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「涙そうそう」 妻夫木聡、長澤まさみ、麻生久美子、塚本高史、小泉今日子「いま、会いにゆきます」の土井裕泰監督 今回は初日に行ってきちゃいました。 TBSの映画。若い 妻夫木聡と長澤まさみが、血の繋がらない兄妹。沖縄の那覇で懸命に生きる話。 本州での生活に比べると、アジアの暑さ、雰囲気を残す沖縄で、けなげに生きる兄妹。「涙そうそう」 とは、沖縄方言で、涙ぼろぼろという意味だそうだ。映画のタイトルからして泣かせる映画だろうとは思っていたけど、見事にやられました。森山良子作曲、夏川りみカバーのこの曲が見事にあっていました。 最後に泣かせてくれましたよ。 おばあが、沖縄の長生きの達観した年長者の心持ちをカオルに伝える。 だいぶ昔に見た「青幻記」、あれは沖永良部島が舞台だった。 話はまるっきり違うが、あれも泣かされた。 ストーリーに関係ないが、 沖縄というところの人と人の温かい繋がりがよく描かれていて、 ボクも、短くてもいいからそんな町に住んで、 毎日飲んだくれていたいなあ、と思いました。 エイサーを、沖縄キャンペーンとやらで、東京でもゲリラ的に見る機会がある。 昨年は新宿エイサーまつりも見た。 それを見ると、エイサーの季節に行ってみたいなあ、と思う。 やり残してることは多いなあ。 いろんな事やってみたい。 という感想にしておこう。
2006年09月30日
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ベルサイユ (3) VERSAILLES 誰もが知る、このベルサイユの庭の広さ。まっすぐに続く池は、距離にして2Kmくらいあるでしょうか。これだけの距離を端まで歩きたくはなかった。(ところが、この一番奥まで結果として行ってしまったのです。(第5話にて))1月のちょっと肌寒い日でしたが、マリー・アントワネットのプチトリアノンと彼女の農村が見たかった。プチトリアノンは、地図で見ると、向かって右側の奥にある。池の周りに、多くのギリシャ神話の彫像が並ぶ。ベルサイユの庭師の人は、なんてひょうきんなデザインに刈り上げるのでしょう。振り向いて、宮殿を確認して、プチトリアノンに向けて歩き出す。 プチトリアノンまで横方向へ約1kmの並木道を進む。(つづく)
2006年09月30日
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ベルサイユ宮殿 (2) VERSAILLES入館するとそこは「ヘラクレスの間」、ここで希望者は音声ガイドを借りられる。そして右手には、大きな 「礼拝堂」がある。 入り口から見て右手側は、礼拝堂の入口までしか見学できない。見学コースは、2階に上がって、2階からも 礼拝堂を見下ろす。そして、そこから7室続くのが 王の大広間。 豊穣の女神の間、ヴィーナス、ダイアナ、マルス、マーキュリー(寝室)、 アポロン(玉座)、そして戦争の間。これらは北側の花壇を見下ろす大きな窓を持っている。遠方からの賓客は1つ1つ豪華な金ぴかだったり紅色だったりする壁と天井いっぱいに描かれたギリシャ神話に驚かされながら、ルイ14世との謁見に望んだのであろう。一部屋ずつ写真を撮っていってもきりがない。(ストロボ禁止)当時王様はベッドの上から賓客を接待するのが正式であったようだ。 豪華絢爛な部屋それぞれを各国のツアーの人々が説明に耳を傾ける。ボクは2回目なので、いくらか早足で抜けようと思うのだが、時々立ち止まってしまう。 解説書によると、王のパーティの際はそれぞれの部屋を 立食、ビリヤード、ダンスなどの部屋に当てたという。 (こんなに、こざっぱりしてしまったのは、フランス革命以降のことであろう) そして、 ベルサイユ宮殿最大の部屋、「鏡の間」 「鏡の間」の部屋の全長73M、幅10.5M、高さ12.3M。 これだけの数のろうそくに火を付けるだけで相当な人と時間が掛かったであろう。 (これについては、ベルサイユ宮殿を模倣したヘレンキムジー城で聞いた) この部屋が一番庭に多く面している。 そして「平和の間」を抜けると、 こちらのウィングは 王妃の広間4室。 王妃の寝室、貴族の間、会食の間、王妃付き衛兵の間。 歴代の王妃、王太子がそれぞれの間を好みのように改装し、 最後の王妃は、マリーアントワネットだった。 彼女の部屋は、200年以上前の大きな刺繍があり、 この部屋だけは日の光も入れず、照明も暗くして撮影も禁止となっている。 「王付き衛兵の間」があって、 その次にある「1792年の間」と「戦闘の間」は、とても大きな絵画がぎっしりと並ぶ。戦闘の間再訪であったが、やはり堪能させてもらった。ようやっと宮殿を見終えると、庭へ。おっと!宮殿には当時トイレがなかったと聞いていたが、現代にないはずがないので聞くと、「外にある」と教えてくれた。 さて、ベルサイユ宮殿ご自慢の庭へ (続く)
2006年09月28日
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ベルサイユ VERSAILLES パリ郊外のベルサイユには、ちょっと行きにくい。 でも、パリ高速地下鉄RER C線を利用すれば、意外に近い。 (ただし、RER利用には注意が必要です。行き先標示がニックネームであること。 駅間が長いので、不審人物が乗っている時の用心が必要です) ベルサイユには複数の路線と3つの駅がある。 ベルサイユ宮殿の正門に一番近い駅は ベルサイユ・リヴ・ゴーシュ駅。ここはほぼ正面斜め前なのだが、降りたところからは宮殿は見えない。駅から道路を渡って右手に進む。すると、突如、宮殿への参道が見える。(この写真は少し近づいてから)ゆっくりゆっくり宮殿が近づく。門を入ると、ガードマンがいるが、特別呼び立てられない。中庭中央に太陽王ルイ14世の銅像が。銅像のあたりから右側のウィングを写す。ベルサイユ宮殿の入り口があるのはこの建物グラン・アパートメントの裏手。実は、この2つの建物の間にあります。(右側は礼拝堂)入場券売り場がどこにあるのだろうかと思いながら、他の人の後を追いました。ここで入場券を買って、ようやく中に入れるのです。※ ベルサイユ宮殿は2回目の訪問でした。これは昨年1月、とても寒かったです。小トリアノンから大トリアノンまでぐるっと回ったら、風邪引きそうになりました。今回は、宮殿に入るまで、(続く)
2006年09月27日
