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2025.01.31
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にほんブログ村 2025年中に解明したい高見彰七作品の謎、その5です。【解明したい謎 (5)】〇豊田市 三九郎病院にあった3体の大型観音像。 当時の写真を入手したい。(三九郎病院) 画像出典:三九郎病院H.P.三九郎病院には、3体の大型観音像がありました。高見彰七氏の近縁の方が、この病院に勤務されていたためです。かなり目立つ像で、多くの方の記憶に残っていますが、当時の写真がありません。アナログ写真の時代だったため、デジタル化がされていません。どなたか画像をお持ちの方はいないでしょうか。(2025年 解明したいこと)1)250体の作品は、いつ道路沿いから撤去されたか?2)撤去された作品を引き取った「中〇新〇」氏の職業は? また、引き取った数は?3)作品分類4「作家銘 与次」は誰の作品か?4)作風の異なる作品が、高見彰七作品か確認したい。5)豊田市 三九郎病院にあった3体の大型観音像。 当時の写真を入手したい。【 木彫り 風水根付 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.29
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にほんブログ村 2025年中に解明したい高見彰七作品の謎、その5まで挙げます。【解明したい謎 (4)】〇作風の異なる作品が、高見彰七作品か確認したい。リスト登録済みの作品でも、やや疑問のある作品もあります。幾つかを検証したいと思います。如何に数例を挙げます。「豊田市 霊岩寺の地蔵菩薩像」 大型の綺麗な地蔵菩薩像です。 花瓶の作風は、浅野祥雲の作品に似ています。「豊田市 京町区民会館の観音菩薩像」 御顔が他の高見彰七作品とは異なります。 しかし、衣装などには高見彰七作品の特徴があります。「分類3 妙楽寺の観音像」 妙楽寺にあることから、高見彰七作品確定と思います。 これはなぜこれほど作風が異なるのか、知りたいと思います。いずれの真贋も、ご親族にお話を聴くしかなさそうです。解明できるでしょうか。【 桃木 観音菩薩 キーホルダー 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.27
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にほんブログ村 赤いお化粧に、険しい表情。児島半島南西部、玉野市大藪地区の化粧地蔵、続きです。化粧地蔵の場所のGoogle mapストリートビューです。付近の道は広くはありません。岡山県玉野市大藪776ストリートビューでは、この場所までしかありません。この前の道の先の丘近くに化粧地蔵のある祠があります。丘にあるのはみかん畑です。やや主要な地域から外れた場所にある化粧地蔵でした。【前の記事】 「化粧地蔵でほのぼの (その44)」【次の記事】 「化粧地蔵でほのぼの (その46)」岡山県玉野市出身の漫画家、いしいひさいち。いしいひさいちの代表作は、「がんばれタブチくん!!」。【 いしいひさいち作 「ののちゃん」 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.23
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にほんブログ村 岡山県南部の化粧地蔵は、大きく3地域に分布していました。1)児島半島南東部、胸上地区 多色に彩色された化粧地蔵が多い2)児島半島東部、北方地区 多色塗の六化粧地蔵が多い3)児島半島北部、八浜地区 ベンガラで赤一色で塗られた化粧地蔵が多い今回ご紹介するのは、その地域から外れた児島半島南西部。岡山県玉野市大藪地区で、その化粧地蔵に出会いました。大藪地区は「大藪みかん」で知られ、みかん畑の多い地域です。祠の中に3体のお地蔵様がおられます。そのうち、向かって右端の1体が化粧地蔵です。赤く塗られたそのお姿は、児島半島北部の化粧地蔵に似ています。たくさんの綺麗な花が生けられ、地域の信仰心の高さが感じられます。お地蔵様としては、やや険しい表情に思えます。日頃の行いを戒めるための教えの表情でしょうか。住所は、岡山県玉野市大藪776。化粧地蔵の3大分布地区から外れた、珍しい地域にある化粧地蔵でした。次回は、この場所をストリートビューでご紹介します。【前の記事】 「化粧地蔵でほのぼの (その43)」【次の記事】 「化粧地蔵でほのぼの (その45)」【 大藪みかんを使ったジェラート 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.21
