、気持ちを切り替えて考える事になるのだろう。
Jul 29, 2005
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術後2週間、そろそろという事で、脳髄のドレナージを止めて、ベッドから開放する時間が与えられる事になった。止めたとはいえ、チューブは挿し込まれたままなので、時間が来たらまた繋がれるのだが。それなのに、見舞いに行った時には既にベッドに縛り直されていた。フリーになって、先ず父がしたのはトイレに行く事だった。トイレに行って、自分で便を排泄する事だったのだ。だが、2週間括りつけられていた身体は、すぐには言うことを聞いてくれなかった。よろめきながらたどり着いたトイレで、いきむ事も出来ないまま、壁に頭をぶつけてしまったのだそうだ。慌てて看護士が抱えてベッドに連れ戻したのだが、父は、又トイレに行くと言って、ベッドから降りようとする。押さえても、説得しても、何としてでもトイレに行くのだと。そうこうしている間に、父は吐気を催してしまった。その時から、トイレどころか起き上がってベッドから降りてしまわないようにと、括り付け直してしまったのだそうだ。父は、何度も何度も解けと訴えつづけていた。
Jul 28, 2005
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実家に戻ってみたら、兄は大部屋に移されていた。だからと言って、容態が思わしい方向に向かっているとも思えないのだが・・・食欲は相変わらずだった。3食共、一口か二口食べるだけで横たわってしまう。しかも、殆どは消化されずにそのままの形で新設された方のストーマから出て行ってしまう。結果、尿の量も1日に500CCまで行くかどうかという毎日。なのに、高カロリー点滴は、今日から外されてしまっていた。ここから菌が入った可能性もあるという事だった。大丈夫なのかな?それでも本人は、頑張って病院内を半周して来たのだが・・・(途中で青ざめて、インターセプトしてきた)
Jul 27, 2005
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期待の技術者を手に入れるべく、転職希望者の面談をしている。毎回のように気になることがある。 特に得意な物はないですが、使って貰えませんか?得意な物がなくて、新卒者よりも既成概念を持ってて、高い給料が欲しい。これって理屈が通ってると思ってるのかな?今までの職場で、人並み以上の活躍が出来なかった人に、どんな可能性を期待したら良いんだろう?実績が無くても、訴えてくれる物があれば、そのスキルの確認が出来る。スキル上、問題無いレベルに達しているのであれば、期待に応えるだけの活躍をしてくれるかも知れない。だけど、別に出来る事は無いって主張は、曲げようとしない。今まで、何の実績も無いと、胸を張って言いのけてくれる。何の為に転職するんだか、自分で自覚してから来て欲しい。
Jul 26, 2005
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お付き合いの有ったお客様と飲んだ。この春、転職をされたお客様。春までの企業には、自分の元部下を投入してあった。彼の腹心となるべく・・・そして、期待通りの働きをしてくれていた。そして春・・・お客様だけが転職した。元部下は、そのままのチームでシステムの維持と新体制の立ち上げに手を貸している。あまり面白い局面は無くなっているらしい。転職したお客様は、この3ヶ月半の間に、新たな顧客への提案を通し、システム開発への道が見えて来たようだ。しかし、システムを開発する際のチームが具体的にイメージ出来ず、最後の一押しに躊躇していると言う。そこで彼の心に浮んだのが上手い具合に行けた仲間としての彼。そうなんだよね、システム開発って一緒に走る仲間が居てこそ、精一杯の提案が出来る。その一緒に組む仲間によって、精一杯の中身も変わって来る。顧客要件をしっかり受け止めて、心に浮んだ心象を具体化して提案する。その心の色が仲間によって変わるんだから、当たり前と言えば当たり前か。しかしながら、元々自分の居た古巣にお仕えしている為に、抜いてしまった場合に崩れるバランスも想像出来てしまう。しばらくは、抜け時を作る為に抱え込んだ責任範囲をトランスファーして行かなければならない。Xデーは、10月末に設定された。
Jul 25, 2005
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未だに脳室からのドレーンは抜けない為、危険回避の為に身体はベッドに括り付けられたままになっている。その為、どうしてもオムツになってしまうのだが・・・それが恥ずかしいからトイレに行かせろと言い出しているという。現実の全てが認識出来、それらが理路整然と繋がるというのには程遠いのだろうが、確かに現実が部分的に認識されて来ている。どこのという認識は曖昧らしいが、病院に入院しているという現実も、認識出来て来ているようだ。ドレナージさえ外せてしまえば、それ程困った状況でもないのかも知れない。そうなればそうなったで、また注文が多いのかも知れないが。水曜から、もう一度実家に戻って来るつもり。
Jul 24, 2005
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兄が歩き出したと聞いて、菌が抜けたものだと思っていた。すっかり、身体が楽になっていたものだと。しかし、実家から流れて来た続報は違っていた。食事が取れず、体重の減少が止まらない・・・え?兄は、体調が戻ったからリハビリを始めたのではなく、身体を動かす積極性で菌を追い出そうとしているらしい。今ではフロアを3周(それでも100m程度?)するになっていると言うのだが、かと言って食欲が出てきているのでもない。主治医は次の手を打とうとしている。肩から入れている高カロリーの点滴を減らしてみようと。この点滴が高カロリーの為、満腹感を感じてしまっているのではないかと。減らしてみれば、少しでも空腹感が戻って来るのではないかと言うことらしい。一か八かの賭けと言うが・・・根本的に抗生剤の投与で菌を殺せないものだろうか?
