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昭和20年4月16日早朝、米軍は伊江島への上陸作戦を開始した。島を取り巻く米軍第5艦隊所属の戦艦、巡洋艦、駆逐艦から艦砲弾がいっせいに発射され、伊江島は瞬時にして火炎地獄、修羅場と化した。 空からは雲霞のように艦載機が急降下を繰り返し、ナパーム弾やロケット弾攻撃を続けた。伊江島は長さ約8キロ、幅3キロの小さな島で、北よりの所に海抜170メートルの城山が立っている。その麓の直径は約600メートルで洞窟の中に戦闘指揮所があった。 伊江島の日本軍兵力は将兵2700、防衛隊800の計3500名であった。その外に女子救護班(70名)、女子協力隊(?)、少年義勇隊(20名)、青年義勇隊(720名)が戦闘に参加していた。 しかし、銃を持ったのは将兵だけで、防衛隊は数名しか銃は持てず、残りは全員、竹やりであった。これでは巨大怪獣にツマヨウジで立ち向かうようなもので、戦わずして勝敗は決まっていた。 この猛爆撃に対して日本軍は応戦の態勢がとれず、洞窟に閉じ込められた状態となった。唯一の効果的反撃手段は夜陰にまぎれ、斬り込みの肉弾戦を敢行する戦法しかなかった。伊江島地区隊長・井川正少佐は全部隊将兵に次のような訓示を伝達している。 「全員生死を超越し、全力を尽くして一人でも多くの敵兵を撃滅し、一台でも多くの戦車を撃滅し、一日でも長く飛行場の占領を妨害し、たとえ我々は伊江城山の麓に屍を晒すとも、これにより沖縄本島友軍に裨益せん」 米軍は午前8時、伊江島西側の山山海岸から上陸を開始した。それに対して田村大隊所属の柴田邦夫少尉が、小隊を率いて壕を飛び出して激しく交戦したが、物量に物を言わせる米軍の前にはひとたまりもなく、全滅した。 その報告を伝令から受けた井川地区隊長は 「生死勝敗は問題にあらず。死すとも悔いなき戦闘を遂行すべし」 という全滅覚悟の訓辞を各部隊に発した。午後一時、独立速射砲第7大隊第1中隊が猛反撃を開始した。城山西方の一キロまで進撃してきた敵戦車群はこれによって4台以上を爆破されて後退した。 その夜、各中隊から20組の斬り込み隊が編成されて突撃し、戦車7両を破壊した。さらに田村大隊からは、兵と住民による斬り込み隊が結成されて敵軍に突入、全滅した。 19日には、前田小隊が城山北方で肉弾攻撃を敢行して全滅。・・・このような斬り込みが連日連夜敢行され、玉砕が続いた。 しかし、敵の勢力はあまりにも膨大であった。日本軍の攻撃10に対して、米軍はそれの数百倍のお返しをする。ついに日本軍は精根尽き果て、4月20日、城山の洞窟に堅く封じ込められた。 壕内には将校10名、兵員150名余、そして、女子救護班6名、と一般住民多数が潜んでいた。井川少佐はその夜8時、最後の総突撃命令を下した。出撃前、酒が酌み交わされ、煙草も支給された。 女子救護班の6名は、大城寿美子(26歳)、真栄田節子(23歳)、大城ハル子(23歳)、永山ハル子(24歳)、崎山ヨシ子(21歳)、大城シゲ(19歳)、であった。彼女らは自ら志願し、斬り込み隊に加わった。まず、髪を切り落とし、白い鉢巻を締めて、その上から鉄兜を被り、軍服をまとった。 すると、乳飲み子を背負った女が、自分も斬り込みに参加する、と言い出した。続いて40名あまりの老人、女たちも「祖国のために命を捧げる」と叫んで立ち上がった。 井川少佐は感涙でしばらく声が出なかった。・・・だが、彼らを死なすべきではない、という思いがこみ上げ、斬り込み参加を拒絶した。そして、19歳の大城シゲも斬り込み隊から外された。シゲは泣きながら激しく懇願した。 「いままで戦ってきたのは何のためですか、霊峰富士聳える神国日本のために死ぬためだったのです。ここで生き残って米兵の陵辱を受けて生き恥を晒したくはありません」 シゲはすがってさらに懇願した。その気迫に井川少佐はたじろいだが、断固としてその要求を受け入れることはしなかった。 「きさまらはここで死ね。足手まといになる。ここで死ぬのも、戦って死ぬのも国のために死ぬことに変わりはない。我々が斬り込んだあと速射砲弾の火薬に点火して全員自決せよ、靖国神社で会おう・・・」 壕には足に負傷した一等兵も残された。彼の役は斬り込み隊が出たあと、速射砲弾に点火して爆発させることであった。 急造爆雷とは木箱に火薬をいっぱい詰めて導火線を取り付けたものであった。それを背負い、マッチを持って女子斬り込み隊は兵の後に続いて壕を出て行った。時に昭和20年4月21日、午前4時30分であった。 しばらくして、赤子を背負った女が竹やりを持って飛び出して行った。「1人でも多くの敵を殺す」 という凄まじい執念によるものであった。轟音と炸裂音が一段と激しくなり、島全体が断末魔の痙攣に何度も震えた。 洞窟の至る所で手榴弾が爆発した。家族が輪になって布団を被り、真ん中に手榴弾を置いて爆発させる。それでも死ねないでいると、お互い棍棒や岩で頭を打って止めをさした。爆発のたびに肉片と血飛沫が飛び散り、岩肌に張り付いていく。 シゲは火薬の爆発を待ちながら妹の手を握り、横になっていた。しかし、爆発はしなかった。井川少佐の命令で、残された負傷兵が砲弾に点火しなかった、と思えてならない。 大城シゲ、伊江島女子斬り込み隊の唯一の生き残りであった。
2007年09月29日
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昭和19年10月3日、米軍は沖縄攻略を決定した。同年10月10日、沖縄大空襲、那覇の町は瓦礫と化した。翌年1月12日、米艦載機900機が沖縄諸島全域を徹底的に攻撃した。 3月17日、硫黄島の日本軍2万3千人が玉砕した。その勢いに乗じて米機動部隊は、昭和20年3月23日、本格的な沖縄本島への爆撃を開始した。 その時の沖縄防衛の日本軍戦闘員は11万6千4百人、米軍は54万8千人であった。つまり、当時の沖縄人口とあまり変わらない数の敵が押し寄せたのであります。 しかし、数の差は人員だけではなく、物量の面でも著しい開きがあった。日本軍の保有戦艦は1、それに対し米軍は23隻であった。空母は日本4、米軍98、駆逐艦は日本36、米軍828隻、航空機=日本16、228機、米軍107、000機、その他、いろいろな武器を比較してもその差は天と地の開きがあった。戦わずしてその結果は明らかであった、といっても過言ではない。 沖縄の地上戦が終結したとき、日本側の戦死者は244、136人(10万人は地元住人)、米軍戦死者は12、500人となっていた。 