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ボートン・オン・ザ・ウオーター(5) BOURTON on-the WATER「モデル ビレッジ」ここは、ボートンオンザウオーターの村を忠実に再現したミニチュアの村。ここは、あんまりおもしろくないかな。ボートンオンザウオーターの町はこうしてみると同じような石の家ばかり。この モデルビレッジのところだけ、そのまた小さなモデルビレッジが作られていてちょっとだけ面白いけど。バスの時間まで余裕があるので、ようやっと遅い昼食。ファーストフード店で、フィッシュ&チップスを買ってお店のベンチで食べる。まずいまずいと評判のイギリスの代表的な食べ物だけど、 この時食べたのはまずくは思わなかった。おじいちゃんおばあちゃんのご夫婦と相席。おじいちゃんおばあちゃんのドライブ旅行。ボクとは反対コースで車で回ってきて、これからストラトフォードへ向かうみたい。あと、バス停のおみやげ屋さんで時間をつぶす。時間前にバスは停まっていた。バスの運転手は、なんと朝と同じおばちゃん。「何でさっき、ストウ・オン・ザ・ウオルドで乗らなかったの?」と聞かれて、「ごめん、もう一つのバスに乗っちゃったんだ!」と言うと、「こら、許さないわよ!」 と言いながら、目が笑っていた。ストウ・オン・ザ・ウオルドでは、(前に書いたように)行きに一緒だった白人2人が、アンチークをいっぱい抱えながら乗り込んできて、「やあ、又会えたね!」と声をかけられた。ボクは、ストラトフォード・アポン・エイボンまで戻らずに、モートン・イン・マッシュ MORETON in MASHで降りた。なぜかというと、ここからロンドンへの鉄道駅があることを調べておいたから。バス停は 町の中心街。広場ではまだ10月だというのに、クリスマス市フェアが行われていた。クリスマス用品が満載。クリスマスのかわいい柄だけど、大きな包装紙。約1m幅の全長15mくらいある。ついつい2種類買ってしまったので、芝生で一緒にしようと片方を広げていたら、風が吹いて、とんでもないことになってしまった。(一人で包装紙と格闘するアジア人のことをなんと見ていたでしょうか?)ようやく1つにまとめると、駅に向かって歩いた。駅は、寂れた坂の上にあった。モートンインマッシュの駅は、窓口は午前中のみできっぷの自販機もない。モートンインマッシュ15:15 パディントン17:14コッツウオルズのバス旅はこれでおしまい。
2006年09月25日
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ボートン・オン・ザ・ウオーター(4) BOURTON on-the WATERなんて魅力的な町の名前でしょうか?水の上の ボートン。もう一つ楽しかったのは、おばあちゃん達と渡った橋のそば。地面に KEEP CLEAR と書かれている。 なに、これ?(KEEPがよく見えない写真ですみません) なんだと思う?向う岸に自動車が止まっている。なんと、ここは道路だ!川の中をバシャバシャと走って渡った先に、 駐車場があるから、 ここには駐めるな! ってこと。頭の体操みたいで、、、、英国っておもしろいでしょ!
2006年09月25日
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ボートン・オン・ザ・ウオーター (3) BOURTON on-the WATERそういえば川沿いにこんな看板が。 STOP! THINK! THIS IS THE ”LAST” PUB. BEFORE THE NEXT ONE。 「考えて! これが最後のパブだ。 次のがあるまでは。」なんというウィット。このパブにはいくつか看板が出ていた。「ワニが逃げ出したが、それは当店のメニューのうちの1匹です」とか、、、
2006年09月24日
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ボートン・オン・ザ・ウオーター (2) BOURTON on-the WATER モーターミュージアム小さな村なので、どこが目玉といえば、モーターミュージアムと、ミニチュアビレッジくらいしかない。コッツウオルズのベニスというほどすごい村ではない。モーター・ミュージアムは、小さな橋を渡ったところ。 橋を渡ると人なつっこい犬がお出迎え。 小さなうちが博物館になっている。入り口で声をかけると、パンフレットに写ってるおじいちゃんが出てきて、入場料を払う。 きっぷはこれ! なにこれっ! 壁紙を細く切っただけのもの。サイズは、約 7cmX1.5cm 。まあ、何がきっぷでもいいけど、発想がすごい。外から見ると、とっても小さな建物だけど、中には、クラシックカーが所狭しと詰まっている。 みんなきれいなピカピカ、古い車は、自転車より太いけど、バイクよりも細いタイヤ。タイヤをふくらましておくだけでも大変だ。(走らないと空気が抜けていく)ほとんどの車は、ちゃんと走れると自慢していた。たまに走らせるそうだ。2階への階段と2階には、おもちゃとかコーラの鉄看板とかが所狭しと、並んでいる。 おじいちゃんのコレクションへの愛情がよく感じられる。博物館を出て、川に沿って歩く。橋を渡るときに、前を散歩してる3人のおばあちゃんが、道を譲ってくれる。THANK YOU! と追い抜くときに言うと、 「わかいひとはいいねえ。」 とか、口々におしゃべり。ちょっとしたふれあいが楽しい。(おばあちゃん達の写真撮っておけばよかった!)
2006年09月24日
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ボートン・オン・ザ・ウオーター (1) BOURTON on-the WATERなんて魅力的な町の名前でしょうか?水の上にある町、「水の上のボートン」 という名前だ。「とてもかわいらしい町」 と書かれていた。いやが上にも、期待が高まる。バスは小さな小川の前の細い芝生のあたりに到着した。小学校の遠足の子供達が。まず最初にしたことは、さっきのステージコーチのバス乗り場を見つけること。バス停の名前は、 BOURTON on-the WATER/The Ceders The Ceders ?? なんだこりゃ?おみやげ屋さんのお店で聞いてみたら、なんと、「ここでいい!」 このお店の名前が、 The Ceders だった。おみやげは後でもいいのだが、不思議なものが、、、って、ワイン だ!英国にもワインがあるのだ!そして、インフォメーションへ。この町の地図は、10ペンスで売られていた。10ペンスなら、20円くらいなので、迷わずに買った。点線でフットパスが描かれている。フットパスとは、 英国人の好きな、歩いて回るための道。フットパスを歩きながら、モーターミュージアムと、ミニビレッジを回ればいい。ストウオンザウオルドと打ってかわって、ぽかぽかと気持ちのいい天気だった。家々には小さな花が咲いていて、かわいらしい町並みだ。
2006年09月23日
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タイ のクーデター タイ陸軍のソンティ司令官が率いたクーデターは、無事収束しそうだ。前日、国王に司令官らが面会し内諾を得ていたそうだ。武力を使うのは、あまりいいことではないのだが、結果オーライということにしておこう。 タクシン首相も、就任当初は、タイ国民のためによいことをいろいろやっていたようだが、その後は、身内ばかり大事にして、海外資本との癒着など、当初の意気込みはどこへやらといった風で、とっくに民心から離れていた。 昨年後半から今年にかけて、 議会の解散、 総選挙の野党ボイコット。 再選挙のはずが、タクシン首相が居座って、のんびり屋のタイ国民だって怒るよ! という状態だったようです。プミポン国王もだいぶ前から心を痛めていたようです。 クーデターも無血の様子で、暫定政権がうまく民主政権に移行してくれればいいのです。タイ南部はいつも内乱が絶えずにいますが、ソンティ司令官、イスラム教徒ということなので、南部がうまくいくといいですね。15年前のクーデターの時は、タイはこれからいったいどうなるのだろうかといった雰囲気だったが、プミポン国王の一言で、クーデターはやめになった。 あのときに比べれば、今回のは、ソンティ暫定首相が居座らなければ、カリスマ性のある次の指導者はいないようだけど、うまくいきそうです。ほほえみの国タイに内乱は似合わない!
