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ローリング・ストーンズのライブでは欠かせない「ホンキートンク・ウーマン」。1969年に発表され英米共にチャート1位となった大ヒット曲。ミック・ジャガーより人気のあった「ザ・ローリングストーンズを作った男」ブライアン・ジョーンズが脱退して、ギターがミック・テイラーに変わった最初の曲になります。この頃は、エリック・クラプトン、ジミ・ヘンドリックスなど、時代はスーパーギタリストがもてはやされた時代。そして、当時、世界が認めるスーパーギターヒーローであったエリック・クラプトンが在籍していたブルースブレイカーズのクラプトンの後釜ギタリスト、ミック・テイラーが加入して、当時評価の高かった「ブルースロックスタイル」の「チョーキングヴィブラートを駆使し、泣いてるソロを如何に長く弾く」リードギタリストのミック・テイラーを雇ったのは、なかなかの「経営、営業センス」ですね。ということで、ミック・テイラー加入後の最初のコンサートの様子です。とはいってもミック・テイラーは1974年にグループを脱退して、その後、ロン・ウッドがギターリストとして参加することになります。I met a gin-soaked, bar-room queen in MemphisShe tried to take me upstairs for a rideShe had to heave me right across shoulderCause I just can seem to drink you off my mindメンフィスではジン浸りの酒場の女に出逢った彼女は俺と寝るために2階に誘い彼女は俺を肩に担がなきゃいけなかった俺は飲み過ぎていたようだったからねIt's the honky tonk womenGimme, gimme, gimme the honky tonk bluesそいつは 場末の安酒場の女たち調子外れなブルースを聞かせてくれよI laid a divorcee in New York CityI had to put up some kind of a fightThe lady then she covered me with rosesShe blew my nose and then she blew my mindニューヨークじゃバツイチ女と寝たんだ多少戦って見せなきゃならなかった淑女気取りの女が俺をバラで包み俺の鼻に息を吹き込むと、俺は意識がぶっとんだ(多分、マリファナでもやったんだろうね)It's the honky tonk womenGimme, gimme, gimme the honky tonk bluesIt's the honky tonk womenGimme, gimmeAlright!そいつは 場末の安酒場の女たち調子外れなブルースを聞かせてくれよそいつは 場末の安酒場の女たち調子外れなブルースを聞かせてくれよこの歌詞の中で使われている"honky tonk "ですが、南部または南西部の主に労働者階級を対象にした安酒場を意味する言葉です。そのhonky tonkにはアップライトのピアノが置かれていて、調子外れのピアノで、メロディーよりもリズムを強調していた音楽が演奏されていて、その音楽もhonky tonkと呼ばれているそうです。20世紀初頭にはhonky tonkというタイプの音楽スタイルが生まれています。そしてまさに"Honky Tonk Blues"という曲もあります。この曲の作詞作曲そして歌は、カントリーミュージックの歴史に燦然と輝くハンク・ウィリアムス(1923-1953)です。Well I left my home down on the rural routeI told my paw I'm going steppin out and get theHonky tonk blues, Yeah the honky tonk bluesWell lord I got 'em, I got the ho-on-ky tonk blues.生まれた家を出て 田舎道を歩いてきたこんな所から出て行くよ親父に言ってきた俺は調子外れのブルースになったよ。そう、調子外れのブルース。俺が手に入れたのは、調子外れのブルースだったんだ。Well I went to a dance and I wore out my shoeswoke up this mornin wishin I could losethem jumpin honky tonk blues, Yeah the honky tonk bluesWell lord I got 'em, I got the ho-on-ky tonk blues. ダンスに行って 靴底をすり減らしちゃった今朝起きたとき もう こんなことははもうごめんだと思った調子外れのブルースにどっぷり、そう、調子外れのブルース俺は、調子外れのブルースを手に入れたのさWell I stopped into every place in townthis city life has really got me downI got the honky tonk blues, Yeah the honky tonk bluesWell lord I got em, got the ho-on-ky tonk blues. 俺は町中のいたるところに行ってみたけどこんな町暮らしは 俺をがっかりさせる俺は、調子外れのブルースになったのさそう、調子外れのブルース俺は、調子外れのブルースを手に入れただけI'm gonna tuck my worries underneath my armAnd scat right back to my pappy's farmAnd leave these honky tonk blues, Yeah the honky tonk bluesWell lord I got 'em, I got the ho-on-ky tonk blues.心配事を小脇に抱えて 親父の農場に逃げ帰る調子外れのブルースは 置きっ放しにしてきたよ、そう、調子外れのブルースはね、俺は、調子外れのブルースを手に入れたのさ人気ブログランキングへHonky Tonk Women