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にほんブログ村 雪の中、鳥取城に行きました。鳥取城には、鳥取駅からの循環バス「くる梨」が便利です。3系統の循環バスが各々約20分毎に発車。1回乗車100円です。では、鳥取城攻めを開始。撮影もままならないほどの大雪が降っています。雪で滑り、危険な階段。とても立派な石垣です。吹雪いていて、辛くなってきました。写真でも、真っ白にしか写りません。もう何が何だか……。目的地「天球丸」に着きました。奇跡的に雪は小降りになりましたが、説明板も読めません。見たかったのは、この「巻石垣」。画面中央の半球状の石垣です。石垣の崩落を防止するため、巻石垣は江戸時代に継ぎ足されました。半球状の巻石垣は鳥取城のみ。全国で唯一の半球状の巻石垣です。巻石垣の下に下りる頃、再び吹雪いてきました。もう耐えられません。撤退です。大雪の中、私自身が雪だるま、いや氷だるまの様になりながら、雪の日の城攻めの厳しさを実感する体験になりました。【 書籍「鳥取城」 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.18
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にほんブログ村 西日本でしかお会いできなくなった500系新幹線。その中でもレアな500系ハローキティ号を偶然見かけました。早速撮影しましたが、撮影者は他にも多くおられました。【JR西日本】 「500系ハローキティ新幹線」内装は、こんな感じらしい。(1号車) (画像出典: 上記JR西日本H.P.)(2号車)乗ってみたいような、恥ずかしいような。皆さんは乗車、いかがですか?【 500系ハローキティ新幹線 プラレール 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.16
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にほんブログ村 2025年中に解明したい高見彰七作品の謎、その3です。【解明したい謎 (3)】〇作品分類4「作家銘 与次」は誰の作品か?作家銘「与次」の観音像を、私は確率50%で高見彰七作品分類4としてきました。しかし高見氏のご親族にうかがうと、「与次」の銘に心当たりがないとのことでした。ただし「与次」の観音像の画像はご覧頂けていないので、まったく否定もできていません。【分類4 「与次」】 「与次」「豊田市 渡刈町 路傍」 在銘「与次」 「見徳寺」 銘板を剥がした痕あり「八王山 春光院」 無銘装具などの造形から、私は高見彰七作品の候補としています。しかしお顔立ちからは、南知多半島付近に作品が残されている「平山岩松」氏の作品かもしれないと思っています。平山氏に関しては、「小嶋独観@珍寺大道場」氏のH.P.に情報があります。【「平山岩松」氏】 「珍寺大道場」この「与次」の謎、解明したいと思います。【 2025年 ノリタケ 福袋 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.14
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にほんブログ村 2025年中に解明したい高見彰七作品の謎、続きです。【解明したい謎 (2)】〇撤去された作品を引き取った「中〇新〇」氏の職業は? また、引き取った数は? 道路沿いから撤去された多数の作品は、 魂抜きの祈祷後に撤去されました。 撤去された作品の一部は、「中〇新〇」氏が引き取りました。 (氏名は一部伏字にしました) しかし、某氏も他界され、作品群は妙楽寺に移設され、 現在に到ります。 妙楽寺に移設前は寺院に作品群があったという情報もあります。 「中〇新〇」氏は寺院の住職だったのでしょうか? 野見御嶽社の観音菩薩像は、昭和62年に「松光院」から 移設されたとあります。しかし、松光院は近隣にはありません。 「中〇新〇」氏は、松光院と関連あるのでしょうか? また「中〇新〇」氏は何体を引き取ったのでしょうか?【 2025年 ロイヤルコペンハーゲン サイ 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.12
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にほんブログ村 2025年、今年もよろしくお願いします。高見彰七作品の謎の解明にあたり、2025年中に解明したい項目を整理したいと思います。【解明したい謎 (1)】〇250体の作品は、いつ道路沿いから撤去されたか? ある方からの情報で、現状では撤去年は「平成2年頃」 としています。 しかし、「もっと早い時期では?」という声もあります。 また、さらに別の方からの情報では、 「大雨が降り、斜面に立った地蔵菩薩像が倒れ、 撤去のきっかけになった」とも聴いています。 実際に撤去した方も判明していますので、 御多忙な方ですがコンタクトして、撤去年を確認したいと思います。【 2025年 ロイヤルコペンハーゲン 干支 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.08
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にほんブログ村 あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。今年は災害のない良い年でありますように。まずは未掲載の化粧地蔵でご挨拶です。【 2025年 大倉陶園 イヤープレート 】 < ↓ ランキングクリックはこちらから > にほんブログ村
2025.01.01
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