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昨日は、大変な事故がおきてしまいました。もう説明する必要も無いでしょうが、JR福知山線脱線事故です。原因らしい原因と言えば、速度超過と置石とのことです。以前、私は置き石は厳罰だと申し上げましたが、この事故で置石の危険が伝わったかと思います。ちなみに、置石などをしてこのように列車を転覆させ、人を死なせると重罪になります。(往来危険) 第百二十五条 鉄道若しくはその標識を損壊し、又はその他の方法により、汽車又は電車の往来の危険を生じさせた者は、二年以上の有期懲役に処する。 2 灯台若しくは浮標を損壊し、又はその他の方法により、艦船の往来の危険を生じさせた者も、前項と同様とする。 (汽車転覆等及び同致死) 第百二十六条 現に人がいる汽車又は電車を転覆させ、又は破壊した者は、無期又は三年以上の懲役に処する。 2 現に人がいる艦船を転覆させ、沈没させ、又は破壊した者も、前項と同様とする。 3 前二項の罪を犯し、よって人を死亡させた者は、死刑又は無期懲役に処する。 (往来危険による汽車転覆等) 第百二十七条 第百二十五条の罪を犯し、よって汽車若しくは電車を転覆させ、若しくは破壊し、又は艦船を転覆させ、沈没させ、若しくは破壊した者も、前条の例による。 しかし、この電車は構造上120キロしか出ないとのことです。120キロ程度ならどこの特急・急行電車も出しています。ですから、置石があれば日本どこでもこのような事故は起こりうるということです。そう考えると怖いです。お亡くなりになった方のご冥福をお祈りいたします。
2005年04月26日
前回は、ねずみ講とマルチ商法についてお話しました。しかし、マルチ商法は合法と聞いて、かえってマルチ商法をやる気になってしまったかもしれません。そこで、さらにマルチ商法についてお話しましょう。まず、商品が介在していればねずみ講に当たらず合法と言いましたが、しかし、その商品に実質的な価値は無いか払った額に見合った価値が無いと判断されればねずみ講になります。判例もあります(最決昭和60年12月12日)。目安としては、自分の得た商品と払ったお金を比べて、もしその商品がお店でその値段で売っていたら、自分以外の他人は買うかどうか考えてください。そして、この値段じゃ他人は買わないなと思えばねずみ講になる可能性が高いということです。ちなみに、先ほど挙げた判例はダイアモンドを使ったマルチ商法でした。つまり、確実に有形物を介在させたのに、ねずみ講として違法となったのです。どうでしょうか。いま情報商材によるマルチ商法とか良くわからない権利など無形物をを使ったマルチ商法が流行っていますね。よく吟味しないと、違法として処罰されてしまいますよ。そうは言っても、『警察が合法だといった』とか、『弁護士が合法だといった』と思うかもしれませんね。しかし、それは本当の話ですか?どこの警察のどこの部署の方がおっしゃたのでしょうか。どこの弁護士会の所属されている弁護士先生がおっしゃったのでしょうか。裏を取った方がいいですよ。また、もし裏が取れたとしてもまだ問題があります。お札そっくりなサービス券を作ろうとして、警察署に相談に行ったとしても、自己の行為が積極的に許されるとの回答を得たわけではなく通貨を摸造したサービス権を配布した際に積極的な警告を受けてなくても処罰する。(最決昭和62年7月16日)このような判例があるのです。つまり、警察が公式見解などで「○○というビジネスは合法である」と積極的な評価をしない限りは処罰される可能性があるということです。弁護士や、警察の担当者の言葉程度では違法性が消えないのです。どうですか。マルチ商法は合法と言ってもいろいろ注意しなければならないことは多いのです。やるなら心してやってくださいね。安易に手を出して捕まっても知りませんよ。応援してくださる方は、下記のリンクをクリックしてください。人気blogランキング
2005年04月24日
ネットでお小遣いを稼ぎたい!というテーマで日記をお書きになっている方の中にはねずみ講や、マルチ商法をやっている方が増えてきました。ひところはほとんど見かけなくなったのに、又増えてきたのです。春はこういう商法が流行る季節だと教えられた物ですが、本当だったのですね。ということで、改めてねずみ講やマルチ商法についてお話しましょう。まず、ねずみ講です。ねずみ講は完全に違法です。では、まず条文をどうぞ。ねずみ講は「無限連鎖講防止法」で禁止されています。法律上、ねずみ講は無限連鎖講(むげんれんさこう)と呼ばれます。(定義) 第2条 この法律において「無限連鎖講」とは、金品(財産権を表彰する証券又は証書を含む。以下この条において同じ。)を出えんする加入者が無限に増加するものであるとして、先に加入した者が先順位者、以下これに連鎖して段階的に二以上の倍率をもつて増加する後続の加入者がそれぞれの段階に応じた後順位者となり、順次先順位者が後順位者の出えんする金品から自己の出えんした金品の価額又は数量を上回る価額又は数量の金品を受領することを内容とする金品の配当組織をいう。 条文が長くて嫌になってしまうかもしれませんが、ちゃんとお読みください。違法行為かどうかの分かれ目なのです。