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今、沖縄は梅雨ですが、梅雨らしくない季節であります。確かに雨は降るのですが、梅雨らしい雨ではありません。真夜中、トタンの屋根を叩いて激しく降り、朝方はぴたりと止んでいる。そして、昼間は蒸し暑い曇り空か、灼熱の太陽が現れて熱線を降り注ぐ。20年余り東京で暮らしておりましたが、こんな梅雨は見た事もない。 しかし、それでいて至る所で原色豊な花が咲き乱れております。その花のいくつかを御紹介します。なんの花分かりません デイゴの花です キョウチクトウです ブーゲンベリアです 花ではありません。オオシダです。 この花も分かりません以上です。
2007年05月31日
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一瞬一瞬を懸命に生きる 平成18年(2006年)12月31日日曜日 沖縄タイムス 読者から 二年前の冬、東京多摩地区のある工事現場で整地作業をしていた。ふと歩道の方へ目をやると、投げ捨てられた弁当箱を漁っている男がいた。汚れて、染みの付いた破れコートを着け、髭は伸び放題で、ボサボサの頭髪は糊で固められたようになっていた。 弁当箱は数日間も放置されていたもので、たとえ食べ残しがあったとしても腐敗して食えるような代物ではない。それでも男は執拗に指先で残飯を漁っていた。私はバックからおにぎりを取り出して彼に近づいた。汚れた皺だらけの黒い顔、痩せ細った手足、強烈な悪臭、同じ人間であるのになぜ、という悲痛な思いが込み上げた。彼は数回の呼びかけでようやく私に気づき、差し出したおにぎりを躊躇った後で受け取った。私は彼に頭を下げた後、作業に戻った。 翌日、男は再び現れた。道端に座り込んだ彼は喘ぐような息づかいをし、肩を落として今にも崩れそうであった。私は作業車の座席に置いてあったおにぎりとお茶を取って近づき、彼の足元に置いた。男は黙っていたが頭を下げた後、おにぎりをむさぼり、ペットボトルのお茶を飲んだ。それから四つ折にした千円札を手渡すと眼を潤ませて 「ありがとう」 と言った。 「とんでもありません。こちらこそ受け取ってくれてありがとう」 私はそう言って現場に戻った。 翌日、男は現れなかった。そして、次の日も、そのまた次の日も、それっきり姿を見せなくなった。どこかで行き倒れとなったのだろうか? ダンボールの中で凍死していないだろうか? 病気で倒れたのだろうか? 心配は次々と沸きあがってきた。しかし、二週間もするとそのことをすっかり忘れて仕事に追われる毎日となった。 それから二ヵ月ほど経ったある日、作業車を運転しての帰りに、踏み切りで一時停車した時、リヤカーを引く男が横をすれ違った。その顔を見た私は驚いた。おにぎりと四つ折の千円札をあげたあの男であった。リヤカーの中にはアルミ缶や屑鉄が積まれていた。相変わらず髭は伸び放題で、ボロを着ていたが、その眼は生きていた。働くという意欲が全身に漲っていた。 彼に明日はない。しかし、それは命ある者すべてに言える事ではないだろうか? 何不自由なき者が一瞬にして事故で、病気で死んでしまう。富める者が幸せとは限らない現実。大切なことはこの一瞬であり、心の持ち方ではないのか? 野生の動物が一瞬一瞬を懸命に生きているように、あの男も今の今を懸命に働いて生きる努力をしている。 踏み切りを過ぎてバックミラーで男の姿を見ると、夕日に輪郭を輝かしながら長い影を引いて遠ざかっていくのが見えた。私は思わず 「がんばれ!」 と心の中で叫んだ。↓デイゴの花と蕾
2007年05月31日
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大切にしたい「愛と正義」 平成17年2月3日 沖縄タイムス 論壇 科学文明が発達した今日、生命誕生の謎が次第に解明されてきました。そこにあるのは確率ゼロに近い偶然性であります。太陽の直径が百四十万キロ、寿命が百億年、太陽から一億四千九百六十万キロ離れた軌道上に地球があるということ、それらの確率は二千兆分の一であり、それ以外の条件では生命は絶対に発生できなかったのであります。 地球に衛星が一つしかないという事実、太陽系の惑星配列、他の天体の影響と効力、宇宙の仕組みとメカニズム、すべてが地球上の生命誕生のために発生したといっても過言ではありません。 百五十億年前、ビックバンによって宇宙誕生、五十億年前太陽出現、四十五億年前地球誕生、四十億年前生命誕生、ミクロの次元からマクロの次元に広がる壮大な設計図がビックバン以前にあって、それが具象化されつつ現在に至っている、と断言したくなります。その設計図の主眼は人間であり、その魂と精神、心の完成をもって、創造目的の第一段階が完了する、ということではないでしょうか。 生命は地球環境の激変や、他の天体からの影響を受けながら、誕生と進化と絶滅という壮大なドラマを繰り返し、今日の六十兆個の細胞を持つ高度な生命体、人間を出現させました。それらの変遷の一つ一つを超常的意図の成せる業とするか、あるいは意味のないただの偶然のいたずらとするか、現段階の人間の能力では判別は無理であります。 しかし、人間は生まれ出された存在として、その奇跡と恩恵を十分に知らねばならない義務、使命があるということを知るべきであります。そこにだけ人間としていかに生きるべきかの、真の解答が存在すると思います。 宇宙は調和とバランス、秩序によって成り立ち、急速に膨張しながら進化を続けます。それを思えば、人間がなぜ出現し、何のために生き、いかなる心、精神を持って真理と本物なるものを追求していくべきかの解答が、霧の中にかすかながらも輪郭を持って浮かび上がってくるはずであります。 宇宙の根源に潜むのは「愛」だと思います。人間の我欲と執着、執念から解放された他人を思いやる「親心」がそれに匹敵します。 現代社会の最大の悩みは、この愛の歪曲と欠如に起因する心の病であります。激増する虐待致死事件、猟奇殺人、自殺、麻薬、変質者増加、すべてが愛の欠如に基づく人間差別と心の殺人の成せる業であり、自分さえ良ければ他人はどうでもいいという愚かさの結末であります。 世界の情勢を見ますと、このままでは人類は確実に滅亡します。それを阻止するのは、破壊された人格の修復であり、愛と正義と思いやりを全世界に訴え続けることにあると思います。
2007年05月30日
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いま生きている事実、それこそが素晴らしい 平成12年 11月29日 沖縄タイムス 論壇 昨年と1昨年の各自殺者が3万人を突破した。それ以前の10年間を見ると年平均2万2千人人となっており、12年間で約30万人が自殺した計算になる。今年は特にそのペースが速く、1日に約90人が自殺、という最悪の事態である。 30万という数字は、沖縄戦の犠牲者をはるかにしのぐもので、異常な現象に驚きと悲痛を伴う空恐ろしさを覚える。最近の自殺者増加の要因が経済破綻や不況に主流を置き、40代から50代がその過半数を占めているという事実も憂慮される。 自殺の動機は生活苦や先行き不安、厭世、病弱悲観、美徳死憧憬、異性問題等、いろいろと上げられているが、一人の自殺者の背後には10人前後の未遂者がいるとされている。さらに自殺願望者ともなると、少なくとも百人以上がいるはずである。いずれにせよこの問題は放っておくと国の存亡に関わる重大危機となり、早急な防止策が望まれる。 今年(平成12年)10月、経営破綻した大手百貨店「そごう」の元副社長、74歳が自殺した。彼は新経営陣から厳しく責任を追及され、90億円の賠償を求められていた。それから3日後、今度は千葉で女子中学生が自室の机に「あいつら、絶対に許さない」と書いたメモを残して自殺した。動機はいじめであった。 3年前には女優の可愛かずみが、マンションから飛び降り自殺をした。彼女の場合、うつ病で、何度も手首を切って自殺未遂騒動を起こしていた。つまり彼女は自殺を決めかねる時期が悶々と続いたあと、心の助けを求めながら決行したと思う。 このことはほとんどの自殺者についても言えることで、そごう元副社長が覚悟の自殺、女子中学生が復讐を目的とした自殺であったとしても、無意識の根底では「誰か助けてー」と叫んでいたように感じられてならない。 無意識は人間の70%を支配し、意識は表面の薄い膜でしかないといわれている。たとえ意識上は死を望んでいたとしても、本質は生存への激しい執念を燃やしている。したがって自殺願望は生へのあがきの反動であって、その強烈さゆえにバランスが崩れて自己破壊が生じる。精神障害、神経症、異常人格、いずれもその結果であり、心のSOSに他ならない。 自殺をほのめかしながら、ビルの屋上に長時間たたずんだり、睡眠薬を飲んだりするのは命を担保にした人生の賭であって、助け人の出現を待っているのである。 36億年という膨大な時の流れの中で、人間は祖先からの生命情報を受け継いできた。その人間が60兆個の細胞からなる超高度な生命体に進化できたのは、生への執着があったからこそで、宇宙の愛と摂理、そして生命の奇跡に心の目を向ければ、自殺行為がいかに愚かであるかが見えてくる。 落ちこぼれでも、敗北者でも良いではないか、今、現に生きているという事実が最も尊い事なのです。
2007年05月29日
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伊江島の悲劇 読売新聞 気流 日曜の広場 平成11年8月8日 昭和20年4月16日、米軍は猛烈な艦砲射撃のあと、沖縄の伊江島への上陸を開始した。島には3千人を越える住民が居た。彼らは青年義勇隊、女子救護班などを結成し現地軍に協力、熾烈な戦闘に参加した。 さらに乳飲み子を背負った婦人や老人は自ら志願して竹槍、手榴弾などを抱えて敵戦車の下や敵陣地へ飛び込んでいった。日本軍側の死者は約4千7百人、その半数近くが住民だった。竹槍を握り赤子を背負って倒れている母親、軍服姿で息絶えている坊主頭の女性、米兵達はあ然としたという。 私の父も軍人としてその島で戦死した。命日は4月21日、その日、私は仏壇の父に日本の繁栄を報告し、世界人類の心の浄化と平和を特に強く訴える。
2007年05月28日
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悪夢の沖縄戦を生き延びて 平成11年7月27日 読売新聞 気流 戦争中、私は母に手を引かれ沖縄本部半島の山々を逃げ回っていた。昼は洞穴に隠れ、夜は飢えを満たすために畑に忍び込んで芋を掘ったり、激しい銃砲撃の中を懸命に逃げたりした。洞窟の前で行われる銃撃戦や白兵戦の怒号、大勢の米兵たちの鬨の声を岩肌にへばりついて震えながら聞いたこともある。ある雨の深夜、洞窟の前にズシーンという大きな音がして、強い衝撃が走った。 「しずかに……」 母は脅える姉と私に声をかけて落ち着かせ、息を殺して朝になるのを待った。翌朝、恐る恐る外に出ると、洞窟から数メートル離れた赤土の地面に大きな穴がぽっかりと開き、火薬の臭気を放ちながら幽かな煙を上げていた。中をのぞき込むと底は真っ暗で何も見えなかった。 大型の砲弾が落下して爆発せずに出来た穴だった。母はしきりに首を傾げていた。爆発していたら三人はバラバラに吹き飛ばされて即死していたことになる。 もしかすると、私は五十数年前のあのときすでに死んでいて、生への執着が一瞬の次元に作り上げたドラマと、錯覚の中に存在しているだけ、ではないのだろうか。沖縄戦が最も激しかった今頃になると、時々そう思ったりする。
2007年05月27日
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ユックリズムも大切 アサヒタウンズ 平成11年6月25日 金曜日 信号が青になったので私は自転車で横断歩道に出た。そこは車社会の厳正なルール遵守ゾーン。信号さえ守れば身の安全は当然守られる、と私は思いこんでいた。 だがその時だけは何かが狂っていた。車線の中央まで来た時、突然、右十メートルほどの至近距離に白い乗用車が現れ、猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。私はびっくり仰天、逃げる間もなく咄嗟に体をひねって自転車の前輪をその車に向けた。 次の瞬間、激突!反動で私は空中に放り上げられた。そして真逆さまに頭から落下していくのが分かった。妻と息子の顔が脳裏に浮かんだ。いま死んだら二人はどうなる、絶対に死ねない。私は必死になって頭を胸の方へ曲げた。ところが凄まじい力で頭は後方へ引っ張られる。負けてたまるか! 私は懸命にその力に抵抗し続けた。その間わずか1、2秒だったはずだが私には長く思えた。まず両肘、次に背中全体、そしてバウンドして後頭部という順に私は路面に激しく叩きつけられた。 運転手は70前後の紳士で居眠りしていたという。幸い両肘の打撲と後頭部の軽い擦り傷だけで済んだので許してやった。 しかし、青になった瞬間飛び出した私も悪い。加害者もある意味では被害者であり、歩行者のちょっとした不注意が事故の原因となっている場合も少なくはない。やはりどんな時でも余裕のあるユックリズムが大切。
