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昨日の富士海岸の朝日「リヤカー引き5大陸踏破へ 鳥取市の吉田さん挑戦」 鳥取市在住の会社員、吉田正仁さん(27)が、リヤカーを引きながらの単独徒歩5大陸踏破を計画している。手始めに今年末から3年半かけてユーラシア、アフリカ両大陸を歩き、サハラ砂漠やパミール高原など難所にも挑む考え。「困難だがそのつもりで準備している。ぜひ実現したい」と意気込んでいる。(日本海新聞 2008年10月07日)吉田正仁さんが中国甘粛省張掖付近をリアカーをひきながら歩いています。先日は3000mもある山を、雪に降られながらたった一人で超えました。頼るのは自分だけ。まさに自分との戦いです。http://alkinist.blog111.fc2.com/同じ時期に、芸能人・間寛平さんが地球一周のアースマラソンに挑んでいます。今年60歳になる還暦の挑戦です。その意気に脱帽しています。太平洋を小型ヨットで横断し、現在ネバダ州を走っています。http://www.earth-marathon.com/もう一人すばらしい人がいます。宮崎県知事・東国原英夫さんです。毎日の知事としての仕事に加えて、宮崎県応援団長でマスコミにも登場しています。全国で開催される宮崎物産展のイベントへの応援もあります。東京などへ日参しとんぼ返りも度々ですが、そんな超過密スケジュールの中でマラソン大会へ出場されています。そのために、日頃から空港~ホテルを夜間走るなど、10~20km走り、いつも練習を怠りません。他の政治家諸兄は大いに見習わなければなりません。内閣総理大臣の人気が問題視されているので、この際、東国原英夫さんを総理にしてみませんか?http://ameblo.jp/higashi-blog/以上ご紹介した皆さんは、言葉通り「体を張って」活躍されています。どこかの党首のように「俺は悪くない」とか、言い逃れに終始していません。私たちも、不言実行でも有言実行でもいいのですが、体を張って行動しましょう。
2009年03月28日
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AM 5:55 今朝の朝日永い闇が明けて一瞬 朝日が輝く決して 忘れ去ってはいないとこの光を遮るのはあなたの こころの曇りであるそれは あなたの誤解から生じているあなたが 愛されていないと信じたから愛されていないものがこの世界に存在するはずがないしかし あなたはいまだに誤解している愛されるためには なにかが必要だとこの世界は 「大いなる光」が創造したすべてが存在する この世界に愛されるために 必要なものはないもしも 必要なものがあるとするならあなたが 存在することであるあなたは 「大いなる光」の愛するものだから あなたは祝福されている自らを 悲しむことをやめなさい自らを 苦しむことをやめなさいそれは 「大いなる光」を悲しませ苦しませることになるから大いに歓びなさい大いに楽しみなさいそれは 「大いなる光」を歓ばせ楽しませることになるからあなたは いつでも どこにいても「大いなる光」と ともにいます
2009年03月26日
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富士市の自宅へ帰りました。11日振りです。1月14日からの走行距離は、約8000kmです。自分でもよく移動していると思います。以前は飛行機を利用していたところへ、車を運転して行くのですから。数箇所へ立ち寄ることになったので、このような形になりました。主催者の皆様には感謝しています。移動している間は、自分が運転していなければ仮眠か瞑想しています。ですから、無駄な時間はありません。今日も徳島県から520kmを移動する約7時間で、幾つかの気づきや改善ができました。この気づきを利用して、明日からのワークが始まります。