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今年最後の東京スカイツリーです。今日は大みそか、関東以外は雪で荒れ模様の天気みたいですが、東京は穏やかな年の瀬を迎えています。近所のショッピングセンターも新年を迎える準備は完了ですね。しめ飾りも飾っていました。それでは皆さんよいお年を
Dec 31, 2010
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夜の帳(とばり)がおりかけた時の東京スカイツリーです。年末年始は東京スカイツリーの工事もお休みなんでしょうね。
Dec 30, 2010
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年の暮れ、お正月の支度に賑わう魚屋さんの店先です。
Dec 29, 2010
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白髭ではなく白鬚橋です。橋の上は明治通りが通っています。この明治通りをたどっていけば、オシャレな街、原宿まで行けるというのもなにか不思議な感じですね。白鬚橋も隅田川にかかる他の橋と同じく関東大震災の復興で建設された橋で着工は昭和3年、竣工は昭和6年となります。ところで、この橋の設計者として名前を残す増田淳(1883-1947)という人は、全国各地のみならず台湾、韓国でも多数の橋梁を設計した橋梁技術者ですが。ちょっと変わった経歴で、戦前の内務省や鉄道省の橋梁は内部の技術者(つまり役人)が設計していたのですが、増田淳は、東京帝国大学卒業後、アメリカで15年間橋梁設計を行い、帰国後、東京に設計事務所を開設し、自治体の嘱託として橋梁を設計したそうです。つまり、今でいう建設コンサルタントのさきがけのような人だったんですね。
Dec 28, 2010
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日曜日のお昼ごはん。ちょっと贅沢してみようかということで、近くにあるファミリーレストラン「さと」に行って食べました。和風ステーキ和膳、税込み1,449円でした。
Dec 27, 2010
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12月24日から25日。日本中が、キリスト教徒でもないにもかかわらず、クリスマスで盛り上がるこの時期。MoMo太郎は、東京の本宅に帰らず、つくばサイエンス・アカデミー(理事長:江崎玲於奈)の主催する「TXテクノロジー・ショーケース」というイベントに参加していました。今回の特別企画展示のテーマは、「ロボットの街つくば」ということで、体操をするロボットとか、撫でる可愛く鳴いたり身体をくねらせる。オットセイ型のロボット無人で田植えをするロボット型田植え機が展示されていました。一番のイベントは、茨城県内の高校生が研究した成果を発表する高校生のポスターセッションです。若くて可愛い女子高生が説明してくれます。中には、ラブラブカップルの男子と女子が仲良く説明してくれたり。結構、高校生にしては難しい内容を発表していたみたいです。まあ、こういう高校生からノーベル賞級の科学者が輩出するのでしょうかね
Dec 26, 2010
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今日は12月25日。クリスマスって日でしたね。サンタさんとも30年くらいご無沙汰で、そんなこと言われるまで気がつきませんでした。今日は隅田公園(向島側)の写真です。墨田区向島にある隅田公園は元々、徳川水戸家の下屋敷があったそうです。この池も水戸家下屋敷の庭園としてあったのてしょうか。冬になると渡り鳥の越冬地になるようですね。オナガガモ(雌)が餌を探しているのでしょうか?雄の方は大胆に潜っていますね。いっせいにカモメが飛び立ちました。
Dec 25, 2010
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増上寺はもちろん徳川家の菩提寺。二代秀忠公、六代家宣公、七代家継公、九代家重公、十二代家慶公、十四代家茂公の、六人の将軍の墓所がもうけられています。この門は旧国宝で「鋳抜門」とよばれ、もと文昭院殿霊廟(六代将軍 徳川家宣公)の宝塔前『中門』であったものです。左右の扉に五個づつの葵紋を配し、両脇には昇り龍・下り龍が鋳抜かれています(青銅製)。では、他の徳川家の将軍はどこにお墓があるのでしょうか。徳川将軍15人のうち6人(家綱、綱吉、吉宗、家治、家斉、家定)は上野の寛永寺です。また、初代家康と三代目家光は日光ですね。そして、最後の将軍、徳川慶喜は谷中墓地に墓所があります。まあ、亡くなった時は将軍ではなかったので、普通の墓地に埋葬されたのですかね。
