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(AIモードより)丹霞焼仏「丹霞焼仏(たんかしょうぶつ)」とは、中国・唐代の禅僧である丹霞天然(たんかてんねん)が、寒さをしのぐために木彫りの仏像を燃やして暖をとったという、禅宗の有名な逸話(公案)およびそれを描いた画題です。形や固定観念に囚われがちな人間の信仰心や主観を揺さぶり、「真の仏(本質)とは何か」を問いかける禅の教えとして、古くから多くの禅画に描かれてきました。逸話のあらすじある厳しい冬の日、洛陽の慧林寺を訪れた丹霞天然は、あまりの寒さに耐えかねて、お堂に安置されていた木造の仏像を引っ張り出して燃やし、暖をとり始めました。それを見た寺の住職(院主)は激怒し、こう咎めました。「何という罰当たりなことをするのだ!寺の不朽の名作である仏像をなぜ焼くのか!」すると丹霞は平然と火をいじりながら答えました。「いや、私はこれ(仏像)を焼いて、仏舎利(お釈迦様の遺骨)を採ろうとしているのです」住職はさらに怒って言いました。「ただの木像から仏舎利が出るわけがないだろう!」丹霞はすかさずこう言い放ちました。「舎利が出ないのであれば、これはただの薪(まき)にすぎません。それなら、もう2つほど持ってきて燃やしても構いませんね」それを聞いた住職は何も言い返せなくなり、逆に仏の形に執着した罪によって、眉毛が抜け落ちてしまったと伝えられています。禅における教え(本質)このエキセントリックな行動には、以下のような深い禅のメッセージが込められています。偶像崇拝の打破: 仏像という「形(物質)」を崇めるあまり、その奥にある「仏性(本質)」を見失ってはならないという戒めです。とらわれない心: 丹霞にとって仏像は単なる「木」であり、住職にとっては聖なる「仏」でした。住職は「仏像を燃やすと罰が当たる」という主観的な固定観念(妄執)に縛られていたのに対し、丹霞は一切の偏見から脱却した自由な境地にいました。即心是仏: 仏は外にある像ではなく、人間の内なる心にこそ宿っているという禅の根本思想(脚下照顧)を体現しています。美術品としての「丹霞焼仏図」このインパクトのある物語は、後世の絵師たちに好まれる格好のテーマとなりました。特に有名な作品は以下の通りです。国宝『禅機図断簡(丹霞焼仏図)』: 元時代の高僧・因陀羅(いんだら)が描き、楚石梵琦(そせきぼんき)が賛(詩)を寄せた水墨画です。日本のアーティゾン美術館(東京)に所蔵されており、ニヤリとしながら仏像を燃やす丹霞と、それを慌てて咎める僧の対比が生き生きと描かれています。仙厓義梵の『丹霞焼仏図』: 江戸時代のユーモラスな禅僧・仙厓(せんがい)も、この画題を親しみやすいタッチで描いており、出光美術館などにその書画が伝わっています。・眉鬚堕落「眉鬚堕落(びしゅだらく)」は、「言葉を弄して、みだりに(いい加減に)仏法を説くと、その罰で眉やひげが抜け落ちてしまう」という意味の禅語です。言葉で表せない究極の真理(不立文字・教外別伝)を重んじる禅の世界において、生半可な知識で悟りを語ることの恐ろしさを厳しく戒める言葉として使われます。由来と背景この言葉は、唐の時代の禅僧、丹霞天然(たんかてんねん)の「丹霞焼仏(たんかしょうぶつ)」という有名な逸話に由来します。仏像を燃やした逸話:ある大変寒い冬の日、丹霞が寺の木彫りの仏像を薪にして火をつけ、暖をとっていました。それを見た住職は激怒し、「何という罰当たりなことをするのか!」と責め立てました。丹霞の返し:丹霞は平然と「仏像を焼いて、骨から出る聖なる灰(舎利)を取ろうとしたのです」と答えました。住職が「木像から舎利が出るわけがないだろう」と言うと、丹霞は「それならただの木片ですから、残りの仏像も燃やして暖をとりましょう」と言い放ちました。眉鬚堕落の瞬間:住職は仏法の真理(形に囚われて本質を見失ってはいけないという教え)に気づかず、ただ形式的な怒りに任せて言葉を弄したため、その罰としてその場で眉毛とひげがすべて抜け落ちてしまったとされています。江戸時代の高僧であり画家の仙厓義梵も、この場面を「若言焼仏 堕落眉鬚(焼仏というがごとく、眉鬚堕落す)」という賛を添えてユーモラスな禅画に残しています。現代における教訓この言葉は、現代の私たちにとっても以下のような重要な教訓を含んでいます。知ったかぶりへの戒め: よく理解していないことを、さも知っているかのように語ることの危うさ。知行合一の重要性: 理屈や言葉だけを並べるのではなく、自らの体験や実践が伴っていなければ意味がないということ。・不惜眉毛「不惜眉毛(ふしゃくびもう・びもうをおしまず)」とは、「眉毛が抜け落ちるという罰を恐れることなく、人々のために真剣に仏法を説く」という意味の禅語(仏教用語)です。「自分の身や命を捧げて尽くす」という意味の「不惜身命(ふしゃくしんみょう)」と似ていますが、こちらは「眉毛」を惜しまないという少しユニークな由来を持っています。由来と背景嘘を言うと眉毛が抜ける古くから仏教の教えでは、いい加減な言葉で間違った仏法を説いたり、嘘を言ったりすると、罰として「眉毛やひげが抜け落ちる(眉鬚堕落)」と信じられていました。リスクを恐れない姿勢「もし自分の説法が間違っていて、眉毛が抜けてしまったとしても構わない。それでも私は目の前の人を救うために、熱意を持って仏の教えを語り続ける」という、命がけの慈悲心と強い覚悟を表しています。現代における意味と使い方ビジネスや日常生活においては、以下のような熱意ある行動を表現する際に使えます。誤解や批判を恐れず、相手のために本音でアドバイスする。自分の評価が下がるリスクがあっても、本当に正しいことを周囲に伝える。「不惜眉毛の精神で、若手の育成に全力を注ぐ」といった決意表明。・
2026.08.31
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天上天下 唯我独尊 三界皆苦 吾当安此 (てんじょうてんげ ゆいがどくそん さんがいかいく がとうあんし)(AIによる概要より)「天上天下唯我独尊」は、仏教の開祖であるお釈迦様が誕生された時に発したとされる言葉です。この言葉に続く「三界皆苦 吾当安此」まで合わせることで、「すべての人の命は無条件で尊く、苦悩に満ちたこの世界に安らぎをもたらそう」という誓願が表されています。各フレーズの現代語訳と詳しい意味は以下の通りです。1. 天上天下 唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)読み下し: 天上天下にただ我ひとり尊し意味: 天の上にも下にも、自分と同じ命は他にない。誰かと優劣を競うのではなく、誰もが「かけがえのない、ただ一つだけの尊い存在」であるという意味です。決して「自分だけが偉い」といううぬぼれや傲慢な意味ではありません。2. 三界皆苦 吾当安此(さんがいかいく がとうあんし)読み下し: 三界は皆苦なり、吾まさに此れを安んずべし意味: 私たちが住む迷いと欲望の世界(三界)は、どこに行っても苦しみに満ちている。だからこそ、自分がその苦しみの世界にいる人々を救い、本当の安らぎを与えようという、お釈迦様の強い慈悲の誓いを示しています。お釈迦様は「すべての人の命はかけがえのないもので尊い」と宣言し、苦しんでいる人々を救うためにこの世に現れたと伝えられています。(AIモードより)天上天下 唯我独尊 三界皆苦 吾当安此こちらは、お釈迦様がご誕生された際におっしゃったとされる伝説的な言葉(誕生偈)ですね。多くの人に知られる「天上天下 唯我独尊」のあとに続く、非常に慈悲深く力強いお言葉です。それぞれの句には、以下のような深い意味が込められています。天上天下 唯我独尊(てんじょうてんげ ゆいがどくそん)「この広い宇宙の中で、たった一つしかない『自分』という命は、何物にも代えがたい尊い存在である」という意味です。決して「自分だけが偉い」という傲慢な意味ではなく、すべての人が誰かと比較することのできない、かけがえのない命を授かっているという「命の尊厳」を説いています。三界 皆苦(さんがい かいく)「私たちが住むこの迷いや苦しみに満ちた世界(欲界・色界・無色界)は、どこを見渡しても苦悩に満ちている」という意味です。吾当安此(がとう あんし)「私がまさに、この苦しみにあえぐすべての人々を救い、安らぎを与えよう」という、お釈迦様の強い誓いと慈悲の心が表されています。人生の悩みや苦しみ(三界皆苦)に寄り添い、それを乗り越えるための救い(吾当安此)を約束する、仏教の精神が凝縮された非常に美しい言葉ですね。お釈迦様のご生涯お釈迦様は約2500年程前、ヒマーラヤの麓にあったカピラヴァストゥを居城とする、釈迦族の王家として誕生しました。お釈迦様が誕生した直後に東西南北にそれぞれ七歩進み、右手で天を指し、左手で地を指しながら次の言葉を発したと伝えられています。天上天下唯我独尊 (てんじょうてんげ ゆいがどくそん)三界皆苦吾当安之 (さんがいかいく ごとうあんし) (『修行本起経』)前半についてはどこかで聞いたことがある言葉ではないでしょうか?私たちがこの「天上天下唯我独尊」と聞くと真っ先にヤンキーや暴走族が旗に掲げるイメージが浮かびますが、実はこれ、お釈迦様のお言葉なのです。「天上天下唯我独尊」という言葉だけ聞きますと「自分が一番偉い!」というように、傲慢な言葉としてよく誤解されています。大事なのはその後に続く言葉「三界皆苦吾当安之」という言葉です。「天上天下唯我独尊 三界皆苦吾当安之」というのは「世界で唯一最も尊い生き方がある。それは、迷いの世界で苦しむ人々を安らかにしていくという生き方である(意訳)」というのが正しい解釈です。「自分を差し置いてでも、他者の幸せのために活動していく慈悲の心こそ、この世で最も尊い心なのですよ」と教えてくださるのがこの「誕生偈」と呼ばれる言葉です。お釈迦様が誕生したと伝えられる4月8日は現在「はなまつり」「灌仏会(かんぶつえ)」というお釈迦様の誕生を祝う行事が営まれています。「天上天下唯我独尊 三界皆苦吾当安之」というのは「世界で唯一最も尊い生き方がある。それは、迷いの世界で苦しむ人々を安らかにしていくという生き方である(意訳)」というのが正しい解釈です。「自分を差し置いてでも、他者の幸せのために活動していく慈悲の心こそ、この世で最も尊い心なのですよ」と教えてくださるのがこの「誕生偈」と呼ばれる言葉です。お釈迦様が誕生したと伝えられる4月8日は現在「はなまつり」「灌仏会(かんぶつえ)」というお釈迦様の誕生を祝う行事が営まれています。