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車を、運転してると、母の、ひとりごとが、始まる。「あ、ローソン」。「……和菓子屋さん」。これは、寄ってほしい、のサイン。だから、聞く。「なに? 寄る?」「別に」。……別に、じゃない。でも、「寄りたい」とは、言わない。母が、待ってるのは、私の、ひとこと。「和菓子、食べたいね」。だから私は、車の中で、ずっと、母の、ひとりごとを、拾ってる。「ローソン」も。「和菓子屋」も。拾って、私の言葉に、して、返す。母は、何も、ほしがってない。私だけが、いつも、何かを、ほしがってる。――ことに、なってる。
2026.07.31
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作業服が、いるような、作業を、してた。ちょっと、危ない、やつ。妹が、「手伝う」と、言ってきた。ありがたいな、と、思った。でも、来た妹は、ミニのスカートに、半袖だった。……それじゃ、無理だ。ケガを、する。だから、言った。「その格好だと、危ないから、今日は、いいよ」。すると、妹は、言った。「また、部外者に、された」。でも、のけ者にしたのは、私、ということになる。それから、私は、「だめ」と言うのが、こわく、なった。
2026.07.29
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ネットで、母が好きそうな、カフェを、見つけた。家の、近所だ。よかれと思って、言った。「今度、行ってみよう」。次の、休みの日。母が、朝から、そわそわ、してる。昼を、すぎる。だんだん、機嫌が、悪くなる。そして、言う。「今日、カフェに、行くって、言ったよね?」……言って、ない。私が言ったのは、「今度、行ってみよう」。いつかの、話だ。でも、母の中では、「今度」が、「今日」に、なってた。そして、それを、破ったのは、私、ということに、なってた。それから、私は、「今度ね」が、言えなくなった。「行けたら行こう」も。「いつか、やろう」も。軽い気持ちで、言った言葉が、約束になって、返ってくるから。母のために、見つけた、カフェだった。でも、気づいたら、私は、未来の話を、するのが、こわく、なってた。
2026.07.27
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夕飯が、できた、らしい。気づいたのは、母が、私の、横で、ご飯を、食べ始めて、からだった。「あー、おいしい」。「これ、食べよ」。ひとりごと、みたいに。……呼んで、くれれば、いいのに。「できたよ」の、ひとことで、いいのに。理由は、わかってる。前に、一度だけ、「先に、食べてて」と、言ったからだ。仕事の、エラーが、直らなくて。たった、一度。その日から、「ご飯、できたよ」が、消えた。だから私は、また、耳を、すませる。「あー、おいしい」を、聞きのがさないように。ご飯が、できたことを、空気から、読み取るために。気づけば、私は、「あー、おいしい」を、聞きのがさない人に、なってた。
2026.07.27
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母と、買い物に、行く。刺身の、コーナーの前で、母の、歩く速度が、すこし、落ちる。それだけ。何も、言わない。でも、私には、わかる。ああ、今日は、刺身が、食べたいんだ。だから、私が、言う。「夕飯、お刺身に、しない?」母は、「いいね」と、うれしそうに、言う。私は、母が、何を食べたいかは、すぐ、わかる。歩く、速度で、わかる。立ち止まる、時間で、わかる。声の、調子で、わかる。なのに。今日、自分が、何を食べたいかは、もう、ずっと、わからない。
2026.07.24
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母は、頼んでないことを、先にやる。妹と、もめてた時期。母は、妹の子の、制服のシャツに、アイロンを、かけてた。妹の、旦那さんの、シャツまで。そして、ずっと、文句を、言ってた。大変だ。疲れた。誰も、手伝わない。……なら、やらなきゃ、いい。誰も、頼んでない。うちでも、同じだ。洗濯は、私の担当。でも、仕事で帰りが遅いと、母が、先に、取り込んでる。だから、言った。「そのうち、自分ばっかり家事してるって、不満になるよ」。でも、母は、不満そうだった。やめれば、いい。手伝ってほしいなら、言えば、いい。でも、やめない。言わない。気づいたら、私は、わからなくなってた。何をしても、不満なら、私は、どうしたら、いいんだろう。やらなければ、不満。やろうとしても、不満。どっちでも、私が、悪いことになる
