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朝の日差しは柔らかく、静けさの中に小鳥のさえずりがする。 「生きるという事はすばらしい、天の神様、この素晴らしさをありがとう!」 私は公園のベンチに腰掛け、自動販売機で買ったばかりの缶コーヒーを眼前にかざした。するとその穴の中に黄色いものが尾を引いてスーっと入ったのです。な、なんだこれは! 私はビックリして上を見上げた。すると羽ばたきがして、ガジュマルの天辺からカラスが飛び上がった。そして、勝ち誇って啼いたのです。 「アッホー、アホー...」 コーヒー缶の穴の周りに汚れはない。糞は見事に穴の形となって入ったのです。ここまでやるとはお見事、神わざ、いや、奇蹟のカラスワザであります。私は尊敬と畏敬の念を込めてそのカラスの行方を見つめた。 こういうことは無限分の一の確率と思いませんか? 盲亀浮木の縁、そして、カラス糞落下の縁、きょうは良いことがある。今日も一日ファイトイッパーツ、ガンバロ~~~! しかし、事務所へ行きますと、今日の仕事は元請の会社の都合で中止、という事になった。あの奇蹟のカラス技、この事を知らせていたのかもしれませんね? 無限分の一の確率、ありがたい事です。今日はゆっくり寝ることにいたします。
2007年06月29日
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沖縄は一週間前に梅雨明けとなりましたが、毎日が凄い暑さであります。天気予報では最高気温30℃、などと報じておりますが、とんでもない、場所によっては40度を超えているところもある。 なにしろ、ズボンの後ろポケットに入れた100円玉が、自動販売機の前で取り出そうとすると、火傷しそうになるほど熱くなっているのです。 そういう炎天下の中でスコップとツルハシを振るったり、一輪車に生コンを乗せて坂道を上がったり出来る66歳、全くありがたい事でございまして、元の神、実の神、親神様に感謝する次第です。 しかし、水を飲みませんと我慢が出来ない。そこで、2リットルのペットボトルの水をあっという間に飲み干してしまう。 しかし、それでも足りませんので、水道の水をそれに入れてまたまた、あっという間に飲んでしまいます。 しかし、脱水症は免れますが、体が物凄くだるくなります。体に必要な塩分、マグネシュウム、カリウム、などの無機質が汗と共に排泄されて不足するからだと思う。 今も体がだるいので、今宵はこれにて失礼いたします。
2007年06月28日
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昭和20年4月時点において、沖縄守備軍第32軍の編成は以下の通りであった。 第32軍司令部司令官・牛島満中将参謀長・長勇中将高級参謀・八原博通大佐独立混成第44旅団→旅団長・鈴木繁二少将第5砲兵司令部 →司令官・和田孝助中将海軍陸戦隊 →太田実海軍少将その他(以上は第32軍司令部直轄軍)第24師団 →師団長・雨宮撰中将 第62師団 →師団長・藤岡武雄中将第28師団 → 師団長・納見敏郎中将(宮古、八重山に配備) 陸軍=87,640人、海軍=約10,000人、防衛隊=約20,000人、総計約116,400人が日本軍側の兵員数であった。それに対して米軍側は、当時の沖縄人口を越える548,000人を送り込んだのであります。 結果は、日本軍側の戦死者は94,136人、米軍は12,520人となった。ここで言う日本軍側の戦死者というのは一般住民の非戦闘員は含まれておりません。それは約150,000人となり、沖縄戦における総戦死者は244,136人となっております。 しかし、沖縄戦においてはこの正規軍の他に、大本営直属の遊撃隊が密かに送られていたのであります。彼らは第32軍とは目的が根底から違っていた。「沖縄は本土決戦の捨石」という観点からすれば、正規軍が壊滅した後の敵に関する情報収集は重要となる。 その情報収集と、正規軍敗退後のゲリラ戦、敵後方撹乱のために彼らは送られたのであります。したがって、玉砕戦法は許されず、したたかに生き残って敵を混乱に陥れ、貴重な情報を大本営へ送るのが彼らの任務であった。 大本営による遊撃隊は第4遊撃隊まで作られている。第1遊撃隊は昭和17年ニューギニアで、第2遊撃隊はフイリッピンで編成されております。小野田少尉が所属していたのがこの第2遊撃隊であります。 第3と第4遊撃隊は沖縄戦のために編成された、ということになります。彼らは陸軍中野学校卒業のエキスパート揃いで、兵員構成は在郷軍人や、鉄血勤皇隊でありました。第3遊撃隊は村上治夫大尉を隊長として、約500名からなり、名護、羽地方面の米軍を混乱させた。 第4遊撃隊は岩波壽大尉が隊長で393人、恩納、金武、宜野座方面へのゲリラ戦を展開させた。彼らは機関銃や小銃、擲弾筒(てきだんとう)の他に爆薬を携帯し、道路や橋など、敵の重要地点を爆破したりもした。 このような残地諜報部隊は、その任務を隠すために「護郷隊」と呼ばれていた。この忍者顔負けの神出鬼没の攻撃に、米軍は神経を苛立たせ、避難収容所の一般住民はさらに不安感を募らせる毎日となった。 この二つの遊撃隊が完全に消滅したのは、戦争終結からかなり経ってからで、第4遊撃隊が10月2日、第3遊撃隊が翌年の昭和21年1月3日であった。 当時4歳だった私は母に手を引かれジャングルの中を歩いていた。母が「戦争が終わった・・・」とつぶやいた時、わけの分からない熱いものが、全身を強くかけめぐったのを、今でもはっきりと憶えている。 ところで、戦争が終わって、子供たち同士、山で椎の実を拾っていたとき、突然、恐い顔の兵隊が現れた。全身血まみれで、腕の傷口が大きくめくれていた。 「ばか者ども、静かにしろ! 敵に気付かれたらどうするか!」 彼はそう怒鳴った後、再びジャングルの奥深くへ消えていった。今、考えると彼はこの遊撃隊の一人であったと思われます。
2007年06月27日
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日本神話を百科事典で調べてみますと、以下のことが分かりました。私のような土方は、百科事典とインターネットの検索がないと何も分からないのであります。 それによりますと、この世の元始まりは天地の境はなくて混沌としていたそうです。それがなぜか天と地が分かれたのであります。澄んだ気と重い気が分離したということです。 牛乳に酢を入れますと水と白い塊に分かれます。そのような感じでこの世は天と地の区別が出来たのでしょうね? あるいは重力が中心に出来て、重いのは下に、軽いのは上昇した、ということかも知れません。これは原始地球の頃、約40億年前を差していると思います。いずれにせよ、私にはそんな難しいことは良く分かりませんので、次に進みます。 この天地の中心が高天原(たかまがはら)と呼ばれるそうです。そこに、5柱の神様が突然、次々と発生したのであります。アメノミナカヌシノカミ、タカミムスビノカミ、カミムスビノカミ、ウマシアシカビヒコジノカミ、アメノウトコタチノカミ、という発音しにくい神名をそれぞれはもっております。 この5柱の神々は姿を見せることなくすぐに消えてしまったのであります。何故そうなったか、永遠の謎でございます。その後も神々は誕生するのですが、最後の7代目にイザナギノミコとイザナミノミコトが誕生いたしました。 いろいろとその後のストーリがあるのでございますが、これをこと細かく述べておりますと膨大な時間とエネルギーがかかりますので省略いたします。このお二人は結婚いたしまして、淡路島と四国を手始めに次々と八つの島を生みまして、日本列島を完成させたのであります。その後、山や海の神々も次々と産みまして、最後にホノカグツチという火の神を生んだため、イザナミノミコトは大火傷をして死んでしまいました。 その後、イザナギノミコトは男であるのですが、なんと3人の子供を産んだのであります。彼はある事情により、黄泉の国にいる妻のイザナミノミコトに命を狙われて追われ、命からがら逃げ帰ります。そして、九州の阿波岐原(あわぎはら)の清流に入り、黄泉の国で汚れた身体を清めました。これを禊祓(みそぎはらえ)と言うそうです。 その時に、ナオビノカミ(鍋を直す神)などの多くの神を生んだのですが、最後に左目を洗って天照大神、右目を洗って月読神、鼻を洗って須佐之男神が生まれたということです。 男が子供を産む、目や鼻に子宮があったのか・・・? とっても考えられないことであります。もちろん、そこに受精卵を移植すればそれが成長して何とかなるはずですが、そんな面倒なことはしないでもいいはずであります。 で、ここで生まれたこの3柱の神様をイザナギノミコとは大変可愛がりまして、天照大神には高天原を、月読神には夜の世界を、須佐乃男尊には海を治めよと命じたのであります。ところがこの須佐乃男神は己の任務を放棄いたしまして、母のいる黄泉の国へ行きたいと泣き叫んだのでございます。それによって山々の緑は枯れ果て、川や海の水は干上がったのであります。 ・・・しかし、何かおかしいですね? だって、彼はイザナギノミコトから生まれたので、母はイザナミノミコトではなくて、乳、いや、父であるイザナギノミコと、ということになる。イザナミノミコトとは血の繋がりはないはずであります。それだのに何故、イザナミが母なのか? これも永遠の謎であります。 また、また、横道にそれましたが、結局は須佐乃男尊の狼藉に大変立腹いたしましたイザナギが彼を地上に追放いたのであります。しかし、彼はその後もたいへん乱暴を働きましたので、姉である天照大神は悲しみのあまり天岩戸に閉じこもったのであります。いま、青少年の閉じ篭りが問題化しておりますが、根元はここにあるのかもしれませんね? 天照大神は太陽の化身であります。その太陽が岩穴に隠れましたので世界は真っ暗闇となりました。これは一大事であります。第一、光合成で生きている植物が枯れることになる。そして、人も獣も生きる気力と体力を失っていったのであります。そして、魑魅魍魎が徘徊し、あらゆる災いが至る所で勃発した。 困ったのが八百万の神々であります。これでは世界を秩序正しく治めることが出来ない。このままでは、この世は混乱し、悪に支配されてしまう。なんとしてでも天照大神を天岩戸から外に出すのだ・・・、という事でみなが集まって相談をすることになった。 