Dec 24, 2010
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増上寺にある千躰子育地蔵尊です。増上寺にある子育て安産に霊験あらたかとされる西向観音にちなみ、子供の無事成長、健康を願い昭和50年より順次奉安されているとのことです。風車でお地蔵さんが退屈しないように、そして毛糸の帽子で、お地蔵さんが寒くないように。いいですね。お顔が穏やかでかわいいですね。お地蔵さんは一般的には「子供の守り神」として信仰されているので、子供に似せた形にしているのでしょうね。
Dec 23, 2010
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東京タワーと増上寺はセットで楽しむものですね。芝公園内にある増上寺を歩いて見つけました。三波石この三波石(さんばせき)は、緑色の結晶片岩は石英が緑色の紋様を示し、非常に高価な庭石としても重宝されています。三波川は群馬県旧鬼石町(現藤岡市)を流れる川で、ここを模式地として、埼玉県の埼玉県の長瀞、長野県、愛知県、紀伊半島、四国、九州と、日本列島を帯状に分布する地体です。結晶片岩を主体とする変成岩類からなっています。変成岩は堆積岩や火成岩が高い温度や圧力によって化学反応して新しい変成鉱物ができることで変成岩となるのです。例えばこの三波川帯は比較的低温で高い圧力を受けてできたものです。つまりこの石は庭石としての価値だけではなく地質学的にも興味ある石なんですね。
Dec 22, 2010
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芝公園には本当に色々なものがありました。銀世界の碑もと新宿角筈にあって江戸時代から銀世界と称せられていた梅林を明治41~42年ごろ芝公園に移植したその標示碑です。季節になるとかぐわしい梅の香に満ちあふれるのでしょうね。芝丸山古墳前方後円墳で、東京都指定史跡です。全長110m、後円部径約64m、くびれ部分の幅22mという都内では最大級の規模。芝公園自体が標高16mの台地上にあり、古墳はさらに高く土が盛られているので、頂上からの眺望は一段とと思ってみましたが、周りはビルばかりで、眺望は・・・でした。大野伴睦句碑芝丸山古墳を登っていくとありました。大野伴睦といえば、新幹線の岐阜羽島駅を地元に無理やり作った政治家として知られていますが、昭和38年6月調理師法施行5周年にあたって、長年調理師会の名誉会長として尽力した政治家大野伴睦の労に謝するために作られたものです。虎は池上本願寺にある墓所にもあります。ここに作られたのは、長年、この芝の近くの下高輪町に大野伴睦が長年住んでいたことからだとか。伊能忠敬測地遺功表伊能忠敬の全国測量の起点となったのが、芝公園近くの高輪の大木戸であった関係で東京地学協会がその功績を顕彰して遺功表を建てたそうです。
Dec 21, 2010
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都会の公園というのは、ちょいと季節を手軽に楽しめますね。紅葉も鮮やかでしたね。公園の中には高級感のあるホテルもありした。ザ・プリンスパークタワー東京です。きっと東京タワーがきれいにみえるんでしょうね。浜松町の駅から東京タワーまではこんなエコタクシーに乗ってみるのもいいかもしれませんね。
Dec 20, 2010
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12月17・18・19日は「納めの観音」。浅草寺の境内では恒例の羽子板市が開かれました。色々な趣向を凝らした羽子板が売られていました。この原島さんは、多分、他のお店は埼玉あたりに引っ越してしまったので、唯一ここ浅草で羽子板を作り続けているお店です。考えてみれば、羽子板屋さんこの時期にしか収入にならないので、普段はどんなことをやっているのでしょうか。そんなわけで、「羽子板を買ったら値切ってもいいけど、その分ご祝儀で置いていって下さい」と原島の親方も言ってました。屋根を改修していた浅草寺も工事が終わって、新年の初詣を迎える準備も整いました。師走の寒い風の中、参拝の後は、中から温まりませんか?そのお誘い、いいですね。昼酒は効きました。
Dec 19, 2010
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東京タワーの周辺は、増上寺と芝公園があり散歩するにはいいところです。意外と、こんなものがあったのかというものがありました。ペリー提督の像昭和28年7月20日、日本開国百年記念祭挙行のとき、東京都民からニューポート市に、石灯籠1基を贈った答礼としてこの像を受けたそうです。 その像の向かいにあるのがこれ。万延元年遣米使節記念碑平成17年8月15日、「港区平和都市宣言」を行ってから20年を記念し設置された平和の灯(ひ)ここに灯された「火」は広島市の「平和の灯(ともしび)」、福岡県八女市の「平和の火」、長崎市の「ナガサキ誓いの火」をあわせたものです。
