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8/31は、ダイアナ元妃9回目の命日です。 皇太子妃としては 皇太子に負けず決してお行儀がよかったわけではないけれど、 離婚後は、地雷撲滅運動に積極的に参加したり、チャリティーにドレスなどを寄付して、 平和のために尽力していました。 パリに行ったとき友人の車で、ダイアナの事故の場所を教えてもらいました。 セーヌ川沿いの首都高みたいな地下道であっという間に通り過ぎてしまいました。 スピードが出ているので停まれるような場所ではありません。 ボクが気にしていたことを知って、 彼はわざわざその地上部にある 「ダイアナ記念公園」に寄り道してくれました。 ダイアナ公園は、小さな公園で、金色のモニュメントが建っていました。 なぜか、いたずら書きがいっぱいで、ちょっと悲しかったです。 思うのですが、なぜにあのときパパラッチから逃げなくてはならなかったのか、と。 パリのリッツホテルに立ち寄ればパパラッチに追い回されるのは必然だったと思います。 サルディーニャ島(イタリア)にたっぷり休暇を楽しんでいたのに、わざわざ。サルディーニャ島は、ボクもまだ行ったことのないあこがれの島です。たらればですが、残念です。 アルファイド氏とつきあっていればいつかは の必然であったかもしれないのですが、、、天国で幸せに暮らしてください。
2006年08月31日
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ついに見たぞ! 「メトロ10000系」 月曜日 有楽町線のホームで、列車がでたとたんに、次の列車が来るというアナウンス。回送といっていたけど、電光板には「試運転」と出ている。 もしかして! と思ったらやっぱり、10000系だった。 まあ、9月から順次走り出すというので、さほどニュースではないけど。 有楽町線は7号線で、 以前の型式は 07系 その前は7000系。今度の10000系 というのはどんな番号なんだ!開業予定の13号線との共用型というのはわかるけど、それにしても変な番号だ。それに有楽町線のイメージカラー黄色でなく茶色というのもちょっと変! 有楽町線では07系投入から14年ぶりの新型だって! 年月の経つのは早いものである。以下、東京メトロHPより 10000系イラスト(メトロ初の液晶画面が2つ各ドア上に付く)
2006年08月29日
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ずっと見に行きたいと思いつつ、お子様向きかなと見に行かなかったのを来週で上映終了とのことで、ついに見てきました。 そうです! 「カーズ」 フェラーリに似たアメ車のレーシングカーのマックィーンが、 次のレースへの移送中にひょんな事から、 ハイウェイが開通してから寂れてしまった66号線の町「ラジエータースプリングス」に 紛れ込んでしまう。 キャラクターがすべて車! 観客まで念が入ったことに車! CGでそれぞれの車たちが人間以上に生き生き描かれていた。 エンドロールの最後に出てくるフォルクスワーゲンも羽が生えて飛んでいる虫になっていた。 景色はアリゾナであろうか? グランドキャニオンとかデスバレーのような、 見渡す限りのダイナミックな荒れ地を見下ろす風景描写のCGがすてきだ。 (ネタバレですが) 主人公のマックィーンが一番仲良くなったおんぼろレッカー車のメーター。 彼女役のポルシェを除けば、 出てくるキャラクターはみんな50年くらい前のアメ車だらけ。 いいなあ!そんなアメ車の流行っていた時代は知らないが、いまならあこがれの形の車ばかりだ。 今まで、一匹狼で1台で生きられると思っていた彼が、この寂れた町に住む車たちの優しい気持ちに触れて、彼がパトカーに追われて壊した道路の補修の罰則をやらされているうちに気持ちが変わって、「人のためになることはなんと楽しいことだろうか!」 ということに気付いて、みんなを幸せにして、なおかつレースに復帰して人気をつかむ物語。 ディズニーとピクサーの組んだアニメ、トイ・ストーリー、バグズ・ライフ、ニモ、インクレディブルは正直気に入っていなかった。 が、 今回のは大満足! これは男の子のための映画だ。もう1回見たい! ボクはヨーロッパ好きだけど、アメリカのルート66の旅もしてみたいなあ。
2006年08月26日
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パリのメトロ1号線 パリの町を北西から南西に斜めに走る主要路線です。 北の新凱旋門「アルシュ」のデファンセから、凱旋門・シャンゼリゼ・ルーブルを抜け、 南の玄関口リヨン駅、そしてバンセンヌのお城までの路線です。 全部数年前にこの型に置き換わりました。 「今日はなんだか落ち着かないワン!」 「でもメトロの中では静かにしとかないと、、、」 「ガードリヨン駅」 南方向のTGVの出発駅の乗換駅
2006年08月24日
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「太陽系に惑星が増える可能性あり」 と先週ニュースがあった。セレスとカロンと 2003UB313 の3つが惑星に昇格?12惑星!と学校で覚えるの大変になる とのニュースだったのが、昨日の夕刊には、逆に 冥王星も 小さすぎるから 惑星から「矮惑星」に格下げだって。まだ決着じゃないみたいだけど、「水・金・地・火・木・土・天・海」と現在の9惑星から逆に1つ減って、 8惑星で最終調整中だって。どうなるのでしょうか?
