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シャキーン☆ぱわわっぷ!と、まねっこぴーなっつが親子ともども大好き。(※二つとも『おかあさんといっしょ』のお遊戯。)今朝も二人で“ぱわわっぷ”しました。ラジオ体操も良いけど、ぱわわっぷ体操も血流が良くなって「シャキーン☆」とします。マホタン(1歳5か月)がこの二つを気に入っているのは、もしかしたら私が楽しそうにやっているのを見ていたせいかも。私も子供の頃は、母が楽しそうにやっていることは一緒にやりたくて仕方がなかったように思います。ところで、マホタンは最近“まねっこぴーなっつ”で一緒にポーズをとることができるようになってきました。全然マネになっていなくて、違うポーズで必死に堪えている姿がなんともおかしい。二回とも同じ「独自のむずかしいポーズ」で固まっています。「いないいないばあ」のぐるぐるどっかーんもちょっと一緒にできるようになってきました。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-近頃マグマグよりもコップで飲み物を飲みたがるマホタンに小さなカップ(デミタスカップ)を買ってあげました。キティちゃんやシンデレラのかわいいプラスチックのコップもあったのだけれど、毎日使うものだし、陶器の方が安心(化学物質の溶出が)かなと思って、陶器のものにしました。プラスティックの食器に慣れ過ぎると「乱暴に扱ったら壊れる」という感覚が身に付かないんじゃないかとも思ったりしたので。ちょっと心配だったけれど、ほうじ茶をいれてあげたらとっても慎重に上げ下げして飲んでいました。ちゃんとソーサーの上にそっと載せていたので、私は一人、感動しながら眺めていました。えらいなあ、と安心してキッチンで洗い物をしている間も大人しくお茶している様子。ところが!戻ってくると、なぜかソーサーいっぱいにお茶が移されていて、さらにそれを持ち上げてカップに移そうとしているマホタン。もちろん間に合わず辺りはびしょびしょに。おままごとをしていたのね・・・
2006.06.27
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父、母、母の妹、私で病院へ向かっている。父が入院するのだ。歩道橋のような、駅の階段のようなところに差し掛かると、叔母が父を抱きかかえて登り出した。私と母が“Kちゃん(叔母)は人工透析をしている身なのに!”と慌てて役を替わろうと駆け寄ると、「大丈夫、私意外と力あるのよー」と言って笑った。「でも・・・」と手を差し出したりしている間にKちゃんは階段を下りて、下にあった車椅子に父を乗せてしまった。小さくなった父の姿をみて、Kちゃんが抱きかかえられるほどに痩せてしまったのだなあと悲しくなった。車椅子を押していくと、病院の庭(グラウンドのように異様に広い)の片隅にある東屋で以前父が喉頭癌で入院していた時に同室だったおじさんが煙草を吸っていた。(たしか、舌癌か咽頭癌だった)父も東屋のベンチに腰掛け、二人は話している。どちらからともなく、「もう駄目なら煙草吸いたいよね。やってられないもんね。」という様なことを言っている。「あんたは喉から吸うの?」と聞かれた父は、自分の喉に開いた永久気管孔を指差して苦笑いしている。私たちはみな、父の残された片側のリンパ腺にも癌が再発してしまったことを知っている。耳の下から、鎖骨辺りまでの15cmあまりもの大きな癌だ。もう助からないだろうと、父本人も私たちも覚悟せざるを得ない診断を受けていたのだ。父はグラウンドの向こうの方に目をやりながら、母に「車が二台あってもしょうがないだろ。セダンはいらないから、処分しておいて。」と言った。父の車のことだ。我が家にとっては高級車で、5年前に買って以来父が大切にしてきた自慢の車。前回の入院の時も、入院中に70万もかけて塗装し直したほどだ。それを手放すなんて、どんな心境でいるのだろう。----------------------------------------あまりにもリアルで、本当に嫌な夢でした。目を覚まして、しばらくは涙が止まりませんでした。父はPET検診もレントゲンも受けたばかり。定期的に大学病院へ行っては癌の再発に注意しているので、助からないほど肥大した癌が見つかるなんてことはあり得ません。絶対に!もっと私自身が気持ちを強く持っていないからこう言う夢を見るんだな。だいたい、気管孔から煙草を吸うなんてできないし。参考:江原啓之著スピリチュアル夢百科
2006.06.26
