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風邪が治りかけのとき なんにも食べたいものが見当たらない私は、旦那ちゃまに聴いてみた。「ねえ わたし、な~んにも 食べたいものが無くなったんだんけど これから 光食べて生きていい?」旦那は かる~くにっこりしながら 日常のことのように「いいんじゃない?」てさらりと 答えた。それには、こっちが驚いた。笑「え? いいの?」反対すると思ってたんだよね。てっきり。光だけを食べて生きている人について 何度か話したことはあった。でも 本気で聴いていたかどうかは 定かではなかったし・・・・・へ~いいんだ~。昔、玄米菜食に変えるときも、意外や簡単に旦那は同意してくれた。一番身近な人の同意が、食というものを変えるときには、非常に重要なのだ。それは 肌身にしみて感じていること。わたしの実家の両親達は、ある意味反対で、ことあるごとに、栄養は取れているのか?子供達がかわいそうとか・・いろいろ 言われたものだった。とか言いながら 暮れには わがまま娘の所望した玄米餅を手がかかるのに作ってくれていたけどね。旦那の両親も、本意は同じではあったが、自分の娘が教えていることなので(乳がんになった旦那の姉から教えてもらってたので) ことさら 言うことはなかった。まあ、孫たちに 普通のものをお土産に買ったりできないという 寂しさはあったみたいで。アレルギーで食べることができないのを知りつつ クリスマスケーキを買ってくることはあった。その気持ちもわからんでもなく・・でも やはり 食べさせたら 子供達が数日かゆがるわけで・・板ばさみの思いを抱えながら・・食べさせるわけにもいかず、人にあげるわけにもいかず・・捨てることになった。とても 複雑な気持ちになったものだ。今でこそ、玄米菜食やマクロビオティックといえば、ちょっとおしゃれ~な感じもあるが、当時(約20年前)は、単に変わり者のすることだったし、あまり知られてもいなかったしね。そういう経験もあり~で・・周りの反応が厳しいのはどうあれ、一緒に暮らす家族さえ 受け入れてくれれば どうにかなるものだと思っていたのだ。というわけで 思い付きにも似た発言ながら・・余りにもあっさり旦那ちゃまという第一関門をクリアしたので・・・私は本気で 光で食べることを考えることになったのだ。笑思いもせず 道が開けた。で・・本も買ってみた。「神々の食べ物」ね♪な~んと 私が 求めていたものが すべてそこにあった・・といってもおかしくないだろう。日々の感情などによる心の毒素も取り払いながら・・内なる神を感じ感謝し・・祈りの歌を歌い、瞑想などをすることで プラーナを摂取する。そうすることで 人間の最大限の力を発揮することができて 不老不死も夢ではなかったりする。そのやり方まで 詳しく書いてるんだよね~。すごいです。この本。プラーナ食しない人にもお勧め!もちろん 環境にもやさしいし~時間もかなり節約できる。わたしが 一番好きなことが、プラーナを摂取することになるなんて うまく行き過ぎ~♪私自身 現実的にどんどん食が細くなっていたけど このための準備だったと思うと すべてが納得できる。逆に 普通には説明がつかない状態になりつつあった。ダイエットってことでもないし・・量が食べれないってことを 伝えるのは なかなか難しいことだったから。でも 光を食べて生きるというのなら 感覚的にも理解してくれる友人は多いはず。やったね♪「この人、十数年も光だけを食べた人だって~」っと旦那に表紙を見せたら・・「きれいじゃん♪」ジャスムヒーンさんの笑顔の写真を見ていった。安心したみたいだった。笑光を食べる・・旦那にとっては、冗談めいた また ママが、面白いことを言っている・・そんな軽い気持ちだったのかと思う。この人は、こういう風に 重要な決定のときに いつも天使にYESといわされる人だ。笑旦那には、OKをもらったものの・・・光を食べることについて 真剣に考えたとき・・みんなのご飯が作れるかどうか 心配になった。以前 プラーナ食の友人に聴いたら 食べなくても 家族のお弁当や食事を作っているということだった。