人は基本的に同じように思われていますが、「十人十色」と言われているように、一人ひとりが異なります。この違いの原因が気になっていました。いまは多分、「魂」の状態であろうと思います。数千年~数万年前転生を開始したとき、すべての魂は同じだったのでしょう。小学校の同窓生が還暦を迎えてから集まったら、大きな差があるでしょう。数千年、数万年前も経ったら、天と地ほどの差になることもあるでしょう。これは差別ではなく、経験の違いが原因でしょう。神様は自由な選択をさせてくれるので、学ぶ人生を選択する人と学ばない人の差が出るのは当然です。学ぶ人生を選択する人は魂が成長しているので、今回の人生でも更に学ぶ方へその人を導いて行くことでしょう。学ばなかった魂は、今回の人生でも学ぶ方へ導くことはないでしょう。学ばないということは、動物と同じように生存と生殖本能だけで生きることを意味します。自分の領域を維持拡大するために、戦いを続けるでしょう。その結果、地球と人類はこのような状態になってしまったのでしょう。しかし、このまま人類が滅亡することを魂が望むとは思えません。高次元や意識の高い天体から、メッセンジャーたちが送られて来ました。孔子、ソクラテス、釈迦、イエスなど聖人と呼ばれる人たちです。彼らがメッセージを伝えても、それを正確に理解できるレベルでなかったために誤解が生じて、残念なことに宗教化されてしまいました。彼らのメッセージを実現するのではなく、彼らを信仰対象にしてしまったのでした。地球人類の魂レベルが未熟なのでしょう。この事実を見て、高次元や意識の高い天体の存在は方針を変更しました。未熟な魂の地球人の中へ、進歩した魂を転生させることにしたのでしょう。そして進歩した魂の地球人が5(?)パーセントに達したとき、地球人の意識が一気に変化し成長することを目指したのだと思います。原子炉の運転を開始するために、燃料棒を挿入していきます。そして臨界点に達したとき、原子炉内で核分裂反応が始まります。いま人類は、臨界点に向けて燃料棒を挿入している状態でしょう。もしかすると、2012年12月にそれが臨界点に達するのかも知れません。私たちは微力ながら、臨界点へ向けて作業を急ピッチで続けています。世界中にいる仲間たちも、その作業を続けていると思っています。結果は求めないで淡々と粛々と、情熱をもって作業を続けます。
2009年03月23日
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昨日の朝日です。昨夜から強風が吹いています。久しぶりで強風が吹く音を聞いています。強風の中に身を置くことが好きです。御前崎灯台に上り太平洋を渡ってくる風が、私の体を吹き抜ける感覚が大好きでした。ずっと昔、私には風だった記憶があるのかも知れません。人はかって、人以外の経験をしたかも知れません。空に浮かぶ雲や流れる水やきらめく星であったかも。もしもそうなら、いま自分にこんなに執着しなくてもいいでしょう。あるがままに、流れるままに、そのままでいいでしょう。そうなったら、戦いや比較や羨望や失望は無くなるでしょう。世界人類は平和になるでしょう。今日中に予定を終了し、明日富士市の自宅へ帰ります。
2009年03月22日
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ツアーが始まり、早くも一週間が経ちました。 愛媛県での予定を終了し、徳島県でセミナーを開催しています。 宿泊している施設は、私にとって最高です。 広大な空間、海と風、しかも夜間は殆ど無人です。 誰もいないこと、なにもないことは、実はとても豊なことです。 なぜなら、そこには無限の可能性があるからです。 画家の真っ白なキャンバス、詩人の真っ白なノート、陶芸家の粘土など・・・ 夢を創造する人は、そこに無限の可能性を見るでしょう。 目の前の現実に埋没し、流されるだけの人は、夢も創造も別の世界のことでしょう。 見た目には同じ人間でも、考えていることや住んでいる世界は異なります。 豊かな人生とは、無限の可能性を持ち、無限の夢を創造することでしょう。 肉体の本能である生存と生殖だけに支配されていたら、せっかく人間に生まれた大きなチャンスを無駄にしてしまうでしょう。 人間の最大の能力は、創造力です。 その創造力を神様と同じように、無限の愛の創造に使えたらいいですね。 いままでは残念なことに、不安と恐怖の創造ばかりしてきました。 新しい世紀が愛の創造の世紀になりますように。
