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僕は経験がないので、マリファナがたいしたことないのか有害なのかわかりませんし、69年デビューなあなたが、マリファナと無関係でいられたとは思いません。そういうのは、どうでもいいです。相撲取りが捕まっても、芸能人が捕まっても、「フーン」という感想しか持ちませんでしたが、やっぱりファンであれば別なんですね。「元はっぴいえんどの鈴木茂、大麻所持で逮捕」みたいな記事は読みたくなかったなあと思います。「はっぴいえんど」と「大麻」って、大瀧氏と「下ネタ」が似合わないように、なんだかすごく居心地が悪いです。コンプリート盤の「バンドワゴン」も「ラグーン」も買いました。素敵ですよ。改心して(?)、ギターばりばり弾いてください。永遠の微熱少年様へ。「12月の雨の日」のイントロこそが、日本ロックの夜明けであると信じて疑わない男、フッサストラットより。草々。
2009年02月18日
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今夜は泊まりだ。「仕事のことは、しばらく書かない」などと言ったが、もういい。書く。真面目に書く。今日書くことについて、なにかいい知恵があったら教えてください。2ヶ月ほど前から、強烈な人の利用が始まった。男性。Aさんとしておく。アルツハイマー型認知症で、それほどの高齢ではない。認知症というのは、見当識(時間・場所・人物)の障害で、この順番で忘れてゆく。これを中核障害という。問題は、周辺(随伴)症状というもので、徘徊・異食・もの盗られ妄想などは、周辺症状という。中核症状は同じでも、周辺症状の出方がちがい、強烈に出る人と、それほどでもない人がいる。Aさんは、強烈な方で、徘徊(簡単にこう言っていいのかわからないが)がひどい。僕は、認知症専門棟で勤務したこともあるし、研修も受けてるんだけど、在宅の方では僕が会ったなかで、もっともスゴいと思う。とにかくじっとしていない。外に出ようとするのにはその方なりの理由があるわけで、1、自分にはやらなけりゃならぬ仕事があるので、こんなところ(施設)にいるわけにはいかない。2、なんとなく、ここは落ち着かないなあ。早く家に帰りたいなあ・・・。というのが、主なところでしょうか。2の、「家」というのは、必ずしも現在住んでいる「家」ではなくて、一番思い出のある(いい思い出かどうかは別)家、あるいは、漠然と「落ち着ける(ような気がする)」場所あるいは地域のことだったりする。しかし、落ち着かなるまでにはしばらく時間があるのが普通だと思うが、Aさんには、まったくロスタイムがない。だいたい僕が迎えにいくが、「陽だまり」に来たと同時に帰ると言い出す。止める(というか、まあまあお茶でも・・・とひきとめる)と激高する。なので、僕が散歩に同行するのだが、この方、信号を無視する。「陽だまり」は街中にある。僕は何度か心臓が止まった。奥さん(二人暮しなのだ)は、「事故にあったら天命ですから」と言われるが、こっちはそうはいかない。「陽だまり」利用中に交通事故にあって、「天命ですから」とは言えないし。で、ヒヤヒヤしながら歩く。「陽だまり」から自宅まで3キロぐらいだろうか。ここをぐるぐるぐるぐる歩く。歩きっぱなし。Aさんの顔はもうヘトヘトである。だがそれでも歩く。なんとかなだめすかし「陽だまり」に戻り食事になるが、当初は5分もいなかったと思う。「帰ります」と言われて、また歩く。夕方までずっとそう。では、夕方送っていくと、「やれやれ」という感じで、疲れきって休むかというと、ちがう。奥さんに、「そろそろ帰らせてください」と言って、また外に出て歩く。夜中もである。奥さんは疲れきっていて、Aさんが出かけてから何時間か経って、車で探しに行く。僕はこの2ヶ月、おそるべき勢いで、認知症についての本をかたっぱしから読んだ。最初は当然の如く、周辺症状への対処の仕方につて調べていたが、だんだんと「認知症とはなにか」という深いところの考察に入り始めた。帰宅願望が出てきたら、うまく話しを逸らしましょう・・・みたいなマニュアルは、あまり役にたっていない。そううまくはいかない。僕は以前に書いたかもしれないが、認知症の方の頭には「現在どんな風に、この世界が映っているんだろうか」といつも疑問に思っていた。今回怒涛のように読んでいった中で、もっとも心に残り、また役に立つであろうと感じたのは、認知症の方本人が書かれた本、「私は誰になってゆくの」(クリスティーン・バーデン)であった。オーストラリア在住の、アルツハイマー型認知症の方である。バリバリのキャリア・ウーマンでシングル・マザーである著者が、認知症と診断されたときからの手記である。