軽い感じで彼女が言ったにも関わらず、私はそれは 大変なことだろうと勝手に思った。自分には無理かもと・・ 当時 思ったのも事実だった。「パパ。わたし 光食べるようになったら みんなのご飯も作れんかもしれんよ。」というと「それは 困る。」と 即答した。そうだよね~~☆でも 実際に作る機会が訪れたとき・・元気になって 台所に立ち 子供達のお弁当を作ってみたら・・な~んと 平気だった。何が平気って・・・調理して いい香りがしても・・それでも別に食べたくないのだ。食欲が動かない。私が 大変だと思っていたのは、食べたいのを我慢する・・という感覚だった。でも 実際は それでも食べたいとは思わない・・というのが、実感だった。そうか、これは 断食ではないのだ。現実的な食べ物を摂らないというだけだったのだ。当たり前のことが 実感としてやってくる。何事も やってみなければ 本当に わからないものだ。食べないので 味見もしないんだけど・・笑 長年やっていた勘でどうにかなる。パン屋さんのときも すべてのパンを味見できるわけではないし、してはいなかった。そんな感覚なんだな~と思いながら。「パパ、ご飯作れたよ~。」と報告したら 「それはよかった♪」と喜んでくれた。子供達は・・というと「ママは、これから光を食べるんだよね。」と茶化したようにニヤニヤ笑いながら言う。もともと 変わってる=って 面白がって 家族にペットのように扱われている私なのでさして 驚きもしないのだ。わたしの変化を 大きなこととして捉えない家族がとてもありがたいと思った。その理由を聞くと「だって ママは、前からほとんど 食べてなかったじゃない。」という。それでも 元気でいたし、これから光を食べることになっても 大丈夫だと心より 信頼してくれているのを感じた。わたしの在り方、生き方をも ある意味 全面的?に認めてくれているのだ。この宇宙の誰よりも 家族に信頼されることが、生き易いことを私は知っている。欲しいのは、いつも「心配」よりも「信頼」だ。そして この家族に説明も 説得もいらないのだ。それは とっても ありがたいことだと思った。この私の新しい道を より 楽しく 軽やかに歩めることが許されているかのようで。。。もちろん 家族にも そう 心より伝えた。ママは幸せだよ~。こんな自由にさせてくれる家族で・・と。ありがとう・・と。食事の時間 みんなが食べているのを いろいろ話しながら見守る私。違和感はとくになくて・・(これも 想像したのと違った♪)これまた 意外なのは、料理をとても心をこめて作るようになったことだ。今までより 一品増えたかも。笑時間に追われるのではなくて 家族の喜ぶ顔をイメージしながら いつも作れるようになった。これは、私が満たされている・・からなのだと思う。私たちは、いろんな意味で 飢えているのだ。そして プラーナで生きることを決める前の私も確かに「飢えていた」と 気づくことになった。つづく
2008年03月10日
2月27日から7日間、風邪を長引かせてダウンの繰り返し。でも わたしにとっては光の七日間だった。風邪を引いて熱がでると わたしは、いつも何も食べなくなる。消化にまわす力を 自然治癒力発動にまわすという簡単な理由。おなかもすかないしね。もちろん 病院にはいかない。梅肉エキスのはちみつ割りくらいを 血液の浄化のために飲むくらい。家族も いつもそうなので 食べないことになんの心配もしない。今回は 長かったので さすがに体調のことを心配したけど食べないことに関しては 相変わらず何も心配しない。私のすることを ある意味信頼してくれてることを感じた。ありがたい環境に感謝した。私自身、風邪でダウンするとき、必要なことが起きているとわかっているので自分を責めたり、早く治そうとコントロールすることはもうほとんどない。そういうことにエネルギーを使わず、せっかくの休暇!どうやって楽しく過ごそうと思うほう。笑この一週間 わたしがやったことは、しっかり眠り、思い切り本を読んで 作りたい資料をパソコンに入力し、あらたなことも始めてみた。(てなことをするから 長引いたのかもだけど・・ って 実際は子供のことで 熱を押してどうしても外に行かねばならぬことが 間に続いたのが原因♪)枕元には、10冊くらいの本! 