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生まれの差はどうしようもない。最初に断っておくが、今回の内容は特定の誰かを誹謗中傷するような内容ではない。そうとられることのないように細心の注意を払うつもりではいるが、もしそのような方が出てきた場合には、素直に謝罪するつもりではいる。要するにそれだけナイーブな問題だということだ。人の心は様々、沸点も様々なのだから。生まれの差と書いたが、これは上流家庭かそうではないかという意味ではない。自分がどこに生まれたかということ…即ち、生まれが都会か田舎かという点になる。こういう展開をしてしまうとどうしても都会と田舎の定義の差を明確にしなければならない為、ここでの都会と田舎の定義の差を明確にしておくことにしよう。ずばり、コンビニがあるかないか、だ。コンビニがあるところは須らく都会であり、ないところは須らく田舎だということにしよう。少々ラディカルかもしれないが、他の項目よりもわかりやすいだろう。これ以上ないと言ってもいい。都会で生まれた人は、勿論実家も都会だし、それから物心つくまで都会で暮らすことになる。欲しいものはある程度は手に入るし、少々の苦労で賄うことが可能だ。実際、本なり玩具なりを欲しいと思っても、すぐに手に入る位置にあることが多いだろう。その点田舎は苦労する。何しろ何もないからだ。あるものと言えば自然だけ、山や川や海があるが、子どもの頃なんてそういうものの本当の価値なんてわからない。子どもの好奇心を満たしてくれるようなものではない。よって本なり玩具なりが欲しくなると、遠くの町まで出かけていかなければならなくなる。必然的に、自分の力を超えた移動となり、機会は都会の子どもの半分以下になるだろう。だから田舎の子どもは自然に楽しみを見出す。虫取りや素潜りなんかは、田舎の子どもならやったことない子はいないくらいだろう。上記より、子どもの視点では都会の方が有利なように思える。多感だからこそ様々なものに触れる機会が単純に多いことに魅力を感じるはずだ。では大人ではどうだろうか?大人の場合になると、子ども以上に様々な要因が影響してくる。まず仕事の面で言えば、圧倒的に都会が有利になる。仕事の数なんて田舎の数十倍といってもいいくらいの差があるし、企業や商社の数、競争の発生、人口の増加などの多種多様な要因が影響しての地価の上昇。それによる賃金水準の上昇。反映される給料。これだけ見ても都会の方が仕事をするには良いことがわかるだろう。それに比べて田舎はどうだろうか。田舎の仕事の数は本当に痴れている。せいぜい両手の指で足りるほどしか選択肢がないところもざらだ。実際私の地元も田舎なのだが、仕事の種類なんて明確にわけてしまうと10もない。そんな中で仕事を探すのは至難の業だ。こうしてみてしまうと、田舎は価値が薄いように感じられるが、そうではないことは大人になればわかる。何もないことが価値あることだということは、きっと都会の人よりも田舎の人の方が感じることが多いだろう。生まれてずっと全てが身の回りにある人にはわからない感性が田舎の人にはあるように感じる。例えばそう、都会の人はよく「田舎はいいなぁ」と言う。それは単純に気ぜわしく動くことに対する逃避の言葉であるが、田舎の人からすればそういう言葉は結構世間知らずに聞こえるものだ。田舎だって手放しで楽でのんびりしているわけではない。見えない…本当に水面下では困窮しているものだ。ただそれが見えない故に、田舎は楽なところに思えるのだ。そういう浅はかさを感じることは、都会の人は多分ないだろう。基礎が違うと言っていい。同様に、田舎の人が都会に行きたいとよく言うが、田舎の人も都会の辛さや苦しさがわかっていないことも多々ある。実際私のように田舎から都会に出てきた人はそう思うことも多いだろう。気ぜわしさがぜんぜん違う。田舎がいいか都会がいいかは、結局はその人の感性に合致するか否かが大きい。のんびりするのが好きなら田舎だし、都会でパワフルに働きたければ都会だといったようなところだ。その状況を許容出来るかどうかが鍵だ。性分にあっていないところは結局は自分には関係ないところだし、あまり良い印象を持てないことだろう。それは悪いことではない、それこそが生まれの差なのだから。ただ、私は生まれが田舎で良かったと思う。それによって得たものは計り知れない。比較出来るということはきっと幸せなことだと感じる。それは誰しもが感じることが出来る感情でありながら…少数の人しか気づかない価値ある感情なのだから。
Jul 15, 2009
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3日連続の日勤、なんだか疲れた。給料を頂き、仕事をするという生活を始めて早2年が経とうとしている。もう仕事をしながら余暇を楽しむというバイオリズムにもすっかり慣れた頃だ。以前より、働くということはどういうことかということを考えていたが、その答えの片鱗がようやく見えてきたといったところか。しかし世の中の諸先輩方に比べると、まだまだひよっこであることは言うまでもない。日々精進だ。そんな3年目に突入した私なのだが、最近ふと懐古的になることがある。それは日勤を3回連続でやった時にくるなんとも言えない気疲れのようなものだ。私は勿論学校は小・中・高・大と4つこなしてきた。学業に従事した年数は16年にもなる。大学は自由さが多い故に以前の教育に比べて授業の束縛性は希薄だとしても、少なくとも朝学校に行って夕方帰ってくるという生活を12年していたことになる。月曜日から金曜日まで学校に通い続けるということに関しては12年のキャリアがあるというわけだ。しかしながら、仕事を始めてからというもの…厳密には夜勤のある仕事を始めてからというもの、日勤の時間帯、つまり朝9時に始まり、夕方18時に終わるという仕事を3日以上やると辛くなってくる。これはかなり由々しき事態だと言えるだろう。12年間の教育に耐えてきた理由としては「それが私の本分だから」という理由が挙げられる。学生時代は勉強をする為に学校に行くのは至極当たり前のことだし、その部分に関して疑問を持つことはなかった。まこと典型的な学生だと言えるだろう。その疑うことなき事実に直面しているからこそ、5日間も連続で朝から夕方まで学校に行くことを苦痛に思うことはなかったのかもしれない。しかし仕事だって、学業を卒業した大人の本分と言える。社会に出て尚のらりくらりと過ごすというのは、ほんの一握りの人だけだろう。多くの人は納得出来ない額の給料と我慢を重ねて仕事をしている。中には仕事を生き甲斐にしている人もいるだろうが、そういう人も更に一握りのパーセンテージしかいないだろう。つまり仕事は学業12年間以上に必要性を持っているものだと言える。しかし私はたった3日間連続の日勤でもかなり苦痛だ。これはどういう了見だろうか。考えられる可能性としては夜勤のある仕事だということかもしれないが、だったら夜勤に強い体になっているかと聞かれればそうではないと自信を持って言うことが出来る。つまり仕事をする立場の人間としては日勤・夜勤両面に特化しているわけではないという、所謂中途半端な位置づけになってしまう。