2006年09月21日
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小田急 新型MSE2008年春 東京メトロ線千代田線湯島駅発の特急が走り出す。このニュースは、昨年リリースされたものだが、地下対策用の車両はどんなものが使われるかは、昨日2006/9/20の小田急ホームページで発表された。地下鉄線内では、初の座席指定制特急となる。新型ロマンスカーは、連接車でなく、車長20mのボギー車で6両固定編成と4両固定編成から成る。併合・分割運転が可能。車体は50000系VSEの流線型のデザイン似よく似ているが展望席はない。車体色は、「フェルメール・ブルー」と名付けられた明るい水色に、「バーミリオン・オレンジ」の帯。平日の夕方以降の帰宅の時間帯に運行する。新鮮なカラーで、ちょっとビックリするような色合いだ。小田急沿線の住まいではないが楽しみなデザインだ。MSEは マルチ・スーパー・エクスプレスというので、他の時間帯にも使われそうだ。メトロSEという意味も掛け合わせているんじゃないかと思います。(勝手読み) (以下小田急ホームページより)2006/09/20)新型ロマンスカー・MSEの製造を決定 NEW !1.車両形式 60000形2.愛 称 MSE(Multi マルチ Super Express)※多彩な運行が可能な特急列車の意。3.編 成 6 両編成2本4 両編成1本※6両編成と4両編成の併合・分割が可能です。※1両20m のボギー車。4.編成定員 10両編成時・・・578名( 6 両編成・・・352名、 4 両編成・・・226名)※全席指定制5.竣 工 2007年9月(予定)6.営業運転開始 2008年 春 (予定)7.製作費用 約38億円8.製作会社 日本車輌製造株式会社9.デザイン設計2005年3月に就役したロマンスカー・VSEに続き、岡部憲明アーキテクチャーネットワーク代表 岡部憲明氏(神戸芸術工科大学教授)に依頼し、車体外装と居住性を含む内装を一体的にデザインします。※岡部憲明氏の参加プロジェクト例ポンピドゥーセンター(パリ)、関西国際空港ターミナル(大阪府)等。10.主な特徴車両性能*東京メトロ千代田線への乗り入れが可能です。*6両編成と4両編成との併合・分割が可能です。車体外観*先頭車両※には、ロマンスカーの伝統である流線型のデザインを採用します。※6両編成の小田原側、4両編成の新宿側。*外観の色彩は、地下駅でも明るさを感じさせる「フェルメール・ブルー※」を基調とし、ロマンスカーの継承してきたカラーである「バーミリオン・オレンジ」の鮮やかな帯を窓下の高い位置に配置します。※17世紀のオランダの画家、フェルメールが作品の中で用いた青色。その美しさは「フェルメール・ブルー」と称えられ、高く評価されています。居住性*ロマンスカー・VSEの構造をベースにし、2.3mの天井高の採用など、ゆとりある居住空間を確保します。*蛍光灯による間接照明に加えて、電球色のLED式直接照明を採用し、落ち着きのある空間を演出します。バリアフリー*車いすやオストメイト※のお客さまにも安心してご利用いただける多目的トイレを設置します。※人工肛門や人口ぼうこうをお持ちの方。*車いす対応型の座席や車いすスペースを設けます。環境面への取り組み*主電動機(モーター)は全密閉式とするほか、コンプレッサー等各種機器についても低騒音型のものを採用し、走行音の低減を図ります。*アルミ車体による車両軽量化で、走行音・振動の低減を図ります。以 上
2006年09月21日
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コッツウオルズ バスの旅。B&Bで朝食をとって少ししたら、バスの時間だった。WOODSTREETのバス停に、10分くらい前ミニバスが来た。ステージコーチ「コッツウオルズ シャトル 221番」運転手はかっぷくのいい(?)おばちゃんだった。イギリスの普通のバスと同じような、細長いきっぷだった。お客は10人もいなかった。運転手のおばちゃんは、ちょっとした会話のあと、「すぐ後ろに座れ」というので、その通りにした。おばちゃんは、時々、村々の説明をしてくれて、(全部は理解していないのだが、すばらしいだろといわれれば、 WONDERFUL! とか調子を合わせた。)場所によっては、「ここが一番いい場所だから、」と、シャッターチャンスのところで、バスを駐めてさえしてくれた。(他のお客もいるのに!)ブロードウエイの村は、文字通り真っ直ぐの道(ブロードウエイ)坂道だ。なぜか、バスの中から写したはずの写真が見あたらない、残念!そして、目的地、ストウ・オン・ザ・ウオルド に到着した。まず聞かなくてはならないのは、「次のバス停はどこ?」「ここだよ!」村の中心の教会裏の図書館前! なるほど、チラシには、「ストウ・オン・ザ・ウオルド・ライブラリー」と書かれていた。ストウオンザウオルド STOW-ON-THE-WOLD 「この町は、コッツウオルズの中でももっとも標高が高い」と書かれている。どおりで寒い!? と思ったが、標高は200m、なんだ、それしかないの!この町は、過去には、コッツウオルズの中心地であったそうだ。当時は、羊毛がよく売れて、羊の市がこの町で行われたそうだ。それが、羊の産業が寂れてしまい、今は、アンチークで有名な町となったそうだ。この町はホントに小さな町だった。インフォメーションでこの町の地図をもらった。歩いて回る地図だ。地図の通りに散歩してみた。かわいらしい路地も確かにある。なんと、道幅数十CMのすれ違うのも難しいような通りまで地図に書かれていた。骨董に興味が深ければいいのだが、ボクは残念ながら、ダメでした。2-3軒のアンチークショップを覗いたが、時間を持てあましてしまった。2時間半もこの町にいられない。タクシーでボートンオンザウオーター まで行こうか?タクシーなんて影も形もない。いいものを見つけた!ライバルのバス停だ!ボートンオンザウオーターへ行くのはあと10分後だ。ラッキー!てなわけで、この町は1時間少々でおさらばした。アンチークファンにはお勧めの町です。なぜなら、ボクと一緒に降りた白人2人組は、帰りのバスで、両手いっぱいに骨董品を持って乗ってきました。結構有名な町みたいです。
2006年09月20日
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牛丼といったら、吉野家どうしても食べたかったというわけではないけれど、思ったより行列が短かったので、並んでみました。途中から、店員が何人か声をかけて前へ連れて行く。何かな?と思ったら、「店内で食べるだけの人」を優先するって。おみやげの方が一人4人分までだから手間が掛かるようだ。まあ、感激するほどうまい訳じゃないけど、手ぬぐいももらって、満足満足。台風でやられた延岡店を除いて夕方には100万食完売だって!すごいなあ。
2006年09月20日