気分に任せていろいろ読んでいく。わたしの普段の思考もこういうもんだしね。子供のことを考え、自分の仕事のことを考え~、夕飯を考えって いろんな思考のパッチワークで成り立ってる。たくさんの本を同時に読みながら ふとそう思った。それにしても・・・ご飯作りや家族の世話とかで 中断されることもない、自分だけの自由な時間~~!!きゃあ~ なんて しあわせ。そうそう、これが欲しかったのよ。わたし。(ずっとでなくていいから♪)だから めっちゃ 充実~~!笑わたしの魂が引き寄せた事実を感じちゃう~~♪てなことで わたしの風邪はいつもこんな感じ。長引いて大変ね~って言われても 体が少々きつくても・・私はこうして 結構幸せに過ごしているのだ。そして さて風邪が治りかけた頃 さあ 何をたべようかな?と考えてみたけど何も浮かばなかった。普段、心と体が喜ぶような ナチュラルで愛がたくさんこもったものの・・あんなものや こんなものが 浮かぶのに・・☆なのでじゃ そろそろ プラーナを食べることにしようと 思ったのだ。プラーナを食べるというのは、現実的な食事を全くしないことになる。実際にそういう人たちがいて、本もでていておまけにわたしの近所には そうやって生きている友人がいたりする。かつて 玄米菜食をともにして 子育てをした仲間。数年前、一緒に出雲へ旅行へ行ったときに いろいろ質問を彼女にする機会ももてた。確かにプラーナで生きるのもいいな!と思ったけど わたしには、まだ 食べるという楽しみはみんなと共有したいし、捨てられないから無理だなあと思った。そのときは、まだ 全然 時期ではなかったのだろう。てなモデルが身近にいても プラーナで食べることに関しての本を いまだ読んだことがなかったので風邪ひきの中 区役所とかも行く用のときに本屋へ買いにいった。であったのは 「神々の食べ物~聖なる栄養とは何か~」ジャスムヒーン著わたしの祈りや信仰のこころととてもぴったり合う本だった。そして 読んでいくと すでに プラーナに切り替える段階に自分がきていたことを 知ることになった。この食事をすることになる人は、はじめからプランニングされているという。だから 特異なことではなく、ごく自然なことなのだと。(チャネルを開くのと一緒だね~。)普通ね、三食から二食、そして 一食 肉食をやめて 菜食にしてフルーツだけ そして光へと 5年くらいかけて移行していくのが理想だそうで・・。それにぴったりではないけれども・・実は、わたし、もう 日常がほとんど一食で 量も極端に少ない状態。友達が作ってくれた小さな小鉢ふたつが、私のお茶碗とお椀。それを 夜に食べるだけが多い。朝は基本的に食べないし、お昼は お付き合いがあれば 少々食べる。でも 外食はもう 一人前は多くなってきていて 気心知れている人になら 半分食べてもらったりすることも多く、ゆえに 昔はよく ランチへ行ってたけど 最近は家で食べることが多くなっていた。超美味しかったりすると 一人分ペロッと食べれるときもあるんだけどね。でも どちらかというと お腹がすいた状況よりも たくさん食べなければいけない状況のほうが、キツイタイプ。食べ盛りの子供達には、よくそんなんで足りるね~って いつも言われるけど「ママは、もう成長しないから そんなにいらんのんよ。」と応えてた。でも 本を読んでみると すでに 光も食べていた可能性が非常に高いことがわかった。瞑想、祈り、内なる神への信仰・・これが 光を食べていくのに必要な要素のいくつかだったから。そんなふうに あまり食べないのにやせない人も すでに プラーナを食べてたりするんだってよ。確かに わたしは食べる量に比べると やせすぎほどやせてはいない。普通の食事?を 三食食べるとしたら(考えただけで 苦痛だけど 笑) どんな肥満になってるだろうかと思う。ちょっとで太るし、そんなに食べたいと思わないのだ。今までのわたしの食についてのことと、家族の反応や 始めて数日の様子などを 続けてかいてみることにした。つづく
2008年03月09日
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