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お寿司の数え方、1貫。2個で1貫と考える皆さんが多かったのは、私には意外でした。これは想像ではありますが、もともとお寿司は2個で1貫だったのではないかと思います。それが時代を経るにしたがって、1個1貫になってきたのではないでしょうか。実際に、お寿司が1個ずつの単位になっている場合もあります。またスーパーなどで売られている、パッケージされたお寿司のラベルを見ると、1個1貫で表示していました。お寿司は、なぜ2個で1セットの場合があるかも謎ですが、2個並べることでお寿司が崩れるのを防ぐ意味があるという説もあります。いずれにせよ、お寿司の1貫の数え方ははっきりせず、それぞれのお店や地方で、よく確認するのがよさそうです。【過去の日記】 「なやんでしまう - お寿司 -」・・・・・・・・・「アンケート募金」下記のリンク内のクリック募金。この時期は、アンケート募金がかなりたくさん出ています。企業のCSRなどを読んで、アンケートに回答すれば100円募金できます。クリック募金より、大きな募金。私のアンケート募金額は、現在 3800円。未回答のアンケートが5件になりましたので、さらに500円募金できます。がんばって回答しなくては。アンケート募金件数が多いこの時期に、皆さんもいかがでしょうか?
2013.09.30
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我輩は蛇である。人は我輩を「ツチノコ」と呼ぶ。喧騒を嫌う我々は、ほとんど誰にも見られることなく、安穏とした日々を堪能している。いや、正確に言えば、我々の仲間と思われる者に捕獲された奴がいるという。愚鈍な人間ごときに捕獲されるとは、なんと愚かな奴だろうか。それは人間どもが愚かさを極め、戦争という愚行に興じていた、昭和17年の8月のこと。大日本理化学研究舎に勤める木之倉佐之助が、長野県埴科西条村の山林で一匹の蛇を捕らえた。木之倉はそれを「野槌」とよび、飼育し、観察したという。野槌は太い胴の独特の体型で、蝮とも違う幻覚性の毒を持っていたという。尺取虫のようにして、ジャンプする様も確認されたらしい。その時の新発見は、野槌が土の中に潜って生活するということである。地中での生活は、野槌が発見されにくい理由として、その生息の確認が難しい理由と考えられた。しかし、野槌の飼育は、突然に終わりを遂げる。昭和18年10月に野槌が死亡したのだ。野槌の死骸は骨格標本にされたが、東京大空襲で焼かれ、失われてしまった。木之倉も研究所で毒ガスの研究に携わったことから、当時のことについて後世語ることはなかったという。野槌の飼育はこの一例で、その後、捕獲されたことすらない。野槌の生息は、今もって真相は闇の中である。そして野槌が、我々「ツチノコ」の仲間なのか?それが、読者諸君の疑問とするところだろう。答えは考えるまでもない。我輩も含め、我々ツチノコは、この野槌の様な愚鈍な者ではない。我輩は、高貴にして聡明な、ツチノコである。人間ごときに、捕まるはずがないではないか!【参考】 木乃倉 茂,「ツチノコ―幻の珍獣とされた日本固有の鎖蛇の記録」,碧天舎,2004年,127P ※稀少本「ツチノコ」を、意外にも図書館で借りることができました。 昭和17年の野槌の捕獲が書かれており、マスコミでも報道されましたが、 内容は虚構であることが分かっています。野槌は捕獲されていません。 本には、野槌の生存時と骨格標本という写真があります。 希望があれば、また掲載します。
2013.09.28