ちなみに日本軍航空機の撃墜された数は7830機、米軍機は763機、艦船撃沈は日本16隻、米軍36隻となっています。ただし、艦船大破は米軍が368隻となっており、神風特攻機の凄まじさを物語っております。 沖縄の本島はハブの形をしている。そのハブの急所は首であります。米軍はその首を狙い、北谷村に上陸し、日本軍の兵力を南北に切断したのであった。圧倒的な物量の前に分断された日本軍は敗走、島の最南端と北部の山岳地帯へと追い詰められていった。 「首里城に月かかる夜、手榴弾投げつつ死せんとぞ思う」 これは八原高級参謀が5月27日、首里城を撤退する時に詠んだ歌です。 避難民や学徒兵の悲劇は米軍の攻撃だけではなかった。スパイ容疑で味方の軍に殺された者も少なくはない。 やおよろずの神神に戦勝を祈願し、島の守護を祈っていた地元住民の女性がスパイ容疑で捕まった。空に向かって、手を振っていたその琉装女性が敵に合図をしていた、と誤解されたのだ。 彼女は師範学校の農場跡で、兵士や軍属たちの竹槍でめちゃめちゃに突き刺された。彼女は悲鳴を上げながら内臓を飛び出させて息絶えた。それは「スパイ狩り」とも呼ばれた。疑わしきものは捕らえられ、容赦なく殺されたのだ。西洋の「魔女狩り」に匹敵するものであった。 私は旧日本軍を非難しているわけではない。追い詰められたとき、国籍や人種を問わず、人間は悪魔になる、ということを申し上げたいのであります。そういう意味で戦争はこの世で最大最悪の犯罪である、と申し上げたい。 人類が見失っているもの、それは心の完成の追求ではないのか? 愛と正義と思いやり、そして正しい知識と実践、そこから互い助け合いの心清き人間世界が形成されてくると確信する。特攻機に対する米艦船の凄まじい応戦
2007年09月28日
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オーストリアの精神病学者、フロイトは言った。 「人類に大きな打撃を与えた3人の男、それはコペルニクスにダーウィン、そして、この私だ」 それはどういう事かと申しますと、3人はそれぞれが属した時代の偏見とおごり高ぶり、無知を撃破した、という事であります。コペルニクスは地動説を、ダーウィンは進化論を、そしてフロイトは精神分析学を打建てた、という事です。 地球は宇宙の中心であり、天が地球を回っている、とする天動説は当時としては絶対的な真理であった。それは宗教的要素が強く絡んでいて、偏見に満ちた権力者達によって堅持されていたのであります。したがってその地動説は神をぼうとくするものとして激しく非難され、支持者であったガリレオは四つん這いにされて引きずりまわされたのであります。 一方、進化論も、人間が猿から出来たとは何事か、これは聖書の人間創造を否定し、人間の尊厳をぶち壊す暴論だ~、という凄まじい非難の嵐を呼び起こした。そして、フロイトの ”人間行動の源泉は性であり、科学、芸術、宗教など全てが性エネルギーの変形に過ぎない”とする精神分析学は [エロ屋の科学] として非難され、侮蔑された。 今では地動説、進化論、そして、フロイトの精神分析学は、くつがえすことの出来ない真理として知られておりますが、時代背景の状況によって真実と真理はゆがめられたりするものであります。 あの偉大な聖人・お釈迦様でさえ女性蔑視という時代背景に染まってしまい、男尊女卑をあらわにしている。女は朝は惜しみにとらわれ、日中は妬みにとらわれ、夜は欲情にとらわれて家にいるから地獄に落ちる、と阿那律という弟子に説いている。 「たとえ恐ろしい毒蛇の口の中に男根を入れても、女性の陰部に入れてはならぬ。燃えさかる火の中に男根を入れることがあっても、女性の陰部に入れてはならぬ」 これもお釈迦様が言ったのであります。今の世の中においてそんな事を仰いますと、世界中の女性から袋叩きにされてしまいますね? それに、これを世界中の男たちが実行に移しますと人類は100年足らずで絶滅してしまうことになります。聖なる話を、性なる話にしてはなりませんね? 人間にとって大切なことは、冷静にして謙虚な態度で真理を探究することだと思います。たとえ世界中の人間が黒を白だと主張しても、一匹の蟻が黒はやっぱり黒だ、という主張が厳然とした真理であります。つまり、多数が正しいのではなくて、真理そのものが正しい、と私は言いたいのでございます。 ダーウィンの「種の起源」が発表されたのは1859年ですが、その翌年、大英学術振興協会の席で、キリスト教の僧正が、ダーウィンの学説を強く支持するハックスリーに質問した。 「人間の祖先は猿だという事ですが、それは君の祖父の系統か、それとも祖母の系統か?」 これに対し、青年ハックスリーは冷静に答えた。 「たとえ私の祖先がつまらない動物の子孫であっても、真理の誠実な探求者でありさえすれば、高度な才能と高い身分を与えられながらも、それを真理を曇らせるために使うよな子孫よりは、はるかにましだと思いますが、如何なものでしょうか?」 このエピソードは有名ですが、宗教と科学の激突がこのあと50年も続き、ようやく地動説が認められたのであります。真実、真理ならば、たとえゴキブリが主張してもやはり正しいのであり、真理でなければたとえアメリカ大統領が主張しても正しくないのであります。 何が真理で何が間違いか、人間は冷静に謙虚に、そして、正確に見つめていかねばなりませんね? では、今宵はこれにて失礼いたします。何が真実で何が真理か、夢の中でじっくり考える事にします。
2007年09月26日
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北海道のメル友、ちゃみままさんからトーモロコシとジャガイモが届きました。配達の若い男が、顔を歪め、額から滝のような汗を流しながら、その重い箱を抱えてよたよた歩きで運んできたのです。 トーモロコシは沖縄では高価なものであります。それにジャガイモは貴重な食料であります。これでしばらくは飢えずにすみます。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。 「ちゃみままさ~ん、ありがとう~~~、ばーさんも喜んでおりまーす!」 うわさを聞いて、隣近所の方々や、姉、親戚などが押し寄せ、じ~っと眺めて動こうとしません。 そこで、一人ひとりにおすそ分けをいたしました。みな、満面に喜びの笑みを浮かべて踊りながら帰って行きました。 残り少なくなりましたので、慌てて記念撮影をしました。「ありがとうー!