参考までに、ここで登場する主なる八百万の神々の名前を記しておきますので、何かの参考にしてください。 "天照大神、須佐之男神、天鈿女神、思兼神、天手力男神、天太玉神、天児屋根神、天目一箇神、石凝姥神、天羽槌雄神 (あまてらすおおかみ、すさのうのみこと、あめのうずめのみこと、おもいかねのかみ、あめのたじからおのかみ、あめのふとだまのかみ、あめのこやねのかみ、あめのまひとつのかみ、いしこりどめのかみ、あめのはづじおのかみ) 天照大神をいかにして天岩戸から連れ出すか? 八百万の神々は天の安の河原に集合いたしまして、知恵の神、思兼神を参謀長官としていろいろと作戦を練ったのであります。 その作戦とは岩戸の前でお祭りをし、天照大神が興味を注がれ、外の様子を覗くためにちょっと天岩戸を開けたその瞬間に、ヘラクレス顔負けの怪力の神様・天手力男神が一気に岩戸を開けて外に出す、という単純な発想であります。 天香具山から根こそぎ引き抜いてきた榊の木を岩戸の前に立て、玉飾りや白と青の布を上の枝や中の枝に下げて天太玉神が持ちます。そして、天児屋根神が「天照大神様、どーぞ外に出てくださ~い・・・」 という意味の太祝詞(ふとのりと)を唱えます。そして、ニワトリがコケコッコ~、と鳴く。このニワトリは長鳴鶏と呼ばれ、日の神の使いとされております。 そして、お祭りが始り、賑やかな神々の笑い声が闇の中に木霊しあっていった。ここでついに、日本最初のストリップショウが始ったのであります。なんと絶世の美女神・天鈿女神(あめのうずめのみこと)が豊満な乳房を露にし、腰を振って踊りだしたのであります。神々はほとんど男神でしたので、びっくり仰天、ボルテージが上がって絶叫、総立ちとなって拍手喝さいの狂喜乱舞となった。 神といえども男は・・・ですね? そして、神といえども女はその武器を派手に見せびらかせたいものであります。踊り狂ううちに彼女はついに腰の紐を解き、ブラックホールを露出、男神たちは一斉に鼻血をナイアガラの滝のように吹き上げた。 一方、閉じこもりの天照大神は外があまりにも賑やかですので不思議に思い、岩戸をそっと開いてその隙間に目を押し当てた。その瞬間を狙って、入り口の横に待機していた天手力男神が岩戸を一気に引き開けた。 そして、素早く彼女の手を取って外に引き出した。すかさず、天太玉神が背後に回って、洞窟の入り口に注連縄(しめなわ)を張り、「今後一切、二度と再び中に入りませんように・・・」 と大神にお願いしたのでございます。 天手力男神は大神が納得したのを見届けて、天岩戸を山ごと持ち上げて、下界へ放り投げた。おっそろしい怪力であります。この山は長野県に落下したそうです。今では戸隠山と呼ばれていて、神社があります。いつか行ってみたいと思います。 というわけで世界は再び光を取り戻し、魑魅魍魎は退散し、平和が訪れたのであります。世界を闇の世界から救ったのは、BC400年の "天岩戸ストリップショウ" であったといえます。(・・・ここまで来るまでが大変でした。あー、疲れました~~~!) 今日はこれにて失礼致します。長々とくだらない日記にお付き合いくださり、ありがとうご ざいました。では、また明日・・・!
2007年06月26日
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ビル工事の生コン打設のため慶良間島へ行ってきます。沖縄に居ながら、まだ、行ったことのない島です。どういう所か、楽しみでもあります。 では,行って来ます!
2007年06月25日
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ラーマーヤナと申しますのはご承知の通り、古代インドのサンスクリット叙事詩でございまして、世界3大叙事詩の一つであります。 内容はラーマ王子とその妃シーターの波乱万丈のSF的ストーリーで、古代からの伝承を3世紀頃、ヴァールミーキという偉い詩人が、現存の形にまとめたものです。インドには、それと並ぶ大叙事詩に「リグベーダ」というのがあります。 このリグベーダも、古代インドのバラモン教の聖典、ベーダの一つで、前1200年-前1000年に成立したということです。 ということは、インダス文明(前3000年~前1500年)の頃から語り継がれてきたストーリーと言えますので、ラーマーヤナと共にインド古代文明都市、核戦争壊滅説の参考資料といたします。 ちなみに余計なことですが、世界3大叙事詩とは、イリアス、カレワラ、ラーマーヤナのことであります。イリアスはギリシャ最古の叙事詩、カレワラはフィンランドの民族叙事詩であります。 で、このリグベーダの中に、十王戦争の様子がこと細かく描かれ、英雄インドラが主役を演じております。 悪竜ブリトラをこてんぱんにやっつけたり、ヴァジュラという電撃飛行ミサイルを駆使して悪意に満ちた敵を撃破し、彼らの七つの防壁を破壊したりしたのでございます。後世において彼は擬人化されて英雄神となり、仏教では帝釈天となってしまいます。 ラーマーヤナにおきましては、ラーマ王と魔王ラーヴァナの戦いが描かれておりますが、空を飛んだり、ミサイル攻撃したりのSFが網羅、ハヌマンタというお猿の王様が一飛びで薬草の山へ行き、山ごと持ち帰ってラーマ王の奥様を助けたりします。彼は孫悟空のオリジナルであります。 ここで、いろいろと使われた恐るべき兵器をご紹介いたします。アグアネス=太陽を一万個集めた爆発力を持っている ヴィシュヌ神の「チャクラ(円盤)」 ルドラ神の「三叉の銛」 アグニ神の「火器」 インドラ神の「電火器」「空中網」 スーリアの「飛行矛」 そして極めつけは「ヴィマナ」 となります。 このヴィマナは前10世紀ごろに書かれた科学書「ヴァイマニカ・シャストラ」に詳細とマニアルが書かれております。これは神話とは全く関係なく、ヴァイマナのみについて記述されており、超高性能飛行物体と言わざるを得ません。 翼の展開と収縮、じぐざく飛行、レーダー探知、熱光線発射、偵察写真、毒ガス散布、敵機内透視、盗聴、太陽光線利用、気象センサー、カモフラージュ、煙幕、幻影投射、そして、用途によって、ロケット型、飛行船型、円盤型、デルタウイング型(三角形)など、豊富な機種を備えていたのでございます。 これ信じられますか? 信じなさい、というのが無理な話ですが、この話、ほんとのほんとであります。嘘とお思いの方は図書館などで「ヴァイマニカ・シャストラ」という本を探し出して読んでみてください。そして、何が真実かを判断いたしましょう! 以上のストーリーなどから推察いたしまして、古代インドにおきましては核弾道ミサイルに匹敵する何かがあって、それが使用された、と推察するのであります。・・・と申しますと、やはり、脳波の精密検査が必要だ、とお思いにおなりでしょうが、これも寛大に無視して、楽しみながらお付き合いくださいませ、ませ・・・。 で、ラーマーヤナに出てくる魔王ラーヴァナのことでございますが、彼の国が「ランカ」でありまして、モヘンジョ・ダロに違いないと言われております。前の日記でも述べましたが、このモヘンジョ・ダロは、考古学者の脳波を狂わす謎がいっぱいであります。 発掘されました46の遺体の中で、外傷があるのは2体だけで外は全くありません。その2体も頭部にちょっとした傷があるだけであります。モヘンジョ・ダロの意味は死人の丘という意味で発掘者のハーグリースさんがつけた名前だそうです。 遺体は全て高温で焼かれた痕跡を留めておりまして、この区域全体からは通常の数十倍という放射能測定結果が出ております。炭素14の分析結果と照合いたしますと、前2200年~前2000年という年代測定結果が出ております。つまり、モヘンジョ・ダロは約600年間繁栄し、わが世の春を謳歌した後、突然、滅亡したというわけであります。 その原因を学者たちは、洪水、自然環境の変化、地形の異常隆起など、としておりますが、一瞬にして都市国家が崩壊したことを思えば、全て理屈に合わないものであります。 外に巨大隕石の衝突も考えられますが、その隕石の欠片は一つも発見されていないのであります。それと、火山噴火による毒ガス発生、・・・残念ながらインダス川流域には火山は一つもありません。 ということは、やはり、核兵器・・・、しかありませんね? 勿論、私のこの推察は90%誤りであります。しかし、誤りという名の愚かさには、その中に真理が混ざっておりますので、おろそかに致しますと、もっとも危険なのであります。 モヘンジョ・ダロに散在しておりますガラス化した小石は1400℃から1500℃以上の高熱で一瞬にして溶かされ、急速に冷却されたものであることが分かっております。このような遺跡は、周辺のアナトリア高原のハジュラル、コルジュペテ、ハラバ、カラホユックなど、その他いろいろな地点で発見されております。 破壊された年代はいずれも前2200年~前2000年ごろという年代測定結果が出ておりまして、モヘンジョ・ダロと全く同じであります。 さらに驚くべきことに、このアナトリア高原には広大な地下都市群が広がっておりまして、それぞれ地下通路でつながっています。これはカッパドキア地下都市群と呼ばれております。地下8階建で、地表から150メートル下にあって、通気孔が要所要所に設置されております。 各階は階段や傾斜した通路でつながっており、井戸、共同炊事場、下水道など見事な都市計画となっております。これ、一体、何だとお思いになりますか? ・・・完璧な核シェルター、ですね? なんと、そこには100万人以上の人間を収容することが出来るのです。 シュメールというのは南部バビロニアの古名で、前3800~前3000年頃にかけて、人類最初の都市文明を発展させたと言われておりましす。エジプト文明にも大きな影響を与えましたが、そのシュメールの古文書に恐るべき記述があります。 「七つの恐怖の武器が放たれるや、目も眩む閃光が四方へ飛散し、全てのものが焼き尽くされた。閃光は災いの雲を生み出し、それは空へ立ち上がった」 これって、原子爆弾の爆発と全く同じですね? もはや疑う余地はないでしょう! BC2000年頃、古代都市国家間で核戦争が行われたのであります。インドの神話によりますと、生き残ったのはバータラ族だけである、そうです。 古代都市からは電池も発見されております。1800年イタリヤの物理学者アレッサンドロ・ボルダさんが人類最初の電池を開発した、ということになっておりますが、BC2000年ごろにはそれがすでにあったことになります。