Jul 24, 2005
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キャリアカウンセラーの通学講座の4日目が終わった。回を重ねる毎に、現実に沿ったロールプレイングになって行く。基本は、あくまでも傾聴スタイル。自己紹介レベルで良かったものが、指針に結び付いて行くようにと捉えると難しい。半日位、じっくり話を聞きたいと思うのは、進歩?それとも要領を掴んでいないため?課題は「泣けた出来事」。この講座、そもそも自分自身が岐路を迎え、未来を見失いそうな参加者が多い。自分も同じで、今までの現場でリーダーシップを発揮して、というのが難しくなって来た事から新たな道を、と心の放浪をしていた時に出会った機会だった。今回一緒に組ませて頂いた方は、この2年間就かされたマネージャ職で、自分自身をとても過小評価するようになってしまった方。この2年間の直前に、ご両親を立て続けに失われており、無力感の中で人の管理という難しい役割を求められた事も影響しているのだろう。自分の場合は、今まさに泣ける状況下。実際には泣いちゃいないけど・・・だがこの方、その後の喘ぎの中から、新たな道をイメージしつつある。その道は、過去の苦しくなかった自分がやっていた事から作られている。適性を自覚されているようだ。既に応援したい程にイメージが確立されていて、分析が進むにつれて嬉しくなって来た。自分の場合、テストの結果から適性を見ると、適性が真っ二つに割れてしまっている。芸術的なものを好むのに、企業的な能力が高い・・・職種的には矛盾している。どうすっかなぁ。人の世話焼くより、自分のライフプランを自信の持てるビジョンに映し出す方が先決のような気がして来た。
Jul 23, 2005
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単純ヘルペスウイルスHF10こんなのが有ったのか・・・名古屋大学医学部第二外科で開発中のもので、乳癌に対しては第1相臨床試験が完了しているとのこと。しかも、適用した6例全てに効果が現れ、その成果は30%~100%。しかも副作用無し。これって、6例についてだけ見れば、がんの特効薬ってことになる。副作用無しである事さえ証明出来れば、後は効き目の確認って事なんだろうから、バンバン作って希望者にドンドン配布出来るようにして欲しい。とは言え・・・臨床的に一般の道を突き進んでは、その間に何十万人も、何百万人もの方が無くなってしまうのだろう。他の「いい加減な」治療方法を排除する為にも、否定のしようが無い程の事実によって蓄積されたデータが腐る程必要なんだっても分かる。だけど・・・欲しいなぁ、これ。と思ったら、有志メンバーで運動が展開し始めていた。単純ヘルペスウイルスHF10早期実用化要望プロジェクト これに乗りたい、先ずは迷惑かからない位に追い付かなくちゃ。
Jul 22, 2005
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父は未だ夢の世界に居るようだ。看護士の質問には、相変わらず正確に答えている。だが、家族と話した途端に家に居るつもりに戻ってしまう。ただ、看護士との会話の中でも変化が出てきている。今までは、最後の質問「ここは何処ですか?」に対して、自宅であったり息子の家であったり、温泉であったり研修所であったりしたのだ。今回は、病院に居ると認識しているかのような答え方をしたようだ。その瞬間は、現実の中に居たのかも知れない。その認識が、少しずつ広がって行ってくれれば、回復の目処も立って来るのだろう。身体的なリハビリも開始したそうだ。脳室のドレナージが抜けていない為、ベッドに括り付けたままの運動になっている。両手を開放し、動かしている、両足は・・・元々自由に動かしていたか。父の心配は、認知症の症状が消えてくれるかどうか位のもの。強いて言えば、脳室からのドレーンが、1週間以上たっても抜けないこと。やっぱり、脳の回復が遅れてるかなぁ・・・
Jul 21, 2005
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兄は歩いている。入院したフロアを一周して来たそうだ。細くなってしまった足に、辛うじて残ったフニフニの筋肉で、何とか一周をこなして来たのだろう。戻って来ると「疲れたぁ」の一言。だが、今の兄はそれで終わらない。今度は車椅子に乗って一周。腕力を取り戻す為のリハビリ?いやいや、それだけではない。部屋の外に出て、他の患者さん達とスレ違うという事自体が心のリハビリだろう。ここまで積極的に、自分を高揚させる事が出来るようになった。元々細いが心の強い男。ここまで体力を使えるようになったら、命の火にも、再点火してるに違いない。菌も、その気迫に押されて、出て行ってしまっていれば良いのだけど。後は食欲だな。
Jul 21, 2005
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実家から、ささやかだが嬉しいニュースが届いた。兄が立って、歩き始めたというのだ。歩くと言っても2~3歩、未だ足の力が持続出来る訳ではない。一昨日の尿道管消毒に向かった兄は、車椅子に座りながら自分のガートル台を保持しておけなかった。足の間に挟んで、すぐに手を離してしまう程の虚脱感の中に居た。2歩、3歩とはいえ、自発的にリハビリが開始出来るとは、格段の進歩のように感じる。菌が抜けたか?父の方は、相変わらず夢と現の境目に漂っているようだ。この認知症状は、取れるのだろうか?
