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小野川の沿いを散策するのもまた風情がありますね。柳の並木が川面にかかって季節の頃には丁度いいでしょうね。そして、今は渡り鳥がノンビリと泳いでいました。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 28, 2010
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上野から湯島に抜ける仲町通りを一本くらい入った裏通りにある飲食店街です。昼間だとそれほど怪しくはないけれど・・・。もう2月も今日で最後ですね。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 28, 2010
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内田樹(たつる)の「日本辺境論」です。今、大抵の本屋さんでは平積みにして置いてありますね。出版社の人に聞くと「平積みにされているって、すごく売れる本ですよ」ということらしい。印税収入でウホウホですね。内田先生。「日本辺境論」という題名ですが、別に地理の本ではなく、いわゆる日本人論の本です。日本人とは何かを説明してくれる本です。要約すれば「ほんとうの文化はどこか別のところで作られいて、日本人はなんなく、一大文明の辺境にいたので、そのどこかで作られた文化を学んできた」ということです。確かに、遣隋使、遣唐使の時代から、いや、もっとそれ以前から、日本は、外来の知識を取り入れることをやってきました。なかなか、本質だなと思いました。「学び」という営みは、それを学ぶことの意味や実用性についてまだ知らない状態で、それにもかかわらず、これを学ぶことがいずれ生き延びる上で死活的に重要な役割を果たすことがあるだろうと先駆的に確信することから始まります。という指摘は、最近、頼まれて学生を教える機会が増えてきたので、なかなか卓見だなと感じ入りました。例えば、小職が学生時代、勉強したこと、数学も英語も地理も物理も化学も生物も、仕事をやっていく上では必要です。また、小職のような、専門職につかない、例えば、郵便配達のような、およそちょっと見た感じ、物理も数学もいらないようなと思われる職業であっても、数学を知っていると番地の配列や走行距離を考えて、効率的に配達経路の設定できると思います。まあ、唯一、本当に不必要だな、というか単なる教養で、本当にその道の専門家にならない限り、別に死活問題にもつながらないなと思ったのは、「漢文」と「音楽」くらいですね。まあ、「音楽」は多少、社交の上から、カラオケとかで必要かもしれませんが、(別にカラオケを上手く歌えたからといって、給料が上がるわけでもないけど)。漢文はもう、本当、一体何のためですかね。今の中国に行っても漢文を勉強したからといって、中国語が話せるわけでもないし。本当、趣味、教養としかいえない、お遊びですかね。漢文を教える暇があったら、普通の日本語の敬語の使い方と漢字の練習でもしていた方がましだったですね。
Feb 27, 2010
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水運を利用して「江戸優り(えどまさり)」といわれるほど栄えていた佐原。その面影を残す小野川沿いの伝統的建物群です。川にかかる橋が樋橋と呼ばれる橋で、もとは江戸時代の前期につくられた佐原村用水を、小野川の東岸から対岸の水田に送るための大樋でした。300年近く使われ、戦前にコンクリートの橋になってからも橋の下側につけられた大樋を流れる水が、小野川にあふれ落ちて「ジャージャー」と音を立てるので、「じゃあじゃあ橋」の通称で親しまれていました。今の橋は観光用につくられたもので、30分ごとに落水させていて、この樋橋の落水は「残したい日本の音風景100選」に選ばれているそうです。そして、向こう岸にある建物が、佐原の生んだ世界に誇る科学的地図を作成した偉人である伊能忠敬が佐原で30年余りを過ごした母屋と店舗がそのまま残されている伊能忠敬の旧宅です。そのほかにもこんな建物が小野川沿いにはあります。見ている分にはいいかもしれませんが、実際、こんな古い建物に住んでいると、町の景観を壊すとかで、勝手に改築なんかできないので不便かもしれませんね。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 26, 2010