Dec 18, 2010
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かこさんのコメントで、普段考えていることを思い出しました。学校のことです。おそらく、みんな学校というものに通ったことはあると思います。まあ、日本国民なら学校や勉強が好きか嫌いかに関係なく、学校に通って、算数とか英語を勉強しないといけないようです。まあ、拙の場合は、給食につられて小学校に通い、中学校の時は女子生徒とお話したいために通い、高校の時は通学の途中の飲み食いが楽しくて通い、ようやく、勉強しようと思ったのが、大学生になった時くらいですね。今から考えてみると、学ぶということは、それが役に立つとか役に立たないとか別に微積分や英語を勉強しておくことは意味があるとかないとか、そんことは考えてはいけないということです。とりあえず、覚えていた、微積分が、いざ大学で勉強しようかなという時に役に立ったし、英語も海外勤務になった時に役立ちました。まあ、今の職業でなくクリーニング屋さんにでもなれば、そうは思わないでしょといわれるかもしれませんが、でも、例えば、朝の八時半には学校に集まっておくとか、そういう社会の約束事を守るくらいのことは、どんな職業でも必要ですね。仮に、暴力団関係に就職しても(?)時間厳守は守らないといけないでしょうから、おそらく、学校の基本的な機能は、それだけで十分ですね。
Dec 17, 2010
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この東京タワー、何度も怪獣たちに壊されてきましたね。でも健在です。おそらく、新しくつけられた円筒状のものは、怪獣の嫌いな電波を出している怪獣よけかもしれません。真下から見上げてみました。意外と、鉄骨は細い印象です。建設した当時は、今ではみんな当たり前に使っている耐震設計用の振動解析プログラムもなかったかもしれませんね。おそらく、地震力を静的な荷重に置き換える、震度法で、図解法で設計していたかもしれません。そんなわけでゴジラに揺さぶれると弱いという構造的な問題があったのでしょうか。これからの怪獣の標的は、多分、東京スカイツリーになるのかな?そういえば、アサヒビールのビルの上の飾り、モスラの卵なのかも。でもスカイツリーは手強そうだぞ、モスラー。
Dec 17, 2010
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先週の日曜日、最近、東京スカイツリーにもちょっと食傷気味なので、東京タワーでも見てみるかと思って、芝公園の方まで行ってみました。増上寺と東京タワー都営浅草線の大門駅を降りて、増上寺の方に歩いていくと、ありましたね。赤白に塗り分けられた東京タワー。むかしと変わらないその姿。小職の場合は、東海道新幹線で東京に帰ってきた時に車窓から見えるその姿。まさに「東京だよオッカサン」という気分になります。周辺を歩いて、その全体が見えるところで一枚撮影しました。十何年ぶりかで東京タワーをじっくり見てみると、アンテナと特別展望台の間に筒みたいなものが、いつの間にか付いている。むかしはなかったはずなのに。この動画でチェックすると出来た当時は、確かにこの筒は付いていなかったですよね。
Dec 16, 2010
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師走のせいか、忙しくてお昼はこんなもので済ませてしまいました。
Dec 15, 2010
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東京スカイツリーで盛り上がっている押上業平周辺と墨田区。こんなパンフレット類が置いてあります。色々ありましたが、目を引いたのはこれですね。
Dec 14, 2010
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今日は粘って撮影しました。東武鉄道の特急「りょうもう号」と東京スカイツリー東京スカイツリーが傾いてしまったのが、失敗でした。姿勢が悪いんですね。
Dec 13, 2010
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最近、都内でよく見かけるようになった屋根のない観光バスです。これで都会の景色を見るとかなり違って見えるのでしょうね。でも、雨の日はどうするんでしょうか?