2006年08月24日
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マルセイユ Marseilleフランス第2の都市。古都リヨンから第2位の座を奪った港町。ジダンが育った町としても有名。ところがこんな有名なこの街に日本人はあまり関心を示さない。せいぜいブイヤベースくらいしか知らないであろう。 この街の入り口 「マルセイユ・サンシャルル駅」をご紹介します。パリからほぼ真南に下って最初に海(地中海)に行き着く町。 2階建てTGV TGVとローカル電車客車をこの駅まで引っ張ってきて、その列車が出発してしまったため、ホームに取り残された電気機関車 その駅は実は丘の上にあります。 まずは、町から坂を登って、階段を見上げるとその上に駅があります。 駅から向かいの丘の教会を望みます。 駅から町を見下ろします。 ※ ここはアフリカやアラブからのフランスの入り口だ。そのため治安状況は? とよく言われてしまうが、思ったほど悪くはないように思える。そして意外や意外、紀元前、もっと古いクロマニヨン人の壁画が発見されるような人類の歴史に関わるところだった。その話はまたいつか。
2006年08月23日
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最近、コンクリートで固められた壁面の使って、小学生とか地元のイラストの好きな人とかの絵がよく描かれている。なかなかいい絵もあって立ち止まってしまうことがある。 I am not a cat! 先日、知人との夕刻の待ち合わせで少し時間があったので、いつもだとバスを使う距離なのだけど、健康のため歩いてみた。せっかくなので道路脇でなく川を埋め立てた細長い公園を急いだ。折角の公園なのだけど、こどもたちはほとんど遊んでいない。おじいちゃんおばあちゃんと犬のお散歩くらい、、、ふと見かけた絵!いや、文字に惹かれた。 I’m not a cat!実は猫の絵のようなのだが、薄れていてよく見えない。王冠をかぶってる猫のような、、、 虎かなあ? 「ボクは猫じゃないよ」 ではなく、たぶん、「ボクはただの猫じゃないよ!」 と解釈するのが正しいんだろうな!学校ではそんな風には習わないだろうと思うのだけど、どんな子が描いたのだろうか!それとも、いい英語の先生がいて、このような用法を教えてくれたのだろうか? もっときれいなうちに見てみたかったなあ、あの猫の絵!
2006年08月23日
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20000アクセス御礼 始めた頃には想像もできなかった20000アクセス御礼申し上げます。以前には右上のアクセス数のところをクリックすると誰でもアクセス者のIDが見えたので、他の人に来ていただけないと、ブログ数をふやすために自分で自分のブログを何回も見てるようでなるべく見ないように、それでも気になって見てしまい、恥ずかしく思ったこともありました。 現在はシステムが変わって自分の分はアクセス数に入らないので、安心してコメント欄とか見ることもできます。 始めたのは2005年3月ですから、ちょうど1年半で20000アクセス。 1日平均38人です。自分で見てたのもあるからこれより少ないのですが、牛歩のごとくゆっくりやっていきます。 ブログの内容は、 サッカーだったり、映画だったり、鉄道のことだったり、東京の散歩だったり、怒ってることだったり、勝手なこと書いております。なかなかタイトルのヨーロッパ一人旅になりません。が、もし少しでも興味あることがございましたら、またお寄り下さい。今後ともごひいきにお願いいたします。 スペインバルセロナ郊外 GIRONA(ジローナ またはヘローナの旧市街)
2006年08月22日
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浦山口駅を降りると、駅員に橋立鍾乳洞の方向を聞く。高校時代にグループで訪れたことがあったが、付いていくだけだったので、記憶の彼方である。「駅の坂を下りて、右手方向へ行って、山を登って」と教えてくれた。道の脇に湧き水をペットボトルに入れている人たちがいた。「この水おいしいんですか?」と聞くと、左手の方を指さして、「あっちの方がおいしいらしいよ」との答え。まだボクのペットボトルのお茶は残っているのでそのまま進む。(おいしいと言われる不動湧水には帰りに寄った) 分かれ道があって、一番左の山道から登る。上に道があって、そこはハイキングか、巡礼の人たちが行き交う。その先のなだらかな階段を上ったところに、秩父28番札所・石龍山橋立堂があった。 岩肌が崩れ始めているらしくお堂の上の崖が覆われている。社務所のところが、鍾乳洞の入り口だ。鍾乳洞入場料は事前の調査の通り200円。200円払って裏手から、階段を下ると、岩場の間から鍾乳洞の入り口があった。写真を撮ったのだが、ぶれていた。後ろから来る人がいたので撮り直しできず、、、岩と岩の間を下る。中くらいのリュックを担いでいるだけでもリュックが岩にぶつかる。狭いという印象はあったが、こんなに狭かったっけ? 石筍・石柱・工房大師の後ろ姿、、、と続く。 一つ一つに感動しているカップルを追い抜く。その先はハシゴが続くので女性の後ろで待つのはいやだった。 鍾乳洞に入れば少しは涼しく感じていられると思ったが、カップルを追い抜いたせいかどうか、意外と汗は引かなかった。追い抜いた手前、ずんずん進むと、出口をでてしまった。先ほど駅で見た時刻表の時間まではだいぶ時間がある。親ガマガエルの上に小さな蛙2匹の置物があった。タヌキの置物も。 そこは、瀬戸物教室兼おみやげ屋さんだった。時間はつぶせず山を下りる。子供会であろうグループがいたので抜かせずいっしょに降りる。駅の真下に来た。ゴーッという音。ありゃ、ボクが調べたより1本前の電車がたった今通過。まさかこんなに早く戻ってくるとは考えていなかったのでちゃんと時刻を覚えていなかった!
