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風邪でモーローとしていた先週、クリント・イーストウッドのDVDを見まくったことは書きました。今回は、イーストウッド映画の何がよろしいのかを、ワタクシなりに書いてみようと思います。いうまでもなく、イーストウッドは「西部劇の血をひく最後の男」であります。今でも西部劇は時々作られるけれども、そこに西部劇の「血」は受け継がれてはおりません。西部劇とはなにか。それは、「モラルは自分で決める」というドラマであります。良いか悪いか決めるのは自分であり、そこに政府や世間の常識といったものの入り込む余地はない・・・。ただし、そこには(自分に)誠実に生きるという絶対的なファクターがあるのですが。ここでは、ワタクシがイーストウッド映画の最高傑作と信じる「ブロンコ・ビリー」を通して、その精神の健全さについて語ろうと思います。「ブロンコ・ビリー」とはこんなストーリーです。舞台は現代(といっても、20年以上前になるのですが)。旅回りのワイルド・ウエスト・ショーの一座。一座とはいえ、インディアンの夫婦(ヘビの踊り)、投げ縄の青年、MCの黒人、片腕のアシスタント、そして座長のビリー。これだけ。実にしょぼくて当然のように客はパラパラ。ビリーは馬の曲乗りと早撃ち、ナイフ投げを見せるのですが、ナイフ投げでアシスタントの女の子にケガをさせてしまい、新しいアシスタントをさがしている。ここでヒロイン、ソンドラ・ロック(リリー)が登場する。旅から旅へのしがない一座の点景が心に染みます。物語が進むに従って、この一座が刑務所で知り合った仲間たちで作られたことがわかってくる。ビリーは、自分の親友と寝ていた妻を撃って服役していた靴のセールスマン。投げ縄の青年はベトナムの脱走兵。MCは無資格の医者。片腕は病気の妻のために横領した銀行マン。インディアンは居留地から逃げた男。リリーに、「ここは前科者の集まりね」と言われたビリーは言う。「罪は償なった」。インディアンの妻は実は白人なのだが、なぜインディアンのフリをするのと聞くソンドラ・ロック(この映画の唯一の欠点は、魅力のカケラもないこの女優だ)に、「人間は望んだとおりに生きられるのよ」と答える。ビリーもまた、ある日突然「カウボーイとして生きる」と決め、街をでた男である。ある事で金がなくなってしまった一座は、列車強盗を企てる。馬で列車を追いかけようというアナクロさである。あんたたちは馬鹿だ、と叫ぶリリーにブロンコ・ビリーは叫びかえす。「人生は一度だ。俺はベストを尽くす」もちろん計画は失敗するが、列車に乗っている少年は、馬で追っかけてくるカウボーイに感動する。魂の健全さ、とはこういう生き方を指すのではありますまいか。人生は一度。だからベストを尽くす。金を持っていようがいまいが関係ない。建前ではなく、実際そうなのよ。ホリエモンさんが株でいくらもうけようが、おいしいものたらふく食べようが僕はうらやましくない。うらやましい人は、株の上がり下がりに一喜一憂してればよろしい。僕には関係ない。自分に誠実に、健全に、ベストを尽くせとイーストウッドは教えてくれる。こういう人が、まだ現役でいてくれることで、僕はいつも励まされるのです。
2006年01月31日
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久しぶりに、母の夢をみました。ホント、久しぶりです。亡くなった年は毎日みてたからなあ。僕と姉が茶の間でテレビを見てます。チャイムがピンポ~ンと鳴って僕が玄関にでると、リュックを担ぎ、両手にダイコンやらネギやらを抱えた母が、満面の笑みで立ってます。「帰ったよ」どうやら母は、入院している病院を抜け出してきたらしい。驚いた僕は姉を呼ぶ。母はとにかく家に帰れたのがうれしくてたまらないらしく、リュックを下ろすと「ひやーっ、帰った帰った」と上がってくる。僕と姉はあわてて病院にお詫びの電話かけたり、ダイコンとネギを切ったり大騒ぎ・・・。皆さんは亡くなった肉親が夢に出てきたりすると、どんな気持ちになりますか。僕はずーっと前に書いた気もするが、とてもうれしい。父も母も、夢の中では昔と同じ声で喋ってる。なんだかね、父や母の夢を見たあとはニッコリして目が覚める。いくつも溜まってる胸のつかえのひとつが、ストンと流れ落ちる気がします。なので今日は、気持ちよく誠実に仕事ができたのでした。にっこり。