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活版印刷を発明したのは、ヨハン・グーテンベルク。今では教科書にも載るグーテンベルクも、発明者と認められたのは18世紀以降でした。それは裁判記録、「ヘルマスペルガー公正証書」の発見がきっかけでした。1734年に見つかったその証書には、グーテンベルクが借金の未払いで敗訴し、印刷機材を没収された記載がありました。裁判で勝訴したのは、ヨハン・フスト。フストは1450年から、グーテンベルクに1600グルデンを利息6%で貸しました。そして1455年には、借金の取立てのための裁判を起こします。グーテンベルクとフスト。ふたりの”ヨハン”は、聖書を世界初の活版印刷する事業の共同者でした。印刷に年月を要することは、フストも知っていたことでしょう。借金の取り立ては、聖書の印刷が5年では終わらないことを知ったうえで、契約不履行を盾にしたグーテンベルクからの印刷事業の略奪。そのように、後世の人々にみなされました。それまでは、活版印刷の発明者ともみなされていたフストの名は地に落ちました。いつしかフストの名は、悪魔に魂を売った魔術師ファウストの名と混同されるほどになりました。「ヘルマスペルガー公正証書」は、グーテンベルクの借金と敗訴の証。しかしそれは、歴史の闇に消えていた彼に、発明者としての光を投げかけ、勝者へと導きました。借金で、裁判の敗訴で、さらに発明品を奪われて。この世で報われない人生を送っても、それが後世での名誉になるならば。それならば、あなたは”ふたりのヨハン”の、どちらになることを望みますか?ただひとつ、忠告しましょう。いつ何時、「フストは、やはり良い奴だった」、そんな文書が見つかるかもしれないことを。【参考】 高宮利行,「グーテンベルクの謎」,岩波書店,1998年,207P
2013.09.25
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誤解に苦しむ、ブーメラン。ブーメランは、投げれば戻ってくる武器と誤解されています。しかし戻ってくるブーメランに、武器になるほどの殺傷力はありません。ブーメランには、戻るものと、戻らないものがあります。武器になる投擲具は、カイリーまたはカーリと呼ばれます。カイリーは、投げる武器ですが、戻ってくることはありません。そもそも、殺傷力を持つカイリーが戻ってきたなら、投げた人も怪我をします。殺傷力を持つには、破壊力のある大きさと重量が必要です。投げると戻るブーメランは、祭りや娯楽に使われたのでしょう。戻るブーメランは、殺めることなく、ただ純粋に空を舞いました。今日では、ブーメランは競技にも使われます。競技用のブーメランは三又で、材質も樹脂や紙に変わっています。戻るブーメランは、平和主義。遊び、楽しむ、人の笑顔を糧に、空に舞う。あなたの笑顔が見たいから、ブーメランは、あなたのもとに戻ってくる。だから、おねがい。ブーメランを、もう武器だとは、呼ばないで。
2013.09.23
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すし屋で1貫の寿司を頼んだのに2個のお寿司が出てきたとしたら、それは文句を言うべきだろうか。お寿司は1皿に2個乗ることが多い。そのため、お寿司は2個で1貫と数えるという説もある。そもそも、江戸時代にはお寿司に「貫」とは数えなかった。貫を使ったのは、昭和になってからと聞く。それどころか、「貫」という漢字もあやしいらしい。巻き寿司だから「巻」という説もある。とにかく1貫が、1個か2個か分からない。店によって、違うらしい。間違えられると嫌だから、わたしは寿司を、1個、2個と数えることにしよう。皿には2個乗っているから、2個たのむことにしよう。おやじさん、中トロ、2個もらえますか?あがりを飲みつつ、しばし待つ。・・・おや、中トロが2皿、4個も出てきたけれど、どうしてだろう?