高さ15センチ、幅9・2センチの壷の中に、銅製の円筒形物質が(長さ10cm、直径2・6cm)入っており、さらにその中に、一本の鉄の棒が入っております。 電解液はワインなども利用されたのでは、と考えられております。復元いたしますと、立派に1・5ボルトの電気が起きたそうです。それを直列にして金メッキの技法なども修得していたのであります。 さらに、さらに不思議なことに、カリフォルニア州のコソ山脈から取り出された晶洞石の内部から、セラミック製の点火プラグが発見されました。1961年の出来事であります。それが出来た年代はなんと、50万年前にさかのぼるのであります。その未知の金属セラミックスは、ダイヤ製の金ノコの刃が、ボロボロになるほどの硬さであります。 外にも、大量の電気を用いないと精錬できないアルミニウムの帯留が、中国江蘇省の墳墓から発見されたり、コロンビヤ北部のシヌー遺跡からは、直径5cmの精密に作られた黄金のシャトルなども発見されております。この黄金のシャトルには、三角翼や垂直尾翼、コクピットなどがありまして、航空力学的に見て実物を作りますと飛行可能だそうです。 ・・・ここまで書き続けますと、さすがに疲れてまいります。そこで結論付けますと、BC2000年ごろインダス川流域の古代都市間で核戦争があって、インダス文明が崩壊した、ということが十中八・九断言できると思います。 ・・・しかし、原子爆弾、どうやって作ったのでしょうか? 考えられることは、天然ウランやプルトニュームをロケット型の銅製の筒に入れ、その尻に避雷針からの超高圧電流を流した・・・、ってのはどうでしょうか? あるいはまた、それらの前と後ろに強烈な時限爆弾を瞬間接着剤でくっ付けた。そして、それを半人半鳥のガルーダという大鳥に運ばせて、敵国の上空から投下して爆発させた。 そのときガルーダは絶滅した、というストーリーなんですが、・・・あまりにも馬鹿馬鹿しい・・・? 確かにそうです。私もそう思います。 では、きょうはこれにて失礼致します。ながながと最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。皆様方のご発展とご健勝をお祈りいたしております。
2007年06月24日
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平家物語の冒頭に「・・・おごれる者、久しからず・・・」という文があります。英語に訳しますと、[Pride will have a fall.] となる、とある英語の狂師、教師が教えてくれました。 ・・・そんなことはどうでも良いことですが、おごれるものが、「ビールを奢る者」なら大歓迎であります。しかし、独善的で、他の人格を踏みにじる「驕れる者」なら嫌ですね? 彼らは破滅の使者、人類の敵となります。 その「驕れる者」とはどこの誰なのか?・・・実は、言いたくないのですが、ある意味では、この私であり、あなたであり、そして、全人類なのであります。 今の人類は残念ながら驕り高ぶっている。それは、久しからず、・・・つまり、我々全てが絶滅へ突っ走っている、ということなのです。 しかも、心の眼が完全に潰れておりますので、我々にはそのことが見えない。陰謀、裏切り、戦争、暗殺、爆弾テロ、貧困、餓死、人身、臓器売買、それらは世界のいたるところで日常茶飯事のように起きている。全てが、我々人類の驕り高ぶり、強欲、狂気、非情などの成せる業であります。 イラクやその他の国々で爆弾テロが絶えないのは、彼らが爆弾を持っているからだ。その爆弾や火器等の武器を売りさばきまわる武器商人が暗躍し、資金援助している大金持ちや、麻薬で暴利をむさぼる独裁国が、裏で糸を引いているからであります。 金さえ儲ければ他人は死んでも良い、この世はすべて金だ、金で買えないものがこの世にあるか、・・・という恐ろしい思想が心の奥底まで染込んで人類を蝕み、絶滅への加速度を強めております。 その人類破滅の助走はすでに始まっております。私は別に人類を脅迫して、うまい酒とカツ丼を要求しているわけではありません。 あくまでも迫り来る危機に目覚めよ、おふざけテレビ番組にうつつを抜かし、偽りの愛に快楽と自己満足を求め、ネオン街で庶民金融から借りた金で一夜かぎりの豪遊をし、ぺ・ヨンジュンに発狂している時期ではない、と声を大にして叫びたいだけであります。 その "破滅の助走"とは何か? 見える人には、それが見えるのです。この天地大自然、海も山も河も、そして天空の動き、宇宙の無限性、全てが怒っているのであります。 最近、頻繁に起こっている天変地異、地震、津波、台風、ハリケーン、火山爆発、異常気象、すべてが破滅への助走、と思いませんか? 「てめーら人間じゃねー、たったっ切ってやる~~~」 という天の声が聞こえませんか? しかし、自己中心で、執念深くて強欲という名の愚かな人類にはそれに気づくだけの能力がない。 2億5千万年前、地球上でかってない大異変が起こりました。地球の核が岩石群落下の刺激を受けて超巨大なドーム状流体火炎、スーパープルーンとなって吹き上がった。 直径1000キロにも及ぶ流体火炎の温度は4000℃、西シベリアから中央シベリアの高原にかけて地球史上最大の火山噴火を引き起こした。 それが原因で地球は焦熱地獄となり、酸素欠乏の地獄へと変貌して行ったのであります。この状態は一億年間続き、全生物の95%が絶滅した。 しかし、低酸素に適応していた我々の祖先はかろうじて生き残りました。驕れるものが全て消滅した後の、わずかな残存の一つでありました。 その地球環境が修復され、元の条件に戻りますと、生物は飛躍的な進化を開始します。 まず、2億3000万年前、あのトカゲのような双弓類が、特殊な呼吸器官と機能を持つことによって巨大化し、恐竜となります。ご先祖様はその時に初めて哺乳類として出現いたします。そして、巨大化した恐竜に怯えながら進化を続けていった。 6500万年前、突然、小惑星が地球に衝突した。1億6500万年間、わが世の春を謳歌した恐竜は絶滅したのであります。驕れるもの久しからず、虚空に舞う枯葉が、川面に落ちて流れていく様な虚しさを感じます。 ということですが、また、また、長い日記となってしまい疲れてしまいました。 要するに、何が言いたいのか、わけが分からなくなってしまいましたが、驕れるものは久しからず、を教訓にして、人類は謙虚になって互いに助け合い、愛と正義と思いやりをもって未来へ向かって羽ばたきましょう! ということであります。 人類の未来、決して絶望してはなりません。命のある限り、希望があります。それを英語の狂師、教師は、[While there is life, there is hope.]と教えています。 やるべき時は今、現在しかない。[There is no time like the present.]。・・・これは進化の努力をする時は今しかない、という意味であります。 <font color="blue">祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらわす。 おごれる者久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。猛き人もついには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。</font>
2007年06月23日
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奴らは私を罵り、殴り倒し、勝者となり、略奪した。もし、私が奴らを恨み、己が心を怨念化させるなら、奴らの恨みはさらに燃え上がり、鎮まることがない。 もし、私が奴らを恨まず、此岸と彼岸を捨て去ることが出来れば、奴らの恨みは消えてなくなる。 奴らの恨みに対して、恨みを持って立ち向かうなら、この世において諸々の恨みが鎮まることはない。しかしながら、奴らの恨みに対して恨み無きを持って対処するなら、この世に戦乱の起こることはなく、諸々の恨みは鎮まる。こらは、「永遠の法」である。 奴らはお互い、我々が滅び行く存在である事を認識しない。いかなる人といえどもいずれ死ぬ。それを認知できないゆえに人は傲慢になり、驕りたかぶり、この世に争いの種を撒き散らし続ける。人は滅び、消滅する定め、その事を知れば諸々の確執(争いごと)は鎮まる。 以上は2600年ほど前に仏陀が言われた言葉であります。今の世の中、戦争あり、爆弾テロあり、全て恨みとそのリベンジですね?人は千年も万年も生きられるものではありません。たかが100年前後の短い人生ですから、せめて何が法で、真理で、本物か、を見極めて正しく命の花を咲かしたいものです。
2007年06月22日
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奴らは私を罵り、殴り倒し、勝者となり、略奪した。もし、私が奴らを恨み、己が心を怨念化させるなら、奴らの恨みはさらに燃え上がり、鎮まることがない。 もし、私が奴らを恨まず、此岸と彼岸を捨て去ることが出来れば、奴らの恨みは消えてなくなる。 奴らの恨みに対して、恨みを持って立ち向かうなら、この世において諸々の恨みが鎮まることはない。しかしながら、奴らの恨みに対して恨み無きを持って対処するなら、この世に戦乱の起こることはなく、諸々の恨みは鎮まる。こらは、「永遠の法」である。 奴らはお互い、我々が滅び行く存在である事を認識しない。いかなる人といえどもいずれ死ぬ。それを認知できないゆえに人は傲慢になり、驕りたかぶり、この世に争いの種を撒き散らし続ける。人は滅び、消滅する定め、その事を知れば諸々の確執(争いごと)は鎮まる。 以上は2600年ほど前に仏陀が言われた言葉であります。今の世の中、戦争あり、爆弾テロあり、全て恨みとそのリベンジですね?人は千年も万年も生きられるものではありません。たかが100年前後の短い人生ですから、せめて何が法で、真理で、本物か、を見極めて正しく命の花を咲かしたいものです。
2007年06月22日