・「七歩」の意味お釈迦様が誕生した直後七歩あゆみを進めた、というのは「迷いの境涯である六道(六界)を超えた存在」という意味があります。※六道…地獄・餓鬼・畜生・修羅・人・天という6つの迷いの境涯のこと。仏教では人間界だけでなく、天界も迷いの境涯に該当します。・「甘露の雨」お釈迦様が誕生した際、天が祝福をし甘露の雨を降らせた、と経典には説かれます。その甘露の雨が降ったという伝説にしたがって「はなまつり」ではお釈迦様の誕生仏に甘茶をかけてお祝いをします。実は誕生の時だけではなく、お悟りを開く時、涅槃に入る時など、お釈迦様の生涯において大事な場面は必ずこの甘露の雨が降ります。肝心な時はいつも祝福の雨。お釈迦様は今でいう「雨男」だったのかもしれませんね。摩耶(マーヤー)釈迦(シャーキャ)族の王・浄飯王(シュッドーダナ)の妃。右脇からお釈迦様が生まれ、その7日後に亡くなった。摩訶波闍波提(マハーパジャーパティー)摩耶(マーヤー)のそのまた妹。摩耶(マーヤー)が亡くなった後、浄飯王(シュッドーダナ)の妃に迎えられ、お釈迦様の養母となった。孫陀羅難陀(スンダラナンダ)の母でもあり、最初の比丘尼でもある。釈迦族釈迦族(シャーキヤ族)は、紀元前5世紀〜6世紀頃の古代北インドに存在した部族であり、仏教の開祖である「釈迦(ゴータマ・シッダールタ)」の出身部族として世界的に広く知られています。以下に、その歴史、社会、そして滅亡までの特徴を分かりやすくまとめました。釈迦族の基本概要人種・ルーツ:伝統的にはアーリア人のクシャトリヤ(王族・戦士)階級とされますが、農耕民族であった点などからチベット・ビルマ系などのモンゴル系種族であるとする説もあります。地理的場所:現在のネパール南部からインド国境付近に位置するカピラ城(カピラヴァットゥ)を中心とした地域。社会制度:強力な一人の王が支配する専制君主制ではなく、有力な貴族(クシャトリヤ階級)の代表が集まって政治を決める共和国制(ガナ・サハ)に近い形態だったとされています。経済基盤:当時としては珍しく米食中心の農耕民族であり、豊かな米の生産で生活が安定していました。釈迦(ブッダ)との関係仏教で使われる様々な呼び名は、この「釈迦族」という名前に由来しています。「釈迦(しゃか)」:釈迦族の名称そのものが省略された呼び名です。「釈尊(しゃくそん)」:「釈迦族出身の尊いお方」という意味の敬称です。「釈迦牟尼(しゃかむに)」:「釈迦族の聖者(ムニ)」を意味します。出自:釈迦は、この釈迦族の頭領(または王)であったスッドーダナ(浄飯王)の王子として生まれました。悲劇的な滅亡釈迦族は、釈迦が晩年を迎えた時期にコーサラ国のヴィドゥーダバ王(波瑠璃王)によって急襲され、非業の滅亡を遂げたと伝えられています。滅亡の原因:コーサラ国の前王が釈迦族から妃を娶ろうとした際、釈迦族はプライドの高さから「王女」と偽って「奴隷階級の女性」を嫁がせました。その間に生まれたヴィドゥーダバ王子が後に事実を知り、激しい怨みを抱いたことが原因とされています。ブッダの制止:ヴィドゥーダバ王が軍を率いて釈迦族を攻めようとした際、釈迦は道中に3度立ち塞がり、「親族の木陰は涼しい(身内を守りたい)」と無言で訴えて軍を撤退させました。しかし4回目は「宿業(カルマ)は避けられない」として静観し、釈迦族は虐殺され、カピラ城は焼き尽くされました。
2026.08.30
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《香樹院語録》より《五五。後生願わぬ四因》後生に心のふり向かぬは、四の因縁ありと仏説きたまえり。一には、放逸の故に。二には、大地獄あることを信ぜざるが故に。三には、業異熟を知らざるが故に。四には、まさに死すべき事を知らざるが故に。・《香樹院語録》より《五六。聞法の四時》法を聞く時を求むるに四あり。一に、小壮して勢力のある間にきけ。二に、三宝のまします間にきけ。三に、財宝物のある間にきけ。四に。万物の離散せざる間にきけ。・《香樹院語録》より《五九。喜びのかづかづ》此世の喜びは人々同じからず。浄土を願う身には誰もかれも同じ数多き喜びあり。一。三悪道をはなれて、人間に生れたる喜び。一。仏法に値いまいらせたる喜び。一。この弘願他力に値いまいらせたる喜び。一。六根具足の喜び。一。悪縁に障えられず、聴聞することの出来る喜び。一。信を得て念仏する喜び。 この喜びを知るならば、浮世の不足は云うては居られぬほどに、よくよく心得られよ。・《香樹院語録》より《七三。断見、常見》断見ーーー因果業報を知らず。 地獄極楽をなしと執ず。常見ーーー無常迅速を知らず。 他力の方便を知らず。・《香樹院語録》より《八八。南無阿弥陀仏》南無阿弥陀仏(一枚衣物)至心ーー大悲の心は、永く未とほるなり。信楽ーー出来あがったゆえに、くれんと思ふ。欲生ーー与へんとよびあるく。・《香樹院語録》より《一〇〇。選択摂取》選ーーさがし求めて、選ぶほどのこころ也。たとえば、我が子に嫁をもらうと思うと、親が色々と手をまわし、探し求めて、器量から年格好、身分のつりあいなどと、広い所から選びとり出すこころなり。択ーー多くの中よりよきものを取り出して、我がものにすること也。たとえば、母親が我が娘に着物を買うてやろうと思うて、呉服屋へ行って、いくらかの中より、我が娘に相応したものを選びて買うが如し。一枚の着物を買うにも、母はなかなかの心づかいじゃ。摂ーー取りとめて持って居ること。取ーー向いのものを我ものに取りいれること也。・《香樹院語録》より《一二〇。信と行》信ずることは易く行ずることは難し。ーーー聖道門行ずる事は易く信ずることは難し。 ーーー弘願他力門。聖道の機を以って弘願の法を行ずる。ーーー自余浄土門
2026.08.29
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2026/8/27。仕事帰りに、高宮のセリアにて…株式会社エイコー製《東方Projectゆっくりインテリアミニフィギュア》、残り4種をば購入しました!・表情違い1。表情違い2。コチラは、先月購入した分。・魔理沙3種。霊夢3種。全6種フルコンプ(リート)!・コチラは、先月ナノブロックでツクった胴体。先月の組み合わせ。同じよーに…組み合わせてみました!メカアーツもだケド、完全に諦めていた物が、後になって手に入る!ソレが当方、ぶうぶのまあち!!・
2026.08.28
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一昨日(2026/8/25)よーやっと手に入れました…ベル玩菓製《メカアーツ》!↓↓↓その日のうちに、3体とも組み立てました!・No.1:CROWクロウ・軽量近距離戦闘ユニット装備一覧。下段左から…ハンドガトリング、シールド、ビームライフル、ソードユニット、センサーユニット、ウェポンユニット。右手にはハンドガトリング。右腕にはパイルバンカーでも仕込んでそーなシールド。左手にはビームライフル。左腕にはスラスター付きのソードユニット。右肩部にはセンサーユニット+センサー。左肩部にはウェポンユニット+3連ミサイル。左肩部のウェポンユニットの穴の一つが、手の穴と同じ長方形。なので、手持ち武器を肩部武器として搭載できます。ハッチを開けると、パイロットのモールドが!No.2:ALLISNAアリスナ・重装中距離火力支援ユニット(アリスナ(ALLISNA)は、アリゲータースナッピングタートル(Alligator snapping turtle 英:ワニガメ)の略。)装備一覧。下段左から…バズーカ、リボルバーランチャー、ショルダーカノン+レドーム、ショルダーミサイル、ショルダービーム砲、4連装アームミサイル。特徴は、右手のバズーカ。左手にはリボルバーランチャー。左腕には4連装アームミサイル。左肩にはショルダービーム砲。右肩部にはショルダーカノン(+レドーム)。左肩部にはショルダーミサイル。ショルダーミサイルを前後逆につけて、更に右肩部のショルダーカノンを付けると、長距離用カノンに!バズーカに右肩部のショルダーノンを付ければ、長距離用バズーカに!ハッチを開けると、以下同文!No.3:HAYABUSAハヤブサ・標準型長距離精密打撃ユニット装備一覧。下段左から…スナイパーライフル、ハンドガン、2連装ミサイルユニット、2連装ミサイルユニット、背部スラスターユニット。右手のスナイパーライフルで、遠距離から狙撃!左手にはハンドガン。両肩の2連装ミサイルユニット+背部のスラスターユニットにて、一撃離脱戦法も!ハッチを開けると、以下同文!・一部パーツの噛み合わせが悪くて(特にコックピットハッチ部分の蝶番)、ヤスリにて少しづつ削りながらの組み立てと相成りました!・…あ、そーそー!武器用のジョイント穴が2.5ミリだから、ナノブロックなりキッズブロックなりを付けるコトもできるよ🎵・
2026.08.27
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2026/8/25。給料日+非番の日なので、朝から大橋まで行って、ペイペイカードの支払いや区役所での手続きをば済ませまして…大橋のセブンイレブンにて、《カレーみそきん》(ラーメンの方)をば購入!コレだけ先月買えなかったつーか、先月発売にも気付かなかったモンで…今回は、カレーみそきんだけにしときました!・ソレから、電車にて天神まで。イオンショッパーズ福岡4Fのダイソーにて、ついにベル玩菓製《メカアーツ》をば購入できました!組み立ては先になりますが…No.1:CROWクロウ・軽量近距離戦闘ユニットクロウは英語でカラス。ブランドン・リーの遺作(撮影中に亡くなったので、チャド・スタエルスキが代役を務め、顔が映りにくいアクションシーンやロングショット、当時の最先端CG技術(顔のデジタル合成)などを組み合わせて映画を完成させた。)は、クロウ/飛翔伝説。《第2次スーパーロボット大戦Z》の主人公は、クロウ・ブルースト。ドグマ首領テラー・マクロの正体は、カイザークロウ(右肩が弱点)。No.2:ALLISNAアリスナ・重装中距離火力支援ユニットアリスナは、《夏の甲子園で注目を集めた高校野球・仙台育英学園高等学校(宮城)の二塁手・有本豪琉選手と遊撃手・砂涼人選手の1年生(当時)コンビの愛称アリスナ》説が有力か?↓↓↓Xのポスト調べていったら、アリスナはアリゲータースナッピングタートル(英:ワニガメ)の略だった、ダイバダッタ!(14:23追記)No.3:HAYABUSAハヤブサ・標準型長距離精密打撃ユニットハヤブサつっても、マシンでも、プロレスラーでも、探査機でも、新幹線でもナッシング!ちなみにハヤブサは、ワシやタカに似てるケド、ワシやタカはタカ目、ハヤブサはハヤブサ目とゆー。・…よーやっとお目当ての品を買えた代償なのか、杖をドコカに置き忘れてそのまま帰ってきちゃったとゆー…💧・まーソレでも、発売日からずっと待ってた《メカアーツ》が手に入ったから、いっか~🎵・完全に諦めていた物が、後になって手に入る…だから世の中、そー捨てたモンじゃナッシング!また、何かを得たら何かを失うのが、自然(じねん)の理(ことわり)DA☆ξ・