2006年08月22日
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西武秩父駅の裏手に、秩父鉄道「御花畑駅」はあった。秩父鉄道の踏切を渡って、もっと近くにあればいいのにという距離に。事前に調べたとおりほぼ1時間に上下各2本くらい。仲見世をゆっくり歩いてきたけど、次の三峰口行きは13:28までまだたっぷり時間がある。 「御花畑駅は、どんな由来だろうか?」と思ったが、残念ながら由来は不明だそうだ。 この駅の踏切は、秩父夜祭の見せ場の団子坂だそうで、その坂を登ると市役所前の駐車場のような広場があった。 (この踏切の架線は秩父夜祭りの時だけ山車がぶつからないようにはずせるのだそうです) 長瀞方面はもうすぐ来るので、踏切で写真を撮ることにした。 おっ!ホームに入ってきた電車は見たことのある電車だ。 JRの京浜東北線で少し前まで見かけた大きな運転台の窓の旧101系だ。 白いボディに青と水色の帯の3両編成。(秩父鉄道では1000系と名付けられている)角度が悪くて全体を入れることはできなかったが、とりあえずOK。 さて、駅に戻ると、今度は三峰口行きの改札が始まる。ふと考えて、駅員さんに聞いてみた。「三峰口行きもこっち(駅舎側)のホームですか?」「そうです、こちらです」と答えられた。この駅は相対式2線ホームの駅ですが、どんなときに反対側のホームを使うのだろうかと考えながら、跨線橋の階段に縄が張ってある上の文字を見つけた。そこには、「西武線」 と書かれていた。なんとこちらのホームは西武線乗り入れ列車専用のホームだった! そして、しばらく待つと電車が来た! なんとなんと、今度の電車は都営三田線の旧6000系ではないか!当時と同じまったくアルミボディに青い帯。都営地下鉄のマークのところに秩父鉄道のマークがあるが全然違和感がない。(秩父鉄道では5000系) (車内は都営時代と全く変わらない濃い黄緑のロングシート) さてさて、ボクの最初の目的地は、2駅先の「浦山口駅」。いや目的地は駅でなくって鍾乳洞なのだが、、 (ドアには「浦山口の駅などではドアは各車両の中央のみしか開かない」との注意文)
2006年08月21日
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のんびりの日曜日。西武鉄道の1日乗車券が手に入っていたので、非日常の世界に行ってみたくなった。 ネットで行き先の下調べしてからゆっくり出発で、西武秩父まで遠出してみた。旅気分を味わうために特急券購入。西武のレッドアロー号の2代目NRA型「ちちぶ17号」池袋から西武秩父まで 特急券620円と安い。(運賃は740円)池袋1130発、西武秩父12:47着。これで77分で秩父の入り口まで行かれる。西武デパートでお弁当をゆっくり選んでいたら、時間ぎりぎりになってあわてる。特急のホームは7番線かと思いきや、7番線のずっと奥。数分時間があるのだが、あわてて走る。 いつも思うが、レッドアロー号というのにグレイで、赤くないのが気に入らない。が、座席に座れば大満足だ。 (今日の切符・「時を駆ける少女の1日乗車券と特急券」)2座席分の大きなガラス窓が、視界を遮らない。窓の外は普通の都会生活を写していたが、車内は別世界だ。所沢を過ぎ、先ほど買った海鮮弁当とお茶で腹ごしらえ。入間市を抜けると、都会の風景から少し変わってくる。そして、飯能駅に着く。飯能駅でスィッチバックして進行方向が反対向きに。そして飯能の次の駅のところの車庫を過ぎると単線運転となる。そこからは、山と川の風景になる。わずか40分でこんな景色になるのかと新鮮な気分になる。この辺はどこの駅もハイキングコースの入り口だ。自動車だと正丸峠を越えるのに大変なのだが、鉄道は正丸隧道の暗闇を数分で抜ける。 横瀬、そして、小さなトンネルとカーブで秩父の町に着く。残念なのは、山川の非日常風景から街に戻ってしまった感覚。 西武秩父駅 駅に、仲見世という飲食店・おみやげ屋さんがにぎわせていた。 西武秩父から仲見世を抜けて、秩父鉄道の御花畑駅は、ちょっと歩かされる。
2006年08月21日