2007年09月26日
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今日は15夜だそうです。つまり、中秋の名月が見られるというわけです。・・・なるほど、見事な満月が頭上に輝いております。じっと見ておりますと、吸い込まれそうでございます。 かぐや姫は、あの満月の中で、何をしておるのでしょうか。おそらく、グランドピアノで、シューベルトの 「アベマリア」 を弾いていると思います。 それが終わりますと、次は「カンパネツラ」 「トロイメライ」かも・・・。 沖縄の夜空に輝く15夜のお月様左上の星は金星だと思います。
2007年09月25日
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星空で二つの流星が交差して、一瞬の十字架を輝かす。人の出会いもそれに似て刹那的ですね。しかし、光は消えるのではなくて、この宇宙空間を永遠に旅している。あの一瞬の輝きを抱いたまま・・・。 そのことは、140億光年離れた宇宙の果ての銀河が見えることからも言える。今、見えるあの銀河の姿は、140億年前の光が運んでいるもの・・・、今、実際には存在していない姿である。そして、その姿を運んでいる光は、これからも消えることなく、永遠の旅を続けていく。 青春時代が20年前だとすると、20光年離れた宇宙空間からは、あなたの青春の眩しさを見ることが出来る。その瞬間瞬間は消えることなく永遠に、無限宇宙を旅し続ける。 人の出会いと別れ、それは消滅ではなくて点滅の始まりですね。宇宙は点滅のドラマで広がり、進化を続ける。 ・・・では、これから40光年離れた宇宙空間にワープし、妻の青春時代を高性能電波望遠鏡で見ることにします。
2007年09月24日
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今日、一年忌を何事もなく執り行った。80数名の方々が集まり、式典は終了した。挨拶の時、何故か、胸がつまって声が出ない。不甲斐ないと己を叱咤しながら何とか話をした。 「皆様、きょうは、暑い中、このように大勢集まってくださり、ありがとうございます。皆様方の真実に妻は感謝し、たいへん喜んでいる事と思います。(中略) ・・・きょうは、生前の妻の思い出をしのびつつ、共に語り合い、ごゆっくりして下さい・・・」 ようやくそれだけ言い終わりますと、テーブルが設置され、刺身、天ぷら、3枚肉、アーサのスープ、ご飯が配膳された。応援隊は従姉妹や姉、叔母さん、熱心な信徒さんたちでありました。おかげで助かりました。 そして、みなが去って、家には今、私一人。孤独という最大の友人が私を見守る。 「ありがたい事です。 妻よ、安らかに・・・」 その時、私の目の前を小さな白いものが飛び交い、花瓶の花にとまった。そして、私が指でつまもうが、動かそうが逃げ出そうとせず、じっとしているのであります。 ・・・なるほど、妻よ、あなたのメッセージ、しかと受け取りました。いつでも何処でも、どういう状況下でも、あなたは、私と共にいる、・・・という事ですね? よーく分かりました。俺は負けないぞ~~~! ファイトイッパーツ、俺は頑張るぞ~~~!これは蛾ですね?
2007年09月23日
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明日は大勢の人々が集まる。その前で一年忌の式典を執り行うのですが、お供え物や、玉串などの準備は出来たものの、屋敷の掃除がまだである。 何と申しましょうか、力が抜けて茫洋とした心理状態である。 やはり、意識には現れない無意識の中の悲しみが、荒海の怒涛となって荒れ狂っているのかもしれない。それが、意識界での活力を削ぎ取っているのだ。 これから夕勤めを行う。その後、屋敷の掃除、片付けに取り掛かることにする。
2007年09月22日
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ちょっとした切り傷は鋭い痛みを感じますが、どういう訳か、深い傷であればあるほど不思議にも痛みを感じないものです。 それは、肉体の深手だけに言えることではありません。心の深手、それにも言えます。妻が去年の10月4日に大腸がん、そして、それによる全身への転移で死んだ。その時、私は茫然自失、全てが麻痺の中にあった。 つまり、心の痛みが無かったのであります。しかし、時がたつにつれて痛みが出てくる。死を覚悟した時からの妻の言葉の一つ一つが、キリのように私の胸に突き刺さってくる。 「あんた、かわいそう、生まれてから今まで、一つも良い事なかったわね・・・」 「・・・今までは死にたいといつも思っていたけど、あんたを知った今は、もう少し生きていたいわ・・・」 その言葉が、いま、強烈に私の心に突き刺さります。・・・あなたを救えなかった愚かな私、妻よ、許してくれ・・・。 明後日、23日、妻の一年忌を執り行います。今日はお墓へいき、お花を飾り、お茶、御餅をお供えして、そのご報告をしてきました。
2007年09月21日
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今日は母を病院へ連れて行く日でしたので、8時半に家を出て、宜野湾市長田にある拓老へ向かった。母は私を見ると大喜び、 「私の長男だよう~~~、外人みたいにいい男でしょう~~~!」 大声で叫びながら阿波踊りのようなかチャシーを踊った。90歳にしてこの元気、一体どうなっているのでしょうか。私も仕方なく、調子を合わせて、 「えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、よい、よい、よ~い」 と踊らざるをえなかった。10人あまりの老人たちや若い職員たちが大笑いして、全員踊りだす始末であります。 天久台病院へ着きまして、いつものお医者さん、平良先生の診察を受けた。 「血圧は110の50か、まあ、年齢にふさわしく正常ですね。どこも異常なし、いつもの通り薬を出しておきます」 そこで、私が横から口を出した。 「あの~~、先生、母の白髪頭、前のほうから黒髪が生えだしておりますが、これは、若返って来ている、という事なんでしょうか?」 先生は、ん? と言いながら母の頭に視線を注いだ。 「・・・これは、若返ったと言うより、栄養状態がいい、ということでしょうな、わっはっはっはっははははは~~~~」 という事でありますが、私の見解では、絶対に母は若返って来ている、つまり、蘇生しているという事になる。Believe it or not, it is true. では、今日はこれにて失礼いたします。拓老に咲く蓮です
2007年09月19日