2013.09.21
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心配された9月18日、今年はサイバーテロによる深刻な被害はなかったとのことです。セキュリティ対策が進んだ結果でしょうか。25日ごろまでは終息宣言が出ませんので、まだ若干の注意は必要でしょう。とはいえ、まずは大きな混乱もなく、なによりでした。・・・・・・・・・・・【9月18日、他国からのサイバー攻撃に関して深刻な被害はなし--ラック調査】 ( 2013年09月18日 19時36分 )ラックは9月18日、18日に懸念されていた他国からのサイバー攻撃に関して見解を発表した。同社のセキュリティ監視センターおよび事故対応サービスでは深刻な被害は確認されていないという。一方で「局所的な被害や不自然な攻撃行為は確認されている」とし、9月18日関連の抗議活動とは関連性は確認できないとしながらも、引き続き注意が必要だと指摘した。日本のいくつかの企業、団体のウェブサーバが改ざんされ、複数のユーザー企業が利用するISPのホスティングサービスのサーバが侵入され、改ざん被害につながったという。また、9月18日前後に、脆弱なウェブサーバを探すSQLインジェクション攻撃が微増したという。ラックは、継続してサイバー攻撃の動向を確認し、9月25日ごろをめどに終息宣言を行いたいとしている。
2013.09.19
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不思議に思わないでしょうか?1フィートが、30.48cmであることを。フィートは足の大きさを基準にした、紀元前からある単位。古代の人の足の大きさは、30cm以上もあったのでしょうか?日本の尺も、明治時代にフィートを参考にしたので、30.303cm。また、中国の尺は、33.333cm。この中国の尺は、手を広げて親指から中指の先までの長さを取ったもの。昔の人の手の大きさが33cmとは、ちょっと大きすぎはしないでしょうか?この答えを、靴に求める人がいます。靴を履いて足の大きさを測ったから、フィートは30cmもあるのだと。たしかに、ジャイアント馬場さんの足の大きさは32cm。しかし、得意技の16文キックは、16文で38.4cm。靴を履くと、6cmも大きくなるようです。では、中国の尺はどうでしょう。33cmの手の大きさは、グローブでもはめていたというのでしょうか?そこでみなさん、気づきましたね。ジャイアント馬場さんの足の大きさ32cmが、1フィートより大きなことに。きっと昔、フィートや尺を決めるころ。そのモデルになった、その人は、手が大きくて、ちょっと足が小さい、どこかジャイアント馬場さんを思わせる、とても大きな人だったのでしょう。
2013.09.17
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日本ターゲットのサイバーテロが急増する日、9月18日が迫っています。過去3年、18日は企業のホームページ改ざんなどのサイバーテロが発生しています。個人がターゲットではありませんが、セキュリティの確認をされるのがよいでしょう。この対策のためか、Windows,Abobe,セキュリティソフトの更新も多くアップされています。18日が迫るとネットも重くなると思いますので、早めに各種更新をされるのが良いでしょう。またネット負荷を考えると、18日のネットの使用は最低限にするのが良いかもしれません。・・・・・・・・・・台風接近中。台風の進路に限らず、大雨の被害がありそうです。16日は特に、ご注意ください。皆さん、被災されることがありませんように。
2013.09.16
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2012年、惜しまれながら引退した旅客機YS-11。両翼のプロペラが、印象的な飛行機でした。YS-11はその姿から、プロペラ機と思われています。しかしよく見ると、ジェット機ともみなせます。YS-11は、双発ターボプロップエンジン方式。この方式では、ガスタービンエンジン、つまりジェットエンジンでプロペラを回します。つまりYS-11は、ジェットエンジンを搭載した飛行機でした。通常、プロペラ機と呼ばれる飛行機は、ピストンエンジンでプロペラを回します。ピストンエンジンは、自動車などと同じ方式のエンジン。ジェットエンジンとは大きく異なります。ジェットでプロペラを回す、YS-11.低速では効率が良く、短距離離着陸性に優れたそのエンジンは、言わば、ハイブリッド方式です。強力なジェットを隠し、愛嬌のあるプロペラを表に見せる。YS-11は、羊の皮を被った狼だったのかもしれません。【ターボプロップエンジン】
