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夏になると、やっぱり食べたくなりますね。冷やし中華。日高屋の黒酢しょうゆ冷やし中華(530円)です。とりあえず、夏の定番メニューというところですね。人気ブログランキングへ孤独のグルメ 夏は冷やし中華ですね
Jul 31, 2019
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夏になると一度は食べておかないと。そば屋のそじ坊でいただいたうな重定食(1980円税込)です。やっぱり、うなぎって美味しいですね。人気ブログランキング孤独のグルメ うな重定食
Jul 30, 2019
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東京メトロの鉄道模型が展示されています。時間帯でこの模型が運転されるようで、良い子のみんなは集まって、レールの上を走る地下鉄模型を熱心にみています。そして、それぞれの地下鉄路線の解説をこのお姉さんがしています。根っからの鉄子さんなのか、それとも仕事として淡々してやいるのかどちらなんでしょう。MoMo太郎が鉄道会社の経営者なら、鉄ちゃんは社員に採用の必須条件ではないですね。鉄道会社といっても、運転士や車掌、整備といった鉄道に直接かかわる仕事だけではなく。保線や電気設備の仕事、それに関連のバス会社、売店や旅行代理店の業務もありますから、別に鉄ちゃんでなくてもいいと思います。というわけで、丸ノ内線が走っているところです。暗いので、かなりブレています。こちらは本物と同じ電車の運転台で運転でき、運転中のゆれまで体験できる千代田線シミュレーターです。人気で行列ができていました。こちらも運転シミュレーターです。銀座線、有楽町線、東西線とお好きな路線で楽しめます。本当に地下鉄の運転台からは、こんな景色が見えるのですね。そして、地下鉄博物館来館の記念の〆は、このプリクラですね【了】人気ブログランキング地下鉄博物館(その9) 子供たちも楽しめます
Jul 29, 2019
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地下鉄博物館では電車の機械関係も勉強できます。こちらはパンタグラフ。架線から電気を取り入れるたる集電装置です。こちらは、渋谷と新橋の間を走っていた東京高速鉄道の100形電車カットボディです。今の銀座線は浅草・新橋間の東京地下鉄道と渋谷・新橋間の東京高速鉄道の二つの会社が運営していて、新橋で乗換、その後、相互乗り入れして今の銀座線のようになったんですね。そう言えば、東京メトロの新橋駅って、単式ホームが2つある、変則相対式ホーム2面2線になっていますが、それが、東京地下鉄道と東京高速鉄道の乗換駅だった名残なんでしょうか。このカットモデルでは、このように中から、扉を開けたり。閉めたりすることができます。また、一度は乗ってみたい電車の運転台にも入れます。この運転台、意外にも速度計は正面にはついていなくて、メーターは電流計と圧力計(空気ブレーキーの状態を示す)しかついていませんでした。また真ん中の穴は、多分、時計を置いていたのでしょうね。速度計がなくても電流の強さで速度を判断していたのでしょうか。でもハンドル類を操作するとこちらの台車が動き出します。こちらにもカットボディの運転台がありました。こちらは、ちょっと新しいタイプの運転台ですね。と思ったら、銀座線の01系でした。この01系、MoMo太郎の記憶では、昭和の終わり頃から走り始めていて、それまでの銀座線の車両は古くて駅の手前で照明が落ちるようなタイプの車両だったのが、これが走り始めて、一気に近代化したような気がしまたもんです。そして、多分、昭和60年ぐらいまでは、地下鉄は駅だけ冷房していて、車内冷房がなかったのが、段々と冷房化が進み、銀座線ではこの車両に冷房が入っているのに乗り合わせて、すごく感激した記憶がありました。【つづく】人気ブログランキング地下鉄博物館(その8) 車両の仕組みを学びます
Jul 28, 2019
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地下鉄博物館、地下鉄を安全に運行するための施設なども展示されています。この機関車のようなものは、軌道モーターカーというもので、線路の点検などに使われているものだそうです。これは地震の時は列車を止めるのか、ホームドアが故障した時の対応などをクイズ形式で勉強するものです。しっかり勉強したら東京メトロの社員になれそうです。こちらは地下鉄のトンネル内の模型。黄色い枠の大きさが地下鉄の車両の大きさの玄海で、青い枠は建築限界というもので、この範囲に信号機などの施設が入らないようにしておくものだそうです。気がつかなかったのですが、地下鉄の車両ってこんな風に開いて階段がついていて、下に降りられるようになっていたのですね。【つづく】人気ブログランキング地下鉄博物館(その7) 安全な運行に向けて
