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2008年 7月12日(土) 土曜日の今日は、有休を取得して香川県高松市にやってきた。自分が所属している某会の研修に参加するためだ。研修のスタート時間は13時だが、早朝4時30分に高知県西南部の町を出発して、かなり早い時間に到着したので時間がたっぷりとある。 とはいえ、高松にやってきても、お金は最小限しか持ってきていないし、何処かを観光するあてもない。できれば後の研修に響かないように体力を温存しておきたいので、こうしてインターネットカフェにやってきたのだ。 出張で遠出したとき、訪問先との約束の時間に余裕があると、私は決まってインターネットカフェを探すことにしている。インターネットカフェは喫茶店と違い、周囲のを気にすることなく、読書やテレビパソコンといった個人的な用事に時間をあてることができるからだ。時間を調整しながら気分を落ち着けるのにうってつけのの場所といえる。 さて、午後からの研修は「ひとづくり研修」といって、入会して3年未満のものが対象になる。ところが、日程が明日の昼まで続くというだけで、肝心の研修内容はまったく知らされていない。同伴してきた理事長さんにきいても、「さあ、わからない」という実に心もとない言葉が返ってくるだけで、不安である。 無事終了して帰ってこれればよいのだが・・・。
2008.07.12
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2008年7月7日 小暑 最後の更新が平成19年9月7日なので、この記事がアップされれば、ちょうど10カ月ぶりのブログになる。ブログを中断していたのには特別な理由があるわけではない。毎日、身の回りのことについて続けていくうちに、だんだん書くのが面倒くさくなり、結局やめてしまったのだ。飽きやすく、継続性がない私の性格を証明する結果となった。 数少ない読者の中には、毎日訪問される人もいて、私の心身に何かあったのでは?と心配された方もいるはず。中には、「死んだのでは?」と心を躍らせた人もいるだろう。ところが、どっこい。私は死んではないし、病気にかかったわけでもない。もちろん、大失恋をして精神に異常をきたしたわけでもない。仕事でもプライベートでも、相変わらず平凡でつまらない毎日を送っていた。 そんな、私がなぜブログを再開したのか?そもそも再開する理由はあるのか?このまま消えればよかったんじゃないか?という意見も多々あろうかと思う。実は私も再開しなくてもいいと思っていた。ただ、今年は例年より早く梅雨が明けたので、目の前が明るくなったような気がして、ブログを書いてもいいかなあと考えただけのことだ。 今日は七夕。通りのあちこちに、そして私の職場の廊下にも鮮やかな短冊に彩られた七夕の飾りが見える。例年ならこの時期は梅雨の真っただ中なので、七夕飾りを見ても嬉しくはないのだが、すでに梅雨明けした今年は余計に新鮮に感じる。 一年前のブログにも同じような内容を書いたが、私はかなりの夏人間だ。燦々と照りつける太陽と海の風景が私の性格に合っている。これから1ヶ月半、私のシーズンが続く。 七夕の今日はささやかな私の記念日にしたい。 これからも自意識過剰なブログになるだろうが、気ままにちょくちょく書いていきたい。 どうぞ、よろしくお願いします。
2008.07.07
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今日の日記:ノンタイトルでお願いします。 最近、日記の記入率が激減していて、カレンダーがアナポコだらけになっている。私のブログを時々閲覧してコメントを下さる方から、最近はネタがないのか?と心配された。 日記を書かない理由は、忙しかった、眠たかった、写真を撮っていない、飲みに出かけていたなどなどであるが、現実には書くべきことが見当たらないのが正直な答えだ。実際、ダーク系のの暗い内容が多い私のブログであるが、身辺によくないことが続くと、無気力襲われ、ブログどころではなくなってしまうのだ。 ここ数日の私と言えば、水虫の治療に始まり、仕事のミスやトラブル、プチ熱中症、散らかった自室、食欲不振などなど、鬱陶しい害虫にまとわりつかれているような生活をしていて、心休まる時間も場所もない。 そんな時、昨晩、Kさんから電話があり、久しぶりに情報交換をかねて飲もうと市内のアメリカンバーに誘われた。二人でカウンター席に座り、次から次へとカクテルを注文しながら夜更けまで会話を楽しんだ。正直、体調は今ひとつだったので、口数が少なく、気のきいた会話はできなかったので、Kさんには申し訳ないと思っている。でも、何だがいい気分転換ができた。 もう少し涼しくなれば、是非庭の食事会に誘ってください!
2007.09.07
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今日の日記:受診の理由は聞かないで・・・ 午後から有給休暇を使い、市内某病院の皮膚科を受診した。左足の裏に魚の目のようなものがモノができていて、最近のジョギングによってその患部に体重がかかり、痛みが増してきたからだ。周囲にも受診の理由をそう説明した。 だがしかし、それは半分しか正しくない。実は、同じ左足の小指と薬指の間に、半年ほど前から水虫らしきものができていて、時々皮膚がはがれて指の間から出血してしまうからだ。 自然治癒力を信じ、いずれそのうちに完治するものと、のん気に構えていた私だが、一向によくならない患部の状況を友人に相談したら、それは水虫に間違いなく、そうであれば自然に治ることはないので、早く皮膚科の先生に診てもらえ、とのことだった。 そんわけけで、水虫の治療目的に休みを取るのは少し恥ずかしいので、「魚の目」の治療ということにしたが、メインはもちろん水虫の治療だ。 午後14時からの診察で、私はその日11番目の患者だった。医師は以外にも私より若い女性だった。その先生は、はてきぱきと患部を診るや否や、組織をピンセットでつまみ出し、顕微鏡に目を当てた。「あー、菌がいますね。間違いなく水虫です。」そして、魚の目らしき場所は、診断の結果、「たこ」と判明。硬くなった皮膚の組織を5分ほどかけて削りだす。硬い部分は相当の厚さがあり、随分と彫られたようだが、痛みは全く感じなかった。 「水虫」と「たこ」の両方に塗り薬が処方された。お風呂上りに一日一回塗布してくださいとのこと。薬を手渡されるとき、薬剤師は「まあ、この季節は(水虫になっても)仕方がないよねえー」と愛想笑い。たこは、年季が入っている分、完治は難しいだろうが、一月に1回程度受診して、患部を削るとよいとのこと。 処方された薬
2007.09.04
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今日の日記:夢遊病者か? 日中の残暑は相変わらず厳しいものの、朝夕はすっかり秋らしくなってきた。実はここ数日、世界陸上大阪大会の日本選手団と同じく、私は心身ともに絶不調にあえいでいる。だから、物事を深く考える気力がないばかりか、些細な事でさえ、夢遊病者を装って誤魔化している。本当に情けない限りだ・・・。 もっとも、世界陸上の日本選手団の不振を不甲斐ないとか、情けないとは全然思っていない。彼らは万全の準備でレースに臨んだはずだ。そんな彼らでさえ、本番で、自分のコンディションを「頂点(自己記録)」まで高めるのは至難の業だということだ。なにも、レースに臨んだ選手が故意に痙攣や肉離れを起こしたりしない。 そんな中、女子マラソンの土佐礼子選手が銅メダルを獲得した。日本でたった一つのメダルで、粘って逆転の末、掴んだとメダルとあってその価値は高い。冬季オリンピック大会で唯一メダルを獲得したの荒川静香選手を思い出してしまう。土佐礼子選手は、名前は土佐だが愛媛県出身だ。だから、アテネオリンピック前からなんとなくひいき目に応援していた。 朝夕は涼しくなってきたはずなのに、夜中上手く寝付けず寝汗をかいておきてしまう。 心のどこかに、心配事があるのだろう・・・。 それは、自分ではわかっているけど・・・。 日中生活している間は、絶対それを言葉になんかしない・・・。 ああ、今日こそ安眠できますように・・・。 やはり、私は夢遊病者だ。夢の中をさまよっている。 9月2日の市内某所お祭りの風景
2007.09.03
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今日の日記:虫の鳴き声が・・・ 今週は外部からの調査が月曜から今日まで続き、普段のルーチンワークがまともにこなせないまま月末を迎えた。机の上には幾重にも未処理の書類が重なっている。いつもなら、月末の処理と月初めの準備をしながら最終日を過ごすのだが、外部調査の「死のロード」は想像以上に疲れ、これ以上何もやる気が起こらない。調査期間中に滞積した雑事や諸問題は結局翌月に持ち越しになってしまうわけだが、未処理の書類を横目に、今日は割りきって仕事はストップした。 8月の最終日、私は気分転換にバドミントンに出かけた。いつもよりやや少ない12人程度の集まりだったが、モードをOffにして思う存分楽しんだ。仲間たちと他愛のない会話をしながらのスポーツは何よりのリフレッシュになる。 いま、バドミントンから戻り、500ミリリットルのスプライトを一気に流し込みながらこの日記を書いている。明日はもう9月だ。四季の区切りを堺に気分一新したいものだ。9月はもっと涼しくなるし、連休もあるので骨休めもできそうだ。 なんか虫の鳴き声がだんだんと大きくなり、ここ数日涼しさが増して来たような・・・。 意味はないけど海岸近くで撮った写真
2007.08.31
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今日の日記:ゲバラ人気衰えず・・・ 残暑が続く厳しい厚さの中、雑務に追い回され、最悪な一日だった。夜の9時を回ったと言うのに蒸し暑い。これほど暑いと、なんでもない些細なことでも腹立たしく思えてしまう。だから、気分を変えてどうでもよい記事を書こう。 先週の新聞(8月24日の読売新聞)を読み返していたら。「ゲバラ人気衰えず」という記事を見かけた。ゲバラはアルゼンチン出身の革命家で、39歳の若さでボリビアで処刑された。彼の生き方は、60年代の左翼運動に大きな影響を与え、日本でもその当時、彼の著書「ゲバラ日記」を、バイブルのように読みふける若者が大勢いたという。今でも、彼のカリスマ的な姿勢と生き方が「偶像」としてあがめられ、米国の一国至上主義に対する「反抗」の象徴としていき続けているという。キューバにある彼の霊廟には一日平均800人以上が訪れるほど根強い人気があるのだとか。 社会主義の夢が崩壊した今日、わが国において、さすがに「ゲバラ日記」を読みふける若者はいないだろうし、(私はまったく読んでいない)テロを助長させたと指摘されるゲバラの闘争スタイルを本気で真似る人などいないだろう。詰まり、思想としての影響力は皆無に近い。しかし、注目すべきは彼が、その思想性から離れて、ファッションとして我々の生活に影響を与えていることだ。 学生時代ゲバラの顔がデザインされたDCブランドの真っ赤なTシャツを友人が着ていた。わたしが、「おっ、ゲバラじゃないか!」と指摘したが、なんと彼は、自分のTシャツにデザインされた人物を知らなかった。つまり、ゲバラは知らないが、ゲバラをファッションにしていたのだ。また、とあるバーにゲバラの顔が描かれたポスターが張ってあったが、店員はその人物が誰であるか知らなかった。 ゲバラの風貌はベレー帽にライフル銃を抱え、遠くを見つめる真摯な姿が印象的だ。もともと、医師であったというかれの優しくも揺ぎ無い目つきは、なるほど、永遠のカリスマ性と呼ばれるに相応しい。思想から離れても、ファッションとしていき続けているのも納得できるわけだ。 ゲバラの言葉、Hasta la victoria siemple(永遠の勝利を得るまで)は、彼の精神を見事に簡素に示している。いずれにせよ、ゲバラはあくまで括弧付の「理想的人間像」としてこれからも影響を与え続けるだろう。 チクショー、暑い!もう寝ます!
2007.08.29
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今日の日記:小京都の火送り 仕事が終わり、18時からお隣の四万十市へ出かけた。四万十市は土佐の小京都といわれるだけあって、町のいたるところに京都を彷彿とさせる面影を残している。今日は年に一度の「火送り」の儀式があった。火送りは、本家本元の京都に習い、山の斜面に「大」の字をかたどり火を点す行事だ。(由来などの詳細は、観光案内などを参照してください。) 火送りは毎年、旧暦の9月15日に執り行われ、夏の終わりを告げる風物詩に、一般の見物者に混じって多くのカメラ愛好家が訪れる。同時に、同地区の盆踊りが少し離れた会場で行われ、過ぎ行く夏を惜しむように地域住民が集う。 私は、この雰囲気がたまらなく好きで、以前から見てみたいと考えていた。しかし、大文字の火が灯っているのはほんの20分程度と短いので、なかなか時間が合わず見ることができなかった。今年は、是非とも写真に収めたいと思い、少し早めに現地に向かった。 運良く、点灯から火が消えそうになるまで一部始終を見ることができた。 盆踊りの風景とあわせて写真をアップする。 相変わらず、残暑が厳しいが朝は少し涼しくなってきたような、気のせいかな・・・。 四万十市大文字焼き(火送り) 盆踊りと屋台の風景
2007.08.28
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今日の日記:祈りの夏 短く厳しい夏が終わろうとしている。夏のレジャーに危険はつき物であるが、今年は私が住む地方の河川や海岸でも亡くなった人がいたせいか、いつも以上に水の事故が目に付いた。昨日、夕方の河川を散歩していると偶然、水の事故でなくなった子供への慰霊であろうか、水辺に向かって火を点し、拝む一団がいた。子供から大人まで10人足らずの集団であるが、その構成から察すると、その川でなくなったのは子供と推測できる。 最近は個人主義が幅を利かせ、昔ながらの習慣やしきたりはどちらかと言えば軽視されているといわれる。しかし、人が「祈る」ことを通して故人の霊を慰めると言う行為は、どの党が政権を握ろうが、社会の姿がどんなに様変わりしようが、どんなオカルトブームが起きようが未来永劫消えることのない基本的な姿だと思う。 水の事故は夏に多い、すなわち、故人に思いを巡らし、祈る人たちもこの季節多いのだ。 河原で慰霊する集団(遠巻きに撮影させていただいた) 慰霊する集団が去ったあと、水辺に御香が煙る風景を撮影させていただいた。 過疎化の進む地域社会の夏祭り?