Jul 20, 2005
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仕事に戻らねばならない。看病している母と姉の体力も心配だが、一先ず帰京して、自分の仕事も進めなければ。昼前に父の病室を訪れると、父は眠っていた。そうだ、カテーテル検査の日だった。右太腿の付け根の動脈から、カテーテルを挿し込んでの血管造影。止血の為に6時間の安静が必要とされているが、父は眠りながら足を組もうとしたので、慌ててベッドに紐で括りつけた。脳室からのドレーンは、未だ抜けていない。術後6日たっているのだが・・・少し回復が遅れているのか?認知症状も、未だ改善されていない。兄の部屋へ行き、挨拶をした。抗生剤が効いて来たのか、熱は無し。だが、まだまだ虚脱感は抜けてくれないようで、ベッドの上で沈んだ顔をしている。今度見舞いに来た時には、元気な顔を見せると約束して、病室を後にした。菌さえ抜けてくれれば、こんなに沈んでいなくても良いのに。
Jul 19, 2005
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兄の部屋を訪れたら、車椅子に乗り込む所だった。「導尿管、交換して貰って来るねー」導尿カテーテルは、月に一度の交換が必要なのだと聞いていた。そして今日、泌尿器科からのお呼び出しが・・・姉はてっきり交換と思い、自分に説明してくれたのだった。「そんなに時間は掛からないって聞いたから、付いて来る?」父の見舞いから、兄の方に回った途端だったので、邪魔にならなければと喜んで付いて行く事にした。無口な兄と、少しでも一緒に居たい。泌尿器科の前まで付き添い、自分は待合の長椅子に座って待つ事・・待つ事・・・3分??幾ら何でも早過ぎるだろう?出てきた姉から、実は消毒だったと聞かされる。出て来て暫く、泌尿器科のナースから携帯用の尿バックの説明を聞いた。何と、こまめに捨てていれば、バックを装着したままでテニスも出来るんだと。お腹が膨れるのが嫌なら、腿に付けるタイプのも有るんだと。尿が溜まるとズリ落ちる事も有るとは言うが。そんな事より、この導尿カテーテルが抜けてしまってくれた方が良い。そうでなくても、細くなった兄の腹には、ストーマの袋が3つもぶら下がっているのだ。その上に尿の袋まで巻きつけるとなったら・・兄も、仕事が出来なくなると、反発していた。本当に仕事出来るようになるまで回復してくれよ!特に尿道に問題が有るという訳でもないかも知れない。お腹が膨れて入院した際の緊急対処で、腎臓から直接抜くように処置しただけであって、そこの問題については細かく検査していないのだと思う。ちゃんと菌が抜けて、自力でトイレに行けるようになれば、抜く事も考えて貰えるのだろうか?それにしても酷い脱力のようだ。チェナムとバンコマイシンで叩いているのだから、そろそろ菌も根負けしてくれないかな?