2013.09.14
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あわただしくしている間に、昨日、65万アクセスを超えました。十分な更新もできていない中、ご訪問いただきありがとうございます。これからの更新の励みにもなり、とても感謝しています。私からも可能な限りご訪問させていただきますので、今後ともよろしくお願いします。*ところで、Windowsの自動更新のトラブルが起きていますね。私もスケジュール以外の時間に自動更新が始まり、しかも更新済みのプログラムが再インストールされました。すでに皆様のところでも起きているかもしれませんが、ご注意ください。*【Windows、プログラムの自動更新が何度も繰り返されるトラブルが発生中】 RBB TODAY(2013年9月13日12時56分)日本マイクロソフトは、11日にリリースしたセキュリティ更新プログラムについて、アップデート(Windows Update/Microsoft Update)のインストールを、繰り返し求められる場合があることを発表した。13日現在も、この現象は続いている。それによると、11日に公開されたセキュリティ情報「MS13-072 Microsoft Officeの脆弱性により、リモートでコードが実行される (2845537), MS13-073 Microsoft Excelの脆弱性により、リモートでコードが実行される (2858300)」で提供されているセキュリティ更新プログラム「KB2760411」「KB2760583」「KB2760588」の3つが何度も検出され、繰り返しインストールを求められる現象が報告されているという。「KB2760411」「KB2760583」「KB2760588」の3つは、Office 2007に適用されるアップデートとなっているが、Office 2007がインストールされていない環境でも、この現象が発生する場合もあるようだ。日本マイクロソフトでは問題を認識済みで、調査中とのこと。プログラムを検出するロジックに問題があることがわかっており、数日以内に修正を完了する予定だ。なお、一度セキュリティ更新プログラムをインストールした場合は、正しくセキュリティ更新プログラムは適用されており、脆弱性より保護されている状態となっている。そのため、求められても、再度インストールを行う必要はない。
2013.09.13
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少し忙しくしております。明日も日記更新、ご訪問ができないかもしれませんが元気です。土日には復活しますので、ご容赦ください。また日中は残暑が続いています。季節変わりの体調管理には十分にご配慮ください。
2013.09.12
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エッフェル塔の設計責任者として知られる、アレクサンドル・ギュスターヴ・エッフェル。本来、彼は航空工学の専門家でした。石造りに代わる、画期的な鉄骨製のエッフェル塔。設計,製造面で画期的な鉄骨製の塔ですが、その外観は極めて醜悪とも評されました。一方で、その塔はパリ万博の象徴として、彼を一躍有名にすることになりました。その後、エッフェルはアメリカの自由の女神の骨組みも設計しました。「鉄の魔術師」と評された彼は、まさに鉄骨設計の第一人者でした。しかしそれは、彼が願った生き方とは違ったのかもしれません。さらには、パナマ事件などの政治スキャンダルにも巻き込まれ、彼は心に深い傷を受けることになりました。そのスキャンダルを機に、彼はエッフェル社から離れます。塔の設計から離れた彼は、穏やかで幸せな日々をすごしました。晩年、彼はエッフェル塔の4階にサロンを構え、本来の専門だった航空工学に再び取り組みます。エッフェル塔の下には、風洞実験棟を建て、プロペラを研究し、航空機の設計に取り組みました。今日でも、風洞には「エッフェル型」と呼ばれるものが残されています。高すぎる名声は、その人を、本来望む生き方から遠ざけます。スキャンダルに追われ、名声を失い、塔の設計から離れた彼は、やっと自由になりました。名声は、誰もを束縛するもの。自由は、捨て去る恐れを越えた先にあります。付け加えておきましょう。エッフェルが、女性の下着ストッキングの、ずり落ち防止に使われる、ガーターベルトの発案者でもあることを。