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本日のアジアカップ予選 日本 vs イエメン。オシム・ジャパンの公式初試合とあって、期待した。ゲーム始まってから、イエメンがガチガチに固めているせいもあって、攻めに攻めまくった! いくつシュートしたであろうか?前半いつでも点が入りそうにゴールに何度も殺到した。 でも、ダメ! 前半の20分を過ぎた頃にはこれがオシムサッカーかなあ と思えるような日本代表! 結局前半は0-0。 ハーフタイムで、「惜しい場面リプレイ」見ていても仕方がないので、他のチャンネルへ。 後半、スタートしてからもあまり変わらない、点の取れないサッカーだ。 守られると日本は前々からなかなか勝てない。ヨーロッパのチームだったらこんなに低く守ってるチームには、ミドルからでも近くからでもボカスカ点取るだろうなあ、って印象だ。 後半、オシムは、羽生、佐藤勇人と順次導入。ジーコと違って早い動きだしだ。 サントスのコーナーキックに 阿部がうまく頭を合わせて狭いところからうまくゴール! 1-0 しかし、 その後もなかなか点に結びつかない。イエメンも守ってばかりいるとつらいのか、カウンターも全然パンチがない。 闘莉王は、守備要員でなくフォワードみたいだ。 イエメンが時間稼ぎばかりするので、ロスタイムがなんと6分! 交代出場したばかりの佐藤寿人が、 サントスからのボールをヘディングでキーパーに、はじかれたが今度は足で決めた! 2-0 やった!やった! あと3分あるのだからもう1点行けぇ~やはり決められなかった。 まあ、よしとしよう!あんなに攻めていて点が取れないでいたが、2-0なら初試合ではOKだ。 ほとんど入れ替わった新戦力が、早めに課題も突きつけられても充分に修正が効く。 次戦のサウジアラビア、しっかり気張っていこう! オシム監督の采配はすごいですね。追加投入選手がほとんど機能していた。最後、サントスは足が止まっていたが、彼がいなくてはこれだけのチャンスは生まれなかったのだから、これもよしとしましょう! よくやった! テレビ朝日は、オシム監督のインタビューのところで放送時間終了だなんて、ちょっともう少し考えろよな!
2006年08月16日
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法王庁から出たトラムは、町中をあっち曲がったりこっち曲がったりして、 時々停車してフランス語と英語で説明が入ります。 でもつまらないのです。歩くのと大してスピードは変わらないし、建物の説明されても「これは○○美術館です」と説明されても中に入る時間をくれるわけでもないし、、、レプブリック大通りを突っ切って、ぐるっと回って、法王庁の絶壁のような要害の脇を抜けて戻ってきました。 法王庁前広場でトラムを降りると、散歩することにした。不自由なトラムで観光するより自分の足の方が楽しいことがわかった。 法王庁のお花が咲いている坂道の上のロシェ・ド公園まで歩きました。 そこからは、ローヌ川、先ほどのサンベネゼ橋、対岸の町もしっかり見下ろせます。 サン・ベネゼ橋 を見下ろす 絵を描いてる人や、寝そべってる人など思い思いの様子です。ボクもしばし下界の様子を眺めてから、法王庁の裏側の階段状の公園を降りました。行き止まりじゃないか?と思うようなところも通って、先ほどの絶壁の脇の道を戻りました。 あまり人が通らない裏路地で、ひとり遊びをしていた少女。最初はボクに興味を持って近くに来たりしていましたが、言葉が通じなくって、カメラを二三度向けたら、気分が変わったのか逃げていってしまいました。 いったんホテルへ戻り休憩。夜になってまた出てきた。レプブリック大通りを散歩しつつ、ひとり旅のわびしさ、一人でレストランに入るのも淋しいので、バーみたいなお店の外のテーブルで、ひとり旅のフランス人と軽い料理とビール。片言の英語で話した。彼は「コートダジュールの人で、近いのにアヴィニョンは初めて」と言う。ボン・ボャージだったかな、オーボァだったかで別れてからも、またアイリッシュパブに寄ってギネスを飲みました。 でもパブはグループさんばっかだったので、あきらめてホテルへ早めに戻りました。 だまし絵の家
2006年08月16日
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レプブリック大通り(アヴィニョンの門から法王庁まで真っ直ぐの通り) 途中からレプブリック大通りは、突然車道のない歩行者天国の道になります。そこでは、車道であった部分までレストランがテーブルを並べていたり、大道芸や絵を描いている人がいたり、小さなメリーゴーランドまでありました。 荷物を安ホテルに置いて、ボクはこの道を何度も往復しました。歩いてるだけで幸せな通りでした。 劇場を過ぎて、レプブリック大通りの、真ん中に建物が邪魔して建っているのを左右に避けてそのまま進めました。 目の前にとても広い、広い、広場がありました。 そこが 「法王庁前広場」です。 右手に、白っぽい威容を誇る建物が、「法王庁」です。 真ん中あたりに数段の階段があって、二段階のなだらかな坂になっている広場です。 本来ならすぐに法王庁見学すべきなのですが、ボクは暑さにやられたのと、法王庁のあまりの要塞のような形に押されて、広場の段差のところで休憩することにしてしまったのです。(失敗!) 広場に世界中からの旅人が座り込んでのんびりしています。それと、ミニSLのようなトラムに乗ってみたかったのでトラムを待っていたという言い訳もありました。(これも失敗!いい若い者は自分の足で見て回らないといけない!) トラムは2系統あって、1つは法王庁の上のロシェ・ド公園を廻るだけ、もう一つが街をぐるっと回るものでした。 街を回るトラムはなかなか来ませんでした。トラムはほぼ満席に客を乗せると、こんな細い道に入れるのかと思うほどの商店街に突っ込んで、ベネゼ橋へ向かいました。城壁のくりぬかれたところを抜けて、ベネゼ橋で数分の休憩。城壁の外は意外と車の通りが多くて、シャッターチャンスがなかなかありませんでした。