Aug 31, 2019
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時間がない時なんかに助かりますね。松屋の牛めし(並盛380円)。最近は日本に来た外国からの観光客の方も食べているらしく、牛丼や牛めしといったメニュー、国際的な料理になるのかも。人気ブログランキングへ孤独のグルメ 松屋の牛めし
Aug 30, 2019
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古くから知られたこの乙宝寺、やはり松尾芭蕉も奥の細道の旅の途中にこの寺を訪れていたそうです。そこで芭蕉の句碑(一番後方にある円形の石碑)があるそうです。その芭蕉の詠んだ句が「うらやまし浮世の北の山桜」ということですが、芭蕉が元禄2年(1689年)7月1日にこの寺を訪れたそうで、さすがにその時期、桜は見えなかったと思いますが、俳句の神様ともなれば、見えない景色も心の中で見えたのでしょうね。桜の名所と知られている乙宝寺、芭蕉の句碑のほかにこの寺の桜を詠んだ、他に有名な句もあるようで、それらの句碑も芭蕉の句碑のに並んで建立されています。「三越路や乙の寺の花ざかり」 酒田の不玉「差別なう神も仏もさくらかな」 安田以哉坊乙宝寺の参詣を終えて、皇后陛下となられた雅子妃とゆかりの深い村上市も訪れてみました。雅子妃と村上市の関係とは、雅子妃のご実家である小和田家の先祖が村上藩士だったということだそうです。ここがJR羽越線の村上駅です。村上市駅前広場です。瀬波温泉など観光地があるようですが、気ままなドライブといっても、夕方5時を過ぎ、そろそろ家路につく時なので、新潟から山形、秋田にかかる日本海側を、じっくりと旅してみたいと思いつつ、家路に着きました。雅子さま、以前は体調がすぐれないような報道があり、心配していたのですが、皇后になられてからははつらつと公務に取り組まれているようで、よかったですね。でも、お身体には留意されて健やかにお過ごしなされるように。【了】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その17) 芭蕉句碑
Aug 29, 2019
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こちらが、「どっこん水」の手水です。むかしこの寺に修行に来た、弘法大師が独鈷(とっこ)で清水を出したという伝説の湧き水です。その源は飯豊山地に降った雨が伏流水としてこの地下を流れてきているそうです。乙宝寺の見どころのひとつ、国指定重要文化財の三重塔です。元和六年(1620年)、村上城主周防守忠勝公の寄進により建立されたものです。純和様式の建築で、豪華な装飾はありませんが、周囲の老杉とあいまって、荘重な雰囲気が感じられました。乙宝寺の中心堂宇となる大日堂(金堂)です。延亨二年(1745年)に再建された旧大日堂は昭和十二年に焼失。現在の御堂はその再建で、昭和五十八年に竣工しものですが、なかなか風格のある建築物です。六角堂というのもありました。説明の看板と石柱がありました。六角堂は結びの堂とも呼ばれ、良縁成就の御利益があるということてす。 石柱には、「乙宝寺の塔心礎」と刻まれていました。この六角堂の地下には、むかし、ここにあったとされる五重塔の心礎が安置されているそうです。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その16) 乙宝寺の三重塔
Aug 28, 2019
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胎内市にある乙宝寺(おっぽうじ)(→→→こちら)に参拝しました。乙宝寺は奈良時代(天平8年736)聖武天皇の勅命により、インド僧バラモン僧正(ボーディセーナ)と行基菩薩が北陸一帯の安穏を祈って建てた勅願寺という歴史のある名刹といわれるお寺です。真言宗智山派の寺院で、初詣には多くの参拝者で賑わうそうです。「おしゃがん様」と呼ばれる、お釈迦様の左目が奉納されているそうです。また、行基菩薩が刻んだ大日如来を当山の中心本尊としているので、乙宝寺は「きのとの大日様」とも呼ばれているそうです。国宝 大日如来との石碑がありましたが、昭和12年(1937)に乙宝寺大日堂が焼失し当時の国宝だった大日如来像、阿弥陀如来像、薬師如来像も同時に焼失したそうで、今はこの石碑のみが残っていました。平安時代の「今昔物語集」には、「お猿の伝説」という、この乙宝寺を舞台にした話があります。乙宝寺の裏山に住む二匹の猿が、お寺の和尚さんに木皮経を書いてもらい、その功徳で人間に(越後の国司となって)生まれ変わってきたという話です。ということで、この仁王門をくぐり境内に入って行きます。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その15) 乙宝寺参詣
Aug 27, 2019