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台風11号が去ってほっとする間もなく、今度は12号がやってきた。今年の台風の特徴は、最初は小型であるが、移動するにつれて勢力を増し、あっという間に強い台風になってしまうことである。 12号もそうであります。最初は20メートルほどであったが、宮古、八重山に接近した現在、瞬間最大風速が65メートルを突破した。それが、この家にまともに当たっていれば、今頃は、跡形もなく吹っ飛んでいたはずである。急いで家全体をワイヤーでがっちりと締め付ける工事をしなければならないと思う。 おそらく、これから、いくらでも台風が発生して襲ってくるはずだ。油断は禁物であります。午前9時50分現在、12号は遠ざかった筈だが、あいかわらず突風が吹き荒れ、家が揺れております。 昨夜、夕勤めを終えて揺れる家の中でテレビを見ておりますと、2女と孫3人がやってきた。孫は上から小学5年生のさえちゃん、3年生のさきちゃん、4歳のひろきであります。 そして、孫たちは口々に 「おじいーちゃん、いつまでも元気で長生きしてね~~~」 と言いながら、プレゼントを手渡してくれた。私は一人ひとりを抱き上げて、上に差し上げた。それが、孫たちにはうれしいらしく、何度もそうする事を要求した。 しかし、考えて見ますと、私は敬老の日の主役、年寄り、老人、という事になる。私は66歳、あと3ヶ月で67歳となる。・・・アジャー、いつの間にこんなに年を取ったのだ。 しかし、私は病まず、死なず、弱らず、つまり、永遠の不老不死の先駆者、パイオニィアーとならねばならない使命がある。孫たちよ、見ておれ! お前たちが80,90になった時、お前たちよりはるかに若い、活気に満ち溢れた私を見るであろう! おじいーちゃんは 只者ではないのだ~~~。 いつまでも長生きしますよ~~~!孫たちからのプレゼントです
2007年09月18日
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托鉢とは仏僧が鉢を持って食べ物を乞うて歩くことであります。乞食とも言います。しかし、読み方はコジキではなくて、コツジキであります。 坊さんが乞食をしている、なんって格好いいものではありません。やはり、タクハツ、コツジキと言って欲しいものであります。しかし、いかにお坊さんといえども、一歩間違えますと、コツジキから乞食となってしまいますから、くれぐれも日ごろの修行と悟りを怠らないことであります。 子供の頃、門前によく丼椀を持った坊さんが立った。深編み笠で顔は見えなかったのですが、子供心に偉い人に違いないと思った。母はその丼椀に芋をすりつぶしたものをたっぷりと盛ってあげた。坊さんは手刀を切って礼をし立ち去る。その後姿が今でも見えるような気がいたします。 そういう托鉢というのは今から約2600年前の仏教の元祖・釈尊もやっておりました。ある日、釈尊は托鉢に出かけた。いかに仏様と言えども身体は人間ですので、食べないと生きていけません。それで食べ物を求めて托鉢に出かけるのであります。 場所はマガタ国の南山にあるバラモンの村でありました。しばらく歩いておりますと、バーラドバーシャというバラモンが5百挺の鋤を牛に結び付けて田を耕している所に辿り着いた。彼は大地主で大金持ちでしたので、下男や貧しい人々に食物を一日に一回、配給しておりました。バラモンとして立派な心構えだ、と自分で自分を褒めていたのだと思います。 仏陀が立ち止まったとき、彼は言った。 「そこの修行者よ、食べ物を乞って苦行するのではなく、私のように額に汗し、耕して種を撒き、その収穫で食え」 すると仏陀は答えた。 「私も耕して種を撒いている。しかし、その収穫は人が食うもので私は食わない」 「・・・嘘だ。俺はお前が耕して種を撒いているところを見たことがない」 「私にとって信仰が種であり、苦行が耕作である。その耕作と種を撒くために生きていなければならない。私は生きるために托鉢するのであり、食べるために生きているのではない」 バーラドバーシャは深く感銘し、諭してくれた報酬として乳粥を青銅の鉢に入れて捧げようとした。しかし、釈尊はそれを拒んだ。 「報酬として得たものを目覚めた人々は避ける。私も報酬という餌なるものを食することは出来ないのだ」 バーラドバーシャはさらに感銘し、釈尊の弟子となり、仏門に帰依した。 イルカやシャチが素晴らしい演技をする。それは餌に操られているに過ぎない。そこには自らの意思によって、自らを高める、という真理はない。餌目的、食う目的のための生きることしかないのだ。己の餌目的、報酬目的から築かれる知恵と進化は停滞と退化をもたらす。しかし、真理と奇蹟への感動と喜びからもたらされる苦行は、完璧な進化への道と不滅の光をもたらす。 釈尊は、食うために生きるな!生きるためにのみ食え! と諭されておられるのであります。そして、何のために生きるのか? それは、本物を知るため、本物を知って感動し、真理を実践し、心の道を学習するためである、ということであります。
2007年09月16日
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上陸した台風11号は一段と勢力を強め、久米島では瞬間最大風速62.8メートルを記録した。わが家はビルと大きなた建物に挟まれているため、風速は増加する。したがって40メートルは60メートルを突破する。 おそらく、70メートル近くの瞬間最大風速がわが家に襲い掛かったと思う。しかも、いつもの台風と違って、11号は巻き上げるような風であった。 どーんとぶっつかると家が激しく揺れる。そして、奇妙な軋み音を上げて屋根全体が上がったり下がったりした。しかし、私が恐怖となったのはそういう事ではなく、73歳の姉の恐怖の悲鳴であった。 このねーさん、よせばいいのに友人と那覇のカラオケに行き、夕方まで遊びまくったのであります。そして、家に帰るために外に出たとき、時すでに遅く、台風でコザ行きのバスがストップしていた。しかたなく、タクシーでわが家に転がり込んだのであります。コザまでだとタクシー賃は一万円余るからです。 家が揺れるたびに隣の部屋からギャー、とか、グワー、だずげで~~~、まだ死にたくない~~~、という悲鳴と叫び声が聞こえる。揺れる家は揺りかごとなり、暴風の音は子守唄となるはずだったが、こんな下品な断末魔の雄叫びは恐怖であります。 腹が立ったので怒鳴った。「眠れないじゃないか、静かにしてください。」 姉は吃驚して静かになった。恐怖を懸命に堪える呻き声がかすかに聞こえる。これで私は安眠できた。 目が覚めると台風は治まっていた。それでも時々、突風が庭の木々を揺らしていた。やつれ果てた姉がお茶を持ってきてくれた。その姿はまるで太った幽霊のようであった。 「あんた、おかしいんとちがうか? 家が今にも壊れそうだというのに、平気で鼾をかいて寝ているなんって、神経が異常じゃないの?」 「今頃、気がついたか、愚か者! だから、台風のときは二度と此処へは来ないでください。私は台風が大好きなんだ・・・。暴風は私にとっては交響楽だ。それはベートーベンの運命であり、ムゾルスキーの禿山の一夜だ。ねーさんの後頭部の禿山とは違う。それは恐怖だ」 姉は捻くれて台所へ引き下がった。そこで、庭に出た。上を見ると台風一過の朝空が赤く輝いていた。台風一過の朝空
2007年09月15日
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いま、台風11号が那覇の南、80キロに来ている。予報では弱い台風、ということであったが、とんでもない、いま、家がぐらぐら、屋根が吹っ飛んでいきそうな勢いである。風速40メートルは軽く越していると思う。 これからさらに強まるとのことであるが、どうなる事やら。いずれにせよ、親神様や御霊様方がお鎮まりくださる家である。全て神様任せ、揺れる家を揺りかごとし、風の音を子守唄として、今から寝ることにします。では、皆さん、おやすみなさい!
