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・・・って、こちら、韓国の手作り石けんギョーカイのハナシなんだけど。私のお友達、月香さんは、レシピ盗用事件で最近ネットでは渦中の人となっている。それから、私の所属するカフェでも管理人が新しく立ち上げるハゴン(ここでは、石けん・化粧品作りの専門学校)に関連して詐欺事件と称して、えらい騒ぎが起こっている。。。もう、なんで手作り石けんギョーカイってこんなに問題が多いの???・・・月香さんはレシピをある人に無断で使われていた。ネット上に公開したレシピがいつの間にかあるハゴンのテキストに載せられていたのだ。そのハゴン、後でよく調べてみるつもりなんだけど私が何度か出入りしてる工房と関係がありそうなのでこんなところで繋がってくるとは~~ とちょっと衝撃を受けています。。。ネットに自分の作ったレシピを載せるということ・・・皆さんはどうお考えでしょうか??・・・私は実はオリジナルレシピってあまり熱心にはアップしてこなかったと記憶しています。レシピや使用感などをコト細かく書くのは見てる人への親切心から・・・というのもあるでしょう。それから、もうそれは書くのがお決まりだと思ってる人もいるかもしれない・・・(みんながそうしてるから)あと、記事をより有意義で公共性の高いものにしようという公的意識のある場合も、やっぱり資料としてみんなに役立ててもらおうとレシピをアップすると思う。月香さんは公的意識をもってレシピを公開したのだそうだ。みんなと情報を共有する、という意識で・・・それを誰かが個人で楽しむ分には全然問題がないけどハゴン運営というお金の絡むことに使ってしまってはまずいというわけだ・・・でも、お金が絡まなくても問題だ。また別の人間だと思うのだが、月香さんのレシピをスクラップしていって月香さんの署名だけを消して、それを月香さんの知らないあるカフェに自分のレシピであるかのように投稿したというのだ。こちらのトラブルのほうがネット上では先に勃発しているので今日、ハゴンテキスト盗用事件を知ってまたまた「月香さん、災難~~」と気の毒になった。以前も書いたけど、ホント、月香さんは災難続きでかなり参ってるんじゃないだろうか・・・今回のレシピ盗用事件はもう弁護士に相談中だとか・・・私はレシピ載せることが実はあんまり好きじゃあないのだ。やっぱりレシピは財産だと思っているから・・・かといって、全く載せないわけでもなくグラム数やパーセンテージは書かないっていう程度にしてる。私のレシピなんてたかが知れてるんだけどやっぱり自分の知識や経験に基づいたものだから扱いは大切にしよう・・・とは思うのだ。いい石けんであればなおさらそのレシピ(パーセンテージ)は公開したくない。自分のさじ加減がぴたっと当たったというそのカンはやっぱりそれまでの経験が何らかの形で実を結んだものだと思うから誰でもが似たようなこと考えるしやるだろうというくらいありふれたレシピであったとしても扱いは大切にせざるをえないのだ。そういう意味でたいそうなレシピでなくてもオリジナルレシピは財産だと思う。ネイバーブログではスクラップ機能があって気に入った記事や気になる記事は自分のブログに取り込めるようになっている。その場合は、ちゃんと出所が自動的に明記されるようになっている。石けんの記事の場合、レシピが事細かにあるがゆえにそのスクラップされる数がぐんと上がる、ということは明らかだ。みんな持っていってそれをどう使うんだろうか・・・参考程度にするなら、ちょちょっとどっかにメモする程度で済むだろうに。丸ごと、自分のブログにコピーするというのはまあ、ひとそれぞれだろうけどひとつ考えられるのは、レシピが立てられない人でいい石けんってどういうもの??・・・・と思ってる段階の人はやっぱり細かいレシピつきの綺麗な写真付きのヤツがどうしても欲しいだろう・・・・私も個人的に「あの石けんの詳しいレシピを教えてください」というメールをときどきもらうことがあって、レシピを載せると載せないとは記事の価値に随分差が出てくるらしい・・ということにそれから薄々気付き始めた。月香さんも書いてたけどレシピをごっそり持って行ったハゴンの経営者はどうやらレシピを自分では立てられないようだ・・・とのことだ。その証拠に、そのハゴンのテキストを見ると月香さんのHPせっけんのレシピがCPせっけんのレシピの項目の中に紛れ込んでいた・・・(私もそのテキストは見た、月香さんが入手して自分のブログで暴露していたから)レシピ中にエタノールも砂糖水も出てくるっちゅうにハゴンの校長がそれをCPの項目に入れて平然としてるというのはやっぱり単なる凡ミスとは考えがたい・・・・日本と韓国ではいろんな認識が違うだろうからブログ上のトラブルなんかも幾分ちがったカタチで出るのだろうけど韓国ではまだまだ著作権に対する認識が甘いのは間違いなさそうだ。