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最初から迷う事なく布おむつを使っています。もともと布ナプキン使ってたので,布の快適さを体験していたし,周りにも布を使う人がほとんどだったし。使い捨てっていうのがどうしても気になってしまう。それなら楽するより手間を選ぼうって。妊娠中は布おむつについてかなり情報収集しました。今はずいぶんといろんな種類があるんだとびっくりしました。成形おむつや一体型。外国のおしゃれでカラフルなもの。。。いろいろ調べて,評判がいいのはエンゼルだと知りましたがでも値段も高いな,と二の足を踏んでました。(最近はファジバンズやクーシーズなども人気の様ですね。)運良くオークションで安くほとんど未使用のエンゼル一式を手に入れて,(前の持ち主はすぐ挫折したみたい。)でもやっぱり昔ながらの真っ白なおむつも使って干して風になびかせたい。と思いドビー織りも30枚、Tシャツをライナー用にカットして,おむつカバーはエンゼルとメイドインアースのものを用意しました。そして始まった布おむつ生活。育児してるなーって感じですね。初期はちょびちょびだったうんちがだんだん回数が減って量が増えてきました。毎日1,2回大量にする時があって,(音ですぐ分かります。)その時おむつがフィットできてないと漏れちゃったり,おむつ替えの時足をばたつかせてうんちが付いちゃったり,変えてる時におしっこ、うんちしちゃったり(出て来るうんちに見とれてしまう)いやはや,いろんなドラマがあって楽しいです。本当。お出かけの時はちょっと気を使うけど。6週間,いくつか使ってみた感想。今の時点で一番お気に入りの組み合わせはドビー織り&メイドインアースのオーガニックコットンカバー、Tシャツライナーの組み合わせです。共通点はなんと言っても綿の気持ち良さそうな肌触り。ドビー織りは洗いやすく乾きやすく使いやすい。おむつカバー【50cm/茶】◆純オーガニックコットン100%は圧倒的な手触りの良さとフィット感も良し。私はB級品(マジックテープ不良)で手に入れられてラッキーでした。ちょっと高いけど,小さな新生児の赤ちゃんには奮発できたらいいですね。【エンゼル ベビー】新生児カバー(股関節脱臼予防タイプ)1002もやはりいいですね。(これも高いけど)成形おむつはやはり乾きが遅くて。。エンゼルライナーも緩いうんちの今は洗いにくいので、Tシャツが一番。汚れ落ちも良く,すぐ乾き,外出先での大量うんち時には捨ててもいいし、無料。最高。でもこれはおしっこの量がまだ少ない今の時点でのレビューです。きっとこれからはエンゼルが活躍してくるのではないかと思っています。吸収力があり、カバーには撥水性も通気性もあり丈夫だと言う。。。▽エンゼルベビー▽【エンゼル ベビー】ラッキーオムツ(成型オムツ)4枚入り1503布おむつについて,長くなりそうなので続きはまたあとで。メイドインアースのおむつカバー.品切れ続出みたいですね。タオルでも何でも売り切れの時多すぎるような。。
2005.10.31
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妊娠中,お腹に向かって語りかけをするといいとは思いながらも,何となく気恥ずかしいような感じがあって、話しかけてはみるものの、どこか上辺だけという感じがありました。赤ちゃんが産まれても言葉を話すのはずっと先だけど出来るだけ話しかけるようにしなきゃ、って思ってました。でも実際産まれた赤ちゃんに接すると,自然に言葉が出てきます。見た感じは反応がなかろうが,抱っこしながら,おむつを替えながら,いつも話しかけてます。かわいいって言葉は毎日100回くらいは言っちゃいます。こんな自分がいたとは知りませんでした。最近はいろんな歌も作っちゃいました。元々歌を口ずさむのは大好きで,しかも私は歌の歌詞を覚えたり,覚えた歌をわりとその後も覚えていたりする人です。昔のアイドルの曲も歌詞を見なくてもたいてい歌えるんです。