2007年09月14日
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台風11号が沖縄へ接近している。今のところ最大風速20メートル前後で、一応小型ではありますが、再接近する夕刻からは30メートルほどに強まるという。 8号の時はまともに食らって、瞬間最大が70メートルであった。それに耐えたトタン葺のおんぼろ家ですので、今度の11号は大丈夫と思うのですが、それでもやはり心配であります。 もっと心配なのは、庭の片隅に咲いたパパイヤのオス花であります。木は大丈夫なんですが、やはり花は散ってしまうのは確実でしょう。 ところで、パパイヤにはオスとメスがある事を御存知の方は少ないと思います。メスには花は咲かずに、すぐに実がつきます。その実はオスがなくても実るものなんですが、では、オスのパパイヤは子孫存続にいかなる役目があるのか、ちょっと、分かりません。 しかし、オスのパパイヤの木の芯は、アク抜きしますと食用にもなります。子供のころ、お祝いの時によく出されたのを覚えています。沖縄の昔の人が長生きした原因の一つに、それを食材にした事が考えられます。今後、いろいろと研究してみたいと思います。パパイヤのオス花の4分咲きです
2007年09月14日
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朝、庭に出てみますと、サルスベリの花と蕾が雨滴をつけて陽光にきらめいていた。朝つとめの時、にわか雨が降った。その時の雨滴である。蕾に付着して垂れ下がる滴、涙のようでもあります。突然の辞意表明をした阿部総理の無念の涙かもしれません。 これほどの大物が、国内外の非難、抗議を覚悟で総理大臣を辞めるということは、よっぽどの何かがあったと思う。死人に鞭打つ行為、マスコミの報道や、野党の言動にはそれが見られる。なぜ、お疲れ様でした、という思いやりの言葉が何処からも出ないのであろうか? 今の日本は、悪は徹底的にやっつけて地獄に落とし、弱者なら苛め抜いて殺せ、という悪魔に侵略されているように思えてならない。悪は正して、善となし、人類を助ける神のしもべに改造すべきである。そうでないと、人々の心は荒廃し、愛も情けも正義もない瓦礫の人間界がある日突然、出現する事になる。 サルスベリの蕾できらめく雨滴は、それを憂いて悲しむ涙の滴かもしれません。
2007年09月13日
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午後一時30分、糸満のその小学校へ着きまして、職員室の前の駐車場に車を止めますと、校長先生と、00弘子先生、そして、6年3組の35名の生徒がずらりと2列横隊で迎えてくれた。前列は校長先生と担任の弘子先生で、その背後に35名の生徒たちが並んでいたのであります。 気の弱い私はおっかな吃驚、震えがちな足を叩いて車を降りた。すると真っ先に校長先生が私の手を握り、満面に笑顔を湛えて言った。 「本日は忙しいところをよく来てくださいました。ありがとうございます。先生のことは新聞投稿でよく存じ上げております。素晴らしい内容にいつも感動し、勉強させていただいております。きょうは、生徒たちも先生にお会いできる事をとても楽しみにしております。どうか、よろしくお願いいたします・・・」 私はさらにびっくりした。労務者の私が、なぜ、先生なのだ? しかし、こと、ここに至っては開き直るしかない。 「恐れ入ります。先生なんって、とんでもございません。ただの労務者でございます。しかし、大変光栄でございます。生徒たちには労務者として生きてきた経験、つまり、土方哲学なるものをお話したいと思います。それでよろしいでしょうか?」 「大変結構です。せんせいよろしくおねがいいたします・・」 ということで、生徒たちに囲まれながら教室に案内された。その途中、生徒の一人が質問した。 「おじさんは、何歳ですか?」 「・・・わたしは、66歳でーす! でも、精神年齢は皆さんと同じ、12歳ですよ~~~」 生徒たちは大笑いした。しかし、私は顔で笑ってはいたが、内面では緊張し、失神寸前であった。そして、担任の弘子先生の紹介を改めて受けて教壇に立った。 「今日は私、このおじさん、最高に幸せです。なぜなら、皆様方のような素晴らしい、前途有望な方々、・・・つまり、未来の大物様たちの前でお話が出来るからです。ここにいらっしゃる35名の生徒たち、あなたたちは只者ではありません。なぜなら人類と、人類の未来に希望の光を与える勇者たちだからであります。 ・・・ん? みなさまがた、変な顔をしておりますね? それは何故か? それは、皆様方が、自分の隠れた素晴らしさに気づいていないからであります。あなたたち、この世に生まれてきた確率を知っておりますか? じつは、ここに一人の人間がいるという事は、たいへんな事なのです。 皆さんにはお父さんお母さんがいますね? そのお父さんお母さんにもさらに、お父さんお母さんがいます。それをさかのぼって行って27代のご先祖様までいきますと、なんと、その間の御先祖様の数は1億3千万人になるのであります。 ですから、その先の50代前、100代前となりますと、御先祖様は100億以上にもなります。ですから、皆様方がいま、ここに存在しているという事は、100億分の一の確率、いや、無限分の1の確率となります。 ということは、皆様方は只者ではない、という事になります・・・」 生徒たちはしばらく黙っていたが、ここで、爆雷のような拍手をした。わたしは、また、また吃驚、調子に乗ってさらに話を続けたのであります。 ・・・夜も、深深と更けてまいりましたので、この続きは明日にいたします。 では、今宵は、これにて失礼いたします。
2007年09月11日
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ある御婦人が参拝に来て、私に頼みごとをした。 「姑を殺して欲しい・・・」 私は吃驚、そのわけを訊いた。彼女の涙ながらの話によりますと、この姑、極悪非道の残虐無情の鬼婆らしい。富豪選良の聡明なお嬢さんを息子は嫁に貰うところであったが、何処の馬の骨とも分からぬ、下品なあんたがしゃしゃり出て息子を誘惑し、嫁に納まった。人の心があるのなら、今すぐ離婚して出て行け~! とか、ある時は、電気掃除機で叩かれ、ある時は包丁で追い回され、ある時は電鋸で腕を切られるところを、間一髪、旦那が帰ってきて助かった。とにかく、やる事成すこと出鱈目で、とうとう花子さんは精神分裂症になって首吊り自殺を計ったが、ロープが切れて成功しなかったという。 それでいて、その姑、人前では嫁に虐められている哀れなヒロインを演じる。 「花子さん、仰せの通り、炊事洗濯、庭の掃除、便所の掃除、みなさせていただきました。体がフラフラです。