2026.07.22
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母は、自分からは、風呂に入らない。でも、「先に入って」とも、言わない。ただ、落ち着かない。ため息が、増える。物音が、大きくなる。なんとなく、空気が、急ぐ。私が動かずにいると、しばらくして、自分で、入る。少し、不機嫌そうに。そして、出てきて、言う。「お待たせしました。お風呂、どうぞ」。……いや。待ってない。待ってたのは、そっちだ。だから私は、言葉を聞く前に、空気を、読む。それが、いつのまにか、当たり前に、なってた。
2026.07.20
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私には、自分の部屋が、ない。だから、距離を取りたくても、取れない。できるのは、これだけ。リビングの、パソコンの前に、座る。イヤホンを、つける。そして、母に、背を、向ける。それでも、声は、届く。母は、ひとりごとが、多い。「お茶、飲もうかな」「これ、おいしそう」背を向けていても、その声は、背中に、刺さる。イヤホンの、すきまから、入ってくる。聞こえなかった、ことには、できない。聞こえなかったら、あとで、もっと、面倒になるから。気づいたら、私は、家の中で、ずっと、半分、耳を、すませてる。自分の作業の、ふりをして、ほんとは、次の“ひとりごと”を、待ってる。自分の家なのに、安心して、背を向けられる場所が、ひとつも、ない。
2026.07.17
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朝、LINEを、送った。「エアコン、つけっぱなしじゃ、なくてもいいかも。みんな、すぐ、リビングから、いなくなるし。電気代、もったいない気がして」それだけ。でも、送ったあと、不安になって、続ける。「責めてるわけじゃ、なくて。そうしたほうが、いいかな、っていう、提案だから」それでも、足りない気がする。また、送る。また、説明する。気づくと、私は、エアコンの話を、延々と、弁解してる。まだ、何も、責められても、いないのに。このころには、もう、わからなくなってた。何を、どう言ったら、「責めてる」ことに、ならないのか。返事は、昼すぎに、来た。「わかりました。別に、責めてるなんて、思ってないよ。私の言い方が、下手なだけ」ちがう。あなたの、言い方の話じゃ、ない。でも、そう言うと、また、こじれる。そして、会話は、いつも、ここで、閉じる。「親と暮らすのは、大変と思う。感謝してます」。いや、今、その話じゃ、ない。エアコンの話は、もう、どこにも、ない。何回、説明しても、言葉は、ちがう場所に、着く。この人とは、話すほど、遠くなる。だから、私は、説明するのを、やめた。やめたのは、関係じゃ、ない。「いつか、わかり合える」という、期待のほうだ。
2026.07.13
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「お昼、どこにする?」「どこでもいいよ」最初は、気をつかってくれてるのかと、思ってた。でも、毎回、これだと、わかってくる。店を、考えるのは、こっち。予算も、場所も、ぜんぶ、こっちが、しょいこむ。そのうえで、「ここは?」と、出すと、こう返る。「うーん、ラーメンは、ちょっと……」「その気分じゃ、ないかな……」……あるんじゃん、希望。だったら、最初から、言ってよ。でも、たぶん、この人は、言わない。「これが好き」が、言えない。面倒なのは、こっち。でも、本当に、こまったのは、別のことだった。何年、一緒にいても、私は、この人の、好きな店を、ひとつも、知らない。何を食べたいのかも、何が好きなのかも、わからない。好きを、教えてくれない人とは、どこまで行っても、知り合いのまま、だ。いちばん、奪われたのは、時間じゃない。この人と、近づく、機会のほうだ。
2026.07.10
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朝、母が、すこし怒った声で、言った。「いつになったら、確定申告、やってくれるの?」……頼まれて、ないけど。つい、言い返した。「言ってくれれば、やるよ。でも、何も、言ってないよね」母は、むっとして、何も言わずに、行ってしまった。その日の、夕方。「これ、確定申告の、書類!」束を、ぽい、と、投げて、渡された。締切を、聞いてみる。「いつまで?」「さあ?」……知らないんだ。やること自体は、いい。パソコンで、三十分も、かからない。でも、「勝手に、やってくれるもの」と、思われているのが、ひっかかる。私が、その時間に、何をしてたかは、関係ない。私の時間は、もとから、母の予定に、入ってる。書類は、出した。ちゃんと、終わった。ただ、私の時間が、私のものじゃ、なかったことだけが、残った。