(聖子ちゃんとか明菜ちゃんとかアニメの主題歌とか。)そうゆう歌は家事をしながら歌います。小さい人を抱っこしながら歌うのは日本の童謡、わらべ歌がいいなって思うのでひらめいたままに歌いますが,一部だけ忘れてたり,2番が分からなかったりするので図書館で本を借りてきました。懐かしい気持ちでページをめくっては歌ってみるのですが,歌詞を文字で読んでみると,そうゆう意味の言葉だったんだ,と初めて気づく事も多かったです。あおげば尊しなんて、今だからこそ分かる歌ですね。どんぐりころころもどんぐりこじゃなくてどんぶりこだったり。秋の歌なんて,素敵な歌がそろってますね。楽しいです。今日は以前奮発して(従業員割引で)買ったシュタイナーのレミソラシレミのアウリスグロッケン・ペンタトニック7音を叩いて作曲してました。とってもきれいな音なので,小さい人も泣き止んでちょっとの間耳を澄ませてくれました。子供のためと言いつつ,自分が欲しかったんです。でもmasanもこれはいいって言ってくれたし。今日の夜ご飯。ひよこ豆のクリームスープおからの炒り煮(masan大好物。私の得意メニュー)アランチーニ(ライスコロッケ。余った玄米リゾットで。チーズ真ん中に入れちゃった。)蒸しキャベツ赤米入り玄米ごはん。
2005.10.28
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2日前にmeg-mimさんの日記で風呂敷の話題が載ってました。以前から風呂敷の存在が気になってたんです。一枚の布がモノに合わせてどんなカタチにもなって包む。西洋の鞄に対して日本の文化は何て多様性があるんでしょうか。すてき。マイバッグで買い物するようにはしてるけど,袋いりません、って言って洒落た風呂敷を取り出してさっと包んだらとってもかっこいいですよね。それを実践されてるのを読んで,よし,私もと風呂敷熱が高まり,まずは包み方をマスターしたいと思いました。今日,地元の中津川のリサイクルセンターで環境フェスティバルと言うローカルイベントがありました。チラシにめだかや、苗木のプレゼントとあったので,一応行ってみる事にしました。開会と同時に行ったので,予定通りメダカと苗木(マユミとムクゲ)を手に入れる事が出来,一応会場内の展示,体験コーナーを見学しました。そうしたら風呂敷で買い物の良さを提案しているブースがありました。何てタイムリーな,と早速包み方を教えてもらいました。いくつか結ぶだけで,一枚の布が袋に,肩掛け鞄に早変わり。一升瓶はもちろん,ワインなら2本をまとめて運ぶ事が出来ます。やっぱり風呂敷だ。masanも感心しきり。よし。おしゃれな風呂敷を手に入れたり作ってわたしたちも流行最先端を歩いて行こう,と決めたのであります。多分近い将来風呂敷、絶対流行るでしょうね。先取りします。今日のご飯。朝 夕食の残りの蕎麦豆腐(葛が足りなくて蕎麦がき風。) 同じく残りの煮浸し 青菜と切り干しとひじきのあえもの。 玄米とわかめと豆腐のみそ汁。夜 大豆と青のり入り玄米ご飯(夕べ入り大豆の青のり和え煎り足りなくて失敗したので) カリフラワーのサブジ アボカドのわさび醤油(半年ぶりくらい。やっぱり美味しい。) 朝の和え物の残り。おやつにリンゴと粉と塩、水だけのパンケーキ。十分美味しい。昼は出店で買い食い。
2005.10.22
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出産後しばらく料理から遠ざかっていました。産後の安静が大事と言う事で連れ合いと母がほとんどの家事をやってくれ、私はちいさい人の育児に専念しました。実際身体は無理が効かず,立ち仕事はしんどいし、初めての育児は要領が悪く手が空かない。夫は家事を私以上にきっちりやる人なので(尊敬)助かりました。私は妊娠中に冷凍した切り干しひじき、味付けした雑穀その他を使ったり,みそ汁程度の料理しか作っていませんでした。台所から離れてしまうと、いろんな料理を作りたくなります。季節は秋。