三日三晩寝ておりません。ほんのちょっとだけ、休んでいいでしょうか? ・・・あ、すみません、私が悪うございました。すぐにお風呂の準備をいたします・・・」 というように、巧みで綿密な策略を駆使して花子さんを虐待するとの事である。そして、花子さんが、セールスマンと話しているところをデジカメで撮り、不倫をしている証拠として旦那に見せて、離婚を勧めた。 しかし、旦那はバカではありませんので総てを見抜いており、それに、花子さんをとっても愛していましたので、全く相手にしなかったのであります。 逆上した姑は、ついに朝の味噌汁に青酸カリを入れて花子さんを殺害しようとした。しかし、偶然に、猫に追われて、そこへ飛び込んだネズミがそれをひっくり返して、ひきつけを起こして死んだので計画は失敗に終わったのであります。 このままでは殺される、そこで、花子さんは逆に先手を取って姑を殺す事を考え、その相談にきた、というわけであります。 こんな恐ろしい相談を受けたのは初めてであります。私はしばらく言葉が出ませんでしたが、花子さんが完全にまともでない状態にある、ということを考えて、咄嗟に思いついた返答をした。 「分かりました。私も正義の味方です。神の名の元において、あなたの姑を殺すお手伝いをいたしましょう。しかし、それは、完全犯罪でなければならない。殺してしまった後、あなたが犯人と分かれば、そして、私がその協力者だと分かれば二人とも刑務所行きとなって死刑か、無期懲役となります」 花子さんは目を輝かせた。 「完全犯罪って出来ますか?」 「私の言う通りにすれば絶対にできる」 「どうすればいいのですか?」 「まず、絶対に姑に逆らわない。姑さんの言う事は何でも素直に聞く。寝るときは、体を揉んで上げ、魚を食べる時は自分は骨や尻尾を食べて、姑には肉部を上げる。どんな酷い事を言われても素直に受け止めて詫びる。何でも、はいはい、と言って通るのです」 花子さんは目を丸くした。 「そんな事、どうしてするのですか?」 「相手を油断させるためです。姑さんが、うちの嫁は良い嫁だ、と隣近所に言うようになれば、殺されても誰もあなたを疑わない。完全犯罪、それを成功させるためには、これしか方法がないのです・・・。殺したあと、鼻の穴から指を突っ込んで、奥歯をガタガタさせようはありませんか・・・」 花子さんはうなずいて、帰った。 それから、半年後、牧港のあるスーパーで買い物をしている花子さんを見た。私は背後から近づき声をかけた。 「どうですか、そろそろ鼻から指を突っ込んで奥歯をガタガタ言わせましょうか・・・?」 振り向いた花子さんは私を見て体を硬直させた。そして、しばらくじっと私を見つめた後、涙を流しながら言った。 「わたしがまちがっておりました。姑さん、私をとっても大事にしてくださいます。ほんとに私はバカでした。さわやかVさん、ほんとにありがとうございました} そのとき、となりの通路から声がした。 「花子さ~ん、何処なの~、ポーク缶詰、ここにあったわよ~」 「はーい、おかあーさん、いま、そこへいきまーす」 わたしは、二人が肩を並べ、笑顔で買い物をする情景を見た。
2007年09月08日
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鶴は千年、亀は万年といわれた時代がありました。その亀は、五千年以上も生きると老眼が深刻化し、ついには盲目になってしまうそうです。その盲目の亀は、百年に一度だけ大海の海面に上がってお天道様を拝み、百年分の深呼吸をする。 ところがであります、その亀が、ある百年を過ぎて海面に頭を突きだした時、丁度そこに穴の開いた板切れが浮かんでいて、頭がすっぽりとその中に入ったのであります。 こんな事は不可能に近いくらい滅多にあり得ないことです。たった一枚宝くじを買ったら、それが三億円の当たりクジだったという事以上の希少確率なんです。 しかし、今日、私はそれに等しいくらいの確率に遭ったのです。 朝の日差しは柔らかく、小鳥のさえずりがさわやかに静けさを乱していた。朝つとめの後、私はコーヒーのカップを片手に持って狭い庭に出た。花を咲かすサルスベリの、朝日に輝く美しさに誘い出されたのであります。 「生きるという事は、あらゆる素晴らしさの中に存在しているということだ。親神様、この素晴らしさをありがとう! 幸せだな~、俺は死ぬまで生きているぞ~」 私は心で叫んでコーヒーカップをサルスベリの花の前にかざした。するとその中に黄色いものが尾を引いてスーっと入ったのです。な、なんだこれは! 私はビックリして上を見上げた。ガジマルの天辺から数羽のメジロが舞い上がったところであった。その一羽のバードミサイルが見事に私のコーヒーカップに入った、という訳です。琥珀色の小さな飛沫が朝日に眩しくきらめいた。 メジロの糞は不老不死の薬、という人がいますが、さすがの私も糞入りコーヒーは飲めい。そこで、足にまつわり付いているチビ猫の食器に入れてやると、おいしそうに飲んだ。これでこの猫は不老不死になるはずだ。 しかし、あのメジロ、お見事であります。数メートルの高さを飛びながら、コーヒーカップに糞を命中させる、こういうことは無限分の一の確率と思いませんか? 盲亀浮木の縁、そして、メジロ・バードミサイルの縁、きょうはなにか良いことがありそうな気がする。庭のサルスベリです
2007年09月07日
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昨日、5日は月に一度の月並祭でございました。23人の老若男女の信徒さんが集まりまして、荘厳にして和気あいあいとした雰囲気の中でお祭りが執り行われました。祭典の後は責任者として私が説教をしなければならない。 昨日の日記のような事柄を、親神様のみ教えと折り混ぜながら話しますと、全員感動してくれました。中に、小学校の先生がおりまして、ぜひとも私のクラスの生徒たちにお話をしてください、と懇願された。 私は、人相悪いですけど、気が弱くて、話が下手なので、それは無理です、と断ったのですが、 「あなたは親神様のしもべでしょう? 子供たちにみ教えを伝えるのも、一つの大きな使命ではありませんか?」 そうまで言われますと、断るわけにはまいりませんね? 今月の11日、火曜日、糸満のその小学校へ行く事になりました。 どうなる事やら、夜は眠れなくなりそうです。
2007年09月06日