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最近、続けざまに父に関するとても嫌な夢を観ました。一つは父の最期をみんなで看取りお通夜をする夢。(ああ、こうして文字にするのもすごく嫌だ。)一つは、父の癌が再発して、もう助からないだろう、とみんなで覚悟する夢。夢日記になんてわざわざ書かずに忘れてしまえばいいのかもしれない。けれども、あまりにもリアルな夢だったせいで、目を覚ました後もとても悲しく暗い気持ちを引きずっているので、敢えて分析してプラス思考になりたいのです。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-病院の面会用の食堂のようなところで入院した父を囲んで夕食をとっている。母、姉、祖母(昨年末亡くなっている)もいる。シーンは変わり、祖母と祖母の妹Yおばちゃん、夫、他数名とお菓子を食べている。澄まし汁のようなものを飲みながら和菓子を食べているが、食べ合わせが悪い。近くに白人のハーフの赤ちゃんがいて夫とかわいいね、と言う。マホタンは近くで寝ている。他にも白人のハーフらしい女の子が何人かいて、どの子もとってもかわいい。その傍にはそれぞれの母親らしい日本人女性が数名いる。皆姉妹のようだ。長女らしい40歳くらいの女性がお婆さん(彼女の母親なのか祖母なのかは不明)を両腕で抱いてお乳を吸わせている。私は“確かに歯がなくなって食べるのが不自由になったお婆さんがお乳で栄養を取るのは良さそうだ”と妙に納得しながら観ている。近くで大音量の生演奏が始まり、ハーフの子供と母親、お婆さんたち一同は隣の部屋に戻った。祖母に「昔は今のように流動食とかなかったから、おじいちゃんおばあちゃんがおっぱいを吸ったりしたものなの?」と聞くと、「そんなの聞いたこともない」と一蹴されてしまった。いつの間にか生演奏が終わり静かになっているというのに、祖母は「あんなことして。気持ち悪い、変な一家だ。」というようなことを言うので、彼女たちに聞こえていないか心配になり襖の隙間から部屋の中を覗くと、通夜か法要を行っていた。そう言えば、皆喪服を着ていたかも、と思い出す。中央に岡田真澄がやはり喪服を着て参列していたので、「ああそうか、岡田真澄亡くなったんだよな・・・」と合点がいく。それを見ながら、私たちも通夜で集まったことを思い出す。“父は最期をどんなふうに迎えたのだったろう、どんな些細なことでも思い出して、絶対に忘れたくない。”と強く思い、一生懸命思い出そうとする。入院一日目は夕食を一緒に食べられて良かったな。あれがちゃんと一緒に過ごせた最後だった。二日目は病室で寝ていて、もう意識があるのかないのかわからないような状況だった。でもおばあちゃんが昼食を口元に運んだら「いい(です)」と顔を小さく横に振って、反応があった。その後はもう意識がなくて、3日目の今日を迎えてしまった。悲しくて悲しくて、「本当に?」という気持ちで混乱している。どん底だ。仏壇には榊が供えてある。(父は神主の息子なのだ)いつの間にか通夜は済んでいて、集まった親戚がもう片づけを初めているが、私は拝んでおきたいと手を合わせようとするが、母が背後から「何してるの?拝むのはまだだよ。」と注意する。私は「ここに仏壇があるんだから、拝んだっていいじゃない。」と反論し、拝んだのだが、二礼をし忘れ二拍一礼した。母も「そうかい?」とあっさり私の意見に従って拝んだ。みんなが片づけをしている様子を眺めながら、“仕方のないことなのだろうか?”と諦めきれずに父の最期の様子や表情を少しでも思い出したい、記憶に焼きつけておきたいと思い、集中して思い出していたら、目が覚めた。------------------------------人が亡くなる夢は予知夢の可能性があるらしいのですが、敢えてそれを否定した分析をするなら、亡くなった祖母の与える食べ物を否定し、母が「拝むのはまだだ」と言ったことが、父の死を否定しているように思います。私が父の体を心配したり、父が死んでしまったらどうしようといつも恐れていることで観てしまった「思い癖の夢」を祖母や母が否定してくれていたのかもしれません。ただ、岡田真澄の法要のシーンは今思うとソウルトリップしたようにも思います。岡田真澄が自分の法要に参列している一方、父の通夜に父が不在だったことが、やはり父は現世に居る証拠なのだと思いました。参考:江原啓之著スピリチュアル夢百科
2006.06.26