この手記は、介護する側からは想像の及ばないことがいろいろ書かれてあり、目からウロコが束になって落ちる。なかでも、(たとえば)道に迷った時、近くにいる人に助けを求めないのは、「誰かに頼む」ということを思いつかない、というような記述は、介護する側は絶対に気づかない。次にあげる詩は、「パーソン・センタード・ケア」という認知症ケア理念の提唱者、トム・キットウッド(イギリス ブラッドフォード大学教授)が、認知症の人の心の内面を想像して書いたものである。「実践パーソン・センタード・ケア」(水野 裕)濃い霧のなかで薄暗く、そして霧が立ち込めている。なんだか知っている場所のような気もするし、初めて の場所のような気もする。ここがどこかわからないまま、ただ歩き続けている。暑いのか寒いのか、昼なのか夜なのか見当がつかない。(中略)濃いもやの中を歩いていると、周りの人たちがなにか不気味な話をしながら過ぎ去ってゆく。ところどころ、言葉の端々に自分のことを話しているようにも思える。時々懐かしいものがあるのに気づいて近づくと、急にそれは姿を変える。ひとりぼっちだ。どうしてよいかわからずすべてが恐い。(後略)僕は昔から、ものすごく記憶力がよくて自信も持っていたが、年をとるにしたがって、やはり記憶力は落ちてゆく。少しずつ少しずつ、頭のなかに薄い膜が張られていくような気がする。認知症の人は、ずっと厚く濃い霧がビッシリと頭に張り付いてるんだと思うけど、、時折その霧がスッと晴れる瞬間があって、ドキッとするほど「素」の顔になることがある。どう対応すればいいんですかね。Aさんに、おとなしくなってほしいとは思いません。それは、活動量というか、意思表示が減るということで、「良い状態」とはいえない。介護がラクになりゃいいってものじゃありません。かっこつけんじゃねえよ・・・って声も聞こえてくるんですが、でも、そうでなきゃ、本当の認知症ケアとは呼べないでしょ。誰かいい知恵があったら教えて。
2009年02月16日
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土曜日は、午後から小倉のセミナーへ行った。雇用についてのセミナーである。最近テレビで、需要はあるのに応募者が少ないとして、よく介護職がとりあげられる。ハローワークでインタビューしてたが、首切られたハケンの人たちは、「自分は製造の仕事しかやったことがないから・・・」とか「給料が安くて」とか答えていた。まあそうなんだろうけど、介護の世界にいる人間としては、あまりいい気はしないな。介護が、キツイだけの仕事だと思われてるんだろうか。もう少し、高齢者介護の面白さってものを(それは確かにあるんだし)アピールしたほうがいいよな。「人間相手の仕事は、やったことがない」っていうことなら、大丈夫だと思う。僕も、元々は人と話すのが苦手で、今でもパーティーとかあると逃げることにしてる。高校の頃、将来どんな仕事ができるかなあと考えたとき、思いついたのは「映画の脚本家」だった。これなら人と会わなくて済むんじゃないかと思って。挫折してからも、旋盤工とか自動車の部品の組み立てとか、そういうのばっかやってた。旋盤やってた頃は楽しかったな。朝、左に山になってる水道管を旋盤かけて右へ運んで山にする。目に見えて自分の成果が山積みになってゆく。介護の仕事に入ったのは40歳過ぎてからなので、その気になればできるよ。「その気」になるのが、「派遣切りにあったから」でもかまわんと思うけど。セミナーも終わり、駅ビルの中の和食屋でビールを飲む。でかいテレビの正面に座らされたんだけど、チャンネルはフジテレビ系列になってた。隣の席は、チャラチャラした初老おやじと中年前期の女のカップル。不倫だな。俺の目はごまかせんぞ。そしたら「ミュージュク・フェア」が始まって、岡林信康がいきなり「チューリップのアップリケ」を歌いだしたんでのけぞった。モロキュウ掴んだ箸が止まりました。岡林、綺麗に年をとりましたね。綺麗だと思った。となりのおやじは、中年前期に「誰これ、フォークの人?」と聞かれて、「そうかね、知らん。ケイコちゃん、次どこの温泉いこうか~」と答えた飛びかかって首絞めようとおもったが、実行すると、「中年男蕎麦屋で錯乱。隣席の男性にいきなり飛びかかり、連れの女性にも塩サバを投げつける。調べに対し男は、あっぷりけを買ってくれ、山谷を忘れるな・・・などと、意味不明の供述をしている模様」などと新聞に書かれるのでやめた。僕も、岡林や友部正人氏みたいに、「綺麗」に年をとりたい。晩年の高田渡氏までいくとちょっと困るが。うむ、またタイトルとは関係ないハナシになってしまったな。反省しよう。
2009年02月02日
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