Jul 27, 2019
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地下鉄博物館、色々な模型が展示されています。こちらは御茶ノ水駅付近の立体模型です。地下鉄って地下の中で交差しているんですね。こちらは、副都心線の縦断面を模型で表したものです。こちらは丸ノ内線が有楽町駅の近くでJRと交差している様子です。そんな地下鉄の工事に使われるのは、シールドマシン(→→→こちら)というものだそうで、その模型がこちらです。このような円筒状のものが土の中を掘り進んでいくそうです。こちには実際のシールドマシンの先頭にあるカッター部分で、これが回転して土の中を掘り進んでいくそうです。【つづく】人気ブログランキング地下鉄博物館(その6) 地下鉄の工事
Jul 26, 2019
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銀座線に乗ってみましょう。運転士さんも準備完了です。こちらは通勤に使うサラリーマンの方でしょうか。車内はこんな感じ、一応、この車両、国の重要文化財ですから、大切にして下さい。今は見なくなった車内の金属製のポールがいいですね。浅草寺にでもお参りにでかる様子の親子連れも載っていました。こちらは地下鉄の車掌さんでしょうね。開業当初の地下鉄に乗車しているようなみなさんでした。さて、こちらは、最近の銀座線の乗客の様子です。運転台の横にも座席がありました。ところで、車内には木を使っているようにみえますが、防火対策上から木目塗装した鉄板を使っているそうです。そこに座ると、運転手さんの様子が見えますね。当時の車内の注意書きです。今でもそうですよね。【つづく】人気ブログランキング地下鉄博物館(その5) 銀座線の乗客のみなさん
Jul 25, 2019
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地下鉄博物館、東京ではじめて開業した銀座線に乗車してみましよう。改札口は、回転ドアのような仕組みで、右側の箱に小銭を入れると、腕木が動くようになってホームに入れるようになっています。ここでは投入したお金は戻ってきますから安心です。こちらが開業した時に走って1000形電車。車体番号は1001の第一号の車両です。こちらは当時の上野駅のホームを復元したものだそうです。当時、壁材に使われていたレンガだそうです。ちょっと装飾があって、シックな感じです。こちらはホームに停車していた浅草行き。営業区間は上野浅草間でした。ということはこの頃は銀座線とは言わなかったかも。都営大江戸線も、最初は都営12号線と呼ばれてましたしね。なんか別の名称だったかも。こちらは、当時の銀座線に使用されていた打子式ATS(→→→こちら)です。ATSとは運転士が信号や標識の指示に従わなかったときに自動的にブレーキをかけるシステムのことで、その頃から地下鉄は安全運転に留意していたのですね。【つづく】人気ブログランキング地下鉄博物館(その4) 開業した時の銀座線に乗ります。
Jul 24, 2019
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地下鉄博物館で地下鉄の歴史を勉強しまします。こちらは顔ハメ。左側は戦争中に地下鉄に乗務していた女性車掌さんの制服だそうです。こちらの胸像は、「日本の地下鉄の父」といわれる早川徳次(はやかわのりつぐ)(→→→こちら)氏です。また家電メーカーのシャープの創業者の早川徳次(はやかわとくじ)(→→→こちら)という人もいるので間違わないようにしないといけませんね。こちらは地下鉄の出札係(切符売り場)で使われていた道具です。手回し計算機が展示されていました。この手回し計算機、むかし大学の研究室の隅っこに置いてあったのを覚えています。こちらは運転手さんが持つカバンとその中身です。電車のハンドルって、自分で持って歩くんですね。ゴルフクラブや野球のバットと同じで、自分の体格にあったハンドルをあつらえるのですかね。こちらは改札係の持ち物。MoMo太郎も子供の頃、おもちゃですが、切符切り用の鋏を持っていました。鋏改札鋏(かいさつきょう)というそうです。こちらは保線係の人の道具だそうです。マニアだったら家に持っておきたいコレクションかも。【つづく】人気ブログランキング
Jul 23, 2019