2006年01月30日
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昨日も仕事で、出勤の用意をしながら朝のテレビを見ておったのです。そこには、大リーグでがんばる田口壮のインタビューをやっておりました。メジャーに行きたいという田口に、奥さんは言ったそうです。「こんなはずじゃなかった」って言わないなら行ってもいい。目が覚めたでござるよ。心を入れ替えてわしもがんばります。ホリエモンの逮捕は、終戦直後の「アプレゲール」たちの犯罪(光クラブ・高木彬光の「白昼の死角」のモデル)を知っている者にとっては別にショックでもなんでもないが、この人、九州限定(たぶん)のCM(冷凍たこやき)にでてたんですけどね、当然打ち切りになった。強制捜査翌日、このたこやき会社(九州人ならみんな知ってる)が新聞に広告をだした。そこに書かれていたのはただ一言、「想定外」。エライ。笑ったなあ。昨日、外回りの途中コンビニに寄った。フツーの格好をしたおばさんが入ってきた。僕と目が合うと、おばさんは手を上げて言った。「お互いタイヘンよねえ」ん?おばさんはツカツカとレジへ直行、紙袋からセーターやらスカートを出しながら言う。「明日にはできる?ドライじゃなくていいから」んん?おばさんは、どんどん洗濯物を広げてゆく。レジもおばさんだ。「こ、ここはクリーニング屋じゃないですけど」「早くしてよ。電車がでちゃうでしょ!」ここは道路沿いで、駅などどこにもない。「お客さんやめてください!クリーニングじゃないですってばっ!」僕はカップラーメンの影から、息を潜めて成り行きを見守っていたのだが、どなられたおばさん(客の方ね)が、以外にあっさり引き下がったのでガッカリ・・・いやちがう、胸をなでおろした。おばさん(客の方)は、「じゃそれ、あんたにあげるわ、似合うと思うから」と言って、店を出て行ってしまったのであります。残されたおばさん(レジの方)の頭の上には、「困った・・・」という(吹き出し)が浮かんでいました。木の芽どきにはまだ早いが、いろんなヒトがいるんだなあ・・・と、おーいお茶・濃い味をゴクリと飲んで思う僕でした。競馬ページも更新したのでした。
2006年01月29日
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あいも変わらず、走り回ってるわけです。前も書いたかもしれませんが、印鑑もらいに家から家へと回ってると、これではルートセールスと変わらんなあ・・・と落ち込んだりもするのですが、今日、利用者の家の近くで、小さな小さなお寺を見つけました。ボロっちくて、当然無人。俺は吸い寄せられるように、入っていきました。本堂にはどうどうと、「ご本尊 釈迦如来」とある。そして、真言「のうまくさんまんだぼだなんばく」と書かれている。胸がいっぱいになる。ビジネスバッグを抱えたまま、俺は真言を三回唱えてみた。涙が出そうだった。全部ほっぽりだして、誰もいない四国の山を歩けたらなあ。「八月の濡れた砂」の歌詞ではないが、あの夏の光と影は どこへ行ってしまったのである。早く春が来ないもんかね。
2006年01月26日
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風邪もよくなったので、今日はスーパー銭湯に入ってきたのである。仕事と風邪でガリゴリに固くなった関節をタップリの湯と、肉うどんで暖めようという寸法である。しかしどうしてこう、どいつもこいつも躾がなっとらんのだっ。脱衣所から内湯への引き戸、内湯から露天への引き戸。まったくもう、どいつもこいつも、キチンと閉めやがらん。日本はどうなってしまったのだっ。洗い場で、きたない(実はそんなに汚くない)大事なところを洗っているわしは寒いのじゃ!戸を閉めろっ!若い奴だけのはなしじゃなくて、おっさんたちも閉めぬ。全開じゃなくて、4、5センチあいてるのね。そこまで閉めたんなら、最後まで閉めなさい。がるるっ。