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胎内市乙(きのと)にあるきのと観光物産館(どっこん水の里)というところにやってきました。観光物産館というのは、さておき、同じ敷地の中にあったこの立派な建物。 「きのと交流館」というそうです。 交流館といっても中は地域の公民館のようでした。 そして、このような水が湧き出すところがありました。 これが「どっこん水」という湧き水で、胎内川の伏流水が自噴したものだそうです。 「どっこん水」の名前の由来は、昔、弘法大師(空海)が諸国行脚の途中、当地の乙宝寺に立ち寄った際に、仏具の一つである独鈷杵(とっこしょう)で突くと水が湧き出したということから「独鈷水(とっこんすい)」と呼ばれそれが訛って「とっこんすい」となったと伝わっています。 この清水も胎内市の豊かな自然の恵みのひとつなのでしょうね。 同じ敷地にあったコイン精米機です。 このコイン精米機、農村地帯ではよく見かけますね。農家の方が自分のところで収穫したお米を精米するための施設と思っていましたが、よく見てみると籾を入れていけないそうで、玄米を精米するためのものでした。 こちらが籾です。CC BY-SA 3.0 こちらが玄米です。CC BY-SA 3.0 玄米(げんまい)は、稲の果実である籾(もみ)から籾殻(もみがら)を除去した状態のものですが、稲を収穫したら籾の状態なので、この精米機を使うためには籾殻を取り除いて玄米にするための籾すり機が必要なのですが、農家の方はみんな籾すり機は自分の家に持っているのでしょうね。 【つづぐ】 人気ブログランキング 夏のドライブ旅行(その14) どっこん水
Aug 26, 2019
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ロイヤル胎内パークホテルから見た夏の空です。緑の深い山の上に見える積乱雲。いかにも夏の空という感じがしました。おまけに暑かったし。下の写真は、ロイヤル胎内パークホテルの敷地内にあった伊藤孝二郎氏の銅像です。伊藤孝二郎氏(1923-2003)は、昭和30年(1955)から平成15年(2003)までの48年間、12期にわたって、合併して胎内市になる前の旧黒川村の村長を務めた人物です。 最近のような何期か市長を務めて、国会議員になるという市町村長をなにかの踏み台と勘違いしている方々とは違い、48年間、一途に黒川村の発展に取り組んできた骨のある政治家です。伊藤氏は、先憂後楽の精神の元、31歳の時に「胎内川総合開発」・「道路網の整備」・「農業の近代化」の公約を掲げ黒川村村長に当選し、胎内スキー場・胎内高原ビール園・ロイヤル胎内パークホテルなど、観光事業を発展させ雇用を拡大し、農業を活性化させて人口流失による黒川村の過疎化を防いだことで知られている人物だそうで、その功績は下の碑文に記されていますが、くわしい事績については→→→こちらをご覧ください。 さて、このホテルにはもう一つ気になる石碑がありました。「生命なり 怒涛の男に 残る道 檀一雄」と刻まれた石碑です。壇一雄といえば小説家で「火宅の人」ですが、この胎内の地を愛していたそうです。壇一雄と胎内市(特に旧黒川村との関係については→→→こちら)を下さい。ちなみに、「火宅」とは、人々が,実際はこの世が苦しみの世界であるのに,それを悟らないで享楽にふけっていることを,焼けつつある家屋 (火宅) の中で,子供が喜び戯れているのにたとえた仏教用語だそうです。ロイヤル胎内パークホテルから少し離れたところにある「クレイストーン博士の館」という施設です。これはクレイストーン博士という地質の研究に取り組む架空の人物の家という設定で、クレイ(clay 粘土)とストーン(stone 岩石)のことが学べる施設となっています(→→こちら)。入館料300円でしたが、ブラタモリ好きの大人なら値段の割には面白いと思うでしょうね。この胎内市の地質、石油や天然ガスが出たり、大変複雑で興味深いものなのでこういう施設ができたのでしょうね。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その13) 伊藤孝二郎氏銅像
Aug 25, 2019
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さらに胎内川を上流に行くと、「胎内リゾート」と呼ばれる多くの観光施設が集積するエリアがあります。その中心となる施設が下の写真の「ロイヤル胎内パークホテル」です。このお城ような外観がいいですね。わかりにくいですが、入り口ではミストが使われて、ちょっと気温を下げているようです。このホテルの裏側には胎内川が流れていますが、川がかんがい用水取水のためにせき止められています。そのため、堰の上流側はちょっとした湖のようにな趣きがあります。また写真の左寄り白い棒のようなありますが、これは噴水です。堰の下流側では、渓流釣りをしていました。どんな魚が釣れたのとでしょうか。また、そんな本格的な拵えをしなくても、フィッシングパークがあり、手軽に釣りを楽しめます。こちらは胎内高原ビール園です。車で来ていなければ一杯いただきたいところでした。胎内川の対岸からみたロイヤル胎内パークホテルです。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その12) ロイヤル胎内パークホテル
Aug 24, 2019