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KAN ニューシングル「よければ一緒に」が、2月10日リリースされました。PVを試聴したい人はこちら ↓↓↓http://www.dohhhup.com/movie/4IMhsALkbvS6gJjjMwstDEsffYh1bfJ3/view.php考えてみれば、1987年4月、アルバム『テレビの中に』でデビューしてから、もうデビュー23周年。あのミラクルヒット「愛は勝つ」なんか、いつもカミさんと亡くなった娘が歌っていましてね。「♪心配ないからね~」と、思い出深い歌です。そして、新曲の「よければ一緒に」。今までのKANの作品ではあまりなかった参加型8ビートポップナンバー。約7分弱のかなりの長尺の楽曲ですけど、なかなかストーリーある内容の歌詞は、いいですね、いつもながら。そんなシーンにいる自分が眼に浮かびます。時は流れたけど、いつまでも頑張ってほしてKAN。ところで、New Album 「カンチガイもハナハダしい私の人生」も3月10日発売なので、これも是非聞いてみたいです。
Feb 25, 2010
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植村花菜の「トイレの神様」という曲を聴いたことがありますか。とりあえず。植村花菜オフィシャルHPを要チェック。楽曲が聞きたい人はYOUTUBEのこのサイトへ ↓↓↓植村花菜オフィシャルHP♪おばあちゃんがこう言った♪トイレには それはそれはキレイな♪女神様がいるんやで♪だから毎日 キレイにしたら 女神様みたいに♪べっぴんさんになれるんやでこんなおばあちゃんがきっとカミさんにはいなかったんだろう、だから、うちのトイレは旦那のMoMo太郎が毎週、単身赴任から帰ったらトイレを掃除しています。そして、カミさんはべっぴんとは、・・・。です。しかし、いいですね、おばあちゃんとの思い出があるなんて、私の場合は、じいちゃんですね。子供の頃、忍者になろうと木登りしていたら、おじちゃんが私を見つけていいました。おじいちゃん「なにしてのや」わたし 「忍者の練習」おじいちゃん「バカか」以来忍者への夢は挫折しました。
Feb 25, 2010
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佐原付近の利根川です。やはり利根川は広いですね。舟の発着所のある利根川べりの小さな宿屋に泊まった。十五夜の月が満々たる水の向こうに浮かび上がった眺めは眼に残っている。盆のような月と言うが、それが静かにのぼっていく空にはりついたような静けさが利根川の流れに長くゆれる投影。あんなにゆっくりと月を眺めたことは珍しい。水郷めぐり 尾崎行雄 より人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 25, 2010
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小野川が利根川に流れでるところにある国土交通省の小野川排水機場です。ごく平凡な建物ですが、この機場のおかげで洪水の被害から佐原の町も守られているのでしょうね。その機場の側にある建物。一見すると平凡な民家のように見えますが、利根川下流工事事務所の会議所です。一体どんな会議をやっているのでしょうか。夜の会議かな?人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 24, 2010
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JRの佐原駅です。暖簾がかかっているところがシブイですね。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 23, 2010
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利根川沿いにある佐原の町は小江戸と呼ばれています。佐原の町の中を流れる小野川です。炬燵付きの川下りの遊覧船がいいですね。一人で炬燵に入って川下りを楽しむとは、なかなか豪勢なものですね。小野川は、農業用水として古くから利用され、江戸時代には、舟運の集散地として、佐原の町を人と文化と物資が行き交う関東有数の都市へと発展させました。『利根川図志』(赤松宗旦著)に「佐原は下利根第一繁盛の地なり、村の中程に川有りて、新宿本町の間に橋を架す、米穀諸荷物の揚げ下げ、旅人の船、川口より此所まで先をあらそひ、両岸の狭きをうらみ、誠に水陸往来の群衆、昼夜止む時なし」とあるように、この時代の佐原は、この地方の経済・文化の中心として、栄えたました。そして、その繁栄を支えていたのが小野川だったというわけです。
Feb 22, 2010