2006年08月16日
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AVIGNON アヴィニョン 世界遺産の街 アヴィニョン ・・・ たぶん日本人なら、アヴィニョンのことは、、「アヴィニョンの橋の上で」のサンベネゼ橋のことしか知らないでしょう。 でも世界的に有名なのは、ベネゼ橋でも、大道芸でもありません。 ※※※ 世界遺産の街であるゆえんは、法王庁が置かれたことにあります。この街は、ローマ法王庁が1309年から1377年まで置かれたことで有名なのです。(イメージとしては日本の場合に置き換えると、室町時代の1336-1392年の天皇家が分かれた南北朝の時代と同じような状況でしょうか。)ローマ法王庁とフランス王との勢力争いが続き、当時、法王に選ばれたクレメンス5世(フランス人)がフランス王の庇護を求めて、この地に移ってきたのです。このアヴィニョン時代に7人のフランス系の法王が在位し、この町は、富と権力(政治腐敗もあった)によって大いに栄えたそうです。街全体が城壁に囲まれ、その一番奥にある法王庁もまるで要塞のようです。 ※※※ ボクは、この街に2001年10月に訪れました。パリはすでに涼しくなっていましたが、アヴィニョンに着くと真夏の暑さが待っていました。 アヴィニョンへはパリからTGVコートダジュール線で 2時間40分。しかし、そこは、「アヴィニョンTGV」駅という離れた駅でした。近代的なその駅はなんとホームが1本しかなかったのです。 アヴィニョンの街へ接続する列車があると思いきや、そこからはバス連絡でした。暑さの中 バスの出発は15分後、こんなに乗れるのかなという人だかり。大きなリュックをしょって乗り込むとバスはぎゅうぎゅうの人を乗せて約10分で着きました。 アヴィニョンの門を回り込んだバス停を降りると、門の外には、「アヴィニョン・セントラル」駅があり、門から真っ直ぐの並木道は レプブリック大通りです。 車道より歩道の方がゆったりしたレプブリック大通りはなかなか感じのいいところです。この道を真っ直ぐ歩いていくとローマ法王庁があるのです。 ※実は、パリ・ガードリヨン駅からのTGVはすべて「アヴィニョンTGV」駅経由ではありません。時間は多少余分に掛かりますが余裕があれば、「アヴィニョン・セントラル」駅を通るTGVもありますし、昔ながらのコンパートメント客車(それぞれが6人部屋)のインターシティも走っているのです。ボクは旅人同士が知り合えるコンパートメントの車両が大好きなのですが、フランスではどんどんTGVに置き換わっています。
2006年08月16日
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大人の塗り絵先日、ショッピングセンターで、子供に交じって大人が塗り絵をしているのを見かけた。 なかなかうまいものだなあ、 と思いながら見ていたら、すっと立ち上がって、「よろしかったらやってみませんか?」 とその青年に声をかけられた。 「うまく塗れそうもないから、、」 と遠慮していると、 「やり方教えますから、、、」 彼は、その売り場の絵のアドバイザー(?)のアルバイトであった。「小一時間無心になって塗ると癒されます」という。まあ、やってみるか、、、小一時間もかからずにこのぐらい塗れると思っていた。クーピーで、絵はがきの大きさの塗り絵をお手本に従って塗るのだ。クーピーは使ったことがない。やり方の工夫とは、「反対色を下地に塗っていく」というのだ。塗り絵のテーマは「ヒマワリ」だったので、黄色とオレンジと 緑の濃淡だけと高をくくっていたが、黄色の濃いところは、反対色の紫を薄めに塗る!緑のところは、反対色の赤を薄めに塗るのだ!それが終わったら黄色やオレンジ、緑を塗ればいいのだ。ところが、お手本そっくり塗るためには、下地の色で塗るのに意外と時間が掛かる。後ろから見られると困る。 なぜかと言うと、下地の色だけしか塗られていないと、 紫の花びら と、 赤い葉っぱ。 「色彩感覚がおかしいのでは!」と思われるのではないか と不安になって、そろそろ上の黄色を載せる。なかなかうまい色にならないので、消しゴムでやり直し、、、時々彼が見回りに来てくれる。「緑は、青と黄色を重ねてもできますよ!」などと、アドバイスしてくれる。 赤っぽい黄色の色が出せない! くやしい!「印刷とはクーピーでは色が同じには出せない場合があります」そうなの? とまあ、そんな具合で、小一時間たしかに掛かって、自分としてはもっとうまくできそうだったけど、 思ったほどにはうまくいかなかった。でも満足するまで、何度も消しゴムを使えば、まだまだ楽しめそうだ。 ( 満足ではないがこれでOK。)今日はここまで。 (これがお手本) 今度の時には、モネの絵の塗り絵でも買ってみたい気になって、本日は無料体験だけでその売り場を後にした。なかなか楽しかった。