2026.08.26
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《安心小話》より七三 如説院惠劔講師が記録に載せられたる自督帖。一。ここに愚老、当年満七十歳の懺悔あり。当年までも自分の信心の真偽は己を顧るほかなしと、謹みて相心得ておるおると思い暮せしが、近頃無始己来の初事に真の善知識の御実意がこの心中に徹入なし下されたるにや、創めて自ら己が不埒の心中が思いしらるる。二。幼年の昔、弥陀の本願は我をたのむものを必ず助けんとある御誓なりとききて、我が心に徹到して有難く、かかる浅ましきこの身が如来の御助けによりて極楽に往生するとは、さてさて有難や南無阿弥陀仏と喜び称えたるばかりなり。三。然るに大祖聖人板敷山の件、幼稚の時はこのこと聞くにつけても憎さも憎しと腹立て、或いは落涙に堪えかね、妄想ながらも我が一年分の報恩のために報償せんと思いしに、一年は一年その妄想も薄くなり、幼稚のすがたにもならばやと次第に昔恋しく思いしが、四十は四十、五十は五十、七十は七十、と年とるに随いて訳は委しくなれども内心の実情はうせはてたる有様、まことに浅ましくなり下りたると云うより外なし。四。獲信の一念より報謝相続して臨終一念の夕にはかならず往生せしめ下されなば不可思議に有難たかるべしと領解して喜びくらすゆえ身一杯心一杯と思えども、その身一杯心一杯が煩悩具足の凡夫ゆえ、まことに喜びもせねば称えもせぬといわれても、一言の申し訳もなき恥かしさは我が身なりと、七十歳の今日まで相続し来たれり。五。しかれどもこの心相続の相は千変万化、ある時は仏恩の忝なきことを存じ、師恩の深きことを思いては歡喜の涙に咽び、雨涙千行万行することもあり。ある時は口に称名すれどもとどまらず、妄念頻りに動きて仏恩も師恩も夢だにもしらざるもののごとくなる時もあり。またある時はかく前後転変する心何ぞ淳一相続の心ならんや、これぞ若存若亡の心なるべしと歎かるる時もあり。またある時は、かく前後転変すと云えども如来廻向の一心はこの中に歴然たりと聊か動することなく称名することもあり。種々無量にしてツイに七十歳を送れり。六。就中、踊躍歓喜の心相の起ることは甚だもって希に、後世者にはあらざるやと怪しまるるの心はつねに多し。ことに年老の長ずるに隨いては、ますます疎略の相となりはてたるに似たり。浅ましと云うもおろそかなり。七。かく心相は種々に転変すと云えども口称の念仏は転変するものにあらざれば、他力の往生は違うべきことなしと喜び存じて一生これまで送り来たれり、然れば有難いかなや他力の信と行とは幼年の昔よりすでに獲しめ給えり。この身なれば今にも臨終せば決定往生すべきこと何の疑いあらんや。その他力廻向の信行は如何にして得たるや。これひとえに真の善知識に逢い奉りし恩徳のあらわれなれば、その恩徳の深きことは、まことに弥陀の悲願にひとしきものかと常に厚く頂戴して、粉骨砕身すともなお足らぬと、尊慮に違わぬ様つつしみつつしみ年月を送れども、報謝の勤め勇ましきすがたもなく不冥加の心中と謝りはてて日を送り来たれり。・
2026.08.25
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《求法用心集》より《一一三 頓教毀滅》御和讃に、「頓教毀滅のともがらは、生死の大海きはもなし」と。今の後生を忘れ、これ迄に聞いたことを信じてゐる様なるは、頓教毀滅ぢや。また油斷の二種。一つには、未だ真のことはないとは思へども、油斷するなり。(ドコソコデハキコエルト云ウ心)二つには、吾はよく聞き得たと思ふからの油斷も頓教毀滅になるほどに、「生死の大海きはもなし。」可愧可恐。正像末和讃より(14)菩提をうまじきひとはみな 専修念仏にあだをなす頓教毀滅のしるしには 生死の大海きわもなし(現代語訳:悟りを得ることができないであろう人々は、皆ことごとく専修念仏を敵視する。このように速やかに悟りに至る教え(頓教)を誹謗し、滅ぼそうとする報いとして、迷いの世界(生死の大海)から抜け出すことができなくなる)(AI による概要より)親鸞聖人の『正像末和讃』にあるこの和讃は、真実の教え(専修念仏)を誹謗し、自力に執着する者はさとりを得られず、迷いの生死を彷徨い続けるという、末法における法難や人々の疑謗を悲嘆・戒めた歌です。 意味と解説菩提をうまじきひとはみな:さとり(菩提)を得る因縁がない(真実の教えを信じられない)人々は、専修念仏にあだをなす:ただ念仏のみを信じて称える教え(専修念仏)を憎み、邪魔をする。頓教毀滅のしるしには:瞬時に救われるという急進的で真実の教え(頓教)を破壊するよ()うな行為をする者は、生死の大海きはもなし:迷いの世界(生死の大海)をいつまでも抜け出せず、その岸にたどり着くことはない。 つまり、自力で悟りを得ようと執着し、他力(阿弥陀仏の救い)を否定する者は、真実の救いから遠ざかってしまうという厳しい警告です。頓教毀滅(とんぎょうきめつ)「頓教(速やかに悟りに至る教え、ここでは浄土真宗の専修念仏)」を「毀滅(そしり、ほろぼすこと)」するという意味です。可愧可恐(かきかきょう)恥ずかしく、かつ恐ろしいという意味を持つ表現です。可愧(かき): 恥ずべきこと、恥ずかしい。可恐(かきょう): 恐ろしいこと、恐るべき。
2026.08.24
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大きな信心十六ぺん チョコチョコ安心数知れず(AI による概要)ご提示いただいた「大きな信心十六ぺん チョコチョコ安心数知れず」という言葉は、主に浄土真宗本願寺派(西本願寺)の伝統的な信仰の様子を指す言葉として知られています。 北陸地方(特に越前など)の同行(信仰者)の間で使われていた、信心の熱心さや、その一方で人間が抱く安心の不安定さを皮肉ったり、戒めたりするフレーズです。 意味や背景は以下の通りです。大きな信心十六ぺん (おおきなしんじんじゅうろっぺん)大きな信心をいただいたつもりでいるが、それがずっと続くわけではなく、ふとした拍子に消えてしまうような不安定な信心のこと。一生に一度の強固な信心(真実信心)ではなく、コロコロと変わる「自力」的な信心を皮肉った表現。チョコチョコ安心数知れず (ちょこちょこあんしんかずしれず)その時々で、「これで安心だ」とちょこちょこと安心(信心)を作り出してしまうこと。自分の心に頼り、お手製の一夜漬けのような安心(信心)を何百、何千と作り出している様子。 まとめこの言葉は、自らの心の動き(信心)を絶対視するのではなく、阿弥陀仏の本願の働きにすべてを任せる(他力)という本来の信心に立ち返るよう、信心の熱心さを評価しつつも、その危うさを指摘する言葉として使われています。
2026.08.23
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《貞信尼物語》より《八十九、いろは四十八首》その他に貞信の遺詠としては、三州岡崎の鍋田奥瀬両氏の印施せられた『尊号要文』の付録に載せてあるいろは四十八首がある。いかに貞信が老後歌に寄せて法味を愛楽せられたかが知られることであれば、ここに録出する。いにしへにいかなる契りそめおきて、三世のほとけの誓いをぞきくろくろくに聞きわけてもせでいろいろと、物知り顔のさても見にくきはからはず南無阿弥陀仏と称ふ外、思ふも言ふも迷いなりけり西(にし)へ行く道としなくばなかなかに、老の寝覚めの淋しかるらんほのぼのと春の陽気に向かひなば、はや参らばや母の別院へだてなき深き御法の恵みにて、隔て心もうすらぎにけりとりつめて聞く気もあらぬ身なれども、無常の風は急げとぞふく千(ち)代八千代かけて祈るぞ大谷の、清き流れをにごさじものと理(り)屈にもはづれた弥陀の慈悲なれば、理屈離れてすがるばかりぞぬすびとの心の底を尋ぬれば、懈怠不沙汰の無慚無愧より流(る)転してまた値ひ難き御法をば、おろそかに聞く心にくさよおこたらず勤むる人も懈怠なる、我が身も共につれられてゆく我(われ)思ふ心のうちぞ有と無との、中を流るる南無阿弥陀仏かぎりある命も過ぎてほのぼのと、八十路が春を早迎へけり世(よ)を渡る橋も渡らで我はただ、六字の道に寝たり起きたりたらちねの深き恵みに育てられ、おさな心に南無阿弥陀仏蓮(れん)台に乗り得るまでは妄念の、心ながらに南無阿弥陀仏そろそろと歩み習ひし幼子の、老て八十路の歳を経にけりつらつらと過ぎし昔を数ふれば、危うき道の橋のかずかず念(ねん)佛の声もろともに妄念の、心ながらも南無阿弥陀仏歎(なげ)きつつ闇路をたどる賤の女に、我をたのめの弥陀の御頼みらちあかぬ心ながらもみなかみの、流の水の障りおそるる無(む)始よりの罪も障りもそのままに、救ふちかいのたのもしきかなうどん華の花のさかりに生まれ来て、花のうてなにつれられてゆく井(ゐ)の中の蛙とひとし老の身は、南無阿弥陀仏と啼くばかりなり法(のり)の道知らで空しく過ぐる身を、つれゆく母はここに居るぞよ老(お)いぬれば浮世もかろく渡りけり、重き御恩の袖にすがりて繰(く)り返しなほなほ励み称ふべし、出入りの息の通ふ限りは山(やま)よりは高き教の恵みにて、危き身ぞと思ひ知らるる待(ま)ちかねて歎くとまでのおなさけは、たれに聞けとの心ずくしぞけだいして歎く心の心のなき時も、只そのままに南無阿弥陀仏深(ふか)からん罪もおそれぬ弥陀なれば、深きお慈悲の底やなからん恋(こひ)しさは待ちかねたまふ母様の、お呼声なる南無阿弥陀仏円(えん)満の月のひかりに今ははや、濁れる身にも南無阿弥陀仏手(て)習いのほうびにもらふ硯箱、老の褒美は南無阿弥陀仏あら嬉し誓の船に乗りぬれば、むべあたたかき母の手枕さかりなる花の姿も人ごとに、憐れと思へ老のしらなみきく人もきかざる我も諸共に、摂取の網に救はれて行く夢(ゆめ)の世を夢と思ふも夢なれど、南無阿弥陀仏は実なりけり目(め)に見るも耳に聞くのも妄念の、心ながらに南無阿弥陀仏身(み)にしみて寒さは老のならひぞと、思はば急げ南無阿弥陀仏死(し)して後我身に添ふる宝には、南無阿弥陀仏にすぐるるはなし縁(ゑん)つきて花のうてなに生まれ出て、世々の迷ひの物語せん火(ひ)の中や水の中にも幾万の、心づくしの南無阿弥陀仏もろもろの神も佛も捨てし身を、助くる母の心ゆかしき精(せひ)出してつとむるにだにさもなくば、忘るる時ぞなほ憐れなりすなほなる柳の枝を見るにつけ、ゆがみながらに南無阿弥陀仏京田舎南無阿弥陀仏を称ふれば、国もゆたかに民も安かれ・