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胎内市内、観光施設も充実しています。こちらは、胎内川にかかる樽ケ(たるが)橋です。この周辺にも色々な観光施設があります。樽ケ橋のたもとにある「道の駅胎内たるが橋観光交流センター」です。やらにゃんの顔ハメもありました。ここに行ったのは丁度、8月8日の立秋の日でした。胎内川の渓谷です。上流は飯豊山地(いいでさんち)となります。こちらは「越後胎内観音」です。越後胎内観音は、昭和42年(1967年)8月に起きた「羽越水害」の犠牲者の冥福を祈ると共に国土の安全や平和の祈念を込めて、昭和45年(1970年)に建立されたそうです。羽越水害とは、昭和42年(1967年)8月28日、下越地方と山形県を襲った豪雨。死者行方不明者100名あまり、全半壊した家屋が2000軒を超える。旧・黒川村でも、前年に起こった大水害の復旧もままならぬ状況で、胎内川が鉄砲水となり、村全体が土石流の被害に遭った。黒川村での死者行方不明者は32人にのぼる。という大災害だったそうです。ここで是非お詣りすべきは、坂の上に建立された観音像です。この観音像は、総丈7.3m、重量4トン、青銅製で建立された当時は日本一の大きさの観音像です。また、この周辺にはこの「クアハウスたいない」。「黒川郷土文化伝習館」「胎内市美術館」「たるが橋里山食堂」といった施設が立ち並んでおり、このほかにも遊園地と動物園がミックスした樽ケ橋遊園などがあり、ここだけで一日遊べそうです。そして、このあたりは国指定史跡黒川城跡でもあります。黒川城は、1270年頃から今の胎内一帯を治めていた戦国武将黒川氏の城です。その黒川氏は上杉謙信の有力家臣として運命を共にしたそうです。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その11) 越後胎内観音
Aug 23, 2019
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胎内市の道路です。中央線の真ん中にある帯状のコンクリート。近づいて撮影するとこんなものが。雪国育ちの人ならばすぐわかると思いますが、これが消雪パイプと呼ばれるもので、この穴から出た地下水で道路に積もった雪を溶かす施設です。(消雪パイプとは→→→こちら)胎内市内にあるもう一つのJR羽越線の平木田駅です。この駅前の道路、なんか赤茶けていますね。消雪パイプに使われる地下水に鉄分がふくまれるからだそうです。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その10) 消雪パイプ
Aug 22, 2019
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胎内市に広がる水田です。どこを見回しても水田です。胎内市は1998年に日本で最初に米粉専用の製粉工場ができた「米粉発祥の地」(→→→こちら)だそうです。でも、米粉にしなくてもそのまま白米にして食べた方が美味しいのではないでしょうか。そんな水田地帯の真ん中に、新潟県指定天然記念物の「地本(じもと)のミズバショウ群落」がすります。場所はこのあたりです。普通、ミズバショウというと高い山の湿地に咲くものですが、胎内市では平野に群生しているそうです。ミズバショウの花は3月下旬から4月中旬ということなので、今はこんなヤブになっています。ということで、代わりに稲の花を撮影してきました。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その9) 水芭蕉が有名です。
Aug 21, 2019
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美しい自然と豊かな文化の詰まった新潟県胎内(たいない)市を訪れた報告を続けます。日本海に面した胎内市。夏といえば海。そしてだから当然、海水浴場もあります。その海水浴場がこの「村松浜海水浴場」です。遠浅で水のきれいな海はもちろん、駐車場、トイレ、シャワー、更衣室が無料です。行った時は平日だったので、あまり海水浴客は見えませんでしたが、これだけ空いている方がいいですね。監視所もあって、事故の防止に努めていますよ。海水浴場の近くにあった、砂に埋もれたような苫屋(とまや)?♪我は海の子白浪の さわぐいそべの松原に煙たなびくとまやこそ 我がなつかしき住家なれ。村松浜海水浴場から国道113号を北上すると見えた看板です。面白そうなので立ち寄ってみると、親鸞聖人の立像が、でっかい!!!この施設、営業はしていないてようですが、そもそも<ここは宗教施設ではなく、なんかの温泉施設みたいでした(→→→こちら)。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その8) 夏は海ですね村松浜海水浴場へ
Aug 20, 2019
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御茶の水にあるロッテリアです。タピオカというのが、流行っているそうなので、「タピオカなっちゃんシェーキ」(320円税込み)を飲んでみました。飲みかけのものをお見せしてお見苦しいですが、このカラフルな粒状のものがタピオカというものだそうです。甘いとか香ばしいとかという味も風味もなく、プヨプヨとした変な食べ物でした。流行しているのは食物繊維が多いとか、そんな理由なんでしょうかね?流行は今年限りで、来年の今頃は、ひょっとしたら、青汁が流行っているかも。人気ブログランキングへ孤独のグルメ 流行っているそうなので
Aug 19, 2019
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さて、黒川石油公園の中を歩いてみましょう。胎内市には多くの無形、有形文化財がありますが、このあたりは国指定史跡で県天然記念物でもある臭水油坪跡(くそうずあぶらつぼあと)という史跡になります。臭水(くそうず)と原油のことで、越後では古来から、臭水を灯火として利用していました。そして、胎内市黒川地区(旧黒川村)という地名は、臭水が自然に地表に湧き出て、あたかも黒い川が流れるほどであったことに由来しています。そして、この黒川石油公園のあたりには、原油が自然に湧き出るくぼ地の油坪が古くから多くあったそうです。そのくぼ地を「坪」と言うそうです。公園の入り口付近の駐車スペースにもこんなくぼ地がありました。よく見ると底に黒い原油のようなものがありむ、微かに臭いがしています。