この評価が自分自身を苦しめているのだ。しかしながら冷静になって更に考えてみると…一般的な商社や企業では、月曜日から金曜日、多いところだと土曜日まで仕事をして休日を迎えるというおおまかなバイオリズムで生活している。つまり世に言う「普通」がそのスタイルというわけだ。よって導かれる結論は…私は社会不適合者!?断じて認めたくないが、私以上に私の体がそれを認めてしまっているような気がしてならない。慣れがここまで体を蝕んでいるとは思ってもみなかった。まぁ私としても、今の仕事を天職とし、定年まで働こうという気分は毛頭ない。にしても、今まさに転職したとて、この体を使ってどれだけの重労働に耐えられるか聊か不安になるのもまた事実だ。これも恐らくは私がもう随分と歳をとってしまったことが原因だろう。若い頃は何事にもフレッシュ且つエネルギッシュに挑めたのだが…歳をとってしまったことがそのエネルギッシュさを失わせているような気がしてならない。最近では町を歩く高校生を見るだけで切なくなる私だ、精神的にも随分と擦れているような気がする。若さは価値だ。世の中の若者には、その若さが永遠ではないということを忘れないで頂きたい。歳はとりたくないものだ(涙)
Jul 14, 2009
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関東に越してきて初めて遅刻しそうになった。遅刻は社会人にとってはご法度だ。今まで学業に重きを置いてきた生活から、自分で働き給料を稼ぐ身分になるという緊張感から、誰しもが最初は仕事に対して気軽に臨むことが出来ないものだ。私も勿論そうだった。自分という価値に気づいてもらうには、ストイックなスタイルを貫くのが一番いい。そういう意味でも遅刻なんてご法度中のご法度だ。しかしながら、長く働き続けていると、緊張感も薄らいでくるものだ。なので、関西にいる間は何度か遅刻したこともあった。その都度反省はしていたのだが、やはり環境が変わらないというのは反省点としても十分だとは言い難い。何より、会社が知り合いだけで運営されているという点も大きく関係していた。まぁ世の中の企業の殆どがそうなのは言うまでもないが。しかし関東に来てからは、私は他の企業の方からも評価される立場になった。同じ仕事をして同じスタンスを保っているようでも、実際は会社毎に悲喜交々があるものだ。自分がどういう風に考えて行動しているかも、会社を経てみれば伝導率は大きく変化する。良かれと思ってした行動でも、正反対の評価をされることもままある。そういう中で働くということは、慣れるまでは本当に苦しいものだ。素潜りに似た苦しさだと言えるだろう。そんな中での遅刻なんて、致命的以外の何物でもない。尤も、どんな仕事をしていようが遅刻に対して好意的な評価をされることはないだろうが、それでも他会社の人間が入り混じる状況では、より顕著に浮き彫りになる事象だと言える。そういう状況が関係してか、私も関東に来てからは全く遅刻をしなくなった。こう書いてしまうと、関西にいる間は常習犯のように聞こえるかもしれないが、決してそうではない。自分自身の名誉の為に釈明しておく。まぁそれはさておき、遅刻をしなくなったのは自分の中でも大きな進歩だと思う。少なくとも仕事振り以外での評価を下げる項目を1つ潰せたというくらいか。さて、本題へ。階段で人にぶつかった事がある人はいるだろうか?例えばマンションの階段だったり、例えば会社や学校の階段だったり、建物の中に文化を形成するという習慣が根付いている以上は、階段というものは不可欠だ。最近ではエスカレーターやエレベーターも普及しているが、階段というものが全くないところなんてそうないだろう。今回は、そんな階段でよく起きる(あくまで主観)ことの話。階段と一言で言っても、様々な形態がある。例えば前述したような建物の中に包括されている階段であったり、公園などにある階段だとか。つまり大別すると「見通しのいい階段」と「そうではないもの」の2つにわけられる。後者では誰かにぶつかったりすることはないのだが、前者では見通しが悪い、特に曲がり角などにある階段などではぶつかる可能性が飛躍的に高くなる。特に人が激しく行き交うようなオフィスの近くにある階段ではよく危うい光景が見受けられる。私の会社にも階段は当然ながらあるのだが、よくぶつかりそうになることを見かける。その都度注意しなければならないと再認識するのだが、どうしても急ぎの書類を運んでいる時だとか、お客さんを待たせてる時なんかは、その注意が散漫になってしまうことも多々ある。不思議なもので、そういう時を見計らったかのように危険は顔を擡げる。まるで急いでいることを咎めているかのように。見通しの悪い階段で人と人がぶつかった場合、最悪骨を折ることだって考えられる。ないがしろには出来ない問題だ。ではどうすればいいのか?簡単なことだ。見通しが悪く、人が前から来ることを目視出来ない状態だからこそぶつかるということが起こるのだ。故に、階段周りの見通しを良くすればいい。しかしこれは簡単にはいかないものだ。例えば公園などにあるような階段の見通しをよくすることなどは簡単だ。それは公園などの階段というものが「広さの制約」を受けないからだ。しかし建物内の階段はそうはいかない。ただでさえ広大な面積の中に建物を建てているのではない故、階段の見通しをよくする為だけに階段の構造自体にメスをいれるわけにもいかない。そんなことをしていたらキリがないからだ。コストの面でも素晴らしい案だとは言い難い。そこで私は思う。車社会と同じにしてはどうだろうかと。日本の道路は基本的に左側通行だ。そうすることで好き勝手に走るよりも統制が取れ、事故が少なくなるからだ。よって階段付近でも左側通行にしてみてはどうだろうか?あくまでこれは階段付近だけの話だ。それ以外の場所では今まで通り好きなように移動して頂いて構わない。本当ならば歩く時も左側通行にしたいのだが、それではルールに雁字搦めになってしまう。制度とは時として人の心を縛る。適度なゆとりが大切なのだ。仕事場の階段で人とぶつかりそうになることが多い私だからこそ、余計に明確なルール化が必要だと思う。多分これも急いでいる私以上に急いでいる人とぶつかりそうになるからだろう。ぶつかりそうになるのがいつもゆっくり歩いている妙齢のキャリアウーマンなら…私もこんなことは言わないかも…しれない(笑)
Jul 13, 2009