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古代ギリシャにおいて、都市国家・アテネが成立した年代はBC800年頃といわれております。建国者はテセウス王子であると百科事典には載っております。 当時、そのような都市国家は数多くありまして、アルゴス,コリントス,テーバイなどは有名であります。その都市国家の中に小高い丘がありまして、それを "アクロポリス" と呼び、国を守護するための神殿が設けられておりました。 アテネの神殿はあの有名な "パルテノン" であります。しかし、1687年のトルコとベネチアの戦争で破壊されてしまいました。今、残っておりますのはその残骸であります。 ギリシャ神話によりますと、そのパルテノンの神様になろうとして、女神アテナと海神ポセイドンが戦ったそうです。このポセイドン様はクロノスとレアの子供であります。 そのクロノスは神々の元祖であるウラノスとガイアの子供でありまして、何と父であるウラノスを金属バットでたたき殺しまして、姉のレアを妻にしてしまうのであります。 親父を殺したので、自分は天罰として子供に殺される、という予言を信じまして、生まれてくる子供を片っ端から飲み込んでしまいます。 姉でもあり、奥さんでもあるレア様はかんかんになって怒りまして、最後に生まれたゼウスをクレタという山の中に隠して育てたのであります。 成長したゼウスは力を得て、クロノスを主神の座から追放した。そのゼウスの子供が女神アテナであります。そのアテナの誕生も奇怪であります。ゼウスはこともあろうに妻メティスを飲み込んでしまい、その額から完全武装のアテナが生まれたということです。 ごちゃごちゃとギリシャ神話はこんがらがって行きますが、ようするに、女神アテナとポセイドンの戦いは、叔父と姪っ子の戦いであったということになります。 叔父と姪が戦う、これは戦争反対以前のあきれた問題であります。それに、アテナからすれば、母親レアはおばでもあるわけであり、父ゼウスは叔父でもある、というややこしい関係が成立いたします。 このアテナ様は知恵、戦争、学芸、工芸を司る神様で、永遠の処女であります。つまり、男嫌い症候群だったことになります。二人の戦いも可笑しなものでありまして、ポセイドンは三又槍で大岩を砕き、噴出した塩水を美しい馬に変えたのであります。 それに対して、アテナは荒地に槍を突き刺し、オリーブの木を出現させた。その戦いの判定を下したのが庶民であります。彼らは塩水よりもオリーブの実が美容健康によいということで "アテナの勝ちー" としたのであります。 ということでギリシャの首都アテネは最初 「オリーブ」 という名前だったのです。 歴史の流れ、・・・恐ろしいことを取り除きながら辿っていきますと、楽しいことがいっぱいですね? 世界一列兄弟姉妹、悪い心を捨てて国境を越え、仲良く助け合っていきたいものですね? 戦争なんって馬鹿げている。北朝鮮の偉い方も、めんつと、独裁、野望を捨てて、日本、そして世界と仲良くしていただきたいものです。
2007年06月20日
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朝、目覚めますと雨が降っておりました。天気予報では昼前までには雨は止んで、曇り空になる、ということでした。それでいつもの現場へ行きました。雨が止んだらすぐに作業開始するつもりでいたのです。 ところが、雨は止むどころか激しくなる一方で、現場のいたるところに水溜りが出来て行き、それが次第に湖のようになっていったのでございます。私は雨の音を子守唄のように聞きながら、車の中で待機することにした。しばらくして居眠りが始り、幻想の世界で野口雨情の「雨降りお月さん」が聞こえてきた。雨降りお月さん 雲の蔭(かげ)お嫁にゆくときゃ 誰とゆく一人で傘(からかさ) さしてゆく傘(からかさ)ないときゃ 誰とゆくシャラシャラ シャンシャン 鈴つけたお馬にゆられて ぬれてゆくいそがにゃお馬よ 夜が明けよう手綱(たづな)の下から チョイと見たりゃお袖(そで)でお顔を かくしてるお袖はぬれても 乾(ほ)しゃかわく雨降りお月さん 雲の蔭(かげ)お馬にゆられて ぬれてゆく これは野口雨情の大正14年の作品です。お嫁に行く、昔は悲しい嫁入りが多かったんでございますね。政略結婚、親の一方的な野望策略の結婚など、女性の人権が完全に無視されていたんでございます。おそらくこのお嫁さん、好きな人がいたんでしょう。しかしなぜ一人で嫁に行くんでしょうか? 側近にご両親や、婿方のお迎えさんがいるべきはずだのに......。 事情はともあれ、このお嫁さんは一人、雨に濡れて、お馬に揺られて、そして、お袖で涙を隠して行きたくないところへ向かっているのです。こぼれる涙を人様に見せてはならない女の定め。恋しいあなた、なぜ、私に死ねと言ってくれないのですか。 そのころ、彼は借金のかたに売られていく恋人を買い戻すために、土木作業員として懸命に働いていたのですが、スズメバチの巣を誤ってスコップで突っついてしまったため、蜂軍団の猛攻を受けて死んでしまったのです。 よく見るとその男の顔は私でありました。びっくりして悲鳴を上げますと目が覚めました。これは居眠りの悪夢でありました。雨はさらに激しくなっておりました。 そこへ監督が来て、作業開始、と怒鳴った。私は合羽を着て、現場に崩れ落ちた巨大な土砂の山をスコップを振るって撥ね上げ続けた。豪雨に打たれての重労働、気持ちいいものでありました。
2007年06月19日
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子供の頃、貧乏だった。それは今でも維持されている。おそらくあと500年は貧乏かもしれない。しかし、近い将来には、必ず宝くじが当って億万長者となるはずだ。 そうなった時は、みなさま方と山分けいたしましょう~~~!そして、宇宙旅行に行きましょう~~~! ・・・そんなあてにならないことはどうでもいいですが、ようするに子供の頃は貧乏だったのでパソコンもテレビも、ビデオもなかった、ということであります。 映画館が4キロ離れた町にたった一軒あって、暗い夜道を裸足で歩いて、大人に連れられて観にいった事を時々思い出します。確か、最近亡くなられた根上淳さん主演の「消防決死隊」とか、大庭秀雄、若原雅夫、月丘夢路、津島恵子 出演の「長崎の鐘」、佐田啓二、高杉妙子による「鐘の鳴る丘」、などをやっておりました。 ついでですが、戦時中、沖縄の地上戦が始る前、3歳の頃に観た映画、「怒れば怖いぞ三四郎」というのがあったのを憶えています。主演が誰だったかはさすがに記憶にありません。その映画が始る前には日活ニュースというのがあって、眼鏡をかけた軍服姿の人物が出て「我々日本帝国はいまや戦争かさとなり・・・」という言葉を発し、雲上の富士山の周りを数機のゼロ戦が勇ましく飛び回るシーンが出てきた。その眼鏡の人物は、東条英機だったかもしれません。 私の記憶は断片的ですが、一歳半まで遡ることが出来る。那覇市の壷屋に住んでいた頃が一歳過ぎだった、ということですので、そのことが分かるのであります。激しい下痢と中耳炎に苦しみながら、粗末な敷き布団に寝かされていたのをはっきりと記憶している。母と祖母が心配そうに付き添っていた。 これもまた余計なことですが、ようするに子供の頃は現在の状況と同様に貧乏だったので、娯楽施設とはほどんど無縁であった、というわけです。その頃、一年に一度、村中が楽しみにしている行事があった。村芝居、というもので、仮設の舞台で踊りや歌、芝居などが行われたのであります。 舞台の前に茣蓙を敷き、村人が泡盛を前にして座る。そして、唄や芝居が始ると指笛や野次、奇声を上げてムードを高める。それが頂点に近づくにつれて舞台の飛び入りも増えてくる。老若男女が一つになって陶酔状態になったとき、スカートを捲り上げて、それで顔を隠した素っ裸の女性が舞台に上がった。そして、豊な胸と腰を激しく揺すり、ブラックホールを露にして踊り狂った。 観客は総立ちとなり絶叫した。拍手喝さい、指笛の嵐、興奮の坩堝は巨大な稲妻となって宇宙の隅々へと飛散した。芝居小屋の背後で咲き乱れるハイビスカスが、満月の明かりに赤く輝いていた。私がはじめた見たストリップショウでありました。 ・・・ストリップショウ、いいですね? ・・・しかし、最近、インターネットでいかがわしいのが良く出ておりますが、あれはいけませんね? 第一、そのモデルの若いお嬢さん、あんな姿をさらけ出して、惨めであります。彼女らは私の娘のようなもの、涙が出てまいります。もしかすると、弱みを握られて無理にそのような事をさせられているのではないでしょうか? 金の為なら何をしてもかまわない、そんな世界は嫌ですね? みんなが心美しく助け合い、励ましあって生きていけるような世の中に一日も早くなって欲しいものです。
2007年06月18日
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17世紀のイギリスの政治家、ロード・チェストガーフィールド が言っております。 「ひじょうに醜い女性や非常に美しい女性に対しては頭が良いとお世辞を言うべし。中位の女性には美人だと言うべし」 男が女に対してお世辞を言う、なんってことはあまり歓迎されないことですが、しかし、お世辞を言えなくなった男はすでに男ではない、とも言われますから、お世辞を言って若さを保ちましょう! ということで、私は女性に対しては状況に応じてお世辞を言うことにしております。 先月のことですが、現場に行きますと、一本の満開のデイゴがあった。それを二人の80代前後のご婦人が眺めておりました。 その側で道路の測量をしておりますと、そのお二人さんが話しかけてきた。 「このデイゴの花、綺麗でしょう? 今年は特に綺麗だよ~~~」 二人は曲がった腰を伸ばし、入れ歯をがたがたさせながら微笑んだ。そこで私は花びらが作る深紅の影の中に入ってその美しさに見とれた。そして、一言・・・。 「しかし、お二人さんの美しさには及びませんよ・・・」 二人は喉から空気を漏らしながら、声を引きつらせて笑った。 「あんた、おもしろい・・・。そんなはっきりした嘘のお世辞を言うなんってさ~~~、がははははは~~~」 彼女たちが異性の視線を全く気にしなくなった年齢で、栄光への旅立ちの心構えが出来て、煩悩からの離脱が出来ていたので、私のお世辞は通用したわけであります。 異性の視線を感知して、それで全てを見抜く年代の女性に対しては、うかつにもそういうお世辞を言ってはなりません。醜い女か、中ぐらいか、あるいは美人か、それを見抜いてそれに相応しいお世辞を言いましょう!