怒りに燃えて(わしの怒りを理解できぬ人もいようが、そーゆー人は、あっち行きなさい)、泡だらけの姿でトボトボ戸を閉めにいくと、次のヤツがまた3センチほど開けたままにしやがるぜ(泣)。心底情けない。わしは決めた。施設を始めるときの人事選考は、この銭湯でやる。応募してきたやつらをだまくらかしてこの銭湯に入れる。わしは内湯に浸かって、入ってくるやつで、キチンと戸を閉めないのを不採用にしてゆく。2次選考はなんにしようか・・・。ん、シャンプーや洗顔クリームみたいなのを持参してくるやつ。これもダメ。不採用。そういうの気にするやつはたいていブ男だ(す、すまぬ(~_~))。わしのような美男子(死語)は、そういうの気にしない。備え付けのシャンプーと石鹸で十分。どんな安物でも、わしの知性に裏打ちされた完璧な美貌を損なうことはできないのじゃ。こうなりゃやけだ。整髪料も、バイタリスかMG5以外はダメと就業規則で決める。フォー・ビューティフル・ヒューマン・ライフ。こら、となりのおっさん、銭湯でペンタデカンとかそういうの振りかけるな。ムダだっ。リラックスするつもりが、ストレス倍増の今日でした。しかし、怒りに燃えると、筆が進むなあ(^。^)。
2006年01月24日
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ソウル・シンガー、ウィルソン・ピケットが亡くなりました。64歳だそうで、イメージよりもずっと若い。なかなか周囲とうまく調和できなかった人みたいで、「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」とか「ムスタング・サリー」とか「ファンキー・ブロードウェイ」などの超強力ヒットがありながら、70年代にはスタックスとの契約を打ち切られて、「ヘイ・ジュード」なんかを軽く歌ったりしてる(なかなかいいですけど)。70年代では、ボビー・ウォマックと組んだ、「アイム・イン・ラブ」や、「シーズ・ルッキン・グッド」などが名曲。僕は「ダンス天国」が一番好き。この曲、当時は日本のグループサウンズもよく歌っていて、気の抜けた、ナーナナナナーというのを聴いて、どこが天国なのじゃと思っていたが、ピケットのオリジナルはまさしく「天国」で(なんせ、Land Of 1000 Dances ですから)、この曲を聴いてお尻がモゾモゾ動きださない人は、ソウル(というか、音楽全般)とは関係ない人ですな。ご冥福をお祈りします。
2006年01月23日
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ぬはは、久しぶりに負けてしまった。しかしま、どんよりと曇った空の下、芝生は見事に整えられて、とても気持ちよかったのであります。競馬に負けたあとは、久しぶりにCDショップへ。いやあ、驚いたね。エレック・レコードの復刻盤で「唄の市」とか「古井戸ライブ」とかが出てた。三上寛の「寛」ってのも出てたし(これはエレックじゃない)。どれもアナログで持ってるので買おうとは思わんが、「寛」のCDなんて、誰が聴くんだ。でもこれは傑作なので、誰か聴いてみて(笑)。「オートバイの失恋」という曲があって、 オートバイの失恋なんて誰も歌にはしないだろうが それに比べて人間の悲しみの歌のなんと多いことだろう という詞に、ライブではみんな笑っていたが、僕は衝撃を受けました。 まんじりともしないで朝だ するともう波のやつらが いっぱいの手になって おいでおいでをするんだよ (海)これは四国の海を見ながらよく口ずさんだ。 過去の傷を数えてみた 親指折って 人差し指折って 中指折って 薬指折って 最後に小指を折って拳をつくり 頬の涙を拭いてみた (負ける時もあるだろう) この人は詩人ですね。「フォーク大全集」(全曲楽譜付き!)などというのも出てて、「思い出の赤いヤッケ」(笑・高石友也ね)とか「12月の雨の日」(はっぴいえんど・平板なようでいて、コード進行はなかなか複雑)などは楽譜欲しい気もするが、なんで、因幡晃の「わかってください」とかがはいってるのだ。「わかってあげません」。それだけで、買う気が失せる。などとブツブツ呟きながら、小言おじじは、楽しい週末を過ごしたのでありました。
2006年01月22日