Jul 18, 2005
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父の体調は、日を追う毎に回復して来る。既に、自分でスプーンを持ち、出された食事全てを平らげてしまう勢いになった。嚥下食となっているが、食事中にむせる事も殆どなく、このまま普通の食事に切り替えても問題が無い程。目の遠近間も、余り問題無く焦点を結んでいるようだ。ところが、反応には全く脈絡が戻って来ない。ここがどこなのかも、一度も認識出来た事が無い。名前、年齢、誕生日、全て完璧に答えるのだが、ここは?の問い掛けには、 今日は息子の家に来ています 温泉で休んでいたところです 県の研修所に来ています 家です(と言って住所を正確に付け足す)等と言う。また、病院に行かなくちゃならないから靴を履かせてくれ、さっき履いて来たのだから、その辺に置いてある筈だ。今、天井の溝にくまん蜂が入っていったから、殺虫剤を吹きかけてくれ。殺虫剤を吹きかけたら、ペンキを塗るから地下からシンナーを出して来てくれ。更に、ベッドに拘束している幅広の腹帯(布)を、メロンだと言い出す。このメロンは、さっき自分で買って来たのだ。皿付きで300円だった。等と言い、食べ易いように切ってくれと言う。布だから切っても食べられないと言うと、どう取ったものか、細かく切れば食べられる、爪楊枝にさしてくれ、と言う。手を解け、靴を履かせろは、相変わらず1分と間隔を開けずに繰り返す。もう何百回聞いたことか・・・この認知症のような症状は、何時まで続くのだろうか。このまま残る、なんて事は無いよなぁ・・・
Jul 18, 2005
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兄は、暗い顔をしてベッドに座っていた。「調子はどぉ?」「自分は大丈夫だ」と答えてくれはするものの、調子が戻って来ないようだ。会話は続かない。とても脱力しており、歩くどころか身体を動かす事も億劫だと言う。食事も、粥を二口くらい口にする位で、進まない。今回は、土産に「がんワクチン」の記事を印刷して病室に持ち込んだ。3年前の「分子標的療法」の論文も添えて。一通り目を通し終えた兄がポツリと口を開く。「もう、この県からは出られないんだよ」もしかすると、そうなのかも知れない。ここから、幾らか回復したとしても、もう長距離の移動は出来そうにない程衰弱しているように見える。TVも雑誌も、見ていても集中出来ないという事で、ベッドの上でじっと耐える毎日を送っている。やはり菌は殺せずに、身体の中で暴れ続けている。昨日、また穿孔部に挿し込まれたドレーンから、緑膿色のものが出ていたと言う。抵抗力が落ちているのに付け入るように居座る菌。先ずはこれをやっつけなければならない。身体からは肉が殆ど削げてしまっているけれど、たかが菌ごときに乗っ取られてはいけない。尿も、前日から急激に減って来てしまっている。腎臓の機能も低下して来ているのか?新設した小腸のストーマが、大きく膨れている。殆ど水様のものが入っている。粘性は全く無い為、便という表現は適切では無いように思える。下痢?これが尿量が減ってしまった原因なのか?菌によって下痢の症状が起きているならば、辻褄が合うには合うのだが。どちらにせよ、菌をやっつけなければ、体力を奪われるのを防ぎようも無い。憎き菌。取り付くなら、もっと健康な自分のような人間に入って来てくれれば良いのに。そしたら、体力にモノを言わせて、退治してくれる。そうだ、体力にモノを言わせて!
Jul 17, 2005
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見舞った父は、暴走していた。ベッドに腹帯で固く拘束されており、両手も紐で縛られていた。昨日までは大きなミトンの手袋だったらしいが、覚醒が進むとともに、手袋を外して頭に手をやるという事が増えて来たらしい。術後4日目。父の言葉は、未だとても聞き取り辛い。目の焦点はズレており、見えるものの多くは、幻覚のようだ。食事は、嚥下食で、母がスプーンを口元に持って行くと、嫌がらずに全部飲み込んでいる。柔道をしていた父は身体を大きくしたい願望が強く、健康な頃から食べる事には貪欲だった。頭から出ているドレーンチューブ、脳室から余剰の髄液を排出する為のものなのだろうが、何故か血が大量に混じっている。暴れると出て来るのだというが・・・そんなもの?クリップが不完全で漏れ出して来るという事ではないのだろうかと、心配になってしまう。最大の問題は『今』を認識しない事だ。自分は、家に居るつもりになっているようだ。時間も、20年位は遡っていたのだろうか。同居している孫を見て、貴方は息子の同級生ですか?と聞き始めた。機転を利かせて、孫は「そうです」と答える。「お父さんは何をしているの?」「ほぉ、それは将来有望だね」なんてやり取りをしている。一見、まともな会話、しかし、内容は現実のものではない。暫くすると、出掛けるから靴を履かせろと言っている。ネクタイを結ぶから、手の紐を外せという。何処に行くのかと問うと、兄の通夜に行かなければならないのだと言う。自分は喪主だから、身なりをキチンとしなければならないのだと。昼寝をした後は、病院に行かなければならないと言い出した。しかし、行き先は歯医者なのだと・・・自分に顔を向けて、クルマにエンジンをかけておけ、と命じている。母がまともに受け取って、緊急入院したからクルマは持って来ていないんだよと答えるが・・・その状況を認知しない。良いからエンジンをかけておけ。靴を履かせろ、手の紐を取れ。十秒毎に繰り返すやり取り。説明しても、その時は頷くものの、相手の話が終わった途端に、エンジン、靴、紐の要求の繰り返し。全く認知しようとしない。
Jul 17, 2005