2007年05月27日
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さすらいの果てに 朝日新聞 アサヒタウンズ 平成10年10月10日 土曜日 土木職人のMさんは、仕事仲間だったが、親しい間柄ではなかった。無口で必要以外のことはしゃべらず、表情の乏しい顔にときどき寂しげな笑みを浮かべていた。暗い影がつきまとい、痩せた体をやや前かがみにして歩く。 細面は、皺が多くて浅黒く、年齢以上に老けて見えた。3年前、私が運転免許証を更新した翌日、仕事帰りの車の中で「3年後の更新まで生きていられるかな」と冗談混じりで言うと、彼は助手席で、一升瓶を強く握って白髪頭を降った。 「マジで言う。とうてい無理だ。それまでは絶対生きていられない」 冗談で言ったのか、悪意で言ったのか、私は彼の真意がわからず、内心穏やかではなかった。酒が入ると、男はときどき獣性を発揮する。悲しみと自己嫌悪の成せる技なのかもしれない、そう思うと、怒る気になれなかった。 彼は19歳の時、親に勘当されて各地をさすらい、飯場を転々とするうちに、酒と賭事なしには生きられない男になっていた。親はすでになく、彼はあの時、59歳という年齢にふと気が付いて強い衝撃を受けたのかもしれない。 三年後の今年、私は前の職場に電話をかけた。そのときMさんが一ヶ月前に亡くなったことを知らされた。競馬で金が入り、飲み仲間数人で酒場を明け方まで飲み歩いた後、4畳半のアパートに戻り、そのまま横になって静かに旅たったという。62歳だった。
2007年05月26日
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幸せとは何か 沖縄タイムス 平成9年7月10日 論壇 人は皆、幸せを求めて生きている。苦しみ悩み、絶望の中を傷つきさまよいながら、明日の幸せを夢見て懸命に生きている。男は女に、君を必ず幸せにする、だから俺の妻になれ! と口説く。女は ”幸せ” という一言に引きつけを起こし、無条件降伏する。次の瞬間、激しい口づけが前歯の激突音を発して行われる。そして二人は目出度く結ばれるのである。 だが、なぜか激しい恋で結ばれた夫婦は離婚率が高く、全てが幸せになれるとは限らない。人生には不幸だけが先回りして待ち構えているようにも思える。そして、あっという間に歳月が流れ、最後に死の扉が開かれる。 その時、私は幸せだった! と豪快に笑い飛ばし、好きな泡盛をガブガブ飲みながら、大満足の笑顔で死んでいける人はまずいない。そういう偉大な聖人になることが出来れば、この世に不幸は存在しないだろう。 いずれにせよ、幸せというのはいつの世にも虹の遙か彼方にあって、人類は有史以前からそれを求め続けて、進化発展してきたと言える。逆に言えば、不幸が無ければ人類は進化しなかった、かもしれない。 では、幸せとは一体何であろうか。金銀財宝、名誉名声、権力、それとも悟りを開くことか? 否、決してそんなものではないはずだ。その事は歴史が証明している。巨万の富と権力の頂点を極めながら、一家断絶の悲惨な結末で消え去った人々は数え切れないほど存在する。ソロモン王、ジンギスカン、暴君ネロ、西太后、ヒットラー、武田信玄、豊臣秀吉、徳川幕府、その他いろいろ……。 繁栄と栄華をもたらす筈の富、権力、名誉名声、それらは逆に野望と醜い獣性を刺激して大きな悲劇を招いてしまう。ある高僧が主治医に、 「私は悟りを開いている。死なんか怖くもないし、鼻毛をくすぐるそよ風のようなものだ。だから真実を言ってくれ」 と頼んだ。そこで主治医は納得し、「あなたは末期ガンで助かる見込みは百パーセント無い」と答えた。とたんに高僧は口から泡を吹きだし、痙攣の硬直を残して死んでしまったのである。 これでは何のために長年修行して悟りを開いたのか訳が分からなくなる。では幸せとは何か、何が人を幸せにするのか。それは簡単、この世には神も仏も無く、苦しみと不幸しかないと諦めて生きていくことだ、と言ってしまえばそれまでである。 しかし、そういう冷静な、開き直った心で努力し、流れのままに働き、素直に生きていく人が悟りを開いた高僧よりも偉大なのかもしれない。いずれにせよ、人は不幸なるが故に幸せを求め続けるのであり、幸せを求めるが故に不幸なのである。
2007年05月26日
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西空の無量光仏 沖縄タイムス 平成9年1月5日 日曜日 人の一生には三つの出来事しかない。誕生と生きること、そして死ぬことである。それは闇空に忽然と現れて光の筋を引き、瞬時にして消滅する流星にも似てはかなく、もの悲しく思える。 そこには個々の力や意志による存続の自由はなく、ただ、始まりがあれば必ず終わりがある、という非情な理法の鉄則が存在するだけである。先年も万年も年を取らずに生き続けたい、という人類の太古からの悲願など現段階ではしょせん、空しい幻夢にすぎない。五十も半ばを過ぎると老化現象に加速度がつくせいか些細なことにも感傷的となる。 古木の梢を離れた一枚の枯れ葉が冷気の波間を漂いながら落日に映えて消えていく。そこにも人生の耐え難き悲哀を感じるのはやはり五十を遙かに過ぎた年齢のせいであろうか。 私は落ち葉の絨毯が一面に広がる公園のベンチに腰を下ろし、夕日の逆光を背に受けてそそり立つ遠方の高層ビルに視線を注いだ。故郷を捨て飯場から飯場へと渡り歩いた十年が一瞬にして過ぎ去っている。 一日は歩き、ひと月は走り、一年は飛び、そして十年はきらめいた、という感じがする。しかし私の心の傷はまだ癒やされていない。その苦痛は平凡で人並みの生き方を決して許そうとはしない。社会のドン底を歩み続け、死ぬまで苦況に徹して行かねばならない。 ドン底からは総てが見える。そして、この世の一切の事象、物象は己の師として光り輝く。 樹下で雨風をしのぎ、石を枕とする諸国行脚の雲水なら、煩悩を断じ、修行道の各段階を完遂した阿羅漢(あらかん)という最高位の修行僧という栄光が待っている。 だが私の修行には栄光も定年退職もない。死ぬまでが修行の現役である。つまり私には栄光や勝利、裕福から得られるものは何もなく、むしろ敗北と逆境、不運の中から得られるものが大きいということである。 飽食暖衣の中では私のような男は煩悩に溺れ、物に対する感謝と時空の神秘性,素晴らしさに対する感動が無くなり、人の心の苦しみ悩み、悲しみを知らない欠陥人間となってしまう。修行とは人里離れた地で滝に打たれ、風雨に晒されて行う種類の物ではない。地獄、極楽が混然一体となって同居する人混みのど真ん中で、己の悪の一つ一つを謙虚に見つけだし、心と魂を浄化することである。 しかし、寸善尺魔(すんぜんたくま)の社会で己を昇華させ、互い助け合いの清浄な陽気暮らしの世界建設のために働く親神の、真の御用木となるのは難しい。若い頃、神殿と教祖殿でひれ伏し、身に光華を放つ独善的な主役ではなく、万人の下に心を置く人間の脇役、用木となろう、と純粋に祈り誓った心定めは、今もなお強く脈打ち続けている。誕生と死、そしてその二点を結ぶ光の直線、それが儚い人間の一生であっても、用木の輝きと痕跡は永遠に残る。 ふと気が付くと辺りは闇に包まれていた。上空には半月が浮かび、冴えた光の波紋を広げている。突然、その三日月の真上と真横に二つの流星が同時に現れて中心で交差し、壮大な十字架を鮮明に描いて光り輝いた。 西方の浄土におられる無量光仏(阿弥陀仏=つきよみのみこと)の成せる技か、私は思わず立ち上がり、手を合わせた。
2007年05月25日
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カラスでもやっぱり親は強い 平成8年1月12日 沖縄タイムス 読者から ある冬晴れの朝、表土は霜に白く、葉を落とした銀杏並木が虚空に梢を連ねていた。冷気と静寂の中に自然の鼓動がこだまし、残月がゆっくりと西の高層ビルに沈んでいく。私は公園のベンチに腰を下ろし、自然が奏でる楽音に耳を傾けた。 一枚の枯れ葉が、古木の枝先から舞い落ちる微かな気配、風の音、せせらぎ、小鳥の囀り。自然は我が親、冷厳にして寛大な生命の根元、母体である。私はさすらいのつらさを忘れ、しばらく陶酔の波を漂った。突然、私の頭上を黒い影が矢のようにかすめ飛び、数メートル先の地上に降りた。 色あせた醜いカラスだった。羽は所々破れてちぎれ、まるで黒く汚れたぼろ雑巾のようでもあった。カー公はしばらく私に警戒の眼を向け続けていたが、無害、無毒の単純間抜けな人間と判断したらしく、くちばしを開き「アホウー」と叫んだ。私の崇高な気分は一瞬にしては破壊いされた。 おなじカラスでも旅ガラスは位が下がるのだろうか。しかし、それにしても勇気あるカー公である。私は感心しながらその行動を観察することにした。 カー公は、ひょいひょいと不器用にジャンプ、スキップしながらゴミ箱に近づき、中の残飯をあさり始めた。用心深いその行動は、私のちょっとした動きにも敏感に反応し、すぐ飛び立つ仕草をするが、決して逃げようとはしなかった。 よっぽど腹が減っているのだ。太いくちばしでビニール袋を破り、中身を引きずり出す。そして魚の頭やら、はらわた、骨付き肉など、片っ端から胃袋に詰め込んでいく。人間なら食中毒にかかり引きつけを起こして死んでしまうところだ。 やがて食うだけ食って満腹したカー公は、私に蔑視を投げた後、黒翼を打って上空へ舞い上がった。そして再び「アホー」と叫んで右方のビルの屋上に止まった。すると、どこからともなく別のカラスが現れてその側に止まったのである。黒色の光沢豊かな見事なカラスだった。 そのカラス、まるで甘えっ子のように身をかがめて両翼を半開きにし、全身を盛んに震わせている、汚いカラスは嘴を開き、食べたばかりの食物を口移しでそのカラスに与え続ける。私はその光景に電気に打たれたようなショックを覚えた。 あの汚いカラスは、自分が食うためではなく、わが子に与えるために命がけの行動に出たのだ。破れてぼろぼろの翼は、恐らくわが子を守るために必死に外敵と戦ったからであろう。 動物は生きて子孫を残すために食わねばならない。そして食うためになりふり構わずに働き、戦い、我が身を危険にさらす。あのカー公が私の眼前に舞い降りた行動は、私がライオンの側の食物を取るためにすぐ近くまで行ったことに匹敵する、しかも、自分のためではなく子えるために。
2007年05月25日
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戦場、赤子の泣き声 平成7年5月14日 朝日新聞 声 伏せ! と誰かが叫んだ。母が私を路上に激しく押し倒した。次の瞬間、すさまじい炸裂音と轟音が怒濤のように襲いかかってきた。数十人の避難民たちとともに安全地帯へ移動している途中であった。 硝煙と土埃が視界を遮り、紅蓮の炎が吹き荒れる。炸裂音の間隙を縫って、赤子の泣き声とその母親らしき女の狂った笑い声が聞こえた。 突然、辺りが白く輝き、何も聞こえなくなった。しばらくして全身に衝撃が走り痺れた。すぐ真横に砲弾が炸裂したのだ、母と姉と私の三人だけが奇跡的に生きていた。 辺りは地獄の修羅場であった。至る所に原形を留めない無惨な死体が散乱し。木の枝や幹、岩肌には肉片や腸などがへばりついている。赤子を抱いた首のない女性を、四歳だった私はぼう然と見つめ続けた。 それから五十年、私はその地を訪れた。今では緋寒桜の名所となっている。ふと私は立ち止まった。あの時の同じ岩場にパパイヤの木が大きな実を二つ付けて生えている。死の恐怖に狂いながらも、懸命にわが子に乳房を含ませようとしたあの母親、それが眼前に立っているように思えてならない。
2007年05月24日