2026.08.22
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日本妙好人協会のHPは《金言金行集・2021年11月19日の記事》より馬鹿の至誠むかし、石州に馬鹿の至誠さむ(さん)と言はれた篤信の人が居つた。年を取つてから「阿彌陀経」を覚えやうと習つたが、三年かかつても讀むことが出来ぬほどの馬鹿であつた。しかしながら佛のお慈悲を感ずることは甚(はなは)だ深かつた。あるとき寺へ説教を聞きに参詣(さんけい)して居(お)つたが、高座の下にじつと聞いて居つた。やがて説教が終つてから、阿彌陀佛の前へ行つて、兩手を合せて 「馬鹿だ馬鹿だ」 と言ひ續(つづ)けて居る。これを見た他の同行達は「あのやうな馬鹿者でも、人から馬鹿だと言はれると腹が立つらしい」と話合つた。その内、一人の同行が至誠さむ(さん)の側へ寄つて 「至誠さむ、何が馬鹿だといふのですか」と尋ねた。さうすると、至誠さむは両眼に嬉し涙をたたへて「阿彌陀様だ。 馬鹿な阿彌陀様だ。このやうな馬鹿な私を助けなければ気のすまぬ阿彌陀様はよつぽど馬鹿だ」 と言つて泣いた。全く自力のはからひを捨てて佛の本願に信頼するところに、眞の佛の慈悲がありがたく感受せられるのである。知識の方面から見れば馬鹿ものと言はれた至誠さむでも、佛の慈悲を感受することは所謂(いわゆる)賢者よりも強かつたのである。あるとき、同じお寺に法要があつて客僧が見えた。至誠さむはお説教を聞いた後、座敷へ客僧を尋ねていろいろ法義のことを聞いて居つたが、そこへ寺の奥さむが来て、客僧に入浴の案内をなし、又至誠さむに客僧の背を流して上げて下さいと頼む(ん)だ。至誠さむは快く承諾して客僧の背を流した。その時 至誠さむは始終 念佛して居つたが客僧の方は一向 念佛が出ない。至誠さむは絞つた手拭(てぬぐい)でドスンと大きな客僧の背をたたいて、「御佛壇は立派だが、阿彌陀様はござらぬわい」と嘆息した。(たんそく:なげいてため息をつく・非常になげく)辛辣(しんらつ)なる皮肉の言に客僧も定めて自ら慚(はじい)つたことであらう。・
2026.08.21
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《秀存語録》より《一 義なきを義とすと知るべし》京都の人、探幽(たんゆう)の書を藏したり。落款(らっかん)なかりし故に、ある名筆の人をたのんでその名をかかしめたり。書は之が為めに疵物(きずもの)となれり。他力は他力也。自己一分(じこいちぶん)の計(はから)ひを加へなば、遂に障(さわり)となりて往生を得ざる也。《歎異抄》より《第十条》一 念仏には無義をもつて義とす。不可称不可説不可思議のゆゑにと仰せ候ひき。 そもそもかの御在生のむかし、おなじくこころざしをして、あゆみを遼遠の洛陽にはげまし、信をひとつにして心を当来の報土にかけしともがらは、同時に御意趣をうけたまはりしかども、そのひとびとにともなひて念仏申さるる老若、そのかずをしらずおはしますなかに、上人(親鸞)の仰せにあらざる異義どもを近来はおほく仰せられあうて候ふよし、伝へへうけたまはる。いはれなき条々の子細のこと。《正像末和讃》《第五十四首目》聖道門のひとはみな 自力の信をむねとして他力不思議にいりぬれば 義なきを義とすと信知せり《親鸞聖人血脈文集》より(一) かさまの念仏者のうたがいとわれたる事 それ、浄土真宗のこころは、往生の根機に他力あり、自力あり。このことすでに天竺の論家・浄土の祖師のおおせられたることなり。まず、自力と申すことは、行者のおのおのの縁にしたがいて、余の仏号を称念し、余の善根を修行して、わがみをたのみ、わがはからいのこころをもって、身・口・意のみだれごころをつくろい、めでとうしなして、浄土へ往生せんとおもうを、自力と申すなり。また、他力と申すことは、弥陀如来の御ちかいの中に、選択摂取したまえる第十八の念仏往生の本願を信楽するを、他力と申すなり。如来の御ちかいなれば、「他力には義なきを義とす」と、聖人(法然)のおおせごとにてありき。義ということは、はからうことばなり。行者のはからいは自力なれば、義というなり。他力は、本願を信楽して往生必定なるゆえに、さらに義なしとなり。 しかれば、わがみのわるければ、いかでか如来むかえたまわんとおもうべからず。凡夫はもとより煩悩具足したるゆえに、わるきものとおもうべし。また、わがこころよければ往生すべしとおもうべからず。自力の御はからいにては真実の報土へうまるべからざるなり。「行者のおのおのの自力の信にては、懈慢・辺地の往生、胎生・疑城の浄土までぞ、往生せらるることにてあるべき」とぞ、うけたまわりたりし。第十八の本願成就のゆえに、阿弥陀如来とならせたまいて、不可思議の利益きわまりましまさぬ御かたちを、天親菩薩は尽十方無碍光如来とあらわしたまえり。このゆえに、よき、あしき、人をきらわず、煩悩のこころをえらばず、へだてずして、往生はかならずするなりとしるべしとなり。しかれば、恵心院の和尚(源信)は『往生要集』には、本願の念仏を信楽するありさまをあらわせるには、「行住座臥をえらばず、時処諸縁をきらわず」とおおせられたり。「真実の信心をえたる人は摂取のひかりにおさめとられまいらせたり」と、たしかにあらわせり。しかれば、「無明煩悩を具して安養浄土に往生すれば、かならずすなわち無上仏果にいたる」と、釈迦如来ときたまえり。 しかるに、「五濁悪世のわれら、釈迦一仏のみことを信受せんこと、ありがたかるべしとて、十方恒沙の諸仏、証人とならせたまう」(散善義)と、善導和尚は釈したまえり。「釈迦・弥陀・十方の諸仏、みなおなじ御こころにて、本願念仏の衆生には、かげのかたちにそえるがごとくして、はなれたまわず」とあかせり。しかれば、この信心の人を、釈迦如来は、「わがしたしきともなり」(大経)と、よろこびまします。この信心の人を「真の仏弟子」といえり。この人を正念に住する人とす。この人は、摂取してすてたまわざれば、金剛心をえたる人と申すなり。この人を、「上上人とも、好人とも、妙好人とも、最勝人とも、希有人とももうす」(散善義)なり。この人は正定聚のくらいにさだまれるなりとしるべし。しかれば、弥勒仏とひとしき人とのたまえり。これは真実信心をえたるゆえに、かならず真実の報土に往生するなりとしるべし。この信心をうることは、釈迦・弥陀・十方諸仏の御方便よりたまわりたるとしるべし。 しかれば、「諸仏の御おしえをそしることなし。余の善根を行ずる人をそしることなし。この念仏する人をにくみそしる人をも、にくみそしることあるべからず。あわれみをなし、かなしむこころをもつべし」とこそ、聖人(法然)はおおせごとありしか。あなかしこ、あなかしこ。 仏恩のふかきことは、懈慢・辺地に往生し、疑城胎宮に往生するだにも、弥陀の御ちかいのなかに第十九・第二十の願の御あわれみにてこそ、不可思議のたのしみにあうことにて候え。仏恩のふかきこと、そのきわもなし。いかにいわんや、真実の報土へ往生して、大涅槃のさとりをひらかんこと、仏恩よくよく御安ども候うべし。これさらに、性信坊、親鸞がはからい申すにはあらず候う。ゆめゆめ。建長七歳 乙卯 十月三日 愚禿親鸞八十三歳書之(現代語訳)笠間の念仏者が疑問に思いお尋ねになったことについて。 浄土真宗の教えでは、往生を願うものについて他力のものと自力のものとがあります。このことはすでにインドの菩薩がたをはじめ、中国や日本の浄土の祖師がたが仰せになっていることです。 まず自力ということは、行者がそれぞれの縁にしたがって、阿弥陀仏以外の仏の名号を称え、あるいは念仏以外の善を修めて、自身をたのみとし、自らのはからいの心で、身・口・意の三業の乱れをとりつくろい、立派に振舞って浄土に往生しようと思うことを自力というのです。また他力ということは、阿弥陀仏の四十八願の中で、真実の願として選び取ってくださった第十八の念仏往生の本願を疑いなく信じることを他力というのです。それは阿弥陀仏がお誓いになられたことですから、「他力においては義のないことをもって根本の法義とする」と、法然上人は仰せになりました。「義」というのは、はからうという言葉です。行者のはからいは自力ですから、「義」というのです。他力とは、本願を疑いなく信じることで間違いなく往生が定まるのですから、まったく「義」はないというのです。 ですから、この身が悪いから、阿弥陀仏が迎え取ってくださるはずがないと思ってはなりません。凡夫はもとより煩悩を身にそなえているのですから、自分は悪いものであると知るべきです。また、自らの心が善いから、往生することができるはずだと思ってはなりません。自力のはからいでは、真実の浄土に生れることはできないのです。「行者がそれぞれに起す自力の信心では、懈慢辺地や疑城胎宮といわれる方便の浄土にしか往生できないであろう」と、お聞きしました。第十八願を成就したことにより阿弥陀仏となられ、思いはかることのできない利益がきわまりないというそのおすがたを、天親菩薩は尽十方無礙光如来と表されています。ですから、善人や悪人を区別することなく、煩悩に汚れた心を分け隔てすることなく、必ず往生すると知らなければなりません。そこで、源信和尚は往生要集に、本願の念仏を疑いなく信じるすがたをあらわして、「歩いていても、立っていても、座っていても、臥していても、どのような時、どのようなところでも、分け隔てることがない」と仰せになっており、「真実の信心を得た人は、摂取の光明の中に摂め取られているのである」と明らかに示されています。ですから、「無明煩悩をそなえたままで、安養浄土に往生すれば、必ずただちにこの上ない仏のさとりに至る」と釈尊は説かれています。 ところで、「さまざまな濁りと悪に満ちた世界に生きるわたしたちは、釈尊お一人の言葉では信じることができないであろうから、すべての世界の数限りない仏がたが証人になってくださるのである」と、善導大師は観経疏に示されています。「釈尊や阿弥陀仏やすべての世界の仏がたは、みな同じお心で、本願を信じて念仏するものに、影がその姿に付き添うように離れないでいてくださる」と明らかにされているのです。