2007年06月17日
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先週のことであります。仕事帰り、コンビニエンス.ストアーで500ミリリットルの発泡酒、2缶を買って五千円札をレジ係に渡した。するとお釣りが9580円もあった。……? な、なんでこうなるの? 私は訳が分からずにしばらくぼーっとなった。つぎに、邪心の歓喜が爆発した。レジ係は五千円札を1万円札と見間違えたのだ。 きょうは幸福の女神がウインクしている。朝、会社隣の公園でバードミサイル、カラスの糞を安全帽に直撃された。それはこのことの前知らせだったのだ。私はそのお釣りをわしづかみにしてポケットに入れようとした。その間わずか0.5秒。しかしそれは私にとって無限の時間となった。 「馬鹿者! きさま、それでも正義の味方、月光仮面か。恥を知れ……」 良心の呵責が狂乱怒濤となって、私の全身全霊を叩きのめし続けた。しかし、邪心の欲望は舌なめずりしてささやく。偉い連中達の中には、巨額の金、億単位を詐欺しているではないか。たかが5,6千円の金を着服したってどうって事はない。 しかし、それでは人生が面白くない。良心に逆らったことをすると、人相が汚くなる。逆に心を清く正しくしておれば、人相はハンサムとなって輝くのだ。どうせ死ぬまでしか生きられない人生であれば、どんな些細な悪でも排除して、正しく生きて魂を清くして死ぬべきだ。そこにほんとの生きる価値があるのではないのか? 0.5秒の一瞬に、私の思考が時空の無限性で目まぐるしく錯綜を繰り返した。たとえ周りの全てが悪であったとしても、お前一人だけでも清らかな正義を全うすべきではないのか? 周りがクソならお前もクソになるのか。渇しても盗泉の水は飲まず……。そして、苦悶の末、私は己に勝った。 「お釣り間違っていますよ。5千円札でしたから……」 私はレジ係にそう言ってポケットに入れかけたお札を差し出した。彼はパニック状態となり、訳の分からない感謝の言葉を発した。その後、家に帰って飲んだ発泡酒は最高の味であった。
2007年06月16日
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今日は激しい労働であった。そういう時は、老若男女に関係なく、誰でも疲れれる。66歳の年寄りだけが疲れる、という理屈は通らないのであります。 朝、4時半に出て行って、生コン打設を昼飯、休憩抜きで19時までやれば当然、スーパーマンであっても疲れる。パソコンを前にしますと居眠りであります。こういう時は、昔書いた日記を紹介する事にしている。・・・では、昔の日記を御紹介します。 黄金の狼 黄金色の狼は、一日に一度、必ず獲物をくわえて洞穴に入っていくという・・・。ハンターたちは血眼になってその洞窟を探し続けた。仕留めれば、毛皮は軽く500万円ぐらいはする。欲の亡者達はジャングル中を駆けずり回り、ついに1人がその洞窟を発見した。 ハンターは洞窟から離れた茂みに隠れて猟銃をかまえた。狙いは急所の肩、命中すれば一発で仕留めることが出来る。毛皮は傷つくこともない。 しかし、その日、黄金の狼は現れなかった。危険を察知したのだ。それでもハンターは辛抱強く待ち続けた。そして、5日目の朝、ウサギをくわえた黄金狼が現れ、素早く洞窟の中に飛び込んで行った。不意を突かれて引き金を引き損じたハンターは、獲物が出てくるのを精神を集中させて待った。 待つこと3時間、突然、眩しい黄金の塊が中から飛び出してきた。陽光にきらめく艶やかな毛並み、しなやかな体、すかざすハンターは引き金を引いた。銃声一発、狼はその場に崩れた。 ハンターは目を輝かし、踊り狂うかのようにその毛皮を剥いだ。そして、毛皮を担いで帰ろうとしたとき、洞窟の中から奇妙なうなり声がした。 ハンターは首を傾げながら恐る恐る中へ入った。すると、そこに年老いた身動きの出来ない狼がうずくまっていた。骨だらけの痩せ細った体を見て、ハンターはそれが黄金狼の年老いた母親であることを見破った。 全身を雷に打たれたようにハンターはその場に立ち尽くした。 「自分は何という罪深いことをしたのだろうか・・・」 黄金狼は老衰しきった母親のために命がけで獲物を運んだのだ。彼はその日をもってハンターをやめた。 以上は実話です。昔、新聞記事で読んでおります。 ここで、ある知事のババー発言を紹介します。 「人間以外の動物で、生殖能力を失ったメスは急速に弱って死ぬ。人間のメスだけがずうずうしく、いつまでも生きている。 これは地球にとって悪しき弊害、他の動物のババーに比べればかなり横暴・・・」 ・・・狼ですら「ババーさま」を命がけで守るのです。人間として恥を知れ! と申し上げたい。
2007年06月15日
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「ローマ法王」・・・? 百科事典を調べてみますと、「教皇」というのが正式な名称のようであります。 イエス・キリスト様の一番弟子「ペトロ」が初代の教皇であります。彼はイエス様がお隠れになった後、いろいろとご苦労なされて伝道活動に励み、パチカンで初代教皇(64年~68年)となったのですが、あの悪名高い暴君ネロに捕まって殺されてしまいました。 それから約2000年を経て現在に至るのでありますが、今の教皇はペテロから265代目になるベネディクト16世であります。 歴史をずーっと遡って行きますと、全ての法王様が独身であります。中には隠し子が3人ほど存在する方も下ります。 しかも、教皇は全て男なんです。つまり、女は教皇にはなれない。女は神なるものに近寄ってはならない。女は神の敵だ、という意味なのでしょうか? しかし、その教皇の中に女が1人だけいたのであります。その名は「ジョバンナ」であります。 彼女は、・・・いや、そのお方は男に変身してまんまと法王についた。しかし、彼女は男好きであった。つまり、愛に飢えていたのであります。それで若いツバメとの家族計画に失敗いたしまして御懐妊され、ミサを司祭しておりましたときに不覚にも出産したのであります。 それは聖歌の合唱が始まったと同時でありました。「おぎゃー、おぎゃー」というミサの合唱は聞いたことはない。全員びっくり、何事かと目をきょろきょろ致しましたところ、なんと男であるはずの教皇の股下に、生まれたての赤ちゃんが臍の緒と繋がっているではないか・・・。 これは聖歌ではなくて性歌だったのか? その後どうなったか? いろいろな説がありますが、よってたかって赤子もろとも殺したとか、出血多量で死んだとか、彼女が甲高い声で笑いながら、赤子を抱えて空に飛び上がって消えたとか、今のところ定かではありません。 その時から、ローマ法王選挙の時は穴の開いた椅子に候補者を着席させ、その穴から手を入れて2個と一本があるか確認するようになったのであります。嘘のようなほんとの話であります。 いずれにいたしましても、彼女の名は抹殺されております。教皇は男でなければならない、という神の意思に反するためであります。それをやったのが法王クレメンス8世で、約700年後の1608年に完全に削除いたしております。
2007年06月14日
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作業には2種類ある。常用と請けである。常用は定時の5時まできっちりと働かねばならない。しかし、請けの場合は時間に関係なく、作業が完全に終了するまで働かねばならない。したがって、2時に終わろうが、あるいは真夜中の2時に終わろうが、その時点でまで働かねばならないのであります。 コンクリートの打設はほとんどが請けの仕事となる。その請けの仕事が2時過ぎに終わった。汗とコンクリとに汚れた衣服を脱いで顔や手足、上半身を水道の水で洗い流して清め、乾いた衣服に着替えて帰途に着こうとしたとき、携帯が鳴った。 熱心な信者のマサさん(81歳)であった。階段を下りる時に左膝ががくんとなって動けなくなったというのであります。激痛が走り、膝関節が腫れあがっているという。おそらく、変形性膝関節症による軟骨の損傷であろう、と思った。 そこで、動かないでじっとしているように、と言いつけて現場から彼女のアパートへと車を走らせた。彼女は娘と二人暮らしだが、その娘は仕事の関係上ほとんど家には居ないのである。 知花の現場から那覇古島の彼女のアパートまで45分ほどかかった。3階までの階段はかなりの急である。それを息せきって駆け上がり、彼女の部屋へ行きますと、彼女は激痛に顔をしかめ、足を投げ出して玄関に座っていた。彼女は痩せ型である。それで、おんぶして車まで運ぶ事にした。 ところがだあります、見た目以上に彼女は重いのであります。背負って見ますと、ギャー、お、重い~~~。足ががくがく、よろよろであります。しかし、歯を食いしばって私は廊下を歩き、階段の手すりを片手で掴みながらゆっくりと、慎重に下りた。 一つ目の階段を下りて、そして、曲がって、二つ目の階段を下りる。そこでずれ落ちてくる彼女をよいしょ、とばかり、背負い直し、最後の階段を下りた。それから車のドアを開けて、彼女をゆっくりと下ろし、助手席にそっと座らせた。 病院は那覇の真嘉比にある島袋整形外科であります。車からおんぶして受付まで辿り着きますと、受付係が急いで車椅子を持ってきてくれた。それに二人がかりで彼女を背中から下ろして座らせた。病院は混んでおりまして、レントゲンを撮った後、30分ほど待たされて診察となった。 「骨には異常ないね、ん、軟骨が磨り減ってなくなっている。血が溜まっているからそれを抜いて、痛み止めの薬を上げましょうね。心配要りません。一週間ほどで直りますよ・・・」 医者はそう言って、彼女をベットに上げるように指示した。看護婦と二人がかりで車椅子から彼女をベットに移し、私は外に出た。それから10分ほどして彼女は車椅子で出てきた。 膝関節から血を2本抜いたという。だいぶ楽になった表情であった。それから、車椅子で車まで運び、再び、彼女のアパートへ向かった。そして、地獄のおんぶ階段上がりとなった。背中で、彼女はしきりに詫びた。 「ごめんなさいね、あんたに、こんなに迷惑かけて・・・」 「なーに、大丈夫ですよ、気にしないでください。これが私の務めですから・・・、ぐわははははははは~~~」 彼女をやっとの思いで部屋まで連れて行き、玄関に座らせた。彼女は両手と右足だけで這いながらベットの所へ進んだ。そのベットに私が手を貸して重い彼女を抱き上げて横たえた。 それから、しばらくの間、励ましの言葉をかけた後、私は帰途に付いた。今日は、さすがの私も、完全に疲れた一日でした。