逃しては行けない食材もたくさん。産直市で栗が売っていたと聞けば買って来てもらい、小さい人が寝ている間にちょっとずつ鬼皮を剥いで渋皮煮を作ったりしていました。最近身体も動くようになり,スリング抱っこにも慣れてきたので(最初はスリングを使うコツがつかめなくて中で泣きっぱなしでした。)台所に徐々に復活しました。バジルペーストを作って冷凍したり先週紅玉リンゴを箱で頼んだのでお菓子やジャムにしたり,(リンゴと塩だけのジャムって最高に美味しいですね。)皮を剥いたら干しておくと一年中リンゴ酵母が作れるというので干しています。特にお菓子を作りたい欲が強くって,マフィンやケーキ,タルトやパイといろいろ作って食べてます。ちょうど出産前日に中島デコさんのおやつの本中島デコのマクロビオティックパンとおやつを買ったのでそのレシピも試してますが,簡単でおいしいものばかりでした。気づけば小さな畑では大根が間引きしてくれよーって言ってる事に気づき,ふと,これでケーキ焼いてみようか,なんて思ったり。(面白そう。)今料理熱,とっても熱いけれど私の暮らしの中心は今,小さい人。眠って抱っこから降ろすと数分くらいで起きちゃう事が多い敏感な人。スリングも長時間は持たないし,料理や洗い物はスリングしながらはやり辛い。だから出産前の何分の一の時間の中でいかにやるか。簡単メニューやまとめて作ったメニュー中心で、一方でチャレンジメニュー,手をかけたメニューも取り入れて行きたいな。今日の晩ご飯。牛蒡と茸の赤ワイン玄米ピラフ。(ピラフより和風炊き込みご飯の味。リベンジしたい。)牛蒡とわかめのじっくり煮。アマランサスのタラモサラタ。人参葉のふりかけ、 ハヤトウリの浅漬け
2005.10.20
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小さい人が産まれて4週間が過ぎました。初めてちっちゃくてフニャフニャな体をぎこちなく抱っこした日の感動。据わってない首が折れそうで慎重だった。今はもう慣れてすいすい抱っこできるけど。赤ちゃんがやって来るのをずっと心待ちにしていたけど,こんなにかわいいなんて。。想像以上です。出産前は,年賀状に我が子の写真を乗せているのを、ああゆうのはしたくないんだと言ってたmaasanは小さい人の写真印刷に精が出てまして,これは年賀状にいいぞ,なんて言ってて面白いです。泣いてると,一瞬でも放っておけずに一日中傍に居たものだけど、「ちょっとだけ待っててね、ごめんねー。」と言いながら洗濯物を干すくらいはしちゃう感じになりました。二人目になると更に要領よくなるんでしょう。赤ちゃんの泣き声ってもっと癇に障るときもあるかと思ったのに今の所全くなく,かわいそうって思いながらも穏やかに聞いてられます。眺めてると一日があっという間。いかんいかん、とそっと離れてごはんをつくります。赤ちゃん一人で本当に生活が変わっちゃいますね。これから少しずつ自分の時間も作って行こう。最近は昼,夜の区別もついてきて,私の寝不足も軽減。時々私の姿を目で追ったりして。。。うれしい。初めてなのでmaasanとひとつずつ成長中。小さな赤ちゃんのときをゆっくり味わいたいな。
2005.10.11
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6日間の楽しいお産の家での日々はあっという間。後2日,もう明日帰る。。。と,残りの日々を惜しみ,延長しようかと本気で考えました。お世話になった助産婦さん吉村先生,過ごしたお産の家を離れるのはさみしく、見送りの後ちょっと感傷に浸ったりするのもつかの間。すぐにこれからの3人での新しい日々に思いを馳せます。1週間ぶりの我が家。もっと長くは慣れていたような気分。母は産後に実家に帰る事を勧めてくれましたが,そうすれば楽だと思いながらやはりこの場所でmaasanと3人で過ごしたいと思って帰ってきました。手厚いサポートを受けられた産院とガラリと変わり,夫婦での子育てが始まりました。