これも臭水油坪でした。結構、普通にあるものなんですね。立派な石柱も建立されていて、ここから遊歩道になっていて、山中にある油田跡を散策することができます。遊歩道はこんな感じです。シンクルトン記念公園の説明板。擦れて内容はよくわかりませんが、「天智天皇の7年(668年)越国,燃土,燃水を近江大津宮に献上した」との日本書紀の記述を説明したもののようでした。やっぱり、こういう傷んだものは修繕して、判り易くして多くの人に来てもらえるようにして欲しいものです。この黒川油田での石油採掘が盛んだった頃に掘られていた石油採掘のための「臭水井戸」だそうです。このような方法で昭和15年まで続けられていたんですね。井戸の中をのぞいてみました。結構深いし、四角く掘られていますね。遊歩道の途中にあった注意書きで、このあたり井戸が沢山あって、まだ埋められていない井戸があったりして危険なので勝手に入ると穴に落ちるので危険だそうです。こちらは、「異人井戸」と呼ばれるものだそうです。それまでは、臭水油坪と呼ばれるくぼ地に貯まった原油を採取していたのを、明治になって、英国人医師のシンクルトンの指導で竪穴式の井戸による採掘方法に変わったそうです。地域の人の生活を安定させるのも医師の仕事のひとつかもしれませんね。こちらの井戸の中もかなり深くまで掘られていました。手堀り井戸に木枠をはめて掘り下げる方法がとられたそうです。だから成形された穴になっているのですね。こちらのくぼ地は、「臭水坪」です。シンクルトン医師の技術が伝えられるまでは、ここに貯まった原油を「カグマ」(リョウメンシダの葉)に付着させて採油するやり方で、これは昭和20年代まで行われていたようです。いまでも胎内市では、毎年7月にここで原油を採取する「黒川燃水祭」が開催されているそうです。木の根元が黒っぽいのは、ここので原油が貯まるってことですかね。「坪」から「カグマ」などを使って採油すると、一カ所から一日平均2升(3.6リットル)位、中には5斗(90リットル)もとれる坪があったそうです。これが原油採取に使われた「カグマ」という植物だそうです。こちらの池では天然ガスが湧出するようです。こんなところにも天然ガスが湧出するみたいで、そばにいると微かに油のニオイがしました。ここでマッチなんかを擦ったら大爆発するかも。現在は、胎内市黒川では採油されていませんが、昭和15~17年の最盛期で、黒川油田全体で3キロリットルの産油があり、近くのJR羽越線の平木田駅までパイプが敷設されていたとか。しかし、このあたりまだ原油は残っていそうなので、このあたりの土地を買って、石油を掘れば石油王となることができるかも。ちなみに日本全体では、新潟・秋田の何カ所かで、天然ガスおよび石油が細々ながら採掘されているようです。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その7) 続・続・エネルギーを生む町
Aug 18, 2019
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実はこの胎内市にあった黒川油田は、日本最古の石油採掘地として知られてます。その跡地は黒川石油公園として整備されています。そして、1996(平成8)年,油田跡地がシンクルトン記念公園として整備され,記念館を設置して 当時の採油技術などを展示しているそうです。 シンクルトンは,明治初年に来日した英国人医師で,それまでの水平掘り(湧いてくる石油をすくうだけ)に代わる近代的な櫓式の垂直掘り技術を導入した人だそうです。また、黒川の「臭水油坪跡(くそうずあぶらつぼあと)」は、その考古学的な価値が認められ、国の史蹟に指定されています。このモニュメントは、往時の櫓式の石油採掘の櫓を再現したものでしょう。一番下に説明板の陰に隠れて見にくいですが、ロウソクのようなものがあり、これが石油掘削に伴ってでてきたガスが燃えている様子を再現しているのでしょうね。説明板の文字、擦れてきて読めないですが、黒川の石油の歴史について記述されているのでしょう。日本書紀に「天智天皇の7年(668年)越国,燃ゆる土,燃ゆる水を献ず」の記述があり,その「燃ゆる水」が採れたのがここ、黒川のことだと考えられているそうです。ちなみに、「燃える土」はアスファルトのことです。原油が地上にしみでて酸化変質し、固体または粘り気のある半固体状となって地表近くに埋もれている天然アスファルトがあって、それを人類は利用してきていました。例えば古代エジプトでは、死海で採取されたものがミイラの防腐剤として使われていました。そして、日本では、縄文時代に、石鏃や銛を矢柄や柄に取り付けるときの接着剤として使われていたそうです。さて、こちらの建物が、シンクルトン記念館です。シンクルトン記念館では、古くから伝わる採油道具、機械掘りの模型展示や、ハイビジョンシアターなどで黒川油田 の歴史を知ることができます。残念ながら休館中でしたが、ここを見学するのは予約制で入館希望日の1週間前までに予約か必要だそうです(→→→こちら)。ちなみにこの施設、石油の歴史を展示するところですが、「山村振興等農林漁業特別対策事業」というもので建てられのたですね。歴史文化を伝えて、山村振興を図るというのは、事業仕分けが好きな蓮舫さんや現代貨幣理論(→→→こちら)を信奉している山本太郎さんからは同意いただけないかもしれませんね。MoMo太郎のように、こういう施設を見学に都会から多くの物好きが来て、お金を胎内市で使ってくれれば、ひっょとしたら、景気もよくなるかもしれませんね。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その6) 続・エネルギーを生む町
Aug 17, 2019