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国立 科学博物館付属 自然教育園知ってます? 大人300円、 小中高 0円ここは東京の中でもっとも自然が残された森林です。出来るだけ手を入れずにいるため、自然に最も近い雑木林になっています。目黒駅から歩いて10分、都会とは思えない、森林です。入場口で、胸に付けるリボンを渡されます。きっぷ買ったからいいかと思ってすり抜けようとしたら、このリボンで入場者数を把握してるんですって。300人を超えたら入れません。曼珠沙華 ちょこっとずつですが、咲いてます。のんびりと、秋の散歩に如何ですか?門の外には、ぎんなんが出来ていました。
2006年09月20日
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コッツウオルズバスの旅 COTSWOLD誰もが、コッツウオルズをバスで行くなんて不可能だという。いや、全ての村々を訪ねるなんて事を望んでいるわけではない。ちょっとだけでも入門編で、コッツウオルズの魅力の一端だけでも、見られれば、というのがボクの希望だった。歩き方で見ても、観光バスか、レンタカーでないと行かれないであろうと書かれていた。インフォメーションの美しい女性も同じだった。「どこの村がコッツウオルズらしい素敵なところなの?」「それぞれが、小さくても魅力ある村です」その中でもここから行かれそうなすてきな村を紹介して、と食い下がって、ブロードウェイ・ストウオンザウオルド・ボートンオンザウオーター がいいということを聞き出した。インフォメーションの女性は、ようやくバスのチラシを引っ張り出してくれた。あるじゃないか!ちょっと待って? 7 DAYS A WEEKはいいけど、この、21st JULY UNTIL 31st AUGUST ってなに?と聞きに行くと、その UNTIL 31st AUGUST を、ボールペンでグリグリ消してくれるのだ!えっ! ホント?確か10月から冬時間で、この日は、10/27 ホント?大丈夫だって!よくよく読んでみると、往復料金の下に、DISCOUNT TRAVEL の料金が書いてある。あちこち降りるのは、こちらの方がお買い得だ。 でも1日3本しかない!てなわけで、 ストウオンザウオルドの村と、ボートンオンザウオーターを選んだ。「切符はどこで買うの?」「バスに乗ってから、、」と半信半疑ながら、これ以上ここで粘るのもあまり得策ではない。 THANKS A LOT!そのあとパブで食事して、先ほど教えてもらった、WOOD STREETのバス停を下見に出かけた。どこにもそんな印はない。他のバスのバス停はあるんだけど、、、 てな訳で、他のバスの運転手に聞くと、「ここでいい」まあ、イギリスらしいって言えばその通りだが、、、翌日の朝は確かにそこから、バスは出発した。こんな、普通のバスのきっぷと同じ形で、1日乗車券なんです! 信じられる?ちなみにバスは、 ミニバス(続く)
2006年09月19日
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ストラトフォード・アポン・エイボン STRATFORD UPON AVONこの長い町の名前は、ストラトフォードという名前の町が、英国内に10個くらいあるので、区別するためだそうです。こちらは、「エイボン川のほとりにあるストラトフォード」という意味だそうです。この地名を知っている人は結構英国通に、はいるかな?実は、シェークスピアの生まれ故郷であり、ロンドンで大成功を収めた後も、この町に戻って演劇を続けた町です。この町は、アン・ハサウエイの家を除くと、歩いて回れる範囲に観光スポットが集まっています。 宿を探すのを後回しにしたおかげで、両手がふさがっていて、残念ながら、ほとんど写真がありません。シェークスピアの生家がそのまま博物館になっていますが、そのあたりは、歩行者天国みたいな広い道で、観光客が多く、なんともとても明るい雰囲気です。インフォメーションセンターが 町はずれにあります。鉄道で行くと、観光地を素通りして行かなくてはならないのがつらいところです。かのエイボン川の橋のたもとで、すっかり喧噪をはずれたところにあるのです。でも、ボクにはここへ行くことがとても重要でした。なぜかというと、翌日バスで、コッツウオルズに行きたかったから。コッツウオルズを個人的に回れるかどうかの情報を持たずに行ったのです。インフォメーションでは、きれいな女性が応対してくれましたが、親切なのだけど、バスで回る人のことまでは気が回らないようで、悪戦苦闘しました。でも、結果オーライで、ちゃんと情報仕入れました!エイボン川の川岸には、ナローボートのたまり場があって、ここは、水上交通の楽しみもあったようです。残念ながら、いずれそんな旅をしたいのですが、ペンディングのままです。近くのパブで ラガーで夕食をとりました。くらくなってから、行きに目を付けていたB&Bに飛び込みで泊めてもらいました。ロンドンに比べるとビックリするほど安い料金でした。
2006年09月17日
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ウオーリック城 WARWICK CASTLE 3これは、パンフレットですが、このおじさんが、建物に入ったとたんにしゃべりだすんです!?ちょっとびっくり!(このおじさんは、ウオーリック城を任されていた男爵だったかと思います)この見渡す限りのところは、このウオーリック城の庭です。こちらもお城の窓から見える庭の池これは庭のどこかから見える代表的なお城の景色のようですが、買ってきた絵はがきです。 立派なガイドブックが今、手元になくて詳しくは書けませんが、 砦の時代のあと、1068年からお城が建てられビクトリア王朝の時代まで、 各時代のイギリスの王様が、 居城として、別荘として 他の貴族達を招いたりして、数百年にわたって 使われていたそうです。(英国の歴史に詳しくないのでどのくらい重要なお城であったかは分かりませんが) ゴーストタワーというチューダー朝時代に建てられた小振りな建物は、 なにやらミステリアスな事件の舞台となったそうでした。 (英語力の不足で、時代背景や人物が今ひとつ分かりません) たぶん、その事件が元で、このお城が使われなくなってしまったかも。 というわけで、日本人には有名でないが、このお城は結構楽しめました。 オクスフォードやストラトフォード、コッツウオルズのついでに是非寄ってみてください。 おみやげに、英国の4つの国の兵隊のミニチュア人形を買ったのですが、 人に1体ずつあげるのももったいないように思って、 我が家のどこかにしまい込んであります。こんな事なら あげてしまうか、飾るかどっちかにしておけばよかった、、、
2006年09月16日