2007.08.27
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24日の日記:あの夕日2 夕方電車で到着する予定のK先生が一本遅れるとの連絡があり、迎えに行くまでの時間を使って夕暮れの海へ撮影に出かけた。今回の撮影場所は市内竜串の見残地区だ。撮影ができる展望塔までは、駐車場からおよそ1キロ以上距離がある。 駐車場から森の歩道をひたすら歩きポイントに向かった。アップダウンの狭い道を足早に歩くこと15分、やっとの思いで展望塔に着いた。ちょうど日が落ち、闇が迫る頃だった。途中の歩道は灯りが一つもないので、うかうかしていると帰れなくなってしまう。ササッと写真を撮りもと来た道を引き返した。 駐車場に戻ったときにはすっかり周囲は真っ暗になっていた。シャツは袖口まで汗に濡れ、べたべたとして不快だった。車のエアコンを最大にしてすぐにN駅に向かった。20時代の便で到着したK先生を乗せ、一路市内に向かって車を引き返した。 宿舎に着いたときはもう21時を少し回っていた。K先生は食事にでも、と言う話だったので、繁華街の居酒屋に滑り込む。店内はコンパを楽しむ若いお客さんで賑わっていたが、自分たちは、一日の疲れを癒すように、ゆっくりとビールや枝豆、刺身を味わった。 間もなくして、O先生が偶然入店してきた。それからは、およそ1時間3人で釣りやテニスの話題などで思い思いに歓談し、23時20分に帰宅した。 市内竜串からの夕景
2007.08.25
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今日の日記:あの夕日 8月もいよいよおし詰まってきた一週間の中日。私は夏の疲れが抜けきらず、うだうだと言いながら怠惰な日々を送っている。汗にまみれ、遅れた仕事に追われ、周りに鬱陶しがられながら、それでも何とか生きている。 最近「ビリーズ・ブート・キャンプ」(以下ビリーという)というDVDが売れに売れている。運動不足になりがちな私は周りから幾度となくすすめられた。友人の一人は「まあ、観るだけ観てみろ」と言って、私にDVDまで貸してくれた。しかし、私はこの手の「ハウツー物」がどちらかといえば苦手で、一時の勢いでベストセラー扱いされるものに興味を示さない、いわば天邪鬼なところがある。だから、せっかく借りたDVD全然観ることなく返してしまった。 ところで、軍隊上がりのビリーがここまで人気があるのは少し意外な気がする。通常、軍隊物と言えば、アキバ系つまりオタクの専売特許であり、平均的な女性や子供には敬遠されるのが普通だ。しかし、意外なことに、私の周りでビリーのDVDを観ながらトレーニングを始めたというのはみな女性ばかりだ。 一般的に広く紹介され、流通するモノや流行は、消費に敏感な「女性」に受けなければヒットしは難しいと言われる。一体、ビリーのどこに女性受けするところがあるのだろう。私は最近雑誌やテレビをほとんど見ていないので、詳しくはわからないが、ビリーのDVDの中に、女性の感性に訴える秘密が隠されていることは疑いない。ビリーが女性に支持されなければ、単なるマニア向け商品で終わっているはずだ。 などといえば、その秘密を知りたくなるのが人情。やっぱり友人にDVDをもう一度借りて観てみようか・・・。中日ドラゴンズの落合さんのように「オレ流」にこだわる私のこと。借りても決してプログラムどおりにトレーニングはしないだろうけれど・・・。 仕事が終わり再びカメラを持って出かけた。一昨日撮影した場所から2キロほど離れた,短い半島のつき出でた先が撮影場所だ。今日は雲が多く、赤やけの風景は無理とおもいつつ行ってみた。幸い、日が暮れてしばらくすると太陽の光が雲に当たり、周囲が赤色に覆われた。なんともいえない高密度の空気の中で撮影した。 あの夕日(That evening sun)
2007.08.23
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今日の日記:豊後水道に日は落ちて 仕事が終わり、久しぶりにカメラと三脚をもって市内の海岸に出かけた。ここ数日好天が続いていて、赤やけに近い現象がみられるので、写真に収めたいと思ったからだ。ところが、日が落ちる時間を誤ったらしく、目的地に着いたとき、もうすでに夕日は山の向こうに姿を消し、空は薄ピンク色に変わっていた。 それでも、せっかく来たのでしばらく海を眺めながらあたりが暗くなるのを待った。三日月が明るく輝き始め、星が明滅し始めた。結局、豊後水道(太平洋)の夕暮れを何枚か撮って家に戻った。 ここ何日か、目覚めが悪く仕事に身が入らない。原因は十分な睡眠が取れていないからだ。エアコンのタイマーをセットして寝ても、明け方の妙な時間に目が覚めてしまう。そんなときは決まって全身に寝汗をかいて不機嫌になっている。前の夜にいくら風呂に入り体を清潔にしても、寝ている間に不快な汗をかいて、結局、朝もう一度シャワーを浴びている。朝晩の気温がもう少し下がってくれれば快眠できそうなのだが・・・。 夏の終わりとともに、虫の鳴き声が聞こえ始めた。 もうちょっとの辛抱か・・・。 豊後水道に日は落ちて
2007.08.21
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今日の日記:どうにもならない残暑! 厳しい残暑に日本列島が悲鳴を上げている。すれ違いざまに交わす挨拶は決まって「暑い、暑い」という具合に、夏の疲労がピークに達した今、残暑は余計にこたえるようだ。 同時に日がだんだんと短くなってきているから、秋の訪れが近いこともわかる。残暑はいつの年も厳しい。9月のさわやかな風が吹きわたるころ、この残暑も和らぎ、初秋がやってくる。だから、夏バテももう少しの辛抱だ。 さて、昨日私はメタボについて記事を書いた。何を隠そうこの私も、主治医から将来的なメタボ「予備軍」のレッテルを貼られている。具体的に運動をせよとか、食事に気をつけよと口やかましいことを言われているわけではないが、これ以上太ってはいけないと軽く忠告されている。軽くやばいわけだ。 そんなこともあって、6月ごろから水泳やバドミントン、ランニングなどの運動をローテンションでこなしている。飽きっぽい性格の私にとっては、なかなか続いていると思う。お陰で、春先に69キロオーバーだった体重が、今日の計測では65.8キロにまで落ちていた。見た目も背中のぼってりとした肉は消え、頬の下に垂れ下がった脂肪もすっきりとしてきた。ただし、飲み会等には比較的多く参加していて、そのたびにビールやら焼酎やらを飲んでいるから、ウエスト周りは変わっていない。つまるところ「ビール腹」は旧態依然なのだ。 体重が減っているのに、ウエスト周りに変化がないということは、どんどん「ずん胴体形」になってきているということなのか。女性でないから、くびれがなくても平気であるが、ドラム缶のような体形はいただけない。 腹回りの贅肉は昔から走って落とすしか方法がないといわれている。しかし、走るのももう限界だ。他の方法で、ウエスト周りの贅肉を何とかできないものか。専門家の方、いいアイデアがあればもったいぶらずに教えてください・・・。
2007.08.20
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今日の日記:夏の終わり 18日(土)の毎日新聞に三重県伊勢市の課長がジョギング中に死亡との記事を見かけた。なにやら「七人のメタボ侍内臓脂肪を斬る!」という減量作戦に関わっており、毎日ジョギングしていたという。 そして、別のページにメタボに関する記事を見つけて私は思わずのけぞってしまった。その見出しはおよそ次のようなものだ。いうまでもなく、県というのはわが高知県のことである。県職員が率先し生活習慣改善 脱メタボ大作戦県庁に標識ステッカー自己達成目標を設定県民運動に 三重県伊勢市の減量作戦による死亡記事では、「目標は設定しておらず、無理をしないで楽しんで進めてきた」と締めくくられているのに対し、高知県の場合は知事部局の3,700人全職員の参加を目指し、さらに具体的な目標を掲げ、県民運動に広める方針だという。 二つの記事を読んで、不信感を抱かずにはいられない。三重県の課長がメタボ作戦の結果を過度にプレッシャーに感じるあまり、過剰なジョギングを行っていたのか、それとも、単なる急性疾患によるものかはさすがに判断がつかぬが、減量作戦によってジョギングをこなしていたことが間接的にせよ「死」に関わっていることは明らかだ。だから、目標は設定していなくても、それに近い圧力がこの課長にかかっていたと推測できる。少なくとも伊勢市の記事はそう読める。 だとすれば、高知県が「脱メタボ!大作戦」などと称して県民運動を展開することに対して、異論が出ないわけはないし、紙面の編集上、掲載日を振り替えるなどの配慮が必要ではないだろうか。一方で県民運動を展開せよといい、その鼻の先から、その運動を展開している中での「死」が伝えられる。そのちぐはぐさは何たることか。到底理解できない。 私は良しにつけ、悪しきにつけ、緩やかな時代の流れ中で形成された文化や習慣に対して即効性のある「薬」など存在するとは思わない。だから、2年ほど前から環境問題と絡めて展開されてきた「クールビズ運動」に対してはとても冷ややかだ。 メタボにしても同じこと。たかがウエスト周囲の大きさだけで、その人が病気であるか否か、つまりは「善」か「悪」かという単純な割り切り方を押し付けることの意味が見出せないのだ。一応、ウエスト周り女性90センチ、男性85センチというのが厚生労働省の基準である。その基準も本来根拠が確立されているわけではなく、病人を何人作るためには、どのくらいの数字に設定すればよいかという、極めて作為的な判断によって作られていること思い出すべきだろう。 メタボ大作戦を一概に批判するつもりはない。しかし、減量作戦の結果を欲しがるあまり、安直な目標を掲げ、一喜一憂するのではなく、ある程度長い時間をかけて判断するゆとりを持つべきだろう。 いずれにしても、減量大作戦といわれて、真に受ける必要はないし、過剰なトレーニングで体を痛める必要もない。自分ができることを無理をせずやっていけばよいのだ。 今日のこと 午前中は職場のリハビリ室でウエイトトレーニング。 筋肉を痛めつけない程度にダンベル体操。 午後から涼を求めて友人と市内の川に遊びに行った。 海と違い、川原は日が翳ると、木々の間から涼しい風が吹き渡る。 お盆を過ぎた日曜日ということもあり、家族連れはいつもより少なかった。 川の水は冷たすぎず、実に心地よかった。 山の谷間に落ちてゆく夕日をみていると、夏の終わりを感じた。 そして、私たちを追い出すように赤とんぼが飛び回っていた。 川の遊び手は赤とんぼにとってかわられていた。
2007.08.19
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今日の日記:嘔吐2007 昨晩、かねてからお誘いのあったKさんの家に招かれた。初めて自宅に上げていただき、初めてのお酒をご馳走になった。飲み始めた時間は、すでに21時を少し過ぎていたので、12時までにはお開きにしようということだった。しかし、学生時代のこと、仕事のこと、地域社会のこと、音楽のことなどで酒宴が盛り上がるにつれ、飲酒量に歯止めが利かなくなっていた。 はじめは山梨の赤ワインで乾杯した。そして、一瓶が空になったところで、ウォッカに切り替えた。実はウォッカを飲むのは初めてで、アルコールの強さ、体の相性などまったく考えずに、私はがぶがぶと飲んでしまった。体にキュッと沁み込む快感を味わいながら、気がついたら自分の許容量をはるかに超えていたようだ。 結局、自宅にあるいて戻ったのは1時20分前後。Kさんの家を出るときもうすでに呂律が回らず、足元はおぼつかない状態だった。家に戻ってからは記憶にないのだが、酔っ払った体でなぜかタイマーでセットした洗濯物を干していたようだ。(目が覚めたとき、ベランダをみて気付いた)それから、何かを飲もうとコンロでお湯を沸かそうとしてそのまま寝込んだらしい・・・。朝、目覚めて気がついたのだが、コンロは警報音が鳴り自動的に消火していた・・・。 なれないお酒を調子に乗って飲みすぎた私。まともに仕事ができる状態ではなかった。嘔吐は当然のこと、頭はずきずき痛み、胃はチクチクする。目は見開かず、姿勢は猫背になってしまう。なんとか、出勤時間に出社したが、仕事になるわけがない。同僚に銀行に行くと告げておいて、エアコンを全開にした車の中で眠り、倉庫整理に行くといっては、倉庫の中に倒れこんだ。つまり、仕事を誤魔化したのだ。 ひどい顔をした私を見かねた同僚は、オーバーワークから来る「疲労」と思い込み、栄養ドリンクを買ってきてくれた。でも、「実は、二日酔いなんです」と打ち明けはしなかった。羞恥心に覆われた私はとても惨めで情けなかった・・・。 午後にはアルコールが抜け、何とか回復し、今は正常に戻りつつある。年に何度かやってしまう、大失態。吐き気で死にそうなときは、「お酒なんてもう金輪際飲まない!」と反省したふりをして心の中で叫ぶけど、回復して体調がいいときは、そんな「宣言」なんてきれいさっぱり忘れて、また飲んでしまう。結局、自分勝手なんですよね、私って・・・。でも、今回ばかりは懲りました。反省します。 PS. おふみさん、桃のお菓子、先ほどいただきました。 一日遅れで賞味しましたが、とってもおいしかったです。 デザインも色もかわいらしかったですね。 有難うございました。
2007.08.17
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今日の日記:踊る阿呆!? 全国各地で記録的な暑さが続いている。今日も熊谷などで40度を越す猛暑となったらしい。午前中は職場の古い倉庫に入り、過去の書類整理を1時間30分ほどしたが、暑さと息苦しさで死にそうになった。午後も外出を繰り返し、汗でぬれたワイシャツが乾くことはなかった。お盆休みのあとはだらだらしてペースがつかめず、頭が働きがすこぶる悪い。疲労は徐々に回復しつつあるが、万全の状態には程遠い。 やっとの思いで、週末までたどり着いた。 それにしても、この暑さ、何とかならんもんかのう! 今日の新聞に、徳島では猛暑の中名物「阿波踊り」が開催され、大勢の人で賑わったと言う記事があった。阿波踊りは「踊る阿呆に、みる阿呆。同じ阿呆ならおどらな損そん。」という言い回しがあるぐらい、昔からその「大衆性」は有名だ。 毎年、踊り好きの芸能人がお忍びで徳島にやってきて、踊りまくる姿が女性週刊誌にスクープされる。それぐらい、「阿波踊り」には人を惹きつける魅力があるのだろう。 私は小さい頃から「踊る阿呆とみる阿呆」は同じではないと思いながら過ごしてきた。踊る阿呆は結構だが、その踊る姿を見上げる観客の眼差しなくして、踊る阿呆ぶりは表出できない。同様にすべての人が踊りをやめ傍観者になってしまったら、その祭りのイベント性はかけらもなくなってしまう。実に単純な話だ。 私は、引っ込み思案なところがあり、奥手なので、これまでの人生で、進んで「踊る阿呆」になることは一度もなく、「みる阿呆」に徹してきた。だから、しらけを生むことを承知でスタンドプレイに打って出ることは当然のこと、人前で歌ったり、踊ったりするのは苦手だ。とはいえ、「みる阿呆」に徹していると、どことなく寂しさというか、物足りなさを感じたりもするのだ。だから、私は弱気な目立ちたがり屋なの(実は、「踊る阿呆になりたい」)かもしれない。 そんな私は、人に言わせれば、「ズルイやつ」ということになるだろう。OK。その通りだと思う。でも、そんなズルイ「みる阿呆」も踊ること以外で、社会に貢献し、人を喜ばせるこ方法はないものか、と、時々考えたりもするのだ・・・。 あしずり祭りの写真 神輿船(港町ならではの風情ある風景、だと思いませんか?) 神輿船に乗っていたときとんびが海の獲物を捕らえるシーンに出くわした。残念ながらピンボケ! あしずり祭りの踊り子(顔が写ってないからいいでしょう・・・!)