2009年03月20日
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今朝の富士海岸です。すばらしい天気ですね。風は冷たいけれど、陽ざしは春そのものです。明日から11日間のツアーです。先月よりも2日間短いので、少しは楽かも知れません。私がお役に立てるなら、どこへでも出かけて行きます。日本国内は元より、外国へも行きたいと思っています。私たちが行っているのはヒーリングやカウンセリングです。お医者さまが行う医療行為ではありません。お医者さまは、診察や検査がすばらしいと思います。様々な機械を駆使して、病巣を明らかにしてくれます。私たちは病気を治すことよりも、病気にならないことをお勧めしています。そのために、ストレスを溜めない生き方を提案しています。具体的には、自分を無力化することをやめて、自然や宇宙と一体になった考え方になれば、とてもパワフルになって健康も希望も実現するでしょう。この希望は宇宙的な存在としての希望ですから、贅沢や虚栄とは無縁です。いままで見えなかった地下の流れが表面へ現れたかのように、ここ数年で大きな変化が起こっていると思います。いま、前世や過去生と言っても、それほど奇異に思われません。魂という言葉も、幽霊と同一視されることもありません。「お金だけが人生の目的ではない。」と言っても。同意してくれます。もう新しい世界が始まっているのを感じます。LORAN Festival 3rd in Shizuoka の開催まで1ヶ月半です。5月3日にJR東静岡駅前のグランシップで開催します。ブログ読者の皆様に、ご招待券を差し上げます。枚数に制限がありますので、ご希望があったら早めにお申込ください。
2009年03月12日
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軍隊が必要と思っている人が殆どです。なぜなら、「軍隊が自分を守ってくれるから」と信じているからでしょう。いまから140年前まで、日本は大名と呼ばれる人たちに支配されていました。戦国時代など、90%の民衆は飢餓に苦しみました。大名は自国を守るために軍事費が必要です。そのため年貢が重く民衆はいつも苦しみました。明治政府になっても、西南戦争、日清戦争、日露戦争と続いていたので、その戦費調達のため、民衆はいつも苦しみました。そしていまも、構造的にはなにも変わってはいません。世界中の民衆は、戦争の軍事費(戦費)のために苦しめられています。その軍事費の総額は、1年間で 1000兆円にも上るそうです。こんな膨大な金額が、人殺しのために民衆から巻き上げられています。世界中の民衆は、誰一人として人殺しをしたい人はいません。家族を殺されることを望む人もいません。それなら、世界中の人々が「永遠に戦争をやめる。」という意志表示をしたらどうでしょう。具体的には、「永遠に戦争をやめる。」ことに「イエス」か「ノー」かの投票をしたらどうでしょうか?憲法の改正には、三分の二の賛成があればいいことになっています。世界中の民衆の三分の二が賛成したら、「永遠に戦争をやめる。」のです。軍隊が無くなります。軍事費が無くなります。若者が軍隊へ行かなくてすみます。人殺しの訓練をしなくてすみます。そして平和になります。税金が少なくなります。その分、働らく必要が無くなります。無駄な資源の消費やエネルギーの消費が減少します。廃棄物も減少します。こんなにすばらしいことが実現します。あなたはこれに賛成しますか?