公的な、前向きな意識を持って貴重な情報を公開している人が泣きを見ないようにしてほしいなぁとは思っている。でも・・・・やっぱりこんな風にも思ってしまう・・・・必ずしもレシピは公開する必要もないわけだから要望があったとしても「秘密~~ 」とかいって教えなくてもいいんじゃないのかなぁ・・・私も最近はネイバーで沢山スクラップされるようになったけどその理由はやっぱりグラム数明記のレシピをアップしたから・・・試験的にレシピ付き記事をあげてみてやっぱり細かいレシピのあるものは明らかに注目度が違うということを認識しました。月香さんもおそらくは、このパターンでレシピ公開の道をひたすら突き進んでしまったのでは・・・とチョと考えないでもないんだけどね。
2006年08月26日
昨日、無事引越しを終えた。新しい住まいは、4階(最上階)なのだがこの4階、本来はなかったもので、無理やりこしらえたものなのだ。屋根裏部屋だと思っていただいたらよい。天井には、手がつく、のではなくて頭がつく!!! 建物の屋根の傾斜に合わせて天井も傾斜してるので玄関付近はまあまあ高いのだが家の奥へと進むとそこはもう160センチもないのだ。それから、不便なことはまだいくつかあるけれどそれ以上に私がとても気に入ったのは小さな屋上のスペースが貸切で使えるということとキッチンの収納スペースがやたらと充実してることと家の中が比較的明るいということ。だれもこの4階までは上がってこないから一軒屋みたいにも感じる・・・収納スペースが思ったよりも多かったおかげでキッチンの空間にゆとりが生じてちょっとした作業台をおいたらせっけん作りのミニ工房のように使えるかも知れない・・・ 本当の工房はいつになったら持てるのかもわからないけど作業のための専用スペースがあるっていうのはやっぱり気分的にも違うんだろうなぁ・・・あー、はやく家の片づけを終えてまた石けん作りに取り掛かりたいです。
2006年08月24日
いよいよ明日、この家を出る。。。いろいろあった、この2年とちょっと。でもなんだかんだ言っても楽しく過ごした2年とちょっとだった。このPC部屋の窓から見える木蓮の木がお気に入りだった。その下のレンガの塀の上に代わる代わるネコがやってきてじっと目を閉じて座っているのをそっと見てるのが好きだった。地下にあるノレバン(カラオケ)にはついぞ行かずじまいであの地下はいったいどうなっているんだろうかといつも興味津々だったけど引っ越してしまえばそんなことももう忘れてしまうだろう・・・上の住人が一度、夜の10時過ぎまでピアノやヴァイオリンを弾いてたときには(!!!)いい加減怒鳴りに行こうかと思ったけどウチも昼夜を問わずかなりウルサイんだろうなぁ・・・と振り返って見ればそれも出来ず、お互い様だと思って我慢したこともあったり・・・引っ越すたびにマイホームがない煩わしさを感じざるを得ないけどしょうがないといえばしょうがない・・・今はこんなふうにあちこち住めるということをむしろ楽しんでもいいのかも・・・今回は引越しといってもほんの数十メートルの移動なのだ!!別に生活環境は今までとほとんど変わることはないだろうけど今度の借家は屋上階にあり、ちょっと日本では考えられない造りになってる。天井に手が届くのだ~~ 息苦しさを感じないようにいろいろと工夫をして、上手に住まないとなぁ・・・と思ってる。さて、ちょっと手を休めてこうしてPCの前に座っていたけどまだまだやることが沢山残ってる・・・ポジャンイサ(おまかせサービスって言うの?? 梱包と荷解きをしてくれるもの)だから別にジッとしててもいいんだけど、やっぱり石けん関係の道具や石けんだけは自分で梱包したしこまごまとしたものも自分でまとめておいた。新しい家に引っ越したら今度こそはファブリックワーク、本格的にやるつもり。石けんも秋冬ものを仕込まないといけない時期なんだなぁ・・・やることが沢山なのにいつも一日はあっと言う間だね・・・・では、お引越し済んだらまた近況アップしますね。
2006年08月22日
まさかとは思うんだけど・・・さっき衛星放送の朝のNHKニュースでも見ようとチャンネルをいつもの35番に合わせたら・・・アニメ番組がやってた・・・ これって、もしかして・・・他の番号に変更したかも、と思って全ての番号を確認したけど、やっぱり日本のチャンネルはなくなってる。さて、昨日は何の日だったでしょうか??そして日本の首相が行ったことは・・・・・・という予測で大体合ってるんじゃないかと思ってるんだけどケーブルテレビの事務局には電話して確認してない。だれか、確認した方~???