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顔はその人を表す指標らしい。確かにその意見には真っ向から反対することはできない。人と最初に出会った時に目がいくのは殆どの場合には顔だし、性格や嗜好なんかは表に出てきにくいデータであるが故に、余計に外部にアウトプットされている「その人」を表しているのが顔だと言える。顔に自信があるという人もいるが、私はそういう部類には入らない。残念な造りだとまでは言わないが、所謂普通の出来だと思う。それを証拠に私と最初に出会った人は、眼鏡を印象的なパーツとして覚えるからだ。つまりは「眼鏡>顔」というわけで…特徴的な顔立ちではないことを意味している。少々興味あって、異性を見る時にどの部分に目がいくかを聞いてみたことがあった。その時の答えは恐らく世の中の動きを見事反映しているようなものだった。まさに顔…つまりルックスを重視している人が殆どだということだ。しかし私はその意見には賛同し兼ねる。実際一般的に言うところのかなり綺麗な人とそうでない人がいた場合に、綺麗ではない人を選ぶというわけではないが、すすんで綺麗な人を好むということはない。何故ならば…緊張するからだ。例えばとても綺麗な人と一緒にいた場合、何をするにも緊張してしまう。何故こんな綺麗な人が自分といるのだろうか、釣り合っているのだろうか、そのような考えが頭の中に浮かんでしまう。考えることは失礼なことだとは思うが、そういう部分は無意識のものなので、考えないでいるという方が難しい。緊張するという意味ではいい関係かもしれないが、精神衛生上宜しくない。そういう部分よりも、私は性格的な部分を重視したい。お酒を飲むにしても、一緒に遊びに行くにしても、気兼ねない方が楽しいに決まっている。加えて欲を出すなら…私がどんな意味不明なことを言っても「しゃあないね」と許してくれる人がいい。包容力がある人ということだ。結局は一緒にいて面白い人がいいということだ。外見なんて…付け合わせみたいなものだ。しかしながら、一般的に普及している概念としては(男性的に)ルックスを重視するということが多い。ではそれは何故なのか、簡単に考えてみた。一緒にいたい、好きだと思うこと自体は完全に自分の中でだけ持つことが出来るものだ。故にその概念を外に見せびらかすことはない。つまりは自分さえ良ければいいわけだ。その観点で言うと、相手のルックスがいいということは、それはつまり「綺麗な人を自分のものにしている」という優越感と、綺麗な人と一緒にいることを周りに見せびらかしたいということになる。外面の見栄というわけだ。そういう人は、ある意味では伴侶をステータスとしか思っていないということになる。男性だろうが女性だろうが、その評価は変わらない。蔑視するわけではないが、そういう考えが私にはわからない。相手が良くて自分が良ければそれでいいではないか。何故対外的に伴侶をステータスとして出していかなければならないのかが理解に苦しむ。そういう話を現場でした時、先輩が言い放った一言がこれだった。「お前ってブス専??」この一言が先輩の評価を下げたことは言うまでもない。これだから俗物は…
Jul 12, 2009
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梅雨明け宣言。ようやくこの季節がやってきた。梅雨も明けてからっとした天気が続くことが予想されるこの時期、テンションは上がるものだ。だが、最近は梅雨の時期よりももっと雨が続いているような気がする。気のせいだったらいいのだが。そういえば去年はゲリラ豪雨というものが結構多かったのを思い出した。実際に被害を蒙ったのは一度や二度くらいなのだが、洗濯物が乾かなかったりした間接的被害は数え切れない。全国的に多かったゲリラ豪雨だったのだが、殊更関東地方には多かったような気がする。これは私が雨男だからなのか!?病気と違い治せないのが悔やまれる事象だ。さて、本題へ。先日、贔屓にしているドラッグストアに行った時の話。食料品を買うなら何処に行くのか?という質問をした場合、専業主婦の方や料理好きの人ならば迷うことなくスーパーと答えるだろう。実際料理をする上でスーパーの品揃えは豊富だし、近隣に必ず一軒はあるという汎用性の高さから考えても合理的だ。しかし私のように孤独な一人暮らしをしている方ならば、恐らくスーパーという意見とドラッグストアという意見の二分することが予想される。料理が達者な方からは想像もつかないことなのかもしれないが、ドラッグストアというのは何気に便利なところが多い。まず、ドラッグストアという名前からもわかるように、薬類や生活用品がかなりの安価で置かれているという点がある。恐らくスーパーで買うよりも何割かお求め易くなっているのだろう。そういう品物が必要な時にはもちろん役に立つ。そして私が最もドラッグストアを贔屓にしている理由は、簡単な食品ならばスーパーよりも安く手に入るという点だ。これが実際には凄くありがたいもので、もう何度もドラッグストアにはお世話になっている。パンや牛乳や納豆や豆腐を買うなら、断然ドラッグストアの方が安い。その部分でも私の中ではありがたい存在なわけだ。話が長くなったので本筋へ。先日もドラッグストアへ寄った。別に買いたいものがあったわけではないが、なんとなく物色してみようと思ったからだ。そして何とはなしにふりかけコーナーに差し掛かった時、棚に見かけないものを見つけた。「ふりかけ カりこ味」カりこ!?今まで24年生きてきたが、未だ嘗てカりこなる味のものに出会ったことはなかった。私だって食べ物に対する見聞が行き届いているなんて自負はないし、世の中には私の知らない食べ物があってもなんらおかしいことはない。だがしかも大部分のふりかけに言えることだが、ふりかけの味になるものはかなりの市民権を得ているものだ。つまり、かりこなるものは世の中の殆どの人が知っているという結論に至る。そのことを考察した後、若干凹んでしまった。確かに私は世間のブームとか流行をよく知っているというわけではない。しかし食べ物業界に於いても尚、私の知らないところで市民権を持っている食品があるということに衝撃を覚えてしまったわけだ。ドラッグストアの一角の食品コーナーにて1つの商品を眺めてブルーになっている私はさぞ奇怪だっただろう。カりこ…カりこ…なんだろう、大まかなイメージとしては鰹節みたいに堅いものを削って作ったもののように思える。つまり加工食品だ。竹輪とかそういう部類に入る。味としては素朴なもののような気がする。多分くるみとかああいう系統の素朴さを持っているのだろう。色はきっと茶色だろう。まぁこれは殆どのふりかけに言えることだが(笑)まだ見ぬカりこに対して色々と想像を巡らせていたのだが、そのふりかけの挿絵を見て私は気づいてしまった。何ということだ、これはカりこなんかじゃない。ふりかけにしてもおかしくないあの食品だ。納得した私は、意気揚々と帰ることと相成った。勿論私を5分以上も困らせたカりこなんて買わなかったが(笑)因みに…カりこがなんだったのかは私の名誉の為付記しないでおく。正体に気づいた方は、胸の中に留めておいて、後で私のことを笑うと宜しいだろう。そう、私はAB型。多分これが最大級のヒントになることだろう(笑)
Jul 11, 2009
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また出逢うとは思ってもみなかった綺麗な造形をした君はまだ何ものにも染められることのない無垢な存在そんな君を眺めているのも楽しいけどやっぱり触れたくなるもっとよくしたくなるまずは上の方からゆっくりゆっくり傷つけないように優しく優しく触っていくそっとそっと指で触れるとてもいい十分に慣れてきたら今度はいよいよ下の方へこっちは上に比べてもっと繊細な触り方じゃないと駄目だそうしないと満足しないそうしているうちに私もだんだんよくなっていくもうすぐもうすぐほら、抜けたそうして君の上に重ねていく私の抜け殻を最後までいけるかどうかは私と君次第そんな逢瀬を繰り返しながらどんどんよくなっていく何度も繰り返す毎に上手くなっていく私満足のいく仕上がりになっただろうか?それを決めるのは君のしなやかな体だけだからジェンガは面白い♪