2006年08月15日
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東京湾大華火大会 雨のため順延した 通称・晴海の花火が、昨日8/13日曜日行われた。 1日ずれたため、通常の人出に比べると少なめではあったが、それでも結構な人がでた。 ゆっくり17時に、そぞろ歩いたが、到着が少し早すぎた。 石原都知事の野望のために、晴海にあった自動車部品販売店はなくなって、中央区のゴミ焼却場の脇には、アスファルトを敷いただけの大きな広場ができていた。 早すぎた! と言ったのは、その広場にはまだ入れてくれなかったことだ。 最近は、警備会社にしっかり任せて、 どこに陣取りしてもいいよ とはいかなくなっている。 数ヶ月前に往復葉書で申し込むか、中央区にツテがある人でないと、晴海埠頭公園の特等席には行かれない。ボクも以前には何度か往復葉書を出したことがあったが、当たらなかったので、いつも自由席の方にしている。 今年の打ち上げ場所は、「正面2カ所なので、どこからでも見られますよ!」とガードマンは、今年新しくできた空間はしっかりガードして入れてくれなかった。 ゴミ工場側にビール・飲料やおつまみのたぶん許可された出店があった。こんな時間からもう臨時トイレの前には「トイレ並びの練習(?)」している人がいる。 この部分の気に入らないところは、たいして高くはないが、左側に木が並んでいることだ。この木が左側の花火を見るときに邪魔になるのだ。 場所を取ってしばしの間座り込む。まず最初のビールを空ける。ビックリしたのは、先ほどコンビニで仕入れてきた飲み物もほとんど冷えていない。アイスクリームがほとんど溶けていたこと。フライドチキンはまだ暖かさを保っている! ふと見ると、先ほどの広い空間に後から来た人々を入れだした。さあ、我々も引っ越しだ! ここでは、必ずしも前の方がいいわけではない。帰路のことを考えると、後ろの方がいいのだ。まあ、中くらいのところに陣取って19時を待つ! 19時少し前に、スピーカーの声にあわせてカウントダウン! 高射砲のような花火で幕を開ける。始まったときには、真上に雲があって、花火が高く打ち上げられないようだったが、やがて雲も離れていった。 今日は昼間は暑かったが、どういう訳か夕刻より涼しくなってちょうどよい季候だ。夜まで暑いと、アスファルトの蓄熱効果があって大変なのだが、とてもいい具合だ。 広い空間に邪魔物がなく、2カ所の花火と、左手側にはレインボーブリッジも見えて、すばらしい! 隅田川のと傾向が異なって、2カ所の花火がうまくシンクロしていて楽しい。 ピースマークやハート、星形、動物の顔(?)など、こちらも今年の新型がある。必ずしも正面向きでないので失敗作もあるが、他の見物場所から見ている人もいるのであろうから問題はない。 とまあ、20時少しのところで離脱。都会の花火は最後まで見ていると人並みに飲み込まれるのが欠点だ。 無事こそ一番!早い時間なので、ピストンバスに乗ることも可能だったが、歩いて豊洲駅まで向かった。
2006年08月14日
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魅せてくれた!オシムサッカー わずか3日の合宿で、ここまで意識が変わるのか! ジーコジャパンがワールドカップで敗退して、夢も希望もなくなった日本にこれだけの希望をもたらせる監督がいた! もちろん、トリニダード・トバゴもワールドカップでは日本と同じに2敗1分けで敗退したいわば同類である。親善試合で、ベストメンバーでないであろうから、この勝利に喜びすぎてもいけないのはわかっている。 でも、次のワールドカップの予選はまだ先だが、オーストラリアもアジア予選に参加することになって、ただでさえアジア枠が減らされそうなので、希望が縮んでいた。 これで万々歳とは言えない。前半は、オシムサッカーの足を使った日本がゲームを作っていたし、2点も先制した。しかし、後半はオシムも言うとおり足が止まった。 まずは、ワールドカップ・アジア予選に向けて、そして、ゆっくり4年後のワールドカップには笑えるように、しっかりオシムを応援していこう。 いい人が日本にいたものだ! つい先日のA3カップ(日本・韓国・中国のクラブ大会)では、千葉が優勝に一番近いところにいたのに、ガンバとの最後の試合を落として、結局「ウルサン現代」に優勝をさらわれた。(ガンバは、ウルサンに0-6で負けるなど、だらしなさ過ぎたが) 監督が替わっただけですべて変わるわけではないが、日本にも、まだまだこれだけの選手層が残っているということがこの試合でわかった。親善試合では勝ち負けを論ずるのではなく、オシムの言うようにしっかり調整して、タイトルの掛かった国際試合で実績を残して欲しい。 オシムにしっかり日本を鍛え上げてもらおう。