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キャリアカウンセラーの通学講座の3日目が終わった。今回もロールプレイングが多く取り入れられ、実感を伴った講座になった。前回は課題の人物像を演じた、架空の設定で行われたインテークを、今回は自分の事を伝えるという手順で行われた。課題は「自分に影響を与えた人物」。自分には、影響を与えてくれたと明言出来る高校時代の同級生が居る。彼との出会いから話し始め、社会人になってからの彼の選択についてまで、話したい事は幾らでも出て来る。彼の生き方は、会う度に期待を裏切って「普通」に近付いて行っているのに、そこに居る彼の輝きは失われる事が無い。そういえば、彼を見習って「人生を楽しむ事と、拘らない気軽さを」を理解したのだったなぁと、思い返したりした。兄が癌を患ってからは、意識的に付き合いを止めているが、心配が無くなったら、色々と報告したいと思ってしまった。今回は自分の見直しとしてライフラインも描いてみた。楽しかった時代、苦しさしか感じていなかった時代・・・なぜかしら、若い人のライフラインの線の上がり下がりを聞いているうちに、微笑ましくなってしまった。そうだよね、幸せは心の中で感じるもの。周囲に認められたから上がり調子だとか、責任を果たせないから暗くなるとかって事じゃないんだよね。自分は自分、やりたい事をやって生きて行きたいと思った。そうは言っても、職場に戻ると・・・・習慣なのかな。
Jul 16, 2005
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母からの説明の声が鈍った。兄は相変わらず、ベッドから出て来ない。昨日は立ち上がって、歩き始めたと言うが、またベッドの中に逆戻り。そんなに悪くも見えないと言うが、無口のままベッドの中で塞ぎこんでいるという。体調が思った程、回復して来ないのか・・・父は、目覚めたは良いが、暴れているという。術後2日、脳の術後なのだから錯乱しているという事なのだろうか?明日、最終の新幹線で実家へ向かう事にした。
Jul 15, 2005
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父が倒れた事に触発されたのか、やっと兄が歩き始めた。身体の中の、体調を悪化させていた要因の全てが取り除かれたのだと思いたい。気持ちが前に向かい始めたのだと思いたい。大腸の破裂から2週間半、弱った身体に追い討ちをかけるような状況が続いたが、その全てを乗り越えて来た。これからも、その生命力を信じて、勝ち続けて行って欲しい。主治医は、既に化学療法の再開を口にしているという。延命の為の抗がん剤投与という事になるのだろう。出来るならば、治療の為の投薬となって欲しい。 がんワクチン分子標的型の抗がん剤。理論的には、がん細胞以外には、殆ど悪影響が出ない筈。最近、多くの大学病院での治験が行われている。これに参加出来ないものだろうか?必要なのは、本人の説得?主治医の説得?それ以外にも制約がある?土曜日の夜、最終の新幹線で実家に向かおう。
Jul 14, 2005
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未だ暫くの間は、意識に曖昧な部分が残るのだろうが、取り合えずは危険な状態は脱したようだ。開頭部分に触れないように、手袋をしての一夜になったそうだ。朦朧とした意識の中で、父は手袋を外すように要求を出し続けたらしい。手術したんだから、そこに違和感を感じるのは仕方の無いことなのだろう。不幸中の幸いは、脳に障害が残らないようだということ。術前には左半身が動かなくなっていたというが、2週間後の退院までには麻痺も軽くなっているだろうと言う。精神的な不安は残るだろうが「先ずは良し」といったところだろう。母の声から、少し元気が無くなっていた・・疲れたか。
Jul 14, 2005
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父は、昼過ぎに入った手術室から、つい先程出てきたと連絡が入った。診断、検査、検討の結果、大事を取って開頭する事にしたそうだ。大事を取って・・・開頭するのが必須となる程でもなかったという事?何はともあれ、手術は成功した。この後、目覚めてさえくれれば、命は繋がったことになる。その後には、後遺症と戦いながらのリハビリが待っている。生活を困難にする程の後遺症が残らない事を願いたい。表現の下手な父。兄への心配を、非難と命令という形でしか表現出来なかった父。気持ちが兄に届かない苛立ちを、八つ当たりでしか解消出来なかった父。父のストレスも、頂点に有ったのだろうか・・・
Jul 13, 2005
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参った。今度は父がくも膜下出血で倒れてしまった。母の話では、朝から様子がおかしく、ボケてしまったみたいだったそうだ。それにしてもおかしいと、午後になって救急から運び込み、診察を受けた。出された診断結果は、くも膜下出血。まさに泣きっ面に蜂。疲労と心労を抱え込んだ母に、もう一つの、そしてこの上ない心労が降りかかった。だが、朝からおかしい状態が続いていたとすると、症状としては重篤なものではないのだろうか?検査では、右腿の付け根から造影剤を流し込み、破裂部位と特定するようだ。その結果は、緊急を要する事とは判断されなかった。父の意識も、少し覚醒に向かったようで「気にしないように連絡をしなさい」という指示を出しているという。処置は明日。開頭手術となるのか、カテーテルからのクリッピングになるのか、或いは・・・兄も、父も、姉も、母も、みんな負けないで頑張れ!