大雑把に言うと、1、加入時に金品の提供を求められる。2、加入後は2人以上勧誘することが求められる。と言う2つの条件を満たせばねずみ講である可能性が極めて高いと思って頂いて結構です。そして、ねずみ講は自分が主催者になることはもちろんのこと、加入、勧誘も禁止されています。(無限連鎖講の禁止) 第3条 何人も、無限連鎖講を開設し、若しくは運営し、無限連鎖講に加入し、若しくは加入することを勧誘し、又はこれらの行為を助長する行為をしてはならない。 つまり、自分が加入することは当然のこと、ホームページやブログで勧誘する行為も禁止されています。例えば、ブログで「入金報告!」などと書けば、自分が加入していることを自ら告白しているに等しく、いわば「私は犯罪をしています」とブログを使って全世界に公表しているようなものなのです。あるいは、ブログで「いいビジネスです。今すぐ加入を!」等と書けば勧誘行為に当たります。これも処罰対象です。次に、マルチ商法です。マルチ商法は、ねずみ講に商品を介在させた物です。つまり、現金のやり取りだけでは違法になってしまうから違法を逃れる目的で商品を介在させたのがマルチ商法です。具体的には、1商品・サービスなどを売るために、2金銭が得られることを宣伝し、3金銭を払わせる商法を言います。この説明からわかります通り、マルチ商法は一応合法です。ですが、特商法という法律でがんじがらめに規制されています。特にブログで勧誘する人が気をつけねばならないのは、氏名公表義務です。(連鎖販売取引における氏名等の明示)第33条の2 統括者勧誘者(統括者がその統括する一連の連鎖販売業に係る連鎖販売取引について勧誘を行わせる者をいう。以下同じ。)又は一般連鎖販売業者(統括者又は勧誘者以外の者であつて、連鎖販売業を行う者をいう。以下同じ。)は、その統括者の統括する一連の連鎖販売業に係る連鎖販売取引をしようとするときは、その勧誘に先立つて、その相手方に対し、統括者、勧誘者又、一般連鎖販売業者の氏名又は名称(勧誘者又は一般連鎖販売業者にあつては、その連鎖販売業に係る統括者の氏名又は名称を含む。)、特定負担を伴う取引についての契約の締結について勧誘をする目的である旨及び、当該勧誘に係る商品又は役務の種類を明らかにしなければならない。長いですけど、ちゃんと読んで下さいね。まず、マルチ商法は法律上「連鎖販売取引」と呼ばれます。そしてブログでマルチ商法の勧誘をしている人は一般連鎖販売業者にあたります。自分は「業者」なんて大げさな物ではないと思うかもしれません。しかし、法律上「業者」とは統括者又は勧誘者以外の者であって、連鎖販売を反復継続する意思で行う者を言います。ブログで勧誘行為をすれば反復継続する意思があるといえるので、ブログで勧誘している人は「一般連鎖販売業者」となります。つまり、商材購入のみで満足し勧誘行為は行わないという例外の場合ををのぞき、マルチ商法に参加しただけで特商法を守らねばならなくなります。普通、マルチ商法に参加すれば、自らも宣伝・勧誘行為をするからです。いかがですか、ブログでマルチ商法の勧誘している方!氏名を公表しなければ違法行為ですよ。やるなら法律をきちんと守ってくださいね。応援してくださる方は、下記のリンクをクリックしてください。人気blogランキング
2005年04月21日
憲法判例編 第13章 表現の内容ではなく、手段を規制する場合国が表現の内容を規制するのは思想統制に繋がりますから、表現内容の規制は原則禁止であり、他人を害するような表現で無い限り自由に発表できます。しかし、内容は普通でも手段が不適当な場合があります。例えば、いかに崇高な理念を表現する場合でも、そこらじゅうに立て看板や張り紙を貼られては迷惑です。なので、内容を規制するのではなく、表現手段を規制する必要性もあります。ただ、あまり過度に規制すると、実質的には思想統制と変わらないのでほどほどの規制が妥当と言うことになります。判例(最判昭和45年6月17日・最判昭和62年3月3日)は、以下のように示しました。「表現の自由に対し許される必要かつ合理的な制限であって、・・・憲法21条1項に反するものではない」つまり、手段を規制する場合はその規制に必要性があって、必要性を満たすための規制として合理性があれば許されると言うわけです。つまり、不適当な手段として規制されたら別の表現手段を使って表現してねってことなのです。さて、そういえば市民運動家が反戦思想を書いたビラを自衛官の官舎に入れたとして逮捕起訴されたものの、無罪になると言う事件がありました。これも、あくまでビラまきという手段の是非が問題になるのであって、別に市民運動家達の思想の是非などは問われていません。裁判所も、「商業ビラまきは黙認されているのに、思想的なビラだけ処罰する理由は無い」と言った考え方でありました。別に、運動家達の思想の是非は判断されていませんからご注意ください。応援してくださる方は、下記のリンクをクリックしてください。人気blogランキング
2005年04月06日