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疲れて昼寝をしていた時、ハワイ土産のチョコレートを食べている夢を観ました。もちろん定番のマカダミアナッツが入った丸いチョコです。なんだかとっても嬉しい気分で食べていると、「ピンポーン」と呼び出しチャイムの音に起こされました。(ここからは現実)誰だろう?とインターホンに出ると郵便屋さん。「郵便受けに入らなかったので」と手渡された大きな封筒を開けると、中にはなんと!ハワイ土産のマカダミアナッツチョコレートがッ!友達からのお土産でした。彼が結婚式を挙げるために家族とハワイへ行っていることは知っていたし、ハワイ土産にチョコを買ってくるから住所を教えて欲しいと言われたので、そんな夢を観ても不思議ではなかったのだけれど、いつ帰ってくるのかは全く知らなかったのにも関わらずタイミングが良過ぎたので、びっくりしました。しかも、正直なところその時私は友達がハワイに行っていることをすっかり忘れていたのです(^_^;)これってちょっとした予知夢なのかなぁ。と、かなりワクワクしました。でも、予知夢というよりも、虫の知らせ、のようなものなのかも。参考:江原啓之著スピリチュアル夢百科
2006.06.15
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お散歩の時はいつもアイスのプラスチックのカップと、粉ミルクについていた計量スプーンを持って出かけます。これでお砂遊びをするのです。かわいいお砂場セットも売っているけれど、まだちっちゃな手には持ちにくいらしく、同じくらいの子はみんな空きカップやプラスティックのスプーンを好んで使っているみたい。大人にとってはただのゴミも、子供の目で見るとおもちゃになるのですね。マホタンのお砂遊びは、カップ入れた砂をフタに移し、フタの砂をまたカップに戻す、という作業を飽くこと無く延々続けます。当然こぼれるので、だんだん砂の量が減り、やがて移す砂がなくなります。そこで私がスプーンで砂を足してあげ、またエンドレスでカップ--フタ間の砂移動が始まります。そんな様子を眺めつつ、一人遊びが好きだった自分の幼少時代を思い出しました。一人でひたすら単調な作業を続けていると、「没頭」という言葉がぴったりの状態に陥り、それがまたなんとも心地よいのです。場所も時間も分からなくなって、自分の手元だけに意識が集中する感覚は、ちょっとしたトランス状態なのでしょう。ああ、今マホタンはトランスしているのね、なんて思いながら眺めていました。さて今日もこれからお砂場セットを袋に入れて、お散歩へ出かけてきます。
2006.06.08
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また津波の夢。よく観る夢。インドネシアのような、南の国に来ている。津波が来る。川なのか船なのか、一定の幅の決まった範囲に20~30人の人がおり、津波が来る度に引っくり返され、まっ逆さまに床(川底?)に叩き付けられる。津波がくるのはその一定の幅の決まった範囲だけだったように思う。見える限りで、そのような川なのか船なのかが3か所あった。私は下に叩き付けられないためのコツを見出し、必死に生き残ろうとしている。一方で、浜辺の建物の中の私は、津波の物語を漫画に描こうとして絵を描いている。良い物語ができそうだと、筆を勢い良く進めている。不思議で、悲しい話だ。この物語の主人公は少年なのだが、あまりにもこの少年に入り込んでしまい、描いている私自身もいつの間にか少年になっている。津波は断続的に3度来た。こんなに何度も続けざまに来るなんて、何かの呪いだ、と皆が口々に言っている。死者も少なからず出ている。この国のみならず、ロシアからオーストラリアまでの広い範囲で同時に津波が起きていることを、何かの地図を見て知った。3度の津波が治まり、私はなんとか生き残った。娘も守ることができた。船か川か、津波が起きていた範囲の外で、「赤ちゃんが産まれた!」という声がし、みんながそちらの方へ集まっていく。分娩室のようなところから医師と思われる腕が出てきて、その腕の中に産まれたばかりの赤ん坊が抱かれている。まだ赤く、全身がべっとりとし血も付いている。産声が響き、その場は感動に包まれている。産まれたばかりの細い手足が小刻みに動く様子を見て、私も心から感動し、安堵している。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=現実から離れたわけのわからない夢でした。ソウルトリップ?津波の夢は時々観るのですが、「常に恐怖心を抱いていると観る」そうです。私は一体何に恐怖心を抱いているんだろう?出産の夢は「何かが新しく始まる、生み出す」ことの予兆、もしくはそうしたいという願望の現れなのだそうです。参考:江原啓之著スピリチュアル夢百科
2006.06.07