2006年08月16日
今日、たぶん午前11時くらいからだと思う・・・いきなり私のネイバーブログにちょっとした異変が起きた。午前中はPCの前にずっといて最近急に増えたコメントやカフェへの誘いを一つ一つ確認していた。小刻みに自分のページと他のブログを行ったり来たりしていたのでこの異変が始まった時間もほぼ正確に把握している。それはホントにいきなり始まったのだ・・カウンターがみるみる上がっていった・・・それも一回確認するごとに10人単位だったような・・・確かに最近はカフェに記事をたて続けにあげているので一日の訪問人数は増えた。それでもせいぜい20~30人程度だったのだ。でも今日は現時点で(今午後11時10分過ぎ)256人・・・とくに、あの午前中から午後にかけての急増は何かカフェ以外からの訪問客だったのは明らかだ・・・今日は記事をアップしていない。新着記事をランダムで回ってる人たちが来ているとは考えにくいし・・・一体なんだったんだろう・・・・調べる術も知らないので、アレコレ考えてるだけでやっぱり今でもわかってない。ブログ開設以来、訪問人数が1200人足らずだというのに今日だけで250人以上って・・・不思議な一日だった・・・
2006年08月11日

コスメのカテゴリーでエントリーしなかったわけは後ほど・・・さて、今日はお手軽バスソルトを作った。これは粉末を混ぜただけだから、あっという間にすぐ出来る。右側のブルーは発酵させた藍の粉末で色を付けたもの。韓国語ではこれをチョンデといってブルーの石けんを作るときには決まってこれを使うのだ。(ウルトラマリンブルーは誰も使わない)オレンジとグリーンは、実は日本産入浴剤なんです。さらさらの、バ○○リンみたいな入浴剤なんですが、月香さんから石けん買ったときに頂いたんです。私も月香さんも所属するカフェの管理人が日本から入浴剤を加工輸入してるんだそうで私も写真では以前から知っていたんですがたまたま月香さんが下さったので手に入れることが出来ました。一般には売られてないのですがカフェの会員にはもうおなじみのオプションみたいで石けんに入れたり、バスボムやバスソルトに混ぜたりしています。バ○○リンを石けんに・・・ってちょっと思いつかない発想じゃないですか??これ、多分、湯の花を石けんに入れるというところから来てるんだと思ってるんですが・・・韓国では石けん材料ネットストアで「ゆのはな」が売られてます。黄色い粉末なんですが、天然モノ(本物)の湯の花かどうかは私もまだ買ったことがないので、未確認・・・黄色い石けんを作るとき、アトピー石けんを作るとき必ずと言っていいほど、この「ゆのはな」が使われます。今回カフェのある会員がとても色とりどりのバスソルトをこの日本からの輸入入浴剤で作っていたのを見て「あ、私ももらったのがあるから、作ってみようかなぁ」と思い試しに作った次第です。ところで、その会員さんはその入浴剤のことをたしか「ゆのはな」と書いていたような・・・もしかして、天然の湯の花というものを知らないで「湯の花成分配合」とかいう湯の花に似せた入浴剤のことを「ゆのはな」と呼んでいるんじゃないか・・・・とふと、思ったわけです。たぶん、韓国に日本の入浴剤と湯の花がどうやって紹介されていったのかそれを調べてみればこれは解明されそうですが・・・ちなみに石けんに湯の花入れるのって良さそうな感じはしますが、実際どうなんでしょうか??・・・市販の石けんにはあるようですね。やってみたことある方、どんなだったか教えてくださいね。
2006年08月10日
・・・って、私の店じゃないですよ~ 韓国人ソーパーのお友達、月香さんのお店が正式にオープンしたのです。もう一週間ほどたつかしらん??・・・韓国人ソーパーのほかの人のお店は実はそんなに多くは知らないのですが月香さんのお店はとてもセンスがいいと思う~ お祝いにさっそく駆けつけましたよ。掲示板に、だけど・・・タマゴ星人(月香さんのご主人)の後にコメントしたので実質一番乗りでした。トップページの左の項目中の一番上をクリックするとタマゴ星人の写真が載ってるのでお暇な方はみてね。(その右が月香さん) この方、ホント笑えるよ。写真は、グリーンティアイスを食べてるところ、らしい。。。ちなみに、上から二番目の項目が石けんのあるところです。(新作、沢山でてたなぁ。)
2006年08月09日

今までラベルには無頓着であんまりこだわりもなかった私・・・その時その時でいろいろだったりもして・・・でも規格化(ありゃ、企画化?)しちゃったほうがいつもいつも苦労しないで済むのにね・・・私、ラベルの作り方もよくわかってないんです。。。今日は否が応でもラベルを準備しないといけなかったので朝からPCの前に座りっぱなしであれこれやっては悩み、やっては悩み・・・韓国のネイバーのカフェには会員が公開しているラベルのサンプルがいっぱいあってひとこと「借りる」とか「ありがと」とかコメントを残してきたらあとは自由にスクラップしてきていい事になってるので私はさっそくお借りしてきましたよ・・・そしてそのカフェでは私のように「ラベル作り?・・わから~ん」といったソーパーさんにも一からていねいにやり方を教えてくれる大変ありがたい先輩もいて私は今日その方の投稿されてた内容を読んで初めて上のような部分的な印刷をほどこした簡単なラベルを作ってみました。ラベルを自分の作った石けんにつけてあげて思ったんですがラベルや包装って、やっぱり石けん作りの仕上げなんだなぁ・・と。ここまでやって石けん作り、だったのですねぇ・・・とにかく、上の石けんは急に送ることになったものだったのでこのラベルは臨時だったんですがこれからきちんとオリジナル、作らないとね・・・ソーパーの取り組むべき仕事って、ホント、沢山あるのね~~