2007年06月13日
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現場は沖縄市知花の登川という所でありました。作業内容は、25坪ほどの個人住宅の生コン打設でありました。大型ミキサー車12・3台が生コンを運んできた。 今日の私は木槌での叩きから、バイブレーター使いに昇格でありました。ポンプ車のホースから生コンがどどど~と出てくる。それが枠の中へ流れ込んでいきますので、バイブレーターで振動させて入りやすくしたり、表面にジャンカが出ないようにしたりするのであります。 足場が悪いので、重くて長いバイブレータとそれに繋がっている電気コードを移動させながらの作業は大変な労働であります。全身汗びっしょりとなり、生コンだらけであります。 休憩なしの昼飯抜きの作業であります。仮枠大工、左官屋さん、監督、設計者、そして我々労務者、全員がそれぞれの役割を連携しながら成し遂げていく。見事なチームワークの作業でありました。 そして、2時30分作業終了となった。それから、バイブレーターを洗い、コンパクトに巻き上げて片づけて、びしょ濡れの生コンだらけの作業着を着替えた。これでさっぱりして帰ろうとしますと、なんと、その家の主が家族総出てやってきて、山羊汁を全員に御馳走する、とのことであった。 コンクリート打設の完了は目出度い。それでお祝いとして我々全員に御馳走するとのことであります。 お言葉に甘えて、我々はその申し出をありがたく受け入れる事にした。沖縄では目出度い事がありますと、だいたいヤギ汁が出される。そして、ドンちゃん騒ぎの踊り、カチャーシーとなるのであります。 しかし、それは一昔前の話。いまどき、こういう風景はほとんど見られなくなっている。沖縄の心が昨今ではなくなっているのであります。 しかし、ここには、沖縄の懐かしい心が残っていたのだ。総出の家族たちは給仕にあたふたと忙しく、愛嬌を振りまく。そして、泡盛、ビールがが出され、雰囲気は絶好調となった。 私も泡盛を勧められたが運転して、全員を無事会社まで連れて帰らねばならない。酒気運転は絶対にだめである。そこで、相手の気持ちを壊さないように断った。 「実は私、酒が飲めないのです。酒と女に弱いだめな男なんです・・・」 勧めた家の主は大声で笑った。 「酒と女に弱い? がはははははは~、それならハブ酒を飲め! 女に強くなるぞ~~!」 「ハブ酒ですか? それはハブナイです~~~!」 全員が大笑いとなった。 これにて一件落着であります。では、ここで現場の風景とヤギ料理を御紹介します。 これはヨモギです。ヤギ汁には必ずこれを入れます。 ヤギ汁です。昆布と大根も入っています。
2007年06月12日
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今、沖縄では至る所でパパイヤが実っている。青い実には蛋白質を分解するパパインという酵素が多量に含まれておりまして、健康と若さ維持にはとってもいい食べ物であります。原産地は中米ですが、古代の昔から熱帯各地で栽培されております。 パパイヤはイチョウやソテツ、ホウレン草、桑などと同じ雌雄異株であります。つまり、実が生るのと生らないのがあるわけです。勿論、実が生るのがメスで、生らないのがオスということになます。 パパイヤのオスは白い花を咲かせます。数本の白くて長い花糸にやくが付いておりまして、ハーブのような臭いを出します。いろいろな昆虫が寄ってきて、体に付いた花粉を雌の木に運ぶのでしょうか? 私にも良くわかりません。メスのパパイヤの花を見た事がないからです。 子供のころ、マラリヤの高熱でうなされた時、母が、オスのパパイヤの幹を切り倒し、中の芯を取ってあくをゆがいて抜き、細かく切って煮込み、味付けして食べさせた事があります。それで熱が下がりまして、楽になったのを覚えております。 パパイヤ農園の隣の現場で仕事をしておりますと、70代のその農園の主に質問された。 「きょう、コンクリートを打つのでありんすか?」 「はい、御迷惑をおかけしますが、よろしくお願いいたします」 私の返事に気を良くした農園主は、いろいろと話しかけてくる。 「パパやーの実がいっぱい生っているが、一つぐらいなら、もらってもいいよ~~~」 ありがたい話に私は感激した。そこで赤く熟した実を一個もぎ取り、100円玉を差し出した。すると、農園主は、左手は、いらないいよ、と振りながら、右手は下のほうで広げて受け取る万全の準備をしていた。 「丹精込めて作られたパパイヤです。ただでもらっては罰が当たります。どうぞ受け取ってください」 そう言って、私は彼の右手に100円玉を握らせた。彼はたった100円で大喜びであった。そして、貴重な情報を提供してくれた。パパイヤの種を巻き、芽生えたら、勢いのある大きなものはオスである。メスの木は小さいから、それを育てればいい。実のならないオスは、役に立たないから抜いて捨てている。 ということであります。 パパイヤ苗木のオスとメスの見分け方、この時点で初めて分かりました。皆様方も、この情報、何かの役に立つと思いますので、御参考にしてください。
2007年06月11日
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昨日の現場は南城市の ”佐敷” というところであった。作業内容は生コン打設であります。午前7時40分ごろ現場へ到着いたしますと、ポンプ車がすでに居座っていて、作業員たちがいろいろと準備に動き回っていた。 私の役割は ”叩き” 、つまり、生コンが型枠内に流れ込んできた時、木槌で枠を叩き、ジャンカが出ないようにする事であります。それから、時々、上に行って生コンの打ち終わった所の鉄筋を水洗いしなければならない。バイブレーターのコードを邪魔にならないように手繰り寄せて巻いたり、邪魔な器具を片付けたり、とにかく目まぐるしい仕事であります。 生コンが飛び散り、それが体にかかる。体中生コンだらけであります。それに、超汗かきですので、滝に打たれたように作業着はびしょ濡れとなった。水は2リットル以上は飲んでいる。それがないと脱水症であの世行きとなる。 仮枠大工が、何と申しましょうか細かい所に気がつかない仕事をしておりましたので、枠の隙間や、接地面から生コンが溢れてくる。それをバケツにとって処理する。時々、枠が広がったりで、大変な仕事で御座いました。 昼飯抜きの休憩なしで作業は続行され、午後3時過ぎ、ようやく作業は終了した。疲れてはおりますが、それを顔に出してはならない。余裕の笑顔で、後片付けをし、帰途に着いた。 元気に働けるこの幸せと喜び、誠にありがたい事であります。115歳までは絶対にこの若さと美貌(?)を保持し、労働に勤しむことにする。
2007年06月10日
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現代科学で人間の寿命は「125歳」となっております。事実、ウイスキーのラベルに描かれているあの有名なトーマス・パーさんは、125歳の寿命を全うしております。 ・・・しかし、真実は小説よりも奇なり、でございまして、その125歳で驚いていてはなりません。なんと旧ソ連の農夫・シライ・ムスリモフさんは168歳まで生きたのであります。 お亡くなりになったのは1974年の9月であります(NHKラジオ第一放送・今日は何の日より)。 そして、これもまた驚くべきことに彼は130歳のときに56歳の奥さんを懐妊させ、女の子を産まさせているのであります。 だが、さらに、日本にはそれ以上の長生きがおられたのであります。江戸中期、因幡の国(鳥取県)に儀左衛門という百姓がおりましたが、彼はなんと209歳まで生きております。これはちゃんとした記録にありますので、信憑性は高いといえます。 伝説での長生きはノアの末裔で、アブラハムの父であるテラが205歳、アブラハムが175歳ですので、儀左衛門さんはその記録を破った記録保持者、ということになります。 私の宗教の教祖様(女性)は 「人間の常命を115歳と定めておく。その後は心次第、生きたければ、好きなだけいつまでも生きていなさい」 と天啓によって断言しておられます。さらに、「病まず、死なず、弱らず、心次第にいつまでも居よ」ということですので、不老不死の活気に満ち溢れた永遠の人生ドラマが可能である、というわけになります。 しかし、世の中には死にたい、と本気で思っている人が少なくありません。何故、そう思うのか? それは心の奥にあるはずの「愛」なるものが破壊されているからだと思います。 救われる道は正しい信仰を持つことだと思います。間違ってもテロや戦争をする宗教に入ってはなりません。 ようするに何が言いたいのか、と申しますと、働くことに関しては気力充実、やる気満々が大切。そこから永遠の若さと不老不死が現れてくるのは間違いない、ということであります。
