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よく、アッという間っていうけど、本当に7月は早かったなあ。もう少し時間が欲しいと切実に思いました。これからの3ヶ月は、人生でもっとも早く過ぎるのかもしれない。もっと違うことも書きたいけど、今は開設へ向けて突っ走りはじめたところで、他になにもできないので書けません。現在、小倉競馬開催中で、昨日は「息抜きに、いっちょ行ってこましたろかっ」、と思っていたのだが、やっぱそういう気になれなくてやめました(当たり前か)。祇園太鼓にも行かなかったしなあ。しょうがない。これだけ忙しく走りまわれるのは幸せと思ってがんばります。明日は、昼は法務局へ登記簿謄本を取りにいき、夜は工務店と改装について、最後の打ち合わせ。デイサービスの名前も決める(というか、もう決まってて、最終確認)ので、あさってにはここに書けると思います。夏バテなんかしてる暇ないです。
2007年07月30日
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物件契約、終了しました。晴れて、内部の写真を載せられます。もちろん、改装前ですから、そのつもりで見てください。 ここ、表から見るとわからないんですが、むちゃくちゃ広い。2階建てで、部屋数が9つ。300平米近い。 コンビニ部分。ここはとりあえず改装せず、このままで、テーブルやイスを置き、利用者家族や、地域のお年寄りの寄り合うスペースとし、地域の介護セミナーや、勉強会の場所としても提供したいと思ってます。 キッチン。やたら広い。ここと次の応接間で、利用者一人につき3平方メートルという基準をクリアします。壁をブチ抜いて、応接間とつなげます。 応接間。中庭に降りられる。庭はひどい状態だが、手入れして野菜を育てる。園芸療法はぜひやりたかった。 廊下を挟んで反対側。静養室と、泊まりサービスの部屋として使います。 浴室。そのまま使います。この他に、2階に部屋が4つありますが、ひとつを事務室として使うだけで、改装はしません(っていうか金がない)。どうでしょうか?。これが僕らの「城」であります。訳あって出て行かれた、ここに以前住んでらっしゃった方にガッカリされないためにも、僕らは全力でがんばります。ここが、この地域の老人介護の拠点になればいいなあ。いや、そうしなければね。
2007年07月27日
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今日、法務局から、登記申請終了の連絡が入りました。明日は、物件の正式契約に行ってきます。敷金・礼金2ヶ月(破格!)・不動産屋の仲介手数料・8月分の家賃・火災保険料、しめて90万が飛んでいきます。契約し終われば、場所や物件の詳細について書けるのでホッとしてます。しかしもう、休んでるヒマはありません。8月から家賃が発生するわけで、改装・近隣住民に認知してもらうためのセミナー・職員研修・看護師採用・介護保険事業者の申請・そしてもちろん営業活動、などなどを、怒涛のように並行してやっていかなければなりません。ほぼひとりで・・・。法人設立に際してコメントを頂いた皆さん、どうもありがとう。感激で、胸がいっぱいです。社長になりたかったわけでも、金持ちになりたいわけでもありません。車にも興味ないし、味オンチです。ただ、この国の老人福祉政策は間違っていると思い、不幸な年寄りたちの手助けをしたいと考えているだけです。まっとうに生きる同志たちよ。頑張ろうね。この国はヘンだけど、それでも僕たちだけは頑張って、それはヘンだと言い続けて生きようね。
2007年07月26日
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えー、皆様のご協力と励ましに支えられ、本日、「株式会社 リスペクトライフ」を設立することができました。デイサービスの名前は平凡なものにしたいと思っていますが、商号は少し自分の考えもいれて、かっこよくしてもいいかなと考えました。「リスペクト」とは、尊敬・尊厳という訳が一般的かとは思いますが、僕としては、「肯定する」という意味をとりたいと思っています。いろんな人がいろんな生き方をし、いろんなふうに年老いてゆく。うまくいった人もいるだろうし、うまくいかなかった人も大勢いる。老人介護を生業とする者にとって、大切なのは「想像力」だと思っています。