2006年08月07日

またまた、「今更シリーズ」ですいません~ 韓国語ブログで一昨日この本の話題に触れたのですが実は一度も読んでいなかった私・・・・手作り石けんブームの火付け役となったと言われるこの本にはやっぱりとても興味はあったのです・・・カラー写真解説つきの「テキストブック」のほうは去年に手に入れたんですが、これはやっと先週の土曜日に教保文庫で見つけて購入したもの・・・まだ半分も読んでないんだけど今まで読んだ感想。。。「その気にさせられるなぁ~」ということ。みんながきっとその当時あこがれたんだろうなぁ・・・こんなライフスタイルに。( もちろん今でもあこがれるんだけど )それから、石けんの記述をすこし読んで思ったこと。「おいしそうな石けん」が作りたくなってきた~~私はどちらかと言うと前衛的なデザイン石けんが好きで色も淡くないほうがスキで、しかも多色使いのほうが魅かれるんですがこの本を読んでいたらかじりつきたくなるような瑞々しい石けんとかしゃぶりたくなるような甘~い石けんとかそういう石けんを、単色でシンプルな真四角な形で作りたい、そういう衝動に駆られるんですね~ ア~ やっぱりその気にさせられてるかも・・急にシンプルなおいしそうな石けんをじゃんじゃん作ってずらーっと並べて眺めて見たくなって来た・・・(きっと実行すると思う・・・)
2006年08月06日

日本のソーパーさんなら初期にもう作ってしまうんでしょうけど韓国在住の私は、いまさらながらの「サンシャインバー」です。。。こちらでは最近やっとレッドパーム油を100g・500g程度で売ってるネットショップを見かけましたがまだまだ手に入りにくいオイルのひとつです。これは、私の韓国語のブログでレッドパーム油のあざやかなオレンジの石けんを紹介しながらまた、前田氏についても紹介してみようかと思って作ったのです。レッドパーム油は2~3ヶ月ほど前に楽天で購入してから実家で商品を受け取ってもらい、それを実家から韓国に転送してもらいました。他にもそのお店では粉ものオプションとしてあやむらさきパウダーやココナッツミルクパウダーなどを購入。韓国にもこんな品揃えの豊富な使いやすいネットショップってあるんかしら??・・・・レッドパームオイルも太白ごま油もなかなかこちらでは貴重なオイルなのですよ~楽天アフィリエイトって何??・・・と思って勉強がてら上記のお店のリンクを貼ってみましたが・・・( みなさん、これってそんなに利益ある?? ) いろいろ見てたら、パン作りもまたしたくなってきて時間もないくせに、いつもやりたいことだらけの私です。
2006年08月04日
翌朝、寝室の窓を一度開けた。昨日、寝る前にも実は一度、子供たちがちゃんと寝てるのを確認してから事故現場を見ていた。そこにはまず、車の4つのタイヤの位置と思われる跡が白いチョークで描かれてあり、その後ろ側にはすーっと何かを引きずったような黒々とした跡が残っていた。また少し離れた場所には黒々とした水溜りのようなものがあった。電燈がちゃんと灯ってる飲食店街の通りではあるが夜はこの2階から路面まではくっきりと見えなかった。今朝は窓を開けて、ざっと見てみたのだが一見、昨日とさして印象は変わらなかった。しかし、よく見てみると引きずり跡は思ったよりも長くてまた、すーっと線になってる部分は半分ほどであとはぶち模様に点々とした跡が連なっている状態だった。昨日の晩の薄明かりのなかで見たのよりも実はずっと凄惨な事故現場だったのでまたショックを受けた。今朝も朝から暑い・・・こうして窓を開けてあたりを見回してもいつもと変わらない通りの様子で昨日の大騒ぎがうそのようだ・・・何食わぬ顔で、その引きずり跡をふんずけて人々は忙しそうに通り過ぎていく・・・・昼過ぎまで、昨日のことを誰に聞こうか、とずっと考えていた。お昼を準備するために現場のまん前の精肉店にちょうど肉を買いに行くつもりだったのでそこで情報を仕入れてこようか、と思う。でも、精肉店に行くには引きずり跡がくっきりと残るあの道路の上を歩いていかないと行けないのだ。なんか、昨日の今日じゃない・・・まだあそこは通りたくない・・・そんな気分だった。案外、小心者の私・・・血の跡なんか見たくないし起きたてほやほやの死亡事故現場なんてそうとわかってわざわざ通り過ぎるもんじゃない・・・肉やはやっぱり行きたくない。肉は別になくてもいいや、思う。お好み焼きがしたかったので、豚肉の薄切りが欲しかったんだけど牛のひき肉が残ってたから、それで作ればいいや、と思う。それで、キャベツを刻み始めて、ねぎも刻んでタマゴも入れて、小麦粉・・・調理にとりかかったところで小麦粉が足りないのに気付いてウチのすぐ下のスーパー(雑貨や)へ買いに行った。結局、そのスーパーで私は事故の情報をチラッと聞くことになった。結論から言うと・・・人は死んではいなかった。まず、すごくほっとした・・・でも、やはりショックだったのはその嗚咽していたおばさんは事故の被害者本人でおばさんは若い男の乗った車に引っ掛けられてそのままかなり引きずられていったらしい。