2007年06月09日
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現場は大雨で沼のようになっていた。深さは約2メートルほどであった。それを5台の水中ポンプで半日がかりで汲み出して、泥に汚れた基礎コンを洗わねばならなかった。泥は軟弱で足を踏み入れると太腿でずぼっと入り込んでしまう。洗いの仕事というより泥との戦いであった。 5時前にようやく終わり外に出ると全身泥まみれとなっていた。超ハンサムの顔も泥だらけ、道行く人々がびっくりして立ち止まり、一斉に私に注目した。それでも私は平気であります。これも心の修行の一つである。 現場の近くにブーゲンベリアの花が咲いていた。彼女は笑顔で私にささやいた。 「ハンサムさん、お疲れ様!」 私は心の中で答えた。 「ありがとう、ベッピンさん!」 では、ベッピンさんの美しさを紹介します。赤いところは包葉です。真ん中の花弁のようなものは萼であります。直径は約1.5cmほどです。花弁はありません。
2007年06月08日
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51歳の農家の主婦が、夫に自殺を迫って除草剤を差しだし、その気にさせて飲ませて自殺させた、という罪で逮捕され留置所へ閉じ込められた。つまり自殺関与の容疑で逮捕された、というわけであります。その主婦が3日午前2時20分ごろ、口にトイレットペーパーを詰め込んで窒息自殺しているのが発見された。。 全く悲惨な事件であります。私はその背後に人間の残忍な獣性を見るような思いがする。たとえば、横断歩道で信号を無視して歩いている歩行者を誤って轢き殺した場合は、不可抗力として罪にならない、という法律が出来たとしたとき、信号無視の歩行者がどれだけ殺されるか、と考えてしまうのであります。 夫に自殺を勧め、死に追いやった妻、そこにはよっぽどの事情がある。心の地獄があり、救いを求めても誰一人として救うものはいない世界、周りは全て鬼ばかり、となれば死以外にとるべき手段はない。妻は夫の死後、自分も後を追うつもりでいたと思われる。 それを警察や取調官、隣近所の冷たい目は死人に鞭打つがごとき仕打ちをしたのだ。犯罪者は痛めつけて死刑にせよ、拷問し、地獄の苦しみを味あわせよ!それ相応の裁きを与えるべし! 学生の頃、寮の同室の方の現金がなくなった。学校に納める学費でかなりの大金だった。それを盗んだのが私ということになって最大最悪の屈辱を受けたことがあった。後ろからいきなり拳で殴られたり、体当たりされて川に落とされたり、悪口雑言を浴びせられ、大勢の人の前で恥をかかされたりした。警察の取調べも受けたりしたが、まったくの犯人扱いで、弁解の余地もなく、正直に言えば罪を軽くしてやる、という口振りであった。 結局、真犯人が捕まって疑いは晴れたが、その時の心の傷は癒えることはない。親友といえども、結局は親友でないことが分かった経験でもありました。その時の周囲の人々の冷たい目と残忍さ、犯罪者以上の悪であり、残忍な悪魔であります。 夫を自殺に追いやり、自分も自殺した農家の主婦、彼女は貧しさ、不幸に負けたのではなくて、世間の冷たさ、世間の悪魔に負けたのだ、と私は解釈しております。犯罪者は確かに悪い。しかし、責める前に、人間として傷つき痛んでいるその心を癒し、罪の罪たるゆえんを説得し、正義へ立ち直るための力を与えてやるべきではないのか? 責めて、罰して、裁いて拷問する、それは正義の名を借りた残虐な獣性のなせる業であって、人間の救いにはならない。犯罪者は別の次元から見れば被害者でもある。心に大きな傷を持っている。その傷にさらに焼け火箸を突き立てるようなことを人々は平気でやっているのであります。 自分の心の奥に、どういう種類の悪魔が潜んでいるか、人間一人一人が探索の目を光らせるべき時期にあると思います。
2007年06月07日
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只今、朝の5時41分、これから朝つとめをして、仕事へ出かける。しかし、雨模様であります。現場は作業中止となるかもしれませんが、一応出かけて見ることにします。 昨日は当布教所の月並祭であった。毎月5日は月並祭であります。なにしろ、平均年齢50歳の信者20名が集まってきますので、漲信布教所の責任者になったばかりの私はいろいろと大変であります。 布教所はトタン葺のボロ屋でございまして、20名の人間はぎゅうぎゅうのすし詰めとなって神床の前にぬかずく。私は紋付を着て、祭文を読み上げた後、鳴り物入りの座り勤めと12下りまでの手踊りを行う。 男3名、女3名の計6人が上段に上がって厳かな雰囲気の中で祭典が行われます。終わりますと、私は説教をしなければならない。信者さん方が居眠りするような説教はだめでありますので、笑わせたり、泣かせたりする話術が必要であります。それは、私が最も苦手とするものであります。 「我々信仰者の目的は、生きている事自体がいかに素晴らしく、凄い事であるかを知って、日々を心勇んで働く事であります。幸せとは何か? それは4つをあわせて感謝する事です。四つとは何か? それは、天地大自然の恩、御先祖様の恩、両親や肉親への恩、人様への恩を知って、感謝し、合掌して心美しく喜ぶ事であります・・・」 何を言っているのか自分でも分かりませんが、これにて一件落着、では、仕事行ってまいります。
2007年06月06日
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25歳の頃、自衛隊にいた。 私が ”立派な軍人” になることを戦死した父が強く望んでいた、と母や親戚から聞かされていたので、供養のためにも一生に一度ぐらいは自衛隊に入るべきだ、と思って入隊したのであります。 最初は琵琶湖の畔、陸上自衛隊大津駐屯地の第109教育大隊で徹底的に教育訓練された。起床ラッパと同時に、朝6時起床、急いで戦闘服を着け、半長靴を履いて紐を編み上げて結び、5分内にグランドに集合する。そして、点呼が始る。 「佐伯区隊、総員52名、現在51名、1名は夜逃げ、番号~、はじめ~・・・」 「1,2,3、4,5,6、・・・・・~51、けーつ・・・」 「51名現在、異常なーし・・・」 となり、それが終わりますと朝食となって、一時間後に厳しい訓練の開始となります。そして、3ヶ月間の前期教育期間が終わりに近づく頃、各区隊(小隊)対抗の射撃大会が開催された。なぜか佐伯区隊代表として私が指名された。 まだ、自衛隊のヒヨコ達ですので、古いライフル銃が使われ、伏射での競技となった。標的は50メートルほど先に設置されていたと思う。 正方形の板に、一つの芯を共有する円が大、中、小、と5つほど描かれておりまして、中心の白点に当たりますと10点、そして、外側の圏内に行くにつれて9点、8点、7点、となっていくのであります。 その頃、自衛隊は税金泥棒といわれて肩身が狭く、国家予算は微々たるものでしたので、5発しか弾は撃てなかった。しかも、傍にはすくい網を持った隊員が身構えておりまして、撃つたびに跳ね上がる空の薬きょうをすくい取る。この薬きょうで新たな弾丸を作るのであります。 当時のライフルの弾丸一発はピースと同じで40円でした。現在では150円ほどとなりますか・・・? そんなことはどうでもいいことですが、私は精神を集中し、照準孔から標的を睨んだ。視力2・0でしたが、標的が小さく見える。ましてや中心点はほとんど見えないのであります。側では担任の教官が「絶対に優勝しろ!」と言わんばかりの恐ろしい眼で睨んでいる。 引き金は撃鉄がいつ落ちたか分からないくらいにゆっくりと引く。わずかでも銃身に指のショックが走ると弾はとんでもない所へ飛んでいくのだ。その日ごろの教えと訓練を思い起こしながら私は引き金を引いた。轟音と共に肩に銃床の強い衝撃が炸裂する。一発目、見事にど真ん中、10点を射止めた。担任教官・渡辺一曹が歓声を上げた。 続いて、2発、3発、4発、5発、・・・だが、その弾痕が標的のどこにもない、最初の一発の穴だけがあるだけであった。同僚や教官、そして、佐伯区隊長の顔がくもり、失望の色を濃くした。 「残念、3年連続優勝は確実と思ったが・・・、これで記録更新はだめか・・・」 渡辺一曹がつぶやいた。私は責任を強く感じて消えてしまいたい思いだった。 そして、審判団が標的を一つ一つ調べ上げたあと、成績を発表した。 「最高点は50点満点で、佐伯区隊のさわやかV二士、50点。5発ともすべて同じ一つの穴を貫通している。これは当教育大隊はじまって以来の、最高得点中の最高である・・・」 5発5中、歓声が爆発、私は級友たちからもみくちゃにされた。そのおかげだと思うが、卒業時の式典で私は中隊長賞を頂いた。 ありがたいことで、いまでも戦死した父の供養として大切に保管しております。
2007年06月05日