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ウオーリック城 WARWICK CASTLE 2 3つ又の道を抜けて坂を登ると、すぐロータリーになっていて、さりげなく、このような感じになっています。「果たして、これ入り口なのかな?」 という感じですよね。門なのかな? と思いながら中にはいると、 壁?ひとけもないし、何か変な感じ。 ? ?こんなタペストリーのようなものが壁に飾ってありました。このタペストリーは、お城の各時代を簡単に説明したものです。 ここでいいかな? と少し安心。(車の入り口は別のところにあります)細い通路を進んでも、入場券売り場はまだありません。ようやくお城が柵の向こうに見えましたので、ここで間違いないようです。 待ちきれずに、ここから1枚写しましたが、あまりいい写真にはなりませんでした。 お城は芝生の坂の上にありました。 ようやく入場券を購入。日本語の立派な本もあったので一緒に買ってしまいました。 ここは、ディズニーランドのようなお子様用ではありませんが、一種のテーマパークになっていて、蝋人形が飾ってあって当時の様子を再現したり、、中世の騎士の戦いのショートプログラムがあって、タイムテーブルに沿って回ると より楽しみが増えます。(といってもボクの英語力では英語劇の半分も楽しめませんが)数百年にわたって、それぞれの時代の王が城を建増ししていて、それぞれに楽しめます。中庭に向かって、各時代のお城が並んでいます。ここはダンジョンの入り口です。とても狭い入り口から、地下2階まで降りると、そこは牢獄でした。戦国の世の中、敵の王様などを捕まえると、思いっきり汚く、暗く狭い場所に生きている限り閉じこめておくそうです。
2006年09月15日
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ウオーリック城 WARWICK CASTLE って 知ってます?パンフレットからの画像(ボクが撮った写真は次回までお待ち下さい。) ここも、リーズ城と同じく、「イングランドでもっとも美しい城」と、自称しています。 位置は、イギリスはイングランド、ロンドンからほぼ北方向、やや西。 シェークスピアの故郷ストラトフォード・アポン・エイボンにほど近く、 ロンドンのパディントン駅から オックスフォードを抜けて、鉄道で1時間半くらいの場所です。 ヨーロッパのお城が大好きなボクは、ストラトフォード・アポン・エイボンへ向かう 鉄道路線の途中に、ウオーリックという名前の駅を見つけてしまったのです。 名前が単に同じなのか? との疑問は、オックスフォードのインフォメーションで、 しっかり調べてもらって、地図のコピーを手に入れました。 なんだ、歩いて行かれそうだ! 予定外の途中下車です。 ウオーリックという名前の駅は、とんでもない田舎駅で、 駅員一人しか入れないようなレンガの小屋1つしかありません。 午後遅くには、いなくなってしまうそうです。 本日は、ウオーリック城までの静かなウオーリックの町をご紹介いたします。壁面が曲がっていても全然問題なく人が住んでいるようです。道が3つに分かれていました。地元の人がたまたま通りかかったので、道を聞くことが出来ました。一番左側の道を行って坂道のロータリーの正面に歩行者用の入り口がありました。 (続く)
2006年09月14日
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シャーロック・ホームズ SHERLOCK・HOLMES ロンドンは、リージェントパークの南側にベーカー・ストリートはあります。「ベーカー・ストリート」駅の一番近い出口には、壁面全体に とっても小さいけれど、ホームズの横顔シルエットが数え切れないほどの数で迎えてくれる。おっと、ホームズに似てもにつかない・ホームズ博物館の自称ホームズおじさんもこの駅の出口で会ったことがある。何を隠そう、ボクもシャーロキアンなのです、、なんて言うと、本物のシャーロキアンに怒られてしまいそうなほどたいした知識も持たないのですが、ホームズ大好きです!ホームズが活躍していた19世紀後期には、すでに地下鉄が走り、しかし、SLが牽いていたので、乗客はススだらけになるので、ホームズは、もっぱら馬車にしか乗らなかったそうだ。が、たぶん、今の景色とそうは変わらないロンドンであったろうと想像する。ビクトリア時代のありし良き時代には、ベーカー・ストリート221b という住所はなかったそうだ。(「当時は85番地まででその先はアッパーベーカー街、221bはなかった」と読んだことがある。)シャーロック・ホームズ博物館のホントの住所は、ベーカー・ストリート237番地にあるのだが、観光ガイドブックやhpでは、勝手に 221b と称している。(こんなところを許してしまうのがイギリスらしい)博物館の壁にも、ご丁寧に 221b というプレートを貼っている。http://www.sherlock-holmes.co.uk/holmes/japanese/221b番地を含む部分に建つ「アビー・ハウス」ビルには、シャーロック・ホームズへのファンレターが来ると返事を書くことを仕事にしている社員の部屋が今でもあるとのこと。(こんなところもイギリスらしい。)博物館の入口には、警察官のかっこをしたガードマンが立っている。ホームズ博物館で買った絵はがき。みやげ物はちょっと高めだったので、これとキーホルダーしか買わなかった。
2006年09月13日
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下北沢駅2線2層地下方式の図が入りきらなかったので、 続きです。 (資料画像は、すべて、「東京都・世田谷区・渋谷区・小田急」で共同で作ったパンフ「小田急電鉄小田原線(代々木上原~梅ヶ丘駅間)連続立体交差事業及び複々線化事業の概要(発行2006.4)」から転載させていただきました。) なかなか立派なパンフレットです。あと、完成図もありますが、載せなくてもいいですかねぇ。
2006年09月13日
