うたのおけいこ 短歌の領分

うたのおけいこ 短歌の領分

March 21, 2011
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カテゴリ: 詩歌つれづれ


今回の大震災の影響がこんなところにも現われている。本当にお気の毒でならない。
この場を借りまして、遅ればせながら、心からご無事をお祈り申し上げます。

さて、いつも短歌というものに真摯に向き合い、重厚真率な作品を詠み続けておられる、畏敬する短歌朋友(うたとも)がいる。

彼女から先日、今回の大震災に絡んで「地震直後から、あるいはハイな状態で、あるいは気を励まして歌を詠んできましたが、『何でも歌のたねにしてよいのか』的な自責の念もあり・・・」というコメントをいただいた。

慎み深い文意はやや模糊としているが、要するに「歌詠みは、今回の事態にどう向き合うべきか」といった趣旨と理解した。
重い問いであると受け止めた。

これは私も、地震発生直後から感じていたことであり、問題意識や感情は共有していると思った。考えさせられた。

むろん、「自立したそれぞれの表現者が自由に判断し、決定すべきことである」という認識が前提であり、総括的な結論でもある。表現の自由ということである。

・・・が、これだけではあまりにも鰾膠(にべ)も無く、何も言っていないに等しいだろうか。
もう少しきちんと問題に向き合って考えてみることも無駄ではなく、ひいては短歌の修行でもあろうかと思われる。

とはいうものの、私も全く文芸評論家や論客などではなく、突き詰めた論理的思考も苦手である。ちゃんとした論文などではない、取りとめのないことしか書けないので、それはご承知置きの上、ご了解願いたい。

今回の大震災は、数万人に及ぶといわれる犠牲者と甚大な被害をもたらした。わが国にとって昭和の戦争以降では未曽有の大惨事となった。
すでに各方面から、歴史的な国難といわれている。全く大袈裟でないと思う。

引き続き発生し、今なお予断を許さない状態の福島原子力発電所の問題も、ここ数日でやや光は射してきつつあるようだが、大きな不安と不信を巻き起こしている。

われわれ戦後生まれの中年以降の世代にとっては、生まれて初めての巨大な自然災害であった。
民主党政府の無能無力ぶりは目に余るものがあるが、それは今脇に置くとしても、より根源的な部分で、人間と文明の無力さを感じさせられたといえる。

人間の倨傲(きょごう)に対する大自然からの冷厳な審判、警告、または苛烈な試練といった捉え方が頭の片隅をよぎらない者はいないだろう。

文学に関わる者は、唯物論者でない限り、必ずしも自然科学的な認識に立脚する必要はない。
作品中では、例えば「天動説」の宇宙観に依拠してもいいとすら私は思っている。

常識的な、あるいは小市民的な道徳観に立つ必要もない。
それを超え、それより上位にあるべきだ。

われわれは、人智を超えた今回の天災から、「天」や「神」といったものの存在を感じ取らずにはいられない。
「啓示」「黙示」「摂理」「カタストロフ」などといった周辺概念も直ちに思い浮かぶ。
旧約聖書の「バベルの塔」の神話や、ダビデ(デービッド)の詩篇を思い起こす人もいるだろう。

以上書いたことは、私個人の感想だが、例えばこのように、多かれ少なかれ誰しもの心に何らかの深い強い情緒的反応がないはずがなく、それは場合によっては心底に沈澱して心身を蝕むこともあり得るし、一方で濾過され結晶化した心の叫びとなることもあるだろう。

普段から短歌に親しみ読み詠んでいるわれわれは、自分の胸に手を当てて、また自分の力量に照らし合わせて、詠みたい、詠める、詠むべきだと判断すれば、詠めばいいと思う。

が、この大災忌をどのように歌にするのか、直接的に詠むのか、間接的に表現するのかなど、わが歌友もコメントに書いておられたが、実際問題としてなかなか手に負えない面があると思う。

新聞歌壇などは、今週(昨日今日の紙面など)は間に合わなかったようだが、次週からは震災関連の短歌で埋め尽くされることになるだろう。
だが、こんな時に浮かぶ言葉といえば、誰しもだいたい同じようなことであろう。言っては悪いが、類型的な作品のオンパレードになることは容易に想像がつく。