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現場で労働に従事していますと、同僚からよく言われる。 「あんた、ほんとに66歳か? その敏捷な動き、凄いパワー、どう見ても40代にしか見えん。いや、30代と言ってもおかしくない。どうもおかしい、なんか、魂胆があって、年を偽っているんとちゃうんか?・・・」 そこで、私は答える。 「人間、働く事において年齢は関係ない。やる気、気力充実、ファイトいっぱ―つがあれば永遠の若さと美貌が付いてくるのだ。おれは死ぬまで現役だ。ツルハシを振るい、スコップを握ったまま現場で死ねれば本望、ぐわっはっはっはっははははー・・・」 同僚たちは呆れたように黙ってしまう。ここだけの話だが、人間は働くためにこの世に生まれてきたと思っている。年を取って労働に従事する事は決して恥ではない。逆に常識の奴隷となって、老齢の働きを恥と思う心こそ恥だと思う。 汗水流し、日に焼かれて働いた後は気分爽快である。66歳の肉体に宇宙のパワーが勢いよく流れ込んでくるのが感じられる。 永遠の若さと不老不死は汗水流して働く事に原点がある。栄養のバランスとか、活性酸素を中和するサプリメントなんって全く関係ないのであります。心、精神、肉体の鍛錬、それが健康と不老不死の元となる。 その証拠に、ブラジルのある原住民は、芋だけしか食っていないのに、筋骨隆々の逞しい肉体をしており、健康であります。体内の酵素とか、善玉菌が必要な栄養を合成するためだと科学者は言っております。 また、フランスのある若者、大学生は、ジャムパンだけ食べて健康に動き回っているのであります。人間の体、全く不思議なものですね? 今朝、いつものように4時半に起きますと、天気は雨模様であった。いつもは一人暮らしの身ですので、朝つとめの後、日の丸弁当をさっと作って会社へ出かける。しかし、今日は、昨夜やって来て泊まった73歳の姉が弁当を作ってくれた。 余計な事をするな、と言うのですが、女は年を取るとおせっかいが強くなるらしく、勝手に作ってくれた。仕方がないので、お礼を申し上げて、会社へ出かけたのであります。 ところが、雨が強く、作業は無理、今日はお休み~、と若い社長が宣言した。家に戻りますと、姉が怒って言った。 「せっかく心をこめて弁当を作ったのに~~~、何で、中止なのよ~~~」 「だから、言ったじゃないか、余計な事をするな、と・・・」 今日は、これから何をするか、いろいろ考えてすごす事にします。
2007年06月04日
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「♪♪♪沖縄よいとこ一度はおいで~~~♪♪♪」 という歌が昔、良く詠われておりましたが、沖縄出身の私に言わしますと、?となります。それは確かに晴れた日ですと、空と海の青さは素晴らしく、純白の砂浜に打ち寄せる波は、さわやかな自然の音楽を広げます。 そして、海鳥が花びらのように上空で舞い、糞を落として恋するアベックの口づけに命中させる。しかし、恋は全てを甘味料に変えてしまう。二人には海鳥の糞は天界から舞い散ってきた花びらであり、そのショッパイ味は蜂蜜の甘さ、その臭さはシャネルNO5の芳香であります。水平線を舞い飛ぶカモメを見て男が詠んだ。 「あのカモメ、焼き鳥にして、食いたいな」 すると、女がそれに応えて詠んだ。 「食べ過ぎて、下痢してオナラ、出さないで」 そして、二人は前歯を激突させて狂ったように口付けしたのであります。二人の足元には折れた前歯が散乱し、浜蟹がそれを摘んで横歩きで走り去る。そして、10月10日たって子供が生まれるのであります。その出生率、沖縄は日本一であります。なんと、年間で100人に1・3人の割合で生まれているのでございます。 沖縄が日本一であるのはそればかりではありません。離婚率も大阪を抜いて日本一、そして、女性の平均寿命も84.43歳と日本一となっております。しかし、男は28位で駄目であります。 その他、沖縄の日本一を上げますと、失業率、米軍基地面積、平均気温が最高、最低気温が高い、県民所得最低、企業倒産最高、飲み屋の数最高、癌死亡率最低、脳梗塞死亡率最低、心筋梗塞死亡率最低、昆布消費率最高,男の自殺者最高、台風襲来回数最高、台風瞬間最大風速80メートル、その他いろいろ、であります。 沖縄は南国ですので最高気温は日本一、とお思いでしょうが、不思議にも26位なんです。一位は京都だそうです。しかし、私は思うのですが、やはりそれは沖縄だと思う。第一、気温を測る空間がおかしい。確か、78センチメートルの高さで、風通しのよいところで計らねばならない、となっていたと思う。 しかし、沖縄ですとその位置では正確な気温は測れないのであります。真夏でも木陰に入りますと肌寒くなるくらい海風が吹いてくる。 灼熱の太陽で焼かれたアルファルト路面が柔らかくなるのですから、軽く80度以上にはなっているはずだ。日に晒された鉄板の上で玉子焼きが簡単に出来てしまいます。・・・ということで、私は 「♪♪♪沖縄良いとこ一度はおいで~~~♪♪♪」、とは言いたくない。 しかし、晴れた日の砂浜でのデートなら最高だと思います。その時は、カモメのバードミサイルに気をつけましょう! ついでに沖縄の県花、県木、県魚、県鳥を紹介します。沖縄の県木、琉球松です。 沖縄の県鳥 ヤンバルクイナです 沖縄の県魚 グルクン(タカサゴ)です。 沖縄の県花 デイゴです。
2007年06月03日
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子供達は愛を求めている 平成12年10月20日 沖縄タイムス 論壇 近年、青少年による犯罪が多発化し、その残忍で悪質な手口に社会全体が止まることのない衝撃に震撼している。それも最近では日常茶飯事のように起こっているためか、社会の感覚は「またか……」というような諦めとも絶望ともつかない麻痺状態に陥っている。 ちなみに兇悪な少年犯罪を年代順に取り上げてみると、昭和20年(1945年)から40年にかけては年平均1件程だったのが、50年代は5件、60年代以降は15件の発生となり、昨年はついに96件で過去最高となった。 今年は8月現在で60件余りがすでに発生している。「人を殺す経験したかった」というだけで65歳の主婦を刺殺した高3年生。高速バス乗っ取り事件で六八歳の婦人を刺し殺した無職の17歳。「人間の肉を食べたかった」と供述する教師刺殺の16歳。風呂を覗いたと言われて一家6人を殺傷した15歳。高1の女生徒に産ませた生後間もない男児を山林に捨てて殺した17歳の父親…。 たまりかねた政府与党はついに少年法の改正案を打ち出した。刑罰適用年齢の引き下げ、身柄拘束期間の延長、少年審判への検察官立ち会いなどを盛り込み、それを国会審議へ持ち込む構えである。しかしここで何か勘違いしているように思えてならない。 それは厳罰にすれば解決するという問題ではないはずだ。いい例が米国の70年代以降の厳罰化である。結果は自暴自棄の大量の若者達を生み出し、犯罪大国の汚名をさらに強めてしまった。中国では凶悪犯即死刑であるが、それは減るどころか逆に増加する一方である。 我国の異常事態に陥った少年犯罪、厳罰だけでは解決しない問題ではあるが、彼らの精神構造には共通点が見られる。憎悪と恐怖の2面性が強く、他人の言動には敏感でありながらその気持に無感覚。社会的に孤立して、テレビ、ビデオ、ゲームなどの仮想空間に閉じこもり、現実との区別が曖昧である。 さらにはその異常性を親のエゴに威圧されて懸命に隠し、真面目で、快活さを演技する成績優秀な子もいる。そしてある日突然、それが爆発して、兇悪で残忍な事件を引き起こしてしまう。人間は死を最も恐れる動物である。 生命の危機に晒され、それが長期化すると人格が破壊されて狂ってしまう。子が親の愛を求めるのは生命の安全確保に他ならない。身を守る術のない幼児にとって親は命の綱であり、その拒絶は正常な人格形成を阻害してしまう。人格と自主性の破壊、その延長線にあるのが脱人類と呼ばれる彼らである。 彼らは愛されなかったが故に人を愛せず、憎悪と恐怖の2面性のみが強く働く。現代は嫌なことばかりがまかり通るご時世であり、金の亡者達が邪神に魂を売り、享楽主義と暴力が大道を闊歩する時代でもある。しかし彼らの、憎悪、恐怖、怒りは悲しみの変形ではあるが決して社会悪が作ったものではない。「愛されなかった」というただその一言に尽きるのである。
2007年06月02日
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初めて見た母が泣く姿 平成17年2月3日 アサヒタウンズ 小学2・3年の頃の思い出である。学校から帰ると、家には食べ物が何もなかった。空腹に耐えかねて、少し離れた本家の鶏小屋まで行き、卵を2個盗んで、ゆで卵にして食べた。それがバレて祖父に捕まり、ムチで何度も打たれた。 祖母やおじたちも集まってきた。「大泥棒の恐ろしい子供だ。将来はきっとろくな人間にはならん」と、柱に縛られた私に言った。 夕方、行商を終えた母が帰ってきた。母は何度も頭を下げて謝り、私を連れて帰った。無言の母の後ろを、私は惨めな思いで歩いた。その晩、私の目の前にお皿いっぱいの玉子焼きが出された。母が隣家から、なけなしの金をはたいて買ってきたのである。 「ごめんよー、あんたは少しも悪くないよ。みーんな母さんの働きが悪いせいだ。ああ、お父さんさえ生きていてくれたら。 ・・・でも、母さんはきっと頑張るから。許しておくれ」 私はその時、母が泣くのを初めて見た。そして、もう2度と悪いことはするまいと、心に誓った。
2007年06月01日
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