ですから、この信心を得た人を釈尊は、「わが親しい友である」とよろこんでおられます。この信心を得た人を真の仏弟子というのであり、本願を疑いなく信じる人とするのです。阿弥陀仏が摂め取ってお捨てにならないので、金剛の信心を得た人というのです。また、すぐれた人、すばらしい人、美しい人、もっともすぐれた人、たぐいまれな人ともいうのです。この人は、正定聚の位に定まっていると知らなければなりません。ですから、弥勒菩薩と等しい人と説かれるのです。真実の信心を得たことにより、必ず真実の浄土に往生するのであると知らなければなりません。 この信心を得ることは、釈尊や阿弥陀仏やすべての世界の仏がたの巧みな手だてによるのであると知らなければなりません。ですから、「他の仏がたの教えを謗ってはならない。念仏以外の善を修める人を謗ってはならない。念仏する人を憎み謗る人であっても、その人を憎み謗ることがあってはならない。哀れみいとおしむ心を持ちなさい」と、法然上人は仰せになりました。謹んで申しあげます。 仏のご恩の深いことは、懈慢辺地や疑城胎宮といわれる方便の浄土に往生することでさえ、阿弥陀仏の四十八願の中に第十九願・第二十願として誓われているのです。そのはたらきがあるからこそ、思いはかることもできない楽しみにあうことができるのです。仏のご恩の深いことは、限りがありません。まして他力の信心を得たものは、真実の浄土に往生し、大いなる仏のさとりを開かせていただくのですから、仏のご恩をよくお考えになってください。これらのことは決して性信房や親鸞が自分勝手な考えから申しあげていることではありません。くれぐれもお疑いのないように。建長七年十月三日愚禿親鸞八十三歳、これを書く。
2026.08.20
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・・記事タイトルからもわかる様に、本日は日本民話《とっつくひっつく》をばベースにしたおハナシです!・(三郎太のモノローグ)今回の舞台は、小太郎のお師匠様・ケリーベアさんの住んでる花柄山(はながらやま)だよ?三郎太「今日は、四郎も蘭丸も、ケリーさんとこで稽古つけてもらってるんだよね?小太郎に小次郎も来てるから、みんなの分のおにぎりツクって届け中なう…」?『とっつくかぁ~!?ひっつくかぁ~!?』三郎太「あ…あは…💧」?『とっつくかぁ~!?ひっつくかぁ~!?』・・・三郎太「あは!差し入れだよ?」ケリーベア(左)「おぉ、すまんな!おーし!ここらで、昼メシにすっか!」「おぉとか!」×4左から…小太郎「うぱ!このおにぎり!」小次郎「サブ(=三郎太)がツクったんだってな?」四郎「アイツ(=三郎太)も、色々とできるコトが増えてきたな!蘭丸のおかげだぜ?」蘭丸「よして下さいよ、(天野)先輩(=四郎)?僕は、志津川家の家政婦(!?)として、当然のコトしてきたまでっス!」ケリー「おぉ、(えび)天(入りお)むす(び)か!」三郎太「あは、ケリーさん…実は、ここにくる途中で…💧」ケリー「皆までゆーな!花柄山じゃ、よくあるコトさ!そーゆー時はな?『とっつかば、とっつけ!ひっつかば、ひっつけ!』て言ってやれ!」三郎太「…あは…!」・・・?『とっつくかぁ~!?ひっつくかぁ~!?』三郎太「…ケリーさんは、確か…!とっつかば、とっつけ~!!ひっつかば、ひっつけ~!!」ガシャーーーン!!三郎太「あは…なんかカプセル…?」ドバーーー!!三郎太「あは~💦ウルトラマンA(エース)の気持ちが、なんかわかった~💦」・・・四郎「またケリーさんトコで稽古したいよな?」蘭丸「天野(四郎)先輩!アレ…💧」四郎「この黄金像!三郎太そっくりだ!」蘭丸「…まさかとは、思うケド…!」・・・ロイ村は、三郎太の家。ピシピシピシピシ…!ビンゴ(右端)「黄金像が!」パカーーーン!ジャラジャラジャラジャラ…!!三郎太「あ…あは…?💧」ビンゴ「やっぱ、三郎太だワン!」四郎「三郎太から剥がれた金が!」蘭丸「キンカになってる!」三郎太「そーいや、僕…花柄山の山道にて、『とっつくかぁ~!?ひっつくかぁ~!?』てな声に、『とっつかば、とっつけ!ひっつかば、ひっつけ!』て答えたら、イキナリカプセルに閉じ込められて。ソコから出る液浴びたトコまでしか、覚えてナッシング…!」CRさん「なるほど、なるほど!《花柄山》で、『とっつくかぁ~!?ひっつくかぁ~!?』て来たら、『とっつかば、とっつけ!ひっつかば、ひっつけ!』だわね…💖」・・・再び、花柄山。?『とっつくかぁ~!?ひっつくかぁ~!?』CRさん「来ましたわよ💖」「とっつかば、とっつけ~!!ひっつかば、ひっつけ~!!」×4ガシャーーーン!!輔教様「なんでカプセル???」CRさん「この液浴びたら、黄金像になって🎵そのあと、キンカがジャラジャラでしてよ💖」ドバーーー!!輔教様「うぱ~💦コールタールではナイか~💦」CRさん「あんれ💦おかしーな~!?💧」輔教様の教え子A「この流れだと~!?💧」輔教様の教え子B「僕等、ウルトラ兄弟じゃナッシング~💦」・・・桐生勉(左)「💢(ま)ったく!何だって我々が、ミイラの捜索とかしたらな…」鹿島さん(右)「桐生先生…💧アレ…💧」桐生「何や、ケッタイなブロンズ像やな!?こら、傑作やでwww」…ご安心下さい。次のおハナシまでには、ナニゴトもナッシングだったみたく(ry・・ケリー「オイラにくれるぐらいなら、イツモ通り大変寺にお布施しな?」三郎太「あは、そだね?せめて、ケリーさんの名前でお布施させてもらうよ!」投稿文字数11700字切りました!・
2026.08.19
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《香樹院語録》より《二一。「意得の條々」》一。五尊様の御給仕は、何事も自身にすべきことと心得、たとい余人に申しつくるとも、もと我がすべきことと心得れば、諸事に心をつけて、疎末にならぬようになる也。常にこの身を、仏祖へ奉公の身と心得べし。一。寺役法用は、みな自身の報謝と心得て、大切にすべし。信施のかわりに勤むと思うべからず。門徒の信施は、報謝をつとむる縁と心得べし。一。親えの孝行に、身を養うと心を養うとあり。身を養うとは、親の衣食住を安穏にするなり。心を養うとは、すべて親のこころを常に推しはかりて、親の案じ煩いなきよう心をつくる事なり。心を養う方を第一と心得べし。一。学問を心がくるは、一字を覚え一句を知る。みな学問なり。書物は我れみて、すめるものより解し習うべし。仏祖の御用なりと心得れば、冥加にかない学問も出来るなり。一。家内を始め、人の交りは、人に疑われまじ誹られまじと心掛け、まづ第一に、婦人に狎れ親むべからず、財宝に貪着すべからず。よろづ情ふかく、畜類虫けらまで悩すまじと心がけて、また人を誹り誑すことなかれ。然れば、殺盜婬妄も自から嗜まれ、仁義礼智信の道理にも叶うなり。ゆめゆめ悪友に近づくなかれ。香樹院思い出にまかせて記之。右、心がけ、三年たしなめば、習い性をなして、心を労せずして、学業もすすむなり。仏法心もあつくなる事なり。
2026.08.18
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2025/8/16夕刻、家の近く(中尾)の水田にてか~な~り~でっけぇジャンボタニシことスクミリンゴガイをば、スマホのカメラに収めました!↓↓↓・ジャンボタニシことスクミリンゴガイは、鰓もあるケド《外套膜肺》も持っており、動画の様に空気呼吸するコトの方が多いのだ!水田など酸素量の減少しやすい淡水では、空気呼吸できる方が有利なのだ!ハイギョだって、そーでせう?・ちなみにコチラ、一昨年に野多目の水田にて撮影してたスクミリンゴガイです!↓↓↓・
2026.08.17
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・・本日の舞台は…大変寺!アツキ「💢何よ~!?」カズ「💢何よ~!?」「💢ムムム~とか!!💧」×2菊丸(右)「カズも、アツキも、一体どーしたんです!?」リン(左)「あ、鮎川さん(=菊丸)!なんか《盂蘭盆会(うらぼんえ)》の《盂蘭盆(うらぼん)》てなコトバの意味をば巡って、大ゲンカ中なう…こんなコトだそーです!」カズ「だって、鮎川さん(=菊丸)?盂蘭盆の盂蘭は《メシ(olana:サンスクリット語odanaの口語形)》の音写で、盂蘭盆は《メシを載せた盆》てな意味だって、辛嶋静志先生が言ってたし!」アツキ「だって、鮎川さん(=菊丸)?盂蘭盆は《逆さ吊り(ullambana:サンスクリット語)》の音写で、浄土真宗じゃソッチの解釈で法話してるジャン・バルジャン!?」菊丸「…では!僕の意見ですが…《盂蘭盆》てなコトバの意味としましては、ドチラでもイイと思います!肝心なのは、《盂蘭盆会》そのものの意味をば考えるコト…こんなコトだそーです!!」カズ「アツキ…済まなんだ、アーナンダ!新しいモノが100%イイとは限らナッシングだった、ダイバダッタ!」アツキ「カズ…僕も、コトバの意味に凝り固まっちまってたぜ!鮎川さん(=菊丸)みたく、古い物にも新しい物にも囚(とら)われナッシングで、本質のみを語る姿勢は大事だよな?」菊丸「ソコとも、ソコとも!スッタニパータの第944偈に曰く、『※古いものを喜んではならない。また新しいものに魅惑されてはならない。滅びゆくものを悲しんではならない。牽引する者(妄執)にとらわれてはならない。』…こんなコトだそーです!」※(宝彩有菜のスッタニパータ解説【ブッダのことば】スッタニパータ<中村 元訳>より)リン「ソレは、そーと!↓アレ見て?」小次郎「💢うら~!!」ボーンッッ!!ケン「💦」小次郎「💢誰が《ボイセイ猿人》だ、ゴルァ~!?」左から…花子「💢《ボボ・コング》てなコトバに!どんだけ傷ついたコトか!?」小太郎「💢うぱ!小太郎、《北京原人》、違う!!」四郎「💢っしゃ~!!おカラダ、カンケーナッシング!!」カズ「ケンさんのコトだから、《もーお約束で》小次郎達のワルグチ言っちまってたワケだな。」アツキ「ケンさんにしろ、摩訶目犍連(マハーモッガラーナ)尊者の歯々…もとい、母にしろ、罪の結果が《逆さ吊り》なのでした!」菊丸「お後とか、よろしーとか…こんなコトだそーです!」・・・
2026.08.16