Jul 10, 2009
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休日に出勤。もうすっかり慣れた。私の職場の前には大きな公園がある。実際に見てみるとわかるのだが、正しくは公園とは言わない。むしろ運動場に近い印象を受ける。毎週週末にもなると、子ども達が野球をしたりサッカーをしたりフリスビーをしたりと、賑わいを見せる。遊具なんかもあって、小さい子どもにも受けるようだ。犬の散歩のコースだったりすることもあってか、軽やかな足取りで犬を散歩させている妙齢のご婦人もよく見かける。週末ともなれば本当に賑やかな場所だ。そんな運動場もとい公園なのだが、最近は毎週のように少年野球がひらかれているようだった。自転車に跨り、バットを颯爽と背中に抱えた少年が運動場に向かっているのを見たことがあったからだ。そういえば私も昔は野球に興じた時期もあった。陸上の魅力にとりつかれ、陸上にのめり込むまでは、野球をよくやっていた。決して上手いとは言えないのだが、何故だか好きだったのを覚えている。今日も休日勤務、246号線を歩く。後ろからバットを背中に抱えた小学校2年生くらいの少年が自転車で追い抜かしていく。ユニフォームを着たまま運動場に向かうのは今も昔も変わりない。子どもなりに合理性を考えているのか、それともユニフォームを洗う母親が汚れを減らす為にとった措置なのか、真相はわからない。きっと後者だろう(笑)抜かしていった少年の背番号は5番だった。そしてそのまま歩いていると、また別の少年が自転車で私を追い抜いていった。その少年の背番号が19番だった。普通は番号だけ確認して思考をやめるのだが、私はそこでふと考えた。「一体どちらが強い選手なのだろうか?」一般的に野球とサッカーはエース番号というものがある。野球が1番で、サッカーが10番だ。その起源の程は知らないのだが、恐らくこれはスポーツをやっている人の中では共通の認識なのだろう。私でも知っているくらいなのだから、相当な常識だと見受ける。となると、5番と19番では5番の方がレギュラーの可能性が高い。が、昨今の教育現場での差別化を無くす動きを鑑みてみると、小学校2年生の頃から背番号で強さ=レギュラーか否かを区別するようなことをするだろうか?現在の教育制度を如実にあらわすものとして、徒競走でも順位をつけないという理由から、皆で手を繋いでゴールするということもある。これは決して珍しいケースではない。その他、昔ならば順位わけをされていたような事象でも、順位をつけずにいることよくある。良し悪しは度外視しても、これはまごうことなき真実の姿だ。野球だって同じことだ。エースナンバーを貰えなかった子どもの親は、きっと少年野球を開催している子ども会のようなものに抗議することもあるだろう。言い争いや確執を経て、楽しく野球できるかと言えばきっとそうではない。子どもの心は大人の心よりも繊細で痛みやすい。こういうことは私の世代では考えられないが、そういうことは現在かなりの頻度であるらしい。決してないとは言い切れない。となると、考えられるのは、子どもの人数をナンバリングしたというケースだ。つまり運動場で開催されている少年野球の子どもの人数は、少なくとも19人はいるということになる。エースナンバーやその他諸々の事象を全てうっちゃって、数字としての概念を付与するという考え方だ。きっとこっちの方が現代的にはマッチするだろう。差別も起きないはずだ。ここで大切なのは、一桁の数字と二桁の数字の子どもを均等にレギュラーにすることだ。これで完全に区別の芽は摘み取られる。なんてことを考えながら歩いていた。いやはや、私も相当の変わり者だ(苦笑)5と19、どちらも素数で、最小公倍数は95か。
Jul 9, 2009
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歯医者が好きな人はいるのだろうか?病院関係というか、悪い部分を治す為に行くところに関しては、かなり良いイメージを持っている人は早々いないだろう。悪いところを治すという部分に関しては、往々にして痛みを伴うものだ。それが悪ければ悪いほど痛みは比例して増していく。動物は皆そうだが、痛みを受けたことに対しては過敏なほどの防御本能が働く。そういった防御本能が痛さを覚えてしまった場所は「忌むべく場所」という認識に変えてしまう。だから病院関係は嫌われることが多い。その貢献度に反比例して。だからかもしれない、病院にいる女性は綺麗だという統計があるのは。病院に行くのは何も男性だけではないが、綺麗な女性がいれば男性は嬉しくなる。こと男とは単純な生き物だ。病院に…否病に付随する傷みを、精神的な喜びで補填する。そういう意味では今の医療の人事選択は合理的だという評価が出来る。かような意味での歯科もかなり合理的だ。一般的な病院よりも規模が小さいことも関係してか、歯科に常駐している人数もかなり少ない。小さなところでは3人くらいしかいない病院だってある。歯を直接治療する医者が女性であることは少ないが、歯科助手は殆どが女性だ。しかもかなり綺麗な人が多い。何故だろうか。1つには歯科助手という仕事がパート感覚だということに起因しているだろう。確かに歯科助手という正職もあるかもしれないが、世の中にある歯科の歯科助手の殆どは、アルバイトで賄われている。それは特別なスキルが要らないということによる合理性の結果だが、逆を返せば「その人である必要性はない」ということだ。歯科医師から言われたことに対して従えば仕事が満了出来るようなもの、専門的技術の要らないもの。故にその仕事に就く人は、手腕よりもルックスを重視出来る余裕が出来るというものだ。歯医者は普通の病院に比べても嫌われる確率の高い場所だ。そういうところに於いて、綺麗な女性がいるという癒しは、世の男性諸君なら大きく頷かれるところだろう。勿論一概にルックス重視で歯科助手を選んでいるわけではないということはわかっている。しかし聞くところによると、歯科助手が綺麗な人である可能性は、かなり高いということらしい。偶然では片付けられない確率になるということは…つまりそういうことなのだろう。勿論これが悪いことだと言っているのではない。前述したように、私も綺麗なおねーさんに口の中を見られる方が嬉しいに決まっている。ただでさえ冗長になりがちな歯科通いも、まぁそれなりに緩和されるというものだ。以前のブログに書いたが、私は今も歯科通いを続けている。虫歯になりかけの歯が少しあるようで、その程度の内容に関して、最早通例というべき「引き伸ばし」の被害にあっているというわけだ。学生時代は「時間>お金」だったので、歯科通いはお金の面で厳しいところがあった。しかし今は「お金>時間」なので、兎に角おいそれと通うことが出来ない状態だ。何しろ、歯科もまた普通の病院と同じく「平日運営、休日休み」だからだ。