2026.07.08
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熱で、動けない、朝だった。母が、私の横を、通りすぎる。そして、猫に、話しかける。「〇〇くん、お姉ちゃん、具合悪いってよ〜」……私に、言えばいいのに。私のことなのに、報告は、猫に、いく。「大丈夫?」とも、言う。でも、なんだか、遠い。私に、向かってるようで、向かってない。私は、熱が、あった。本当は、「しんどいね」の、一言が、ほしかった。でも、その言葉は、来ない。代わりに来るのは、猫への報告と、体調の確認だけ。不思議なもので、こういうことが、何年も続くと、だんだん、期待しなくなる。心配されないことより、心配の言葉が、届かないことに、慣れていく。だから今は、「〇〇くん、お姉ちゃん具合悪いってよ〜」を、聞いても、「ああ、また、猫経由か」と、思う。それだけだ。熱は、自分で、測る。
2026.07.06
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旅行先の、デパ地下。レジで、支払う、直前。母が、急に、お菓子を、差し出してくる。「これ、職場の人に、どう思う?」……今?私は、答える。「人数とか、予算とか、わからないと、答えられないよ」すると、空気が、すこし、悪くなる。ああ、また、だ。ほしかったのは、意見じゃない。「いいんじゃない?」その一言、だった。知ってる。でも、私は、言えない。前に、一度、言ったことが、あるから。「いいと思うよ」。そう言った。あとで、返ってきたのは、これ。「あなたが、いいって、言ったから」。決めたのは、そっちだ。でも、責任は、こっちに、来る。それから、気づいた。相談されてるんじゃ、ない。保証人に、されてる。失敗したとき、一緒に、責任を、背負う人を、探してる。だから、何を提案しても、意味がない。答えは、最初から、決まってる。必要なのは、判断じゃ、ない。同意だ。だから、最近は、こう言う。「おいしそうだね」。決めるのは、そっち。責任も、そっち。私は、もう、保証人には、ならない。
2026.07.03
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猫が、窓の外を見たくて、鳴いてる。母が、言う。「もう、窓は、開けないよ。暗いから、何も、見えないし」暗いのは、本当だ。でも、なんだか、引っかかった。猫は、気にしてない。見えてるかどうかなんて、たぶん、関係ない。あとで、母が、ぽろっと、言った。「……寒く、なるしね」ああ、それだ。最初から、そう言えば、いい。「寒いから、イヤ」。それだけで、済む話だ。でも、この人は、言わない。「寒いからイヤ」じゃなくて、「暗いから」。「面倒だから」じゃなくて、「仕方ないから」。「やりたくない」じゃなくて、「みんな、そうしてるから」。自分の気持ちより、先に、正しそうな理由が、出てくる。私は、人の言葉を、そのまま、聞けなくなった。「大丈夫」と言われても、本当に大丈夫なのか、考える。「気にしてない」と言われても、気にしてる前提で、動く。いつのまにか、会話じゃなくて、解読を、している。疲れる。ものすごく、疲れる。だから、最近、やめた。「暗いから」と言われたら、「ああ、暗いんだな」で、終わる。本当は、寒いのかもしれない。別の理由が、あるのかもしれない。でも、それは、その人が、言葉にする仕事だ。私は、もう、解読係を、やらない。
2026.07.01
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「ちょっと、最近、しんどくて」ひさしぶりに、弱音を吐いた。「わかるよ。私なんて、もう、何年も眠れてない」「薬だって、あなたの倍は飲んでる」「あなたは、まだ、いいほうよ」……そう、ですか。さっきまであった、私の「しんどい」が、消えた。気づいたら、私が、その人の不眠を、心配してる。この人に、弱音は、吐けない。何を言っても、最後は、向こうのほうが、大変なことになるから。「つらかったね」が、返ってきたこと、一度もない。あるのは、いつも、「私のほうが」。だから私は、だんだん、言わなくなった。「最近どう?」には、「元気だよ」。泣くのは、ひとり、車の中。エンジンを切った、スーパーの駐車場で。行き場をなくした私の「しんどい」は、私の中に、積もっていく。