Jul 12, 2005
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兄が、やっと口を開いた。兄の病室には、義姉がつきっきりになっている。父と母は、面会時間にほんの少しだけ、兄の状態を見て帰るだけになっている。元々、同居しているとはいえ、余り親子の会話は無かった。父の発言力が余りにも強く、何をしても命令と批判だけの表現になってしまう。兄が自分の意志で生きる為には、そんな父との会話は避けるに越したことがない。体調が優れなくなって来るに従って、その傾向は強まったいた。母は、今年に入ってからは煩わしくないようにと、声をかけるのさえ躊躇って来た。兄が(再発癌への)抗がん剤投与に疑問を持ち、中止した時からそれは、決定的になっていた。入院してからも、その関係は変わっていない。母は、短い面会の間に状況を見回して、負担にならないようにと父を促して病室を出る。その間、兄は目を閉じ、何にも反応しないように見えていた。その兄が、一言だけ話した。 「父さんは未だ来ないの?」父は、歯が痛いということで病院に入らず、クルマの中で母を待っていた。兄にとっては想定外に、ドアを開けて入って来たのは母一人。そこで思わず出た言葉。その言葉が、母にとってはとても嬉しい出来事だった。やっと口をきいてくれた。先ずは一言、だけど、この一言は、とても嬉しい一言。母も負けずに頑張れ!
Jul 11, 2005
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兄が発熱しなくなった。このところ、ずっと続いていた夕方の発熱。そんな高熱じゃないんだけど、7度台まで上がって暫くすると落ちてくる。それが、昨日の夜から上がらなくなった。抗生物質が効いた?発熱しないって事は、炎症が起きなくなったって思って良いんだっけ?心なしか、面会時の表情も、目に生気が戻って来たように見えるそうだ。調子が良いってこと?そうであってくれれば良いな。身体の中にある、危険な状況と不快の原因は全部無くなって、体力が回復して行く過程を味わってくれれば良いと思う。体力を気力が回復して来ないと、そもそもの病気、癌との戦いを再開出来ない。未だ未だ、会話する程に心が浮いてきてはくれない。相変わらずの食欲で、自分から食べたいと思う事が有る訳ではないらしい。立てない訳でもないのだけど、必要な場所に車椅子で動く以外は病室も出ないらしい。調子の悪さは、体調から来るもの?溜まった疲労から、身体全身が脱力感の中に落ちちゃってるんだろうか?それとも、心の状態から来るもの?でも、感情の動きに蓋してたら、元気になるキッカケが掴めないじゃないか。TVでも見て、感動したり大笑いしてくれれば良いのだけどなぁ。中学時代、バレー部だった兄。日本女子バレーの試合でも見て、応援に熱でも上げてくれれば良いだけど・・頑張れ兄ぃちゃん!