2007.08.16
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今日の日記:ダンスダンスダンス ヤフーのトップページを見ていたら、群馬県館林市で40度以上のの気温を記録したとあった。日本列島のいたるところで猛暑となっているようだ。 終戦記念日の今日は特に何事もなく平穏に過ごした。窓の外に見える夕暮れの風景とせみの泣き声が、夏の終わりを告げている。 先日の脱水症状以来、私の体は不調が続いている。結局、回復しないまま盆明けを向かえそうだ。体がだるいと、何事かをなそうとする意欲がわかない。食欲もなければ物欲もない。 ああ、ちっとも面白くない!無為のうちに一年の節目を過ごすなんて・・・。 あしずり祭りの写真(ダンス、ダンス、ダンス) 小さな町のお祭りだ。私の知り合いも結構写っていて、本人の了解をとっていないので顔が写った写真は割愛した。花火の写真は昨日でおしまいです。
2007.08.15
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今日の日記:あしずり花火まつり2 お盆真っ盛りの今日は一日中湿気の多い酷暑となった。ほんの一時、灰色の雲に覆われたかと思うと、すぐにまぶしい太陽が照りつけ、また、時折スコールのような天気雨に見舞われた。この時期の天候は気まぐれで変わりやすいのだ。 さて、仕事はというと、浮かれているわけではないが、遅々としてはかどらない。そして体調はというと、昨日の激しい脱水症状は治まったようだが、今ひとつしっくりこない。トイレで用足ししたとき、尿の色が赤みを帯びていているのがわかった。検査したわけではないが、血尿が出ていることは間違いない。だから、あまり無理をせず今日も早めに就寝しよう。 明日は終戦記念日だ。厳しい残暑の陰に隠れて、もう秋の足音が近づいていることを思うと何か寂しい気分になる。小学校時代ならば、夏の主要なイベントが終わり、プールの水もだんだんと濁ってくる頃だ。そして、たまった宿題で憂鬱になる頃でもある。 沈んでゆく夕日を見ていると、なんとなくノスタルジックな気分になる。いつも、夏は激しい何かを残しながら駆け足で去ってゆく・・・。 あしずり花火祭り2(小さな町全体が燃えるようなクライマックス)
2007.08.14
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11日と12日の日記 11日は、7時に祭りの準備に出かける。時間は仕事が始まるまでの一時間程度しかできない。機材の運搬を手伝っただけですぐに切り上げ職場へ。職場では2時まで勤務する。仕事が終わり、カメラを持ってお祭りの会場へ行く。ちょうど各チームの踊りが行われていた。その後、神輿船に同船して、恒例の神事を見物する。その後、祭りの本部に戻りしばらく手伝う。 19時からは病院の患者さんと花火の鑑賞会があり、その準備のため一度職場に戻る。職場の屋上階を準備して、患者さんを案内し、花火をしばらく観覧する。間近で見る大迫力の花火にみな驚いている様子。花火はちょうど40分ほど続けられ、鑑賞会は終了した。 その後、花火大会の余韻の残る、熱気ムンムンの会場に向かう。後片付けをするためだ。祭りは終了したが、それでも人も屋台も活況の様子。2時間ほど人がひけるのを待つ。 結局、まつりの後片付けを夜遅くまで手伝い、その後、ライブの出演者であるY.Sさんを囲んで1時30分ごろまで打ち上げ。帰宅してすぐに熟睡した。昨日は朝6時30分から祭りの後片付けに出かけた。作業は旗の片付け、ステージ及び足場の撤去、什器及び備品の移動、ごみだしなどなどであるが、早朝から強い陽射しが照りつけ、後片付けに参加した人たちを苦しめた。 後片付けは午前中で終了したが、私は友人と出かける約束をしていたので、疲れた体を引きずりながら、荷物をまとめて某所へ出かけた。18時30分に戻ってくると、一時間休憩した後、市民体育館に出かけた。火照った体を冷ます目的で、20分ほど歩く。ただでさえ後片付けで疲労困憊の状態である。筋トレは最小限にして自宅に戻った。 自宅に戻ってからは、何もする気が起きず、部屋での転がって過ごす。11時には就寝していた。よって、2日間ブログを書けていない・・・。 今日の日記:祭りの余韻 今日はお盆の真っ最中で、何かと落ち着かない一日だった。 仕事のペースも頭の働きもいつもの半分程度だ。 午後からは、院内にてミニコンサート。 この町にゆかりの深い歌い手を招き、ノスタルジックな日本の歌をきく。 今回は「海」をテーマにした選曲で、夏の涼しさを感じ取ることができた。 これから、2,3日はお盆で、仕事に関しては、いつもと違う雰囲気に戸惑いそうだ。 私は、この疲れを何とかしたい。 これから数日間、あしずり祭りの写真をドドどーんと紹介します。 花火の写真は初めてなので上手く撮れていない。 ただ、あしずり花火の迫力を感じ取っていただければ幸いです。 あしずり祭り花火その1
2007.08.13
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今日の日記:あしずり祭り前夜祭 昨日のブログに記したとおり、仕事が終わりあしずり祭りの前夜祭に出かけてた。市内三崎地区にある海岸特設広場に着いたのはちょうど18時。ちょうど、堤防沿いの道路で、チーム対抗の踊りが披露される時間帯だった。参加していたのは若者から大人までの全部で5チーム。 その後、場所を広場の特設ステージに移し、あしずり太鼓演舞、地元住民による芸能大会、南国ムードたっぷりの生バンド演奏が続き、フィナーレを飾ったのは会場の両端から打ちあげられる美しい花火だ。 時間がないので、細かいことは後日にして、速報で写真をアップする。 夏祭りらしい風景が撮れているだろうか・・・。 あしずり祭り前夜祭の写真群(平成19年8月10日 土佐清水市三崎にて撮影)
2007.08.10
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今日の日記 東京散歩写真(羽田にて) あしずり市民祭が近くなった。明日はいよいよ前夜祭だ。前夜祭は市街地から少し離れた三崎地区で行われ、ライブと花火がある。 仕事と祭りは別物で、祭りに気をとられて、仕事に集中できない、などというのは社会人としてなんとも情けない限りだが、正直なところ、年に一回の大イベントに私も心が浮かれている。今日の業務中も忙しいそぶりを見せながら平静を装ったものの、やはり祭りのことで浮き足立っていた。敏感な人は気付いただろう、心ここにあらずの私が中だるみしていることを・・・。 今日は、明日と明後日診察する循環器のS先生と21時を過ぎて街中に飲みに出歩いていた。 普段は県外に住んでいて月に一度だけ大阪から診察にこられるS先生も、あしずり祭りの花火大会を楽しみにされているようだった。お互いに本番を前にoverdrunkしないよう早めに切り上げて宿舎に帰ってきた。 いま、部屋のエアコンで体を冷ましながらこの記事を書いている。お酒が入っているため文章は支離滅裂だろう・・・、きっと。11日(土)の花火大会の写真は、上手く撮影できればブログにアップするのでよろしくどうぞ・・。おやすみなさい。最後まで支離滅裂でした。 夕方の羽田空港(搭乗待合室内のアルカディア) 羽田空港 12番スポット(私が搭乗した高知龍馬空港行きの旅客機はなんと35分遅れで出発した・・・)
2007.08.09
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今日の日記:東京散歩写真7(ウォーターフロント) 数日前の日記に、私は東京のロシア料理店について書いたので、まるでロシア文化に精通しているかのような誤解を与えてしまったかもしれない。現実はまったく逆で、ロシア語は一切わからないし、文化、歴史、思想、習慣についての知識は皆無に等しい。ロシア文学についても、20代のほんの1,2年の間にちょっとかじった程度で、まったく読んでいないのと等しい。今日はその弁解を込めて日記を書こうと思う。たまにはこんな記事もいいだろう。 初めてロシア文学を読んだのは高校生のとき。ツゥルギエネフの「はつ恋」だった。理由は特になく、夏休みの課題図書の中では薄い本だったからという、いかにも軽薄なものだった。特に感銘を受けた記憶はなく、もちろん内容は全く覚えていない。 その後、学生時代は少々興味本位で文庫本を手に取るようになったが、思い出してみるとそれほど読んでいない。 便宜上作家ごとに振り返ってみる。 ガルシンはレポートの課題図書に含まれていたので読まざるを得なかった。確か福武文庫版の短編集だ。 ソルジェニーチンも短編集を読んだだけ。 チェーホフは近所の友人が好きで読んでいたので、遊びに行った際に何冊か借りて呼んだ経験がある。また、読書会のテキストにも使ったことがあり「中二階の家」「いいなずけ」「かわいい奥さん」を精読した。 トルストイは児童文学のジャンルに含まれる「民話集」を読んだ。そして、選択科目の外国文学で「復活」がテキストに使われた。「復活」は読んだが、世界文学最高峰などと称される「戦争と平和」は未読だ。実は映画すら見ていない。トルストイは教訓じみた内容が多いが、20代の頃、意外とすんなり読むことができた作家だ。 ドストエフスキー初体験は「地下生活者の手記」。とある授業の必須図書になっていたからだ。その後、「貧しき人々」「虐げられし人々」「二重人格」「永遠の夫」「白夜」などを読んだ記憶がある。そして、「罪と罰」は何とか読み終えたが、「カラマーゾフの兄弟」は上巻を読んだだけで挫折した。ほかの長編は一切読んでいない。 以上、ロシア文学に親しんだのはほんの短い間だけで、ここ10年以上の間、一冊も手にしていない。その理由はなんだろうか。自分でもはっきりわからない。強いて言えば、ドストエフスキーを代表とするロシア文学の多くは、哲学的な深い考察を要するものばかりで、もともと深く考える習慣がないことに加えて、加齢とともに私の脳細胞が「大量死」しつつあるからだろう。 この先の私の人生で、ロシア文学にぞっこん肩入れするようなことはほとんどないと思う。まあ、先のことだからわからないけれど・・・。だから、個人的にロシアに関して言えば、とりあえずは美味しい料理があればいい。それに、そろそろウォッカにも挑戦したい。以前、グルジアワインを口にしたことがあるが、あまりの強さにすぐに目がぐるぐるまわり、家に帰り着くのに苦労したことがある。 そんなことを言っていたら、ちょっと本を手にしてみたくなった。チェーホフの短編でも探して再読してみようか・・・・・・。 浜松町の貿易センタービル展望室からのショット モノレールから撮った東京ウォーターフロント モノレール浜松町駅
2007.08.08