男は知らずに引きずったということだ。そしておばさんも車が近づいてきたことをちゃんと見てなかったらしいのだが・・では、私があの時に聞いたエンジンをふかすような異様な音はナンだったのだろう・・・ひどく意地悪な考え方かもしれないが車の男はおばさんが自分の行く先を横切って堂々とわれ先に渡ろうとしたのをとっさに不快に思い車がその車体でその歩行者を横切ればおばさんは道を譲歩すると思ったんじゃないか・・実際、韓国人ドライバーでそういうことをする人間は山といる。譲歩ということを知らない人があまりにも多い。これは全く、あのエンジンをふかすような音の理由がわからないので、私が勝手に予測してることだ。男はおばさんと車が接触した瞬間はわかったんじゃないんだろうか・・でも車体とちょっと接触した程度だと思ったのにやけにタイヤが重たかったかおばさんが車に乗りかかりでもして車の通行を邪魔してるとでも思ったのかスムーズに走れないので、それを振り切るかのように思いっきりアクセル踏み込んだ・・・とか・・・おばさんは足を怪我したそうだが韓国語のニュアンスが私にうまく伝わらなかった部分もあって片足か両足かもわからないしぐちゃぐちゃだった、ということなのかもしれないしとにかく足をやられたということだ。タイヤはそりゃあ、重たかっただろう・・・でも、私は、こういう事故のことや、車全般も全くの門外漢なので(免許はあるんだけどね、日本で2年だけ乗って後はペーパーなんです)こういうシチュエーションが現実ありえるのかどうかも、よくわからないのだ・・・これは、全て、あの異様なエンジン(というか、今から思えばアクセルをふかしたっていうのか)の音ゆえに思ったことだけど・・・それか、車の男は、本当に全く、おばさんの存在には気付かないまま道路を右折して、そのままおばさんを知らずに引きずっていたのを「あれ、なんかタイヤ重いなぁ」とか思って思い切りアクセルふんだんだろうか・・・何度も何度も??・・・・またきっとどこかでこのハナシは絶対耳にすると思うから(Pオンマあたりが、頼まなくても詳し~く向こうから教えてくれそうな気がする)そのうちそのナゾも解けるとは思うんだけど・・・ああ、なんか書いとかないと心に変な残り方しそうだったので書いてしまいました・・・毎日、健康に無事に過ごせたらそれだけで幸せよね・・・子供も夫も、いてくれるだけで、感謝。こういう、死を意識することがふと日常に起こったりするとやっぱり人間って平らにならざるを得ないというか、自分の傲慢さや怠慢さを、急に猛省したりするわけ・・・生きてるだけで、感謝。すべてに感謝。 りりあん 拝
2006年08月03日
8月1日にこのブログで友達を事故で亡くしたことを書いたのだが昨日(2日)、我が家の建物のすぐ横の道路でも事故が起こったのだ。私はその瞬間を知っている。ただし、見たのではなくて聞いていた・・・事故現場は寝室の窓を開けてすぐ見下ろせる場所でウチは2階なので、寝室からならその声や音はしっかり聞き取れるし現場全景を見渡せる。私はその時、長女と共にその寝室にいた。最初、車のエンジンを何度も何度もふかす音が何秒か続いた。それは暴走族が他人を威嚇するような意思を持った音にも聞こえたし車が故障か何かで異常な反応をしたような音にも聞こえた。一瞬、それが止んだかと思ったらわあーっと騒ぐおばさんらしき声がして車のバンパーのようなものをドンドンドンドン叩く音と共に泣き喚く声が周囲に響き渡り、それはやがて低い悲しみに満ちた嗚咽へと変わっていった・・・「ああ、どうして、どうして・・」そればかりを繰り返す。その後ちょっとして、やっとそのおばさんに何かを話しかけるような男の声が聞こえた。ここで、何が起こったのか、私はすぐに察したのでそれ以上その嗚咽を聞き続けるのが怖くてたまらなかった。一緒にいた長女も、すぐに耳を塞いで怖いと言った。でも外を確かめようと立ち上がろうとしたので、別の話題をもち出して、私は彼女を落ち着かせてなんでもないかのように振舞った。書けばこんな短い記述で終わってしまうがその間に自分の味わった恐怖は、ちょっとコトバでは言えないくらいだ。子供の急な発熱や腹痛でよく深夜や明け方に大学病院の救急センターに駆け込むことがあるがそこで一度、こういう低く太い嗚咽を聞いたことがあった。カーテンの間仕切りの向こうからその嗚咽と共に物々しい重苦しい空気が伝わってきてその場には居た堪れなくなり、思わず耳をふさぎたくなった。とっさに、瀕死の状態か、あるいは死を宣告されたのかとそう考えて、とても怖かったのを覚えている。エンジンをふかす音とオバサンの嗚咽・・・相関関係がよくわからなかったが、何か重大なことが起こったのは確かだった。外に確かめに行く勇気なんてもちろんない。しばらく台所でひとり、ナンなんだろう、ナンなんだろうとずっと考えていた。誰かが亡くなったに違いないと思う・・・目の前で愛する人が無残な姿になって・・・・そう考えてはみたが、外が騒がしくなる様子もなくしばらくは台所から見える表通りに現場のほうを向いて突っ立って様子を伺ってる男性がいるのを自分もまた伺っているような状態だった。「やっぱり、たいしたことじゃなかったのかなぁ。 韓国のアジュマって、おおげさだからなぁ。 飼い犬が車にでも轢かれたのかなぁ・・・」だんだんそう思い始めて、ちょっといやな胸騒ぎも収まってきたところに外で車のせわしいクラクションの音が鳴り始めた。