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下北沢駅の改札脇にこの進捗状況を知らせる シモチカナビ「小田急地下化情報ステーション」なる場所が出来ていた。細長いスペースに、片面は工事の進捗状況の写真、片面には、できあがりの断面模型が作られていてわかりやすい。 小田急下北沢駅を地下化する都市計画事業の許可を取得し、 すでに工事が始まっているそうだ。東北沢・下北沢・世田谷代田2.2kmを小田急・東京都・世田谷区・渋谷区で、約665億円をかけて、2003年度から始まり2013年度までに、「連続立体小坂事業」として整備するそうだ。この間の9カ所の踏切撤去し、下北沢の駅前広場と周辺道路の整備が行われる。なかなか立派なパンフが出来ていて、分けていただいた。 駅の構造は、2線2層地下方式。上層は各駅停車の上下二線島式ホーム、下層は急行用の上下二線島式ホーム。普通は、上り同士、下り同士で同じホームにするはずだが、、、説明要員がいたので聞いてみた。「もちろん、上下別の方がいいのですが、鉄道で許される勾配では各駅停車がうまくいかないのです」とのこと。聞いてみると、各駅停車では、両隣の駅からの距離では、勾配がきつくなりすぎるそうだ。なるほど!総武快速線の両国駅通過と同じ状況のようだ。各駅も、地下化された東北沢駅を出てからもぐるが、急行はこれまでの通過線の部分から勾配を付けてしまうのだそうだ。なるほど、同方向への乗換が出来ない分、利便性は落ちるが、工事費、期間が短縮できるようだ。計画ではあと五年!下北沢駅の未来を楽しみにも思うが、昭和レトロの雰囲気を残した下北沢駅北口の一角が無くなってしまうのを寂しくも思うのです。 (資料画像は、すべて、「東京都・世田谷区・渋谷区・小田急」で共同で作ったパンフ「小田急電鉄小田原線(代々木上原~梅ヶ丘駅間)連続立体交差事業及び複々線化事業の概要(発行2006.4)」から転載させていただきました。)
2006年09月13日
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若者の街、下北沢で降りてみた。下北沢駅には、小田急側に北口と南口、井の頭線側に東口 と3つの出口がある。思った以上に広がっていて、どこがどこやら分からなかった。小田急線は、代々木上原から登戸までのかなり複々線化の工事が完了して、 急行でも各停でも、新宿までの所要時間がかなり短縮している。しかし、小田急線下北沢駅は、かなり窮屈な場所に位置していて、見るからにネックである。小田急のすぐ上を井の頭線の駅が交差しているので、複々線化と踏切廃止の立体化はどのような方法でやるのかと、いつも通るたびに不思議だった。まずは、井の頭線のホームへ。その先に井の頭線側の改札口が、地下にあった。踏切の両脇に出口があった。そこから、この街に歩き出す。若者の街だけあって、若者向けの店が多く並ぶ。ボクはあまり若くないので、渋そうな店を探している。といって当てがあるわけでもないのだが。想像以上にこの街は増殖していた。いろんな店がある。ぐるぐるっと回って、小田急の踏切に出た。 実際に踏切に立ってみると、開かずの踏切とは言わないがほとんどの時間は遮断機が下りている。 地上で立体交差する用地もないし、井の頭線のそのまた上を通すというのも現実的に思われなかった。 (この件については情報を手に入れたので後日記す)また、駅前広場と周辺道路について、「戦後すぐ計画されたがお蔵入りされた道路が、決まっているかのごとく地元のうちのほんの一部に知らされた。地元商店街やこの街のファンの人々との意見調整はうまく進んでいない」と、先日新聞の記事で読んだ。北口で特に多くの反対があるようだ。下北沢のごちゃごちゃっとしたところが魅力なので、どこにでもあるようなタクシー乗り場や駅前広場が必要なのかというとあまりこの街とは縁のないボクにさえも疑問が残る。北口に、戦後のまま取り残されたような一角があった。レトロな感じがいいのだが、午後のこの時間は残念ながらちょっと閑散としている。ところで、この、「うさや」という看板のお店知っていますか?実は、先日の読売新聞に、イラストで紹介されていたお店だ。、、、、実は、看板はお菓子屋さん、、、 ところが、ところが、ここはビストロなのです!この店の名は、「ウサヤ・デ・タパス」。夕方から深夜2時まで開いているそうで、不思議なレトロさ。この日はおなかが空いてもいないし、ワインを飲むという時間まだまだだいぶあるので、残念!次回、もう少し暗くなってから行ってみたい。食事というよりワインを楽しみたい。楽しみだ!(近いうちに 下北沢駅 もっと鉄! の続編書きます。)
2006年09月12日
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身延へ行ってきました。 身延線 って、特急以外はめったに直通がありません。中央線の甲府から東海道の富士まで、南北に主に富士川に沿って走ります。まだまだ湘南色の115系が3両編成で生き残っています。新型はワンマンカーです。身延山久遠寺日蓮聖人の60過ぎてからのお寺、身延山久遠寺。名前は聞くけど行ったことのないところでした。身延駅駅前の富士川です。バスで15分くらい280円です。バスの終点から門前町の坂を登る。 100段登ったら、あと半分かと思ったら、まだあと200段くらい。五重塔は寄進受付中です。帰りは、階段を避けて女坂を転げるように小走りで降りてきました。
2006年09月12日
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お座敷電「車新なのはな」号 アッパークラスさんの ブログのオフ会に参加して、http://www.upperclass.jp/archives/50585895.html乗ってきました。お座敷電車「新なのはな」号。楽しかったです。実は、相当昔、初代のお座敷電車「なのはな」号にも乗っているんです。その種車は165系で、臨時急行グリーン料金でした。今回の「新なのはな」は、快速(つまり普通列車扱い)のグリーン料金。しかも種車は特急用の485系。相当お買い得です。ごく最近の車両かと思っていたら、1988年デビュー、千葉所属です。列車名 「快速 お座敷山梨ぶどう狩り (列車番号 9577M) 全車グリーン車指定席・お座敷電車 千葉発、新宿経由甲府行き。運転日 2006年9月2、3、9、10、16~18、23、24日運転 立川 09:52 八王子 10:00 勝沼ぶどう郷 10:49 塩山 10:53 山梨市 10:58 石和温泉 11:03 甲府 11:11着集合は、立川駅ホームで、解散予定は 石和温泉駅。昔のジョイフルトレインは、臨時の急行枠だったので、特急に抜かれたり、時間調整したりして散々でしたが、今回のは早いです。オール2階建て215系の「ホリデー快速ビューやまなし」号の前を走るのですから。 なかなか乗れないお座敷列車に乗れてご機嫌です。帰りも乗りたかったけど、身延線周りで、帰りました。 旧なのはな号 (165系改造)のオレンジカードです。
2006年09月12日
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イエメン戦、我那覇がロスタイムに入って、1点入れた。おめでとう!我那覇!2300mもの高地で、カウンターだけ狙ってくるイエメンに日本の方が押してたのになあ という感想を言わなければならないところを、交代して数分の我那覇が押し込んだ。イエメンテレビの映像のせいか、入った場面をなかなか見せてくれなくって、ひやひやした。正直に言えば、イエメンに引き分けでも、問題はなかったのだが、もちろん、しっかり勝つ方がいいに決まっている。11月のサウジ戦までだいぶあるが、これでゆっくりJリーグで頑張ればいいこととなった。オシムが監督なら、若手にチャンスが多い!Jリーグも、おもしろくなるかな?