2013.09.10
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2020年オリンピックが、東京に決まりました。一方で最有力と思われた、マドリードは落選しました。日本のスピーチは、すばらしかったと思います。特にパラリンピック選手の佐藤真海さんのスピーチが印象的でした。19歳で骨肉種で右足膝下を失い、しかしスポーツで生きがいを取り戻したこと。再び、震災の津波で実家が襲われ、過酷な現実に立ち向かわなくてはならなかったとき、被災地を支えアスリートの姿に、スポーツのすばらしを実感した旨を語りました。「私にとって大切なのは、私が持っているものであって、私が失ったものではない」という言葉が、こころに残ります。スポーツのすばらしさを伝え、またスポーツにより平和の実現を目指す夢の祭典、オリンピックの理念にふさわしいプレゼンテーションでした。一方、マドリードは、スピーチでも失敗しました。マドリードでオリンピックが開催されなければ、スペインの財政が破綻すること。そうすれば、欧州の経済危機が起きることを語りました。その結果、最有力と思われたマドリードは最下位となり、落選しました。スピーチが、スペインの経済不安をかえって強調することになりました。経済効果を前面に出したスピーチが、オリンピックの理念から程遠いものであったのは言うまでもありません。オリンピックの招致活動は、スピーチで決まるものばかりではありません。それは1回目に同点となり、最下位決定のために行った再投票にも見ることができます。マドリードが最下位になったのは、東京を支持する委員が、あえてライバルのマドリードを落とすために、イスタンブールに投票をしたためと思われます。東京は、スポーツがもたらす夢と希望を語り、オリンピックを誘致しました。世界に安全を約束し、日本人の「おもてなし」の心も語りました。2020年、世界情勢は予想すらできません。ただ、2020年に向けて東京が、夢と希望に満たされることを祈念します。その時、世界が、いかなる情勢にあったとしても。・・・・・・・・・【オリンピック招致スピーチ 佐藤真海さん】会長、そしてIOC委員の皆様。佐藤真海です。私がここにいるのは、スポーツによって救われたからです。スポーツは私に人生で大切な価値を教えてくれました。それは、2020年東京大会が世界に広めようと決意している価値です。本日は、そのグローバルなビジョンについてご説明いたします。 19歳のときに私の人生は一変しました。私は陸上選手で、水泳もしていました。また、チアリーダーでもありました。そして、初めて足首に痛みを感じてから、たった数週間のうちに骨肉種により足を失ってしまいました。もちろん、それは過酷なことで、絶望の淵に沈みました。でもそれは大学に戻り、陸上に取り組むまでのことでした。私は目標を決め、それを越えることに喜びを感じ、新しい自信が生まれました。そして何より、私にとって大切なのは、私が持っているものであって、私が失ったものではないということを学びました。私はアテネと北京のパラリンピック大会に出場しました。スポーツの力に感動させられた私は、恵まれていると感じました。2012年ロンドン大会も楽しみにしていました。しかし、2011年3月11日、津波が私の故郷の町を襲いました。6日もの間、私は自分の家族がまだ無事でいるかどうかわかりませんでした。そして家族を見つけ出したとき、自分の個人的な幸せなど、国民の深い悲しみとは比べものにもなりませんでした。私はいろいろな学校からメッセージを集めて故郷に持ち帰り、私自身の経験を人々に話しました。食糧も持って行きました。ほかのアスリートたちも同じことをしました。私達は一緒になってスポーツ活動を準備して、自信を取り戻すお手伝いをしました。そのとき初めて、私はスポーツの真の力を目の当たりにしたのです。新たな夢と笑顔を育む力。希望をもたらす力。人々を結びつける力。200人を超えるアスリートたちが、日本そして世界から、被災地におよそ1000回も足を運びながら、5万人以上の子どもたちをインスパイアしています。私達が目にしたものは、かつて日本では見られなかったオリンピックの価値が及ぼす力です。そして、日本が目の当たりにしたのは、これらの貴重な価値、卓越、友情、尊敬が、言葉以上の大きな力をもつということです。