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歩いて30分ほどのお友達のおうちへ遊びに行きました。友達のRちゃんの子供は4歳の男の子(Rくん)。最近、プレ幼稚園で週に一回だけ幼稚園へ通いはじめたとのことで、年長さんに教わった「悪い言葉」を使いたくて仕方の無い様子です。「おまえ口ばっかじゃねーかよ、クソばばあ!」などとママを罵っています(-_-;||Rちゃんがマホタンをみて「女の子はかわいいなあ」と言えば、焼きもちを焼いて、マホタンが借りて遊んでいたおもちゃを取り上げたりしていじわるをしたくなっちゃう様子。私はそんなRくんを微笑ましく見ていたけれど、Rちゃんは四六時中こんな調子のRくんにいささかうんざりしているようでした。Rちゃんがトイレへ行っている間に、Rくんがマホタンに一言。「かわいくねーんだよ、このクソガキ。帰れよ。」困った顔をし、立ちすくむマホタン。面白い図だけど、正直ちょっと悲しくなる私。こういう時にフォローできる大人にならなくては、と「えー?本当に帰っちゃうよ~?」とニコニコ笑いながら聞き返すと「うん、本当に帰って」と真顔で言われてしまいました(T_T)さらに、「ママには言わないでよ」とも。ぇーん ぇーん・・・前に遊びに行った時には、私たちが帰った後にパパとお風呂に入りながら「今日ね、マホタンが遊びにきたんだよ。マホタンかわいかった。」とか「女の子の赤ちゃんが欲しい」と言っていたらしいので、本心ではなく単なる反抗期だと思うのですが。-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+この晩、マホタンは夜中に激しく泣き出し、いつもならおっぱいを吸わせるとすぐに落ち着くのですが、おっぱいを見ても吸おうともせず、足をばたつかせ、「あぃおーぃ、あぃおーぅ!」と何かを叫びながら泣き続けました。ここまで激しい夜泣きは初めてです。私は寝ぼけた頭で、Rくんに罵られたショックで悪夢でも見ているのかしらと「大丈夫だよ、みんなマホタンのこと大好きだよ」などと言って抱いていましたが、体を激しく反って、手を振払おうと大暴れしてしまいます。そんなことをしているうちに目も覚めてきてもしかして!と思い付いたのは、前の日の夜に額の真ん中を強くぶつけたことでした。ちょうどまだ骨が完全にくっついていないところで、ぶつけてしばらくは凹んでしまっていて、色も紫色になっていました。「頭痛いの?」とマホタンに聞いていると、心配した夫も起き出して、緊急小児医療センターの電話番号を調べ、電話で24時間診てもらえる病院を教えてもらいました。本当に心配しました。頭に障害が残ったら、とか、万が一のことがあったら!と。多分夫も同じ心中だったと思います。でも、夫が電話する声で我に返ったのか、マホタンは徐々に落ち着き、1時間足らずで泣き止みました。吐いてもいないし、痙攣もしていないし、目も焦点が合っている。きっと大丈夫でしょう。あとはおっぱいを吸いながら眠りました。私はマホタンが吐く夢をみてしまいましたが(-_-;)
2006.06.06
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実家に帰っている。朝御飯を作らなくてはいけないのに、姉が手伝ってくれない。姉は、二人の息子とテレビを見たりして遊んでいる。私は焦りながら朝ご飯のメニューをあれこれ考えている。オムレツに入れるためにハムを刻むが、必要以上に細かく刻んでしまい、ちょうど良い大きさに切ろうとしてもできずに苛立つ。オムレツに加える牛乳を取るため冷蔵庫を開けてみると、開封してある牛乳パックが4パックもあったが、どれも賞味期限が切れている。数カ月も前に賞味期限が切れているものもあり、母に「牛乳、全部賞味期限が切れているよ。牛乳は開封したら2、3日中に飲まないと駄目だよ。」と注意する。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-朝起きる前にみた夢なので、現実に朝ご飯を作らなくてはいけないという思いが反映された夢でしょう。また夢に私の口うるささが現れてしまいました。夢って取り繕えない素の自分が出るから嫌だなあ。
2006.06.06