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地下鉄博物館に入って最初に目に入るのは。丸ノ内線と銀座線の昔の車両です。地下鉄博物館にふさわしい展示物ですね。丸ノ内線の車両番号が「301」となっていますが、300形とよばれる初代丸ノ内線の車両の第一号しゃということですね。こちらの車両は東京地下鉄道1000形電車。1927年(昭和2年)に上野 - 浅草間(当時は東京地下鉄道という社名だったようです)を開業した時に使われた車両で、日本で初めて設計された地下鉄道用の車両です。この1000形電車は、2017年3月10日付けで文化審議会から文部科学大臣に答申されたことを受け、国の重要文化財として指定されています。丸の内線の車内です。展示物になっても車内は混雑していました。座席に座ってみましたが、今と違ってフカフカでした。丸ノ内線300形の運転台です。丸ノ内線で思い出があるのは、戸袋の横にあるこの電灯。駅に近づくとなぜか点灯していましたが、なぜ点灯していたのか不思議でした。こちらは、隣に展示されていた銀座線の1000形車両の電灯。昔の銀座線の場合は、古い車両だと駅に近づくと一瞬、車内の照明が消えることがありましたが、その時、この電灯が点いていました。この電灯は「車内予備灯」というのですね。下の説明板を読んで、銀座線で駅に近づくと駅の近くで証明が落ちる理由がわかりました。デッドセクションという電気が供給されない区間が駅の手前にあったんですね(→→→こちら)。丸ノ内線も本線の方は電車の中に補助電源装置が装備されていたので、車内の照明は消えなかったそうです。【つづく】人気ブログランキング地下鉄博物館(その2) 車内予備灯
Jul 22, 2019
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東京メトロ東西線の葛西駅です。この駅にあるのは、「地下鉄博物館」(→→→こちら)。目的地はここです。地下鉄博物館があるのは、東西線の高架下。地下鉄博物館だから地下にあるわけではありません。こちらが地下鉄博物館の入り口です。入館料は大人210円です。ちなみにこの入場券、切符と違って出る時に改修されませんので、記念品として持って帰ることができます。こちらが博物館の入館口。子供連れの方が多いです。というかほとんどですね。地下鉄の自動改札を模した入り口ですが、入館券は磁気ではないので、後ろの係員の人が改札で昔のように鋏を入れて印をつけるようになっています。【つづく】人気ブログランキング地下鉄博物館(その1)入場は改札口から
Jul 21, 2019
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こちらは東京メトロ東西線の葛西駅にある高架下の葛西メトログルメショッピングセンターにある「どさん子ラーメン」です。こちらは昨日紹介した八重洲地下街の「どさん子ラーメン」と同じチェーン店ですが、ちょっと雰囲気が違いました。やっぱり、ここで食べるとしたらこの味噌ラーメン(608円税込)です。しかし、この店、ラーメンだけではなく、唐揚げ定食などの定食メニューもあり、またチューハイ、生ビールなどのアルコール類やおつまみもあります。どさん子というチェーン店、色々な業態のお店を展開しているのですかね。このラーメン、丼に白いレンゲと金属製のレンゲがついていますが、白いレンゲは普通のレンゲですが、金属製のレンゲには小さな穴が沢山あいていて、スープの中のコーンやネギを掬い上げてもスープとは別に食べることができます。ラーメンのスープの塩分や脂肪が気になる人にはちょっと気の利いた心遣いですね。さて、もう一点、写真に灰皿が一緒に写っていますが、MoMo太郎には関係ないのですが、この店ではどこでも喫煙できるようです。禁煙の規制が厳しくなる昨今、この店もどうなるのでしょうかね。人気ブログランキング孤独のグルメ どさん子ラーメン 葛西店
Jul 20, 2019
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令和となった最近の日本国民のみなさん。ラーメンといえば、やれトンコツだの、醤油味だの、と言っておられますが、MoMo太郎が、子供の頃だった昭和ど真ん中の1970年代に、ラーメンといえば、北海道の味噌ラーメンがトレンドだったのです。そのトレンドを作っていたのが「どさん子ラーメン」というチェーン店。で最近はその「どさん子ラーメン」どうなっているのかなと、思って、八重洲地下街にあるこのお店に行ってみました。なんか、昔のイメージとちょっと違うなという思いつつ、味噌ラーメンを食べに入ってみました。いただいたのは「赤練780円(税込み)」です。長い間、どさん子に来ていなかったので、忘れていましたが、味噌の種類はなくて、単に味噌ラーメンだけだったような記憶が。とはいえ、メニューには、赤練、白練、金練、熟練の三種類の味噌があり、金練が880円、他は780円で、人気が一番なのは赤練だそうです。ちなみに熟練は「ジュクレン」とは呼ばす「ジュクネリ」と呼びます。調味料も色々あって、ホワイトペッパー(胡椒)はそうですが、山椒、唐辛子、ニンニク、ショウガ、さらにはチリソースがあったのは不思議でした。実は、今まで「どさん子」という名前なので「道産子」、つまり北海道が発祥の地のチェーン店だと思っていたのが、なんと昭和36年(1961)に墨田区八広に開店した餃子飯店がルーツで、昭和42年(1967)に両国に開店した「札幌ラーメン どさん子」がチェーン店化した第一号店だそうです。人気ブログランキング孤独のグルメ どさん子ラーメン
Jul 19, 2019