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今日の日記:東京散歩写真6(銀座の定番) 蒸し風呂のような暑さの中、仕事が終わった。今、職場にあるPCを使って、この記事を書いている。今日も湿度の高い、厳しい一日が続いた。私が勤める職場の事務所は3階にあり、いつも3,4人が同じ部屋で仕事をしている。いつもなら、時折、涼しい風が舞い込むのだが、今日は微かな風も吹くことなく、むっとした状態が続いた。 室内の空気がむっとしていれば、感情も自然とむっとしてしまう。なんとなく、人にやさしくなれず、同僚に対しても厳しい言葉が出そうになる。そこをぐっと抑えて今日一日何とか乗り切ったわけだが、明日も同じような蒸し暑さだったらもう我慢できないだろう。 夏の盛り・・・。県外ナンバーが目に付くようになった。 今週末はあしずり市民祭りが開催され、一年で最もにぎやかな日となる。 仕事に関して言えば、常に風下に置かれ、厳しい環境が続いている。 でも、そんなお祭り(イベント)は、一時的にせよ、厳しさを忘れさせ、緊張を解してくれる。 だから、なんとなくウキウキして待ち遠しいのだ。 銀座の定番(解説するまでもない)
2007.08.07
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今日の日記:東京散歩写真5(銀座にて 美ら海水族館) スポーツ界において、一人の選手が時代を支配し、その名声によって後の代まで語り継がれることがある。野球の世界であれば、王、長島、そして桑田、清原のKKコンビ、野茂やイチローなどのパイオニア達などが該当する。角界で言えば、昭和後期の北の潮時代、千代の富士時代、平成の貴乃花時代などが知られている。彼らは選ばれし人の中の選ばれし人だ。そして、現在の角界はといえば間違いなく「朝青龍時代」と呼ぶのが適当である。 大相撲の世界で、何々時代と呼ばれるためには、「横綱」という言葉を超越した意味が含まれていなければならない。単に横綱であるだけではなく、途方もなく強くなければならない。勝ち続けて当たり前、負けたりすると翌日の新聞に大々的に取り上げられる。いわば、憎たらしいほど強いことが大横綱の証たるゆえんである。 かつての北の潮も千代の富士も他を寄せ付けない圧倒的な強さゆえに、ヒール(悪玉)的な目で見られることもあった。誰かが横綱を倒して、大番狂わせをしないかと、無邪気な観衆は期待するのだ。ところが、横綱はやすやすと星を譲らない。それが、一つの時代を画する大横綱の証なのだ。 ところで、現代の大横綱「朝青龍」は、なにやら、怪我を理由に巡業を休み、故郷モンゴルでサッカーをしていたことがマスコミで取り上げられ、大変な問題になっている。2場所出場停止(休場)というペナルティーが検討されているようだが、当の本人は、「精神衰弱」やら「うつ病」やら、いつもの負けん気の強さは一体何処へ行ったのかと言うぐらい、ちぐはぐな様子が報じられている。大問題を前に、情に訴える手段に出たのか、どうだか真相はわからないが、「神経衰弱」などとても信じられない。 個人的な意見を言えば、たかがちょっと故郷に戻り、サッカーをしていた程度のことで、大横綱が引退するなんてあまりにも大げさだと思う。憎たらしいほど強い横綱の弱みを突き、トラブルを必要以上に面白がるマスコミの怠惰ぶりは言語道断として、一体全体、朝青龍を、横綱に相応しくないとか、品格に欠けるなどと流行言葉を並べ立て、引退に追い込んだところで誰に利益があるのだろうか。強い横綱が撤退すれば、日本人横綱が誕生し、角界の人気が再燃するだろうか。そんなことはないだろう。 私は相撲のファンではないので、相撲中継もほとんど見ないし、誰が優勝しようと興味がない。しかし、今騒がれている問題は、報道のあり方からして異論があるのでこの記事を書いた。 さあ、今後どんな結末を迎えるのか興味津々だ。朝青龍には、下手な芝居をせずに、この件の過ちを素直に認め、休場明けには復活してほしい。そして、マスコミには、朝青龍の引退を誘導するような笑止千万な報道の仕方はやめてもらいたい。 今日も夏らしい晴天に強い太陽が照りつけ、まさにプール日和だった。 長崎の原爆記念日にあわせて、近所の小学校では、「平和学習」が行われたという。 私が小学校の頃はそんなイベントはなかった。 夏の盛り。体調管理に気をつけて無理をせず過ごしたい。 今日も少し早めに就寝する・・・。お休みなさい。 銀座の宝くじ売り場(拡声器でサマージャンボ宝くじを熱心に宣伝する人がいた) ソニータワー前のイベント(沖縄 美ら海水族館のPRイベントで歌う人たち 涼しげな水槽に泳ぐ熱帯魚と夏らしい衣装がgood! ) 水槽の前で熱唱する女性グループ(思い切ってシャッターを切ったが、見事にピンずれだ。)
2007.08.06
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今日の日記:東京散歩写真4 昨日の日記で宣言したとおり、朝から、今週末開催される「あしずり市民祭」の準備に参加していた。今日の仕事は、国道沿いのガードレールに旗を設置することと、外部からの観光客向けの駐車場に生えた雑草を刈って、整地することだ。 集合時間は朝8時。我々、青年会議所のメンバーのほかに、市の職員、高校生、その他のボランティアの人が大勢集まっていた。いくつかの班にわかれ、作業を始める。はじめた時点では曇っていた空だったが、日が高くなるにつれ雲が消え、厳しい夏の暑さが照りはじめた。参加者はほとんど休憩なしで、黙々と作業をこなしてゆく。それでもやり終えるには、3時間半を要した。その間、灼熱の太陽に照りつけられ、Tシャツは汗と泥ににまみれ、顔が赤くほてった。 やっとの思いで、本日の作業を終えたが、これはほんの序の口。あしずり祭り当日まで一週間を切った。これから一日一日気を抜くことができない日々が続く・・・。皆様お疲れ様! あしずり祭りの準備を終えて一度家に帰宅した。簡単な昼食を済ませ、短い休憩をした後、友人と外出した。行き先は近場の海水浴場だ。行ってみると、ほとんどが夏休みを満喫する家族連れだった。波打ち際で戯れながら小一時間ほど過ごす。その後、四万十市内でちょっとした買い物。そして帰宅した。 帰宅してすぐに、近所の理髪店に散髪に出かけた。前回髪を切ったのはちょうど2ヶ月前。相当伸びてしまったし、夏の暑さと汗で髪が相当傷んでいる。2センチ前後切ってもらいすっきりとした。その足で今度は市民体育館に向かう。今日体内にたまった熱を放射させクールダウンするためだ。 観客席の周りをおよそ2キロ、いつもよりゆっくり目のペースで走りこむ。その後、ストレッチをかねて筋力トレーニングをこなす。いつもより緩いメニューなので、息苦しさは感じなかった。筋力トレーニングをしている途中に、友人から、飲みのお誘いを受けたが、顔の熱りが納まらず次回にお預けにした。 トレーニング終了後、自宅に戻り、遅い夕食をとる。ソーメンとゴーヤとにらの炒め物だ。そして、再び自室ででクールダウンしながらこの日記を書いている。 何ヶ月前からダイエット宣言した私。今日体育館のジムで、恐る恐る体重を量ってみたら、66.4キログラムだった。ダイエット開始時より少し体重が落ちていた。ベルトの穴の位置はいつもと変わらないけれど、減っていてほっとした。でも、かなり運動して筋肉をつけてのことなので、これから目標の63キログラムにもってゆくのは現実にはちょっと厳しい数字だと思う。 この年齢になると、体力を元の通りに戻すのは至難の業だ。若い頃より体のケアに時間がかかってしまう。だから、早めに就寝することにする・・・。 渋谷109に近い場所(かつてこの場所に「恋文横丁」という看板が掲げられていた。ご覧の通り、今は再開発が始まりその面影をどこにもとどめていない。この場所に新たなビルが立ち、人が集うようになると、「恋文横丁」は自然に忘れされれてしまうのだろうか) 渋谷109前 ロシア料理店 ソーニャ(文京区小石川5丁目):私が品川区に住んでいたころ、同店は、環状7号線と中原街道交差点に程近い大田区上池台にあった。私は何度か通ううちにこの店の料理の味のとりこになってしまった。同店が今の場所に移っても、その味は全く変わらない。オーナーのこだわりと真直ぐな思いが伝わる店だ。お店の概観もシンプルでお洒落だから、勝負のときにも使えること請負。間違いない! あしずり花火祭りの写真(2005年8月撮影)
2007.08.05
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今日の日記:東京散歩写真3 梅雨明けが遅れ、予想された「猛暑」が例年通りの「暑さ」に訂正された。台風が去り、梅雨明けしたと思えば、もう八月最初の週末を迎えている。そして、もうまもなく原爆記念日と終戦記念日がやってくる。並行して花火大会、お盆、納涼祭、夏の甲子園など欠かせない夏のイベントが開催され、季節は確実に初秋に向かって進んでゆく。 今日、高知新聞の経済面に、「猛暑はずれ百貨店の売り上げ伸び悩む」という内容の記事を見かけた。当て込んでいた猛暑がはずれ、百貨店や量販店では苦戦が続いているとのこと。秋物を早めに投入して巻き返しを図る計画だとか・・・。物流業界は常に最先端を目指すこと以外に、「季節要因」という努力だけではどうにもならない要素がある。時にはそれがよい流れを生むこともあるが、また時には、手のつけようがないほどの停滞を生むこともある。 いつの時代も夏は短い。ゆえに、人々は過ぎ行く季節を惜しむように、動き回り、出会い、創造して、何かを残そうとする。昨日の日記に、夏のレジャーは常に危険と隣り合わせであることを書いた。今日も、藤沢の鵠沼海岸で中学生が流され不明になっていると、報じられている。短い夏のひと時を逃すまいと、友人同士ではしゃぎ回るのはよいが、どうか、事故に巻き込まれないよう十分注意してほしい。 私が住んでいる土佐清水も今月の、10日(金)、11日(土)の2日間「あしずり市民祭り」が開催される。明日は朝からその準備のため出かける。市外からの観光客にPRするため、旗を立てたり看板を設置するのだ。 あしずり祭りの醍醐味はなんといっても、そのフィナーレを飾る「大打ち上げ花火」。合計8,000発の色とりどりの花火が町の中心部で打ち上げられる。職場から見ればちょうど頭上に打ち上げられるので、火の粉が頭に降りかかるような錯覚がして怖いくらいだ。 大迫力の打ち上げ花火。近日中にその花火の写真をアップしてみたいと思う。 京王井の頭線の神泉駅の踏み切り(取引先が吉祥寺にあったので、よく京王井の頭線を利用した。写真の列車はトンネルに入り渋谷に向かっている) 東急中目黒駅付近(中目黒を出た電車は渋谷方面と、恵比寿・六本木方面へ向かう日比谷線にわかれる。私がまだ学生の頃、この近くで悲惨な脱線事故が発生した。通勤通学途中の多くの人が犠牲になった) 目黒川をまたいで走る東急電車(不動前駅付近) 五反田駅(私は、東急池上線沿線に住んでいたので、この連絡通路をよく使っていた。隣の目黒駅は地下鉄乗り入れが始まり、乗り場が地下に移ったし、もう一つの隣駅大崎駅は埼京線が延長して、臨海線が開通しすっかり様変わりしたのに比べれば、五反田駅のこの風景はいつまでも変わらない。詳しいことは知らないが、五反田駅のこの構造は70年以上前からほとんど変わっていないんだとか・・・?確かに橋げたの構造は非常に強固にできていて、堅牢なつくりに驚く。足元に山手線の列車を眺めながら、三両編成の東急電車に乗り込んでいた頃がとても懐かしい!)