Dec 12, 2010
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MoMo太郎の選んだ今年の四文字熟語は、「全人見塔(ぜんじんみとう)」です。
Dec 11, 2010
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冬は夜が長いですね。夜のとばりが降りた時、蔵前橋を渡りました。夜になると、見たくないものは隠され、光と影が街を浮かび上がらせます。やはり手持ちだとブレた写真になりました
Dec 10, 2010
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You've gone too far this time" But I'm dancing on the valentine I tell you somebody's fooling around With my chances on the dangerline I'll cross that bridge when I find it Another day to make my stand High time is no time for deciding If I should find a helping hand 君はかなり遠くに行ってしまったでも僕はバレンタインディに踊っている誰か僕のチャンスを盗んで危険地帯を歩いているあの橋を見つけたら渡ってやるまた立ちあがってやる日がきたらここが潮時、決断に時間はかけられない誰かの助けを借りたほうがいいも(CHORUS)So why don't you use it? Try not to bruise it Buy time don't lose it だからそいつを使わないんだ傷つけたりしないでくれよ時間を買ったら、それを失わないでThe reflex is an only child he's waiting in the park The reflex is in charge of finding treasure in the dark And watching over lucky clover isn't that bizarre Every little thing the reflex does Leaves you answered with a question mark 反射は公園で待っているただ一人の子供反射は闇の中で宝を探す役目四つ葉のクローバーを見張っている、奇怪なやつ反射がしているすべての小さなことは疑問符だらけに君をしてしまうI'm on a ride and I want to get off But they won't slow down the roundabout I sold the Renoir and the TV set Don't want to be around when this gets out 僕は回転木馬に乗っているけどそろそろ降りたいでも彼らはスピードを落としはしない僕はルノーとテレビを売ったそれらが運び出されるところにいたくはない。(CHORUS) Oh the reflex what a game he's hiding all the cards The reflex is in charge of finding treasure in the dark And watching over lucky clover isn't that bizarre Every little thing the reflex does Leaves you answered with a question mark持ち札を全部伏せるってありかよ反射は闇の中で宝を探す役目四つ葉のクローバーを見張っている、奇怪なやつ反射がしているすべての小さなことは疑問符だらけに君をしてしまう
Dec 9, 2010
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牛丼といえば吉野家というのが定番だと思っていましたが、吉野家はシェア格差の壁を突破できるか(http://news.livedoor.com/article/detail/5143268/?p=1)によれば、「吉野家は国内でおよそ1200店、すき家は1500店で、ちなみに松屋は800店です。すき家の店舗数の伸びは大きく、店舗数でも格差はではじめているようです。しかし問題は売上高の格差の大きさです。2010年3月期の決算を見ると、吉野家は海外売り上げが含まれていますが、1022億円、すき家は3342億円で、3倍以上の開きがあります。ちなみに松屋は620億円でした。また、この3つのチェーンにすき家と同じゼンショーグループのなか卯を加えて牛丼チェーン市場が構成されているとすると、市場規模はおよそ5300億円になります。つまり金額シェアで見るなら、すき家が63%、吉野家は19%、松屋は12%です。」ということです。つまり、ファーストフードというか外食産業の覇者は、すき家、なか卯といった牛丼店だけでなく、ココスといったファミリーレストランチェーンも傘下に納めているゼンショーグループであるということです。すき家のねぎ玉牛丼吉野家の牛鍋丼個人的に言えば、吉野家の味の方が好きですが、すき家はテーブル席も多く、メニューも豊富で、ちょっとしたファミレスの雰囲気で、吉野家といえば、繁華街によくある立ち食いそばと同じような、サラリーマンのためのファーストフード店が中心です。このあたりが、吉野家がすき家に負けている原因のひとつかもしれませんね。といえども、吉野家がこのまま消えていってもらわないように頑張って欲しいものだと、吉野家の牛鍋丼を食べながら考えました。
Dec 8, 2010
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入谷のあたりにある小野照崎神社に行ってみました。小野照崎神社は富士塚で有名な神社です。この富士塚、下谷富士塚と呼ばれていて1828年(文政11年)建造。重要有形民俗文化財となっています。毎年富士山の開山に合わせて6月30日と7月1日に一般の登拝出来るそうです。富士山にならって浅間神社が設置されています。また、赤い目をしたお猿さんがあるのは庚申信仰の現れでしょうか。この神社、なんでも、渥美清さんが、仕事が全然ない時に小野照崎神社にお参りをして願掛けした後、家に帰ると、「男はつらいよ」の主役をやらないか、という電話が来た、とのことです。ということで、MOMO太郎もいつか来るスクリーンデビューを願ってお参りさせていただきました。なぜか裏手には小さな橋がかかった、入口がありました。本日で、ブログ開設以来、2000日目を迎えました。