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今日はなんとなく口がラーメンを欲していたので、手じかにある日高屋で、中華そば(税込み390円)をいただきました。ちなみに、麺大盛が無料となるサービス券を持っていたので、これは大盛でいただきました。久留米の豚骨ラーメンも良かったけど、やっぱり、こういう醤油ベースのラーメンがなんとなく落ち着きます。人気ブログランキングへ孤独のグルメ 日高屋の中華そば
Jul 18, 2019
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麻布運動場から仙台坂の方向かっていくと、こんな建物がありました。「ウイローブルック・インターナショナルスクール」(→→→こちら)とありました。やはりこのあたり大使館が多かったりして、外国の方が多く住んでいるので、こういうインターナショナルスクールは多いのでしょう。ホームページを見ていると、スクールといいながら幼稚園に相当するようなところみたいですね。また、こちらの建物、ちょっと変わっていますね。お店なのか個人の住宅かちょっとわかりませんでした。東京にも色々な街がありますが、麻布・広尾あたりも雰囲気ありますね。【了】人気ブログランキング有栖川宮記念公園界隈(その6) インターナショナルスクール
Jul 17, 2019
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有栖川宮記念公園の中にあるこの大きな建物は東京都立中央図書館です。有栖川宮記念公園の敷地を出て道路をはさんで、隣接してあるのが「麻布運動場」です。スポーツセンターとかちょっと洒落た名前ではなく、「運動場」と名乗っているのが歴史ある施設という感じがしました。ちょっと意味不明のオブジェがありました。麻布という土地柄ですかね。テニスを嗜む人も多いのでしょう。テニスコートは4面ありました。ナイターもできるようです。また、やっぱり野球場。軟式用みたいですが立派な休場ですね。サッカーでは野球というのも昔からこの施設があるからなんでしょうね。少年野球大会で優勝すると、こんなフラッグも作るんですね。結構、野球というか、日本でスポーツするってお金かけないといけないもんですね。むかしは、グローブ、バットそしてボールだけ持って、そこらへんの空き地で好き勝手に、一本足打法の真似とかしてやってましたが、平成から令和の時代になると、ちゃんとした指導者の下で野球するようになったんですね。【つづく】人気ブログランキング有栖川宮記念公園界隈(その5) 麻布運動場
Jul 16, 2019
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今日は「海の日」海といえば、この歌。歌い手と同世代のファンが感情移入できる音楽ですね。これこそ元祖、女性ヤング・アイドル、南沙織のデビュー曲ですね。平成になって森高千里もこの曲をカバーしていましたが、南沙織の方が情感があって、昭和生まれのMoMo太郎は好きです。さて、この曲ですが、デビューへ向けたプロジェクトの中で南沙織と作曲者の筒美京平が初めて顔を合わせた際、筒美から「何が歌えるの?」と聞かれた南が、リン・アンダーソン(Lynn Anderson)の「ローズ・ガーデン(Rose Garden)」だけ歌える、と答え、これが元になって筒美は「17才」を書いたというそうです。これが、リン・アンダーソンのローズガーデンです。I beg your pardon, I never promised you a rose gardenAlong with the sunshine, there's got to be a little rain sometimesWhen you take you got to give so live and let live or let goI beg your pardon, I never promised you a rose gardenごめんなさいねあなたにバラの花園を約束したおぼえはないわお天気が続いても、雨の時だってあるのよあなたが取るなら、与えなければいけないのよちゃんと生きるように生活しないとまた行きたいところへ行かせてよごめんなさいねあなたにバラの花園を約束したおぼえはないわI could promise you things like big diamond ringsBut you don't find roses growing on stalks of cloverSo you better think it overWell if sweet talking you could make it come trueI would give you the world right now on a silver platterBut what would it