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地球の半径は6400キロだそうです。内部は内核、外核、マントルに別れていて、金属や岩石などがどろどろに溶けた流体であります。その温度は1500℃から4000℃以上で、厚さ2300キロの外核は時速1600キロの速さで回転しております。それによって磁場が発生して、電磁波が地球を取り巻いておるのであります。 その電磁波がなければ地球は、太陽からの10万℃という太陽風を浴びて、たちまちのうちに火の海となってしまいます。太陽風というのは、電気を帯びた粒子のガス体でありまして、一立方センチメートルに10個の割合で存在します。 その地球内部の火の流体を取り巻いておりますのが地殻と呼ばれるもので、厚みが5キロから50キロあります。地球を卵にたとえますと、その殻よりも地殻は薄い、ということになります。その地殻の下を厚さ100キロの岩石のプレートがあって、絶えず変動しております。 その海洋プレートの動きによって陸地は絶えず動いておりまして、地震の原因にもなっております。現在、オーすトラリア大陸も動いておりまして、5000万年後に日本列島にぶっつかって、日本は1万メートルの高さとなります。 2億5千万年後にはアメリカ大陸がアジヤ大陸とぶっつかって、そのためにできる超新大陸が出現し、それを取り巻く深い海溝からの落石により、内核が爆発して地球は火の海となります。10億年後、海水がマントルに吸収されて地球は干上がり、その結果、全生物は絶滅します。50億年後には終末を迎えた太陽が巨大化し、地球を飲み込んで爆発します。 以上が、これからの地球の運命であります。ここで人間は、何を考えなければならないかという時期に来ていると思います。いつまでも人間思案という小さな殻に閉じこもって、煩悩、欲望の虜となり、真理、真実に盲目となって絶滅するか、あるいは、魂を浄化し、心澄み切って互いに助けあい、その中からしか生まれてこない叡智によって超科学文明を築き、この宇宙をわが庭として飛びまわれるようになるか、まことに人類は重大なに時期にあると思います。
2007年09月05日
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28歳の頃、カデナ米空軍基地のNCOクラブ(下士官クラブ)でストアーキイパー兼ね会計係補佐として勤務していた。総支配人はハッサク軍曹でありました。 ある日、冷凍倉庫で棚卸をしておりますと、ハッサクから電話がかかってきた。 「話がある、急いで来い」 「今、忙しいので手が離せません、終わってから来ます」 「ばか者、命令だ、すぐに来い!」 そこでNCO専用のリムジンで彼の家に行きますと、何と彼は素っ裸で玄関に現れた。シャワーに入っている最中だったので、面倒臭いからそのまま出て来たというのであります。 「へ~~~、立派な物を持っておりますな・・・!」 と申し上げますと、 「なぬ? きさまだって立派なものを持っているではないか。・・・どうだ、ここでどっちが立派か勝負してみるか?」 「・・・何という破廉恥・・・、イエス・キリストの前でもう一度そんな事が言えまするか? 総支配人ともあろうお方が、・・・きさま、恥を知れ!」 「・・・おれは、そんなことを議論するために、きさまを呼んだのではない。ベトナムの支店へ一っ飛びして棚卸して来い、と、命令するために呼んだのだ・・・」 支店というのはNCOクラブが、ベトナムのサイゴンに、ハワイにある太平洋司令部の命令で作ったものであります。そこの経理が出鱈目なので、私が行って正しい財務書表を作成して来い、ということでありました。 その時の私の月給は50ドルであった。オンナ・ポイントと呼ばれるその支店へ行ってくれれば、特別手当として200ドル出す、というのであります。勿論、私は無条件降伏、ただちにOKした。 翌日、午前3時、私とシベリアンのヘンドリックを乗せた輸送機はカデナ・エア・ベースの滑走路を離陸した。 サイゴンの近くに来ますと突然、機体が激しく揺れた。「何事ですか?」とパイロットに尋ねますと、対空ミサイルをかわす為に急降下と急上昇を繰り返しているという。 窓の外を見ますとミサイルが機体をかすめて次々と飛びすぎて行くのが見えた。 そこで、「あなた、凄腕ですね」 と申し上げますと、 「お前の命はおれが守ってやる。太平洋艦隊司令長官、ミニッツ提督の命令だ・・・」 私はビックリした。たかがストアーキーパー・クラークのために提督命令が出されれていたとは、・・・今考えますと、とても信じられない話です。 そして、無事サイゴン空港に着陸し、それから迎えのジープに乗って、onna pointへ向かった。到着するのに15分ほどかかり、直ちに冷凍倉庫に入って食品の棚卸しに取り掛かった。 Total sale $2,985、 Total Sales Cost $2,023、 Gross pofit $1,962 と事務所で出した後、真夜中の2時、サイゴン空港を離陸してカデナ基地へ飛んだ。 しかし、離陸してまもなく機体は再び激しく揺れ動きながら飛行となった。 「また、ミサイル攻撃ですか?」 「・・・ちがう、そんなものじゃない。ミグ戦闘機5機に包囲された。あと、10分ほどは攻撃をかわせるが、その後は無理だ。覚悟した方がいい・・・」 窓の外を見ると、機体はミサイルと機関砲弾の嵐の中をジグザクで飛んでいた。アルミ箔の粉をまきながら、ミサイルの追尾を狂わせているとのことであった。 200ドルで命を落とすのか、・・・私は後悔の念に駆られた。しかし、どうせ死ぬのであれば、日本男児として無様な死に方はしたくない。私は青ざめているヘンドリックに泡盛の古酒を勧めた。 彼は震えながらそれを飲んだ。私も震えながら飲んだ。どんなに力んでも恐いのは恐いのであります。問題は悟りと諦めであります。 機体に衝撃が走った。主翼に付いた第1エンジンが破壊されたのだ。窓から見ますと右の翼は炎に包まれていた。機体はあえぎながら飛行を続けた。 「前方、新たな機影、10機確認・・・」 もう、完全にだめだ。私は泡盛を一気に飲んだ。28歳で死ぬのか・・・。しかし、わが人生に悔いはない。泡盛を飲みながら死ぬるのは本望・・・、そう思ったとき、なぜか心が軽くなった。恐怖も焦りも、一切の人間的なものが消えて、穏やかな海が広がった。 だが、新たな機影は敵機ではなかった。 「・・・味方です。助かりましたー・・・」 パイロットが甲高い声で叫んだ。たちまち閃光の錯綜に機体は包まれた。敵機が次々と炎に包まれ、撃墜されていった。 それから1時間ほどかかって、我々はなんとかカデナ基地にたどり着いた。命からがらの、奇跡の生還としかいいようがありません。
2007年09月04日