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胎内市の海岸の方へ行ってみました。海岸近くまでやって来ると、大きな風車が目に入ってきました。風力発電の風車だと思いますが、随分大きいものなんですね。海岸に出てみると、沢山の風車が並んでいました。海水浴場もあるみたいですが、こちらにも沢山の風車が並んでいました。このあたりの地形図を見てみると、風車、そして油井・ガス井の地図記号が多く見られます。望遠レンズを持ってこなかったので、わかりにくい写真かもしれませんが、海上になにか構造物が浮かんでいるのが見えるでしょうか。黄色いマルで囲んだところです。ここは、岩船沖油ガス田(→→→こちら)です。このように胎内市は日本のエネルギーを生む重要な町でもあったのですね。しかし、胎内市で産出されるエネルギー資源については長い歴史があったのです。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その5) エネルギーを生む町
Aug 16, 2019
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中条駅前にあった銅像です。板額(はんがく)御前(→→→こちら)の銅像です。板額御前は平安時代の末期から鎌倉時代の初めの頃の女性で、日本における数少ない「女武将」として知られいるとのことでした。この板額御前は、鎌倉時代の歴史書「吾妻鑑」によると、弓の名手として「女性の身たりと雖も、百発百中の芸殆ど父兄に越ゆるなり」と記されているので、手に弓を持ち、そして背中に矢を背負っているのですね。しかも、なかなかの美人だったと伝わっていますが、板額御前、バックシャン(→→→こちら)だったのでしょうか。石碑の下にあった碑文で、板額御前のことが紹介されていました。さらに駅前には石の置物があって、鳥が一羽。と思ったら、これも鳥の銅像でした。この鳥は胎内市の市の鳥とされているヤマセミ(→→→こちら)でした。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その4) 女武将 板額御前
Aug 15, 2019
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胎内市の中心駅「中条」にやってきました。最近、出来たばかりの新しい駅舎です。 駅前にあった胎内市の観光案内板です。 また、登山でも多くの人が訪れる町のようですね。 橋上駅舎の上から見える羽越線です。この中条駅、貨物の取り扱いもある大きな駅のようです。 特急列車も停車します。 新潟と秋田を結ぶ特急「いなほ」ですね。瑠璃色の車体が新潟方面に向かうって走り去って行きました。 胎内市観光大使の「やらにゃん」とその妹の「やるみ」の顔ハメもありました。 天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。 【つづく】 人気ブログランキング 夏のドライブ旅行(その3) 中条駅
Aug 14, 2019
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目的地に着く前に、新潟県新発田市の国道7号線沿いにある道の駅「加治川さくらの里」に立ち寄りました。道の駅、たいていどこも同じようなものですね。でもさくらの里というのですから桜の咲く時期に来ると楽しいのかも。そして、目的地に到着しました。歌舞伎町に日本最大のホストクラブ・グループ「クラブ愛」を築き上げた伝説のホスト、愛田武(→→→こちら)さんの出身地として知られる新潟県北部、下越地方にある胎内(たいない)市です。市役所の建物です。胎内、ちょっと変わった名前ですね。胎内市は、2005年9月1日にこの中条町と黒川村の合併により発足した市です。市役所の前にある石碑ですが、裏にまわると中条町役場とありました。折角、新しい石碑もつくるのだから、旧町名も残しおこうということなんでしょうか。ちょっとお茶目な感じがしました。天体ファンから一般参加者まで、誰もが気軽に参加できる「第36回胎内星まつり」というイベントが今年も8月23日~25日に開催されます(詳しくは→→→こちらまて)。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その2) 胎内市にやってきました
Aug 13, 2019
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夏のドライブ旅行へ行ってきました。昼間ドライブするのは暑いので、夜に家を出発して目的地には朝着くようにしました。途中、仮眠をとるのに関越道の高坂サービスエリアに立ち寄りました。しかし、夜のSAやPA、トラックが沢山停まっていましたよ。別のPAですが、このトラックなんか、本当は駐車禁止のスペースに堂々と停めて休んでいました。これは思うに、朝一番で荷物を届けないといけないので、夜中に荷物を運んでいることや、高速道路の夜間割引を使って経費を縮減しようとしているのでしょうね。日本の経済の血液ともいえる物流に携わる皆さん、お疲れ様です。安全運転に気をつけてく下さいね。そして、朝食はSAのフードコートで豚汁定食600円(税込み)をいただきました。その後、モーニングコーヒーを飲むために、北陸道黒埼PAにある。スターバックスに立ち寄りました。最近はスターバックスコーヒーのあるSAやPAが増えてきて、便利なったものですね。【つづく】人気ブログランキング夏のドライブ旅行(その1) 夜のハイウェイ
Aug 12, 2019