matter大きなダイヤの指輪をあげるって約束は出来るけどクローバーの茎にバラの花を咲かせられないわだからよく考えてね甘い言葉を本当のものに出来るとしたらこの世界を銀のお皿に載せてあなたにあげるわでも、それが何だっていうのSo smile for a while and let's be jollyLove shouldn't be so melancholyCome along and share the good times while we canだからすこし微笑んで愉快になりましょうよ愛はそんなに憂鬱なものじゃないの一緒にいられる間は楽しく過ごしましょうI beg your pardon, I never promised you a rose gardenAlong with the sunshine there's got to be a little rain sometimesI beg your pardon, I never promised you a rose gardenごめんなさいねあなたにバラの花園を約束したおぼえはないわお天気が続いても、雨の時だってあるのよあなたにバラの花園を約束したおぼえはないわI could sing you a tune and promise you the moonBut if that's what it takes to hold youI'd just as soon let you goBut there's one thing I want you to knowYou better look before you leap, still waters run deepAnd there won't always be someone there to pull you outAnd you know what I'm talking about歌を歌って月を約束することだってできるでもそれであなたを抱きしめられるならでもあなたをすぐに行きたいところへ行かせてあげるだけどもうひとつだけあなたに知っておいて欲しいことがある飛躍するまえに気を付けて欲しいの まだ水は深いところを流れているわそしていつでもあなたを引きげてくれる人がそこにいてくれるわけではないのどういうことを話しているか、あなたにはわかるでしょSo smile for a while and let's be jollyLove shouldn't be so melancholyCome along and share the good times while we canだからしばらくは笑って陽気に過ごしましょ愛はそんなに憂鬱なものじゃないの一緒にいられる間は楽しく過ごしましょうI beg your pardon, I never promised you a rose gardenAlong with the sunshine, there's got to be a little rain sometimesごめんなさいねあなたにバラの花園を約束したおぼえはないわお天気が続いても、雨の時だってあるのよリン・アンダーソンの歌はちょっと辛口ですね。人気ブログランキング♪誰もいない海とRose Garden
Jul 15, 2019
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有栖川宮記念公園には、有栖川宮熾仁親王騎馬像以外にも銅像がありました。これは、新聞少年の像です。「ぼくの名前を知ってるかい。朝刊太郎と言うんだぜ?♪」という昭和40年(1965)の歌謡曲「新聞少年」のヒットを記念して建立されたというのではなく、新聞の戸別配達制度を担い、国民生活の生活を支えてくれる新聞配達ことを顕彰するための銅像です。MoMo太郎も子供の頃、祖父から「新聞配達でもして、家にお金を入れろ」とよく言われたことを思い出しました。これが「新聞少年」の歌です。山田太郎とい芸名、なんかいいですね。こちらの芝生のある広場にも銅像がありました。笛吹き少年の像です。なぜか裸で笛を吹いています。しかし、笛を吹く少年というと、やっぱりこれですね。【つづく】人気ブログランキング有栖川宮記念公園界隈(その4) 新聞少年の像
Jul 14, 2019
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南部坂に面した公園の広場の入り口近くにあるのが、有栖川宮熾仁親王騎馬像です。有栖川宮記念公園という名前からして、有栖川宮と関係していることは想像できますが、この銅像となっている有栖川宮 熾仁親王(ありすがわのみや たるひとしんのう)とは、どのような方だったのでしょうか。詳しくは、Wikipedia(→→→こちら)などを参考していただければいいのですが、簡単にいうと、17歳のときに当時6歳の皇女和宮と婚約しましたが、のちに和宮は「公武合体」の目的で14代将軍家茂と結婚させられました、(それが原因かどうかは不明ですが、)明治政府の総裁となり、徳川幕府打倒の戊辰戦争では東征大総督に就任して、江戸城を無血開城させたということです。そんなわけで、こんな騎馬姿の銅像が建立されているのでしょうね。【つづく】人気ブログランキング有栖川宮記念公園界隈(その3) 有栖川宮熾仁親王騎馬像