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今年は国民読書年だそうです。財団法人 文字・活字文化推進機構というのが仕切っているようです。参考はこちら→http://www.mojikatsuji.or.jp/2010.htmlいわゆる天下り団体ですかね。それは、それとして本は読むべきですね。昔から「百聞は一見に如かず」(1reading > 100 hearing)つまり、下手な講演会に100回行くより、一回読書した方がよいという意味に、私はとっています。ということで、最近読んだ本は、野口悠紀雄氏の「超」整理法3この「超」整理法シリーズには思い出があって、用があって、大学の恩師の研究室に行った時、世間話のついでに、「MoMo太郎君、この本は面白いよ」と「超」整理法のシリーズ1を恩師に薦められたので、大学の生協に寄って購入して読んだ思い出があります。以来、超整理法に基づいて、書類の整理をやっています。それがいい方法かどうかわかりませんが、それなりに個人的には役立っています。といっても、使い古した大判の封筒に書類を入れて、本立てに並べていくだけで、その仕事が済んだら、必要に応じてファイルにするかどうかしているだけですが。で、この本は溜まっていく書類をどのようにして捨てるかということに説明されています。なかなか参考になりました。ところで、小職は本を読むのが遅い方です。ひとつは、読書する時間が少ないこと、たいてい夜寝る前か、休日の午前中にコーヒーか紅茶を飲みながら、といった具合です。また、加えて、本を読んでいて、気にいった箇所や作者に同意できないところに出会うと、鉛筆で線を引いたり、その一説へのコメントを余白に書き込んだりするので、時間がかかります。ということで、図書館で本を借りるというわけにもなかなかいかず、大抵、購入するという仕儀になって、出費も馬鹿になりませんね。というわけで、この本も購入です。かなり以前に出版されていた本だったので、近所のブックオフで105円で売っていたので購入しました。ブックオフでは、その本が持つ価値に関わらず、芥川賞を受賞した本でも、そうでない本でも、同じ値段で売っているのは、普通の古書店と違うのは面白いですね。
Feb 21, 2010
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古くから国家鎮護の神として皇室からの御崇敬が最も篤く(毎年1月1日の早朝に天皇陛下は東方をお向きになり、香取・鹿島両神宮に御拝なされます)特に『神宮』の御称号(明治以前には伊勢・香取・鹿島のみ)を以て奉祀されており、中世以降は下総国の一宮、明治以後の社格制では官幣大社に列し、昭和17年、勅祭社に治定され今日に至っています。そんなわけで、皇室にゆかりの深い神宮だけに、天皇陛下御親拝記念碑もありました。ひととおり、参拝を終えると小腹がすく頃です。門前にはおあつらえ向きに団子屋さんがありました。「厄落しだんご」をいただきました。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 20, 2010
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この朱塗りの立派な総門そして、重要文化財の楼門を抜けると、拝殿につきます。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 19, 2010
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また、参道から少し横にそれたところには、要石(かなめいし)というのもありました。要石はこの柵の中にあります。古くより、この地方は大変地震が多く、人々はとても恐がっていました─これは、地中に大きなナマズが住み着いて荒れ騒いでいるのだと。香取・鹿島両神宮の大神様等は、地中に深く石棒を差し込み、大ナマズの頭尾を刺し通されたといいます。当神宮は凸形、鹿島は凹形で、地上に一部を現し、深さ幾十尺と伝えられています。貞享元年(一六八四)水戸光圀公が当神宮参拝の折、これを掘らせましたが根元を見ることが出来なかったといわれています。下の写真は鹿島神宮の要石です。さらに、香取の宮中、旧参道の中程に鎮座。経津主大神の荒御魂を祀る奥宮があります。現在の社殿は、昭和四十八年伊勢神宮御遷宮の折の古材に依るものだそうです。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 18, 2010
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香取神宮は亀甲山と呼ばれている小高い丘の上にあり、緩やかな参道を登っていきます。その道沿いにある灯篭には寄進した人の名前が刻まれていますが、すごいのを見つけました。巨人軍、城之内邦雄とあります。かってV9時代の巨人軍を支えたエースのジョー。そういえば、城之内はこのあたりの出身だったんですね。なにか懐かしい思いがします。新人ながら開幕投手を務め、クセのあるシュートでバッターをなぎ倒していく投手でしたね。背番号15.。ロッテのスカウトとして落合博満を入団させたそうです。今は何をしているのでしょう。元巨人軍、阪神と活躍された小林繁さんも亡くなったばかりだし、ちょっと気になりました。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 17, 2010