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皆さん、おひさしぶり。毎日日記を書くのは難しいが、一週間サボるのは、実に簡単であります(~_~)。日記も書かずに、何をしておったかというと、仕事をしておったであります。風邪もそんなには良くならんしねえ。この一週間、睡眠だけはたっぷりとりました。8時頃からベッドに入り、風邪でボーッとした頭でクリント・イーストウッドのDVDを1本観て寝る・・・というパターンで、「ペイル・ライダー」、「ハートブレイク・リッジ」、「荒鷲の要塞」、「ブロンコ・ビリー」、「荒野のストレンジャー」と、時間軸をデタラメに観まくりました。良い。イーストウッドは良い。というのが結論ですが。そんなヒマがあるなら日記を書けいっ!という声も聞こえるが、あいや待たれい。寝転がるのはよいが、座っていると、鼻水がずずずいーっとキーボードめがけて落ちるのであります。キーボードが鼻水でガビガビになるのは、なんとしても避けたい・・・ということで、わたくしは涙をのんで、一週間サボッたのであります。そして、今日ここに「鼻水止まった宣言」をするのであります。「鼻水止まった記念日」の今日、なにをするかといえば、本日開幕となる、「小倉競馬」に行くであります。わたくしは馬鹿であります。風邪も完全に治っとらんのに、一攫千金を夢見て、寒風吹きすさぶターフに乗り込むのであります。しかし、ひとりぐらいわあ~こういうバカが~♪(北島三郎・「兄弟仁義」より)であります。でもさあ、そうでもしなきゃ、仕事のストレスに押しつぶされそうなのよ。許してねハニー(そんなのいないけどよお)。恒例(?)の狙い馬を書いておきます。中山11レース「サンライズS」 ナチュラルメイク小倉11レース「帆柱山特別」 ケイウンバクシン(残念ながら1番人気かもね)こんなもんですかね。では防寒準備怠りなく出発するであります。吉報を待ちたまへ(^。^)。
2006年01月21日
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やっと日曜日。でも、今日も忙しいです。1月17日が父の命日なので、今日は納骨堂に行ってきます。さっき、家の仏壇の前で、久しぶりに般若心経を唱えてみました。花も換えなきゃね。忙しすぎてなーんも出来ぬが、父よ許せ。仕事は真面目にやっとるからね。僕の担当する方で、またインフルエンザが出ました。早く春にならないかねえ。昨日は午後から、ケアマネのシンポジウムに行ってきました。200人くらいか。おばちゃんが多かったけど、僕の印象はね、なんだかみんなエラソーにみえた。話も上手だし、ベテランなので仕事に関しては完全に把握してバリバリこなしてるんだろうけど、なんだかみんな、ケアマネってエライんだと思ってるようでした。自分の仕事に誇りを持ってる・・・というのとは違う。なんの根拠もない、ただの印象ですけどね。僕は担当の方から調子が悪いと電話がくると、すぐに会いに行ってる。昨日看護師さんから、「そんなに走りまわってたらタイヘンだし、仕事が溜まるばっかりよ」と言われました。善意で言ってくれたのですが。だが僕は、自分のスタイルでやるのだ。泥臭く、走りまわるのだ。いつも言っているように、全力でやって、やっとギリギリなのである。だから全力でやるのであります。競馬ページも書いたから、読んでね・・・と、ついでのように言っとく(~_~)。
2006年01月15日
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ほぼ復活と思ったのもつかの間、風邪とはつかず離れずの状態であります。しかも仕事場は病院でありまして、多くの患者がゴホゴホやっております。小児科もあるので、小さな子供が高熱だしてやってきます。明日は、僕の担当するひとり暮らしのお年寄りが、インフルエンザに罹ったということで、決死の覚悟で具合を見に行ってきます。この方、他の病院にかかってるのですが、処方されてるのはやはりタミフルみたいです。つらい冬はまだまだ続きますねえ(~_~;)。皆様も、インフルエンザには充分ご注意ください。調子を崩すお年寄りが多く、その調整で走りまわっており、また4月から始まる、「新予防給付」の説明会やらシンポジウムのつるべ打ちで、ここに何を書くかまで頭が回りません(-_-;)。休日にはちゃんと書きますから、許してねえ(T_T)/~~~