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子供は未来人類の宝 沖縄タイムス 平成6年1月5日 子は皆祝福され、それぞれの個性を与えられて天から親に預けられたかわいい妖精です。たとえ世間から悪ガキとそしりを受ける子供であっても、それは世の中の悪を映しただけのことです。純心で、泥中の蓮の花弁できらめく朝露のように澄み切った魂の輝きを持っています。 風が吹けばさわやかに鳴り響く風鈴のように、声をかければ素直な返事が返ってくる。長所を見つけだしてほめたたえ、独善的な主役よりも万人の下に心を置き、機略応変に行動できる心豊かな脇役となれ!と励まし勇める。 すると子供は水を得て天に昇る竜のように勢いよく、人類の未来の空へと羽ばたくのです。そういう意味で子供は進化発展の無限の可能性を秘めた何ものにも勝る宝なのです。金銀財宝、名誉名声、権力などその前では全くの無価値、色褪せた、ただのくず鉄となる。 SFではないが人類は科学技術の進歩で、いつかこの宇宙空間を自由自在に飛び回り、銀河間を旅するようになるだろう。 人は不老不死となり、永遠の若さを維持したまま生きたいだけ生きることができるし、糟糠の妻の千歳の誕生日には、二百万光年離れたアンドロメダ銀河へのツアーをプレゼントしてやるか、ということにもなる。総ての人の心は澄みきり、互い助け合いの活気に満ちた陽気暮らしの世界が待っている。 しかし、それもこれも全て親の立場にある者がいかにして子供を育て、その才能、特性をどこまで伸ばしてあげるかにかかっている。 だが大人には寛大でない方々もいらっしゃる。 人生は総て金だ、金さえあれば頭の悪いせがれを大学へやれるし、競輪競馬、パチンコに麻雀、何でも出来る。生きている間が花、死んだら総てが終わり、人類の未来などあっしにはどうでも良い事、となる。 さらに大人の中には、臓器提供、生体実験用として我が子を闇の世界に売りとばす親もいるし、保険金目当てで交通事故に見せかけて我が子を殺す悪魔もいる。 しかしそれ以上に残酷なことは、子供を親の私物と勘違いし、その心と人格、感情を内面からづたづたに切り裂き、破壊していくことではなかろうか。 子供にとって親は命そのもの、闇路を照らす光でもある。いかなる危険な状況下にあっても親が側についてさえおれば子供は安心する。親の励ましの一言は百万の援軍にも匹敵する。 その親が怒りと憎しみの二面性だけを心の奥底に隠し持つ異常性格だった場合、そして冷酷な幼児虐待者だった場合、子供は一生癒えることのない心の傷を負う。 いじめの材料を見つけだし激しく折檻、反抗することも泣くことも絶対に許さない非情な親、しかも恐ろしい真のその素顔は世間をあざむく仏面に隠されて誰も知ることが出来ない。 その子はやがて心身症となり、心のない無期質的な異常人間となる。家は恐怖の伏魔殿、帰りたくない、でも外に行くところはない。子供は怯えて足を引きずるように家に向かう。 極限のストレスに追いつめられた子供はどうなるか。人格を破壊され、発作的に凶暴性を発揮するようになる。青少年の暴力、殺人、非行はまさにその現れである。 育て方により子供は神にもなり悪魔にもなる。問題は親がいかに寛大に正しく守り育てるかにかかっている。子供は伸び伸びと自由に育てるもの。盆栽の銘木よりも、光彩陸離の大地で伸び伸びと自由に育つ大木の方が、遙かに素晴らしいと思うのは私一人だけであろうか……。
2007年05月24日
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日本を守る 昭和63年8月25日木曜日 朝日新聞(奈良県版 奈良 高田市にて) 8月5日付けの「資源小国だから核兵器」 という高校生の投稿を拝読し、愕然としている者です。十七歳にしてこれほどの文才と信念を持っておられる事に感心いたしますが、それだけに、その優秀な頭脳が日本の、否、人類の未来にどのような影響を及ぼしていくか、その危険度が憂慮されてなりません。 むろん世の中、弱肉強食で、弱い者が生きていけない厳しい時代、右を向いても左を向いても嫌な事ばかり。富と権力、そして武力が横暴にも大道をかっ歩するご時世で、神も仏も強者のみの味方となっています。ましてや今日の目まぐるしく変動していく世界情勢の中にあって、一つの国家が存続していくということは、至難のわざ、油断していると、いつ倒されるかわからない。 そういう現状を冷静に見つめて、ならば資源小国日本は安全と存続を維持していくために、核兵器を持ち、有事の際は短期決戦に持ち込むべきだとする意見は一応筋が通っているように思える。しかし核兵器使用ということが、どういうことか深く考えたことがあるだろうか。日本を守るどころか、全面核戦争の点火となり、全世界が一瞬して火の海となるのです。 そうなれば人類は滅亡、生き残った人間は、核の冬の地球上をさまよい、確実に迫ってくる死の足音に怯える。最後の一人はけいれんの硬直を残し、「何という馬鹿なことをしたんだ」とつぶやいて息絶えることになる。 人間が互いに殺し合い絶滅するのは勝手である。しかし生命の根源、親であるこの天地大自然を破壊、汚染し、他の生物を巻き添えにすることは許されない。核兵器は悪魔の武器、その廃絶のための努力こそが日本を守り、人類の繁栄につながると信じる。 日本は経済大国という一つの目標に達したが、次の目標を失い戸惑っているという感じがする。パワー・イズ・ジャスティス=「力こそ正義」、これが自然界のおきて。昔も今も変わらない生存の条件である。そのパワーを精神文化の向上に向ける。これが今からの日本の目標ではないだろうか。 核兵器を備えて虎視眈々(こしたんたん)と周囲の国々を見つめるのではなく、互い助け合い、友好のきずなを深めていくのが賢いやり方だと思う。一七歳というその若さ、そして素晴らしい頭脳、それをもっと広い次元から人類の役に立てて欲しいと思います。
2007年05月23日
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絶滅した哀れなマヌケ 昭和63年3月19日 琉球新報 声 最も不名誉な名前を付けられているのがアホードリである。昔はオキノタユウとかトウクロウという立派な名前があったのに、それがなぜリコウドリでなくアホウドリとなったのか? 全く日本人というのは生命の素晴らしさに対して無神経だと思う。 しかしそれ以上に名誉をひどく傷つけられる名前の鳥がいたのである。しかも人間の残虐非情さのため三百年前に絶滅している。その名はドードー。ポルトガル語で「間抜け」という意味である。このマヌケ、いやトードーは体重約25kg、七面鳥大であった。 マスカリン諸島(インド洋)のモーリシャス島に生息していたが1681年、完全に絶滅したのである。彼等は草食性で大群をなして地面に巣を作っていた。鳩の親類ではあるが羽は退化して飛べず、太りすぎて走ろうとすると尻が地面にぶっつかって走れない。 不器用で、その容姿は嘴が大きくつき出て下に曲がり、きょとんとした顔つき。まさに間抜けといった感じであった。彼等は1505年頃、発見され、それ以来、食用や狩りのゲーム用として乱獲されたのでる。そして176年後に絶滅した。最後の一羽を叩き殺した男は「くそ、金にならない」と言って海に投げ捨ててしまった。 哀れなマヌケ……。しかしそれ以上に人間の方がマヌケではないだろうか。貴重な生物種の一つをこの世から絶やしたのだから……。
2007年05月23日
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初心のままで人生を生きる 昭和62年9月3日 沖縄タイムス オピニオンのページ 苦しい時、全てが悪く思える。病苦、生活苦、労働の苦しみ、借金取りに追われる苦しみ、その他いろいろある。そういう時、人間ならば人生が嫌になってくる。天はなぜ私一人だけをいじめるのかと、愚痴の一つもこぼしたくなるのである。八方ふさがりの地獄の中で、人生はバラ色、私は幸せ、なんて本気で言える人がいたら、その人は偉大な無名の哲学者かカリスマ教祖、あるいは苦しみのため脳細胞が破壊されてしまったお方だと思う。 しかし、なぜ人間には影のように苦しみがつきまとい続けるのであろうか。陽光にまぶしい花の高原を飛び交う蝶、森の中で美しくさえずる小鳥たち、悩むことの機能をもたない野生の動物が時々うらやましくなる。 彼らは苦しみがなんであるかは知らないし、その知るとか、知らない、ということさえないのである。あるのは、弱肉強食の掟がなんであるかを本能が掌握しているだけであり、如何にして生きるかの術を備えた直感であろう。 人間から観れば、弱肉強食の野生はあまりにも厳しく、暗黒な世界であるが、彼らにとってはそれが当然であって、苦にはならない。苦しみ、それは人間だけのものではなかろうか。つまり、今のままの人間が許されないために、影にように付きまとってくるその圧力は、人間という殻の中のもがきであり、その殻を破って大空へ飛びたて、という天の促しかも知れない。 恐れず、迷わず、焦らず、冷静にして謙虚寛大、初心のままに人生を生きていくことがその殻を破る唯一の力であると思う。
2007年05月22日
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宇宙開発へ期待と不安 昭和62年7月8日 沖縄タイムス 論壇 5月28日(昭和62年)、宇宙開発委員会の長期政策懇談会は、21世紀へ向けた日本独自の宇宙開発基本方針を発表した。宇宙資源や有人宇宙ステーションなどを、最新科学技術の粋を結集して自主開発し、日本を宇宙大国へ発展させる始動に取り掛からんとしている。 果たして、この道では米ソに大きく離された遅れをばん回、あるいは追い抜いて、SF小説やアニメでしか見られなかった夢物語を、日本独自の技術を生かして実現できるか、日本国民の期待は大きいと思う。しかし、日本は不思議な国である。何か得体の知れない凄まじい力が日本列島の内部から吹き上がり、世界は次第に日本を中心に動いていくような感じがするのである。 資源に乏しい小さな島国、歴史を振り返ってみるとまさに波乱万丈、嵐の海をクリ舟で乗り切ってきたとも言える。世界を相手に戦い、二度と立ち上がれないほどに叩き打ちのめされた日本、しかし、その完璧な絶望と廃墟の中から新しい芽を出して成長、いろいろな苦難を逆に繁栄の力と化し、ついに世界に大きな影響力をもたらす経済大国となってしまったのでる。 その不思議な底力は他国の憧憬と脅威の的であり、未来に大きく広がるものである。そして、日本は今、その優れた頭脳と科学技術の矛先を宇宙の無限性へ向けようとしている。そこから生じる利益は日本のみならず世界に大きく貢献できるものと信じる。 有人宇宙ステーションが完成すると、その間を往復する宇宙往還機が地上を飛び立つ。安全性が100%認められるとハネムーンは宇宙旅行、と決めるカップルも少なくないだろう。宇宙空間に漂い、壮麗な星の広がりを背景に、二人は永遠の変わらぬ愛を誓うであろう。 有人宇宙ステーションでは、むじゅうりょく状態や真空の中でしか作れない貴重な医薬品や工業用の新素材が製造され、宇宙農園なども作られると思う。そして、太陽系をはるかに離れた未知の宇宙空間に第2、第3の宇宙ステーションが完成し、人類は宇宙へと旅たっていく。しかし、ここで憂慮されるのは、それらが軍事目的に利用されないかという点である。 日本の優れた科学技術は今のところ、平和産業に大きな比重をかけている。しかし、いざとなればいつでも軍事産業に転換でき、米ソも及ばぬ優秀な性能の戦闘機や核ミサイル、レーザー光線兵器など簡単に製造出来る。そして、宇宙を有利に支配した国は超軍事大国となってしまうのである。 自衛隊がそれを見逃すはずがない。もちろん自衛隊は専守防衛が建前で憲法違反ではなく、軍隊にあらずという苦し紛れの理屈がまかり通って入るが、宇宙においては日本領土外ということで、公然と完全な軍隊に豹変する恐れがある。 日本を守る、それは大切なことである。日本列島をにらみながら、その周囲をぐるりと回るソ連艦隊や潜水艦、日本領空をきわどくかすめ飛んだり、あるいは平気で領空侵犯を繰り返すソ連戦闘機、確かに日本はソ連から威嚇され、けん制されっぱなしである。それに対し、日本が軍備増強、近代兵器装備によって立ち向かい、軍国主義復活となった時、日本の安全は逆に脅かされる。 世界から注目される日本、その日本が今、どういう姿勢をとるか、そこに日本の運命がかかっているのは確かである。
2007年05月22日
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私を襲ったツバメの親心 昭和62年6月中旬 関門海峡の小島、巌流島で宮本武蔵と決闘して負けた剣士・佐々木小次郎はツバメ返しで有名である。身軽で素早く、変化自在に飛び回り、害虫を捕らえて食ってしまうツバメの最高速度は時速200キロである。そのツバメを彼は物干し竿と呼ばれる長刀で電光一閃、スパッと正確に切り落としてしまう、という凄腕であった。しかし、そんな彼でも切れないツバメがある。それは、時速260キロで突っ走る、九州新幹線つばめ、である。 そんな事はどうでもいいことですが、その時速200キロのツバメが昼休み時、居眠りしている私に突然、襲いかかって来たのである。夢の世界で、昼寝をしている夢を見ていた私はびっくり、中城村民体育館の玄関前の階段から転げ落ちてしまった。 ツバメは2羽であった。青空の青を波立たせて大きく旋回するや、再び襲いかかってきた。頭上すれすれで甲高い鳴き声を上げ、鋭い羽音で威嚇するのである。佐々木小次郎なら、ニヤリと冷たく笑い、ツバメ返しの神技を見せるところだが、私はアスファルト敷き均しのレーキ使いの達人であるが、そのレーキではどうにもならない相手だ。 しかし、なぜ、この2羽のツバメは身の危険も顧みずに、命がけで襲いかかって来たのであろうか? 不思議に思ってふと、天井を見上げると、何とそこに巣があって数羽のヒナがいたのである。私は子を守らんとする親ツバメの勇気に心を打たれ、そこを退散した。 翌日来て見ると、2羽のツバメは私を無視して、せっせと餌を運んでヒナに与えていた。私が無毒無害の、毒にも薬にもならない人間である、と判断したのであろうか?