而して、私のような仕事をしている人は、まだ通いやすいというものだ。これが普通の商社に通っているサラリーマンだったら、もっと通いにくいことだろう。長く続くことが容易に予想される歯科だからこそ、そこの部分はもうちょっと考えて欲しいものだ。通っているからこそわかるのだが、歯科で使用している治療具というのは、昔より随分と様変わりしたようだ。医療技術の進歩とともに、適切な道具が取捨選択され、必要のないものは淘汰される。その流れはどの世界でも同じだということなのだろうが、昔よりも格段に進歩した技術をもってしても、変えられないところはある。それはあの「音」だ。歯を削るあの嫌な音は昔から変わっていない。痛いわけでも染みるわけでもないのに顔を顰めたくなるようなあの音、あれだけは生理的に駄目だ。何をしているのか見えないというのも悪い意味で効果的なのだろう。あれだけは早くなんとかして欲しい。歯科に関して色々思うところがあるのは私だけではないだろうが、おおよそトピックに出来るのはこれくらいか。しかし病気になって病院に通うようになる時にいつも思うのだが、健康は本当にありがたい話だ。なくして初めて気づくありがたみという意味では一番卑近な例だろう。歯もまた然り。一生付き合っていく歯だからこそ大切にしたいと再認識した出来事だった。余談だが「歯科医師会」という言葉を音だけで初めて聞いた時、どこで区切っていいのかわからなかったのは私だけではないはずだ(笑)
Jul 8, 2009
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社員旅行1日目の日程、移動のみ。この「移動のみ」という部分が、幹事にとっては最もネックなところになる。色々と世話を焼かなければいけないのは当たり前のことなのだが、各人が各々の観念に従って行動する為、その統率が非常に難しくなってしまうからだ。まぁ実際は、幹事としての私に仕事なんて殆どない為、問題としては非常に些細なものなのだが、それでもやはり幹事としての仕事を担っている以上は、それなりの働きをしなければならない。加えて、私は前日からなかば「拘束」されている。睡眠時間もほぼゼロに等しい状態からの立ち上がりは、思いのほかダメージが大きいものだと痛感させられた。宿に着いたのはおおよそ午後2時半から3時くらいだった。その後に今後の予定と宴会の時間について幹事側から告げられた。宴会の時間が午後6時で、その時の時間が午後3時。おおよそ3時間の猶予があるわけだ。幸いにして宿は熱海の中でもそれなりに何かある場所であった為、散策するグループが多く、宿は閑散としていた。私は私で午後5時からの幹事会に参加するという予定があった為、取り敢えずそれまでは宿でのんびり過ごそうと決めていた。熱海は何度か来たことがあるところなので、私にしてみたら珍しいことなんてない。特に見て回る必要性もないので、足りない睡眠時間をその合間に補おうとしたというわけだ。しかしここに横槍が入った。前回の内容で記したが、私はあるゲームをしている。そのゲームはワイアレスで通信できるゲームで、全国的にもかなりシェアの高いゲームだと聞いている。そして私の仕事をしている業界がIT関係ということで…そのゲームをやっている人もまたかなりの人数に達することになる。そして私は1年の間だが関西の方にも籍を置いていた。故に…久しぶりに会う関西メンバーから、そのゲームを一緒にやろうと私の部屋にやってくる連中も沢山いたというわけだ。私なんかはゲームは2時間以上集中してやることが出来ない為、進行速度はかなり遅い方なのだが、他の方はそうではないらしい。プレイ時間も尋常じゃない連中しかいないという状況において、そのゲームを始めたというニュースはかなり嬉しいものらしい。軽く同志が出来たという認識だったのだろう。結局私はそのゲームを付き合うことになり、幹事会が始まるまで眠ることは出来なかった。そしてそのまま幹事会、宴会の流れにシフトしてしまった。さて、宴会なのだが、勿論宴会中に寝ることなど出来ない。何故なら、幹事なので宴会の進行を司る必要があるからだ。そしてその間上司の方々にお酒を注ぎにまわることも忘れてはならない。食事もろくにすることが出来ず、私はわたわたしていた。結果的に、余計に体力を使うことになってしまったのだった。そしてその後は流れるように2次会へ。2次会では、我が社の重役の方の接待ということになった。様々な部屋をねり歩き、2次会参加の要請をするところから、実際にお酒を飲みながら重役の方々と話をするところまで、息つく暇もないほどだった。実際に過ごした時間は2時間弱だったのだが、それでもお酒を飲み話し、引っ込み思案な社員を啓発するという行動を含めた2時間は思いのほか疲労を伴うものだった。そんな2次会も午後11時にはお開きとなり、さていよいよ眠れるかと思いながら部屋へ引っ込んだ矢先、またまた私の部屋に訪問者が現れた。その人が扉を開けて私の部屋に入ってきた瞬間、私はその日も徹夜を覚悟した。そう、その方こそ我が社屈指の…雀士だったのだ。ひとしきり終わって時計を見ると、午前7時、もうすっかり朝だった。対局の途中から夜が明ける気配はしていたが、ひとしきり勝負が終わった頃にはもうすっかり鳥達の気持ちのいいさえずりが聞こえていた。牌の後片付けもそこそこに、私は部屋を抜け出しお風呂に入ることにした。温泉で有名な熱海だが、温泉に入る機会が今まで介在しなかった故、遂に次の日となってしまったというわけだ。お風呂に浸かった瞬間、変な声が出てしまった。多分今までの旅行の行程に対する鬱積した疲れが一気に噴出してしまったのだろう。それだけでおちそうになるくらいだった。熱いお湯の誘惑を振り切ってお風呂から上がった後は、誘われるままに朝食となった。お腹がすいているのだか空いていないのだかよくわからないままに食べ、部屋に戻ってきた頃にはもう限界が近かった。布団に倒れこんだ瞬間に意識を失った。だがしかし寝られたのはほんの15分のことだった。快眠へと向かう段階で起こされ、旅行2日目の出発となった。2日目は確か観光だったような気がするが、私は完全に使い物にならなかった。一応色々と手は尽くしたが、やはり駄目だった。故に、2日目の記憶はほぼないに等しい。気がついたらもう解散の時間だった。帰りの道中、地下鉄に乗って家へ向かったのだが、知っている駅に辿り着いただけでもうなんだか一気に脱力してしまったのを覚えている。家に辿り着いた時にはもう昆布みたいにどろどろになってしまっていた。そしてそのまま眠ってしまった。かろうじて残っている力でメールを送り、そして電話で話したということしかその日はしていない。それは次の日も同様だった。次の日は久しぶりに15時間くらい眠ってしまった。幸いにして休みだったのが功を奏したが、もし次の日が勤務だったら、間違いなく私は使い物にならなかっただろう(笑)今年の社員旅行を通して思ったこと、それはおよそ2点だ。1つ目は、幹事は恐ろしく大変だということ。そして2つ目は…社員旅行の際は、2日前から準備しておかなければならないということだ。前夜祭という概念は良し悪しあるが、きっとこういう場合を想定することも社会人として重要なことなのだと感じた出来事だった。もうしばらく幹事と社員旅行は遠慮したいかな(苦笑)