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夫と郊外(八王子あたり?)へ買い物へ行く。夫は始めに途中のホームセンターで何かを買った。近くのスーパーでも買えるような物なので、私は「わざわざガソリン代かけてまで遠くで買わなくても」と文句を言う。目的のビルの4階は洋服売り場になっていて、その中のお店でシャツを買う。夫は前日にも来てチェックしていたらしい。黄色か黄緑色の明るい色のシャツ。私はここでも「なんでわざわざここのお店で買うの?新宿とか渋谷じゃなくて。」と文句を言う。夫が会計をしているので待っていると、向こうから私の古い知り合いの男性と奥さんと子供、そして知らない男の4人組がこちらに向かって歩いてくる。子供はベビーカーに乗っている。まだ私には気づいていないようだ。会えば挨拶はするような仲ではあるが、その知り合いとは十代の頃子供なりの恋愛関係にあったこともあり、私は何となく避けたい気持ちでとっさに背中を向けて近くのエレベーター乗り場へ移動した。するとタイミングよくエレベーターが止まったので、とりあえず乗り込んで、また戻ってくることにした。しかしその4人組もまっすぐエレベーターの方へ歩いてくると、同じエレベーターに乗り込んできてしまった。私は戸惑いつつも挨拶できずにいる。乗る時は私に気づいていなかった知り合いの男も、狭いエレベーター内で体の向きを変える時に私が視界に入ったようだった。僅かに驚いた顔をしてから「あ、久しぶり」と声をかけてくれた。私も「あ、久しぶり」と返し、「買い物に来たの?」などと二言三言言葉を交わしたような気がする。私は5階のボタンを押したが、エレベーターは5階を通り越し、8階のレストランのフロアで止まった。「じゃ、」と言って4人が降りると私は4階のボタンを押し、エレベーターは5階に一度止まってから、夫の居る4階に戻った。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-この夢を観たのは、親子三人で山登りへ行った土曜日の朝。準備をしていると、夫が「昨日シャツ買えばよかったなー、山登り用の。昨日会社の近くのユニクロで見て迷ったんだよなー。」と言いだしました。ユニクロへ行ったこともシャツを欲しがっていることも初耳だったので、夢のことを思い出し、シャツを買うのに付き合う夢をみたことを伝えました。へえ、どんなシャツだった?と聞くので「黄色か黄緑のチェック」と答えました。でも「それは違う」とのことでちょっと残念。それ以外の夢の話はしませんでしたが、都民の森の帰りにふいに夫が車を止めた郊外(相模原)のショッピング施設は、ユニクロの他にもアウトドアショップやホームセンターなどが入っていて、夢のことは頭から離れていましたが、ふと目にとまったエアポンプが148円と安く、家のポンプが壊れて使えないことを思い出して買いました。これこそ、近くのスーパーでも買えそう。夫は予定通りユニクロでシャツを何着も買いました。ちょっとした予知夢だったのでしょうか。夢日記をつけるために忘れないように気をつけて覚えていたけれど、普段も予知夢を見ては忘れているのかもしれません。予知夢って特別な能力、もしくは何かトリックのある嘘、だと思っていましたが、実はみんなも見ているのかもしれません。ただ忘れてしまうだけで。それを覚えていて、何か役に立てることができるという点で「特別な能力」なのかも。ところで、夢の中でも夫に文句を言う自分には笑えましたが、反省もしました。現実には「新宿か渋谷で買い物しよう」と誘われれば「えー、なんでわざわざ人の多いところへ・・・」と文句を言ったでしょう。この夢に何かメッセージがあるとすれば(おそらく思い癖の夢ですが)、「夫に対する小言が多過ぎますよ」ということなのだと思います。気をつけます。参考:江原啓之著スピリチュアル夢百科
2006.06.06
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実家の二階の奥の部屋で子供と遅く(昼近く)まで寝ていると、階下で人の声がする。祖母の兄弟姉妹が集まっているようだ。去年の暮れに亡くなったはずの祖母もいる。お客さんも来ているようだし、そろそろいい加減に起きなくちゃ、と布団から出て支度を始めようとすると、誰かが階段を上ってくる音が聞こえた。「おばあちゃん?階段上れないはずだけど。。。」とドアを開けて廊下の奥にある階段を覗き込むと、私が大好きな大叔母のYおばちゃんが階段を上ってきた。Yおばちゃんは私の顔を見るなり、「いつまでも寝ていては、だめだよ」と優しく叱った。私は母親になった今だにきちんとできない自分を恥ずかしく思う。そして、「来週5日の日にまだいるんでしょ?その時に、Sちゃん(もう一人の大伯母、ちょっと厳しい人)と子育ての講習会してあげるから。」と言われる。私は「その日に帰るから、5日はちょっと無理かも・・・」となんとか逃れようとしている。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-なんだかこの夢は本当に年配の親戚一同から注意を受けている感じがしました。死んだ祖母も出てきていたし、江原氏の言う「スピリチュアルミーティング」をしていたのかな。祖母の兄弟が、あの世へ言った祖母も交えてスピリチュアルミーティングをしていたところへ、私もちょっと近付いたのかもしれません。この夢を見ていた時は、特に子供のことよりも自分の睡眠不足を優先して昼寝をしていたので後ろめたさがあってこんな夢を見たのかもしれません。参考:江原啓之著スピリチュアル夢百科