2007.08.04
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今日の日記:東京散歩写真2 台風5号が去ったあとも、その影響で午前中は天気は荒れていた。雨はそれほど強くないものの、四方八方から風が吹き、職場近くの湾内も白波が立っていた。職場の事務室は蒸し暑さが続き、迷わずエアコンを入れた。 幸い今回の台風も大きな被害は報告されなかった。しかし、昨日、遠距離通勤の職員から、帰り道、防波堤を超えてやってくる高波に煽られ、車を前にも後ろにも進めることができず、死ぬほど怖い思いをしたと報告があった。通勤時における職員の安全にももっと気を配ってほしいというメッセージだった。 昨日は、思いのほか風が強く、車を運転する者はいつも以上に怖い思いをしたことは間違いない。台風などの非常災害時は、ケースバイケースで対応が異なり、適切な判断のもと的確な指示を出すことは難しい。経験があっても、その経験による固定観念が邪魔して思わぬ不幸を呼び寄せることだってあるし、思慮に欠ける行為が招く悲惨もある。 結果的に何事もなければ、それで良しとすべきだし、後々尾を引くこともない。しかし、今回の件をいい教訓に、職員の言葉に謙虚に耳を傾けようと思う。 さて、私が住む地域に清流で知られる「四万十川」がある。四万十川は近年の自然派志向、アウトドアブームにより、この時期多くのレジャー客を迎え、様々なイベントが開催される。それは、四万十川が貴重な自然資源をもつ魅力的な場所の証であるが、逆にその危険性が時には牙をむき無邪気な人々を襲うこともあるのだ。 先々週は、四万十川で行われた水泳マラソン大会で神奈川県から参加した選手が水死したし、先週は県外からキャンプに来ていた小学校の児童が流され命を落とした。水泳マラソンにしても、危険箇所では監視船がいたし、キャンプで児童が遊泳中も保護者は監視に当たっていたはずだ。でも、なぜ、事故は防げなかったのか、とついついマスコミ的な言い回しをしたくなる。 水泳マラソンについては、選手は大人なので、自分が競技に耐えられる体力を持っているのか、その日の体調は万全かどうか判断できる。つまり、自己責任の範囲内といってもいい。しかし、児童については、おそらく川で遊ぶ経験がなく、それゆえ自然の怖さを知らない。よって、保護者の知識と監視体制が十分かどうかという部分が焦点になる。 この時期、多くの人がレジャーを楽しむので、万全の体制で臨んでも、一定のリスクが避けられないのは言うまでもない。しかし、保護者はその危険性を念には念を入れる気持ちで臨んむべきだ。危険箇所へは近寄らせないだけではなく、何かあったら、いつでもすぐに助けられる位置にいなければならない。自然は優しいだけではない。時には悪魔以上に怖いものであることを忘れてはならない。 目黒川の写真(桜の季節にもう一度歩いてみたい) 目黒川沿いのおしゃれなカフェ(開店前だけど・・・) 中目黒にあったショップのウインドウ(ネクタイの色は私好みだ・・・) 246沿いにあるナザレン教団の建物(深い意味はないけれど、246を車で走っているときよく目にしていたとても目立つ建物だ)
2007.08.03
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今日の日記:東京散歩写真 この日記を書いている今、大型の台風5号が通過中だ。降雨量はさほどではないものの、昼過ぎから強くなった暴風雨で、一時は歩くことさえできないほどだった。今は次第に風の勢いは弱まりつつある。 先月に引き続き、またしても大型の台風の襲来だ。このペースでいくと、今年は「台風銀座」という表現が適当かもしれない。でも、台風は農作物の被害や交通の乱れだけではなく、その影響により日本の経済全体に大打撃を与える。だから、これ以上はどうか勘弁してほしい。 そんなわけで、今朝から職場では「台風の話題」一色だった。人もまばらで、いつもの緊張感はなく、一日いても半日分の仕事しかしていないように思う。とはいっても、一度途切れた緊張感は元には戻ってくれない。 今日は先週末出張した東京で撮影した写真を貼付する。私が歩きながら興味本位に撮っただけで、地元の人からすれば特別意味のある写真ではない。紹介する写真は先日の日記と順不同であることをお断りしておく。 私が乗った高知龍馬空港から羽田行きのJAL最終便(奥に見えるANA機は10分前に出発の伊丹空港行きプロペラ機だ) 五反田駅近くのスターバックカフェにてモーニング 日曜の早朝、五反田の目黒川沿いに停めていたプジョークーペ407(私が住んでいる高知県では一度も見たことがない希少車種だ) 同じく目黒川沿いで見たプジョー306スタイルとプジョー206(目黒川沿いはプジョーのユーザーが多いように思えるのは気のせいか?) 目黒川沿いで見たもの(テーマ:赤)
2007.08.02
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29日の日記:東京出張2日目 昨晩激しく動き回り、遅くまで飲んだ割には、ぱっと目が覚めた。時計をみると5時15分。活動を始めるにはまだ早い。しばらくニュース番組を観ながら部屋で過ごす。せっかく1年半ぶりに東京にやってきたのだ。短い滞在時間に東京を満喫するため、早めではあるが7時にホテルを出た。 コンビニで新聞を買って、ホテル近くのスターバックスでモーニング。開店したばかりの店内にお客は2人しかいなかった。簡単な朝食を済ませて店を出た。朝まだき東京。行くあてなどあるはずがない。そんなときは適当に散歩するに限る。 五反田駅から近いところに、目黒川が流れていて、川沿いに散歩することにした。目黒川沿いの道路は、都会の喧騒から離れて、静かであり、散歩にはうってつけだ。特に桜のシーズンは、素晴らしいので、桜をめでながら歩いた記憶がある。 五反田から池尻大橋方面に歩き始めた。途中、犬の散歩をするひと、ジョギングするひと、通勤する人たちにすれ違う。前日よりも湿度は下がっていたが、すぐに背中に汗を感じた。 目黒雅叙園、アルコタワーを過ぎ、目蒲線の高架をくぐった。そして、目黒通りを渡り、中目黒まで来た。中目黒を過ぎると、片側におしゃれなカフェが見えた。ふらっとよってみたかったが、さすがに開店前だった。学生時代も何度か歩いた場所だが、一度もおしゃれなカフェには立ち寄ったことはなかった。 池尻大橋近くにやってきた。この辺りの川の水はとてもきれいでヘドロもない。近くのとある橋の袂に、昭和36年ごろの目黒川沿いの風景を紹介した写真があった。かつて、高度成長期が始まる以前の時代、目黒川でも友禅流しが行われていて、染物屋も近隣に軒を連ねていたという。という。そんなこと、「どっかで聞いたことがあるようなないようなものだが、特に気にはしていなかった。 やがて246に出た。そこからは、右折して渋谷方面に向かう。しばらくは坂が続く。246は日曜日でも車の交通量が多い。渋谷に程近いの交差点で脇にそれ、神泉方面を歩いた。坂を下りると、神泉駅前の踏み切りに出た。ちょうど渋谷方面と吉祥寺方面へ向かう井の頭線が行き来していた。 神泉を過ぎ、松濤を通って東急本店に出た。時間は9時30分。いくつかのお店は開店し、駅のほうから渋谷の町に若者が集まり始めていた。私が学生のころ、109の近くにあった「恋文横丁」の看板とその周辺はすっかり取り外され、再開発が始まっていた。 渋谷に来ても特に買い物もなく、寄るべき店はない。スクランブル交差点を通り、JR山の手線に乗った。有楽町でおりた。マリオン側の改札を出たらちょうどauショップがあったので、入店した。私はTUKAのユーザーだが、TUKAのサービスが2008年3月末で廃止になるため、auに切り替えようと思っていたのだ。無料で交換できる機種は全部で3つ。テレビは使用しないので、一番スリムな機種を選んだ。 そうこうしているうちに、約束の人と合う時間になった。東京出張の真の目的は、その人にあって話をすることである。待ち合わせ場所は東京八重洲ブックセンター1階だ。11時の約束で、10分前に着いた。11時になり彼を探すと、入り口付近にいた。 これ以上は、守秘義務の関係で詳しく話せないが、前日の夜、私が行きそびれた小石川のロシア料理店に案内した。移動も含めて彼との情報交換は3時間ほど続いた。 彼とは東京駅まで戻り、そして別れた。私は帰りの飛行機に乗るまでにだいぶ時間が合ったので、東京を散歩することにした。銀座マリオン、プランタン、歩行者天国を歩き、並木通りへ。ソニータワーの前では沖縄の美ら海水族館のイベントが行われていて、きれいな3人組の女性が「涙そうそう」を熱唱していた。並木通りから新橋を抜けてウインドウショッピング。日曜日の新橋は、サラリーマンの姿はなくひっそりとしていた。列車のオブジェに掲げられていた参議院議員選挙の垂れ幕も場違いに思えた。 再び山手線に乗り、恵比寿とそして渋谷へ行った。東急東横店で友人のお土産を買う。人ごみにうんざりし、少し離れた喫茶店で休憩。汗でびしょぬれになったシャツを乾かす。そして再び地下鉄で銀座方面へ行く。マリオン阪急と三越でお買い物。お土産の食品以外に、自分用のシャツとネクタイを購入。どちらもバーゲン品で安くなっていたものだ。 やがて、日が翳り始め、夕方の雰囲気が漂いはじめたので、浜松町に移動する。モノレールに乗ると羽田に行ってしまう。それは、少し名残が惜しい。ちょうど、世界貿易センタービルに展望台を案内する看板が目に付いたので、最上階の展望室に行くことにした。展望室は広々としていて、360度の展望は素晴らしかったが、霧と霞ではっきり見えなかった。 浜松町からモノレールに乗り、羽田空港へ。今度は行きと違い、搭乗時間に余裕がある。晩飯を食い、お茶とお菓子を買い、搭乗口まで進んだ。あいにく、私が乗る予定の高知竜馬空港行きの最終便は機体の到着が遅れていたため、出発時間が変更になっていた。アナウンスでは15分程度とあったが、実際この時間帯は滑走路も込む時間帯だ。結局定刻より35分も遅れて羽田を発った。 帰りの便はA300で、行きの便よりより大きな機体だったが、ほとんど満席に近い乗客で埋まっていた。私はドリンクのサービスが終わると疲れて眠りこけていた。疲れがひどく、高知竜馬空港に飛行機のタイヤが接触するショックで目が覚めた。 空港からはまっすぐに自宅に向かう。35分も遅れて到着した最終便。結局私が自分の家に着いたのは、日付が変わり24時を少し過ぎだった。 慌しく過ごした一日だけの東京出張。成果のほどはといえば、なんともいえないところだが、私にとって東京はやはりかつてすんだことのある場所。とても楽しかった。 道中に適当に撮った写真は後日Upすることにする。
2007.07.31
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7月28日(土)の日記:東京へ 今日、急遽東京へ行くことになった。理由は守秘義務等があって詳述できないが、仕事の関係者に会いに行くためだ。とはいっても、午前中は病院の業務があり、午後3時までは拘束されている。その後となると、高知竜馬空港を最終の18時40分に発つ便に乗るしかない。 急いでJALの国内線チケットセンターに電話で予約すると、最終便はかなり空席があるという。ただし、当日券なので割引は一切適用されず、片道30,900円と高い。が、ほかに方法もないので躊躇なく予約を入れた。 急な出張なので、旅の準備はまったく整っていない。あわてて2泊分の荷物を用意した。下着にシャツ、ネクタイ、歯ブラシなど、いつもの旅行セットだ。そして、日曜日は家を空けるため、参議院選挙の期日前投票をしなければならない。猛暑の中、投票はがきを手に市役所に向かった。土曜日ということもあり、選挙管理委員会は閑散としていたが、おかげでスムーズに投票できた。そして、午後は部屋に戻り、洗濯や洗い物など。少しでも部屋を小ぎれいにまとめる。 14時50分、本日の整形外科診療が終了し、K先生をN駅まで送ることに。自分は所用で高知から羽田に向かうことを告げると、K先生はせっかくだから車中をご一緒されるとのことだった。15時に病院を出た。道はあまり込んでいなかったが、自分が搭乗する時間まではぎりぎりのタイミングだった。少し、いらいらしながら車中の会話を楽しんだ。 高知駅には17時45分に着いた。K先生と駐車場で別れ、自分はそのまま高知竜馬空港へ車を走らせた。ところが、空港までの国道がラッシュと重なったのか、かなり込んでいて、おまけに信号に何度もぶつかった。かなりのスピードを出しながら、車線変更を繰り返し、ようやく空港の駐車場に滑り込んだ。 チケットカウンターで搭乗券を手にしたのは出発時間の実に25分前だった。通常、15分前で搭乗は締め切りなので、あと、もう10分以上遅れて到着したら、その便には乗れなかったことになる。飛行機は割と多く利用してきた私だが、こんなに ヒヤヒヤしたのは初めてだ。 飛行機が出発したとき、周囲はかなり暗くなっていた。飛行機が離陸して雲の上に出ると機長からのアナウンスがあった。天候、飛行機の高度、平均速度、到着予定時間などが乗客に告げられる。窓側の席に座った私は、間もなくして眠気に襲われた。それでも目を閉じはしなかった。というのは、外に見える景色があまりに幻想的で美しかったからだ。雲海と空の堺に、沈み行く太陽の光でぼんやりと輝く世界が広がっていた。厳しい夏の日の終わりを明快に描写しているように感じられ、目を離すことができなかった。当然、飛行機に乗っていなければ、どんなに逆立ちしても見れない景色だ。やがて、その太陽が沈み始めた。雲と雲の間にゆっくりと姿を消す太陽。幸い、最後の一瞬まで見届けることができた。 以前、フランス映画にエリック・ロメールの「緑の光線」という作品があったのを思い出した。作品の中では、最後の場面で、水平線に沈む太陽が消える瞬間、それまで燃えるような赤さで輝いていた太陽が、ぱっと緑色に輝き消えていくのだ。しかし、私が見た雲海に消えてゆく太陽は緑には光らなかった。そのままうっすらと残像を残しながら、鉛色の雲海に消えていった。 やがて、着陸態勢に入り、高度を徐々に落としているアナウンスがあり、自分も気圧の変化で耳の聞こえ具合がおかしくなっていることに気づいた。やがて、すっかり日が暮れた関東地方の町灯りが眼下に見えてきた。機体は大きく旋回し、千葉の上空をとんでいるようだった。さらに高度を下げたところの海に程近い場所で、花火が打ち上げられているのがわかった。そうか、今日は隅田川の花火大会だ。きっと、そうにちがいないと確信した。私は、学生時代に一度だけ隅田川の花火大会を見物したことがある。