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・・本日より、新たなひと区切りの《ソクタッへ王国物語》!その第1回目の舞台は…ソクタッヘサンザンパレス!《シンソクキネマ~合体映画上映祭~》職員A「御来場の皆様…まずは、黙禱(もくとう)とか…!」黙禱中なう。職員A「本日8月15日は、敗s…終戦記念日にございます。我々サンザンパレス職員一同…つっても、二人ダケではありますが…コレを機に、戦争の悲惨さを伝え、平和への願いの一助となるよー願いを込めまして…映画製作専用超AI《シンソクキネマ》にて、戦争映画を製作しちゃいました。題しまして…《永遠の大作戦》です!」↓↓↓「ウォ~~~~~!!」ズドドドドドドド!!ズガガガガガガガ!!ズダダダダダダダ!!ドカーーーン!!「ぎゃ~~~💦」「この戦争が終わったら!俺は、彼女と結婚するんだ!!」ズドーーーン!!「お母ちゃ~ん💦」「…」ズドーーーン!!「Retreat!(退却だ!)」………↑↑↑観客「💢(映画の)内容が、去年のと《全く同じ》やんけ!!💢」職員A「💦💦💦」(千と524話:新・シンソクキネマ)観客「💢映画のポスターにしたって!去年のと《上カード》変えたダケやんけ!!💢」観客「💢そーだ!コーラ!シャンメリー!!💢」観客「💢ウォ~~~!!カネ返せ~~~!!💢」職員B(左)「こんなコトもあろーかと!別の映画、速攻でツクったっス!!」職員A「…なんか、こー…《アレな予感》しかしナッシングだケド…💧お口直しに、コチラの映画をば…!…《戦場の機関銃》…💧」観客「💢不!快!感!!💢」職員B「女性をデカデカと載せたポスターにて、集客効果をば狙ってみたのですが💦」職員A「💢どーせ、(映画の)中身は《ミリタリー玩具にてブンドド》でせう!?💧」(千と524話:新・シンソクキネマ)観客「💢戦争映画ナメとんか、ワレぇ!?💢」…てな感じに…サンザンパレスは、今日も散々なのでした!・むにゅ~!!(腹肉攻撃)夫婦ウサギ「💢初(しょ)っ端(ぱな)から、《千と542話:新・シンソクキネマ)の《使い回し》かぃ!?💢」管理人「ぅぁはははははwww使い回しもw芸のウチwww」・・・
2026.08.15
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法友の一人が、山も山さんこと宮田秀成先生の許可をいただいた上で始められた、《【非公式】安心問答 YouTubeチャンネル》の動画をば、以前はお送りしてたのですが…・新たに宮田先生の最新の御法話動画をアップロードされてたチャンネル《にしのみや聞法会》をば最近、見つけまして!拙ブログ《ソクタッヘ王国物語》でも、今月の宮田先生の御法話動画を共有させていただきました。今年に入って、西宮市の会館が立て直ったそーで、サイト名も《にしのみや聞法会》に戻っとります。…てなワケで、《にしのみや聞法会》のHPにリンク貼っときます!!・以前までの宮田先生の動画をアップロードされてました(なんか手違いで全部消えちまってたがな!?)チャンネルでは、主に紅楳英顕和上様先生(浄土真宗本願寺派・司教輔教)の御法話をアップロードされております。)・【にしのみや聞法会】2026年 7月25日 宮田秀成師 西宮市勤労会館※最初に注意書きがあります・山も山さんこと宮田秀成先生は、ブログ《安心問答ー浄土真宗の信心についてー》や《親鸞会を脱会した人(脱会したい人)へ》、そして光顔寺(浄土真宗本願寺派)のスタッフとして仏教ブログも書かれております。加えまして、Peingでも《匿名で質問できるコーナー》もやっておられます。・…あ、そーそー!宮田秀成さんといったら!YouTubeチャンネル《ネットラジオ版安心問答podcast》も、ヨロシク!!・
2026.08.14
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《求法用心集》より《一四 佛様と離れぬ生活》念佛をきばつて申すと、称名正因とけなす。如來様の御崇敬を大切にすると、あれは起行家ぢやと誹る。後生大事で骨折ると、心配家であると貶しめる。それは念佛起行に止まつて、聞くと云ふことを忽にするから、自然と其失を免れぬことになる。人は何と云ふとも、行住坐臥、南無阿弥陀佛南無阿弥陀佛と口に念佛の絶えぬやう、そして如來様の御敬ひを力一ぱい勤めさしてもらひ、よくよく其謂れを聴聞するやうに心懸けて行きたい。
2026.08.13
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《求法用心集》より《一一 信心をみがけ》三十九部の御假名聖教の中に、信心をみがけ信心をみがけと云ふ仰せがあるが、浄土真宗には研くとはおかしく聞ゆる様でもあるが、これは一往聴聞ではならぬぞ、よくよく吟味し思案せよとの仰せぢや。蓮如上人も、 「心易いと思へば必ず仕損ずるぞ。」 とくれぐれの御化導ぢや。香樹院師曰く。「必ず必ず早合點して濟まさぬやう。」また曰く。「命限り根限りお調べを蒙らねばならぬ信心ぢや。」また曰く。「多くはたゞ大様一往の聴聞、二つには邪見?慢の気ずまし安心、三つにはかゝるものを御たすけの押し付け安心であらう。」と、我胸にもうこれでよいと、自分に落ち着いて、紛れて居るほど悲しいことはない。
2026.08.12
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・・今日は、いよいよ《ソクタッへ王国物語》ひと区切りのおハナシだよ!ココ応閼伽寺(おうあかじ)では、婿住職の桐生勉師がの御法座が…て、あれれ?輔教様「南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…南無阿弥陀仏…あくまでも《営業用》!住職の桐生勉が、急病のため!代わって輔教のワシが、御法座をば努めまする!」↑↑↑桐生勉(左)「💢よーゆーわ💦輔教のヤツ!ついに、一線超えやがったな!?💧」鹿島さん(右)「ヒトサマの御法座乗っ取って💦取り巻き達に、こんなコトさせて💦」CRさん(左下)「オマエらのせーで信心否定に陥(おちい)った、応閼伽寺の門徒どもをば!輔教様が、信心決定させてあげよーてゆー御心(おこころ)のココロ!!」鹿島さん「💢《ソクタッへ王国物語》じゃナッシングだったら、明らかに犯罪行為だわよ💦」桐生「そーだ💦コーラ💦シャンメリー💦」・・・…そのコロ、本堂では…応閼伽寺の門徒達「💢自分で、そー思ーとるダケや!!」「💢『信心得た』は、凡夫の妄想や!!」「💢自分の心見て、ゆーとるダケのココロ!!」「💢凡夫が、信心決定できるワケナッシング!!」「💢自称獲信者は、すっこんでろ!!」「💢桐生先生だ!桐生先生を出せ!!」「その衣、ダセ~www」「💢ミイラは、お呼びじゃナッシング!!」「💢念仏否定のミイラめ!博物館へ帰れ!!」「💢そーだ!コーラ!シャンメリー!!」輔教様「…コヤツら💦思った以上に、桐生に毒されとる…💦」・・・…そのコロ、境内では…鹿島さん「CRさんも、私達と同じ元・善鸞会員なのに…💦」桐生「ゆーなや…💦」CRさん「おっと!妙なマネすると、コイツ(AK-47)が火ぃ吹くよ!?」菊丸(右)「…アントンなら、どーします?」アントン(中)「ウキ~!決まってるぜ!!屁(へ)ぇ噴くぞ!!」ぶほ~~~!!CRさん「…銃の安全装置をば掛けまして…💧手"(で)!猿の惑星💦」「猿の💦わ~くせ~💦」×4・・・…そのコロ、本堂では…輔教様「[…ナントカ話題を変えねば…💧]てなワケで!志津川三郎太てゆー《一文不知のオレオピテクス》なんぞは、教行信証ドコロか歎異抄すら読めナッシングなクセに、屁の理屈ダケは天下一品でありまして!」三郎太(右)「…そーやって自説が否定されたら、ヒトサマのワルグチ言っちゃうんだ…!」輔教様「志津川(三郎太)!!💧」三郎太「…アレを見なよ?」輔教様「あわわわ…💧」アントン「ウキ~🎵もっかいいくか!?」菊丸「こんなコトだそーですwww」「💦」×3鹿島さん「桐生先生💦《ソクタッへ王国物語》じゃナッシングだったら、銃刀所持法違反に…💧」桐生「御安心下さい!(銃の)安全装置は、掛かったままや!!」三郎太「あは、桐生さん!その《物騒な武器》収めなよ?ミイラ退治に、銃とかいらナッシング!」鹿島さん「記事タイトルは、ココに繋がってたのね!」桐生「志津川(三郎太)!見せてもらうで!?オマエのミイラ退治をな!!」三郎太「…僕!めっちゃ怒ってんだよ、《ミイラ》!!」輔教様「💢《輔教様》と呼ばんか!!」三郎太「今回ばかしは、やりすぎコージーだよ、《ミイラ》!!」輔教様「💢コージーとか、ヨケイとか…もとい!《輔教様》と呼ばんか!!」三郎太「阿弥陀様が、お許し下さるからって!ヒトサマの御法座乗っ取ったり、取り巻き達に《ソクタッへ王国物語》じゃナッシングだったらモロ師岡犯罪な行為とかさせたり…!《造悪無碍の異安心》とか通り越して、《正法誹謗》だよ、《ミイラ》!!」輔教様「💢オレオピテクスから言われる筋合いナッシング!!つか、《輔教様》と呼ばんか!!」鹿島さん「あのケンさんだって!志津川君(=三郎太)のコト《オレオピテクス》とか、クチが裂けても呼ばナッシング!!わかってんの、《ミイラ》!?」桐生「そーやぞ、《ミイラ》!!まさか自分が《正法誹謗》言われるとか、思わナッシングやろwww」輔教様「💢ドイツも、コイツも、オランダも!《輔教様》と呼ばんか!!」三郎太「どーなの、《輔教様》!?」輔教様「💢《ミイラ》と呼ばんか…て💦うぱ~💦」三郎太「お口直し+《ひと区切りの最後》に、お聞き下さい!《仏教用語は、奥深い!》」・10周年記念としまして、後日談をば!↓↓↓(《ソクタッヘ王国物語》世界における)浄土真宗御本山上人様「💢その方ら!!💢志津川(三郎太)に免じて《破門》食らわナッシングなダケ、有り難いと知るが善い!!」菊丸「こんなコトだそーです!!」輔教様「知れナッシング~💦」輔教様の教え子A(左上)「震えるぜ、ビート💦燃え上がれ、ハート💦」CRさん「《波紋》とか、ちげーとか💦」輔教様の教え子B「荒木(飛呂彦)先生、ホントーにゴメンナサイ💦」三郎太「阿弥陀様は、輔教様やCRさんみたいなヒト達だって、救わずにいられナッシングな仏様なんだよ?ソレでも、受けなんならんモンは、受けたらな…!!」・三郎太「ギブ?ノーノー🎵」輔教一派「マンマ・ミーア💦」×4投稿文字数14000字に迫りました!・
2026.08.11