Jul 7, 2009
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名作「そして二人だけになった」この謎を完全に解いた人がいたら是非とも意見を聞かせていただきたいものだ最期に残ったのは1人なのか2人なのかそれとも誰も残らなかったのか神がかり的な文章が優しく謎を隠す私もあんな文章を書いてみたいものだふと思った最期に残るのは貴方だけでいい
Jul 6, 2009
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悪い流れというのは、本当に些細なところから出てくるものだ。そう、悪い気配のする時よりも忍び寄る。まるで暗殺者のようなもの。係長から電話があったのが一眠りした後の7月3日の午後9時だった。用件はご飯でも食べようということだったのだが、後になってその意見に賛成したことが全てをわけることになった。そして私はこの瞬間から社員旅行が終わるまで…眠れる時間はなかった。ご飯を食べながら私が最近始めたゲームを4人ですることになった。多分ご飯よりもそっちの方がメインだったのだろう。行ってみると、全員がそのゲームを持っていたので察しはついた。どうやら私をアシストしてくれるつもりらしい。どんなゲームかは敢えては書かないが、まぁ有名なアレだ。ご飯もそこそこに、社員旅行前日、4人揃ってゲームに熱中し、寝ることはなかった。1徹目だ。そしてひとしきりゲームが終わったところで、もう社員旅行当日になってしまっていた。なので私は一旦家に帰り、準備をして再び係長一向と合流することになった。ゲームをやめたのが午前8時、集合が午前9時。寝られるわけもない。完全に諦めのついた私は、家に帰りシャワーを浴びた後にすぐさま準備をし、合流した。ここでちょっと脱線して…。社員旅行と銘打っているが、私は今回の社員旅行は楽しむ側ではない。以前に何度か書いた覚えはあるが、私は我が社の関東事業部の幹事なのだ。つまり社員旅行を「楽しんでもらう」立場にある。故に、観光するにしても宴会するにしても、全て演出する側ということになる。この部分が非常に重要だ。眠たくなっても寝られる立場では当然ない。もう頭が上手く働かなくなってきた午前10時、東京駅へ集合をかけにいく。目的地は熱海ということなのだが、出発駅は東京だ。そして東京には私を待っている15人もの新人さんがいる。そのメンバーを統率するのが私の役目だ。一般的な場合でのこういう役目は、特に難しいこともないのだが、今回に限り私の任務の難易度は飛躍的に増加することになる。何故ならば…集める15人の顔を私は知らないのだから(涙)知らない人間を15人集めるというのはなかなか骨の折れるものだ。小さな集団を見つけては注視して確認したり、結構大きめの鞄を持っている人をそれとなく目で追ってみたりと、言葉には出さないがかなり苦労したものだった。まぁ集合の時間の1時間くらい前に着いていたので、時間はたっぷりあったが、それでも安心出来る要素はほぼないに等しかった。こんな緊張感は、3年前の2月11日に三宮の駅で待ち合わせたあの人以来だろうか(笑)兎にも角にも、なんとか15人集めきった段階で、私はもう疲れきっていた。しかし旅行の日程はまだまだこれからだ。これから全員を電車へ誘導し、関西事業部と合流しなければならない。その後は関西と関東で社員旅行のプランの確認と宴会時の注意点の総浚い、部屋割りの発表や自由時間の使い方についての諸々の注意などなど、話し合って合意をしなければならない事項は山のようにある。加えて行きの電車の中でも、東京組の新人さんへ積極的に絡んでいって仲良くなっておかなければならない。顔を知らないということは、その人となりも知らないということだ。ということは、仲良くなるのもこれからというわけだ。これからの2日間を優位に進める為にもスキンシップはしておいて損はない。駅のホームで人数確認、旅券配布、集合、本部への連絡、出発、電車内でのスキンシップ、今後の予定の確認、合流時間の調整、それに伴う暫定的な予定の変更、やることは多い。それを徹夜明けのぼーっとした頭でやるのだから大変だ。地獄の1日目はまだ始まったばかり。。。
Jul 5, 2009
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会社に隷属する以上は、社員旅行というものは最早必然。そして私は今年の関東グループの幹事。何も起きないはずはない。一般的に会話や遊びに関してノリがいいと呼ばれるのは、関東よりもむしろ関西だという認識が強い。その部分では間違ってはいない。つまり、会社関係のことで幹事をやるにしても、関西でやるよりは関東でやる方が比較的楽だという見解になる。盛り上がりを重んじる社員旅行や飲み会に関しては、その部分こそが最もウェイトがあると言えるだろう。しかし、私の会社の関東支部はそうではない。関西で笑いをしっかりと植えつけられた人達で構成されている部署、関西よりもむしろ関西らしい人達が犇く部署、それが我が社の関東グループの本質だ。そしてその中にあって、今年の幹事を任されるということ。ただで済むなんて考えてもいなかった。というわけで、今回は社員旅行のお話。今年の社員旅行は7月の4日と5日を利用して組まれていた。目的地は熱海、まぁ関西と関東の中間地点だと考えると無難なところだろうか。去年の社員旅行は岐阜で、しかも関東グループは新宿からバスで向かうという荒行に挑戦したものだった。東名高速を爆走するバス、渋滞に嵌るバス。11時間かかるという燦燦たる内容だった。だからこそ、去年の関東グループの労を労う為にも、今年は関東が楽を出来るプランニングになっていたようだった。幹事の癖に「ようだった」と言っているのには理由がある。それは、飲み会をするにしても旅行をするにしても、幹事としての実権は関西にあるということだ。まぁ人数的に考えても関西の方が多いのだから仕方ないにしても、幹事としては非常に気分が滅入るものだ。勝手に決められた内容に従わなければならない上に、幹事としての仕事もしなければならないときたものだ。なんだか不合理を感じないわけでもないが、こういうことは流れるままが信条の私としては特に問題視しているわけでもない。楽でいい、が本音だ(笑)熱海1泊2日、海鮮料理食べ放題ツアー。これが一応のネーミングだったのだが、後になって振り返ってみると、とてもそんな余裕を感じている暇などなかった。一言で言うなら、地獄のツアーだった。今回のそのさわりだけ。前日私は夜勤だった。しかも結構忙しい方で、ゆっくりする時間もなかった。なので、次の日が社員旅行なのも知っていたのだが、私は帰ってからのんびりすることなく過ごしていた。まぁ旅行の準備もあったというのもある。それも一段落し、少しばかり仮眠をとった午後9時、1本の電話が入ってきた。それは関東の係長からで、今からご飯でも行こうという内容だった。ご飯くらいならいいかなと思い了承したのだが、この電話が今回の社員旅行を燦々たるものにした主原因だったことに、私は後で気づくことになる。そう、私は関東グループの古くからの慣わしを知らなかったのだ。関東グループの人ならば、社員旅行前にかかってくるこの人からの電話には出ないという暗黙の了解があったのだ。そして私はその禁を知らずに犯した。地獄の社員旅行が今始まる。。。
