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よくこちらの雑誌で見る広告で気になっていた物が有る。これって、ヘレナ・クリスチャンセン??調べたらやっぱりそうだった。相変わらず可愛いなあ~。(オヤジ!?)去年買い込んで来た日本の雑誌をしつこく眺めていたらまた気になる広告が有った。これって、中山美穂? 昔よりも、なんか品良く綺麗になったね~。と思ったら、違う人でした。 似てるよね?クリスマスに沢山ギフトカードが集まったのでうきうきとTarget(アメリカのイズミヤ?ダイエー?そんな感じ。)へ出掛けて一人でうろうろうろうろしていたら、見覚えの有るロゴが。Temple Saint Clairだ。昔シャーロットのブティックに勤めていた時、世の中は銀色万歳状態で、このアメリカですらも金のジュエリーが少なくて不満だった時に出会って、まだ若かったからこういう華奢で綺麗でさりげない感じが好きだった。重量の割にお値段も立派で驚いたのものだが、ターゲットバージョンが出てるなんて・・・しかも石じゃなくてプラスチック・・・なんかがっかり。別にターゲットに恨みは無いけれど、時々「あら!」と言うような物を置いている(ケラスターゼとかKindleとか)のは嬉しいとしても、こういうきちんとした(?)メーカーの安いバージョンみたいなの、やめて欲しいわね~。H&MのLanvinとかさ~。(ぶつぶつ)勿論デザイナーとの合意で商品開発してるのは重々承知ですが、やっぱりね~。他にも、HunterとJimmy Choの合作長靴とか、あんなの履く人居るんでしょうか?前にも書いたかもしれないけれど、わたしは、なんだかこの人出たがりさんだな~と思ったら冷めてしまう。Marc Jacobs然り、Tom Ford然り、Kate Spade然り、Michael Kors然り、Vera Wong然り。安いバージョンを出すブランドってポリシーを二重にして安売りしているようで嫌だし、デザイナーがいきなり香水や口紅や食器を出すのも欲張りみたいで嫌だし、見ていたら本物の方が適当になっている訳ではないかもしれないけれど、それでもこちらの気持ちはもう、どこでも売ってる物みたいに思ってしまう。(持ってる物は気に入って使っているのでもし会った時着てても 「嫌いって言ってたじゃん!」って突っ込み無しね。)餅は餅屋と言うか、革製品ならそれを、時計ならそれを、極めて自信満々で、且つそれなりに採算を上げていて潰れそうのない会社は、例え世間では無名でも、応援したくなる。デザイナーに心底惚れ込んで、頭から足先までそのデザイナーの物、コスメラインも有ればそれも揃えて、香水もその名前で、と言う程どっぷり浸かった事が無いからか、それともそこに務めている人以外、そんな人は珍しいのか?
January 26, 2011
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車に乗ろうと助手席に向かって歩いて行くと、「ボクがぁ~~~~~~~~~!!!」と叫んでブル乃助が飛んで来る。何かと思えばドアを開けてくれるのだ。「あら、ありがと。」と座りながら言おうとしたら、ウインクして笑顔でドアをバタン!自分の息子なのに、やられるやら、脚を挟まれなくて良かったとほっとするやら。家族で出掛ける時は、略100%ブルルが運転する。車世界のこの辺では、習い事の帰りにスーパーと特殊食料品店に寄るだけで、車を走らせ、停めて、また走らせ、停めて、それからまた出発進行する。ピアノの帰りにコープさん寄ってパン屋さんに寄って、と言うわたしの日本での思い出に比べたらどうにも機動力が大袈裟になる。一寸くらい行って見たい場所が有っても、その気になる度から車で寄る手間を引くので日本のようにふらふらウィンドーショッピングをしていて嬉しい発見が!と言う事も少ない。時速50マイル(80キロ?)で車を走らせていたら、猪突猛進な毎日なのである。それでも、石の上にも三年で、建物・看板規制の厳しいこの町で、ひっそりやっているフレンチベーカリーやタイ、中華、インド、地中海風レストランなど、我が家のお気に入りも、随分増えた。5歳半の今は、幼稚園で随分英語の読み書きも習って来て、あまり期待して居なかったわたし達夫婦は、算数の宿題なんか出されてびっくりしている。「今日は何したの?」