2007年05月21日
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あなたとならば地獄の底まで 昭和61年10月6日 沖縄タイムス 読者から 9月19日の6面、海外トピックを読んで思わず吹き出してしまったが、夫婦愛の悲喜劇に熱いものが込み上げた。旦那様が銀行強盗で逮捕され、服役中となれば奥様は離婚するか否か、と大いに悩むと思う。もちろん愛がなければ、奥様は自由と大いなる可能性への片道切符を手に入れたことになる。 しかし、愛があればその強度に比例して悩みも増大する。さらになりふりかまわぬ狂った愛ともなれば、旦那が、たとへ強盗犯、殺人犯、爆弾テロ、ハイジャック犯であろうがそんなことどうでもいい。たとへ火の中、水の中、地獄の底までも旦那の後を追い、一心同体となる。閻魔大王も見ちゃおれない熱々ムードで針の山、剣の山、火の山を腕を組み、口づけを交わしながら花園を散歩するかのように歩くかもしれない。 それほどまでに奥様に愛される旦那は幸せですね~! なぜ、そんな一途な奥さんがありながら、銀行強盗などをして刑務所に入り、奥様と離れて暮らさねばならない愚かなことをしたのか、あー、もったいない、と私は言いたい。限られた面会時間、奥様は最愛の夫と一秒でも長く一緒に居たかったのだ。看守の隙を見て奥様は強力な瞬間接着剤で二人の手をぴったりとくっ付けてしまった。 離れることを絶対許さない愛を象徴するかのように接着剤は強力。二人は病院へ、ようやく離れるまで一時間半もかかったとの事である。あと、4,5年で旦那様は刑務所から出てくるとの事だが、その時こそまともに働き、正しい人生を強い夫婦愛の光で輝かしてほしいてと願う。
2007年05月21日
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強い嫁 昭和61年9月16日 沖縄タイムス 読者から 「女性が年を取って男性の注意を引かなくなると、神様のほうへ向きを変える」 とはフランスの小説家バルザックの言葉である。 では、男が年を取って女性の注意を引かなくなるとどうなるか。男の種類いろいろで、千差万別ではあるが、頑固でへそ曲がりの意地悪じいさんなら、嫁いじめも一つの生き甲斐となるかもしれない。そういう舅に当たった嫁は、旦那さんや姑が良くても大変だと思う。 「おい、そこの三流嫁、老いたりとはいえ、まだ何でも出来るんだぞ。太陽でも西から出せるんだ、馬鹿にするな !」 といった調子。なぜそういうことを言ったのかは分からないが、嫁にとっては腹の立つこととなる。だが、その嫁はびくともせずに笑顔で答えた。 「西から上がっても、たまにはいいでしょう」 と・・・。これに対し、へそ曲がりの舅は怒って言った。 「バカ、太陽が西から上がるわけないじゃないか。キチガイ病院で脳の検査でもしろ」 しかし、その嫁はなんと言われても怒らない。 「そんなこと、どうでもいいことです。西から出ようが、東から出ようが、おじいさんのツンツルテンのハゲ頭から出ようが、照ってくだされば天下泰平、ありがたいことです。キチガイ病院での脳の検査はノーですよ、おーほっほっほほほ~、あはははははは~~~」 へそ曲がりのじいさんは、ぎゃふんとなってとうとう黙ってしまった。これぞまさしく現代の強い嫁である。
2007年05月20日
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新人類の務め 昭和61年7月30日 沖縄タイムス 読者から 昭和一ケタ以前の方々には良い意味で頑固な方々が多い。質実剛健で一つの信念を貫き、守り通す。そこに人間としての誇りと美徳のきらめきが見られる。しかし、そういう方々に言わすと、最近の若者はなっとらんとなる。 男と女の識別が出来ない奇怪な容姿、モヒカンへアースタイルにアイシャドウを塗って悠然と街を行く若者、電柱に長身のおしゃれ姿をもたせ、「今夜、どう~~~?」 などとギャルに甘い声をかけるキザな色男、あるときは秀麗なるセールスマン、ある時は臭い労務者、またある時は片目の運転手、月光仮面も驚愕するほどオートバイを暴走させ、さかだちさせる若者、まさに変化自在で神出鬼没、天才か馬鹿か、頑固一徹の方々はただあ然とするばかりである。 終戦直後の混乱期、ヤミ食品を頑として受け付けず、栄養失調で死んだ裁判官がいた。古の伝統を受け継ぐ者には賞賛があるだろうし、変化自在の目まぐるしい者は、馬鹿げているとしか見なさないだろう。 見方はいろいろあると思うが、やはり古いものには不完全にせよ無視できない何かが潜んでいるように思える。そういう古き伝統に反発するのではなく、完全なるものに徐々に近づけていく、それが新人類の務めではないだろうか。
2007年05月20日
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自然の前に謙虚となれ 昭和61年6月2日 沖縄タイムス 読者から 35億年前から40億年前にかけて誕生した生命は進化と繁栄を続けたが、6億5千年前にその90%が絶滅した。そういうことはこれまでに18回もあったという学説があり、その周期は2600万年に一回らしい。原因は、ネメシスという彗星で、接近すると隕石の嵐を激しく地上に降らすためであるという。もし、その仮説が正しいとすれば、来年からその存在が宇宙の果てで確認できるはずである。 恐竜が絶滅したのが6500万年前で、その時代に哺乳類が出現している。地上をわがもの顔で徘徊し、その全盛を誇った強大な生命体が滅びると、弱いものが生き残り、それが繁栄し強くなると滅亡してしまう。その繰り返しのドラマが生命体の歴史でもあるように思える。次の絶滅は1300万年後、と計算されているが、その時代の人間の科学力で、それは簡単に乗り越えてしまうに違いない。 だが、それ以上に危険性を孕んでいるのは、人間が自ら築き上げた科学力である、と言える。自然、宇宙には、その秩序を狂わそうとする事象、物象に対し、抹殺か制御の力を向ける意図的なものがある。人間がそれに立ち向かい、逆らって支配することは絶対に不可能である。 人間は自然、宇宙の力の前に謙虚となり、己の無力さを悟るべきだと思う。自然、宇宙の創造の力によって誕生し、今、生かされている事実、それを無視し、残虐に殺しあう戦争を続けていけば人間はそのうち見捨てられるのではあるまいか。
2007年05月19日
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奇蹟か偶然か不思議な雨 昭和61年3月29日 沖縄タイムス 読者から 舗装工事専門の我々労務者にとって、最も気になるのは天気である。雨が降れば作業の途中であっても直ちに中止しなければならない。雨の中でアスファルト舗装をやろうものなら、道路の強度が脆くなり、全面やり直しとなった上、信用をなくして仕事がもらえなくなるのだ。 作業中止となった時は民家の軒下や、大木、岩陰などに雨宿りし、沖縄はなぜ沖縄か、レーガンとゴルバチョフはどこの馬の骨か、などと天下国家を語り合ったりする。 その日は朝から快晴で、お天気はご機嫌麗しくさわやかであった。その日のミッションはアスファルト200トンの道路舗装工事であった。久しぶりの黒字見積もりの工事で、これまでの累積赤字が穴埋め出来て、お釣りが来る計算であった。 儲かったらボーナスをやる、と言う私の言葉に、男たちは歓声を上げ、奮然と作業開始となった。だが、午後になって、視界の果てに連なる山々の頂に一塊の黒雲がかかり、急速に空を覆って広がってきたのである。 不気味に渦巻きながら、時折、稲妻の閃光を見せる積乱雲はあっという間に空を覆い、雷鳴と共に大雨を降らせた。アスファルトを10トンを積載して待機する大型ダンプは10台だった。金額にして120万円分である。中止してそれらを廃棄処分にすると莫大な赤字となる。ばら色の夢が絶望の絶壁の淵に立たされた。 だが、奇妙な事に、道路舗装現場の周囲にのみ雨は降っていて、雨滴が風に煽られて現場内に舞い込むだけであった。「最後の最後まで諦めるな~、雨が降るまで作業続行~~」 私は大声で叫んで男たちをせかし、アスファルトフニッシャーのオペを促した。 周囲は土砂降り、雷鳴がとどろき、稲妻が走る。しかし、現場には雨は降らない。全く信じられない現象であった。40分後、ようやく舗装完了、同時に豪雨が現場を襲った。まだ高温のアスファルト舗装面は、激しく渦巻き上がる蒸気に隠された。 男たちは視界を遮る凄まじい蒸気の乱舞を見ながら首をかしげ、あ然となった。奇蹟か偶然か、数年経った今でも釈然としない。
2007年05月19日
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日本一の労務者 昭和61年3月27日 沖縄タイムス 茶飲み話 「お父さんの仕事は何?」 と子供たちからよく聞かれる。公務員とか学者、大学教授などのような世に誇れる身分であれば、父親としての威厳を派手な金メッキで光り輝かして、泰然自若としていられるが、自然の厳しさの中で汚れて働く卑小な身分では、父親としての威厳をあつかましく発揮することは出来ない。 そこで、「日本一の労務者だ」 と答える。子供たちが幼少のころはそれで通用したが、中学、高校ともなるとやはり人間をその職業によってランク付けし、甲乙丙の刻印を付けて見つめる知恵が出てきて始末が悪い。人間の真価は職業で決められるものではない。精神の豊な人間性である、と苦し紛れに言う心理の裏には、ある種の負け惜しみとひがみが潜んでいるのかもしれない。 それにしても 「労務者グァー」 とまともに罵倒される時には内心穏やかではなくなる。労務者としての身分が、子供たちに肩身の狭い思いをさせているのではないか思うと時々、一人酒を飲みながら惨めな気持ちになったりする。 ある時、子供たちに 「大きくなったら何になるか」 と訊いた。すると、「日本一の労務者になる」 と言ってくれたのである。その時の、子供たちの笑顔を見たとき、卑小な巳であっても自信が湧き、父親として働く意欲が新たに燃え上がった。
2007年05月18日
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何かが狂っている子供たち 昭和61年2月27日 沖縄タイムス 読者から 3時休みに道端に座り、汗を拭いていると、数人の中学生の女の子たちが、通りすがりに私をじろじろ見て立ち止まった。労務者の風体はどこでも目立つものである。汚れた作業服と色黒面の人相悪さを奇異に思い、観察しているのだと思った。そこで、良い社会勉強にでもなればと思って、にっこり笑って見せると、その中の一人が言った。 「おじさん、お金ちょうだい」 私はびっくり、首を傾げた。私の知り合いの子供たちだろうか? 訳がわからないで、キョトンとしていると、 「百円でいいわよ」 と言う。 「なんに使うんだ」 と訊くと、「アイスクリームを買う」 と答えた。 私の頭の中で何かが大爆発、一体全体、これはどうしたことなのだ。悲しむべきか、怒るべきか・・・? 子供たちの目つきは期待に輝いていた。もらえなくてもともと、もらえれば儲け、という顔つきである。 私は子供たちを叱る気にはなれなかった。その純粋さは大人たちの心の世界を、そのまま正直に映し出しているように思えたからである。自分たちの言動になんの恥じらいもない子供たち、何かが狂っている。 私は子供たちに百円玉を一つずつ手渡して言った。 「知らない人にお金を頂戴ということを、2度と言ってはいけません」 だが、子供たちは百円玉を握り締め、喜んで駆け去った。
2007年05月18日
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妻の一言と「男」の甲斐性 昭和61年5月2日 琉球新報 声 どういう訳か、ゴジラのような、恐ろしく醜怪で、醜貌な男であっても、その妻の過大賞賛の一言で神々しく輝いて見える。だが、逆に知的選良で眉目秀麗なる男といえども、妻の愚痴や蔑みの言葉で大きくイメージダウンし、貧弱な男となり、冴えない汚れた光を放つようになる。 妻の評価の一言に燃える男となるか、あるいは甲斐性のない卑俗な男と見られるかが決定されるとなると、女は魔力を持って男の運命を自由に操る事ができる、とも言える。勿論、妻にどういう評価の言葉を出さすかは夫の人間性、働きにかかるものではあるが、そこに正直な妻、愛情豊な賢い妻、悪妻に大別される受け止め方があると思う。 飲み、打つ、買う、の3拍子揃った夫となると、これは結婚資格以前の男となるが、それでも愛情豊な賢い妻の、過剰評価の励ましの言葉で燃える男ともなる。酒乱で暴力を振るう夫でも、陰で褒め称える妻の言葉を他から聞いたとき、はっと目が覚めたりするものである。 愚痴をこぼす妻は逆に蔑みの眼で見られる。だが、悪い夫でも殊勝な心がけで褒め称える妻は美しく、高貴に見える。そういう互いに励まし、褒め称えあう夫婦はいつまでも栄えていくと思う。
2007年05月17日