Jul 10, 2005
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キャリアカウンセラーの通学講座の2日目が終わった。今回はロールプレイングが多く取り入れらた回だった。ロールプレイングでは、来談者とカウンセラーの役を、それぞれで行って行く。今回は、3つのパターンが用意された。・製造系メーカーの社員が早期退職を勧告された50歳男子・工学系大学を良い成績を卒業したが就職先が決まっていない青年・営業アシスタントをしているが自分だけ昇進していない事に気付いた30代OL15分間でインテーク面談をシミュレーションするのだが、来談者の役作りが面白い。精一杯、自分の経験の中で出会った「困った人」を持って来て演じる。本来ならば、自分を偽っている時間や、言葉を選んで黙り込んでいる時間も長いのだろうが、今回は15分という時間の枠が設定されている。どの組も、来談役の方から積極的に問題をぶつけて行く。問題が見えた以上、それに応えてしまいたい。しかし、まだまだ信頼関係が築かれていない。中には、愚痴言い続けるだけで、カウンセラーの言葉に耳を貸さない来談者が居る。ふてくされて、同調した言葉に突っかかる来談者も居る。全てをやり尽くして、打つ手を失って心を閉ざそうとしている来談者が居る。彼らに対して指導者的な関係を作らないようにするには?反発する事で自分の存在を感じ取ろうとしている相手に好意を示すには?沈み込んだ相手が、話す事から希望の光を見つけようという気になってくれるには?それぞれが精神を集中して、出口を見つけようとする。だが、繰り返す間に気付く事がある。みんな、相手の気持ちを楽観的な方向へ誘導してしまっている。信頼関係を築くのが目的の面談なのに、腫れ物に触れるように接し、心の扉を開くカギを探そうとしている。そんなんで仲間として認識されるのか?相談する相手を失い進む道を見失っている人が、どんな相手に心を開くかをイメージしなければならない。きっと、相手と同じ心の状態を疑似体験する、良い方法が有る筈だ。
Jul 9, 2005
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化膿はすぐに収まるものだと思っていた。だが、医師からは「抗生物質が効かない」と告げられた。黄色ブドウ球菌?MRSA・・・院内感染・・・・?腎臓の挿入されたカテーテルから入ったのか?首の横から入れられた栄養チューブから?ここまで頑張って問題を排除して来たのに、未だ追い討ちが掛けられる。早く感受性を示す抗生物質が見つかると良いのだが、見つからないと色々な感染症へと発展しかねない。兄の体力にも、限界が見えて来ている。急いでくれ、早く、早く!
Jul 9, 2005
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どうもドレーンは全て抜き取られていた訳ではないようだ。傷口(大腸穿孔部分)の近くからのチューブは、袋の小さいものに交換されて腹帯の中にしまわれているらしい。この袋の中には当初、便様の排液が流れ込んでいた。ある時から、血液様のものに変わった。それが今・・・膿様のものが、ジワジワと出ているらしい。医者の口から「ブドウ・・」という言葉が漏れたという。ブドウ球菌?・・・どこから入ったんだ?食中毒でもないんだから、傷口から入ったのか?とにかく、抗生物質の出番だ。敗血症を引き起こす前に解決しなければならない。兄の調子の悪さは、ここから来ていたのか?
Jul 8, 2005
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通信講座には、月に1度(計3回)の課題提出が要求されている。自分が受講したものは、5月後半から開始するスケジュールとなっていた為に、 1回目:6月末 2回目:7月末 3回目:8月末の3回が設定されていた。1回目の提出期限は、兄の緊急手術による帰省と重なったが、直前に仕上げておいたモノを、会社の人に提出しておいて貰った。2回目、3回目には未だ余裕が・・・実は全然無い。秋(10月)の試験を受ける為に、8月中の願書提出が必要であり、そこに「修了」と載せる為には、7月19日までに全て(3回分)の提出が完了していなければならない。という訳で、今週、急いで2回分の課題を済ませてしまった。これで、通学コースと兄の事と仕事に没頭出来る。(少し多いな・・)
Jul 7, 2005
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どうしてだろう。未だ何かが残っているんだろうか?カテーテルで水腎症の症状は取り払った。大腸を極限まで腫らしていた便も取り除いた。漏れ出た便による腹膜の汚れは洗い流した。腸内の出血も止まった。術後に入れていた各ドレーンチューブも外された。だけど、兄の目が活き返らない。一日のうち、目を瞑っている時間が長く、会話も続かない。「調子は良くない」と言っている。ストレスが、最も強敵な病気。進行を妨げようとするるならば、気が滅入るような生き方をしていてはならない。折角拾いなおした命、もう一度手に入れた挑戦権なのに。なぜなんだ・・・・時代は、癌を「不治の病」から「難治性の病気」に書き換えようとしている。「がんワクチン」と言われる、分子標的型の治療薬も、次々に治験に入っている。HLAの型さえ合えば、相当の割合で寛解を期待する事が出来るようになって来た。一部では、高度先進医療の対象として、既に医療現場に投入されているものも存在している。そこに辿り付けない程の症状なのか?もう一度帰省して、本人や主治医と話をしたくなって来た。
Jul 6, 2005
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手術から1週間(手術翌日から数えて7日)、抜糸が行われた。例に従って、半分だけ。だけど、出血が止まらないって時期が有ったんだよなぁ。止まってからは未だ4日目でしかないのに、良いのかな?ま、主治医が問題無しと判断したんだから、良いんでしょう。同時に、大腸からの出血部分に挿し込まれていたドレーンチューブが抜かれた。それと、腎臓からの導尿管の消毒。(洗浄じゃないかって気もするけど?)もう一つ、大腸側に付けられた既存ストーマから下げられていた袋も外された。これで身体から「ぶら下がっている」袋は、腎臓に繋がったカテーテルからの尿袋と、小腸に新設した便袋の二つだけになった。他に、点滴やモルヒネを入れるのが上から2本。もう少ししたら、整理して歩けるようになるかな?心配なのは、やはり食欲が戻って来ないこと。表情はとても穏やかだと言うのだが、会話も少ないまま。この症状が、術後の疲労から来ているものであれば良いのだけど、意識障害を起こしているようだと、先が厳しくなってしまう。クルマ椅子が許されたのだから、気晴らしにでも動こうよ!