その日はずっと暑かったのでエアコンをつけたり消したりして過ごしていた関係で台所の窓も閉め切ったままだったが暗い外の様子を明るいウチの窓からは反射で見えなかったところをやっと窓を開けてしっかり外の様子を見てみると・・・・いつの間にか現場周辺は人だかりが出来てたぶんパトカーも来ていただろう、赤いランプがあたりをチカチカと照らしており事故車を止めてた関係だろうか、狭い通りは一方通行となりそれで車が何台も立ち往生しているような有様だった・・・寝室側に面した道路では笛を吹きながら警官が交通規制をしている様子でもうこれはやっぱりタダことではなかったんだと改めて心臓がまたドキドキしてきた・・・外に出て行くのはやっぱり出来なかった。私はその事故の一部始終を聞いていたので「ナンダナンダ」と言って外が騒がしいのに気付いていそいそ出かけていく野次馬とも、また違った心境だった。でも外に出て行った近所の人の中には私のように自宅でその事故の一部始終を聞いていた人も何人かはいただろう。またしばらくして救急車がやってくる音がした。何でまだ来ないんだろうと、オバサンの嗚咽からずっと思ってたのだから時間にするともうすでに30分くらいは経っていたと思う。大き目の、中が全く見えない救急車だったことと随分遅れてやってきた印象だったので私はとっさに、もう誰の目からも死んでることは明らかな人を乗せるから中の見えない救急車が、しかもこんな遅くにやってきたんだ・・・と思った。もう、どうしようか、と思う。自分ちのまん前が死亡事故現場になってしまっただなんて・・・明日、現場の前を通ったら花束の山が出来てるんだろうか・・・明日はこの話題でこの近所は持ちきりになるんだろうか・・・(ああ、えらいことになった・・・)現場のほうはあえて見まいとしていたが救急車ももう行ってしまったし、あとはだんだん治まってくるだろうとすこし落ち着いた気持ちで、現場がちらっと見えるベランダに出てみて道路を恐る恐る見てみると、そこには白チョークで半円形の跡が描かれていた。そして警官がまだそこにいて、現場検証をしているようだった。寝室からは全て見えるので本当はそこの窓を開けたかったのだが長女がさっきからかなり気になってる様子だったので彼女にあまりショッキングなものを見せたくなくてこの事故に関心のない振りをしてきたのだがベランダに出たときに、やっぱり悟られた・・・しっかりと確認もしないまま何が起こったのかもわからず異様なエンジンの音と、おばさんの嗚咽だけがずっしりと耳に残ったまま誰か死んだに違いないと半ば確信してもいたので頭の中はもうその事故のことでいっぱいで何も手につかなくなっていた。結局その晩は、午前四時(今日だけど)まで眠れなかった・・・
2006年08月03日

今日も朝からいいお天気・・・・午前中、気分良くアレコレ家のことをしていると郵便局のアジョシが小包を届けに来てくれた。待ってましたぁ~ それは実家からのもので中には『ゆ』さんからの小包も入ってるはず・・・さっそく、『ゆ』さんの送ってくださったものを開封してみると、なにやら一杯入ってますよ・・・なんと、せっけんは4種類も頂きました。(写真上では剥がしてありますが)ビニール包装の上からでもい~い香りが漂っていて、開封する前からとてもわくわくしました。頂いたものをまとめて写真に収めてみました。乾燥した葉っぱで、くるくると丸まってるいい香りのアレはもしかして、月桃の葉なんでしょうか??・・・では、頂いたせっけんひとつひとつ、ご紹介しましょうね。「牧場の恵み」・・・乳清入り。フランジュパニFO。 それに温泉水使用なんですね・・さすが九州だなぁ~ この側面の波なみカット、これがすごく効いてる。 「花菜(はなな)」・・・菜種油に綿実油なんて、どんな泡が立つんでしょうね(ワクワク) フルーツ系FO。 あ、これも温泉水なんですね。 このルックスといい、FOの香りといい、 どこか、エキゾチックな感じがします。 (EMパウダーも入ってるんでしたよね?)「椿華(ちんか)」・・・椿油入り。香りはアップルブロッサムFO。 温泉水。茶色の模様はレッドクレイなんですね。 この茶色のうねりと、型入れ時に波打たせた表面の模様が 調和してハーモニーを奏でています。ナイスですねぇ。「うねり塩」・・・これには天然塩がはいってるんですね。 塩入りせっけん、私も挑戦したいな・・ でも、こんなにデザインとうまくマッチした素敵な塩石けん、 私には作れないなぁ。。 すーっと細くたなびいて消えていく、この緑の模様に うっとりしてしまいます。 色はカララント使用だそうです。『ゆ』さんのせっけんは、とても表情が豊かで写真に撮るとき、とっても楽しかったですよ。私が「ツボ」だと感じた角度で撮って見ましたが『ゆ』さんのせっけんの魅力が、みなさんにもきちんとお伝えできたでしょうか??・・・『ゆ』さん、この度はいろいろとお気遣いいただき誠にありがとうございました。さっそく、せっけん使わせていただきます・・・でももったいないから、もうちょっと香りくんくんして毎日見つめてるだけかも!!またしましょうね。
2006年08月02日
せっけん交換をしていただいた『ゆ』さんにご連絡です。今日、午前中にやっと実家から送られてきましたよ。『ゆ』さんのせっけんをついに手にとることが出来ました~ ああ、とってもいい香り~~ 取り急ぎ、ご連絡いたしました。みなさま、『ゆ』さんのせっけん、今日中にでもアップしますね、お楽しみに!!