Jul 4, 2009
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空港の動く歩道が撓むところのお話。空気が違うという言葉をよく聞く。とは言っても、実際に空気が違うかどうかなんてわかりにくいものだ。まず普通の空気に対して何かしらの特異点を見出さないといけない。それが出来ないのであれば、空気の違いなんて早々わかるものでもない。ただ、雰囲気として認知することは可能だ。匂いが違うというのもそれに近いものがある。最初に感じたのは、那覇空港に降り立った時だった。都会の空港では決して感じることのない匂いがそこにはあった。それを感じて最初に思い浮かべたのは、何故か地元だった。私の地元は田舎が意固地なまでに田舎度を維持し続けているかと錯覚するかのような田舎だ。だが、その匂いについて考えたことは無かった。那覇に着いた時に感じ取った匂いは、まさにそれだった。忘れかけたような匂い、遠い日の残香。心地よいような…不思議な気持ち。改めて考えてみれば、恐らくこうして旅行に来たりして、遠くに来てみないと違いなんて認識できないものだ。特に文化が違う県への移動は、それだけで新鮮なことが多い。神奈川から静岡に行ったくらいでは空気の違いを明確に感じることはないが、海を越えると雰囲気は一変するから不思議だ。こういう部分に物凄く旅の醍醐味を感じる。そういえば以前に北海道に行ったこともあった。すっかり忘れてしまっていた。その時は空気を感じるとかそういう気分とは無縁だったので、この気持ちは沖縄によって覚醒されたものであることは言うまでもない。まぁ北海道旅行のことはかなり遠くに置いておいて。。。空気が違う…特に懐かしい空気、田舎の海辺の空気に似たものを持っているのが沖縄だった。そしてその匂いはどうにも私を切なくさせる効果があるようだ。昔…私は田舎が嫌いで仕方なかった。何をするにも遠くに行かなければならないということ、楽しい建物や施設がないこと。そして人が少ないこと。迷惑をかける都会の旅行者が多いこと。買い物が覚束ないこと。全ての要因で地元がそんなに好きになれなかった。しかし、今は違う。きっとそういうことは、若いうち…視野が狭いうちにしか感じることのない感覚だと思う。色々な社会で生き、様々な人と触れ合う。そんな中で培われる新たな気持ちは、きっとそういう俗物的な感覚を排斥した気分を齎す。1つ例を挙げよう。多少の個人差はあるかもしれないが、砂浜とビーチとピーカンの天気、それだけしかない状況があったとしよう。若いうちはきっとそういうロケーションで楽しむ術がなく、退屈するだろう。しかしある程度の年齢になってくると、そういう景色自体に価値を見出すことが出来る。つまり「楽しみ方」に幅が出るということだ。だからこそ、若いうちには感じることのない自然のみの雰囲気にも楽しむ術を見つけることが出来る。そしてその雰囲気が在りし日の地元を思い出させ、切ない気持ちになるのだ。悪い気持ちではない、むしろ都会にいるのでは感じることの出来ない新鮮でむずがゆいような素敵な気持ちだ。沖縄はその気持ちをまた再び感じさせてくれた。多分私が沖縄に感じた最も良いポイントがそこだろう。これだけはどんなに大きいビルを建てても、お金をどれだけ投入しても据えることの出来ないシステムで…とても尊いものだと感じる。空気とともに素敵な友人がいることも私にとっては誇りだ。そこに行けば逢える、それだけで再び沖縄の地に降り立つことに楽しみを見出せる。きっと私にとってぴったり嵌るピースだったのだろう。取り敢えず今回の沖縄旅行に関するレポは以上ということにしておこう。恐らく書き出すとキリがないので、特徴的なトピックだけ抽出することになったのは少々残念だが、仕方ないだろう。思い出は言葉に残しておくことだけが全てではない。それは自明なのだから。それにしても…8回にもわたる内容だったのに、その殆どを今の段階でまだ鮮明に思い出せるのは、きっと印象度に比例しているからだろう。そしてそのことが私をまた沖縄へと誘う。近いうちにまた行くことになるだろう、と言うか…もうプランは始動しているのだから(笑)
Jul 3, 2009
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自動販売機の飲み物が110円のところのお話。人は生まれ、そしていつか死ぬ。それは自然の理。誰も死から逃れることは出来ない。それは何故か、諸説あるが、私はこう思う。人は最初から死に向かって生きているのだと。死は終わりではなく、人生に於ける最後の目標のようなもの。人は死ぬからこそ生きている間に何かを残そうと努力する。その過程が輝くのは死が最後に待っているからだ。死無き生き物にはきっとなんら価値はないものと思われる。と、まぁ小難しいテーマを展開しかけてはいるが、今回の話はお墓のお話。日本という国では、死者を墓に埋葬する習慣がある。これは宗教の壁を越えた共通の概念であることは言うまでもない。この文化は非常に根強く続くものだ。古来、文化が今ほど発展していなかった頃は、人が死ぬと土葬されていた。しかしいつからか火葬に変わった。これは何故か、単純に人が死んだ時の捉え方の違いもあろうが、衛生面的な部分からだろう。それに明確に個々のアイデンティティが確立されてきたことから、死者を適当に自分の敷地内に埋めるという行為に抵抗を感じたという要因もあるだろう。これも諸説あるかもしれないが、現代の埋葬のスタンダードが火葬であることは言うまでもないことだ。本州では、火葬した死者の骨をお墓に埋葬する。が、このお墓という制度が沖縄と内地では全く異なるということを知った。内地では、お墓は家毎に所有しているもので、勿論お墓を立てる為の土地もある意味では分譲していることになる。個人で所有している土地にお墓を立てるというのが風習だ。沖縄との根本的な違いは、立てるお墓が「何人も入ることを想定していないお墓であるかどうか」という点にある。内地のお墓は完全に1人用だ。先祖代々の墓があっても、それは先祖1人に対して1つ立てるもので、言ってみれば死者1人に対して1つあるという認識になる。よって、家系で新たな死者が出た場合には、先祖代々の墓を発くか、或いは敷地内にもう1つお墓を立てることになる。その為に簡易的な小さな祠のようなものを作る風習がある。取り敢えずお墓に入ってもらう前の準備期間にいてもらう場所という認識のようだ。その方面には詳しくないので、これくらいにしておこう。ところが、沖縄の墓は内地とは全く異なる方法で管理されている。まず1番違う部分は、お墓を集めた墓地という概念がないということだ。内地では、墓地は1箇所に集められている。お墓専用の土地があるというわけだ。まぁこの部分に関しては、敢えて掘り下げる必要もないだろう。一方沖縄のお墓は、道端に1つとか2つとかいった具合で、お墓だけを纏めているような場所がない。この部分が最も異なる。