目の前に座る皺だらけのばあちゃんにも、ちゃんと青春があったことに想いをはせる想像力がなければ、介護などできません。生まれたときには父親が隣の部屋で産声をまだかまだかと待ちわび、思春期には、この恋文を渡そうか渡すまいか校門の陰で胸張り裂けんばかりに緊張した。結婚し子供が生まれ、その愛らしかった赤ちゃんはやがて憎たらしい息子や娘に成長し、どんどん自分から離れてゆく。そしてポツンと、自分と連れあいだけが残される・・・。いやもちろん、やさしい子供たちや孫たちに囲まれ、人生は素晴らしい、と胸をはって言い切れる人たちも大勢いるでしょう。僕は、その人生のすべてを肯定したい。このページに、はたして若い人たちが来てくれているのかどうか、はなはだ疑問ではあるが、もしいるとしたら、ね、君たち、君たちが「青春を謳歌」(この言い回しに、笑いたければ笑ってもいいです)している「今」を、何十年経っても、それを「なかったこと」として否定されたくはないでしょう?。「風俗」というのは、アッという間に古びてゆく。僕は、古いフィルムの「ベルボトム」や「ペイズリー模様」や髪型・化粧のダサさをみて笑う・・・っていうたぐいの番組が死ぬほど嫌いだけど、「ラップ」も「エロかっこいい」も「ビリーズ・ブートキャンプ」も「桜塚やっくん」も、何十年後(いや、今は回転が早いから何年後か)、必ず笑われる。だけどさ、笑われても、それは君たちの青春の1ページだったことは事実なのであって、その時代を知らない世代に笑われたくはないはずです。僕は笑われたくないし、笑わない。言葉だけじゃなく、誓ってもいいが僕は笑わない。すべての人の人生を、自分の生き方も含めて肯定する。だってさあ、最後の最後、どんでんがえしのように、「地位も名誉もお金も手にした○○さんは、最後に認知症になって、すべてを失い、むなしく死んでいったのでした。おしまい」ってのは、間違ってるでしょう。僕は、映画と音楽と小説に囲まれていれば幸せ、という平凡な人間です。自分が、老人介護に人生を捧げることになるなどとは思ってもみませんでした。遠くまで来ちゃったなあ・・・というのが実感ですが、会社つくるのが目的ではありません。スタートラインはまだ先です。気を抜かずに、頑張りましょう。
2007年07月23日
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出資金の払い込みも無事終わった。あとは23日の登記に向けて、サマージャンボが大当たりすることを祈って、やおよろずの神々にお願いするのみ。おっ、大穴必然の「函館記念」もある。我が前途は、洋々たるもんであるゾ。銭のないやつぁ俺んとこへ来い俺もないけど心配すんなてなもんだ。そのうちなんとかなるだろうぜ。どはははは。
2007年07月19日
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今日は公証役場に、認証を受けにいきました。印紙代40000円。認証代51000円。ふーっ。明日は3人揃って、出資金の払い込み。羽が生えて、お金が飛んで出てゆきますのだ。しかし、勉強にはなる。起業しようとしてるそこの君、法人立ち上げまでのアドバイスしてやるぞ。。新潟の地震で亡くなられた方のおひとりは、昨日が祭日でなければデイサービスに行っていたはずだそうで、ニュースを見ていて胸が詰まった。亡くなったのは、全員高齢者だし。直接助けにいくわけにはいかないが、やっぱり俺は、高齢者を助ける生き方をするのだ。そう決意を新たにした。
2007年07月17日
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今日も夕方まで雨が降った。しょうがないので、一日本を読んでいた。長い小説などこの先いつ読めるかわからないので、山田風太郎「柳生忍法帳」を引っ張り出してきて、再読する。やっぱり心躍るなあ。この作家の「魔界転生」が、山口県光市の母子殺害事件の、被告が死姦したことの理由として取り上げられているが、いくらなんでもそりゃ「ウソ」でしょう。18・9の少年(ドラえもんが何とかしてくれる!と思っている少年です)が、山田風太郎読むのも不自然だけど、読んでも読みこなせない筈です。関係ないけど、被害者の家族である本村さんって、いつもひとりで記者会見してて、その後に被告側の大弁護団の記者会見が映る。僕、この光景を見るたびに、「評決」(82年 シドニー・ルメット監督)っていう、ポール・ニューマン主演の映画を思い出すんだけど。夜は再び、DVD「タカダワタル的」を観る。その後、録画してあった「高田渡を送る会」(スカパーでやった)を観る。これは、高田渡が亡くなったあと行われた追悼集会の記録なのだが、これは面白い。四角桂子(吉田拓郎の最初の奥さん)はいつまでも若いなあ、とか、鶴瓶とかなぎらけんいちは、どうしてああ出しゃばるのか、とか、客席で涙している美人の外人さんは何者じゃ、とか。エンケン・井上陽水・鮎川誠が来てくれているのも嬉しい。などと呟きながら、台風あけの日曜日は過ぎていくのでした。