2006年08月02日
コレを書いている今、時刻は午後7時になろうとしている・・・まだ外は明るく、夕日に建物の一部が輝いているのがここ、PCのある部屋からも見える。窓を開けてもさほど涼しくはないけれどそれでも木々の葉を揺らしながら風がときどき通り過ぎてゆく・・・17年前の今日は、彼の遺影にお線香を上げて下宿に帰ってきてから、午後は何にも手につかず、ずっと窓を開けて空を見上げながらなぜだかディオンヌ・ワーウィックのテープをずっと聞くともなく、ただ何度も何度もかけていたことを記憶している。17年前の夕刻も、今日のようなこんな真っ青な空にどこかの建物が夕日を浴びて光っていたのだろうか・・・・ ★ ★ ★ ★ そのボーカリストが「あいつ、辞めました」と言ったとき、(てめえは俺らをからかいに来たのか・・)というニュアンスだった。もちろん、違う。私は知らなかったのだから、彼が死んだことを・・・私は、(何を言ってるのか、よくわからない・・)という顔をしていたんだろう、その表情を見た彼は、急に怒ったような顔つきがふっと和らいで「あいつ、死にました。」そういったのだった。それは(キミは本当に全く知らなかったのか??・・)とむしろびっくりしているようであった。「友達だったの?」「はい・・・でも、いつ??」「6月3日、事故だった」私は、ここまで聞いて、その時いったいどんな心境だったのか・・実は今、それを思い出して書いてみようとしても思い出せないのだ、正直に言うと・・・このあたりのことが、もうわからなくなっている。人の死をこんなふうにして知らされたのはそのときが多分生まれて初めてだった。いや、これからもそんなに多くはないと思う。頻繁に会うような友達でもなくたまに電話が掛かってきたり偶然街で出会ったりする程度だった。だからずっと会ってなくていきなり死んだって言われても、正直、ピンと来なかったんだろう。「死んだ」と教えてくれてる相手の真剣な表情でしかその信憑性が判断できない・・・といった感じだっただろう。もう、そのボーカルの彼とはその場ではそれ以上話す内容はなかった。ああ、そうだったか・・・やっとその時飲み込めた。今日のライブは、あのMCは・・・・多分、あのライブ会場で彼の死を知らなかった人間は私1人だったに違いない・・・・みんな知っていたんだな・・・私だけが何にも知らず・・・後半のステージは、もう見なかった。一緒に来ていたBに、もう帰ろうと言って先輩と、先輩のバンドのボーカルのお姉さんにだけは挨拶してさっさとライブハウスを後にした。そのボーカルのお姉さんは「え、りりあん、知らなかったん? 事故やったそうやねぇ・・・ え、友達やったん??・・そうかぁ~ でも、今日のはめっちゃ重たいわー、重すぎるわー」とか言いながらばいば~い、と手を振って私たちを見送ってくれた。なんだか、そのコトバを聞いていてもこれって現実??・・・って思うのだった。とにかく、明日彼のウチに電話をかけてあさってにでも彼のご両親に会いたいと思った。今夜はもう1人では過ごせない、と思う。自分の下宿に帰ったらいろんな想像で胸が張り裂けるんじゃないかと思ったからBのところにその晩は転がり込むことにした。親友であり、バンド仲間でもあったBとその日はどうやって夜を明かしたのかよく覚えていない・・・いつもは深夜放送を見ながらコーヒーを飲みながらとりとめのない音楽談義とか・・・・でもその日は何して過ごしたんだろう・・・たった一つ、その晩にBが私に言った言葉で覚えてるのがある。私も実はそう思うんだよー、と自分でいいながら一瞬背中がブルっとしたことを思い出す。ライブハウスに向かう数時間前から「出会いの予感だ」と私が騒いで「なんかあるよ、きっとあるよ」とそわそわしていたのを彼女だけは知っている。(やっぱり、Bもそう思ったんだ・・・)・・・・りりあん、今日は彼に呼び出されたんだね・・・
2006年08月01日
なんせ、17年も前のことだ・・当時のことを書くのは記憶の断片をかき集めてストーリーに仕上げていく作業になる。私には目に焼きついたもの、耳に聞こえた音楽、心に受けた痛みの感覚・・・それだけが、頼り・・・でもこれらがある限りは今でもあの当時の衝撃がふと蘇ってくることもあるのだ。それは、昨日のことのようにありありと・・・ ★ ★ ★ ★ ★Rのステージはとても重々しい雰囲気に包まれていた。もともと重たいブルースを演るバンドではあったがその日はそんなこととは関係が、もちろんなかった。リーダーのボーカリストが私には意味不明のMCをするのだ。俺たち、やっとこうしてバンド再開することにした・・・ってそれ、ベーシストのI君が脱退してバンド活動が一時中断したってこと??・・・・すすり泣きし始める女の子もいた。意味不明のMCは淡々と行われ誰も身動きひとつせず、黙って頭をうなだれて聞いてるだけだ。I君の脱退と、このライブの異様さとは何か関係があるのだろうか・・・核心に触れるようなハナシをボーカリストはあえてしていない、ということに私はもうとっくに気付いていた。ただ、つらかったというせりふだけを淡々と語るのだった。ステージが終わったら、確かめないといけない。(I君と何があったのですか??・・・ 是非教えてください。 私?・・・私はI君の友人です・・・)重たい空気が立ち込める中いったん休憩時間になったので私はさっきのボーカリストをフロアでまた捜した。でも、見つからないのでそばにいた誰かに、さっきのボーカリストと話がしたい旨を伝え彼を呼んでくれるように頼んだ。すると人を2人ほど介してボーカリストはやっと私の目の前に現れた。