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コメダ珈琲の抹茶氷(620円税込み)です。やっぱり夏はかき氷ですね。特にコメダ珈琲のかき氷は、氷が細かくてふんわりしていて、口の中に入れるとスーッと溶けていく感じです。しかし、コメダ珈琲、満員で行列して待つことが多いですね。普通、喫茶店って満員ということはほとんどなくて、行くとすぐ座れることが多いし、仮に満員でも、コーヒーだけ飲めればいいので別の店に行ったりするものです。今回は、どうしてもここのかき氷を食べたいとツレが言ったので、30分くらい行列して入りました。あと気がついたのは、喫煙席はあまり人気がないようで、待ち時間が少なくてすむみたいでした。それで禁煙席を希望しているお客さんでも、店の人に言われると、喫煙席に行く人もいたようでした。まあ、人それぞれですが、気にならない人もいるんですね。人気ブログランキング孤独のグルメ コメダ珈琲のかき氷
Aug 11, 2019
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両国の国技館通りで8月3日と4日の夜、盆踊りが催されていました。暑い夏の宵にもかかわらず、沢山の方が来ていました。夜店も欠かせませんね。皆さん、上手な振り付けで踊られています。櫓の上では太鼓。女性の方でした。浴衣を着用の本格的な踊り手のみなさんもこういうイベントには必ず参加していますね。そういえば、昔、MoMo太郎も職場のグループで衣装一式整えて、花笠音頭を踊りに山形市まで行ったことがあります。人気ブログランキング盆踊り
Aug 10, 2019
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日本経済の中心地、大手町にあるビルです。立派ですね。摩天楼(skyscraper)というのでしょうか。"skyscraper”、まさに"sky(空)" という語と "scraper(こするモノ)" という語を組み合わせから「空をこするほどに高い建物」。「摩天楼」の「摩」という漢字には「こする」という意味がありますから、「摩天楼」の「摩」が "skyscraper" の "scraper" に対応し、「天」が "sky" というわけですかね。人気ブログランキングへ摩天楼
Aug 9, 2019
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甲州街道です。この道が新宿区と渋谷区の境になっています。この甲州街道に面してそびえ立つ文化服飾学院です。この敷地は渋谷区になります。文化学園大学、文化外国語専門学校なども同じ敷地にあります。こんな立派な建物をみると、大学とか専門学校って儲かるのかなと思っちゃいました。【了】人気ブログランキング
Aug 8, 2019
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こちら新宿ワシントンホテルビル(新宿区西新宿3)正面玄関の右側に、健脚健康の神、韋駄天を奉った「新宿韋駄天尊」がありました。ビルの谷間にあって、目立ちませんがなかなか信仰を集めているようです。ご由緒も書いてありました(くわしくは→→→こちらを)。ところで、この神社の傍らに立つこの銅像。この神社建立に尽力された野村専太郎・ます夫妻の銅像です。この銅像の由緒も案内されていました。野村専太郎氏、建設業界で活躍された方のようで、このあたり西新宿(角筈)に本社のあった野村組→野村工事の社長を勤められていたそうです(→→→こちら)。【つづく】人気ブログランキング久しぶりiに新宿へ(その3) 韋駄天尊
Aug 7, 2019
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新宿といえば東京都庁ですね。なんかモダンな建物という感じですが、平成2年(1990年)12月竣工だそうですから、もう30年は経過しているわけですね。こちらは東京都議会の議事堂です。お昼ご飯は、こちらの都庁議事堂レストランでいただきました。いただいたのは、日替り定食780円(税込み)です。役所のレストランにしては、ちょっと高いかと思いましたが、都議会の議員先生方が食べる食堂とすれば、まあこんな値段でもいいのかも。【つづく】人気ブログランキング久しぶりiに新宿へ(その2) 都庁議事堂レストラン
Aug 6, 2019
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久しぶりに新宿へやってきました。今日は都庁に行くので、新宿西口の方を歩きます。昔からありますね。スバルビルの「新宿の芽」なぜかテープで補修されていました。そして、都庁に行く途中でやたら目に入ったポスター。来年はオリンピックですが、今年はラクビーワールドカップ日本大会です。「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」というキャッチフレーズの意図は何なんでしょうかね。高校三年生の夏、18歳の夏は一度だけで、この試合で肩が壊れようが、肘が壊れようが、甲子園に行くチャンスはこの時しかないと、思い切って、その試合、この一戦に賭けるという意味でしょうね。岩手県のどこかの高校のエースのように大事な県大会の決勝戦で投げないで、高校卒業後にプロに入って長く活躍してお金を儲けようなんて思っちゃいけないという、お金儲けとスポーツは別なんですよと言う潔いメッセージでしょうか。【つづく】人気ブログランキング久しぶりiに新宿へ(その1) 「4年に一度じゃない。一生に一度だ。」
Aug 5, 2019