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「私は気分が出るのを待ってなどいない。そんなことをしていたら何事も成就できない。心は働き出さねばならないことを知っているのだ」 これはアメリカの女流作家(作品の一つに”大地”がある)の記述であります。いまの私に戒めとなる言葉であります。何事も些細なことは明日やればいい、明日があるじゃないか、という漫然とした心でおりますと、結局、何も出来ず、年をとって後悔して死んでいくだけであります。 自分で言うのもなんですが、私は先々月まで日雇い労務者という素晴らしい、立派な職業についていた。人間は各自、なにをやってもいいのですが、天が与えた使命というのを必ず一つは持っている。それを発揮しながら仕事をやっておればいいのですが、その使命が何であるのか、分からないまま人は生きているのであります。 では、私の使命とは何か? それは、ピアノ演奏の達人になって、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を弾くことであります。しかし、超楽天家の私ですので、漫然として労務だけをやり、気分が出るのを待っていたのであります。明日は無限にある、だから明日からやればいい、と思いつつ、66歳というこの年になってしまった。 歳月人を待たず、大河の流れと共に1日24時間が数千の束となって過去へ去っていってしまった。これ全て気分が出るのを待っていたからなんです。しかし、まだ遅くないのだ。 どんな些細なことでも今すぐやる、これをいまから徹底してやることに致します。
2007年09月03日
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いかに美男美女といえども、一皮剥けば血管露出、3枚肉の化け物であり、さらにそれらを全て取り除きますと、見るも恐ろしい骸骨である。そうでなくても、人間全て大小便の器に過ぎない。 ・・・これは私が言っているのではありません。ある、仏教の本に書いてあるものを引用したのであります。 そもそも、幸せとは何か? それは現実逃避の幻想が生み出した幻影であります。生きるということは幸せとか、不幸とかの次元ではないのであります。この世は全て地獄、その中でのみ生命は生きられるのでございます。 全てが満たされ、悩みも苦しみも、先行き不安もなくなりますと、人間はふやけて絶滅する。それは、人間に限らず、あらゆる生き物に言えることであります。 それで、人間は何のために地獄で生きねばならないのか? ・・・残念ながら、人間以外の世界には何のためという問いかけはどこにもない。頭の良すぎる人間が、勝手に創造した幻覚の結晶であって、人間だけが勝手に妄想の中で飛んだり跳ねたりしているのであります。 その証拠に、人間の餌になっている豚とか牛、鶏などの他の動物には、人間の妄想からすると悲惨な、絶望の運命であっても、不幸感は持っていないのであります。 知能が発達していないから当然、という方がほとんどだと思いますが、それが傲慢であります。力と知恵、富があれば全てを支配し、何でも出来る、という勘違いでおりますと、それは命取りとなります。命を取られてもいずれ死にますので、たいした問題ではないのですが、理法の世界はそうは問屋が卸しません、となります。 2億年も栄えた恐竜はある日、突然、あっという間に絶滅した。ましてや、たかが600万年余りにしかならない人類など、宇宙の無限性、天地大自然の怒りにあいますと、蝿叩きで叩き潰される蝿のように死滅することになるのであります。 人間それぞれは、残念ながら生と死のドラマ、生まれ変わりをこの宇宙の続く限りいつまでも展開する。そして、この宇宙が終わったとしても、別宇宙が発生してその情報の全てが受け継がれていく。そして、我々の魂が再び生と死のドラマの幕を開けるのであります。 幸せという花は天国ではなくて、地獄に咲く花であります。地獄の中で強く逞しく愛と正義の花を咲かす、そこにのみ真実の幸せがあります。人間はいずれ、他の動物の肉を食らう、ということから離脱するはずであります。科学の力で万能栄養物の合成に成功するからであります。 その時の人間の質により、人間の食料源となってきた他の動物たちの、祟りがあるかないかの決定が下されると思います。勿論、それを下すのは、自然の成り行きという手に負えない化け物であります。 今日の日記はいつもと違うようで、書き終わって茫漠としております。自分が書いたはずだが、自分のではないような異質であります。人間の90%を占める無意識の中の一部分のなせる業だと思います。もしかすると、その部分は神なるものと重なっているのかもしれませんね? では、今日はこれにて、皆さん、また、明日! (^_-)☆
2007年09月02日
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考えて見ますと、日常生活において喜べる材料はいくらでもありますね? つまり、生きている限り、どんな逆境の中にあっても、考え方一つで喜べる材料を見出せるということです。目が見える、耳が聞こえる、心臓が動き、体が思い通りに動く、寝ていても息をし、血は体中を巡っている。これって不思議で、ありがたいことです。 しかし、人間界を生きるには、いろいろな障害があって、思い通りには行かない。ありがたいどころか、右を向いても東を向いても嫌なことばかりであります。陰湿な虐めがあり、虐めにあった者が、虐める者を殺して積年のうっぷんを晴らす。倒産、自殺、殺人、暗殺、爆弾テロ、戦争、そんな人間界で喜べる材料なんってありそうにもないですね? それに、世の中には末期がんや難病奇病に苦しんで、寝たっきりの畳一つ、ベット一つが己の世界となっている方々が大勢いらっしゃる。お粥どころか水も喉を通らず、激痛にもだえて死を待つばかりの地獄、こんなところで喜べる材料があるはずがない。 一体どうすればいいのであろうか? 人間の力ではどうにもならない鉄壁が幾重にも連なる世界、絶望のみが地獄への扉を開く。どうにもならない世界、どうにもならない人の命、運命、定め、・・・ならば、こうなったら自棄のやんぱちでなるようになれ、という心境で全てを受け入れるしかない。 全てを諦める、そして、全てを受け入れる、寛大に世界を見つめる、すると、なんとなく開き直って、心が落ち着いてくるものであります。この世は苦の世界、幸なんって所詮ないのだ、しかし、それでも自分は命が求め続ける根源なるもの、心の古里なるものの存在を信じて時の流れに身を任す。 それは難しいように思えても、野性の動物を見れば出来ないことでもない。いかなる状況にあろうとも彼らには幸せも不幸もない。全てを受け入れ、その中で無心に生きている。目の前で、子供をライオンに食われる草食動物の母親、悲しみはすれどもそれを不幸と見なすことはない。受け入れねばならないことは無条件に受け入れているのだ。 もしかすると、生命体の最大の幸福とは 「死」 かもしれない。悪魔はその最大の幸福を進化する動物に与えたくないために、「恐怖」という感情を神の目を盗んでこっそり組み込んだのかも知らない。
2007年09月01日
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