2026.06.29
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頼んでない。なのに、おかずが届く。タッパーいっぱいの煮物。揚げ物。きんぴら。「作りすぎたから」「持っていきな」。私は、お礼を言う。でも、なぜか、心は軽くならない。むしろ、すこし、重くなる。冷蔵庫が、頼んでないおかずで、埋まっていく。賞味期限が、こっちを急かす。食べきれなくて、捨てる。捨てるとき、なぜか、私のほうが、悪いことをした気になる。今夜は、カレーにしようと思ってた。その材料が、もう、入らない。本当は、早く帰って、寝たかった。明日も早い。でも、その「私の都合」は、なかったことになってる。断ればいい、と思うかもしれない。でも、断れない。「いらない」と言うと、相手の顔が、曇るから。「せっかく作ったのに」。そう言われたら、もう、もらうしかない。断れない親切は、親切じゃない。取引だ。「あなたのために、してあげたのに」。その「あげたのに」が、答えだ。断っていい。受け取らなくても、私は、冷たい人間じゃない。──ただ。私も、ある。誰かに、よかれと思って、何かをして、心のどこかで「こんなにしてあげたのに」と思ったこと。あれは、相手のためじゃなかった。その穴は、おかずじゃ、埋まらない。
2026.06.26
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台所の戸棚が、開いてた。「なんで開いてるんだろう」そうつぶやいて、閉めようとした。それだけ。「ちょっと待ってよ!」母が、怒る。さっき開けて、まだ作業中だったらしい。……ああ、ごめん。それは、わかった。問題は、そのあとだ。「そんなに、言わなくていいじゃない」言ってない。独り言だ。「なんか、いつも責められてる」……いつ?私は、考える。いつ。どの場面。どの言葉。でも、出てこない。「いつも」と言われると、反論のしようがない。こういうことは、前にもあった。私が取っておいた空き容器を、母が勝手に捨てた。「これは自分で捨てるから、触らないで」そう言ったら、返ってきたのは、「じゃあ、買ってくるわ!」だった。いや、そういう話じゃない。これを何年もやると、私は、だんだん、何も言えなくなる。これ言ったら、責めたことになるかな。これも、ダメかな。口を開く前に、検閲する。そして、黙る。ひとことも責めてないのに、「いつも責めてくる人」になって、最後は、私が、口をつぐむ。たぶん、この人も、こわいんだと思う。小さな注意で、自分が全部否定された気がするくらいには。でも、それと、戸棚の話は、別だ。
2026.06.24
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「私なんて、いないほうがいいんだよね」そう言う人がいる。たぶん、本気でそう思ってるわけじゃない。ただ、「そんなことないよ」って言ってほしい。それだけ、なんだと思う。私は長いこと、それを言ってきた。優しさだと思ってた。相手がつらそうだから、なぐさめてるだけ、と。違った。言わされてただけ。「どうせ私なんて」「迷惑かけてばっかりで」。ああいう人は、「ほめて」とは絶対言わない。かわりに、こっちが「そんなことないよ」と返すしかない言葉を、置いていく。自分を下げて、人を動かす。ここまで読んで、誰かの顔が浮かんだ人も、いるかもしれない。親かもしれない。恋人かもしれない。職場の、あの人かもしれない。やっかいなのは、返さなかったとき。「やっぱり、そう思ってたんだ」「もういい」その空気に耐えられなくて、気づくと、私のほうが謝ってる。何年も言い続けて、一回、疲れて言えなかっただけで、こっちが冷たい人になる。私はこれに、名前をつけた。「そんなことないよ」を言わせる人。名前をつけると、すこし楽になる。「ああ、あれか」になるから。それまでは、全部自分のせいだと思ってた。私の優しさが足りない。私の言い方が悪い。違う。たぶん、ただ、その型にはまってただけ。だから、しんどかったら、ひとつだけ。「そんなことないよ」を、言わない。冷たいわけじゃない。降りるだけ。──ただ、これは書いておく。私も、たまにやる。「そんなことないよ」って言ってほしくて、自分を下げる。悪気はない。さびしいだけ。でも、それ、相手の優しさを人質に取ってる。気づいたら、やめられる。毒は、名前がついた瞬間から、少しだけ弱くなる。
2026.06.22
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