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創建は、紀元前643年と伝えられている。『常陸国風土記』によると、神代の時代に肥後国造の一族だった多氏が上総国に上陸し、開拓を行いながら常陸国に勢力を伸ばしていた。この際に出雲国の拓殖氏族によって農耕神として祀られたのが、香取神宮の起源とされているそうです。鹿島神宮と共に蝦夷に対する大和朝廷の前線基地であり、重要視されていた。平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは、『延喜式神名帳』によると伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の三社だけでだそうです。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 16, 2010
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利根川沿いを歩いた時に立ち寄った場所を番外編として紹介します。千葉県香取市にある香取神宮です。茨城県にある鹿島神宮とともに、有名な神社のようで沢山の観光客が訪れるところです。入口のところには、占い師のおばさんがいました。見ていると幾人か若い女性のみなさんが、占ってもらっていました。
Feb 15, 2010
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今日は珍しく東京は快晴でした。それに誘われて散歩に出かけましたが、まだまだ寒いですね。そして、お昼に食べました。鶏つけそばだし汁に鶏肉が蒸したものが入っていて、普通のもりそばよりちょっとボリーム感があって、味もちょっとピリッとして、食が進みました。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 14, 2010
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川の流れをたどってきた旅もようやく終着点にやってきました。河口の防波堤にはたくさんのカモメが、待っていました。そして、舞い上がり。カモメのその先には、太平洋が広がっていました。 人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 13, 2010
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この写真は対岸の茨城県神栖市にある風力発電の風車ですが、銚子市内にも風力発電用の風車が立っています。こんな川の中にも風車を立てて、省エネナンバーワンですね。銚子市と神栖市にはエコポイントを上げてはどうでしょうか。総理。
Feb 12, 2010
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利根川沿いを下る旅の途中で出会ったワンちゃんの写真です。常陸利根川の堤防で一人で散歩するワンちゃんです。今から車を運転しようとしているワンちゃんです。銚子の魚市場で見かけました。人気blogランキングに参加しています。よろしかったらクリックしてね
Feb 11, 2010
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「ニャーヨのお題★バレンタインでの思い出は?!」参加中バレンタインでの思い出ですか?やっぱり、チョコレート関連の思い出ということになると、やっぱり初めてもらったチョコレートのプレゼントですね。高校生の頃、バレンタイン・デーの日、放課後、理科室で当番の掃除を終わって、友達と冗談言い合っていたら、別に意識もしていなかった隣のクラスの女子がやってきて、ハートの形をしたチョコレートをもらったんですね。色黒でちょっとぽっちゃりした女の子でしたが、特段、美形というわけでもなかったんですが、いや、おったまげました。でも、チョコもらっただけで終わりでしたね。あのチョコレートの意味は一体なんだったんでしょうか?今でも謎です。
Feb 11, 2010