2006年08月10日
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バルトの楽園 四国のある町にドイツ人捕虜の収容所があって、そこが、とてもよい人間関係を保っていた。 そこの立派な所長がマツケンだという。日本で最初の第九の歓喜の歌が演奏された、位の予備知識しか持ち合わせずに見に行った。 指定の席に着こうとすると、 そこに先客がいた。 「すみません!そこボクの席なんですけど」、と言うと、 「堅いこと言うなよ、席はいっぱい空いているんだから、、、」と言う声が返ってきた。指定席なので空いていてもあまり離れた席に座ることもできずに隣に座ることにした。と、顔を見ると、それは二回りくらい年上の大大先輩のお顔でした。映画館で知り合いにあったのは、ホントに初めての経験です。だいぶお会いしてはいなかった方でしたが。 「この板東捕虜収容所の話はとても有名な話で一度見てみたかった。ドイツ人の捕虜が町中を歩いて町の人たちと交流していたんだ!」 と、映画が始まる前に、ちょこっとお話が始まった。 映画が始まる前から興味が深まった。 実話であった。その場所も時代背景も知らずにいたが、映画のあともお茶をいただきながらいろいろ教えていただいた。知らないことばかりだった。 ※※※※ 時は、大正、戦争は第一次世界大戦! ドイツが租借していた中国山東半島の青島で、日英同盟によって新たに参戦した日本が、ドイツ軍を叩いた。ドイツ軍は、約5000人、日本は30000人だという。(実際には映画にあるような激しい戦いはなかったという。欧米人は合理精神があるので、負け戦とわかって激しい抵抗はしなかったそうです。) まあ、ストーリー上、こういった伏線が必要だったのかもしれない。 物語は久留米の捕虜収容所から始まった。日本軍は、捕虜の扱い方を知らないし、実際こんな感じで、あるいはもっとひどい扱いをしていたかもしれない。 それが、久留米の収容所閉鎖によって板東捕虜収容所へ移された彼らは、驚きのすごい歓迎を受けた。 そこでは音楽を奏でられて、収容所の門から入ると、すぐに、その前から収容されていた捕虜たちから大歓迎された。 なんという不思議な光景だ!捕虜収容所が、こんなに自由であってよいのか?その捕虜収容所の中では、ニュースペーパーが出され、パンを焼き、ハムを作り、ビールまで飲まれている。(ビールも造られていたのであろうか?) こんな捕虜収容所が、世界にあるのか?日本にこんなところがあったなんてとても信じられない。これはすべて松江所長の人徳による経営だ。 それにしても、まさに「楽園」である。 なんの不自由もないボクらでも、暮らしてみたくなるような世界だった。 どんなに自由にさせても不満分子はいると思う。実際、逃亡常習犯もいた。しかし、その人たちまでもうまくこの狭い世界でうまく生活させてしまう。 松江所長のすごいところが余すことなく、描かれている。 土地勘がなかったが、突然場所がはっきりした。行ったことのある町だ。四国八十八札所の一番札所・霊山寺(りょうぜんじ)の石碑が何度となく現れた。ここは、JR高徳線「板東(ばんどう)駅」からほど近く。現在の住所は、徳島県鳴門市大麻町板東霊山寺。ボクは学生時代、四国を旅して、八十八札所のうちのいくつかの寺だけだったが訪ね歩いた。四国高松へ着いて、まず最初に1番から3番までだけでも歩こうと高徳線の板東駅に向かったことを思い出す。 大大先輩の言葉は、この映画の時代でなく、さきの第二次大戦での日本の生活、日本軍の話も交えて、とても勉強になった。 戦争は決して繰り返してはならない! それに比べて、 戦時中だったとは思えない「バルトの楽園」 是非見ていただきたい映画だ。 ロードショー公開は、今週で終わる予定だ。町の人や所長へのお礼にと、第九の演奏が日本で初めて行われた、というエピソードも残して、なかなかいい印象を持って、見終えた。
2006年08月03日