2006.06.05
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小中学校で仲の良かった友達が出てくる夢。彼女の結婚式が最後だったので、8年間ほど音信不通になっている。彼女は美容師になっていて、私は髪を切ってもらっている。オシャレなお店で、彼女が腕のいい美容師で人気があることは何となく雰囲気でわかった。「美容師さんをやってたなんて知らなかった」などとかつてと同じように親しく会話をしながら切ってもらっている。スッピンだし、年相応の肌ではあるけれど、やっぱりMちゃんはきれいだなあと思い、間近で顔を見ていた。すると、ふいにMちゃんが「知っていると思うけど、私は2年前に家族がなくなっちゃったから」というようなことを言った。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-確かに彼女は両親を亡くしており、お父さんを亡くしてから建てた新しいお家も、Mちゃんが結婚して家を出、お母さんが亡くなってからは住む人がいなくなり、売ってしまったようだった。2年前ではないけれど、里帰りする実家がない彼女のことを思うと、とても切なく、可哀想に思った。起きてから、激しく彼女に連絡を取りたくなる。不義理をしているなあと、つくづく思った。結婚式にまで招待してもらったのに、私は結婚したことや子供が産まれたことさえ報告していない。彼女のお母さんが急逝して知らぬ間に実家が人手に渡ってしまったとは言え、どうにかして連絡をとる手段はいくらでもあったはずなのに。今どこに住んでいるんだろう?いずれ旦那さんの実家に入ると言っていたけれど。。。とにかく、結婚式の時に教えてもらったアパートの住所に手紙を出してみよう。
2006.06.04
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土曜日、親子三人でプチ山登りをしてきました。朝寝坊をして、ちょっと遅すぎる時間だったけれど「行っちゃう?」と急いで準備をし、車で都民の森へ。道も混んでいて、思いのほか遠い道のりでした。到着してみると、駐車場が閉まるまでわずか1時間あまり。山登りというほどではないけれど、杉のチップが敷かれた遊歩道をゆっくりと散策してきました。お天気はイマイチで霧が深くたれ込めていましたが、それはそれでマイナスイオンいっぱーいだし幻想的な雰囲気で良かったです。傾斜が少し急になると、マホタンは歩こうとしても後ろに「とっとっとっとっ・・・・」と下がってしまったのが面白くて、夫とたくさん笑いました。本人は辛かったらしく、「だっこ~」とすぐに抱っこをおねだり。そして、緩やかな坂を数百メートル登ったところにあった東屋でコーヒーを煎れ、お茶にしました。屋根にかかった蜘蛛の巣に霧の水滴が連なって、ビーズの首飾りのよう。下り坂は勢いがついて自力で止まれないマホタンでしたが、一生懸命歩きました。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-日曜日の今日は、お弁当を作って、水筒も持って近くの公園でピクニック。ピクニックしている人なんていないような普通の公園だけれどお天気も良くて、平和で楽しいお昼ご飯でした。途中で出会った鴨さん。午後、近所のお友達親子が遊びにきてくれて一緒におやつを食べてたくさん遊びました。良い週末でした。
2006.06.04
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今日はマホタンの「画伯デビュー記念日」。私がテーブルの上に置き忘れていた水性サインペンのふたをとって、知らない間に広告にお絵書きをしていました。「しゅ、しゅ、」と、サインペンを滑らせる音が聞こえ、テーブルや床にいたずらしているのではと焦って振り返ると、ちゃーんと広告の上にはみ出さないようにお絵書きをしていたのでした。今まで筆記用具を持たせたことがなかったこともあり、初めてのお絵書きです。とっても嬉しくなって、ノートを広げてあげました。この絵は大切にとっておこう。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-そのあとは、ゆっくりお散歩。行ったことの無い公園まで行きました。