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利根川の広い河口に架かる銚子大橋です。千葉県銚子市~茨城県神栖市を結ぶ重要な橋ですもともとの銚子大橋は、昭和37年に開通し、橋長1203.2m、延長1450mは当時国内最大級の橋梁でした。しかし、幅員7.0mしかなく車両の大型化やモータリゼーションの進展に伴う交通量の増大、塩害等の影響による老朽化も著しい事から、新しい橋の工事が2004年から開始されて、現在、特に老朽化が著しい中央航路部を迂回する形で、新橋の斜張橋部(約400m)を用いた暫定供用が開始されています。写真奥に見える橋脚が古い銚子大橋のものです。ちょっと地球の丸さが表現できるかと思って、下の写真を撮ってみました。まあ、それほどでもないかもしれませんね。海まではあと2.5kmのところまでやって来ました。
Feb 10, 2010
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銚子沖は寒暖流の交錯する好漁場を有するため、いわし、さば、さんま、かつお、まぐろ類、ぶり、あじ、ひらめ等魚種も豊富です。これら魚介類を取扱う魚市場の卸売場も銚子漁港整備とともに充実していき、第1・第2・第3卸売場と受入施設の整備拡充が図られ、全国有数の漁業根拠地となっています。この写真は、第一魚市場です。昼過ぎに行ったので、ガランとした状態でした。市場には、こんなスローガンが。美味しいお魚が食べられるのは、こんな市場の皆さんの努力の賜物ですね。銚子周辺の地図です。
Feb 9, 2010
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つくば市に源を発する小野川から霞ヶ浦を抜け、利根川の河口の町「銚子」に到着しました。銚子駅前には、こんな歓迎のアーチがありました。今年の4月には大きなお祭りがあることはわかりましたが、下の千葉科学大学ってどんな大学なんでしょうか?それは、ともかく銚子の名物はねれ煎餅。美味しいですよ。
Feb 8, 2010
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最近はCDなんか聴くよりも、携帯の着うたなんかで聴く若者が多いんでしょうね。それで、L'Arc~en~Ciel、ユニコーン、チャットモンチー、ゴスペラーズ等を擁するKi/oon Records所属。2008年10月に「モノクロのキス」でメジャーデビューした「シド」。楽曲がハイレベルでバラエティに富んでおり、ヴィジュアル系バンドの中ではダントツで人気No.1!シドの2010年第1弾シングルとなる「sleep」は、メジャー後初となるラヴ・バラードシングル。この着うたの先行配信が始まりました。歌詞をレコチョクのサイトでチェックしてみました。セツナイ恋愛をテーマにした「sleep」。♪君のことを知るたびに 知らない君をひとつ忘れる そんな君主導の恋辛いよこの歌詞の一節に私はしびれました。人に恋するって、そうだなこんな感じだっけな。そんなセツナイ恋愛のことを思い出してしまいました。いいですね、ちょっと遠まわしに恋人のことを歌うなんて。生々しくも繊細な、マオ(Vo.)の書く詞の世界がわかる楽曲ですね。きっと濁りのないピュアな魂を持った詩人なんだろうな。気に入りました。でも着うたで聴くだけではちょっと物足りないかな。ヴィジュアル系バンドの中ではダントツで人気No.1なんだから、武道館で見てみたいですね。それから青いバラをあしらったCDのジャケットもなかなかいけてますね!興味のある方は下のサイトをチェックしてね(^_^)vオフィシャルサイトははこちら⇒http://www.sonymusic.co.jp/sid/レコチョクはこちら⇒http://recochoku.jp/sid/
Feb 8, 2010
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諏訪神社の東側に延命寺というお寺があり、そこに笹川繁蔵、平手造酒(みき)そして勢力冨五郎のお墓がありました。なかなか立派ですね。天保水滸伝の映画で儲けた映画会社が資金を出したのでしょうか?それとも、笹川繁蔵の子孫が?まあ、それはともかく、やっぱり、侠客のお墓らしく、サイコロが、この石に触れると、勝負運がつくそうです。ちょっとしたパワースポットかも。そして、このあたりであった飯岡助五郎一家と決戦で、笹川方で唯一の死者といわれる平手造酒の墓が向かって右にあります。平手造酒といえば、三波春夫の「大利根無情」ですね。こちらにアップされていました。是非ご鑑賞下さい。http://www.youtube.com/watch?v=6eQjS1dPQPEさらに、左にあるのが勢力富五郎のお墓。笹川繁蔵の一の子分で繁蔵の死後、飯岡側へ報復を試みるが志し果たせずに金比羅山で自刃したそうです。そして、中央の笹川繁蔵の墓は親分らしく大きいですね。この笹川繁蔵、もともとこのあたりの出身で、力士を目指して江戸に出た後,笹川に戻って博徒となったそうです。朝青龍ことドルゴルスレン・ダグワドルジ(朝青龍の本名)も笹川繁蔵を目指して、モンゴルに戻るのでしょうか?