2006年09月06日
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オシムサッカー 頑張ってるじゃないか! イエメンの2000mの高地、とんでもなく荒れたピッチ。 前半終わって、0-0 サウジに負けて、もう、オシムに対しての批判が生まれているけど、 冷静に見て欲しい。 アジアカップの今回は予選も予選、 このグループは、サウジ、イエメン、日本、インド。 この中で2チームが予選突破だ。 1つや2つ負けたからと言ってガタガタ騒ぐ必要はない。万が一の場合、サウジには2つ負けたっていい。でも、もう1回はホームだ。充分に勝てると思う。イエメンにはもうすでに1回勝っているので、もし今日負けたとしても、1勝1敗。その場合は、次のサウジとの戦いは大事な1戦かもしれない。ブラジルだって、ワールドカップの南米予選じゃ結構負けている。オシムは、負けた試合にこそ、教訓が詰まっている と言っている。 来年のアジアカップに出られないなら大変だが、ワールドカップまでの最初の1年目なのだから、負けの1つや2つに目くじら立てずに、見守ろうよ。アジアカップは、韓国や、オーストラリアとの真剣勝負が大事だし、もし優勝できればすばらしい!コンフェデレーションズカップに出られるから。コンフェデなら、各大陸代表だから、強い国が真剣で来る。 ヨーロッパ組を呼ぶのはまだ先でいいし、オシムには、もっともっと若手を発掘してもらいたい。今日の試合は、高度2000mのアウェイ戦だ。ボクも、スイスのツェルマットで走ったら高山病になった。高山病や、あのでこぼこのピッチでケガなくいい試合をしてくれれば、選手をほめてあげたい。長い目で応援しましょう!
2006年09月06日
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メトロ10000系の営業運転に、早速遭遇しました。 「10000系デビュー」のブルーのステッカーが貼ってありました。 10002 だったと思います。(永田町駅) 「貫通ドア」は透明ガラスでたしかに幅広い! 慣れないので通過する人が2枚目のドアを引くところがわからずに ドアでないところをしきりに引いていました。 なんだかわからないかもしれませんが、 網棚が透明ガラスなので、荷物がないと天井が丸見えです。 自慢の液晶2つあるはずが、1つでした。 後で追加するのでしょうか? あと変わったのは、 エアコンの吹き出し口が、 車室の長い辺と並行にあるのでなく、 直角にドアごとに2つ、つまり8カ所ありました。 (おかげで蛍光灯がその部分が途切れてわずかに暗いような、、) 間接照明になっているため、蛍光灯の真下にカバーがある分暗くなっています。 座席の下が空中に浮いていますが、小型ながら暖房機は付いています。 (三田線や乗り入れの東急線だとがらんどうに見えますが) 立っている人がつかむための柱が、微妙なカーブを描いていて、 座っていても、(垂直より)いいかもしれない。 ドア脇の立つ人がつかまる棒に部分もカバーがデザインされていることも新しい。 床がホームと同じ高さなのも新しい工夫でしたっけ。 しばらく、手を抜いたような安普請の新車ばかり見ていたけど、 10000系は、いろいろ新鮮な工夫が見られる、いい新型車です。 間接照明だけは読書にも困るし、日本人にはちょっと暗い印象なので、 デザイン優先かもしれないけど、カバーははずしてほしいなあ。 追記 12/6 10000形に乗ってみたら、なんだか明るいです。 やはり間接照明が嫌われたのか、カバーがはずされて明るくなりました。 折角のデザイナーの工夫だったけど、日本人は明るい方が好きなんです!
2006年09月06日
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2006.10.31「台湾新幹線」暫定開業決まる! 昨年10月開業するはずだった台湾新幹線、今年10月開業! って、 10/31 今、最高時速300KM/hを、各地で、 ほぼ全線で記録して、台湾国内では大変な盛り上がりだそうだ。 高雄は町はずれの「左営」駅まで当初の予定通りだけど、 台北も結局、市内まで入れず、板橋市の「板橋」までだって。 (2007年1月には台北駅乗り入れするらしい) どちらも中心までは約10KMくらいあるし、、、ホントに暫定開業。 ホントは88往復、将来的には178往復を考えていたのに、 20往復(?)、 ホントにホントに暫定開業だ。 でも、今まで自彊号で、4時間半掛かっていたところが、 新幹線だと最短90分というのはすごいことだ。 それも、台北・台中・台南・高雄のメイン都市を串刺しだから、 4社もある国内航空会社も大変だろう。 在来線は台鉄(台湾鉄路(国鉄))で、新幹線は高鉄(高速鉄道)と別会社。 台鉄も、短距離輸送と、東海岸で花連への自彊号を増発するしか生きる道はない。 カーブを速い速度で走れる振り子列車も日本から輸入して増強するそうだ。 長距離バスは、値段の安さで生き残れるだろうか。 1日20往復だと、まだまだTGVの世界だけど、 本格的に88往復になれば、台北高雄(345KM)がホントに日帰り圏内になってしまう。 まあ、ボクの旅ではそんなことはしないと思うけど、 新幹線ができたら、台湾再訪してみたいなあ。 (参考)フジサンケイビジネス http://www.business-i.jp/news/world-page/news/200608310007a.nwc
2006年09月06日
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オシムジャパン、最初の敗戦! ずっと勝ち続けられるようなチームではない。きびしく鍛えられて、しっかりいいチームになれ! サウジアラビア戦、オシムのサッカーができていなかった。そりゃ言うとおりにできるわけがない。まだ3戦目。 若いチームを最初から鍛えて欲しい。今平均26歳、次のワールドカップには平均30歳になる。まだまだこの中からふるい落とされるはずだ。 あさ、 眠い目をこすりながら起きて応援した。 パスが回らない。 シュートが決まらない!もう少しだけキーパーを意識してちょっとだけずらして蹴れたら、、、 素人だから言えるのかもしれないが、 でも、やってよ! まあ、これで3連勝なんてしてしまって驕ってしまってもなんだから、 まあ、ゆっくりやろうよ! アジアカップという本気の勝負だから、まだまだ崖っぷちとならないうちに学習して 頑張れ!みんなで温かく見守っていこう!