Dec 7, 2010
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入谷の鬼子母神です。毎年、7月の七夕の前後に境内で、朝顔市が開かれることでも有名で、入谷の名物であることはもとより、東京下町の夏の訪れを伝える行事として、全国的にも知られています。お寺の名前は、真源寺といいます。「恐れ入谷の鬼子母神」というシャレ言葉は有名ですね。これは、太田蜀山人の狂歌の「恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺、どうで有馬の水天宮 志やれの内のお祖師様、うそを築地の御門跡。」という狂歌が由来らしいですね。真源寺の前の言問通りからも東京スカイツリーが見えました。
Dec 6, 2010
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今日は小春日和の快晴です。本日の東京スカイツリーは第2展望台まで到達して、高さは511mになっているそうです。下から見上げてもテッペンはみえません。周辺にはいつの間にか、以前は見かけなかったコンビニもできていました。浅草界隈を案内してくれる人力車もこのあたりまで出張っていますね。この模型よくできてますね。
Dec 5, 2010
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武士の家計簿という映画が公開されているそうです。その原作となったのがこの本いわゆる小説ではなく、歴史学者の磯田道史という先生が文部科学省科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部を一般向けの書籍にしたものだそうです。幕末から明治にかけて実際に生きた武士の生活を、残された家計簿から読み解いた物語ですが、研究対象となった加賀藩士の猪山家は御算用者(会計係)として加賀藩に仕え、維新後もそのソロバンの腕を買われて明治新政府に仕えたそうです。今の時代が、明治維新前後の激動期なのかどうかわかりませんが、坂本龍馬や西郷隆盛のようなビジョンや行動力があるわけでもない一般人にとっては、「今いる組織の外に出ても、必要とされる技術や能力をもっているか」が人の死活をわけるということがわかりました。家柄を誇った武士たちの多くは没落したが、自分の現行をなげき、社会に役立つ技術を身に付けようとした武士には未来があったということです。映画「武士の家計簿」のオフィシャルサイトはここです。↓↓↓http://www.bushikake.jp/index.php
Dec 5, 2010
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根岸というか、鴬谷のラブホテル街のはずれにあるのが、落語家の故林家三平さんのご自宅とそこにあるねぎし三平堂中では林家三平さんの記念品の展示や落語会も行われているそうです。ご子息の林家正蔵師匠や林家三平師匠さんもここに住んでいるのでしょうか。考えてみれば、落語家という職業だと、いくら収入があっても、渋谷の松濤や田園調布みたいなところに住んでいるとちょっとね、ていう感じで、やっぱり、下町とか、中野区あたりの庶民的な街に住んでいる方がイメージですね。落語家、職業で住む場所が決まる。ちょっと悲しい職業かも。
Dec 4, 2010
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台東区にJR山手線・京浜東北線の鶯谷駅を中心とした地域を「鶯谷」と呼んでいます。このあたりは、、かつて文人が多く住んだことで知られる根岸の里があります。ここは東京都指定史跡「子規庵」です。俳句、短歌の革新者正岡子規が、最後に住んだ家です。ここに子規は、故郷松山から母と妹を呼び寄せ、明治27年2月にこの家に移り住みました。この家で病臥しながら、最後の命の炎を燃やしながら、短歌や俳句を書き続け、明治35年9月19日に34歳の若さで亡くなりました。この子規庵の向かいにあるのが、台東区立書道博物館。ここには、洋画家にして書家でもあった中村不折(1866-1943)の、中国、および日本の書道史に関わる殷代の甲骨、碑拓法帖、経巻文書、文人法書、青銅器、玉器、鏡鑑、瓦当、仏像、古写経類の重要文化財の古写経類12点、重要美術品5点を含む多様なコレクションが収蔵されています。この建物は、中村不折旧宅として、東京都指定史跡に指定されています。このあたりは、こんなシブイ家屋もありますが、場所は、有名な東京有数のラブホテル街のど真ん中です。歩いていると、昼間なのに、ちょっときれい目のお姉さんたちが闊歩していました。また、車もこの狭い道の中に入ってきて、そのちょっときれい目のお姉さん達を運んでいました。
Dec 3, 2010
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知っている人はいるでしょうか。子供の頃、よく見ていました。
Dec 2, 2010
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今日(12月1日)は、ちょっと幕張メッセまで出かけてきました。武蔵野線の駅の時刻表、すべて書き変え準備中の貼り紙がしてありました。東北新幹線が青森まで開通するので、時刻表も変わるのですね。
Dec 2, 2010
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いよいよ12月ですね。日が短くなって、夜景を撮影する機会も増えてきたのでは。つくばの町を彩る光の装飾です。ショッピングセンターの入り口に飾られていたツリーです。クリスマスが待ち遠しい師走ですね。
Dec 1, 2010
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