と訊いてもちっとも話してくれないのに、夕食時などにブルルとわたしが話していたら参加したいようで突然5の段で100まで言ったり、立ち上がって国歌斉唱したりするので笑いには事欠かない。秋に始まった一学期には、農場へ遠足に行ってかぼちゃを拾って(?)来た。「ボク、このかぼちゃ大好き!一緒に寝る!」と言って喜んでいたブル乃助は、結局切らせてくれず、ジャッコランタンやらパンプキンパイやら、わたしの野望は砕け散ったまま、クリスマス前になるまで暖炉の横に飾られていて、怪しげな柔らかさになった所で捨てられた。アメリカ広しと言えども、あれ程撫で回されて可愛がられながらも不憫な運命の南瓜はあるまい。他には、盲導犬がクラスに遊びに来て、子供達が本を読んでやる、と言う企画も有った。犬にしたら迷惑千万なお話であろうが、飼い主の好意で何度も来てくれたそうで、クリスマス前にはその犬の写真付きのオーナメントまで貰って来た。先生から毎週貰うニュースレターに寄ると、犬に本を読んでやる事で「子供達に本読みの多大な自信が付いた。」らしい。犬に感謝。幼稚園に入って随分絵が上手になった。と言っても、以前が心配になる程下手だったので、達成度の話で画才の話ではない。入園前(この夏)「?」入園直前 「あんぱんまん」(これは参考用にわたしが描いたもの)ブル乃助バージョンこ、こ、こ、こわい!入園の頃(秋)「ツタンカーメン」やたら幸せそうな少年王だ・・・。因みに現在の彼のお気に入りの本は補習校の古本市で手に入れた世界の偉人まんがの「クレオパトラ」と補習校の図書室で借りた「だるまちゃんとかみなりちゃん」、「かばんうりのガラゴ」。入園後 「あんぱんまんとスパイダーマン」スパイダーマンの目が角度を間違えて弱そうなのがオチ!?日本語補習校の「運動会の絵」勿論表彰されたりなんてしなかったけど、クラスでも際立って下手だけれど、わたしには判る、これがパン食い競争のパンで、これが障害物競走のトンネルで、と。(涙)クリスマス前 「Dear Santa」↑これは本当はお手紙だったので、名前の所だけ切り取ったが一枚の紙の左右に文字と絵。クリスマスには、わたし達からピラミッドのレゴ、【LEGO Games】【即納可】LEGO 3843 Ramses Pyramid(レゴ ゲーム ラムセスのピラミッド)サンタさんからはスペースシャトルのレゴ流石にこれは二日掛かっていた。(レゴの説明書は絵だけだからね。)5歳のねばりに感心した。去年ならつまずいたら泣きべそかいていただろうから。サンタさんブルルがモールにこれを買いに行ったら、クリスマスなので特別に後日来たらこの箱一杯にレゴをあげるよ、と言う箱を貰って来た。チャイニーズのお持ち帰りみたいな感じの箱に、先日迷いに迷って色々頂いて来た。一寸悪いような気もしたけれど、でもこれまで充分投資していますからね。ブル乃助は日本の村(鳥居、富士山、松の木、竹林、鉄橋、忍者二名、お侍さん一名、大量のお水)を念頭に、なんだか綿密に部品を選んでいた。幼稚園前なら、彼の不可能な計画を知っても無理だとは言わず、やらせてみて見守るのも歯痒かったが、最近は彼の計画が上手く行く事も有るのでブルルとわたしの方がわくわくしていたかもしれない。作品はこれ。絵やレゴはずっと置いてはおけないので、こんな所に記録してみた。わたしは何時間でもやっていた記憶があるのに、ブル乃助は塗り絵には余り興味が無くて、それも絵が下手なせいかな、と思うが、立体の構想が出来るならそれで良いか、など、わたしは見ながら忙しく考えるのであった。
January 9, 2011
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今頃ですが、明けましておめでとうございます。旧年中もたっぷりお世話になり、ありがとうございました。今年もこんな調子でちゃらんぽらーんと続けて行きとうございますのでどうぞ宜しくお願い申し上げます。*********************************************************************************相変わらず清清しさも厳粛さも、趣も何もないアメリカの新年。相変わらずダイエットや健康器具の広告が目に付く以外、2月から3月になるのと12月から1月は、そんなに変わりない感じで、わたしは今頃2010年を思い返している。日本に一時帰国の出来た年は、やはりその思い出ばかりを以後噛み締める。楽しかったな~、美味しかったな~。