2007年07月15日
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今回の台風4号は、なかなか手ごわいです。朝早い頃、まだ中心が鹿児島のかなり南にあるのに、ここ福岡でもけっこうな強風が吹いておりました。で、今も吹いてますが、もう抜けたのかな?よくわからん。テレビでは波濤渦巻く、足摺岬が映っております。これから進路に当たる皆さん、お気をつけください。たぶん今年(に限らず、来年からも)、常識を超えた強烈なものが次々やってきそうで、不気味です。というわけで今日1日部屋に閉じこもって、久しぶりの休養日とし、ビール飲んで昼寝、起きてから、適当に手にとった筒井康隆の自選短編集「睡魔のいる夏」から、「わが良きウルフ」と「お紺昇天」を読み、涙する。小説読むの、ずいぶん久しぶりのような気がする。テレビの「ミュージック・フェア」には鈴木雅之が出演して、「夢で逢えたら」を歌ってた。トークでやたら「ソウル・トライアングル」と口にしてたのがおかしかったし嬉しかった。ホント、大瀧詠一を尊敬してるんだね。よし、どんなに忙しくても、小説を読み音楽も聴かなきゃ。経済小説とビジネス本しか知らないようなヤツにはなりたくないもんな。
2007年07月14日
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台風4号近づくなか、おじさんは23日の法人設立に向けて、鈍牛のごとくのっそりと進んでおります。ここまでに、県と申請前の定款の確認、公証役場での定款認証の打ち合わせ、そして会社印(じぐしょー、5万もした)の作成依頼が終了。今日は、生命保険を解約してきました。ずいぶん掛けてたはずなのに、払い戻し金は41万ぽっち。でも解約しちゃう。ちょうど更新の時期だったんですけどね。どうしようか迷ってました。冗談(百分の一くらいは本気だったりする・・・かな)で、診療所のうらら嬢に、「生命保険って、自殺でも出るんだよね」って聞いたら本気で心配してくれて、きゅう嬢には、「ばかフッサ!、そんなネガティブな考えでどうすんだっ!!キエーッ」と飛び蹴りを喰らってしまいました。OKサンキューベルマッチョ。おじさんは大丈夫だかんね。優しいママのような熱血看護師1号2号に、ちょっと甘えてみたかったのよん、うふん。起業しようとする人みんなが、こんなふうにプレッシャーを感じるものなのかどうかは知らない。僕がとびぬけて小心者なんでしょうか。正直、怖い。でも、怖いからやめるかというと、やめない。じわりじわりと前へ進んでいくであろうことを、僕は自分で知ってます。お遍路の時もそうだったしな。怖かったけど、僕は前進した。ダイジョブダイジョブ、きっとうまくいく。敬愛する、熱血豪腕1号2号よ。これからも泣き言並べてすがりつくこともあろうかとは思うが、広い心で、笑って許してくれたまへ。頼んだゾっ。
2007年07月13日
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物件の話の途中ですが、法人設立のスケジュールが決まりました。流れを書きますね。なにかの参考になれば。1、類似商号調査2、定款作成3、印鑑作成4、設立時取締役の就任承諾書作成5、定款の認証6、出資金の払い込み7、登記申請となります。印鑑とか全部含めて、30万くらいの費用がかかる。登記申請は、7月23日です。この日が、会社設立日となります。もちろん会社の名前は決まってますが、もう書いていいもんかどうかわからんので、登記が終わってから書きます。来週から2週間、文字通り走り回ります!。
2007年07月06日