2006年01月12日
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皆様、3連休を有意義に過ごされましたでしょうか。僕はひたすら横になっておってのですが、フシギなことに競馬予想は絶好調で、よくわからぬ3連休でした。しかし、競馬のことばかり書くのもどーかと思うので、やっぱり競馬のことは、フリーページに書きます。興味のある方はそちらを読んで。予想の方法を書きましたので(~_~;)。さて今日は、風邪やや良くなった記念として、しつこく「タカダワタル的」に誘発されて、音楽について書きます。今日は真面目に思考するのであります。音楽とは何か・・・などという壮大なテーマで書こうとは思ったのだが、いかんせん荷が重過ぎる。なので、断片的に。高田渡は自分でも詞を書くが、多くは他人の書いた詩に曲を付けている。ナゼでしょうか。ホメロスの昔から、詩は詩として完成しているわけで、別にメロディーに乗せる必要はない。実は。詩をメロディーに乗せるには、それなりの理由がなければならない。なぜか。「あなたを違う次元に連れて行くために、メロディーに乗せる」のである、と僕は思う。代表作である(そしてこのドキュメンタリーの中で、もっとも心に残る)、「生活の柄」。山之口獏の詩を読むのと、ワタルの「生活の柄」を聴くのは、あきらかに別物である。どっちが優れてるとかいう問題じゃなくて。歩き疲れては寝たのです夜空と陸との隙間にもぐり込んで歩き疲れては寝たのですが 眠れないのですところかまわず寝たのですが 眠れないのです浮浪者をうたったこのつらい言葉が、高田渡という人間の「こころ」に濾過されて空中に発せられる時、それはまるで「俺は自由だ」と歌っているようではありませんか。「これが自由なんだ」と。タモリはよく、ミュージカルをバカにした発言をするが(なんで突然歌いだすんだ、とかね)、この人はジャズはやっていたのかも知らんが、音楽はわかってない。語るだけじゃ足りない・伝えられないから歌うのです。突然歌いだすのが、そんなにバカバカしいとは僕は思わない。心のもどかしさは 言葉にできないから9sのコードに託すのさ (山下達郎 ジャングルビート) 「音楽は音楽としてのレベルで楽しむのが一番。音楽にそれ以上の意味を与えようとする人たちは、なんだか怪しい気がする」これは、80年代の大瀧詠一の発言。大瀧信者の僕は100パーセント賛成するが、にもかかわらず、音楽を音楽としてやっていながら、音楽を超える感動を与えてくれる作品が確かにある。高田渡の代表作、「自転車に乗って」のベースは大瀧詠一である。優れた音楽(サティだったりモーツアルトだったりジェームズ・ブラウンだったりサム・クックだったり泉谷しげるだったり忌野清志郎だったりライ・クーダーだったりニーノ・ロータだったりサウンズだったりピンク・フロイドだったりアーニー・ケイドゥーだったりボブ・マーリーだったりパーシー・フェイスだったり富田一郎(知らんだろうな)だったりダーティダズン・ブラスバンドだったりマイルス・デイビスだったりオシャマンベ・キャッツ(知らんだろうな。伊集佳代ね。ネスカフェのダバダーとかジュリーの「六番目の憂鬱」のイントロのスキャットとか大瀧氏の「さらばシベリア鉄道」のエンディングのアーアーという声の人。代表作は「河原の石川五右衛門」。「ホイホイミュージックスクール」の審査員であったことを知る人が果たして何人いることやら)だったりネヴィル・ブラザースだったり友川かずき(知らんだろうな)だったりジョニー・マンデルだったり早坂文雄だったりフレディ・キングだったりB・B・キングだったりウイーピングハープ妹尾だったりまりちゃんず(知らんだろうな。代表作・尾崎んちのばばあ)だったりアフリカ・バンバータだったりガムランだったりケチャだったり安里屋ユンタだったり江差追分だったりジャズ・ジャマイカだったりフラミンゴスだったりボビー・ブランドだったり大瀧詠一だったり、日によって違う)たちを聴きわける耳をもっていることを僕は感謝したいし、誇りにも思っている。信じられないが、音楽が人生に必要でない人たちもいる。音楽は、僕らの身体をフワッと浮かせて、違うところへ連れていってくれる。それを知らない人たちはもったいないと思います。というのが僕の結論ですが、実に中途半端で、我ながら情けない(~_~)。そんなフェイクなビートじゃ とても踊れやしない聴かせておくれよあの スイート・ソウル・ミュージック (山下達郎 ジャングルビート)