先日、大学受験があることを理由に保釈が認められたというニュースがありました。このニュースをご覧になった方の中には「犯罪者なのに、たかが大学受験で解放するとは何事だ」とお考えの方もいるでしょう。ですが、それは誤解です。そこで今日は保釈についてお話しましょう。まず、保釈とは裁判のために身柄拘束をされた者の身柄を解放することです。つまり、判決が下る前のお話なのです。はい、ここで勘の良い方はお気づきですね。前から申し上げていますとおり、判決が下るまでは犯罪者ではありません。裁判を経て判決が下って初めて犯罪者です。犯罪者で無ければ本来身柄拘束をしてはいけないはずです。ですから、保釈は原則として自由なのです。では、何故犯罪者で無い人を身柄拘束するのでしょうか。それは、もし犯罪者だった時の不都合を避けるためです。もし犯罪者だったら自分から裁判所に来るわけはありませんし、証拠隠滅を図ります。この不都合を避けるために身柄拘束が認められているにすぎません。条文もそのように定めています。第六十条 裁判所は、被告人が罪を犯したことを疑うに足りる相当な理由がある場合で、左の各号の一にあたるときは、これを勾留することができる。 一 被告人が定まつた住居を有しないとき。 二 被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき。 三 被告人が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由があるとき。「勾留」と言うのが身柄拘束のことです。 このように、一・二・三のような理由が無ければ身柄拘束できません。つまり、判決が下るまでは処罰として身柄拘束をしているわけではないということです。これでお分かりいただけたでしょうか。もし、一・二・三の理由が無ければ、どんな事情であっても保釈は出来ます。ですから、大学受験で保釈をするということは何らおかしなことではありません。ただ、実際には保釈が認められるのは極めて稀なのでニュースになったのです。法の理念と、現実の運用が逆転している例と言えるでしょう、応援してくださる方は、下記のリンクをクリックしてください。人気blogランキング
2005年04月04日
憲法判例編 第12章 判例が文言解釈としての意義をもつ場合ちょっと今日は趣向を変えて、判例が文言をどのように解釈したかをご覧頂こうと思います。文言解釈だけの場合は、あまり背景事情をお伝えする必要は無いので、テンポが良くなるかもしれません。ちょっとお付き合いください。まずよくわいせつ物頒布罪とかありますが、そもそも「わいせつ」とは何でしょう。わいせつ文書を頒布するとわいせつ物頒布罪となりますが、何がわいせつ文書かはわかりません。そこで、判例(最判昭和32年3月13年)は、わいせつ文書を、「普通人の羞恥心を害することと性欲の興奮、刺激を来たす事と善良な性的道義観念に反する文書であること」としました。次にプライバシー侵害とは何でしょう。およそ個人の情報を公開するとプライバシー侵害となるような気もしますが、そうすると、表現の自由を害する場合もあるので一定限度まではプライバシー侵害とはいえません。プライバシー侵害となる境界線を判例(東京地判昭和39年9月28日)は示しました。「1、私生活上の事実または私生活上の事実らしく受け取られる恐れのある事柄 2、一般人の感受性を基準にして当該私人の立場にたった場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であること。換言すれば一般人の感覚を基準として公開されることによって心理的負担、不安を覚えるであろうと認められる事柄であること。3、一般の人々にいまだ知られていない事柄であること」次に、出版物を事前差止めできる場合とはどんな場合でしょう。田中真紀子氏事件では問題になりましたよね。事前差止めは表現の自由に対する重大な侵害なので限定しなければなりません。そこで、判例(最判昭和61年6月11日)は以下の場合に限り事前差止めを認めています。「1、表現内容が真実でなく又はそれが(真実であっても)専ら公益を図る目的のものでないことが明らかであって2、かつ被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る恐れがあるとき」最後に、「検閲」とは何でしょう。検閲はよく耳にする言葉ですが、実体は明らかではありません。検閲自体は禁止されていることが明らかですが、その意味が明らかにならないと禁止した意味がありません。そこで、判例(最判昭和50年12月12日)は検閲を以下のように定義しました。「行政権が主体となって、思想内容などの表現物を対象とし、その全部または一部の発表禁止を目的として、対象とされる一定の表現物につき網羅的一般的に、発表前にその内容を審査した上、不適当と認める物の発表を禁止すること」従って、裁判所による差止め命令は検閲とはなりません。ご注意ください。さて、いかがでしたか。判例はこのように文言解釈の指針として役立つこともあるのです。
2005年04月02日
4月1日は民法の大改正により、民法が平仮名化されました。つまり、今までのような漢文調から現代語に変わったわけです。しかし、申し訳ありませんが「条文スクラップ」カテゴリの全てと、「民法」カテゴリの一部の記事は改正に未対応です。大変申し訳ありません。
2005年04月02日
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