友人たちと浮かれて、飲んでは騒ぎまくった若いころを懐かしく思い出した。 そして、羽田空港に着陸した。機体を降り、スポットから長いコンコースを歩き、バゲージクレームまで移動した。やがて、荷物が、ベルトコンベアで運ばれ、荷物を受け取った私は、大急ぎでモノレールに乗り込んだ。浜松町から、山手線に乗り、さらに秋葉原で総武線に乗り換え、水道橋で降りた。水道橋ですぐにタクシーをつかまえ、池袋方面に走ってもらった。行き先は小石川5丁目だ。そこに、私の大好きなロシア料理レストランがある。ここは学生時代からの思い出の店で、東京に来たときはなるべく立ち寄るようにしている。ただし問題は営業時間だ。ひょっとして9時で閉店しているのでは、と不安がよぎったところ、案の定、まさに閉店したところだった。カーテンの隙間から、店員が後片付けしている様子が見えた。 汗だくになりながら急いだのに、と意気消沈した私だが、明日また来ればいいと考え、通りを走るタクシーに再びとび乗った。タクシーの運転手はその日、東京ドームで行われたジャイアンツ対カープの試合を話題に、私に世間話を持ちかけてきたが、私には上の空で、話の内容を聞き流していた。やがて、タクシーは御茶ノ水に着いた。だが、そのときの私はまだ宿泊先を決めていなかった。適当に安いビジネスホテルをピックアップして電話してみたが、夏休みの週末ということもあり、なかなか宿が決まらない。幸い、以前住んでいた場所に近い五反田のホテルに空きがあったのでそこに決めた。山手線で移動して、すぐにチェックイン。汗ばむシャツを室内のエアコンで乾かしながら休憩。 しかし、時間はもう10時30分になっていた。適当に駅近くのチェーン店系の串専門居酒屋に行き、24時ごろまで一人で飲んだ。あわただしい一日の疲れを癒すのに、生ビールは最高だった。料金は2,700円程度と本当に安い。 東京に急遽来ることになった本命の用件は明日だ。宿泊先のホテルに戻った私は、気がついたらベッドの上で寝ていた。テレビの音で途中目が覚めた。すぐに消灯して、Tシャツに着替えて再び眠りについた。頭の中は混乱していたが、寝ながら何かを考える余裕は全くなかった・・・。※非常に長いので、29日(日)の分は明日以降に書くことにします。また、道中で撮った写真も何枚か掲載します。おやすみなさい。
2007.07.30
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今日の日記:不在者投票 最近のブログに、暑いだの疲れただのと子供じみた愚痴をこぼしてばかりいる私だが、普段は一応医療機関の総務課に勤務する社会人だ。総務課は経理や人事などを受け持つ部署であるが、実際の業務はそんなクールなことばかりやっているわけではない。その実、業務の多くは「使いっ走り」的なことに追われている。また、職員の愚痴や悪口の聞き役になることもある反面、そのような主張をあえて黙殺せねばならぬ時もある。裁量が大きい分、煩雑になりがちなのがこの職種のつらいところ。 今日は午前中は金融機関への訪問したあと、顧問税理士と月次の経営会議に臨んだ。厳しい暑さのため、いつもの緊張感はなく、些細な話題に時間を割き、肝心の部分はぼやけた感じがする。 午後は、当施設に入院(入所)している方を対象に参議院議員選挙の不在者投票を実施した。入院者も貴重な有権者。清き(かどうかは知らぬが)一票はとても大事だ。食堂のテーブルを並べ替え、即席の選挙投票所に仕立てて、一人一人順番に投票してもらうのだ。中には、字がうまく書けない人、意思表示ができない方もいる。そんな時は、補助者が投票を手伝うことができる。もちろん選挙管理委員会のスタッフが立ち会い月であることはいうまでもない。 約1時間ほどで17名の投票が終了した。別のスタッフと残りの事務作業をしてすべて完了。結果がでるのは日曜日の夜である。選挙のたびに施設で行う不在者投票、この行事が済めば、いつも気持ちが軽くなるのを感じる。 猛暑の中の選挙戦。私が住んでいる地域は、住民に与える影響力が小さいからか、ぜんぜん盛り上がっていない。それに、第一、選挙期間中に選挙カーにほとんど出くわさなかった。こんな選挙は実に珍しい。そんな私も、まだ期日前投票を済ませていない。明日選挙管理委員会に行って投票することにしよう。 明日は土曜日。取引先からの電話が少ないので平日より気分が楽だ。 今日も早めに寝るぞ!・・・。おやすみなさい。 倉敷チボリ公園にて 2007年7月撮影
2007.07.27
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今日の日記:暑い、ひたすら暑い! 一昨日の日記に、夏の猛暑で減退した集中力がもたらすデメリットについて書いた。梅雨が明けて好天が続いているが、今日も尋常ではない暑さにやられた。朝から、じっとりとした湿度に加えて、強い陽射しが照りつけ、自分の体の重さが1.5倍くらいに感じられた。少し身体を動かしただけで、汗が頬を伝い、汗にまざって匂ってくる体臭がワイシャツを通して伝わった。周りの人も気づいただろうか、汗臭い私のことを・・・。 今日みたいな日は、もちろん集中力が途切れやすく、思いがけない事態を招きやすい。まず、私事から言うと、2名来客があり、お客さんの氏名と予定時間を受付に告げていたが、転記ミスだろうか、片方は時間を、もう一方は名前を間違って報告していた。よって、受付の職員に迷惑をかけてしまった。また、金融機関等へ外出した際に、受付から依頼されていた用件を忘れてそのまま事務所に戻っていた。いつも使用しているバッグを開いてみて、未処理の封筒があることに気づき、慌てて再度出かける羽目に・・・。 そして、別の職員は法人所有の車のライトをつけっ放しにしたまま、帰宅していた。日が落ちてヘッドランプが明々とと点っているのに気づき、急遽呼び出して処理させた。ライトがついている車のキーを外せば、かなりはっきりとした警告音が鳴るので、通常、消し忘れなんてありえないのだが、うだるような暑さゆえ、警告音も全く耳に入らなかったらしい。 と、まあ、こんな具合に尋常ならぬ暑さによって、思いがけないミスに遭遇することがある。結果、重大な事故に至らなければ良いわけだが、これからしばらくお互い注意しあって事故を防がなければならない。 今日も、特にネタはなく、一昨日の話に少し毛がはえた程度で、目新しいものはない。 でも、まだまだ、夏は続く。花火や納涼祭もあれば、お盆もやってくる。 だから、きっとドキドキするような出会いもあろうから、今日はこの辺でやめることにする。 おやすみなさい。 先週行った倉敷のチボリ公園で撮った写真
2007.07.26
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今日の日記:やせ我慢は美徳ならず 7月に入り、13日以降県内では、2日に1人のペースで交通死亡事故がおきていると高知新聞が報じていた。また、統計には計上されていないが、自転車に乗った高齢者が溝に落ちて死亡したり、若年者が重体にいたる交通事故も多発しているという。交通死亡事故がこの時期に急増するのは、暑さにやられて集中力が弱まっていることが原因だと、もっともらしい説明があった。 暑さがもたらす災難は交通事故だけではない。職場においては、暑さゆえに、ついつい感情があらわになりがちだ。他の社員に要求したことの返事が、いつもなら待てるのに、暑さでいらついているときは、我慢できず厳しい口調になってしまう。また、同じ内容のことを繰り返し説明しなければならないときは「ちゃんと聞けよ!」「一体何回言ったらわかるんだ!」「同じことを言わせるなよ!」と心の中で叫ばずにはいられない。 そういう私も、最近の不調によって仕事にムラが生じ、多くの人に迷惑をかけている。今日、ある職員から、わたしの口数の足りなさに我慢できず、「そんなことは常識ですよね!」「重要なことをちゃんと言ってくれないことが多いですよね」となじられた。いくら私の仕事の出来が悪いからといって、その職員はそんなことを言うようなタイプの人ではない。よほど、暑さに打ちのめされたストレスが溜まっていたのだろう。 それほど、強く言われては、私も反省して態度を改めるしかないと、その時は思うのだが、これが結構難しい。長年の習慣によって形成された悪癖は簡単に直せないのだ。 私が勤める職場においても、2年前から、国が進めるチームマイナス6%を掲げ、エコ対策に取り組んできた。エアコンの温度を28度に設定して、クールビズが推奨されたが、それがいい結果をもたらしているとは正直言いがたい。というのは、エアコンを本来の目的に合わせて正しく使いましょうというよりも、エアコンを使うのは贅沢だ、という誤った認識が浸透しているからだ。やせ我慢して汗水流しながら事務作業をすることによって、感情が剥き出しになり、「非効率」と「悪循環」の救いようのない事態に陥る怖さを忘れてはいけない。 というわけで、最初の話に戻ると、夏場は集中力が落ちるのは仕方がない。だとすれば、その集中力が低下しないように普段の生活を工夫すればよいのだ。疲労が出やすいのであれば、早めに休むようにすればよいし、暑くて我慢ができないのであれば「今日はエアコンをつけましょう」と思い切ってひとこと言えばよい。そうすれば、みんなが気持ちよく仕事に取り組むことができる。少なくとも職員同士で非情な言葉が飛び交うことはない。 夏の暑さは耐え難い。 やせ我慢は決して美徳ではない・・・。 要は、暑い日にはエアコンをつけましょう。 そしてみんな気持ちよく仕事にのぞみましょう。 そうすれば、感情のもつれも減るし、交通事故の犠牲者も減るだろう・・・。 今日は早めに部屋に戻り、エアコンの風を浴びながら身体を休めている。 梅雨が明けた。明日もいい天気が続くだろうか・・・。
2007.07.24
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今日の日記:浜の清掃 夏休み最初の日曜日。朝から晴天が続き暑い一日となった。 今日は、市内の「大岐の浜」と呼ばれる海岸で清掃行事があり、朝から参加していた。大岐の浜は、全長2キロほどある白砂青松の美しいビーチで、海水浴やサーフィンのメッカとして多くの人に親しまれている。 清掃活動は本来なら先週行われる予定であったが、例の台風4号の影響のため今日に延期されていたのだ。この行事は例年行われているそうだが、私は今年初めて参加した。 作業は燃えないごみを専用のゴミ袋に集め、流木や枯れ木、干上がった海草を集めていった。集まった人は50人以上はいただろう。朝から昇った太陽が容赦なく照りつけ、開始30分も経たないうち汗が噴出してきた。やがて、口をきくのも辛いぐらいの疲労が襲ってきたが、予定の時間までもう一息だったので、何とか踏ん張った。 作業を終え、帰り際、冷たいジュースの差し入れがあった。 家に戻り、洗濯や掃除などなど・・・。 その後、食料品の買出しに出かける。 夕食後、市民体育館内のトレーニングジムに行く。40分程度汗を流す。 午前中も汗を出していたので、体力の消耗は早く、ランニング後は焼けるような熱を身体に感じた。 今は、シャワーを浴びくつろいでいる。 明日から、また通常の毎日がやってくる。 一週間、体が持つよう早めに眠りに着くことにする。 花の写真(何もないと寂しいので・・・)
2007.07.22
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今日の日記:日帰りで岡山まで 私は土曜日の今日、休暇をとって早朝から県外へ出かけた。目的地は岡山。以前のブログでも何度か書いているが、病院に入院している身内を見舞うためだ。岡山までは車で5時間以上かかるので、日帰りは正直きつい。土日だから、ゆっくり一泊してきたいところなのだが、色々と予定があり、そうも言ってられない。 今日は身内の見舞い以外に、ついでにちょっとした日用品の買い物、専門店訪問、行楽地めぐりなどをして今帰ってきたところだ。時間は23時30分を過ぎた。明日も実は早朝から予定があり、今日は長旅の疲れが残らないように早めに就寝したい。 だから、おやすみなさい。 四万十市トンボ公園で撮った写真を追加でUP。
2007.07.21
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19日の日記:終わらない治療 午後は有給を使って、けんみん病院まで診察に出かけた。血液検査と尿検査、蓄尿検査を終え、診察が始まったのは受付をして2時間後のことだった。いつものこととはいえ、ひどく疲れていた私は、待ち時間がとても長く感じた。 検査結果がよければ、治療終了のはずだったが、主治医から告げられた結果で、継続することになった。本来の腎臓にかかわる検査結果はいずれも正常で、経過も良好なのだが、コレステロール値が連続して高く(200-220)、薬の種類を変更して治療を続けた方が良いとのこと。 さらに、主治医曰く、今、血圧は低くても、加齢とともに血圧は高くなってくるので、今のうちから予防もかねて弱めの薬を服用して備えるのは悪くないとのこと。Drはメタボリックシンドロームを念頭に私に指導している事は明々白々だった。ちょっとショック! 期待した治療が終了しない事に、少々不満はあったが、安い薬に切り替わり、量も減ったので一部負担金は以前の3分の1程度になったのはせめてもの救いだった。窓口で支払った額は1,460円なり。 治療終了後、四万十市内のトンボ公園に行き、自然観察と写真撮影。 18時から中央公民館で行われた「医療安全」に関する勉強会に出席する。 勉強会は20時丁度に終了。家に着いたのは21時過ぎだった。 その後、友人と近くに居酒屋へいき、軽く食事を取る。 23時前に部屋に戻り就寝。 20日の日記:いよいよ夏休み! 市内の公立小学校は今日が終了式で、明日からいよいよ夏休み。 朝から事故の処理などがあり、仕事のペースが乱れた。 おまけに、小雨がぱらつき、湿度が高く、早い時間から疲労を感じる。 電話応対、事務処理、苦情処理などが四方から舞い込み目が回るほど忙しかった。 19時30分に業務を終えたが、予定していた半分程度の量しかこなせず、積み残すことに。 しかも、明日の土曜日は使用で県外に出かける予定。 日曜日の半分を使って残りを片付けねばならない。 19日に四万十市のトンボ公園で撮影下写真をUPする。
2007.07.20