Jul 13, 2019
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7月21日は参議院銀選挙ですね。参議院選挙どちらの候補者に投票しようか迷っています。どちらの候補者も美人ですから。そんなところで迷っているようでは、本質を見誤りますね。日本の将来を託せる人に投票すべきです。わかっていますが、そんな人が東京選挙区に立候補しているのですかね?また、参議院選挙には選挙区もありますが、比例代表もあって2度投票できるのもいいですね。選挙区というのは、地元の利益が投票の基準ですが、参議院の比例区は職域の利益代表みたいな側面がありますよね。例えば医療関係者の代表、労働者の代表、農林漁業者の代表とか。これはこれで、その職域で働く人にとっては大切な選択ですね。人気ブログランキング迷いますね
Jul 12, 2019
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7月10日、いつものように仕事を早めに切り上げて、やってきました。雷門と呼ばれる「風雷神門」の前、たくさんの人出ですね。そう、7月9・10日は「ほうずき市」が開かれる浅草寺の縁日です。ということで、仲見世を通って、宝蔵門までやってきました。このあたりから、「ほうずき」を売るお店があります。ほうずき市、売れ残らないようお店の人も頑張っています。しかし、どうしてほうすきが売られるのでしょうか?「ほおずきの実を水で鵜呑み(丸飲み)すれば、大人は癪(しゃく:原因が分からない疼痛を伴う内臓疾患)を切り、子供は虫気(むしけ:腹の中にいると考えられた虫による腹痛など、寄生虫?)を去る」という民間信仰があって、一種の薬草だと考えられていたため開花したほうずきが売られたそうです。でも、ほうずきには微量ですがアルカロイドとわれる毒物が含まれているそうで、江戸時代には堕胎剤として利用されていたとも伝わっています。ですから、ほうずきの実を口に含んでキユッキュと鳴らす遊びは案外危険な遊びかもしれません。そして、大切なのはお参りすることです。浅草寺では月に1度、年に12回の功徳日を設けていて、ほうずき市のある7月10日は最大の功徳がある日で、46,000日分の功徳があるとされることから、特に「四万六千日」(しまんろくせんにち)と呼ばれています。つまり126年分の御利益があるご利益の超特売日みたいなものです。本堂から見たスカイツリーです。夏といえば風鈴。風鈴も売っていました。かご入りのほうずきに風鈴をつけて、軒先に吊り下げてみるのもいいかもしれませんね。ちなみに鉢植えのほうずきは一つ2,500円ですが、スーパーのお惣菜と同じように、店が閉まりかける頃に行くとディスカウントがあるかもしれませんね。そんなわけで、人の多い浅草寺境内、迷子になったら境内にある「迷子しるべ石」の前で待ち合わせるようにしましょうね。人気ブログランキング四万六千日分お参りしてきました
Jul 11, 2019
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有栖川宮記念公園がある地形というのは、東側の高台から西南側の低地に向けて大きく傾斜した地形となっています。そして、公園の敷地は江戸時代に陸奥南部藩下屋敷があった場所だそうです。そのため有栖川宮記念公園の南外囲に沿って東に上る坂は南部坂と呼ばれています。この南部坂、結構勾配が急ですね。そして、この写真が南部坂を登りつめたところにある有栖川宮記念公園には入り口です。銘板の文字が右から書かれたいるので、かなり古くからあるのでしょうね。この入り口から入ると、公園の広場があります。広尾、麻布付近に住む子供たちにとっては格好の遊び場のようです。こちらは広場の奥に建立されている記念碑です。記念碑の前では子供たちがトレーニングしていました。この記念碑には、この公園の来歴が記されていました。【つづく】人気ブログランキング有栖川宮記念公園界隈(その2) 南部坂
Jul 10, 2019
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渋谷区広尾までやってきました。オシャレな町が似合わないMoMo太郎。港区南麻布エリアにも突入してみました。やってきたのは、30数年ぶりかも。ということで、標識にある「有栖川宮記念公園」(→→→こちら)へ行ってみることにしました。有栖川宮公園前にある「ナショナル麻布スーパーマーケット」です。1962年から営業しているスーパーマーケット。日本に住む外国人向けのスーパーマーケットとして有名です。だだし、外国人といっても、技能研修生として来日して技能の習得よりもの日本語の習得に励み、帰国してから日系企業に就職を考えている方や、東京福祉大学(→→→こちら)に入学して行方不明なった方はおそらくここへは買い物に来られないでしょうね。MoMo太郎も昔、祖父に頼まれて、ここへサーティワンアイスクリームを買いに来たことがあります。土地柄、外国の方も多く住んでいるようで、公園の案内図を金髪の子供が眺めていました。公園の中はこのような日本庭園の大きな池があり、都心にある公園とは思えない閑雅な佇まいです。この池に流れ込む渓流があり、自然を残した趣向が取り入れられていました。こういう木橋をありました。この木橋の上流は緑深い渓谷となっています。そして、その上流は滝となっていました。このような庭園が無料で楽しめるというのは、やっぱり港区ってすごいですね。【つづく】人気ブログランキング有栖川宮記念公園界隈(その1) 都心の中で渓谷を味わう