2013.09.08
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猫に関することわざで、あまり使わないことわざを見ましょう。「猫が肥えれば、かつおぶしが痩せる」 物事は両立しないということ。「猫の魚辞退」 長く続かないこと。「猫を追うより皿を引け」 物事の原因から直せということ。「猫の前の鼠の昼寝」 危険が迫っているのに気づかないこと。「たくらだ猫の隣歩き」 よその家のことばかりをして、自分の家で何もしないこと。「猫の歯に蚤」 猫が歯でノミを捕ろうとしても、なかなか捕まらないこと。 ほとんど成功しないこと。「猫またぎ」 猫がまたいで通るほど、まずい魚。「猫に紙袋」 猫の頭に紙袋をかぶせると、後ずさりすること。 尻込みすること。「猫も茶を飲む」 分不相応で、なまいきなこと。使わないことわざ、まだまだあります。最近は紙袋好きの猫も多くいますし、かつおぶしが減るのは仕方がないですね。お茶を飲んだだけで、なまいきと言われる猫もかわいそう。隣歩きをする猫も減り、猫も屋内ですごすようになりました。でも、残念ながら、猫は自宅の屋内にいても、とくに仕事はしないようです。
2013.09.06
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お茶言葉で遊びましょう。「ちょっとお茶しようか?」お茶には、その言葉どおり、「休憩する」意味があります。「茶化す(ちゃかす)」も、休みの意味で、はぐらかすこと。簡単なことは、「お茶の子さいさい」。「茶の子」は、農家で早朝の仕事前に取る簡単な食事のこと。「さいさい」は、語呂合わせの掛け言葉。水商売には、「お茶をひく」という言葉もあります。その意味は、お客がなく暇なこと。由来は、客がなく暇な遊女に、お茶を臼でひかして暇をつぶさせたことから。そのため、商売では「お茶(=ひま)」を嫌います。すし屋でお茶を「あがり」と言うのは、「お茶」の言葉を嫌った結果。嫌われてしまったお茶ですが、お茶には茶道の作法に従う意味もあります。「お茶」は本来、作法に従う真面目な言葉。その逆に、「無茶」には道理に合わない意味があります。真面目なお茶。そのお茶にとって、迷惑なのは「茶々を入れる」。「茶々を入れる」は、邪魔をすること。無理を言う「邪邪(じゃじゃ)」がなまって、「茶々」になりました。無関係なお茶にとっては、まさに「茶々を入れられた」様なもの。日本語の、お茶に対する、その扱い。まったくもって、「無茶苦茶」ですよ。
2013.09.04
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ずいずいずっころばし。その歌が、ちまたに流行ったのも無理はありません。江戸時代、年に1回、お茶壺道中がありました。お茶壺道中とは、徳川将軍家のお茶を、京都の宇治から江戸まで運ぶ行列です。その時期は、4月下旬から5月上旬。多いときには100を超える茶壺が運ばれ、行列も1000人を超えました。行列が来ると大変です。庶民は土下座をさせられます。たとえそれが、お茶にすぎないとしても。そればかりか、葬式も農作業も中止させられます。台所の煮炊きで、煙が立つことも禁止です。庶民はその姿を自嘲して、この歌を歌いました。「ずいずいずっころばし ごまみそずい 茶壺に追われて とっぴんしゃん 抜けたら、どんどこしょ」ゴマ味噌をすっていたら、お茶壺道中が来てしまった。あわてて、扉をどっぴんしゃんと閉めて、家の中に隠れましょ。やっと行ってしまったら、一息つけるよ、どんどこしょ。「俵のねずみが 米食ってちゅう、ちゅうちゅうちゅう おっとさんがよんでも、おっかさんがよんでも、 行きっこなしよ 井戸のまわりで、お茶碗欠いたのだぁれ」家の中に隠れていると、ねずみの声が聞こえてくる。おっとさんが呼んでも、おっかさんが呼んでも、出てはだめ。おや、井戸の傍でお茶碗が割れる音が聞こえたけど、だれだろう?かつて、お茶が人より偉い時代もありました。それでも庶民がくじけなかったのは、そこに歌という娯楽を見出したから。ずいずいずっころばしの、その歌からは、庶民の生きる力が伝わってきます。
2013.09.02
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