2006年09月04日
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フィゲーレス FIGUERES 「この町は ダリミュージアムがあることだけで、有名である」と書かれている。 この街はとても小さく人口も少ない。駅前の広場から、朝市をやっている広場、ランブラ広場の周りにちょっとした繁華街、そして、坂道を登ったところに ダリミュージアムがある。 駅からも歩いて20分くらいで着きそうなところにダリミュージアムはあった。そのまわりだけ、絵はがきやおみやげ物屋さんが並び、一風変わった一角となっている。 列車の時間もあるので、歩ける距離ではあったが時間の節約でタクシーを利用。巨大な卵をいくつものせた大きな赤い建物が現れた。 サルバトーレ・ダリなぜかこの男の作った造形が気になっていた。曲がりくねった時計とか、心象風景を描いているような、、、 20世紀の生んだ画家は、夫人ガラとの愛情をはぐくみ、マスコミをも利用してその特異世界を作ったという。入場口は、赤い建物でなく、路地を入った小さな広場。冬時間だったので10:30開館で、待たされる羽目になる。広場、屋根の上、入り口横のディスプレイで、すでに奇妙な世界を演出する。 10:30少し前に開館。入場券を2枚くれる。 不思議に思って聞くと、別館・宝飾館があるという。 入ると、「車にくっついた女神像」? と、不思議な壁画。近寄れないものと思っていたら、そのまま順路に従って、作品を目の前にできる。小品から大きなものまで、いろいろなものがある。 建物全部がダリミュージアムなので中庭もある。ちょっと普通?あまりに奇抜さを期待しすぎると、おもしろくないところもある。 奇妙な世界を出ると、もう1枚の 宝飾館へ。 入り口はどれ? こんなところにもダリのイタヅラっぽさが見える。 宝飾館は、黒い布で覆われた、少しの照明でダリの作った宝飾品が並ぶ。 貧乏人のボクでは考えられないような、お金に任せて作った作品の数々。 彼は、20世紀の成功者だ とわかった。 帰りは歩いて駅まで。ランブラ広場
2006年09月04日
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代々木公園代々木公園は、木々がたくさんあって、木陰では、夏でも涼しい。表参道には、なぜにこんなに人がいるのだろうか?と思うほどなのに、すぐ近くにこんなところがある。 公園の売店でフリスビーでも買って、楽しめば汗をかいても健康的だ。原宿口から一番奥にはレンタサイクルもある。何もせずに木陰でレジャーシートを敷いて寝ころぶのももちろんOK。外人さんもこういったところはよく知っていて、結構散歩を楽しんでいる。 ロンドンにはかなわないけど、東京にもこんな自然(?)が残っている。ここは、戦前には陸軍の練兵場であったところ。そして戦後は進駐軍が接収して、東京オリンピックの前にようやく返してもらったところ。 「十四烈士の碑」というのがある。終戦の5日後、14人の武道家たちが敗戦をはかなんで腹を切ったところだそうだ。進駐軍に特別にお願いして碑を作ることが許されたとある。まあ、のんびり過ごすにはこんなところが一番だ。さまざまな楽器の練習する音楽が時折聞こえて、そんなこともなかなかいい。 ゆっくり昼寝でもして、喧噪の街に戻る。山手線の上を渡る橋。これは東京オリンピックの時に架けられた五輪橋だ。もう42年も前になるのか、、、
2006年09月04日
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ブラジルフェア2006ブラジルフェアを明治公園でやるとなにかで見てやってきた。群馬県大泉町からも大挙ブラジル系の人たちがやって来るという。浅草サンバカーニバルを今年も見逃して、ちょっとだけでもブラジルの雰囲気を楽しみたかった。初年度で思ったより規模は小さかったが、舞台の音楽に合わせてみんな踊ってしまう、楽天的な雰囲気が感じられた。来年は代々木公園でもっと大きく開催されるというのが楽しみだ。ブラジルの食べ物、途中から値下げされたけど、もうちょっと安くして欲しかった。
2006年09月03日
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NARBONNE ナルボーン 発音が日本人には難しい。 (ナるボーンヌ) と発音するそうだ。地球の歩き方にも載っていないこの街は、意外といい町だった。南フランスでも、コートダジュールでなく、スペイン寄り。世界遺産カルカッソンヌへの乗換駅。カタランタルゴに乗り遅れてしまったものだから、次の列車の接続が悪く、この街で4時間の足止めを食った。なにしろ、歩き方にも載っていないので、どこへ行ったらいいのやら、、、 と、英語が通じない。インフォメーションを探すのも一苦労。 でも、ようやっと教えてもらって、地図をもらう。 町の中心に運河が流れている。まずはそちらへ。運河際では のみの市が。そして、立派な教会が。 運河際のカフェで エスプレッソを1杯。そして、インターネットカフェで少々時間をつぶしたら、教会の名前を見てくるのを忘れてしまった。ここは、フランスの湖水地方(?)なので、夏にはこんな船でのクルーズが楽しめるのであろう。残念ながらボクの行ったのは冬で運休中だった。 フランス語がしゃべれればもっと楽しかったのにと残念でした。
2006年09月01日
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ケンジントン・パレス ロンドンには、町の真ん中にとても広い公園がいくつもある。その中で、ケンジントン公園とハイド・パークが隣り合って大きな面積を占めている。 ケンジントン公園には、ダイアナも住んでいた、ケンジントンパレスがある。朝早くから多くの人が、散歩に、朝の通勤に、ジョギングに訪れる。パディントン駅周辺のあまり高級でないホテルに泊まったボクも朝の散歩に来た。公園に中央に大きな池があって、鴨やアヒルが泳いでいる。池の向こう側に パレスという割にはあまり大きくないレンガの建物があった。でも、それがケンジントンパレスだった。 「ケンジントンパレス・ステート・アパートメント」と書かれていた。 ダイアナ元妃の遺品が飾られているそうだが、開館は朝10時。 残念だったが、門の写真を撮ってそこを後にした。隣の敷地には オランジェリー と書かれた温室があった。ここから葬送の列がスタートしたということを思い出した。 ケンジントン公園には、ピーターパンの像がある。これはパレスとは反対側のハイド・パークとの境の散歩道にあった。通行する人たちにはあまり興味の対象でないようで、数人に聞いてやっと知ってる人がいた。 切り株の上に立つピーターパンは、あまりかわいく感じられなかった。イタリア人カップルが台座のところに座っていたので、切り株の下の部分はカット。朝露に濡れるベンチ
2006年09月01日
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