Jul 9, 2019
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銀座松屋で開催されていた「チコちゃんに叱られる 銀座祭り」に行ってきました。MoMo太郎も、土曜日の朝に再放送されているこの番組をよく観ています。また、最近は「チコちゃんノート」というノートに番組で紹介された知識をメモして、ボーっと生きていかないように努力しています。このような、チコちゃんと一緒に写真を撮影できるような展示ばかりというわけではなく。この催事の目的は、チコちゃん関連のグッズを販売して、NHKがお金をいただくということのようです。受信料以外にもNHKにお金を支払っているボーっと生きいてる日本人のなんと多いことか。そういえば、「NHKから国民を守る党」(→→→こちら)というのがあるそうですね。人気ブログランキングボーっと生きてんじゃねーよ
Jul 8, 2019
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7月7日といえば、七夕ですね。写真は福岡県小郡市にある七夕神社(→→→こちら)です。七夕の伝説を説明すると、「天の川の西岸に織姫という姫君が住んでいました。織姫は機織りの名手で、美しい布を織り上げては父親である天帝を大変喜ばせておりました。そんな娘の結婚相手を探していた天帝は、東岸に住む働き者の牛使い彦星を引き合わせ、二人はめでたく夫婦になりました。ところが、結婚してからというもの、二人は仕事もせずに仲睦まじくするばかり。これに怒った天帝が、天の川を隔てて二人を離れ離れにしてしまいました。 しかし、悲しみに明け暮れる二人を不憫に思った天帝は、七夕の夜に限って二人が再会することを許しました。こうして二人は、天帝の命を受けたカササギの翼にのって天の川を渡り、年に一度の逢瀬をするようになったのです。」ということで、七夕といえば織姫(織女)と彦星(牽牛)のラブストーリーですね。そしてそんな七夕の思い出といえば、次のふたつですかね。七夕野郎MoMo太郎が高校生の時、野球部の練習を休んで友達から紹介してもらった商業高校の女の子との初めてのデートに出かけたK君。どうしてK君が部活を休んだのか顧問の先生に聞かれて、女子には縁のない弱小野球部の他の部員は、MoMo太郎も含めて「M商業の子とデートに行っています」と報告。友達の足を引っ張るような、そういうチームワークのないのが取り柄の野球部でしたが、それを聞いた、顧問の先生が、「Kは七夕野郎だな」と言ったので、しばらく、そういう女の子と遊んでいる男子を「七夕野郎」と呼ぶようになりました。そのK君ですがむ、次の日から、その商業高校の女の子、上野さん(仮名)が作ってくれた弁当を持ってきたのですが、一週間もたたないで、いつもの学食でMoMo太郎達と同じようにカレーライスを食べていました。まあ、早い話がフラれたということで、ちなみにその次の日からサッカー部のN君が上野さん弁当を食べていました。まあ、それも一週間くらいでしたかね。その後、誰が上野さん弁当を食べていたのかは、わかりません。短冊に願いを七夕といえば、短冊に願い事を書き葉竹に飾ることが一般的に行われていますが、MoMo太郎も幼稚園の頃は、幼稚園でそんな行事をしていました。ちなみに短冊に書いた願い事は「はやしセンセイ(仮名)とけっこんしたい」でした。林先生(仮名)とは隣の青組の若い先生で、MoMo太郎の担任で見た目年齢オーバー50で白髪の目立つ正木先生(仮名)は、笑っていました。とはいえ、その時、推定年齢25歳くらいだった林先生も、今は80歳近いわけですからね。今思えば叶わなくてよかったかもしれない願い事だったかも。そして、今短冊に願い事を書くとしたら「芦田愛菜ちゃんのお父さんになりたい」か「広瀬アリスと広瀬すず姉妹のお父さんになりたい」かな。人気ブログランキング七夕の思い出
Jul 7, 2019