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風と共に去りぬ 昭和61年2月18日 琉球新報 声 空は今日も灰色で小雨まじりの寒風が吹き荒れ、2月のお天気はご機嫌斜めである。だが、男はど根性、冷たい雨風なんのその、心勇んでスコップを使っていると、風に乗って飛んで来た紙くずが、私の汗だらけの額にペッたりと張り付いた。顔を左右に振ったが、それはしつこくへばり付いて離れない。 こしゃくな紙くずめ! 私は苛立ってスコップを投げ捨てると、その紙くずを額から剥ぎ取って投げ捨てた。 それが手から離れた瞬間、福沢諭吉が嫣然とウインクして風に舞い上がった。何とそれは一万円札だったのだ。 ”天は人の上に一万円札を飛ばした"、 私は形振りかまわずその後を追った。”待ってくれ~~~! 一万円~~~!” だが、私の絶叫も空しく、一万円札は、はるか彼方の空の果てへ消えてしまった。 私は石につまずきその場にばったり、ニューヨークステーキが絶望の渦の中へかすんで消えた。その様を一部始終見ていた仕事仲間たちが一斉に腹を抱えて笑った。 「親方ともあろう者がみっともない」 そう言われても返す言葉がない。これも、人生のちょっとして悲喜劇のドラマである。私は苦笑しながら立ち上がって作業を開始した。 しかし、もし、あの一万円札が手に入ったら大いに悩んだと思う。使うべきか否か、警察へ届けるべきか否か、と・・・。
2007年05月17日
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女のパンチ 昭和61年1月29日 琉球新報 声 戦後強くなったのは女と靴下。では、弱くなったのは男とその足の裏か? その事については何とも言えないが、女性が華々しく勇躍した事は、サッチャー首相の出現からも疑う余地のない事実である。その世相を反映してか、3人の娘たちは確かに強い。 一方、3人の息子たちはじつにおとなしく、近くにいても何処にいるのか、その気配さえ感じられないほどである。私が泰然自若として、女房殿のかかあ殿下を寛大に黙認している事に責任があるかもしれないが、それにしても歯がゆい。 ある日、小学2年生の3男がしょんぼり帰ってきた。同じクラスの女の子に虐められたとのことである。一斉に怒ったのが娘たちで、「あんた、それでも男か。殴られたら殴り返せ」 と凄まじい剣幕である。これは如何に無神経な私でも聞き捨てにならない。そこで、10年ぶりに一括した。 「殴られたら殴り返せとは何事か、馬鹿者ども~~~、暴力は絶対に許さん。殴られたぐらいで腹が立つようでは、まだ心の修行がなっとらん。父さんは情けない。殴られてもにっこり笑える広い心となれ~~~」 娘たちは仰天し、青褪めて静まり返った。父親の威厳がこれほど効果があるとは、私もびっくり。そして、自己陶酔の勢いに乗って今度は女房を一括した。 「お前の日ごろの躾が悪いから、子供達が横着になるのだ。ばかもの~~~、鼾かいて昼寝ばかりしないで、しっかり子供たちを監視しろ~~~」 するといきなり顔面パンチ、眼からハート型のピンクの火花が美しく飛び散った。やはり、女は強い。私はそのまま失神した。
2007年05月16日
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宇宙の神秘と奇蹟 昭和61年1月7日 琉球新報 論壇 東方の空と海の境界線を光が走った次の瞬間、深紅の太陽が忽然と姿を現した。朱色の輝きが次第に盛り上がり、暁闇の領域をゆっくりと押し上げながら星明りの一つ一つを吸収していく。 刻一刻と光彩の変移を見せる空と海、そして濃紫の横雲と島影の情景が、壮麗な神秘性に包まれて光の祭典を開始する。そこには森羅万象の厳正な原理と奇蹟、巧妙に仕組まれて躍動する宇宙根源の理法が燦然と光り輝いている。 人は誰でも真実なるもの、本物なるものと同化し、己を理にかなった存在へ導こうとする良心の願望を持っている。それは、この宇宙自体がそうであり、それ以外の存在は、それを許されづに抹殺される、ということを無意識が掌握しているからである。 人間がこの地上に出現して良心と理性に目覚め、神なるものを具体化してからまだ年限は浅い。40億年という生命誕生の長い歴史からすれば、600万年前後の歴史しか持たない人間は、今、始まったばかりと言える。したがって、人間の本能には進化の線上にある始原からの生物の一つ一つの特性が潜んでおり、受継がれてきた野生本能の惰性は、理性と良心を圧倒し、まだ絶対的優位の段階にある。 良心と理性が動物的本能と衝動を抑え、真実の光に輝くのは、これから先、どれぐらいの年限がかかるか、残念ながら今のところ絶望的である。汚れ傷つき、煩悩の泥沼から憧憬の目で超然とした真実なるものを見上げると、崇高なる高次元で、毅然と聳えるその頂上のあまりの高さに、ぼう然と立ちすくむばかりである。 良心に逆らい、動物的衝動の導くままに理性を失い、無意識の罪悪感の責め苦を負いながら、己さえ安全であればいい、食うか食われるかの厳しい現実を生きていくためには手段を選ばず、愛も情けも正義も無用、強い者が生き残り、弱いものが滅び去る世の中である。それが人間の掟、そこに真実と正義なるもの、良心なるものが入り込む隙間はない。今、人間の心はそういう冷たい大きな流れに乗っている。 虚飾に欲望と獣性を隠し、発達した頭脳は冷たい硬質の光を放ち、争いの火花を散らす。そこでは神の光も、愛も屈折されて闘争の武器ともなってします。そういう獣臭の消えやらない人間界で苦しみながら重荷を背負って生きていくことに何の意味があり、価値があるのか。疲れ果てた者は真実と正義に失望し、自己嫌悪、自己破壊に陥ったりする。 人間の本性は善か悪かのいずれかに定まっているわけではない。今、そして、これからも人間は進化の過程にあるのであって、言い換えれば宇宙根源による創造の途中でしかない。東空の壮麗な光の祭典を目の当たりにしたとき、人間の進化の目標、根源者の意図が感動の渦の中で見えるような気がする。 日が昇る水平線の彼方には神々の国、ニライ・カナイが存在するという。我々の祖先が素朴で、人情豊な心の広がりで、色彩鮮やかに浮かび上がらせた理想郷である。それは西空とその水平線の彼方にも存在する。夕日が沈むと、朱色と青色に分かれた西空を背景に三日月がくっきりと輪郭を現す。 それは東から広がってくる闇の領域に星明りが一つ一つ増すごとに、冴えた輝きを強めていく。その彼方にもニライ・カナイは存在するのだ。我々の祖先はそこに人間の古里、目標なるものを置いていたのかもしれない。 人間が真の意味で神と同化し、その聖域を見るようになれるのは、果たして可能かどうか、現段階では何とも言えない。それに対する答えは我々人間の力の次元外に存在する。創造の根源者がこの宇宙を有らしめ、無限の力を全次元の隅々に及ぼしているという現実は、その可能性がある、ということかもしれない。 無力な人間の中の、さらに微小な存在の私だが、今年は心広く寛大に、枝葉末節にとらわれず、宇宙の神秘と奇蹟を見つめて語れる年にしたいと思う。
2007年05月16日
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新春に思う 昭和61年正月元旦 琉球新報 声 私は汗水流し、汚れ傷つき裏切られても、平気で働き続ける労務者である。嵐も吹けば雨も降る。労務者の道よなぜ険し、などと感傷に浸ったりはしない。これは決して負け惜しみで言っているのではない。その証拠に、腹いせに私の右の頬を殴って暴れまわる失恋男に 「ありがとう! 私のような者を殴ってくれて~~、これはお礼です」 と言いながら、一万円上げて、ではこれにて失礼、となって立ち去ったこともあったのだ。妻や、半ダースの子供たちはそんな私によく言う。 「なぜ、そんなに無神経で平気で生きていられるのですか」 それは私がソーキ骨(肋骨)が足りないからではないのである。夜明け空の美しさ、沈む夕日の寂しさ、そして、清浄な星空の広がりに壮大なロマンを感じ、心をときめかすことも出来るからだ。無意識の奥で純粋で美しく正しくありたい、という自己浄化作用が立派に存在するあつかましい労務者かもしれない。 混沌とした人間界、そこには利害得失を複雑に絡ませる対人関係がある。だが、父ちゃんは負けない、妻や子よ! 父ちゃんは泣きはしない。これからは枝葉末節ににこだわらず、広々とした心で宇宙の神秘と無限性を語っていこう。新春にあたり、ここで心を新たにしたい。
2007年05月15日
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末っ子の逆襲 昭和60年12月24日 琉球新報 声 子供たちがまだ幼く、純真無垢だったころは自己誇示を、父親としての特権と威厳に包んで発揮できた。そして、子供たちも絶対的存在として、父親としての私を慕い、崇めてくれた。 「ねー、お父さん、お話して」 夜になると、子供たちは私の寝床に潜り込んできてお話をせがむ。桃太郎、浦島太郎、かぐや姫、そして、話の種が尽きるとアドリブで話す。子供たちは満足し、そのまま眠ってしまう。その純心さに私も満足して寝てしまうのであった。 ところが中学、高校となり、背丈が私を追い越してしまうと、その頭脳は鋭く研ぎ澄まされて冷たい光を放つようになり、理屈にも立派な筋が出て手に負えなくなる。 1人取り残されたような寂しさに耐えられず、庭で、遊びに夢中になっている小学1年生の末っ子を呼んで話の相手をさせた。だが、最近の子供は馬鹿に出来ないのだ。 「ヨシナオは、父さんと母さんと、どっちが好きかな?」 という私の愚かな問いにチビは答えた。 「どっちも好き」 だが、私の孤独感はいじめの快感を求める。 「それではだめだ、必ず、どちらが好きかを決めて答えなさい・・・」 チビはしばらく困った顔をしていたが、やがてその眼光が鋭くなった。そして、逆襲に転じたのだ。 「では、父さんは、母さんとボクとどっちが好き?」 私はびっくり、目を白黒させて歌をうたった。だが、チビは許さない。 「ネエー、どっちが好きかはっきりして~~」 私は平身低頭、あやまった。そして、見事に小遣い1000円を巻き上げられてしまったのだ。しかし、久しぶりの泡盛が一段とうまく、喜びがあふれてくるのはどうしたわけであろうか。
2007年05月15日
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互いに助け合う世界を 昭和60人8月22日 琉球新報 論壇 人体は60兆個の細胞から出来ている。大きさは100分の1ミリから10分の1ミリで、顕微鏡でしか見えないとのことである。 人間がいかに万物の霊長として宇宙を征服したとしても、その無数の細胞の働きとそれぞれの機能のおかげであって、それ故の人間であり、行動の自由が可能となっている。 人体は見えざる世界で、細胞が何らかの仕組みで互いに助けあい、それによって正常に機能し、規則正しい生命のリズムを奏でている。思えば、細胞の一つ一つが神秘の光に輝いているのだ。 世界の人口は45億といわれている。60兆個という1人の人間の細胞からすれば、数的にははるかに少ない。 私はよく思うのであるが、この無数の細胞も、さかのぼっていけば、10分の2ミリという1個の受精卵にたどり着く、ということから、45億の人間もその祖先をさかのぼっていけば、一つになるのではないかと・・・。 したがって人間はすべて一つの根源から分かれた兄弟姉妹であり、国や人種に関係なく平等なのだ。細胞たちが互いに助け合うように、人類の発展と幸せのために人間もまた、互いに助け合わねばならない、と思うのである。 一つの細胞が病んだ時、その苦痛を他の全ての細胞がキャッチし、救助のために互いに協力し合い、それぞれの機能を発揮して動き出す。それがなければ肉体は病原菌の独壇場となり、あるいは病変は全身に広がり、一人の人間の、あの世への孤独の旅たちとなる。 互い助け合いは、全体が正常に生きていくために、絶対的に必要なことであり、人間社会にも立派に通用している自然の法則であると思う。 最近のニュースに接するたびに心が痛む。航空機事故やハイジャック、戦争、内乱、核実験、爆弾テロ、汚職、サギまがい商法、その他いろいろで、どれをとってみても大きな社会問題であり、ショッキングなことばかりである。 一体何が狂っているのか、人間社会を動かしているメカの主軸に、重大なひずみが出来たのであろうか。互い助け合うことに盲目となり、他人と自分はなんの係わり合いもございません、とする人間の冷たい、残忍な姿、そこにあるのは絶望のみである。 現実を正しく美しく生きていくことは難しい。それぞれ自分の身を守ることに精いっぱいなのである。しかし、そこで他が病んでいることに無関心で、何らかの救いの手も差し向けなかったとき、その病変は運命の波をめぐりめぐって己の身に降りかかってくるのである。 そして、人間はただ、黒い不吉な影に怯え、その吸引力に逆らえず、巨大な汚濁と混乱の渦に巻き込まれていくだけである。 互い助け合いとは、必ずしも金や物を与えるだけではない。励ましの言葉と思いやり、そして、助けを必要としている人のために、何らかの働きをすることだと思う。金や物に依存する心に真の幸福は訪れない、ことを知らしめるのも大きな救いとなる。 それぞれが互いに浄化しあい、明るくて楽しい人間関係を築きあげていくことこそ、全人類の頭上に黒く渦巻く不吉な影を払いのける切り札だと思う。 しかし、世界情勢と人間の心の姿を全体的に見つめたとき、その進んでいる方向は絶望と恐怖のように思えてならない。それを希望と喜びの世界に向けるには、それぞれの国をリードする権力者や指導者、政治家の舵取りにかかるところが大である。 私は、60兆個の中の一つの細胞として叫びたい。世界は一列兄弟姉妹、互い助けあい、争うことなかれ! All of you throughout the world are brothers and sisters. There should be no one called an outsider.
