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・一 優婆塞・優婆夷の形体たりながら出家のごとく、 しひて法名をもちゐる、いはれなき事。
本願の文に、すでに「十方衆生」のことばあり。宗家(善導)の御釈(玄義分 二九七)に、また「道俗時衆」と等あり。
釈尊四部の遺弟に、道の二種は比丘・比丘尼、俗の二種は優婆塞・優婆夷なれば、俗の二種も仏弟子のがはに入れる条、勿論なり。
なかんづくに、不思議の仏智をたもつ道俗の四種、通途の凡体においては、しばらくさしおく。
仏願力の不思議をもつて無善造悪の凡夫を摂取不捨したまふ ときは、 道の二種はいみじく、俗の二種が往生の位不足なるべきにあらず 。
その進道の階次をいふとき、ただおなじ座席 なり。
しかるうへは、 かならずしも俗の二種をしりぞけて、道の二種をすすましむべきにあらざる ところに、女形・俗形たりながら法名をもちゐる条、本形としてはの往生浄土器ものにきらはれたるに似たり。
ただ男女・善悪の凡夫をはたらかさぬ本形にて、本願の不思議をもつて生るべからざるものを生れさせたればこそ、超世の願ともなづけ、横超の直道ともきこえはんべれ。
この一段、ことに曾祖師(法然房源空聖人)ならびに祖師(親鸞聖人)以来、伝授相承の眼目たり。
あへて聊爾に処すべからざるものなり。






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