聞いた話では、そうやって方々に散っているお墓だが、土地の権利はしっかり持っているものらしい。なので、概念的には内地のものと遜色ないということらしい。次に違うのが、お墓の大きさだ。内地でスタンダードとされているようなお墓の何倍もあるものが沖縄には平気である。しかもよく見ると、家のような構造をしていることが見受けられる。なんでも、沖縄のお墓は女性器を象徴しているらしい。生命は女性より生まれるのだから、女性に還っていくという意味だろうか。なるほど、奥が深いものだ。そして最後に、新たな死者が出た場合の対応が違う。前述したように、内地では新たな死者が出た場合には、新たな墓を立てることが多い。既存の墓に入れる例もあるが、どちらが多いかとは一概に言いにくいくらいそのやり方には地方色が出る。しかし沖縄のお墓は、既存の家系の墓で死者が出た場合には、その墓に入れるというやり方をとっている。そこには血族か否かという細かくて難しい慣わしがあるようだが…。墓の規模が違うということ、霊園のように集合体を成していないこと、この2点で内地と沖縄のお墓は違う。この点について考えてみると、沖縄のお墓は実に合理的に出来ているように見える。沖縄の本土の面積は小さい。故に大きなお墓を家毎に立てるのは一見合理的には見えない。しかし1つ立ててしまうと、もうその血族のお墓は保証されているようなものだ。つまり新たなお墓を建てる必要性は、よっぽどのことがない限り発生しなくなるということだ。土地が少ない沖縄ならではの方法だと言える。そして霊園的な考え方がないことから、お墓をどこに作っても自由ということになる。つまりお墓へのアクセスは集合させられる内地のお墓よりも利便性が高いということだ。沖縄は内地に比べ霊的な信仰が強い。そのことを考えても、好きな場所にお墓を作れるという利点は大きいだろう。車で沖縄の街を走っていると、お墓を見ることはよくある。しかもそのお墓のどれもがかなり大きく立派なものだ。それだけでも、内地よりも先祖供養やお墓参りに対してのウェイトが高いことが見られるものだ。しかしここで疑問が1つ。どうしてお墓は色々な方向を向いているのだろうか?沖縄のお墓もそうだった。これは少し調べてみた方が良さそうだ。
Jul 2, 2009
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居酒屋のメニューがやたら安いところのお話。地価と初めとして、殆ど同じという評価がされるところは多いだろうが所得水準から地価、消費者物価指数に至るまで全て同じという県はあまりないはずだ。まぁそれもそうだ。働ける場所や住んでいる人の裕福さなんて、同じなわけがない。綺麗に47等分されているなんてナンセンスなのだから。だから居酒屋の価格設定も内地に比べて安くなっているのだろう。そういえば聞いた話なのだが、沖縄は全国で一番最低賃金が安いところらしい。そうは見えないのだが、多分こういうところも沖縄らしいところなのだろうと思う。悪く言っているわけでは決してない。のんびりまったりとしているのは貶されるようなことでは決してないからだ。私自身その概念については目一杯味わったのだから声高に言える(笑)軽く脱線。話を戻す。先日の内容でA&W、通称エンダーについて書いたのだが、今回はその補足的な内容となる。或いは前に書いた内容と類似点があるかもしれないが、もう長く読んで下さっている方ならばその辺の矛盾は気にならないことだろう。そう、矛盾こそ綺麗だとかの女史も仰っているのだから。エンダー=ルートビアというイメージが結構強いかもしれない。実際に何処のエンダーに行っても必ずルートビアはあるらしい。つまり切っても切れない関係らしい。私も飲んでみてなんとも言えない味に驚嘆したものだった。しかしそれと同じくらいに驚いたのは、エンダーのお店のシステムだった。ハンバーガーを扱うファストフード店について内地で考えてみると、おおよそ2つのカテゴライズが出来る。1つ目は最もポピュラーなタイプ、レジで注文して商品を受け取りお金を払うタイプだ。これが最もオーソドックスで、全国的に見てもメジャだろう。そして2つ目は、1つ目の要素に更にドライブスルーを足したものだ。これは都市部から若干離れたところでよく見られるタイプだ。車での移動を主とする地域に多いスタイルだと言える。だがエンダーのシステムはこれに近いようで…ある意味では一線を画するオリジナリティを持っていた。まず最初に目に付くのは、エンダーの敷地が異様に広いことだ。最初は車を停めるところが広いのかと思いきや、そうではなく車を停められるスぺースは他のファストフードのお店とそう変わりない。ではお店が大きいのか?そうでもない。お店も普通サイズのこじんまりした具合だ。では何が大きいのか…ドライブスルーが大きいのだ。普通ファストフードのドライブスルーというのはお店をぐるっと回るように併設されているものだ。なのでお店のサイズも必然的にドライブスルーを採用しているお店よりも小さくなるはずなのだが…エンダーはドライブスルーが圧倒的に広いのだ。しかも厳密にはドライブ「スルー」ではない。なんとお店に入らずに車の中で注文し、商品は店員さんが車まで持ってきてくれるというスタイルになっている。エンダーでドライブスルーをする時は、まずそれ専用のマイクスタンドに近づく。そしてマイクで注文し、後は車で待っているだけなのだ。精算も車の中で行うことが出来る。しかも、この注文する為のマイクスタンドは1つではない。ざっと見ただけでも10はあった。要するに、そのマイクスタンドのある場所が仮の駐車場のようなものなのだ。これには随分と驚いたものだった。これを見て最初に思ったのは…沖縄人って面倒くさがりなのか!?ということだった。しかしそれ以降沖縄の街並みを見ていると、そうではないことに気がついた。沖縄という地方…主に本島は面積が広大ではない。むしろ他の県と比べても小さい部類に入るだろう。その小さい部類に入る面積の中で、他の県に負けないくらいの売り上げを誇ろうと思うと、内地と同じ戦略では駄目だ。少ない土地を有効活用する必要がある。となると、重視するのは回転率か意外性だ。回転率に関しては沖縄の飲食店にドライブスルーが多いことを見てもわかる。ドライブスルーならばお店の規模以上に集客できるからだ。そして他にはないスタイルとして…意外性があるだろう。特にエンダーはその部分では非常に有用な手法を用いている。ドライブスルーと言えばどちら側にマイクがついているだろう?普通は運転席に近い方である右側だろう。しかしエンダーのドライブスルーのマイクスタンドは左側にもついているものがある。これは家族連れを見越した戦略ではない。沖縄という土地柄を考えればわかるだろう。つまり…Yナンバーの客にも対応しているのだ。そしてその両者についても、助手席に誰か乗っていた場合もしっかりフォローしている。実に素晴らしいシステムではないだろうか。そんなことを考えながら私はルートビアとくるっとしたポテトを食べていた。沖縄…侮り難し!!(笑)
Jul 1, 2009
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