2009年03月11日
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今朝の九十九里海岸です。雨が上がったので、九十九里海岸へ行きました。長大な海岸線は、数人の人がいるだけでした。一人のサーファーも見かけないのは、珍しいことです。勘違いの最たるものは、「神さま」でしょう。先ず不思議なことは、「神さま」を信じていない人がいないことです。無神論者という人もいますが、本当に無神論なら反対もしません。自分の意識の中に、「神さま」がいないからです。神さまを否定する人は、いるという前提があるから否定するのでしょう。それならば無神論者もまた、有神論者であることになります。そう考えると、すべての人が有神論者であることになります。これは超不思議なことです。なぜなら、殆どの人が神さまに会ったり、お話したことがないからです。フランスのスペイン国境に近いルルドで14歳の少女が聖母マリアにであったと伝えられています。1858年から始まり、18回会ったそうです。年間、350万人もの人と、ローマ教皇もここを訪れているそうです。このことから、人々は、(教皇も含めて)神さまに会ったことはないことが分ります。会ったことがないのに、全員が神さまを信じていることが奇跡でしょう。どうしてこのような奇跡が起こるのでしょう。誰も神さまに会ったことがないのに、神さまを信じているなんて・・・私は次のように考えます。1 すべての人は、神さまがいることを知っている。(だから信じている。)2 しかし思い出せないでいる。(だから探し求めている。)3 神さまは外にはいません。自分の内側にいます。1960年代、ヴェトナム戦争でアメリカの若者たちが反戦運動を始めました。ニューエージ運動が起こり、ヒッピーが増加し、既成宗教や政治、モラルなどを否定しました。同じに精神世界といわれる運動も始まりました。これらは、既成の制度に対する疑問を、体当たりでぶつけた運動でした。いまでも精神世界と呼ばれる運動は続き、本屋さんには専門コーナーがあります。しかし、未だに神さまについての洞察は深くはありません。相変わらず、既成宗教の範疇を超えるものではありません。私はようやく、神さまとアクセスすることができました。お釈迦様、イエス・キリスト様、阿弥陀如来様、勢至菩薩様、観音菩薩様、太陽神ラー様、太陽の子アポロン様、海の神ネプチューン様、宇宙神天帝様、ラクシュミー神様、マヤ大王パカル・ヴォタン様、水の神様、火の神様、地球の神様です。お名前の分らない神様も何人かいらっしゃいます。なぜこのようなことができるのかというと、自分の内側に居られるので、そこへアクセスすればいいのです。2年前に「本質」と出会いましたが、そのときは、自分の内部で大声で笑ってビックリしました。「ワッハッハッ、俺だよ、お前の本質だよ。」と名乗られました。そして、どうして私がここにいるのかを説明してくれました。その直後現れたパカル・ヴォタン王は「待っていたよ」と言ってくれました。そして最後に現れたラクシュミー神は、「寒いから建物の中へ入りなさい。」と具体的に優しく言ってくれました。神さまの存在を誰でも知っているのでしょう。しかし、どこにいるかを忘れたために、神社仏閣教会などへ行くのでしょう。1960年代から始まった運動は、もう一度神さまと出会うために起こったのでしょう。そして、いま、ようやく神さまと再会する時期に来たのでしょう。
2009年03月10日
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久しぶりで千葉の自宅にいます。 お正月以来、2ヶ月以上来ていなかったことに気づきました。 外は昨夜以来の小雨が降っています。 周囲に家が少ないので通る車もなく、とても静かです。 こちらでは早くも、ウグイスが鳴いています。 富士市の海岸では、今月初めからヒバリがさえずっていました。 一雨ごとに、春が足早に近づいています。 来月になれば、田植えの準備が始まります。 そして来月中には、田植えが終わってしまうでしょう。 雨が降るのは自然の恵みであり、自然の恵みをいただいて生きている私たちは、自然の営みにもっと従順でなければならないでしょう。 自分の思い通りにならないことに腹を立てていたら、ストレスが溜まる一方です。 自分の思い通りになることはなにもないと、思っていたらいいですね。 そうなれたら、腹が立つことは無くなるでしょうね。 達人とはそんな人なのでしょう。 大河の流れを、思い通りにすることはできません。 流れにいかだを浮かべて流れに任せていれば、目的地へいつか到着するでしょう。 そのいかだの上で、風景や釣りや瞑想を楽しめたらいいですね。 「流れに逆らう者は滅び、任せるものは栄える」といいます。
2009年03月10日