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《貞信尼物語》より《二十一、邪見も驕慢も其まま佛法》或歳、一蓮院師が越後へ下向せられし時、御法話の終に、『わしが此国へ来たに就いては、御一同に頼みがあるで、どうか聞いて貰いたい。それは外ではない、どうか是からわしの帰ったあとも、銘々に手のまい足のふむ所を悉く佛法になってひぐらしをして貰いたい、これが今度わしが此国へ来て御一同へのたのみである』と懇ろに仰せられた。法話の果てて後に、貞信は直に御座敷へ罷り出て、御礼を申上げいかにも当惑の面持ちにて『只今の御聞かせ、手のまい足のふむ所を喜び喜び佛法三昧になりてひぐらしをせよとの仰せなれど、此貞信は日夜手のまい足のふむ所は、邪見と驕慢とばかりでござります。とても佛法三昧の生活など出来ませぬが如何に致しましょう』とお尋ね申した。其時一蓮院師の仰せに『邪見と驕慢とは善いものではなけれどもそれを止めてからなら聖道門じゃ、今は邪見も驕慢も止めてからではない、邪見が起こったら南無阿弥陀仏、驕慢が起こったら南無阿弥陀仏と喜んだら、直に佛法になろうがいの』と諭されたしと。・
2026.08.10
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《秀存語録》より《二三 見てゐて下さると思へば氣がしまり、護ってゐて下さると思へば氣が樂なり》嘉永五年十一月十一日、自らつくづく思ふに、「私一人」の語、誠に味ひあり、五劫永劫の御苦勞、私一人が為め也。仏の可愛可愛と思ふて下さるるも私一人が為め也。御浄土を建立してまち給ふも私一人が為め也。私は、私一人を一人子の如く思ふて下さるる大悲の御まことを今日より死ぬるまで歡(よろこ)びたきこと也。阿弥陀様も、この秀存を一人子の如く思召して下さるる。私も阿弥陀様を唯一人の親の如く思ふべき也。「一子の如く憐念(れんねん)す」の御語あらあらありがたや、うれしや、かたじけなや。私一人といふことを忘れぬやうにしてくれよ、我心。一人たりともといふ一人は私の事と思へと、人に對してはいひたりしにあらずや。なぜ、我心よ、さは思はざりしぞ。然し、私一人と思ふたら、さみしからうが、さみしからず思ふてくれよ、我心。南無阿弥陀仏を稱ふれば十方無量の諸仏は百重千重圍繞してよろこび守り給ふ也又た煩悩にまなこさへられて攝取の光明みざれども大悲ものうきことなくてつねに我身をてらすなりありがたや、一人子を一人で置き給はぬがおやの御慈悲なりけり。・
2026.08.09
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・・右から…輔教様「ココんトコ、災害やら何やらで、世の中物騒だかんな?思い切って、《防災グッズ》をば揃えよーと思ふ!」CRさん「輔教様!よりにもよって、《ボッタクる商店》とかで…ですか!?なんか屋号からして、信用ならナッシング…💧」輔教様の教え子A「この辺で何でも揃ってるお店とか言ったら、《ボッタクる商店》くらいしかナッシングですからね~💧」輔教様の教え子B「まー、ドコゾのモールみたく爆h…げふんごふんっ!?ぶほっぶほっ!?」ボッタクる商店・店主「いらはいとか!」輔教様「わ、店主💦何被っとんじゃ!?💧」店主「《防災グッズ》の一つですわ!」CRさん「どー見たって、《軍用ヘルメット》じゃナイのさ💦」店主「何ゆーてますねん?このぐらい頑丈なヘルメットでなからな、災害から身を守れナッシングですわ!」輔教様「なー、店主?アンタの売ってる《防災グッズ》て、コレのコトか?💧」↓↓↓どじゃ~ん!!↑↑↑CRさん「全部《物騒な武器》じゃナイのさ!?アンタ(=店主)は、《死の商人》か!?💧」店主「心臓の肉をば、水溜りボンド…もとい!1ポンドでっせ💖」CRさん「そら《ペ…ベニスの商人》でんがな~💦」店主「あんさん、ドサクサに紛れて《アレなコト》言い掛けましたやろ!?」CRさん「《気のせー》とか~💦」店主「…てな感じに…どの災害よか《人災が一番オソロシイ》てコトですわ!ワテは、ヒトじゃナシにカエルでっケドな?火事場泥棒とか、避難所でのトラブルとか、人間様の杜撰(ずさん)さによる二次災害とか…そーゆー《人災》、心当たりありますやろ…?この《軍用ヘルメット》にしましても…チフス…もとい、これらの《物騒な武器》にしましても…災害の後に起こりかねナッシングな《人災》に備えてのコトですわ!」CRさん「💢《極論》だよ、ソレわ!!💧」輔教様「ウヌら!?何買おーとしとんじゃ!?💦」輔教様の教え子A「店主のゆー通り、《人災が一番オソロシイ》ですからね?」輔教様の教え子B「この《AKB48(エーケービーフォーティーエイト)》とか、よろしーかと!」CRさん「《AK-47(アーカーよんなな)》のコトとか!?ガチで怒られても、知らナッシング!!💧」輔教様「ひそかにおもんみるに(=よくよく考えたら)…コレ(AK-47)さえあれば、鮎川(菊丸)も志津川(三郎太)も、コワくナッシング🎵」CRさん「アイツら(=菊丸&三郎太)こそ、私らとって《人災》ですからね🎵」菊丸「今スグ、ソレ(AK-47)をば商品棚へお戻しなさいませ!!さもないと…!ウチ(大変寺)の御住職のそのまた義兄の方よりお借りしました、この《戦車》にて!!こんなコトだそーです🎵」「うぱ~💦」×4輔教様「💢大変寺住職・葵慎吾のそのまた義兄が、外交官でありながら(ソクタッへ王国の)内政も預かっとるのはわかる!だからって、何だって戦車とかホイホイ貸し出せるんじゃ!?」店主「平貝(たいらぎ)のユウマはん(=葵慎吾の義兄)は、(ソクタッへ王国の)軍事も預かっとるんですわ!人手不足でっさかい!!」・菊丸「閑話休題!ちなみに、この戦車…↓↓↓ロボットに変形《ぽいコト》もできるそーです!!」輔教様「《さすが》とゆーべきか!《やはり》とゆーべきか!コレこそ《100均玩具》じゃな!?💧」・怖がる者は武器を持つアルボムッレ・スマナサーラ長老・ダンマパダ・405強くあるいは弱い生きものに対して暴力を加えることなく、殺さずまた殺させることのない人、──かれをわれは<バラモン>と呼ぶ。(宝彩有菜のダンマパダ解説【真理のことば】ダンマパダ<中村 元訳>より)・(2026/8/10追記)スッタニパータ・935殺そうと争闘する人々を見よ。武器を執って打とうとしたことから恐怖が生じたのである。わたくしがぞっとしてそれを厭い離れたその衝撃を宣べよう。(宝彩有菜のスッタニパータ解説【ブッダのことば】スッタニパータ<中村 元訳>より)・管理人ぶうぶのまあち「…てな感じに…今回のおハナシは、来週の(2026/8/15)敗終戦記念日に先駆けまして!帆船…もとい、反戦のための反語的なミリタリーネタにてお送りしたのでした!!」むにゅ~!!(腹肉攻撃)夫婦ウサギ「💢バズ狙いにしか見えナッシングなのでした!!💢」管理人「ぅぁはははははwwwてな感じにwww《ソクタッへ王国物語》はwひと区切りまであと1回なのでしたwww」・・2026/8/10の追記により、投稿文字数10000字切りました!・
2026.08.08
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2026/8/6、仕事帰りに野間大池のダイソーに寄りまして・・・ダイソー製の物騒な武器ピックスをば発見!即、購入!!パッケージから出したトコ。アサルトライフルの《AK-47》…ピックゆえに、銃身がなんか違うのは御愛嬌。そもそも軍用ヘルメットてのは、2種類のヘルメットをば2重に被るんだよ?コレは外側ので、鉄製だから通称《テッパチ》…今から4年前に、陸上自衛隊を舞台にしたTVドラマが《テッパチ!》。後のウイングマンも出てたんだよ?ちなみに内側のヘルメットは樹脂製で、コチラは《ライナー》とゆー。コチラ、リボルバーな拳銃。コチラは、オートマチックな拳銃。パイナップルと呼ばれる形状の手榴弾(しゅりゅうだん)。例によって、例の如く、《やる時は、自己責任で!!》のブッタ切り!手榴弾は、人形の手に持たせられるよー、少し残してブッタ切りました!ヘルメットは、ピック部分を叶和貴子…もとい、可能な限りブッタ切りました!アサルトライフルは、かつて楽天市場で取り寄せてた《サバゲーコレクション》のを参考に、先端のみブッタ切りまして、ナントカ似せるコトができました!・この《勢い》で…以前セリアで買ってた《忍者の武器ピックス》の《苦無(くない)》も、ブッタ切ってやりました!…繰り返す!やる時は、自己責任で!!・
2026.08.07
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・・昨日すなわち2026/8/5。仕事帰りに、向新町のブックオフにて…掘り出し物、発見!即、購入!!レゴマインクラフトの村人です!大きさは、レゴドール(右)と同じくらい…!左から…アレックス「まさか村人まで揃うとは、意外だった、ダイバダッタ!」スティーブ「スナッカッタ、コーカーリカ!」村人「…」三郎太「あは!管理人も、よく探してくるよね?」その時!雲行きが…オートレーサーなら、森且行…5年9か月ぶりの優勝だってYo!!ドシャーン!!アレックス「カミナリとか💦」スティーブ「岡村…もとい、やべーぞ💦」三郎太「あは?何がやべーの???」スティーブ「《魔女》になっちまっただ~💦」アレックス「村人は、カミナリを受けると《魔女》に変身しちゃうの💦」三郎太「…あは?」スティーブ「魔女の投げてくるデバフ効果のポーションに、気を付けろ~💦」三郎太「あは~💦きーおつけろ~🎵その昔、阪神タイガースにマット・キーオて投手がいたって、ばあちゃんが教えてくれたっけ~💦」アツキ(左端)「気を付けろ⇒きーおつけろ…てなネタは、その昔TVアニメの《クマのプー太郎》でやってたコト!そのウチ、誰かが言い出すとゆー!!」むにゅ~!!(腹肉攻撃)管理人「ぅぁはははははwww中川(いさみ)先生wホントーにゴメンナサイwww」…閑話休題!ソコへ、クリーパー(左&右)が…💧・村人「…はっ!?ワシゃ一体、何を…💧」「…」×3・菊丸(右から2体目)「このヒトは、レゴマインクラフトの《村人》…英語だと、《Villager(ヴィレジャー)》…こんなコトだそーです!」小太郎「…うぱ…ブラ…💖」小次郎「…ブラ…うぅ…💖」「う~ぱ~💖」×2・・花子「💢何、聞きマチガエてんだか!?💧」小次郎「う~ら~💖」小太郎「う~ぱ~💖」アツキ(左端)「…てな感じに…管理人は、か~な~り~キワドイのでした!」むにゅ~!!(腹肉攻撃)管理人「ぅぁはははははwww」・・三郎太「出番ナッシングだったんだね…💧」スケルトン(右)「💦」・
2026.08.06