これは、多分、長期海外生活をした人にしか分からない「日本」関連の盛り上がりであろう。この春に日本に帰った時は、お陰様で長い間ゆっくり出来たので、幼稚園入学前だったブル乃助も、日本語がぐんぐん強くなった。日本に居た間は教育テレビも良い機会だと思って沢山見せたのだが、その内民放も見せるようになって、やっぱり言葉遣いとか内容が嫌だなと思った時にはもう遅く、やっぱり戦ったりマスクをつけた人が変な車みたいなのに乗ったり、そういうのは、万国共通男の子の心を一瞬で虜にするようだった。アメリカへ帰って来てから一人で遊んでいる時にも日本語で、「はっ!そ、それは・・・でんせつの・・・!」とか言ってて、わたしはひっくり返った。しょーもない事ばっかり、覚えるんですな。母ちゃんがっかりよ。実家の両親とわたしの口癖なのか、「**なんですけど」とつっこむのも感染ったみたいで、すぐ「一寸五月蝿いんですけど。」とか「これ邪魔なんですけど」とかそんなつもりは毛頭無いのは分かっているけれど遠慮がちに聴こえるのが笑える。秋から現地校の幼稚園が開始し、冬の大半(?)をジョージアで過ごし、最近は英語ばっかりになってしまったけれど、わたしは彼には95%日本語、彼はわたしに75%日本語である。幼稚園で8:45から3:45まで英語で過ごし、迎えに来たわたしが車で開口一番「おかえり~♪」それでも、なんとか一日の事を日本語で話そうとするので、平気な顔をしているが、わたしは実は時々感心している。出来事の通訳は簡単でも、人の言った台詞の訳は、語彙が貧困だと難しいから。それでも、遊んでいて「ママ、このぼくのお魚、Megamawaringなの。」とか「この道、一寸ぎざぎざねえ。」とか日本に居る子なら言わないだろうな~という事を言うので、嘆くよりも笑うように努めている。日本では、桜も存分見られたし、少し観光も出来たし、ゆっくり美味しい物を沢山食べられたし、桜の時期に帰られるのは暫くこれで最後となるが、本当に満足だった。妹夫婦と宝塚で遊んだり、その後生まれて初めてWiiをやらせてもらったり、京都の友人一家に忍者のレストランに連れて行って貰ったり、他の友人一家と二条城で遊んだり、帰りには15分程新幹線に乗ったり、アメリカへ帰って来ても、鴬張りとWiiと忍者がごちゃまぜになってキラキラとした思い出としてふとブル乃助の脳裏に戻って来るようだ。これは、以前の帰国の時には有り得なかった「子供自身の記憶」と言う新しいお土産だ。「忍者のレストランに行ったの!本物の忍者が居たの!」と興奮気味に話すブル乃助に、常に素なわたしの父は「え~うっそー。本物じゃないでしょ。」なんて言って、2人が喧嘩になりかけていた(笑)のも、今は良い思い出だ。父の大学のグリークラブのコンサートへ行ったり、わたしが住んでいた時には計画すら有ったかどうか?の兵庫県立芸術文化センターのコンサートや待ちかねていた西宮ガーデンズにも、たっぷり通い、妹を引き連れ回し歩いた歩いた。大学の友達と大阪のブノワに翌日に元楽天友のあんずちゃんとりりまあちゃんとはなだ万ジパングで、偶然二日連続同じ真新しい高層ビル33階のお隣のレストランでランチとなって、計画してくれた友達の感度の鋭さに感心して笑ってしまった。みんな、ありがとうね。ブルルはアメリカに帰国済みでブル乃助は実家に置いて行ったので、なんだか夢みたいな時間で、おしゃべりしていたらあっと言う間だった。同時に、当たり前だがわたしなんて居なくても日本はどんどん進んで行くんだ、と思うと、二条城のように昔から有る物や、昔から居る演歌歌手や、駅前のパン屋さんや、そういう物に妙にも愛着を感じて、一寸おばばくさい気分にも、なった。個室でお互いの写真を沢山撮りながら、なら兎も角、出されたお料理の写真など滅多に撮らないのだが、旅行気分で味わった忍者趣向の変わった綿飴のすき焼きや、金箔のデザートや、フレンチなんだけれど日本ぽくて繊細で綺麗なブノワのお料理や、ジパングなんだけれどやっぱりなだ万な、でも記憶より随分ボリューム満点なお料理や、細かい記憶の為に写真に撮っておいても良かったかな、とも思う。やっぱり恥ずかしかったかな。(案外小心者)なんだか、思い出を書き連ねる筈がやっぱり食べ物の事ばかり。書いてて自分でお腹空いて来た。(笑)
January 3, 2011
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