2006年01月09日
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3連休、僕にとっては天の助け。昨日馬に食わせるほど寝たら、風邪も少しは良くなりました。しかし用心して、今日も競馬中継を、ぬくぬくのベッドに寝転がって見る一日です。身体はキツいが予想は絶好調なので、お暇な方は僕の予想に乗ってみてもいいんじゃないでしょうか。中山11レース「ガーネット・ステークス」、リミットレスビッド。中山10レース「初凪賞」、シャコーミリオン。京都11レース「新春ステークス」、シゲルドントイケ。いつも競馬のことですみません。ちゃんと書きたいが、長い文章書くとめまいがする(~_~;)。コメントの返事も、明日に繰り越させてください。申し訳ない(-_-;)。
2006年01月08日
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げほほ、仕事が始まったとたんに風邪ひいたのである。つらいのである。しかも明日は大雪だそうで、わしはもう歩いて行く決心を固めてるのである。ならば早く寝ればいいものを、なにゆえこうして咳き込みながらパソコンの前に座っているかというと、それは今日行われた競馬、「京都金杯」(曜日に関係なく1月5日にある)で、3連複78000円を200円分ゲットしたからですね。げほげほ。何としても自慢したい。ホントは昨日、ここで予想を書くつもりだったが、あまりにも調子悪く断念した。書いとけばよかった。ホラ吹きと言われないですんだものを。げほほ。何はともあれ、年間収支プラスに向かって、視界良好ということで。ちなみに、使ったのは1800円のみです。ではおやすみなさい。ゼーゼー(~_~;)。
2006年01月05日
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ぬはは、真面目に音楽のことを書こうとは思っておりましたが、正月のこととて、朝から酔っ払ってそれどころではござらんな。年末ジャンボは玉砕でしたが、友達はなんと一等2億円と末尾1つ違い。組が違うと前後賞(5000万)もなにもないのね。怒りに燃えて、画像付きでメールが来た。昨日はデパートの初売りで、例年通りしょうもないもんを買ってきたわけだが、かき集めたレシートで、福引き1回やったら1等が当たってしまった(^。^)。福引コーナーは長蛇の列で、次々とハズレで去っていくなか、鐘鳴らされちゃって、英雄気分である。1等は30本ということで、これはかなりの確率ではなかろうか。うむ、今年はいいことがあるに違いない。テレビでも、恋愛運1位は天秤座と言うとったしの。いきなり運命の人とめぐり合って、燃えるような恋に落ちるのではないかと思うゾ。酔っ払って、どんなゴージャス美人と出会えるのか妄想してるうちに、正月も終了じゃ。あっけないものよのう。
2006年01月03日
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明けましておめでとうございます。皆様におかれましては、元日を有意義に過ごされた事と存じます。ワタクシは、ただただ酒を呑んでおりました。うーい。「爆笑ヒットパレード」を見ながらひたすら呑んでは眠り、午後2時からは、一年一度のお楽しみ(僕にとってはね)、ラジオの「大瀧詠一・山下達郎 新春放談」を聴き、また酒を呑み、の一日。まったく生産性のない一日ではございました。まー、いいんじゃねーの元日くらい(^。^)。明日は初売り行って、しょうもないもんいっぱい買っちまおう(^^)。こんな意味のない日記から一年が始まるとは、先が思いやられるわい。
2006年01月01日
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