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昨日の富士海岸の朝日です。ここ数日、ブログの日記の更新ができませんでした。いえ、毎日書いてはいるのですが、最後のところでまとまらなくなって、更新をやめてしまっていたからです。その理由は、タイトルのとおりです。「カラッポのカラッポ」になってしまったからです。今月初め、頭の中の大掃除をしました。するとなんと、頭蓋骨の中身がそっくり軽石状になって出てきました。もちろんこれはイメージの話で、「思考エネルギー」のことです。それを取り出して捨てると、雑音がまったく無くなってしまいました。その翌日、お腹の中に溜まっている「思いのエネルギー」を消すことにしました。これもイメージでうまく消すことができました。その結果、頭も体もカラッポのカラッポになり、まったく静寂そのものです。考えても、ス~っと消えてしまい、残留思考がないのです。文章を書いても、最後にまとめようと思っても、残留思考がないので、なにを書いていいのか分からなくなってしまうのです。夢を見ても、しゃぼんだまが飛ぶように消えてしまいます。一瞬で終わります。こうして数日経って、ようやく慣れてきました。つまり、思いつくだけ書けばいいということです。まとめはいらないのです。いま新しい人生を楽しんでいます。
2009年03月06日
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今朝の富士海岸は大荒れです。背後は伊豆半島です。今朝も、誰もいない海岸で瞑想しました。水平線から大波が砂浜へ、次々と寄せてきます。寒風が正面から吹きつけてきます。今朝はマスクを忘れなくてよかったです。昨日の好天が嘘のように思われます。「春に三日の天気なし」とは、よく言ったものです。時折、冷たい雨が降ってきます。天気予報では、今夜は雪に変わるようです。あと二十日あまりで「春分」ですが、「春は名のみの・・・」ですね。散歩するとつくしが芽を出しています。よもぎが群生していて、草餅を作りたくなります。いま摘めば、一番香りがいい草餅ができます。もくれんの白く清楚な花が、咲き出しています。今日は寒くても、やはり暖冬なのでしょう。「LORAN Festival 3rd in Shizuoka」の印刷物が仕上がりました。メンバーさんが、次々と受取に来られます。ポスターA4、同A2、ちらし(四つ折)、チケットです。ステキなポスターなので、部屋のアクセサリーにもなりそうです。ブログ読者の皆様へ、優待券をプレゼントします。ご住所、お名前をお知らせください。
2009年03月03日
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今朝の富士海岸の朝日勘違いシリーズの今回は「正義」です。辞書を引けば、「正しい道理や意義」と書いてあります。では、「正しい」という意味はなんでしょうか?「真っ直ぐで曲がっていない。道理にあっている。」と書いてあります。では「道理」とはなんでしょうか?「正しいすじみち。人の行うべき正しいみち。」と書いてあります。以上を見て、分かったような、分からないような気がします。「正しい」という言葉の主語は自分ですから、「自分にとって」です。ですから、自分にとって不都合なことは、「正しくない」ことになります。民族、文化、宗教、風習などが異なれば、更に大きな見解の相違があります。聖書を価値観の基準にしている欧米人は、家畜は食べるために神様が与えたが、クジラやイルカは家畜ではないから、食べてはいけないと言います。クジラに頼っていたイヌイットの一部は、たいへん困っています。「私は間違ったことをしたことがない。」と言う人たちがいます。その大部分の人は、「命令に忠実に生きている」だけです。この人たちは、戦争になれば命令に忠実に行動し、敵を殺します。64年前の戦争で戦った人に、なぜ人を殺したのかと問うても、「上官の命令に従っただけ」と答えるだけです。自分の責任を感じていません。自分が「殺人ロボット」だということに、なんの疑問も持たないのですから、恐ろしいことです。このような人たちは、「正しい=命令に忠実=ロボット」なのです。戦争がいつまでも終わらない理由は、このような理由によります。命令に忠実なロボットを作るために、教育が利用されています。上官や上司や先生の命令に従順であることが求められます。自分の主張は禁止され、疑問を持つことも禁止です。ただただ、命令に従うことが求められます。これが国家教育である学校教育の根本です。ですから、こんな窮屈な学校へ行きたくない子どもが増加しています。不登校児童は、ロボット化される危険を敏感に察知しているのでしょう。従順に学校へ行く子どもよりも、不登校児童の方が正常かも知れません。あなたは自分の理性を信じていますか?殺人命令が出たら、平気で人を殺せますか?みんなが殺せたら、自分も殺していいと思いますか?悪いことは悪いと、勇気を持って言えますか?いやなことはいやと、勇気を持って言えますか?誰もやらなくても、それが正しいと信じたら、一人行動できますか?
2009年03月02日
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