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あの、ゴジラでさえ、日本国全体をこんなに破壊しつくしはしなかった!なんと言うことだろうか?最初は沼津!地球環境科学者・田所博士の予測の通りに、日本国の沈没は北海道から始まった。そして九州の阿蘇!日本国民をどれだけ引き受けてくれるか中国に頼みに行った山本総理大臣が、あろう事か、阿蘇の噴火に巻き込まれて死んでしまう!日本沈没 !世界でもっとも危険を内在している国、ニッポン世界中にいっぱい地震国はあるが、沈没するかもしれないという想像が一番当てはまるのが日本だ。小松左京がこの小説を書いたのは相当昔で、今となっては思い出せない。前作の映画も思い出せない。展開も早い。CGとは思うが、日本が裂ける!六本木ヒルズが、渋谷駅前が、東京タワーが、京都が、崩れ落ちる。日本の沈没を目の当たりにさせられると、それは大変なショックだ!先日見た、「海猿」!これはいかにもフジテレビ といった感動もの(?)だ。ははは。それに比べて、この 「日本沈没」 !これはTBS!何とも重いテーマをもってきたことだ。もちろん、ボクはフジテレビよりTBSに軍配を上げたい!日本人は常に、この問題をどうしたらいいか、考え続けなければならない宿命をもっている。世界の国々が、この映画のように数千万人単位で引き受けてくれるかどうか、心もとない。その時どうするのか?山本総理が図らずも言った、「そのまま何もしないのがいい!」という国民意識の調査結果。たぶん日本人的な、思考の回避であろう!こんなとんでもない状況で、日本人はなんとか生き残ろうという気持ちが一番低くなりそうな気がする。ゆっくり考えよう!日本の深海観測船 「しんかい6500」と先代の「しんかい2000」これが図らずも活躍する。もしこんな事があるのなら、もっと拡充しなくてはならないだろう!(まさかストーリーのような、こんな活躍はできないと思うが)(しんかいのことを、この映画では わだつみ と言っている)博士の日本列島を救う唯一の方策に、その深海観測船パイロット2人の捨て身の頑張り!これは、鉄腕アトムの最後に繋がる自分の身を捨てた行動、、、まさか日本映画なのにアメリカ映画みたいな頑張りを見られるとは思わなかった。でも、深海観測船は、「ノチール(NAUTILEフランス)」、「ミールI&II(MIRロシア)」「シークリフ(SEA CLIFF アメリカ)」とあるのだから、もっと協力してもらってもよかったかな?日本だけで、すべてなんとかしようというのは、ちょっとダメかな?世界の国々の人々ともっともっと交流しなくちゃ助けてくれないよね。柴咲コウの消防庁レスキュー隊員は火消しや小町みたいでかっこよかったし、草なぎ君の捨て身のパイロットもよかった!日本から国宝をみやげに国外逃亡を図る政治家たち。総理大臣代理がいなくなって孤軍奮闘の残された女性大臣がんばった!まあ、日本列島がわずかでも残って、未来への希望がわいてよかった!とにかく、この映画みんなで見てください!ストーリーの飛躍にはちょっと目をつぶってね。草なぎ剛、柴咲コウ、豊川悦司、大地真央、樋口真嗣監督
2006年08月01日
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パイレーツオブカリビアン デッドマンズチェスト実はだいぶ前に先行ロードショーで見たのですが、あまりにショックで書けませんでした。ようやく落ち着いて、書きます。実はボク好みの映画ではなかったのです。ジョニー・デップがいやに人気で、第1作が評判だったもので、きっと第2作もいいだろうと、期待しすぎていたせいかもしれません。ジョニー・デップのキャプテン・スパローがひょうきんキャラで、それを楽しむ映画なのでしょうか?呪いも幽霊との契約も意外と軽々しくって。 1作目は、ディズニーランドのカリブの海賊というアトラクションをテーマにしていて、その中のディスプレイを説明するような感じでストーリーが進むのでよかった、と知人は言っていた。それなので、その繋がりのストーリーなら理解が早いかな?と思ってみたのがいけなかった。波間に浮かぶ棺桶からピストルをぶっ放しての登場はよかった。でもそのあとがいただけない。幽霊船に借りを返しに行くと言って、航海を始めるのだが、土人たちに捕まって、部下たちも裏切り裏切りの連続で、それでも海賊は「悪い方が正しい」とばかりに、部下たちは付いていく。まあ、ストーリーを書いても仕方がないのでやめておくけど、第1話とは繋がってはいるのだろうけど、ほとんど中身に繋がりがない。残念ながらパート3に繋げるだけのためのむなしいストーリーであった。バックツーザフーチャーのパート2もあれ一つ見ただけではわからないようなものだったと思うので仕方ないとは思うが。というわけで、ボクとしては見なくてもよかった、かな?位のレベルだ。パート1の方がきっとまだ見る価値があったのではないかな?という感じです。
2006年08月01日
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