でも,maasanは仕事で大阪に行く事も多く,田舎暮らしはやる事満載で大変。見かねて母が週に3、4日,2時間かけて泊まり込みで来てくれる事になりました。連れ合いと母のおかげで,産後の数週間家事に追われる事なく小さい人のお世話を心ゆくまで出来ました。一日中抱っこしておっぱいあげてオムツ換えて、とても幸せな日々。それにしても産後って本当に無理が出来なくなりますね。骨盤が開いていて腰が痛いだけじゃなく、ちょっと動きすぎると出血が増えたり,子宮のあたりがしくしくしたり。そしてひどい便秘に悩まされました。入院中はほんの少しの便が一回出ただけ。玄米食べててこれだから,一般のお母さんでもかなり居るんだろうなあ。ちなみに、2週間くらいしたら急に便通が良くなりました。今はばっちりです。子宮収縮は退院時の検診ですでに普通の人の一ヶ月検診のときの大きさまで戻っていたんですが,出産のときの出血が多かったので、悪露もしばらく赤いのが続きましたがもう少なくなり、体がかなり回復したのを感じます。でも抱っこで肩と背中は凝り凝り。泣いてるとかわいくて放っておけないし,体も思うように動かないし,二人目育児って一体どうやってるんだろう,って想像します。まあ、何とかなるんだろうけど。。。
2005.10.10
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吉村医院では当然母子同床なので,お産直後からずっと赤ちゃんと一緒です。私はお産の家で産んだので出産場所がそのまま寝室です。この医院のすばらしい所は、家族といつでも面会できるだけでなく,泊まる事が出来る事です。入院中の6日間は夫はずっと一緒の部屋で自宅のようにくつろいで過ごせました。お母さんの母乳が少ない最初の数日は,どの赤ちゃんもよく泣きますが,ほとんどの場合,その度に助産婦さんが夜中でも来てくれて,アドバイスしてくれたり,お母さんがしんどそうなら赤ちゃんを抱っこしていてくれ、その間にお母さんは眠ったりもします。陣痛中も放っておかれる事はなく,本当に暖かいサポートを受けました。ハードな仕事なのに,いつもニコニコの助産婦さん。大変ですね,と言うと 「お母さんたちや医院長に較べれば。。。」なんて。うちの小さな人(ニックネーム未定)も最初の数日はよく泣きました。最初はお腹すいたー,だったのかも知れないけど、その内エスカレートして興奮してわけが分からなくなっている感じでした。そうなると、普段は目を開けて両手を拡げて穏やかに動かしているのが,脇を締めて手を握りしめて目をつむってしまい、完全に閉じこもっちゃう感じ。この世界は今まで居たところとは違いすぎるし,おっぱいは未だ少ないし、仕方ないですね。きゅん、となっちゃいますね。おっぱいも、2日後には乳房が重たくなってきて,3日後には時間が空くとポタポタ滴るようになり、それにつれて小さな人のお腹も満たされたようで2日減っていった体重も3日目に減り止まってそれからは増え始めました。順調。妊娠中骨盤がぐらついて痛かったんですが,出産を機に整えようと思い,入院中は骨盤が歪まないように歩かずに,トイレも這って行きました。座る時は正座。授乳したり、あやしたりする時やりにくかったんですけど、産後に野口整体の骨盤調整をされた方はいったいどうしてるんだろうって思いました。寝たままの姿勢で赤ちゃんと過ごすのって難しい。さて、吉村医院での食事は玄米菜食ではありません。手作りの和食です。お魚や、お肉も少し使ってます。でも薄味でとっても美味しいです。朝食は粗食で一汁一菜と漬け物。昼,夜はある程度の量。日によって胚芽米、雑穀入り,玄米など。日曜の朝はダーシェンカの天然酵母パン。全体的に量が私には多かったので夫と分けて。足りない分は夫が野菜煮込みなど作って食べました。お産の家では時間がゆっくり流れます。木がきしむ音。カラカラと言う引き戸の音。自宅に帰るといろいろ雑事に追われるんですが,ここでの日々は思いっきり自分と小さい人の事に集中してました。とても幸せで、一生のうちの大事な時間を過ごせました。それは夫のブログを読んでも分かると思います。またあそこで産みたいな。最高の時間をありがとう。