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そういう訳で、焦りながらも毎日物件探しに走り回っていました。気持ちは疲れきっていて、下の写真のコンビニ跡に貼ってある、「テナント募集」の文字にも、特にビビッとくるものはありませんでした。とりあえず電話してみると、裏の住居部分も含めて30万とのことで、とても話になりません。それが、いろいろあって15万になった話は、以前書きましたね。築30年近く、かなりガタがきており、全面的な改装が必要でした。しかし、部屋数が9つというのは魅力でした。余裕があれば、それだけ夢も広がりますからね。しかし改装費が問題です。借りるかどうかは、改装費の見積もりが出てから・・・ということにしました。ケアマネ時代に一番信頼していた、福祉用具の業者の人に工務店を紹介してもらい、見積もりを出してもらいました。430万でした。僕らはため息をつき、工務店の若き社長に、僕らが考える介護について話しました。この社長さんも、「熱い人」でした。僕らの話を聞き、彼は言いました。「素晴らしいですね。ぜひやって下さい。やりましょう。よし、ギリギリの値段だします。儲けはいりません、儲けは他の仕事で出すからいいです!」この時から、このHさんも「仲間だ」と僕は認識しました。ここで、僕はいろんなことを教わりました。自分の想い(それは、ウソでなく、心から自分が信じていなければいけませんが)を正直に話せば、多くの人がわかってくれ、助けてくれるということ、そして、縁は大事にしなければいけない、ということです。必要に駆られて、いろんな人を紹介してもらっていますが、その人たちみんなが、僕らを助けようとしてくれます。その方たちに感謝し、金額的にはキツイのですが、僕はここで起業することに決めました。
2007年07月04日
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最終的に決めた物件を紹介する前に、いくつかの物件を紹介する。契約しなかった物件である。これはごく一部。ここに載せた10倍くらいは見てきた。 最初は民家を探していて、相当数見せてもらった。この二つはごく初期にみせてもらったもの。上の物件は、階段がネックだが、それ以上に問題なのは、ほぼ目の前といっていい場所に、老人ホームがあること(デイサービスもやっている)。下は、豪邸といっていい広さだが、敷地いっぱいに建っていて、おまけに信号のすぐ前。利用者の乗り降りが危険なのでやめた。この頃はまだ余裕があって、そのうち見つかるであろー、などとお気楽に考えていたが、件数を重ねるうち、条件にあう物件などないのかも知れない・・・と思い、焦りはじめた。荒れ果てた民家。張り紙もなく、近所で聞いても、どこへ引っ越したのか、誰が持ち主なのかさっぱりわからない。こういうのも多かった。なんだか、せつないね。 ここは迷った物件。条件は文句ないのだが、いかんせん、とんでもない坂の途中にある。左にちょっと見えてるのが坂だが、スリップしないよう道に段がついている。歩道は手すりつきである。車で通った時はそれほどでもなかったが、歩いてみると、ほとんど「四国八十八ヶ所」を思い出すほどの坂で、これはもう、「家族のためのスペースも作って、気軽に様子を見に来てもらいたい」というコンセプトから大きく外れるので断念。住宅街なのだが、空き家が多い。これでは、高齢者は無理だ。焦った末に、店舗物件も探し始める。店舗ものは、浴室の設置が問題だが、そういうことより、焦りすぎて、自分が「民家改造型」のデイサービスをやりたいことも忘れかけていた。 店舗ひとつが、98000円。そのままなにもなしに渡すことを、「スケルトン渡し」というらしい。初めて知った。 薬局・整骨院・土建の事務所。こう失敗した物件ばかり見せられては、こっちの心も沈んでくる。この頃はもう、不動産屋に行くのが苦痛だった。で、やっと見つけた物件はどういうものであったか。次回、書きます。。
2007年07月03日
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えー、数少ない常連訪問者の皆様。のらりくらりと日々を過ごしてまいりましたが、怠惰な人生と決別し、テイクオフする時がついにやってきたようであります。これからのスケジュールを、謹んで申し上げる。1、7月中に法人を立ち上げる。2、同じく7月中に、建築・消防署関係の問題をクリアする。3、物件の契約開始日を8月1日とし、すぐに改装に入る。4、8月中に、県へ「介護事業者指定」の申請をする。5、11月、デイサービス開設計画は大幅に遅れてしまったが、11月は奇しくも、退職から1年・母の死から4年目の月である。これもなにかの因縁であろう。物件のことも、正式に決まったので、これからは詳しく書く。もうあとは、前進するだけだ。迷っている暇はない。開設資金は、恐ろしいくらいに膨れあがっていくが、泣き言はいわない。何度も書いてるけど、僕らの合言葉は、「金にはならんが面白い」である。しかし、開設までの4ヶ月限定の合言葉は、「なんとかなるに違いない」である。そう思わんとやっていけんもんなあ。だはははは。愛と涙と失笑の、「零細企業ドタバタ立ち上げ日記・疾風怒濤篇」にご期待あれっ!。あちょーっ!!!。