2007年05月14日
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3女との会話 昭和60年7月11日 琉球新報 声梅雨が明けると沖縄は真夏、ガジュマルやアコ―、琉球松などの亜熱帯植物のうっそうとした森や林からは、蝉の大合唱が聞こえてくる。沖縄の夏は騒々しくてにぎやかである。その蝉の鳴き声を聞きながら小学5年生の3女が尋ねた。「どうして、セミと言うの?」単純で子供らしい質問に私は苦笑、「さあて・・・」と首をかしげた。3女はニコニコして言った。「それはね、いつも幹や枝葉に止まって背中を見せているから、せ、み・・・」なるほど、立派に筋の通る理屈である。以前に 「法隆寺を立てたのは誰?」 と訊かれて、「聖徳太子だ」と答えて笑われたことがある。「法隆寺を立てたのは大工さんたちや、お父さんと同じ労務者たちでーす」と一本取られたことがある。そこで今度は逆襲することにした。「蝉を捕ると死刑になるよ」3女は目を大きくしてびっくり、「ほんと? どうして?」と尋ねた。「蝉のことを英語で、シケイダーと言う。だから、蝉を捕ると死刑だー」3女は大声で笑った。それを今度は兄や姉に言ってまわり喜ぶ。ピアノを習い始めて2年目になる3女、私に一番なついてくれる子供である。 "乙女の祈り" が弾けるようになったとき、それを聴きながら泡盛を一杯やれる日が楽しみだ。
2007年05月14日
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理に対する宗教と科学 昭和60年6月14日 琉球新報 論壇 小学5年生の男の子は自転車で交差点を通行中、大型ダンプカーの右後輪に轢かれた。右大腿部と左ヒザ骨折、そして、動脈、静脈は切れ筋肉はばらばらの重体となった。病院側は急いで輸血、手術の準備をした。男の子の血液はすでに半分が出血し、一刻を争う事態だったのである。だが、輸血は親の同意がなければ出来ないことになっている。 医師はさっそく両親にその同意を求めた。親であれば誰でも同意するはず。ところが意外にも両親は拒絶したのである。理由は? それは両親の信仰にあった。 この世は罪悪として否定、ただ聖なる神とその救いの奇蹟にすがろうとしたのである。医師の4時間近くの説得にもかかわらず、ついに同意は得られず、幼い尊い命はその炎を消されたのである。親の崇高であるはずの信仰は皮肉にも、子供の生きるチャンスを断ち切ってしまったのだ。 この世は罪悪だけの絶望の世界ではない。打てば響く自然の理法が支配する場であって、心一つ、行い一つによって地獄ともなり、極楽ともなる世界であるはずだ。日は東から昇り西に沈む。水を熱すれば蒸気となって空に上がり、雲となり雨となる。 そういう狂いなき理法の効力を地獄に向けるか、あるいはユートピアに向けるかは、判断一つ、考え方一つにかかっており、理法を歪め、否定しての奇跡というのは絶対にありえない。つまり、理そのものが奇蹟であり、神と言えよう。 昔、ガリレオが地動説を支持し、強大な権力を持つ教会と対立、そのため自宅に軟禁されて一生を終わったのであるが、今日では、どちらが正しかったかは常識として明白である。そこに、理法をまげて、誤ったことを真理としてしまう信仰の傲慢さを思い知らされるのである。 逆にガリレオのような科学者が別の見方をすれば、宗教以上に正確、かつ鋭く神を見つめており、忠実な理法、つまり、神のしもべとも言えるのである。 私は神とは理法である、と思っている。それはいろいろな次元において、狂いなき効力を発揮するものであり、全宇宙を構成、維持しているからだ。 物質を作っている基本粒子は1万兆分の1センチというクオークである。その極小の世界から、想像の領域をはるかに超越する広大無辺の宇宙の果てまで、厳然と光り輝いているものは何か、それこそが森羅万象を操っている理法であり、強烈無限のエネルギーではないのか? 各宗教の創始者、教祖はその理法に基づいて教えを説いたのであり、宇宙全体の調和と秩序を厳正な目で見つめ、それを制御する理法の絶対性を肌に感じたはずである。それぞれの属する信仰は信者たちに取っては光であり、命でもある。 しかし、それが理を曲げて、互いに争い、悲惨な戦争を起してしまっては何にもならないと思う。盲目的で弾力性に欠け、岩石のように固まった信仰ではなく、自然のふところの中で、生命の炎を燃やす人間が何を見つめ、何を守っていくか、高度に発達した頭脳にふさわしく、正解を出しても良い時代ではなかろうか。
2007年05月13日
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危険な戦略防衛構想 昭和60年5月16日 琉球新報 論壇 西暦二千??年、米国防総省は全軍に対しデフコン1(国防緊急体制1)を発令した。皮肉にもそれはSDI、すなわちスターウォーズ計画が実戦配備を完了した日であった。S国のICBMとIRBM多数の噴炎を早期警戒衛星が、いち早くキャッチしたのである。 「なぜ、こんな事になったのだ~~~!」 と大統領が国防長官に怒鳴った。 「これは筆者の自由発想ですからどうでもいいことです。そんなことより、早くGOサインを出してください~~~!」 国防長官は蒼ざめて言った。 「一つ残らずたたき落とせ~。迎撃システムコンピュータの全回路を開け~、GO~!」 大統領は全軍に命令を出した。地球周回軌道上にある数百の軍事衛星がコンピュータの指揮下に入った。原子力発電機を搭載したX線レーザービーム衛星、反射ミラー衛星などが噴炎加速中の核ミサイル群に照準を合わせ、一斉に迎撃を開始した。 反射ミラー衛星は直径数メートルの反射盤を開き、地上から25キロメガワットで送られてくるレーザーをキャッチして直接反射したり、あるいはリレー方式によってそれを反射、敵ミサイルを次々と撃墜していった。この間、わずか3分前後である。それによって敵ミサイルの90%が破壊された。 しかし、生き残りの核ミサイルはブースターを切り離し、マッハ28という超高速で迫ってきた。それを赤外線探査衛星がキャッチ、その飛行方向を測定し、地上レーダー施設に伝えた。地上基地からは間髪をいれず、複数の迎撃ミサイルが発射された。それらは途中で無数の子衛星に分かれ、敵ミサイルに吸引されるように衝突し、爆破したのである。 しかし、悪運の強いものはどこにでも存在するもので、2,3個の敵ミサイルは、その防衛網をかいくぐり大気圏内に突入してきたのだ。 コンピュータは最終段階としての迎撃を指令した。超重量級の地上設置ビーム砲、そして、最後の迎撃ミサイルが狂ったように発射された。数10キロ上空で敵ミサイルは完全に撃墜されたのである。 これが良いか悪いかの議論で世界中が注目しているSDI、すなわちスターウォーズ計画による、敵核ミサイル撃滅の段階的手段である。しかし、私には、これだけで敵の核ミサイル攻撃を、完全に封じ込めるとは思えないのである。ICBMは30分で目標地点に到達するが、IRBMの場合はたったの7分である。(モスクワ~ワシントン間) しかも、それが複数の地点から同時多発的に発射された場合、SDIがいかにテクノロジー最先端の産物、とは言え完全防衛は不可能である。さらに洋上からの巡航核ミサイル、そしてレーダー波を完全に吸収し反射しない特殊塗料(磁性酸化物)を塗ったミサイルや爆撃機をどう迎撃するか、不安材料があまりにも多い構想ではなかろうか。 SDI機構の局長ジェームズ・アムラハムソン氏は 「これが新しい抑止力となり、世界平和が維持できる」 と言う。もちろん科学技術が向上し、不況にあえぐ世界経済が、その一兆ドルの予算で息を吹き返すかもしれない。軍需産業やエレクトロニクス産業は活気に満ち溢れ、日本経済をも潤すはずである。 しかし、それ以上に不吉な影が、その背後にまつわりついていることを見逃してはならないと思う。ソ連も黙ってはいないはずで、先制攻撃を目的としたスターウォーズ計画が行われるかも知れないのである。 中曽根首相がなぜ、レーガン大統領にぺたぺたくっつき、何でもOKとするのか納得できない。人類の未来を見つめ、恒久平和の確実性がどこにあるのか、それをしっかり見据える必要があると思う。
2007年05月13日
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父親の面目にかかわる 昭和60年4月5日 琉球新報 声 どういうわけか、私の6名の子供たちは皆、音痴である。歌わすと一直線のリズムでお経のようになってしまう。リズム感に欠陥があるのだ。 「きっとお父さんに似たのだ、責任を取れ」 と子供たちは私に八つ当たりする。ところが私は音楽好きで、学生の頃、ピアニストになることを夢見た事もある。子供たちは私を、労務しか出来ない色黒い父親で、上品な音楽とは程遠いとみなしていたのである。 このままでは、スーパーマン的存在、でなければならない父親としての面目にかかわる。そこで泡盛を一杯やり、何でも屋から、3女の懇願で買ってきた古いオルガンを弾いて見せることにした。 しかし、10年余りも鍵盤に触れたことのない指は、労務仕事で硬くなっていて、自由に動かないのだ。焦れば焦るほど間違いだらけとなり、子供たちは大笑い。 私は惨めな思いで、その場を退散した。それから仕事の合間に、子供たちがいない時を見計らい、懸命に練習を続けたのである。 そして、ある土曜日の夜、私は子供たちを集めて、「早春賦」と「冬景色」を弾いた。子供たちは、流れるような鍵盤上の私の両手を見つめ、驚きの目で静まり返ったのである。そして、アンコールに応えて、花、朧月夜、ミカンの花咲く丘、椰子の実、乙女の祈り、を次々と弾いた。 翌日、仕事から帰って来ると私の机の上に、一輪ざしのバラの花と高級泡盛が置かれてあった。子供たちのお詫びと、私への賞賛のしるしだったのであろうか。
2007年05月12日
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生かされる喜び 昭和60年3月3日 琉球新報 論壇 ある小雨の日、ナメクジの親子が庭をはっていた。私は邪念のままにその周囲に塩をまいた。親ナメクジは懸命に出口を探し回っていたが、それが絶望的であることを確認すると、驚いたことに塩の中に入り込み、子ナメクジをその体の上から通したのである。 私は無残にも溶けていく親ナメクジの姿を見たとき、頭の中で何かが大爆発したような気がした。単純で、卑小な下等動物であるはずのナメクジ、それにも劣る己の醜い心の姿をその時、鋭く、痛く思い知らされたのである。 それまで私は、人間をやめたいと自暴自棄的に思ったことが何回もあった。人間は何のために生きているのか、百年前後の短い人生をただ生活のためにだけに働き、生きるということに、いったい何の価値があるのか。 しかも、いろいろな人からの裏切りや陰謀、生活苦、働く苦しみ、病苦、あるいは世界情勢から核戦争の恐怖と絶望、それらを思うと右を向いても左を向いても嫌なことばかりである。 人間はただ本能の衝動に支配され、その表し方を、より上品な、そして高度な体裁と虚飾の光に輝かしながら、空しい自己主張を続けているだけではないのか。人間の一生というのは、夜空を高速で飛んで消える流星の、ほんの一瞬のきらめきのようなものだ、と思うと、人間などやめてしまえ、というやけっぱちな気になったりした。 しかし、親ナメクジの高尚な反応を目の当たりにした時、そういう考え方は、己の卑賤な徳性からの黒い投影であった、ということに気づいたのである 人間は、本性や感情のそれぞれの度合い、あるいはいろいろな次元で人生を見つめ、対象なるものを判断、区別する。怒りは怒りの波紋を広げ、不平不満の感情は、全てを欠点だらけの世界に変えていく。つまり、人間は己の本性の色のままにしか、人生を見つめることが出来ないのである。 そこでは己の知識、経験、特技、あるいは力なるもの全てが、その支配下に置かれる。人生を暗く、低く、見つめるか、あるいは光明の素晴らしい世界として見つめるかは、人間の徳性の各次元と、本性の色彩によって決まると言える。 人間は生きているのではなくて、生かされているのだ。人がそれぞれの知恵と力を活用でき、あるいは働けるのは、この世があるからであり、この天地、宇宙という壮大なステージが、人間のドラマのために存在するからである。 親が自らを犠牲にして子を守るという親心が、いろいろな形で、すべての生命体の本能の中に根強く宿っているという事実は、根源の親心、不滅の愛が全宇宙の隅々にまで充満し、光り輝いているからだと思う。そう悟った時、私の人生観は根底から、一瞬にして変わったのである。 他人から毒気をかけられようが、病苦、生活苦、あるいは愛する人が浮気しようが何しようが、減るものではないし、すべて己の徳性の価であり、その刺激は、己の本性を改造せよ、との天の声ではなかろうか。 生かされる人間として大切なことは、己に厳しく、他人に寛大となることだ。そこから喜びがわき上がり、すべてが感謝の光の中で輝く。喜びは喜びを誘導し、毒念は毒念を誘導する。それが人生だと思う。