その間、心臓がバクバクして自分が何をしているのかもわからないくらい、平常心ではなかったことを今でもはっきりと覚えている。全く事情を知らない、単なるI君のいちファンか・・場の空気も読めてないのか、と受け取られるだろうことももちろん予想していたけど、私にはそれどころではなかった。本当のことを知りたい一心でその気難しそうなボーカリストを大胆にも呼び出した。現れた彼は、私を見てうまく事情がつかめないと言った感じだった。そんな彼を前にして、私がいきなりこう切り出した。「I君、どうしたんですか」「・・・・・」「I君、辞めたんですか」「・・・・・」すごい怖い顔でジッと黙っていたのでやっぱり聞いたことを後悔した・・・しばらく、何も言えなくなって私も黙ったままでいたがボーカリストはそのうち怒った口調でこう言った。「あいつ、辞めました!」私は、彼が「あいつ、辞めました」といった時その言葉がうそだということを、なぜか、直感的に感じた。そして、やっぱり、次に彼が何かを付け加えるだろうということも直感的に感じていたので、ただ黙って、次に来る言葉をじっと待っていた。周囲の雑談する声やら、カウンターでドリンクを受け渡しする従業員やら客やらタバコを吸いに出てゆく人やら、トイレに立つ人やら・・・ライブハウスの狭いフロアには人がごった返していた。その人いきれと喧騒の中しばし、立ち尽くして真剣な表情でただ見詰め合う私たちだったが・・次に彼から唐突に出てきた言葉をたぶん、私は一生忘れない・・・・「あいつ・・・・死にました。」
2006年08月01日
もう、かれこれ17年も前のこと・・・あの日も朝から暑かった。私は毎年、8月1日はどうしていつも天気が良くて暑いんだろうか・・・と思っているのだが今日もやっぱり暑かった。暑いからこそまた今年も思い出してしまう。あの日の午後、彼の家から帰る途中に見た真っ青な空に浮かんでる真っ白なモコモコの入道雲を・・・・ その日、私は混沌としていた。(あれは本当のことだった・・・ 本当に彼はもう・・・ つい今しがた、引き伸ばされた大きな写真を ちゃんとこの目で見てきたじゃないか・・・ 彼が愛用していた形見の白いベースも 沢山の花束の横に飾られてたじゃないか・・・・ お父さんお母さんとも ちゃんとお話してきたじゃない・・・・ 何かのお芝居・・・)だったらどれだけ良かっただろうか・・・でも、どう考えても、それは現実だった。(だいたい、だれがこんな大芝居を 何のトクがあって打つというのだ・・・)彼はやっぱりこの世を去ってしまったのだった・・・・そもそも、私がテレビも新聞もない生活をしていたもんだから知るのがおそくなってしまったのもある。でも、彼の友達なら、みんな電話で連絡を回しあってお通夜もお葬式も参列したのにわたしったら、何にも知らずに二ヶ月近く、過ごしてた・・・誰も教えてくれる人がいなかったから。下宿先の大家さんちの車庫に積んであった古新聞の山から当時の日付の新聞を引っ張り出してくるとそこには結構大きく彼の死の記事が載っていた。彼は高速道路で起きた玉突き衝突事故に巻き込まれたのだ、でもその事故が直接の原因ではなかった。事故で自分が乗っていた車が立ち往生して事故発生を知らせる必要があると思った彼は電話をかけに乗っていた車を下りて道路へと・・・・そのとき後ろから走ってきたトラックにはねられて即死だったのだそうだ。先輩のライブが夕方、とあるライブハウスであるというのでバンドメンバーのBと2人で駆けつけたのは、7月30日のことだった。私は、彼の死を、その日ライブハウスの喧騒の中で知った。先輩のバンドの対バンが、彼のバンドRであった。ライブハウスの入り口で彼のバンドが出演することを知り私は開演前の人ごみの中を掻き分けるようにして一生懸命に彼を捜していた。でもどこを捜しても彼はいない。だいたい、Rのメンバーの顔も知らなかったのでメンバーに聞くわけにもいかなかった・・・それでそのままライブは幕を開けた。先輩のステージはトップだった。そのバンドのボーカルは私もよく知ってる女性。知ってる仲間のステージなのだからもっと一緒に楽しめたらいいんだけどその日、私はその会場へ入る数時間前からえもいわれぬ胸騒ぎを感じていて食事ものどを通らないほど何かある、何かある、とずっと感じていたのだった・・・(Bとマクドナルドで腹ごしらえしてから 会場へ向かおうということでセットメニューを注文したが 私が食べれたのは、フライドポテト数本のみ・・・・)その胸騒ぎとは楽しい予定を目の前にしておしりがムズムズするような、そんな現実的に身体で感じる確かな感覚・・(って、わかる??)はっきり言ってしまえば「出会いの予感」・・だった。今回彼のバンドが出演すると知った時点で私はこう思った・・・あの胸騒ぎは彼が何かこれから私にとって特別な存在になるという霊感めいたものだったのか・・・でも、その肝心の彼の姿が会場内に見当たらず、なんだか変だとも感じ始めていたそのとき・・・・Rのステージが始まろうとしていた。薄暗い照明のなか、メンバーがひとり、またひとりステージに上がってきて自分の定位置に立ち始め音だしのチェックをし始めた。暗くてベーシストの顔がよく見えない。(彼のベースは何色だったっけ、あんなクロっぽい色だった??・・・)判断がつかないまま、ステージが明るくなるのを待っていた。そして、ついに演奏が始まり音と同時に照明がメンバーたちを照らす。私はベーシストの顔を見た。それは、彼ではなかった・・・・
2006年08月01日
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