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東京駅の近くにあるこの建物。八重洲ブックセンターです。この書店ができて40年経ったそうです。このビル全部が書店というのは、なかなか画期的なことで、色々なジャンルの本が揃ってます。特に娯楽で読んで、また読み返さないような小説の類は図書館の本でもいいのですが、何度も読み返して使うような参考書のようなものは、鉛筆で書き込みをしたり、マーカーでアンダーラインを引いたりしてしまうので、やっぱり購入しておきたいことがあって、この書店は重宝しています。また、購入する前にこの書店で立ち読みして内容を確認して購入することが多いです。立ち読みもいいのですが、立ち読みを続けていると、大きい方の用を足したくなったりして、ここのトイレもよく利用させてもらいました。書店の入り口に置いてある二宮金次郎の銅像です。金次郎さんもやっぱり立ち読みしていると便意は催さなかったのですかね。人気ブログランキング八重洲ブックセンター
Jul 6, 2019
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上野松坂屋の7階にある「カトレア」という食堂でいただきました。「湯葉玉子とじ丼(1,400円税込み)」です。湯葉とタケノコを卵でとじたものがご飯に載っていて、脂濃さを感じなくて、いい味でした。小鉢にはおろしそばがついていて、十分なヴォリュームでした。そして、このカトレアという食堂。むかしの百貨店の食堂というイメージのままで、お子様ランチからハンバーグ、カレーライス、そして握り寿司まであるというのが、生まれも育ちも昭和のMoMo太郎にとっては懐かしい雰囲気でした。ついでに言うと、ホール係のお姉さまたちも、懐かしい感じのヴェテランの皆さまでした。人気ブログランキング孤独のグルメ 百貨店の食堂
Jul 5, 2019
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広尾散歩通りを歩いてみました。向こうに見えるのは、広尾って、みんなが知っている東京タワーが見える町だったんですね。亀戸天神の前にあるくず餅で有名な船橋屋(→→→こちら)のお店もありました。こういう場所で食べるくず餅もいいかも。こちらには、銭湯が。広尾にも銭湯があったとは不思議な感じ。案外、庶民的な生活を送っている地元の人が多いのかも。外苑西通りに出たところ、明治屋ストアがあるあたりで広尾商店街は終わります。そして外苑西通りを渡ると、そこは港区麻布のエリアになります。ちなみに、この交差点、近くに川も流れていませんが、「広尾橋」という名前でした。おそらく、地形から見て、この外苑西通りは周囲に比べて低くなっているので、本当は川が流れていたのかもしれませんね。【了】人気ブログランキング恵比寿から広尾へ(その4)銭湯もありました
Jul 4, 2019
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明治通り沿いにある郵便局と一緒になったコンビニです。一階がセブンイレブン、地下が郵便局になっていました。そのコンビニの横の道が、広尾商店街です。愛称は「広尾散歩通り」だそうです。商店街ですが、ちょっとお洒落なものを扱っている店が多いですね。【つづく】人気ブログランキング恵比寿から広尾へ(その3)広尾散歩通り
Jul 3, 2019
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恵比寿から広尾に向かってブラブラと歩いています。このあたり、なかなかオシャレな建物が多いですね。いつも見慣れたセブンイレブンも、なんとなく目立たないような外観ですね。恵比寿社会教育観。公共施設も落ち着いた外観がいいですね。昭和9年(1934)3月に完成した橋がありました。新豊沢橋という名前です。新豊沢橋を下流側から見たところです。下を流れる川は渋谷川です。この橋を境に恵比寿と広尾に別れています。【つづく】人気ブログランキング恵比寿から広尾へ(その2)新豊沢橋
Jul 2, 2019
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恵比寿から広尾まで歩いてみました。ここは近くにあった加計塚(かけづか)小学校です。恵比寿にありながら加計塚というのは、恵比寿と言う地名は、ヱビスビールの工場があったことからついた地名で、それ以前は、この辺りは欠塚(かけづか)と呼ばれていたそうです。そして、それが転じて加計塚となったそうです。ちなみに「東京都遺跡地図情報インターネット提供サービス」(→→→こちら)によると、この小学校の場所に加計塚古墳という円墳があったようです。フェンスにこんな注意書きがありました。帰宅困難者は、渋谷区立の小学校や中学校は利用できないそうです。帰宅困難者となったら会社にとどまるか、自力で自宅に帰らないといけないということですね。こんな会館もありました。日仏会館は下の写真のような建物です。日本とフランスの文化学術の交流と振興を図ることを目的に設置された施設だそうです。フランス料理店ではないようですね。【つづく】人気ブログランキング比寿から広尾へ(その1)帰宅困難者は小・中学校に避難できません
Jul 1, 2019
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