2007年05月12日
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男は愛きょう 昭和60年2月13日 琉球新報 声 一つの公共工事が終了すると必ず発注元である国や県、市町村、あるいは水道局などの検査を受ける。中小企業の場合、そこに会社の命運がかかる。 まず、眼鏡をかけた偉い検査官が舗装したばかりの歩道を歩く。その後から施工した会社の責任者たちが、顔面蒼白となってついて歩くのである。検査官が立ち止まると後ろの連中も一斉にぴたりと止まる。 「きみ、ここの舗装面、荒いと思わんかね。困るね、こんなでたらめは」 検査官の冷たい言葉に背広姿の責任者たちは青くなったり、赤くなったり・・・、まるで信号灯である。 「実はここは交通量が激しく、その上、雨が続きまして難工事でした。さっそく手直しいたします」 しかし、厳しい検査官の場合は絶対に許さない。 「手直し? きみ、きず者を嫁にもらえると思うのか。ここは全面やり直したまえ」 検査官の一声に責任者たちは強張った笑顔を作る。 「そこを何とか、今夜あたりどこかで話し合いませんか」 しかし、検査官はどこまでも頑固一徹、とうとう会社は全面やり直しの大赤字となり倒産、我々労務者に賃金を払わぬまま夜逃げしてしまったのである。 それが、検査官の感情一つにかかる場合もあり、完璧であるはずの工事が何回もやり直しを食らうこともある。 これからは女以上に男も、検査官の前では、愛きょうをふりまくべきであると思う。
2007年05月11日
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花の青春 昭和60年1月31日 琉球新報 声 昔は人生40年、今は80年となり、40年も人生の長さは大幅アップされている。44歳となった小生が花の青春のまま、土方一筋で汗の人生を歩めるわけがここにある。 儒教の創始者・孔子は2500年前に言われた。「われ十有五にして学を志す、30にして立つ、40にして迷わず、50にして天命を知る・・・」と。しかし、科学文明が発達し、平均寿命が過剰に伸びた今日、少し訂正する必要があると思う。つまり、それに40年をプラスして 「われ70にして立つ、80にして迷わず、100にして天命を知る・・・」となって、現代ではこれが立派に通用すると思う。 心身ともに健康で、絶えず活動しておれば、人間の脳は80代でも知的に発達し、その機能は退化することなく、500年の可能性を持つ、とアメリカの老年医学会では主張している。つまり、老齢=老化ではなく、常識の奴隷、自己暗示=老化、である、ということです。 人生の荒波の中で、その厳しさをまともに受けて老化し老け込むか、あるいはそこに花の青春のエネルギーを燃やし、爆発させて立ち向かい若々しく生き抜くか、気の問題であり、心ひとつだと思う。
2007年05月11日
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地下核実験に強く反対する 昭和59年12月26日 沖縄タイムス 読者から 塚原卜伝は剣聖、私はツルハシとスコップ、略してツルスコ使いの達人であります。自慢するわけではありませんが、頭は悪くても心身はいたって健全、土方哲学を打ち立てることにより、汗と涙の人生を歩んでいるのだ。しかし、ツルスコ使いの達人でも、核兵器の事は分からない。 ソ連がガザフ共和国で地下核実験を行ったということだが、それは母なる地球を痛めつけて、大怪我を負わせたことである事だけは分かる。私はツルハシを大地に振り下ろす時、痛くありませんかと問い、詫びることがある。大地の親心をいつも感じているからだ。 なぜ、美しい生命の親地球をなんの躊躇いもなく人間は破壊し、重傷を負わせるのか? 私はツルスコ使いの達人として怒りを覚えるのである。 古本屋から値切って買ってきた安物の百科事典で調べたところ、水素はその中性子の数の違いによって、水素、重水素、3重水素に分けられると記されている。その中の重水素の二つの原子核を摂氏一億度の中で融合させた時、広島、長崎に投下された原爆の何十万倍の破壊力で爆発する水爆になるという。 私はソ連や米国、そして、核保有国の全てに要求したい。そういう核兵器を戦争の人殺しのために使用せず、宇宙の彼方に打ち上げて花火大会用にしてほしいということを、きっとその豪華絢爛たる宇宙の花火ショーから唄や優れた文学作品が生まれると思う。船底に穴を開ける馬鹿はいない。核の地下実験は地球船の船底に穴を開けるようなものではないだろうか。
2007年05月10日
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地下核実験に強く反対する 昭和59年12月26日 沖縄タイムス 読者から 塚原卜伝は剣聖、私はツルハシとスコップ、略してツルスコ使いの達人であります。自慢するわけではありませんが、頭は悪くても心身はいたって健全、土方哲学を打ち立てることにより、汗と涙の人生を歩んでいるのだ。しかし、ツルスコ使いの達人でも、核兵器の事は分からない。 ソ連がガザフ共和国で地下核実験を行ったということだが、それは母なる地球を痛めつけて、大怪我を負わせたことである事だけは分かる。私はツルハシを大地に振り下ろす時、痛くありませんかと問い、詫びることがある。大地の親心をいつも感じているからだ。 なぜ、美しい生命の親地球をなんの躊躇いもなく人間は破壊し、重傷を負わせるのか? 私はツルスコ使いの達人として怒りを覚えるのである。 古本屋から値切って買ってきた安物の百科事典で調べたところ、水素はその中性子の数の違いによって、水素、重水素、3重水素に分けられると記されている。その中の重水素の二つの原子核を摂氏一億度の中で融合させた時、広島、長崎に投下された原爆の何十万倍の破壊力で爆発する水爆になるという。 私はソ連や米国、そして、核保有国の全てに要求したい。そういう核兵器を戦争の人殺しのために使用せず、宇宙の彼方に打ち上げて花火大会用にしてほしいということを、きっとその豪華絢爛たる宇宙の花火ショーから唄や優れた文学作品が生まれると思う。船底に穴を開ける馬鹿はいない。核の地下実験は地球船の船底に穴を開けるようなものではないだろうか。
2007年05月10日
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世界の人口増加に思う 昭和59年12月19日 沖縄タイムス 読者から 世界の人口は7月1日現在で47億6300万人で21世紀には2倍に膨張するという。その繁殖力は喜ぶべきことであるが、それに伴う食糧不足による、未来の悲惨な地獄絵巻の可能性を思うと複雑な気持ちになる。 人頭税時代の与那国のトング田やクブラバリの悲話、そして、昔の農民たちが秘かに行った間引きや赤子埋殺、集団による身障者惨殺などの慄然とする史実は、年貢取立てによる食糧不足が原因となっていたのである。 地球上における耕作可能な土地は32億ヘクタールであるが、西暦2050年前後にはそれだけでは不足となり、深刻な食糧不足で大勢の餓死者が出るらしい。現在のアフリカの食糧不足による悲惨な状況が、世界的規模で起こるかもしれないのである。 しかし、私は食糧不足ごときで、人類の未来を絶望に置きたくない。人口増加以上に科学は考えられない速度で進歩しており、生物学や遺伝子工学などの分野から新種の大型、あるいは大量に収穫できる農作物、海産物、家畜などが出来るかもしれないのである。 産児制限も食糧不足解決の一つかもしれないが、発展性のない、ちっぽけな領域に人間の頭脳が凝縮されていくのであれば、人類の未来はお先真っ暗である。SFではないが、未来に広がるのは地球という小さな惑星だけではない。人類の発展をどこまでも受け入れてくれる宇宙こそ、人類の目標ではないだろうか。
2007年05月10日
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バーベルよさようなら 昭和59年11月3日 沖縄タイムス 読者から 二つの古タイヤと鉄パイプ、そして、セメント、砂があれば立派なバーベルが出来る。日本男児、特にウチナーイキガ(沖縄男児)であれば力持ちでなければならない、という勝手な理屈で、ひょろ長い弱々しいそうな息子たちのために作ったのであった。 まず、力自慢の私が完成祝いの口実で、父の威厳と権威を、派手な金メッキで輝かしながら持ち上げることにした。息子たちのため、というより、己の力を誇示したいという幼稚な虚飾があったのである。ところがこのバーベル、びくともしないのだ。大地に根を下ろしたかのごとく、見た目の計算をはるかに超越した重さなのだ。 顔を真っ赤にして、野獣のような唸り声を上げるのだが、下部から大気汚染の排気ガスが、下品な音を出して噴射するのみで最悪の状況となった。憧憬の眼で見つめていた息子たちの眼差しが同情の哀れみの光を放った。 私は数回、その憎いバーベルに挑んだ。渾身の力をふりしぼり、こめかみの血管をミミズのように腫らして持ち上げると、ようやくそれは大地から離脱した。それを何とか腹部まで持ってきたが、息をちょっとついた隙に落下して大地を震わせた。 「きょうは風邪気味で力が普段の10分の1しか出ない。ほんとはこんなもの、片手で持ち上げるのだが・・・、仕方がない、明日にしよう・・・」 私は大人の虚栄心で純粋な子供の心を偽り、その場を退散した。その夜、私は激しい腰痛に見舞われた。明日、あの憎いバーベルを壊すことにする。
2007年05月09日
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宇宙の神秘 昭和59年11月6日 沖縄タイムス 茶飲み話 生きているものが、今を生きているということは、生かしている自然、宇宙が全てに対して平等であることの証しだと思う。それは私のような一労務者でも、その寛大な平等性に抱かれているということである。その平等性に甘えて、自虐、自己卑下という拷問の刑場を抜け出て自然を見つめた時、その無限性と巧緻に、かつ厳正に仕組まれた活動体に畏敬と畏怖の念を抱いてしまう。 自然には創造の設計と工程を見つめる厳正な目と、それを正確に鋭く具体化し、どこまでも広げていく強大な力がある。さらに、それに逆らい、それを歪めようとする動きを抹殺し、正常な律動と枠組みを維持しようとする制御システムもある。 宇宙が150億年も続き、あと一億兆年(陽子の平均寿命)は存続できる可能性があるのは、その調和とコントロール、修復、再生機能があるからである。原子の大きさは一億兆分の一センチ、その中の陽子、中性子は10兆分の2センチ、電子は10兆分の1センチという。さらに陽子は、クオークという1万兆分の1センチの究極の基本素粒子からできている。 その種類は6種類で、宇宙の始まりの超高温時には、粘り気のないさらさらとした液体の性質を持っていたことが判明している。宇宙の元が無に等しいたった6種類の極小の素粒子から出来ていることに神秘を感じる。