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・・ある日のソクタッヘ王国…!新聞屋「号外!号外!善(知識親)鸞(研究)会の最新情報と来たモンだ、みのもんた!前回虫会長・森高鉄拳(もりたかてっけん)師亡き後の善鸞会は、新回虫会長に(森高鉄拳師の)長男・森高三重春(もりたかみえはる)師が就任と来たモンだ、おクチくちゅくちゅモンダミン!」ヒデキ(右)「モンダミンとか、イツのCMや?💧」信次郎(左)「なんかウワサでは、現回虫会長・森高三重春師よか、そのまた弟の森高偉路春(もりたかいじはる)師の方が、(善鸞会)会員達に支持されてるとか…💧」ヒデキ「…そら、そーやろ?偉路春の方が、そのまた親父(=森高鉄拳)に似てるかんな?小物然とした顔の三重春よか(善鸞会会員達に)人気があるのは、自然(じねん)の理(ことわり)や…💧」信次郎「あぁ…善鸞会に残った人達は、そんなに森高鉄拳師を《蓮如上人以来15億年ぶりの大善知識》と…恐るべし、カルト教団…💧」新聞屋「…てなトコで、本編ココから!」↓↓↓大変寺菊丸(左)「さっき石巻(茜)に読んでもらってた《蓮如上人御一代記聞書》の《167》だケド…」茜(中)「『ご法議のコトは、詳しくヒトに尋ねなさい。わかんナッシングなコトは、何でもヒトによく尋ねなさい。』のトコっスね?」蘭丸(右)「『ご法義を心得ている者でありさえすれば、誰彼の別なく尋ねなさい。ご法義は、知っていそーにもナッシングな者が…帰ってきたウルトラマン…もとい!却ってよく知っているのである。』のトコだね?」菊丸「さぞ(=その通り)!時代が下って(室町時代中期⇒江戸時代後期)、一蓮院秀存師は先の蓮如上人の仰せに対して逆説的に、『仏法は、知りそーな者が…帰ってきたウルトラマン…もとい!却って知らナッシング!』と…こんなコトだそーです!」ケン(右端)「そーだよな~?自分の方から、用心せな…!」・茜「ケンさん!何、ヒトゴトみたく言ってるんスか!?💧『仏法は、知りそーな者が知らナッシング!』てのは!ケンさんのコトっス!!💧」ケン「アカネイカ…ソレ言ったら、ジ・エンド(=オシマイ)だぜ!?…てなワケで!デ~ンジエ~ンド!!」茜「うは~💦」蘭丸「ビジン(!?)ダーキーック!!」ケン「蘭丸は、男の娘(コ)すなわちヤローだから、《ビジン(!?)ダー》なのでした~💦」蘭丸「…コッチもやっとくか!」・ケン「…なんか先月も、こんなコトあったのでした…💧」・参考文献①《秀存語録》より《一九八 知りさうなもの》『御一代記聞書』に云く、「仏法は知りそうもなきものが知る」と。私(=一蓮院秀存師)は之を反對(あべこべ)にいふ、「仏法は知りそうなものが知らぬ」と。自から用心すべきこと也。・参考文献②《蓮如上人御一代記聞書》より(167)蓮如上人、おりおり、仰せられ候う。「仏法の義をば、能く能く人にとえ。物をば人によくとい申せ」のよし、仰せられ候う。誰にとい申すべき由、うかがい申しければ、「仏法だにもあらば、上下をいわずとうべし。仏法は、しりそうもなきものがしるぞ」と、仰せられ候うと云々(現代語訳)蓮如上人は、「ご法義のことは、詳しく人に尋ねなさい。わからないことは何でも人によく尋ねなさい」と、折にふれて仰せになりました。「どういう人にお尋ねしたらよろしいのでしょうか」とおうかがいしたところ、「ご法義を心得ているものでありさえすれば、だれかれの別なく尋ねなさい。ご法義は、知っていそうにもないものがかえってよく知っているのである」と仰せになりました。・
2026.08.05
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・昨日のおハナシからの続きDA☆ξ輔教様「専門的なコトとか、兎も角!ワシも、《金の同行(どうぎょう)》になってやるのじゃ~!!」輔教様「さて…志津川(三郎太)のオレオピテクスが言ってた《ホレのおばさん》は、いずこに…?」?「暑苦しいな、ココ…ふ~、出られないのかな…?」輔教様「なんか石窯(いしがま)から声がするな?」中のパン達「おーい!ココから出して下さいよ~!ね~!?」輔教様「…シッタコサウルス…もとい!知ったこっちゃナッシング!!」リンゴの木「おーい!リンゴの実、収穫して下さいよ~!このままじゃ、熟(う)れ過ぎて傷(いた)んじゃうよ~!」輔教様「…シッタコサウルス…もとい!知ったこっちゃナッシング!!大事なコトなんで、もっかい言いました!…てなコトやっとるウチに、《ホレのおばさん》発見!」ホレのおばさん「里見は八犬!プロレスなら八拳…実は、ゆーホドプロレスしてナッシング…もとい!こーして実物見ると、ガチでミイラじゃなw」輔教様「なんか言った!?」ホレのおばさん「…なんも!兎に角、兎も角、あと兎角!ウチに来たからには、はらたいら…もとい!働いてもらうぞぃ!!」輔教様「冗談じゃナッシング!マイケル、カンケーナッシング!何だって輔教のワシが、雑用とかしたらな…!?」・ホレのおばさん「…やはりな…💧こないだの若者(=三郎太:右)は…ココに来るまでにも…骨を惜しまナッシングで…よく働いてたとゆーに…!アヤツは、あの態度からも…ココに来るまでにも…骨を惜しんできたコトぐらい…見て取れるわ…!!」・・・ホレのおばさん「もー、そのゲートくぐって、帰ってクレメンス!!」輔教様「ずんだもん、カンケーナッシング[…このゲートをくぐる途中で、金の雨…じゃったな]🎵」ブリブリブリブリ~!!輔教様「うぱ~💦アレじゃ~💦くっさ~~~💦」ホレのおばさん「ソレが、オマエ様への褒章じゃwww」…手"(で)!ぷぷ~ん…!!輔教様の教え子×2「くっせ~ミイラとか、お戻りとか…💧」輔教様「💢💦」アントン(左端)「ウキ~!何でぃ、そんなモンとか!?」・「猿の惑星~💦猿の💦わ~くせ~💦」…てな感じに…ソクタッへ王国は、今日も平和なのでした!・・・
2026.08.04
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・・今日と明日の《ソクタッへ王国物語》は、グリム童話《ホレのおばさん》をばベースにしたおハナシです!・(三郎太のモノローグ)ある日、森の中。クマさんじゃナシに、輔教様↓と出会った…!輔教様(中)「うぱ~💦ワシのスマホが~💦」三郎太(右)「あは…こんなトコに、でっけぇ穴とか…💧」輔教様「ヤイコラ、オレオピテクス!穴に潜って、スマホ探して来いや!!」三郎太「…僕、三郎太…💧そもそも落としたの、アンタじゃナイか!?」輔教様「💢うるせ~!!ドイヒー、カンケーナッシング!!」三郎太「あは~💦↑おまめ(サンシロー)さん、ごめんちゃい~💦」・・・三郎太「輔教様に蹴落とされた穴の底は、地底世界だった、ダイバダッタ…!ソレにしても、どーやってスマホ探したらイイんだろ…?💧」?「暑苦しいな、ココ…ふ~、出られないのかな…?」三郎太「あは?なんか石窯(いしがま)から声がするよ?」中のパン達「おーい!ココから出して下さいよ~!ね~!?」三郎太「も少しで、焦(こ)げパンになるトコだったね?」パン達「サンクスとか🎵」・・・三郎太「…あは!今度は…リンゴ・スター…もとい、リンゴの木だ!」リンゴの木「おーい!リンゴの実、収穫して下さいよ~!このままじゃ、熟(う)れ過ぎて傷(いた)んじゃうよ~!」三郎太「あは!ツイデに、荷車に積んどいたよ!」リンゴの木「サンクスとか!」・・・三郎太「あは!地底世界に…ポツンと一軒家!…手"(で)!誰か出て来たよ?アンタ、誰?」?「この地底世界に住んどる、人呼んで《ホレのおばさん》じゃ!」三郎太「僕、この辺でミイラが落としたスマホ探してるんだケド?」ホレのおばさん「あー、孟三山(もうさんざん)醍讃寺(だいさんじ)の住職じゃな!?」三郎太「なんでわかったの?」ホレのおばさん「アヤツのアレっぷりは、ココ地底世界でも知れ渡っとるからの?まー、続きはウチに入ってからな?」・・・ホレのおばさん「あの輔教ときた日にゃ、『阿弥陀様は、念仏申せとか言わナッシング!』とか《めずらしき法》を説いておってな?ソレを批判する同行に対して、《正法誹謗》だの《無間地獄一択》だのと!ソレから、ソレから…!」三郎太「あは!誰の思いも同じだねwww」(三郎太のモノローグ)…てな感じに…輔教様のウワサで、ホレのおばさんと盛り上がった僕は…ホレのおばさん家(ち)のベッドメイキングをしてあげたのだった、ダイバダッタ!ホレのおばさん「ミイラのスマホなら、スグ見つかったぞぃ!」三郎太「あは!ありがと、ホレのおばさん!」ホレのおばさん「ワシの方こそ、ベッドメイキング、サンクスとか!そのゲートから、地上へ戻れるぞぃ!」三郎太「あは!」キラキラキラキラ…🌟三郎太「あは~!金(きん)の雨~!」ホレのおばさん「ソレが、オマエ様への褒章じゃ!」…手"(で)!輔教様「スマホが戻ってきたのは、良いが…キサマ、なんか金ピカじゃな?💧」三郎太「あは!地底世界で《ホレのおばさん》家(ち)ではらたいら…もとい、働いた褒章なんだってさ!」輔教様の教え子×2「金の同行(どうぎょう)とか、お戻りとか~🎵」輔教様「💢ウヌら、ドッチの味方じゃ!?💧」この続きは、明日の記事で!・・
2026.08.03
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・第78あはキツネに化かされた輔教様・昨日セルフ共有したYouTube版《行け!ソクタッへ王国物語・第77あは:ウインクマン》の続きです。・か~な~り~間が開いてしまいましたが…《行け!ソクタッへ王国物語》第6シーズンは、コレして完結です!・今度は、第7シーズンだ!!・・
2026.08.02
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拙YouTubeチャンネルは、コチラ!・拙Facebookは、コチラ!・拙Twitter改めXなら、コチラ!・おかげさまで拙ブログ《ソクタッへ王国物語》は、本日(2026/8/1)を持ちまして、10周年をば迎えました!第1日目の本日は、YouTube版《行け!ソクタッへ王国物語》第6シーズンの残り2話をば、2日連続にてセルフ投稿致しまする!!・第77あはウインクマン・今回の《ウインクマン》のネタ元である《ウイングマン》は、当方が小学生の頃から人気だったダイバダッタなヒーロー漫画でして。当時は堀川りょうさんのデビュー作にして初主演なTVアニメ《夢戦士ウイングマン》に、近年では藤岡真威人さん主演の実写ドラマ《ウイングマン》と、時代を超えて愛される名作であります!!・さて、《ウインクマン》の初出は《千と436話:イツモと違う醍讃寺(だいさんじ)・前編》ですが…この時は、《輔教様の夢の中の出来事》でした。今回のYouTube版では、《夢じゃナッシング》なウインクマンが出てきます!・・
2026.08.01
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