むろん、それが無意味であるとは言わない。それは、わが国民の深い精神の精華、いわば「平成の万葉集」の一巻となり得る、非常に有意義なことである。
今こそ「五七五」が遺伝子に組み込まれているとまでいわれるわが国民文学・短歌の出番であり、独壇場となるかも知れない。

ただ、われわれ、仮にも結社に所属してそれなりに研鑽を積んでいる歌詠みの端くれからすれば、なかなか困難な事態だと思うのも事実である。

私は普段、半分茶化してオチャラケたような「狂歌」(俳句に対する川柳のようなもの)とか、言葉遊び的な歌風も好きなのだが、しばらくの間は詠めないだろうな~と感じている。
社会状況的にも、自分の気持ち的にも、いわば一種の内憂外患という感じである。

このところ数日間、震災がらみで私もかなり歌を作ってみたのだが、一読してみて、とても人さまにご披露できるようなシロモノではないと思った。
・・・「時事詠に秀歌なし」という経験的警句は、真実だと思う。結局、凡庸な新聞記事のようになってしまう。

試みに、大正12年(1923)9月に発生した「関東大震災」を、当時の歌人たちがどう捉えたのか、ざっと調べてみた。
当時は、近代短歌が爛熟期を迎え、綺羅星のごとき歌人が才を競っていた時期である。

ところが、詞華集(アンソロジー)の類いをひと渉(わた)り捜してみてまず気がつくのは、震災を直接に詠みこんだ作品は、意外なほど少ないということである。

日本近代史に特筆される大震災の重大さを思えば、まことに意外な事実だが、時事をそのまま詠み込むことは野暮、または歌人の任ではない ──「紅旗征戎(こうきせいじゅう)吾が事にあらず」(藤原定家)という感覚が強かったとも推察される。
そうした感覚は、現在ですらあると思うからだ。

あるいは、衝撃が大きすぎて歌にならなかった、出版社も打撃を受けたなどの事情もあるのかも知れない。
はたまた、もしかすると民心の動揺・軽挙妄動を恐れて、当時存在した検閲に引っ掛かったとか、政府の干渉があったなんてこともあり得るかも知れないが、これは詳らかではない。

歌人もその時代の中で生きている以上、それぞれの濃淡はあっても、意識的無意識的を問わず状況に深く影響されることは当然である。

直ちに思いつくだけでも、明治期の近代の勃興、社会主義思想の輸入に端を発したプロレタリア労働運動の発生、昭和の大戦、そして戦後の混乱や尖鋭化した学生運動とその敗北、バブル経済の興隆と衰微など、歌はそれぞれの時代を直接・間接に映してきた。

(ただ、それらの実例に触れようとすれば全くキリがなく、あまりにも私の手に余ることなので、ここでは一切省略させていただくが、そうした名歌・秀歌の一端は、このブログでも折に触れてぽつぽつご紹介しているところである。)

そうした近現代史の中に、関東大震災もある。それは、明治以来イケイケドンドンだったこの国に、初めて大きな陰が差した瞬間だったのかも知れない。





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Last updated  April 7, 2011 01:09:21 PM
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くまんパパ @ 体に気を付けて、のんびり行きたいですね やすじ2004さん、いつもありがとうござい…
やすじ2004 @ Re:松任谷由実  ハロー、マイ・フレンド(08/16) お元気ですか 今日も湿度が高い一日でした…
くまんパパ @ 男と女の契り 七詩さん、いつもありがとうございます。 …
くまんパパ @ 新仮名づかいの悲劇ですかね、旧仮名に変更します(^^) 七詩さん、いつもありがとうございます(^^…
くまんパパ @ 短歌では、ありですね(^^) 七詩さん、そうですね、同感です。 私も…
七詩 @ Re:ニヒルなれども面白し(06/08) くまんパパさんへ あの「世の中にたえて…
くまんパパ @ ニヒルなれども面白し 七詩さん、いつもありがとうございます(^^…

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