Feb 7, 2010
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利根川の河口堰から少し利根川沿いを遡ると、東庄町笹川というところがあります。そこを通る国道356号線沿いにかなり大きな諏訪神社があります。諏訪神社その神社の入り口には天保水滸伝遺品館というのがあります。「利根の川風袂に入れて月に棹さす高瀬舟」という浪曲や講談で有名な「天保水滸伝」は、このあたりが舞台となったものです。この東庄町に勢力を張った笹川繁蔵と九十九里浜にある飯岡町(現旭市)に勢力を張った飯岡助五郎、二人の侠客の勢力争いの物語が天保水滸伝で、一応、笹川繁蔵が主人公となっているようですね。まあ、やくざの勢力争いですから、どっちを贔屓しても仕方ないとは思いますが。
Feb 6, 2010
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利根川河口堰の管理所です。なかなかシックな感じの建物です。管理しているのは、独立行政法人水資源機構が管理されているのですね。独立行政法人といえば、いよいよ民主党の事業仕分け第二弾に登場してメッタ切りされるわけですね。いやいや、特に水資源機構なんて、独立行政法人、公共事業、そして天下りという三重苦ですね。でも、なくなると利根川河口堰の管理は誰がやるのでしょう。困りますから頑張って下さい。管理所の一部はこんな感じで一般に公開されています。別に大した設備があるわけではないけど、色々と本なんかそろえていて、少し休むには丁度よいところでした。河口堰付近は、海から18.5kmだみたいです。この道を真っ直ぐ行けば海に着きます。
Feb 5, 2010
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利根川河口堰のある付近の地図です。右岸側から黒部川水門(総延長54.7m)、利根川河口堰(総延長835m)そして常陸川水門(総延長252m)で、全て合わせると1.14kmにわたる水門の景観は壮大なものです。常陸川水門は国土交通省が管理し、利根川河口堰と黒部川水門は水資源機構が管理を行っています。写真の手前から黒部川、利根川です。下の写真は、常陸川(常陸利根川)の下流を海の方向に撮影したものです。
Feb 4, 2010
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海水は淡水よりも比重が重いので、川底付近を流れて上流に向かって移動しているので、それを「塩水くさび」と呼んでいます。常陸川水門と利根川河口堰の役目は、海から川を遡ってくる塩水くさびを止め、霞ヶ浦や利根川を淡水にすることにあります。ゲート操作のポイントは、常時はゲートを下ろして塩水くさびの侵入を防ぎ、洪水時には、ゲートを開けて洪水を海に流下させることです。また、淡水を保つためには塩水くさび以外にも注意すべきことがあります。それは、霞ヶ浦と利根川を行き来する船の運航に伴って、海水が入ってくることです。常陸川水門にある舟通のゲート舟通のゲートの操作に伴って塩水が流れ込んでくるため、舟通の中には除塩ポンプが設置されています。除塩ポンプの据えられている舟通まあ、そんな話を聞くと、水の確保には大変細かい神経を使っているのですね。
Feb 3, 2010
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常陸川水門に到着しました。常陸川水門とその横にある利根川河口堰は、海水が利根川と霞ヶ浦に侵入するのを防止し、淡水化することによって茨城県・千葉県そして東京都に水道用水・農業用水・工業用水を供給する大事な施設です。常陸川水門また、この水門は茨城県神栖市と千葉県香取郡東庄町を結ぶ橋としても利用されています。但し、通行する車両の重量制限があり総重量14.0tまでとなっています。これは古い道路構造令の基準で、1993年以降は大体総重量25tの大型トラックが基準になっています。まあ常陸川水門の完成が1963年竣工。利根川河口堰1971年竣工なので、そういうことなんでしょう。
Feb 2, 2010
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外浪逆浦を過ぎると常陸利根川と利根川が平行して流れるあたりに出ます。この写真の右側の川が常陸利根川です。この写真の右側の川が利根川です。海から23.5kmの地点みたいですね。常陸利根川と利根川の間はこんなに近いです。地図にある通りですね。常陸利根川の対岸には、鹿島臨海工業地帯が広がっています。
Feb 1, 2010
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