2005.10.09
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産まれた赤ちゃんは泣きませんでした。自然のリズムで産まれ、すぐお母さんの胸に抱かれた赤ちゃんは安心して泣かないんだそうです。この医院で産まれた赤ちゃんは皆泣かないので、ここで初めて立ち会う助産婦さんは、今までの体験と違って驚くそうです。みんな不安で泣いてるんですね。そして少しのいきみで胎盤が出てきました。初めて見る胎盤に夫と妹は興奮。感心しています。首に一周巻き付いていたからか、長ーいへその緒。普通よりもしっかり丈夫なへその緒だと言われました。その後性別の確認。(男の子でした。)夫によるへその緒切断。とても和やかな雰囲気の時が流れて行きます。でも、やっぱり会陰が切れてしまったようで、吉村先生が縫おうとします。そのまま縫わずに放っておいてもいいかと聞くと、「結構切れちゃってますから、一週間くらい動けませんよ。 縫えば明日には普通に動けます。どちらでもいいですよ。」と言われ、結局縫ってもらいました。先生がぺこりとおじぎをして「いいお産でした。いいもの見せてもらいました。ありがとうございました。 おめでとうございます。」と言って医院に戻られ,妹も帰り,身内に電話で報告。助産婦さんが片付け等をしてくれます。一時間後くらいに体重等測定しましたが、それ以外の時間はずっと寝ながら抱っこしていました。産湯に入るのは明後日で,それまでは体に付いた羊水などは赤ちゃんを守ってくれるので落とさないでおくそうです。そしてHさんが小皿に胎盤を薄切りにして醤油と共に持ってきてくれました。味わってみます。レバーやトロなど,いろんな人がいろんな表現をしてましたが,とても食べやすく,適度な歯ごたえがあり,美味しかったです。レバー嫌いな私も癖なく食べられました。おすすめです。その後もずっと赤ちゃんと一緒。出産後すぐに子育てが始まりました。オムツ替えや授乳の仕方を教わり,いよいよです。通常なら,赤ちゃんが泣く旅に助産婦さんが来てくれて手伝ってくれるのですが,その日は私の後にも産まれそうなお産が続き,人手が足りなく、お産の家担当の助産婦さんも医院の方へ手伝いに行きました。結局朝までに3件のお産があったそうです。そのうちの一人は私たちが入院する2日前にお産の家に入ったもののお産が進まず医院に移動して,やっと産まれたそうです。3日を超すお産。。そのお母さんはがんばったねえ。すごい。産んでしまえば痛みは忘れ,疲れも心地よく,夜中の授乳もオム使えも慣れない手つきで楽しみました。長い1日が終わりました。
2005.10.08
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お産クライマックス。クッションを背に、仰向けになっていきみます。陣痛の度にプルンとした羊膜が出たり引っ込んだりするようになる。(触らせてもらう。)何度か陣痛が来ていきんでもなかなか破水しない。手足はしびれて力を入れるのもしんどい。体力も限界。次第に羊膜は出たまま引っ込まなくなるが、自然破水しないのではさみを入れる。この破水瞬間の事は私は全く気づきませんでした。お産の家には天井から『力綱』というわら縄がぶら下がっていて、最初は立ってそれにしがみついて産む事も考えたけど、手足はしびれてだるく、立ち上がるどころか体勢を変えるのも難しい。残った全身の力を振り絞っていきむ。しばらくして赤ちゃんの頭が見え隠れ。夫は大興奮。いきみはストップ。でも内側からすごい力がかかってきて、いきまずにいられない。頭がぐっと出てくると会陰が引きつって裂けそうに痛い。そしてかーっと熱い。「ああっ、だめ。いきんじゃう。痛い。切れちゃうよお。」とにかく最後は辛かった。そして。。16時17分、「あっ、頭が出たぞ。」と言う声に意識を向けると、「ウエッ、フニャフニャ。。」と声が。。(夫はしゃべってたと言ってます。)