私のお腹が空いていたこともあって、途中のコンビニに寄ると、マホタンがしきりに指差し欲しがるものが。イチゴオレです。買ってあげるとよほど飲みたかったのか、お店を出たところで袋から取り出して、「のませて~」と差し出されました。公園まで我慢させ、ベンチに座っておやつです。満足げなマホタン。今日は意識的にゆっくりとお散歩をしたのですが、途中でおままごとをしたり、出会った犬に触らせてもらったり、ゆっくりした時間はこどもに取ってとても重要なんだなあと改めて思いました。仕事を辞めて専業主婦になり、忙しくしていないとなんとなく罪悪感というか後ろめたさを感じていました。でも、私自身がゆっくりできる時間を持たなければマホタンもゆっくりと育つことができないんだなあとそんなことを考えた午後でした。
2006.06.02
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秋に結婚式を控えている友達が夢に出てきた。1か月ほど前に届いた結婚式の招待状は手作りのハガキで、二人の幸せそうなツーショット写真が上1/3にプリントされている。その下には招待の文言がある。とても楽しみに思いながら眺めている。私は招待状をテーブルの上において、当日に来て行くドレスを母に相談しながら選んでいる。黒のミニは裾の方がオーガンジーになっていてかわいい。でも既婚者のミニは辛いかな、ピンクのロングにしようかな、などと迷っている。とりあえずドレスが決まると、にわかに胸の中に不安が広がった。(結婚式、6月だと思っていたけど、何日だったかな?まさか・・・5月じゃなかったよね!?)急いでハガキを手にとり、日付けを確認すると、なんと5月18日とある。もうだいぶ前に終わってしまっている!招待状のツーショット写真ばかりを見ていて、案内文をきちんと確認していなかった!ああ、どうしよう、またやってしまった。どうしてこうも間抜けなんだろう、きちんと確認しないで、思い込んでいたんだ。私はとにかく彼女に謝らなくてはと受話器をとり、電話をかけた。彼女が出たとたんに「結婚式に出なくて、ごめんね、本当にごめんなさい。忘れていたわけじゃないの、勘違いしていて・・・すごく楽しみにしていたんだよ、本当に。本当に楽しみに待っていたのに・・・ごめんなさい。」と苦しい弁明を繰り返した。受話器の向こうでは飽きれて失望している彼女の相づちが聞こえる。(今更そんな弁解されても。もうどうしようもないことだし。)という感じの声。私自身も自分に失望していた。結婚式当日のパーティー会場の映像が見える。私たち夫婦の席は、新婦が私の友人で新郎が夫の友人だとういうこともあって、主賓のテーブルに用意されていた。そこがぽっかりと二人分空いていて、料理も用意されている。目立つ席なので、空席がパーティー全体の雰囲気を悪くしてしまっているのは明かだった。あぁ、連絡もせずに欠席するなんて!と、激しく反省し、思わず「私たち(夫婦)の費用はちゃんと払うからね」などと口走ってしまった。「あぁ、うん、それは。」という返事で、自分が恥の上塗りをして空回りしていることに気づく。*** *** ***どうにも言い訳が立たないのがなんとも苦しい夢でした。おそらく魂の夢ですが、いかにも自分がやりそうなことなのが嫌なかんじ。でも、反省させられたと言う意味では良い夢をみました。相手のあること、ましてや自分を大切に思ってくれている大切な友人に対しては、常に誠実でありたいと思います。参考:スピリチュアル夢百科=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-視力の悪くなる夢。健康診断のようなものを受けた後らしく、結果表を受け取る。他は問題ないものの、視力の欄が前回に比べて大分悪くなっている。ショックを受けている。*** *** ***視力はもともと悪く、いつも気にしているので見たのでしょう。=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-=-昨日みた昔の恋人の夢ですが、一日中なんとなく頭から離れず、自分なりに分析していました。「あの時(結婚前)はすっかり騙されてひどい目に合わされたけれど、今の私は変わった。自分の意志できっぱり断れるし、悪い人のことは『悪い』ってわかるようになった。もう悪い人に惹かれることは無い。」ということなのかなと思いました。結婚して地に足のついた実感を得て、出産、子育てを経て自分に自信がついたということでしょうか。それとも、「もうあなたは変わったから大丈夫、もっと自信を持ちなさい」というメッセージでしょうか。いずれにせよ、夢をポジティブに分析することは なんだか良いことだと思います。ところで夢に出た昔の恋人は、当時よりもさらに悪人顔になっていて、顔色も悪かったし変な太り方で老けていて、がっかりしたというよりも「やっぱりね、ざまあみろ」というかんじでした。