2007年07月02日
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もう7月ですか。早いですね。何もできぬまま半年が過ぎてしまった。しかし昨日は、うれしいことがありました。昨年までケアマネージャーとして担当していた利用者の方が、現在のケアマネ(僕を引き継いだ、同じ診療所の女性)に、僕の始めるデイサービスに行きたい、いつから始めるのか・・・とわざわざ電話してくれたとのことでした。この方(女性)のことは、以前何度か書きました。近くに小さなお寺がある場所、ひっそりと建つ古い民家(申し訳ないけど、あばら家というしかない)にひとり暮らし。これまた申し訳ないけど、「ゴミ屋敷」化してると書いた記憶がある。足が立たず、家の中を這って移動する。なので、食べ物も手の届く範囲においてあり、訪問しても座るところがない。行くとまずは片付けが僕の仕事だった。庭(ジャングル化している)の草を引いたり、冬はストーブに灯油を入れたりした。僕がやらないと、週1回入ってた訪問介護(ヘルパーさん)に頼もうとし、断られるので(ヘルパーはそういうことしちゃいけない・・・ことになってる。これもおかしいけど)、僕がやってました。週1回ではもちろんこの「ゴミ屋敷」では「のれんに腕押し」なのですが、それ以上はガンとして受け入れてはくれませんでした。介護認定の訪問調査にも立ち会いました。子供さんは何人もいて、一度会わせてくれないかとずっと言っていたのですが、これもダメでした。「這って移動する」のに、要介護度は1でした。訪問調査のとき、「這って移動できるなら自立に該当します。要支援になるかもしれません」と言われて怒りに燃えたこともありました。この時のことも書いたような気がします。障子の破れ隠しに貼られていた、くすんだ花嫁姿(18歳で結婚されたそうです)の愛くるしさと、現在のギャップに胸を衝かれたこともありました。手すりもなかなか付けさせてくれず、梅雨時は食中毒(去年は入院しました)、冬は火事が心配でいつもハラハラさせられた、いわゆる「困難事例」ではありますが、僕はこのおばあちゃんのために走り回るのは、決してイヤではありませんでした。その人が、「行くたびに、○○さん(僕のこと)はちゃんとやってるかねえ」と心配してくれているとのこと。自分でデイをやる準備をしているという話が出て、そのあと電話してきてくれた・・・という次第です。うれしいなあ、うれしくてたまんないなあ。開設前に利用者が確保できたというのももちろんうれしいけど、わざわざ電話で意思表示をしてくれたことがうれしい。くりかえすが、這って移動するんだからね。夜は、職場の飲み会。そこでもうれしいことがあった。僕はあまり飲まなかったが、それでもなんだか気持ちのいい飲み会で、断れずに2次会について行った。そこで、若きおたんこナース、きゅうさん(前回の日記に初めてコメントくれた)が、「アンパンマン・マーチ」をカラオケで唄った。二人の幼児の母なのである。僕はいつもここで書くように、「自分を勇気づけてくれるエレメントは多ければ多いほどよい」と思っている。それは歌であったり小説であったり映画であったり、日常のなかでの小さな出来事だったりする。で、この初めて聴いた「アンパンマン・マーチ」の歌詞に、目からウロコが落ちる想いでしたね。そりゃさ、「家庭」を持ってる人たちは、通過儀礼として誰でも知ってる歌なのかもしれないけど、なにしろこっちは、ひとりっきりだからねえ。忘れないで夢を こぼさないで涙(はい、頑張ります)やさしい君はいけ! みんなの夢まもるため(行きます行きます)時ははやくすぎる 光る星は消えるだから君はいくんだ ほほえんで(グスン)
2007年07月01日
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