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西暦2020年は東京オリンピックですが、1969年には未来を予言するような名曲がZager And Evans と言う二人組の音楽ユニットによって発表されていました。In the year 2525,If man is still alive,If woman can survive,They may find-2525年まだ男が生きていて女だって生き残れたらこんな風に思うかもーIn the year 3535Ain't gonna need to tell the truth,Tell no lies.Everything you think, do, and sayIs in the pill you took today.3535年わざわざ「本当のこと」なんて言う必要はなくなるね「ウソ」なんてつけないよ考えることもすることも,口に出すことだって今日飲んだ錠剤でみんな決まってるんだからIn the year 4545Ain't gonna need your teeth,Won't need your eyes.You won't find a thing to chew,Nobody's gonna look at you.4545年「歯」は要らなくなるはずだ「目」も必要なくなるね噛まなきゃいけないものなんて,そんなものがあるわけないし人に見られることだってなくなってるはずだからIn the year 5555Your arms are hanging limp at your side,You legs got nothing to do,Some machine's doing that for you.5555年両腕はただ力なく垂れ下がってるだけになる脚の役目もなくなるね機械が代わってくれるからIn the year 6565Ain't gonna need no husband,Won't need no wife.You'll pick your sons, pick your daughters tooFrom the bottom of a long glass tube.Whoa-oh-oh.6565年「夫」なんていなくていいし「妻」だって必要ないね娘でも息子でも,試験管の中から好きなの選べばいいんだからIn the year 7510If God's a-comingHe ought to make it by then.Maybe he'll look around himself and say,"Guess it's time for the Judgement Day."7510年「神」ってものがいるのならその頃までにいい加減,何かしてくれなきゃね「神」は周りを見回して,こんな風に言うのかな?「『審判の日』ってのをそろそろ始めてみるか」ってIn the year 8510God is gonna shake his mighty head.He'll either say, "I'm pleased where man has been"Or tear it down and start again.Whoa-oh-oh8510年その頃「神」は全能の頭を振ってこんな風に言うはずだ「満足だ,人間はよくここまで頑張った」ってそうじゃなきゃ「神」だもの,人間なんて滅ぼして,また一からやり直しIn the year 9595I'm kinda wonderingIf man is gonna be alive;He's taken everything this old Earth can giveAnd he ain't put back nothing.9595年の世界をなんとなく考える人類はこのまま続いていとすれば、地球からすべてを奪って、なにひとつ返したりしないんだからNow it's been ten thousand years,Man has cried a billion tearsFor what he never knew.Now man's reign is through.But throught eternal night,The twinkling of starlight,So very far away,Maybe it's only yesterday...In the year 2525 (etc...)1万年が過ぎ去って人類は十万回の涙を流し何も学ばなかった故に人間の世の中はもう終わりあとはただ永遠の夜だけが続いてく夜空の星の光さえ遥か遠くにあるばかりついこの間のことなのに・・・2525年には・・・人気ブログランキング西暦2525年
Aug 4, 2019
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大手町で見かけたこのベンチ。ベンチの両側に座っている銅像は、漫才師の中川家がモデルとなっているようです。モデルになるのに肖像権とか、ちゃんと事務所の許可をとっているのでしょうか?とっていないと闇営業になるかも???まして、丸ノ内で働く反社会勢力の方が、このベンチに座って記念撮影でもしたら大変なことになるかも。人気ブログランキングこれは闇営業?
Aug 3, 2019
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街でこういう看板を見かけました。ところで、何歳くらいから熟女になるのでしょう。この店の経営者に意見を伺ってみたいものです。人気ブログランキングへ熟女は何歳から?
Aug 2, 2019
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5月1日から7月31日のMoMo太郎日記へのアクセスレポートです。毎日1,000回以上のアクセスがありました。また瞬間風速的に3,000回以上のアクセスを記録した日もあり、もちろん人気のあるブログには及びもつかない拙い記録ですか、本ブログに訪問していただいた皆様に深く感謝いたします。人気ブログランキング5月から7月にかけてのアクセスレポート
Aug 1, 2019
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