2006.06.02
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夜中に見た夢。夫と付き合う前に付き合っていた元彼が出てきた。私はパンツスーツを着ていて、忙しく仕事をしている。バリバリのキャリアウーマンといった感じで、外出先の近代的できれいなビルの中に入って行く。すると、10人くらいの怪しい男性が円座になって会議を始めようとしている。私はその輪に加わるが、どうも話の内容がいかがわしい。その中の一人の男性がやたらと馴れ馴れしくて、私を身内のように扱う。「まどかにガイブやらせますから」え?ガイブ?外部? どうやら専門用語のようで、「外注」つまり下請けをやらせるつもりらしい。どうしてそんなことを勝手に決めるのだろうとその男の顔を見ると、なにやら見覚えのある顔。少し太って、肌も歳をとっていてイメージが変わったもののそれは以前付き合っていたKだった。Kの上司らしい男が「本当にガイブできんの?」と私ではなくKに確認している。わけのわからない私は、話の雰囲気でなぜかこの仕事が「売春の斡旋」であることに気がつく。若い女の子を、Kから紹介された客へ派遣してマージンを取るのだ。また私をだまして良いように利用しようとしている!と腹を立てて、きっぱりと断ると私はその場を後にした。すると、Kをはじめその男性集団が追いかけてきた。私は空を飛べることを知っているので、1階の出口ではなく屋上を目指した。一つ上の階に階段で上ると、そこからちょうど来たエレベーターでR5というボタンを押した。Rは屋上の意味らしいが、R1~R6まである。R5で降りてみて、あとは階段を使おうと思った。屋上を出ると、外は既に暗く夜を迎えていた。いつも通り夢の中の夜は薄明るく、遠くまで建物がよく見える。Kたちは追いかけてくる、私は必死で逃げる・・・とそこで私はうなされるように起きた。まだ生々しい怒りが胸の中で渦巻いていた。夜中に起きるのは珍しいことだ。---------------------------------朝方見たのは父の夢。癌を2度患った父のことを夢に見ることは多い。いつも心配しているから夢に見るのかな。江原啓之氏の言う「思い癖の夢」でしょう。父が実家の近所に住む親戚(母の従兄弟)の家の宴会に招かれている。この親戚の家に父が行くのは珍しいので、どんな感じで宴会しているのかな、とかどんなごちそうを頂いているのかな、などと思いを馳せてみると、とても鮮明な映像が浮かんできた。お嫁さんがきれいに盛り付けられたポテトサラダとプチトマトを取り分けている。私が父が飲み過ぎていないか心配していると母の従兄弟のAさんに送られて父が帰ってきた。Aさんにはいつもお世話になっている。Aさんも飲んでいるはずなのに車で送ってきたようだ。車で3分ほどの距離とは言え、あぶないなあと思う。Aさんは手に巨大な焼酎の紙パックを持って笑っている。こんなに大きな焼酎のパックは見たことがないと驚いて良く見ると、なんと10Lパック。父が家に入ってこないので、近くにいた姉に「お父さんは?」と聞くと、姉が窓から外を覗いて、「そこに寝ているよ!大丈夫?今までに見たことがないくらい顔が真っ白!」と言った。私も驚いて外を見ると父は確かに顔面蒼白で庭に横たわっているが、よく見ると手足には少し血色が残っている。少しほっとして外に飛び出してもう一度確かめると、父は酔って眠っているようだ。父は親戚の家まで車で行ったようだったので、姉と車を取りに行くことにした。車はなぜかAさんの家よりもさらに倍くらい行った先の歯科医院の駐車場に停めてあった。しかも、実際の父の車とは全然ちがう白いセダン。田舎の道で車も人も極めて少ないので、運転の練習がてら私が運転して帰りたいと思ったが、「私が運転するよ」と言いそびれてしまった。--------------------------昨夜、江原啓之さんの「スピリチュアル夢百科」という本を読んでから寝たのでたくさん夢を見てしまいました。前半の夢は特に色が鮮明だったから、もしかしたら向こうの世界へ行っていたのかもしれません。信じる信じないは別として、とても参考になる本です。江原氏の考え方、ものの捉え方はとても好きです。スピリチュアル夢百科夢日記をつけると、夢からのメッセージを正しく受け取れるようになるらしいので、印象的な夢を見たら記録したいと思います。
2006.06.01
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