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今日の日記:何の変哲もない一日 今日も日差しが強く、夏らしい一日だった。業務終了後、この地域の事業所が集まる「通所の会」に参加した。通所の会は、主に現場の職員がサービス提供上の問題点を話し合ったり、学習する場にあてられる。私は、今回で二度目の参加であるが、現場職員の生の声を聞くことができる貴重な場だ。 会が終わり事務所でデスクワークをして帰宅したのは21時過ぎ。晩御飯を食べたあと、銭湯に出かけた。最近、部屋の中がむさ苦しく感じていて、快眠のためには身体を清潔にしておくのが一番と考えたからだ。 明日の午後、有給休暇を使い、けんみん病院に診察にく。私は4年ほど前から慢性の病気(痛みは全く伴わない)を患っていて、主治医の話では、明日の検査結果がよければ、治療が終了することになっている。結果が思わしくない場合には、継続治療になる。治療を継続するということは、通院に時間がかかり、医療費負担も増えてしまう。 何はともあれ、治療については主治医の判断に左右されるので、運を天にまかすしかない。 明日は笑って帰れるか、それとも、沈んだ気分で帰宅することになるのか? そんなことは、いくら考えても神様しかわからない・・・。 だから、頭を空っぽにして、もう寝よう・・・。 おやすみなさい。
2007.07.18
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今日の日記:真夏の果実 台風4号が去り、今日で三日続けて晴れた。気がつけば夏休みはもう目の前だ。自称「夏人間」の私は、このまま梅雨に逆戻りせずに明けてくれればと願わずにいられない。空が晴れていれば、気分も上向き、少々嫌な事にも耐えようとする気持ちがわいてくるが、逆に、気分が冴えないときに天気も悪いと、「ダメだこりゃ」とばかりに精神的ひきこもりに陥ってしまうからだ。本格的な夏は私が待ちに待った季節。これから一日一日がとても楽しみだ。 さて、夏の楽しみといえば、海水浴はもちろんのこと、納涼祭、親類との再会、旅行などがある。それ以外に、夏ならではの美味しい食べ物が味わえるのもこの季節ならではだ。 例えば、冷麺、冷やしうどん(そば)、カキ氷、アイスクリーム、ところてんなどなど。それらの食物は、短い夏のひと時を優雅に満たしてくれるものとして欠かせない。それに加えて夏限定の果物も見逃せない。夏みかん、スイカ、ネクタレンなどが代表的で、スーパーの売り場に陳列される果実を見て、巡ってきた季節を感じる事も多々ある。 実は私が楽しみにしている夏の果物といえば、ぶどう、とりわけ「デラウェアぶどう」だ。デラウェアぶどうは、価格と高級感という視点から見ると、巨峰やマスカットなどに遠く及ばないが、食べやすさや親しみやすさからいえば圧倒的にデラウェアに軍配が上がる。 デラウェアは通常、種がなく、小粒であるだけに、食べ始めたら止まらない。おまけに一房が手のひらサイズなので、ついつい、食べ過ぎてしまう。気がついたら3,4房平らげているなんてこともあるぐらいだ。 先日スーパーに買い物に行ったとき、売り場に陳列されているのを目にして、さっそく買ってみた。3個入りで398円と極めて廉価だったので少々怪しいと思ったら、案の定、甘みが足りず、今ひとつの味だった。 しかし、夏の果実のシーズンは始まったばかりだ。これからしばらく、デラウェアぶどうの買い物を楽しむ事ができそうだ。 とまあ、夏を大賞賛するしょうもない日記になってしまったが、夏は最もドラマチックな出会いや、一生記憶に残るような「イベントに接する機会が多いことについては、大多数の意見が一致するだろう。 旅行やイベントを楽しみにしている方、よかったら教えてください・・・。あなた自身の夏の楽しみ方を。
2007.07.17
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14日(土)の日記:台風大接近! 早朝から四国地方に接近しつつある台風に備える作業に追われた。 午後のN先生の整形外科診療はJR線が動いていないため、中止になった。 部署ごとに、戸締りの点検と雨漏りの箇所のチェックなど。 人員体制、交通情報をチェックして一度帰宅する。 ところが、部屋には食料品など何もないことに気づき、雨足が強くなる中車で出かけた。 台風が最も接近するのは夕方以降なので、それまでに帰ってくれば問題ないと考えた。 四万十市のスーパーとホームセンターで買い物を終えて部屋に戻ったのは16時ごろ。 強風が吹き荒れ、視界が悪くなっていた。 19時ごろ、市内の様子を見るために車で出かけた。 さすがに海岸通は満潮に合わせて水位が上昇していたため危険な状態だった。 うっかり、海水につかったら車は一瞬で壊れてしまう。 なるべく危険を避け、国道を走った。 市内の商店は、何軒かのスナックの看板に灯りが点っていただけで、人は誰も歩いていなかった。 部屋に戻り、静かにくつろぐ。 しばらく、ヒュウヒュウと轟音が鳴り響いていたが、21時過ぎには静かになっていた。 足摺岬直撃を予想するレーダーチャートがテレビ画面でいたので、ちょうど台風の目の中に入ったのか? 強風がやんだかと思うと、異様な静けさに包まれ、気味が悪かった。 22時ごろには就寝。 15日(日)の日記:台風一過の青空 目が覚めたとき、窓の外にはすでに青空が広がっていた。 7時過ぎに近所の喫茶でモーニング。 8時ごろ、職場に向かう。 アパートの前の木が道路側に倒れ、交通の妨げになっていたので、ロープを使って起こす。 職場の建物と建物の間のトタンがはがれ吹き飛ばされていた。 それ以外に大して被害はなさそうだ。 建物内をチェックする。 雨漏り箇所をチェックすると、天井の一部がはがれ落ちていた。 3つのバケツも満杯になり、雨水が廊下を濡らしていた。 その後、職場の車両を2台洗車する。 雲がほとんどない気持ちの良い青空が広がっていて、洗車にはうってつけだった。 しかし、次第に太陽の日差しが強まり、車のボディーを乾かし始めた。 もたもたしていると、水あかがボディーに残ってしまうので、早めに片付けて、ガレージに納車した。 部屋に戻り、友人に電話をかけたところ、昼ごはんを「お好み焼き屋」で食うことで話がまとまった。 目的の「お好み焼き屋」は市内の海水浴場から近いところにある。 食後、海岸を散歩することにした。 台風一過の好天の中、大勢の人がサーフィンや貝掘りを楽しんでいた。 潮はかなり引いていた。空、海、人の風景を写真に収めた。 14時に一度アパートに戻った。 今日、大阪に戻る循環器のS先生をN駅まで送り届けた。 S先生は、今月、2週間ほど滞在したが、そのうち晴れていたのは今日だけ。 それ以外の日はみんな曇りか雨だった。 「晴れていたら、泳げたのに・・・。」とのこと。 来月も2,3日赴任するので、海水浴はのときまで楽しみにとっておくらしい。 N駅で別れて、私は、とある車のディーラーに立ち寄った。 タイヤのホールカバーを交換してもらうためだ。 ホイル交換作業は、40分ほどで終了。 部屋に戻ったら16時30分になっていた。 そして、一時間ほど仮眠をとる。 17時45分から友人と一緒に市民体育館のジムに行く。 ランニングと筋トレで一時間ほど汗を流す。 19時に部屋に戻りシャワーを浴びる。 その後、市内の料亭に出かけた。 一時だけ帰省していたS先生と食事をすることになっていたのだ。 お店に着くと、先生ともう一人のメンバーは飲み始めていた。 久しぶりの再開を祝い乾杯。近況報告と有益な情報交換の場とする。 区切りをつけて、お店を移動した。 そして日付が変わるまで歌いながら飲み続けた。 千鳥足での帰り道、メンバーのMさんの家に無理やり招かれた。 奥さんがパジャマ姿で起きてきて、そこで飲みが始まる。 しかし、私は疲労と飲みすぎでダウン寸前、というか、すぐにダウンした。 枕を借りて畳の上で眠ってしまった。 朝の4時に起こされ、S先生と奥さんに別れを告げ、やっとのことで家に着いた。 もちろん、あっという間に爆睡! 16日(月)の日記:連休2日目 目覚めたとき、鈍い疲労が体の隅々に残っていた。 朝は掃除して、新聞を読み時間を過ごす。 昼から、友人と少しだけ海に出かけた。 行き先は大月町の柏島だ。車で1時間近くかかる。 到着したときは日は陰り雲と霞に覆われていた。 しかし、海水浴客は何人もいた。 ゴーグルをつけて、浅い岩場を潜った。 「ツメタカ」という種類の貝を採った。 まだ、シーズンが始まったばかりなので、人の手があまりつえられていないらしい。 短時間で簡単に集めることができた。 採った貝はビニールに入れて持ち帰った。 帰宅して、食事の準備。 夕食後市内のジムに出かけた。 小一時間ほど汗を流す。 この連休、前半は台風にやられてしまったが、後半は充実していた。 おかげで、体の疲れがだいぶ残っている。 だから、今日は早めに就寝することにする。 アオスジアゲハ 台風が過ぎ去ったあと、洗車で流れ出した水に寄ってきた。 カメラを近づけても全く逃げる気配はない。 洗車の排水はそんなに美味なんだろうか? それとも台風の脅威から解放され、浮かれているのか? 台風一過の澄んだ青空
2007.07.16
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今日の日記 弱り目に・・・ 私の前世があるとすれば、きっとラテン系、もしくは、どこか常夏の国の人に違いない。 理由は雨にめっぽう弱いからだ。 私は、目が覚め、窓から見る空は青くなければ気がすまない。 もし、しとしとと雨音がしていたら、その日の気分は最後までブルーだ。 だから、梅雨なんて季節はもってのほかで、これ以上長雨が続くと、発狂しかねない。 こんな季節は、仕事に身が入らない、写真も撮れない、飲みにも行けない。金もない! つまり、ナイナイづくしである。 そんな私が仕事以外にしていること、それはジムで汗を流すことと任天堂DSだ。 あー、なんと虚しい日々か。 おまけに、明日、明後日は台風4号が大接近の予報。 迫りくる災難に怯えながら、無駄に時間を過ごさなければならない。 「弱り目にたたり目」とはまさにこのことである。 おやすみなさい。
2007.07.13
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今日の日記:ズバリ、アジサイ! 今日も相変わらずの雨だった。一体、連続して何日降り続いているのだろうか。外に出ては濡れ、内においては、湿気に苦しめられ、何一ついいことがない。 幸い、仕事のほうは、7月から採用になったKさんがテキパキと何でもこなしてくれるので、私の足りない部分を補ってくれている。それでも、息も絶え絶えの状態で一日の業務を終えると、思考停止の状態になってしまうのだ。 今日は、仕事を終え、思い切ってプールに出かけた。プールは最近再開したのだが、全身の筋肉を解し、火照った身体をクールダウンさせるのにもってこいの運動だ。 最近、あまり身体を動かしていなかったせいで、腕の動きが鈍く、おまけに疲れが溜まりやすい。そんな、弱った腕をパドリングで鍛えなおそうとしている。同時に、キックもひざと足首の動きをよくするために取り入れている。 雨が続くとどうしてもカメラを使う頻度が減ってくる。景色が駄目なら、花の写真をと思うのだが、近所に咲いている花は今ひとついものがない。結局、梅雨の時期を代表するアジサイの花を撮ることになった。きわめてありふれていて、不本意であるが、他に撮るべき写真がないので仕方がない。 明日は午後から、県の説明会で四万十市に出かける。その後、某病院に場所を移して、勉強会に出席する。外部の勉強会なんて久しぶりだ・・・。明日、ちとはましな天気になればよいが・・・。どうだろうか? 職場の近くで咲いていたアジサイ(無いよりはマシかと思って・・・)
2007.07.11
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今日の日記:長い出口か! 断続的に雨が降り続いた。幸い気温はやや低めで暑さに苦しめられることはなかったが、湿気がひどく、書類も建物内も着ているものもすべてベタベタとくっついて不快だった。 最近の私はすっかりスランプにとりつかれ、不調の極みにいる。仕事も滞りがちで、周囲から注意されてばかりだ。プライベートにおいても、ストレス解消に繋がる特効薬は見当たらず、悶々とした気分で過ごしている。 ところで、先々週気晴らしのために購入した「Nintendo DS」をアパートに帰って試している。ソフトのひとつである「大人力トレーニング」を楽しんでいるが、その内容も芳しくない。大人力トレーニングは様々なメニューがあり、多くのジャンルから大人力を試されるわけであるが、これが意外と難しい。微妙なところで感性というか、判断力というか、気配りの次元がズレ、得点に結びついてくれない。高がゲームであるし、実生活と混同するのはちょっと無理があるが、それでも、「低得点」はいただけない。 愚痴を抑えて冷静さを示すのも「大人力」なら、愚痴を聞いてもらう相手を持つことも「大人力」だ。かなしいかな、私はそのどちらも中途半端な状態で過ごしている。よって、余計に不機嫌さが降り止まない雨に合わせて増幅して行くばかりだ。 ただひとつ、改善されたのは、運動に関してだけだ。ジムでのウエイトトレーニングと走りこみ、プールでの全身体操をしているおかげで、体が軽く感じられ、関節や筋肉の鈍い痛みが緩和されていることだ。 ここ最近、新聞を読んでも、友人と話しても、飲み会のお誘いメールが届いても心が弾むことのない私だけれど、体が壊れない範囲で日々の雑事に立ち向かおうと思う。 この記事を書くことで、少しは気が晴れたような。気のせいかな・・・。 いや、絵文字をはじめて使ったからか・・・。
2007.07.10