2007年05月09日
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ニコチンよさようなら 昭和59年9月9日 沖縄タイムス 読者から一日に約80本という超ヘビースモーカーだった私の場合、体の隅々の細胞核まで濃度の強いニコチンが浸透していたと思う。吐く息は毒ガスのような強烈なヤニの臭気で撒き散らされ、蚊の大群があわてて逃げ出す始末。 指先や目の色は黄色となり、唇はどす黒くなっていた。何かに取り憑かれるとそれを断ち切れない弱さを人間は持っているのであるが、命を縮めるタバコである、と医学で証明されても20年間吸いつづけた来たのである。ところがある日、子供たちから一斉に抗議の声が上がった。 「タバコをやめてください、部屋中臭くて大変です。みんなの健康にも悪いのでやめてください」 その言葉に私は深くざんげし、禁煙を誓ったのである。だが、その瞬間から断末魔の地獄の苦しみが始まったのである。禁煙を決意すると同時に火山爆発、喫煙への衝動が狂瀾怒涛のマグマの大激流となったのである。 錯乱状態が続き、寝ても覚めてもタバコの巨大映像が目の前に現れて乱舞する。タバコの臭いがすると動脈静脈が大奔流となって逆流、視神経が狂って宇宙全体にナイヤガラの花火を次々と上げていく。そして、理由なき怒りが湧き上がり、びくともしなかった100キロのバーベルを軽々と片手で差し上げたりした。 それから数十日は半狂乱で、それに耐える苦しみはまさに断末魔の地獄であった。しかし、40日過ぎた今、空気中のさわやかな酸素が体中に充満し、ニコチンを追い出している。黒く汚れていた唇は深紅に変化、びっくりして見惚れる子供たちである。タバコはコントロール出来れば精神的にも、肉体的にも良いかもしれない。しかし、私のような単細胞な男はやはり禁煙がいいと思う。
2007年05月08日
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核を背後に平和はない 昭和59年8月4日 沖縄タイムス 読者から トマホークとはインディアンが使用した斧のことであるが、トマホーク艦巡航ミサイルとなると意味が異なる。原子力潜水艦、ミサイル駆逐艦、防空巡洋艦などに搭載される ”BCM109C型” などと呼ばれる核弾道ミサイルとなる。射程距離1300キロ、地形照合誘導装置で超低空を平気で飛び目標に向かう。インディアンの斧が一斉に発射されるという単純なことではない。たった2発で沖縄が吹っ飛び、跡形もなくなるのだ。 さらに ”BCM109A型” となると北大西洋、北極海、日本海などの海底深くから、クレムリンやソ連ミサイル基地を直接攻撃することが出来る。しかも、デジタル地形図相関装置の働きで命中度は10m以下という百発百中、気象台の天気予報が気の毒になる。 しかし、これは米国のソ連に対する軍事的優位を意味するものではない。 また、レーザーや粒子ビーム・マイクロ波を利用する指向性エネルギー兵器の開発、完璧な弾道ミサイル防衛網の完成により、核抑止が出来るという考えはあまりにも危険すぎると思う。 人間の心の触れ合いなくして真の平和はない。背後に核兵器を掲げる凄みを見せ付けての平和は絶対にない。 ・・・ある日突然、地球は全面核戦争により火の塊となった。ペンタゴンの地下作戦室から、いち早く改良型機上国家指揮所へ移った米国大統領は炎の地球を見下ろして深いため息をつく。 「あの時、ソ連と仲良くすればよかった」 そうつぶやく大統領は、燃料切れとなったエアーフォース1と共に火の海へ墜落していく。護衛の高速ヘリコプター、ナイトホーク1・2・3・4もその後を追う。
2007年05月07日
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バナナに見る逞しい力 昭和59年7月24日 沖縄タイムス 読者から 小さな庭の片隅にバナナの木々が密生している。それらが太陽の光を浴びる時、長楕円形の葉々が緑に輝いて影を落とす。そこへ海からの涼風が流れ込み、自然のクーラーが効かされる。作業を終えて帰ってくると、まず、電気代のいらないそのクーラーの場所に腰を下ろし、冷たいビールを一杯、そして、生きていることに感謝してもう一杯。それからバナナの重い実を見つめながら一息つく。このようなバナナの木との付き合いが10年にもなっている。 「もたす実、芭蕉のなりぬなるぐとぅに、君の広がりもあにすあらな」 何の事かさっぱり分からない難しい琉歌であるが、私なりに訳をつけると、”重い芭蕉の実がなるように、わが恋しい貴方の広がりも、かくのごとくあれ” となるが、正しいかどうかはあまり自信がない。バナナの木とその実の勢いの盛んさをもって、”君=彼” なる者の繁栄と力を賛美したものだと思う。 他の木々とは異なり軟弱な幹で、台風には簡単に倒されて無残な姿に変わり果てる脆さがあるが、どんなに切り倒され、踏みにじめられても、子孫の絶えるということはない。その根元からは威勢のいい子木が、次々といくらでも出て来るのである。その生命力、繁殖力のたくましさがこういう琉歌につながっていると思う。 時々、重労働や対人関係で疲れ、マイナス思考に落ち込んだ時、いつも心を奮い立たせ活力を与えるのがこのバナナの木の逞しさである。いつまでも大切にしたい。
2007年05月07日
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宇宙人出現 昭和59年6月7日 沖縄タイムス 読者から 真夜中、何かの気配を感じ、それに引きずられるように庭に出た。闇と静寂がどこまでも広がり、頭上は壮麗な星空であった。この気配、得体の知れない波動は一体なんだろうか、どこから来るのか、私は視線を天頂に這わせた。東空に満月が浮かんでいた。しかし、おかしい。午前2時、満月なら今頃、東空にあるはずがない。私はびっくりして、その満月を見つめなおした。 それは透き通るような紫色に輝いていた。しばらくして、突然、それは、赤、黄、青、緑、の光を交互に発し、数メートルほどの私の眼前の上空に瞬間移動した。直径が3メートルほどの球体であった。恐怖のため私は身動きが出来なくなった。やがて輝く球体は数本の脚をその下部から出し、私の眼前に着地した。 恐怖は極限に達し、私は気が狂いそうになった。だが、その時、耳の奥に直接、賑やかなカチャーシーの音楽が入ってきた。それは、蛇皮線や太鼓、そして、大勢の老若男女の歌声であった。私はそれによって落ち着き、冷静になることが出来た。これは幻聴ではない。眼前の球体の内部からの波動によるものである事が私には、はっきりと分かった。 やがて球体の中央部がハート型に赤く輝き、その部分だけが、球体から抜け出るかのように分離した。それから、まるで、魔法使いが煙から変身するかのように人間の姿となった。それは中曽根総理のようなハゲかかった頭をしていた。彼はウインクをした後、握手を求めた。私の全身を穏やかな波動が駆け巡り、彼への友好と信頼感が湧き上がった。 地球の危機を知らせるために彼は、150億光年の宇宙の果てから、膨大な燃費を使ってわざわざやって来たという。イラク、イランは戦争をやめて仲良くせよ、ソ連はロス5輪に参加して米国や他の国々と仲良くせよ、全ての国は核兵器の代わりに棘のないバラ作りをせよ、その他いろいろ、という様な事を彼は告げた。 私は人間の罪悪に身震いし、人間を助けてくれ、と頼んだ。彼は大きくうなずき、右手を上にかざして大きな円を描いた。それは虹色の輪となり、その中から彼は泡盛を取り出した。二人は友情を確認しあい、その泡盛で乾杯をした。カチャーシーを踊り、カラオケを唄い、アルゼンチンタンゴを踊った後、彼は帰った。次は2000年後にやって来るとの事だ。しかし、その時、果たして人間は存在しているだろうか・・・?
2007年05月06日
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息子は花の高校生 昭和59年4月6日 沖縄タイムス 読者から 真夜中の2時過ぎ、仕事から帰ってくると、息子が目をこすりながら寝ないで待っていた。 「中学生がこんなに遅くまで起きていてはいけない。すぐに寝なさい」 私はやや厳しく言った。息子は ”ごめんなさい” と詫びた後、遅くまで起きて待っていた訳を話した。それによると、3月24日に高校の合格発表があって、それにパスした事を知らせるために起きて待っていたという。私は胸が痛んだ。父親として、子供たちとの接触が全く成されていない、という事に気がついたからだ。 朝、暗いうちに家を離れ、深夜遅くに仕事から帰ってくる、という日々が3ヶ月も続いている。私の方からは子供たちの寝顔には接しているが、子供たちは3ヶ月も私を見ていないことになる。たまに、現場からの公衆電話の声で私との接触が成される程度である。 合格の喜びを伝えたかった息子は無理して私の帰りを待ち、6日目にしてようやく睡魔に打ち勝って、その報告をすることが出来たのである。中学校の卒業式にも出席出来ず、高校受験のことさえも知らずに仕事に追われる己を私は悔やんだ。 「悪い父さんですまない」 私は詫びた。息子の心には私への反発と不満が潜んでいるかもしれない、という不安があった。しかし、それは私のひがみだった。息子の心は海よりも深く、大空のように広かったのだ。 「僕は誰よりも父さんを尊敬し、愛しています。だから、謝らないでください。働き者の父さんは最高です」 私は懸命に涙をこらえた。出来すぎた息子である。彼は今、ニキビが満開だ。それは青春の証し、青春の花でもある。花の高校生、息子よ、未来の大空めざし、大きく羽ばたけ!
2007年05月06日
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人は2回この世に生まれる。一回目は存在するために、2回目は生きるために、とルソーが言っています。存在するためには限りない欲望が必要で、そのためのいろいろな火の粉が降り、足掻きがあると思います。 2回目の生きるということは、無欲状態になることだと思います。なぜなら、われわれはすでにあらゆる面において満たされている。それを無意識が感じた時、無欲状態になれるのです。 われわれは自然の、あるいは宇宙の恵みの中で生かされている。その恵みの全てが無償である。生かしてくださる天地大自然に、われわれは代償を払っているわけではない。根源が求めるものは、心の美しさ、相互扶助の躍動であり、感謝、感激、感動である、と思う。 宇宙の広がり方は早い。その最果ては光の速さで広がっているのです。それ故、最果ての先は見ることが出来ないのであります。言い換えれば、我々はじっとしていても、光速で動いていることになります。 無欲状態とは無念無想とは違う。状況の全てを掌握して雑念のない、寛大な受け入れ態勢のことを言う。そこに、真理に輝く本物の世界が広がると思う。
2007年05月05日
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