Jul 5, 2005
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緊急手術から丁度1週間。やっとクルマ椅子での散歩が出来るようになった。1週間は長い。その1週間、ずっと同じベッドの中で暮らしたのだ。病室からどころではなく、ベッドから1度も降りた事は無かったのだ。幾らか気分転換にもなったんだろうか?寝顔だけでなく、起きてる時にも穏やかな表情をするようになったのだろうか?手術から1週間・・・そう考えると回復が遅いような気がして来てしまう。だけど、体内に溜まった血液によって錯乱状態に陥ったのは4日前。その出血が止まったのは昨日のことなのだ。身体につないだ、3本のドレーンも抜かれた。残す管は4本。大腸の既存ストーマからのチューブ。小腸の新設ストーマからのチューブ。腎臓からの導尿管。大腸の穴周辺に挿入された血抜きのチューブ。大腸からの出血対策のチューブが抜ければ、本格的に通常生活へ向けてのリハビリが開始されるだろう。自宅へは、生きて帰れそうだ。
Jul 4, 2005
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腎臓へのカテーテルで、尿は順調に排出されている。新たに小腸へ設置された人工肛門で、口から入った分は滞りなく排出されている。腹部からの出血は止まった。だが、思ったように食欲が出て来ない。出てきたものを、一口ずつ食べて、後は要らないと言っている。病院食を1人前食べてくれなくても良い。だけど、もう少し勢いが戻ってくれても良いのじゃないか?母から見ると、それでも嬉しい回復に見えるらしい。一口ずつでも食べてくれているのだと言う。今日は、サトイモを一口食べたのだと。それだけでも嬉しいって・・・入院直前から手術までの間は、それ程酷い状況だったという事なのか。心配だ。ここまで、兄が首を捻っていた部分については、必ずパニックを引き起こすだけの原因が存在していた。今でも、何か引っ掛かりが残っているように感じる。晴れやかな顔をして、バクバク食べて欲しい。癌との戦いの再開は、命の勢いが増してからだ!
Jul 3, 2005
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主治医は一晩考え続けてくれた。何故だ?何故出血してる場所が特定出来ないんだ?流れ出てくる血液は何処から来ているんだ?そうか、この症状は腸管内の粘膜からの出血だ。これまでの輸血は、全血から白血球と血小板を除いたもの(という事は赤血球)が使われていた。もしも血小板の比率が下がっていたのだとすれば、出血が止まらないという事は無理もないことになる。腸管内のの粘膜から出血が引き起こされても不思議ではない。しかも、造影剤を含んだ血液は一箇所から放射状に漏れ出すのではなく、腸壁の広くから滲むような広がりとなる筈である。ならは、部位が特定出来ないのも無理はない。朝から、血小板の投与が試みられた。きっと、これで出血を止められる筈だ!ところが、血小板を入れ始めてすぐに、額に二つの瘤が現れた。拒絶反応だ。拒絶が起きてしまっては、凝血作用が仇となって血栓となってしまう。すぐに止めるしかなくなった。一瞬、尽くす手が失われてしまったかのように感じられた。しかし主治医は諦めない。提供者と患者との相性によって、拒否反応が出たり出なかったりする。主治医は、1セットで諦めることをしなかった。夕方から別のセットを持ってきて、再度血小板の投与を試みた。今度は、状況の観察をしながら、慎重に・・・上手く入っていった。多少の拒絶反応は出ているが、それが致命的となるレベルではない。暫くして、腹部に挿入されているチューブの中の血液の動きは止まった。
Jul 2, 2005
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気になる出血が続いている。外傷であれば、それがどこからなのか、どういった傷なのかが分かる。傷の状態と影響が分かれば、治療することが出来る。だが、体内に挿し込まれたチューブを通して出てきているだけで、部位も状態も分からない。主治医の判断で、脚の付け根から血管内に造影剤を入れ、レントゲンで漏れ出している部分を特定しようという事になった。主治医の報告は・・・特定できない・・・であった。特定出来る程、漏れ出している状態は映らなかったようだ。だが、量は減ったものの、確実にチューブから袋の中へ、赤い血液が伝わり落ち続けている。部位は特定出来ない、その傷の状況も分からない。だが、出血を止めなくては治癒も望めない。
Jul 1, 2005
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