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今日の日記:大雨に言葉もない! この二日間、ブログをサボった。時間がなかったからではなく、書くに値する出来事がなかったからだ。いや、書く価値のある出来事など普段もないのだが、ここ最近、テンションが低く、写真も撮っていなくて、新聞や雑誌にも目をひくような記事は見当たらず、全く気分が乗ってこなかったのだ。 この週末から今日にかけて、私が住んでいる地方は大雨に見舞われた。特に土曜日の日中はひどく、降り落ちた雨によって道路は滝のような状態になっていた。交通にも影響がでた。市内のとある主要道路が、土砂崩れのため通行止めになり、迂回路を利用せねばならなくなった。地域によっては、雷の影響を受け、長時間にわたって停電が続いたらしい。 私が住んでいるアパートにも被害があった。大雨によって天井から雨漏りが発生したのだ。アパートの築年数が古いためか、大雨時の雨漏りは日常茶飯事だが、今回の土砂降りは、雨漏りの度合いも拡大した。 いつもなら、ポツリポツリと部屋の中に水滴が落ちてくる程度だが、今日は、建物内を通過し、天井の木材を含んだ茶色の滴は、広い範囲にわたって部屋の畳を濡らした。さらにその一部は、ベッドのマットレスにまで降り落ち、悲惨な状態だった。 今は雨の峠は過ぎ、かすかな雨音だけが時折聞こえてくる程度で、静かな夜が続いている。 明日から、また仕事がはじまる。 起床して近くの喫茶でモーニング。 その後、職場に向かい、簡単な事務整理。 新聞を読み、コーヒーを飲みながら12時まで事務所で過ごす。 13時から市民体育館へ行く。ジムで汗を流すためだ。 体育館では少年剣道大会が開催されていて、近隣の市町村から多くの人が集まっていた。 アリーナ席の周囲は走れなかったが、幸いトレーニング事務室は使用可能だった。 ランニングマシーンとウエイトトレーニング、ロデオボーイなどをこなす。 一度部屋に戻り、服を着替える。 その後、車で四万十市へ出かける。 用件はただひとつ。カメラのレンズが作動しなくなり、修理に出すためだ。 部屋にもどり、短い仮眠をとる。 友人から電話があり、プールと入浴に行かないかと誘われる。 5時40分に出発し、足摺半島の某施設にてプールと入浴。 その後、施設近くの料理屋に行き、晩飯を食う。 自分はコロッケ定食と野菜サラダ。 友人はうどんと焼肉定食。 一日のスケジュールを終え、帰宅する。
2007.07.08
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今日の日記:汗にまみれて・・・。 夏休みの計画について職員たちが話しているのをチラホラ聞くようになり、いよいよ梅雨明けが待ち遠しくなった。今日は一日雨は降らず、鬱陶しい蒸し暑さが和らいだようだ。それでも、仕事は汗にまみれ、空回りの連続で、気分はブルー一色になった。 落ち着かない私は、仕事を早めに切り上げ、19時からJCの委員会に出かけた。 先月開催した「こどもセミナー」の反省を含めた話し合いが目的だ。 7,8人参加していた。 今回のセミナーは、スケジュールどおりに滞りなく行われ、怪我人もなく、事業目的に適っていたというのが大方の意見だった。私は初めての参加だったが、とても充実していて良かったと思う。 その後、後半の家族レクレーションと忘年会についての話し合い。 20時30分に閉会し、帰宅した。 今、チャーハンとカップラーメンを食べて、新聞を読みながら扇風機の風を浴びている。 今晩はエアコンなしでも十分眠れそうだ。 自宅でくつろぐ就寝までの数時間。 これを安らぎといわずして何と呼ぶのか・・・。
2007.07.05
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今日の日記:クレーマークレーマー 月曜日の読売新聞に、西垣通さんら知識人たちの意見を載せた「クレーマー急増」という記事を見た。その中には、小学生児童の携帯電話を教師が取り上げたら、保護者から携帯電話料金を日割り計算して請求された・・・などといった理不尽極まりないクレーマーの急増を嘆くものがあった。 その背景には、間延びした義務猶予期間、つまり、社会人にいたるまでの子供時代の延長が、親の世代にまで浸透し、常識を逸脱した発言を生んでいると推測できるらしい。 それに加えて、IT技術によって、これまで表ざたにならない末端の意見(潜在的監視の目)を、組織の中枢まで瞬時にして匿名のまま伝えることに成功したことも見逃せない。 しかし、このIT技の進歩は、一方で我侭なクレーマーの急増(未成熟な大人)を繁殖させたが、実際、世の中に氾濫する個人のブログでは、世俗の現象に対するちょっとした反論や異論は、日常茶飯事に書き込まれるわけだし、そのような一般大衆の意見は検索機能を使ってこ顧客のマーケッティングリサーチに役立てられるわけだから、何も負の部分だけを強調すべきではない、という。 結局、理不尽なクレーマーの急増は、ひとつには「大人の子供化」という、避けがたい時代の大きな流れがあり、そのうえで、IT技術の恩恵によって、時には一方的な「個人の意見」を汲み取りやすくなったことも影響している。 その功罪を見極め、判断を下すにはもう少し時間が必要なのではなかろうか・・・。 こんなことを言う私も、この日記で独断的な愚痴を多くぶちまけている。 だからといって、上であげた小学生の親のクレーマーと一緒にされたくはないが、ブログを書き残すことにより、私の理不尽なクレームが減少しているのならば、それはそれで、ブログをやっている意味はあるものと考えられる・・・。内容はいつも無味乾燥だけれど。読者の皆さんすみません・・・。
2007.07.04
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今日の日記:やっぱり病か? 何の変哲もない毎日がたんたんと過ぎてゆく。これといった出来事もなく、ただ不安の影を宿したまま、時流に身を任すように過ごしている。今日も、目の前の雑事に次から次へと手をつけるだけで時間が過ぎていった。もちろん頭は空っぽで、「心ここにあらず」といった具合に、自らの業務に積極的な意味づけができない腑抜けな自分がいる。 周囲のスタッフは、そのことをあからさまに指摘することはしないが、すれ違うときに見せる顔つきで、私が不調のうちに怠けていると読める。だから、スタッフは必要以上に私に話しかけようとしないし、面倒な問題を持ち込むことはない。それは職場で共同生活を円滑に営むための「知恵」に他ならないが、こんな状況がいつまでも続くことはさらに事態を悪化させてしまう。 仕事から解放され、部屋の中で一人ぼっちでくつろぐこの時間だけが私に安らぎを与える。 気まぐれで天気の変わりやすいこの季節。 明日こそ新鮮な「出会い」や「ときめき」があるだろうか、と甘い期待を抱く自分がいる。 ああ、私のこの病気、一体何が癒してくれるのか・・・。 今日の写真:海岸の夜景 土佐清水市竜串
2007.07.03
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今日の日記:きっちゃてん! 昨日、炎天下の中で遊びまくったのが災いしたらしく、今日は熱中症のような状態で過ごした。顔は赤くはれ、むくんでいる。当然脳みその動きはすこぶる悪く、おまけに全身が熱くいつも以上に体の動きは鈍かった。 幸い、今日から同じ事務所にスタッフが1名増えたので、私がやっていない仕事は彼女がカバーしてくれた。年齢は私より3,4歳若いが、初日とは思えぬぐらい確実にテキパキとこなしてくれたので助かった。 仕事を終え、体内に溜まった熱を発散させるため、市内のジムに出かけた。閉館まで残り一時間しかなかったが、いつも以上にランニングを多くこなし、カロリーを消費させた。とはいっても、脂肪の塊のような中年男の体が簡単にシェイプアップされるわけではない。ランニングを再開して数週間になるが、腰まわりのぜい肉はなかなか落ちてくれない。 日中は服装でごまかしている状態だが、肌を露出させる機会が増えるこれからの季節、このポヨンポヨンとしたぜい肉は隠しようがない。 さて、夜半になり雨がぱらついている。日中は晴れていたが、近隣の海は荒れ、どことなく濁っていた。天候の変わりやすい季節だ。あしたはどうだろうか・・・。 日曜日に友人と入ってカキ氷を食べた喫茶店(きっちゃてんと読む!) 高知県四万十市
2007.07.02
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今日の日記:カール・ルイスの夏 今日からいよいよ7月。本格的な夏のシーズンが到来する。7月初日の今日は、朝から強い陽射しが照りつけ一昨日同様に猛暑となった。 モーニングを食べたあと職場に向かった。今日は日曜日だが、職場はいわゆる救急当番日なので多くのスタッフが出勤する。私は小一時間ほど事務処理をしただけで、職場をあとにした。 アパートに戻り、友人に電話をかけ、車で出かけた。行き先は決まっていない。ただ、部屋で何もしないでいると、暑さに襲撃されそうな気がして、逃げ出しただけだ。とりあえず、海と川を眺めながらドライブ。その後、四万十市の海が見える公園に行く。しかし、昼過ぎの暑さがピークに達する時間、熱中症を恐れてか、人っ子一人いなかった。 一時間ほど、喫茶店でカキ氷を食べるなど、周辺で時間をつぶし、街中に移動した。向かったのはゲームランドというお店。その名の通り、ゲームを専門に扱うお店だ。お客さんのほとんどは中高生で、一見オタクっぽい印象を受けるが、私の目的は、「Nintendo DS」だ。 私は、何日か前の日記に、購入を検討していることを書いた。ためしに、職場で「Nintendo DS」について調査したところ、かなりの人数が所有していた。驚いたのは、子供が遊ぶために親が買い与えたのではなく、むしろ本人が好きで買ったということだった。それぐらい、同機種は世代に関係なく浸透している。 さて、当の私は、本体と「大人力トレーニング」のソフトを買った。さっそく持ち帰り、試してみたが、確かに面白い(面白そう)。初日からやりすぎてもあとでつまらないと思い、今日はサワリの部分を試しただけだ。夜の一服したい時間などに、気晴らしで遊ぶのにはちょうどよさそうだ。 今日遊びつかれて帰宅すると、予想以上に日焼けしていた。特に顔と首の裏、そしてTシャツの肌が露出している部分。屋外にいたのはせいぜい2時間程度。この時季の紫外線は相当きついということなのか。ローションを塗ってほてった顔をクールダウンさせている。 さてさて、昨日の新聞にカール・ルイスが映った写真と記事を見かけた。カール・ルイスといえば、アメリカが生んだ陸上界のスーパースター。1984年のロスオリンピック4冠王にして、100mの元世界記録保持者、もちろん、永遠の不世出だ。 私がまだ小学校のころ、ブラウン管を通して、ロサンゼルスオリンピックで、カール・ルイスから受けたインパクトは凄まじいものがあった。細く長い足で軽やかにトラックを走る姿。だれも、彼に追いつけない。走り幅跳びでは、華麗に宙に舞い、きれいに着地する。リレー競技ではアンカーを務め、ぶっちぎりでゴールする。 そんな彼の姿を見てかっこよく思わない人はいなかった。バスケット界のマイケル・ジョーダンも野球界のイチローも、ゴルフ界のタイガーウッズも、そのインパクトの強さでは到底カールルイスに及ばない。 しかしそんな彼も、華々しい経歴を残し、後世にその道を譲った。引退後は、彼の記録は塗り替えられ、さしてスキャンダラスな話題もなく、徐々に記憶が薄れ始めていた。 昨日の新聞記事では、なにやら大阪で行われる世界陸上に関連するイベントとしてかれのトークイベントがあったらしい。写真にみた彼はカール・ルイスに違いはなかったが、現役時代の輝きは消え、徐々にオヤジ風の顔つきに変化していた。 その昔、ビートたけしのスポーツ番組で、「小カール君」という人形が使われていたことがあった。もう20年以上も前の話になろうか・・・。そんなことを思うと、随分月日は経ってしまったと痛感せざるを得ない。 ただ、スポーツ界で素晴らしい記録を打ち立てる選手は数多くいるが、後代に影響を与え続けるスポーツマンは少ないように思える。もちろん、カール・ルイスのような人物はあとにも先にも存在しない、と、私は思う。 暑い夏が到来する。 23年前にオリンピックでみたカール・ルイスも、同じような暑い年だったように記憶する。 夏を感じさせる写真をドドーンと。
2007.07.01
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今日の日記:クールビズなんてできない 7月を待たずして、私が住んでいる地方は昨日猛暑を記録した。 強い日差しと鬱陶しい湿気に身体は相当痛めつけられている。 仕事中の私は、酷暑だろうと厳冬だろうと、年がら年中スーツを着用している。色は基本的に紺、黒系統。ネクタイはレジメンタルか控えめな柄物。仕事着としてはごく普通なのだが、クールビズ全盛の暑い時季は何かと敬遠されがちだ。 そんな私を見かねた、同僚や友人は半ばあきれた様子で、「クールビズにすれば」とすすめるが、私は少しも関心がない。まず何より、クールビズイコールお洒落とは限らない。クールビズの基本は軽快なストライプシャツやクレリックシャツ。そして、ノンタイにマッチしたダブルカフスのシャツなどだ。そのような服装が身につくまでには、相当の時間を要する。そればかりか、そのような服装が許される職業も限られる。 それから、普通のスーツを着ている人間が、「暑そうに見える」と言う理由で、あたかも地球温暖化に加担しているかのごとく語られることがあるが、実に迷惑な話だ。長い年月をかけて形成されてきた服装文化が、ここ数年の、しかも、国が進めるご都合主義的な施策によって取って代えられることはありえない。 誰も彼もがクールビズ対応をしたところで、地球の温暖化は防げるのだろうか。気温は少しでも下がるのだろうか。仕事の効率は上がるのだろうか。そして、ストレスが減り、人々は平和に暮らせるようになるのだろうか。 私の考えではすべて否である。 今日も書くネタがない。写真もない。 一日の出来事も、平凡極まりなく、たかが知れている。 だから、いつも以上に若書きの文章になってしまった。 本当は暑さにすっかり参って、憂さ晴らししたかっただけなのだ・・・。
2007.06.30
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今日の日記:雨のない梅雨 昨日そして一昨日と、二日続けて日記の更新ができなかった。 その日のうちに書けないことは度々あるが、二日続けてというのは初めてだ。 別に旅行に行っていたわけでも、入院していたわけでもない。 ただ、単純に書かなかった(書けなかった)のだ。 理由のひとつは、何かと夜間に外出する機会が多く、帰宅するのが遅いこと。 そして、写真も撮ってなくて、書くべきネタが思いつかないこと。 さらに、私自身に夏の疲れ「へばり」が生じていることだ。 今日も強い日差しが照りつけ、蒸し暑く、厳しい一日だった。 これから間もなくすると、梅雨が明け、海水浴シーズンの到来なのだが・・・。 困ったことに、精神的にも身体的にもすっかり打ちのめされた「私」に気力は湧いてこない。 顔は赤く腫れ、いかにも不健康な私がいるだけなのだ・・・。 ああ、もう月末。 成すべきことも満足にできず、瞬く間に時間だけが過ぎてゆく。 まさに「光陰矢のごとし」。 私は雨の降らない梅雨のむさ苦しさに負けそうだ。
2007.06.29
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