そして16時20分。次の陣痛で全身がツルッと出てきました。首にはへそのおが巻き付いていました。「産まれた!」取り上げてすぐに赤ちゃんを手渡してくれます。そのとき私はパジャマを上だけ着ていました。「脱ぐ!」と言って裸になって仰向けに寝たまま赤ちゃんを抱きました。赤ちゃんは青くも白っぽくも、赤くもなく、(よく赤いから赤ちゃん、と言われるけど)きれいな血もほとんど付いていないピンク、肌色で全く泣きませんでした。胸に置いても一瞬もがいてたけど、私の心臓の音を聞くと落ち着いて、目を開きうっとりと神秘的な表情をします。少しすると、さっそく私の肌に口を付け吸い始めます。おっぱいだ、と思いくわえさせると結構な力強さで吸い始め、ちょっと痛い。ごめんなさい。うちの小さい人が泣きそうなので、続きはまた後で追加しますね。t
2005.10.08
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吉村医院のお産の家での出産は、安産できそうだ、という太鼓判を吉村先生に貰えないと出来ません。その場合、医院本館での出産になります。その2日前にお産の家に入った方は、とても時間がかかっていて、途中で医院のほうに移って未だに産まれずに陣痛中だという事です。大変だ。幸い努力の甲斐あって?お産の家で産める事になりました。陣痛の進みが速いので、急いでお産の家に向かうことに。朝5時。お産の家に入る。木の家はやっぱり落ち着きます。6畳の和室プラス縁側が私達の出産、産後を過ごす場所。早速担当の助産婦、Hさんが検診。子宮口3.5センチ。陣痛はだんだん強くなり、ふう、ふうとおさまるのを待ちます。横向き、四つん這い、いろいろ姿勢を変えてみて、とりあえず仰向けで落ち着く。「子宮口が全開になるまでは力を抜いて、 赤ちゃんが自分で下りてくるのにまかせましょう。」と言われ、そうしようとしてもどうしても、力を入れてしまいます。試しに陣痛のときに声を出してうなってみました。Hさんが「声を出している時の方が力みが抜けていますよ。」と言うので、それからは声を出すようにしました。前は出産時に自分を解放して、さらけ出して大声を出したり、普段そういうタイプではないから、そんな風にはなれないだろう、と思ってたんだけど、この後どんどんエスカレートする事に。。。8時頃朝食が出されましたが食べる余裕は無くなっていました。9時過ぎに、タイミングが合えば立ち会う事になっていた妊娠3ヶ月の妹到着。でも夫以外の身内は陣痛中部屋に居ない方が集中して、自分を解放できると思ったので、産まれる直前まで隣室で待機してもらう。痛みと、いきみ感を逃すのが大変で、この先更にそれが強くなるかと思うと弱音を吐いてしまいます。「ああ、まだかなあ。」「一番のピークでこれくらいの痛みだと思ったのに。。」すると夫に、「男には体験できないんだから。僕はうらやましいぞ。」と言われ、「分かってるよ!」と声を荒げてしまうように、余裕が無くなりました。昼前くらいからもう一人の助産婦、Wさんも加わり、三陰交のツボを押さえてくれます。陣痛の合間にホメオパシーのレメディーを随時採る。当初の予想よりも、お産の進みはゆっくり。赤ちゃんがその方がいいのだからいきまずに、赤ちゃんのペースに合わせて、と言われる。でもそれは大変。思わず力が入ってしまい、「ああっ、いきんじゃだめ~」と自分でうなりながら呼吸を整え必死で逃す。子宮口が全開してから、Hさんが「赤ちゃん、なかなか下りて来れないみたいだから、 少しいきんで手助けしてあげてもいいけど、どうする?」と聞かれ、赤ちゃんのペースを待ちたいけど、早く産みたくなっていたので、いきんでみる事に。何度かううーん、と力を入れる。四つん這いだと力が入りやすかったです。赤ちゃんがある程度下りてきたところで一旦いきみストップがかかる。今まで以上の押し出るいきみ感と痛みに耐える。そんな私の横で、夫はしばし熟睡。陣痛のときの私の声も気にならない様子。何処でもすぐ寝れるのは、夫の自慢。その頃の事はもう必死で記憶はうろ覚え。気づくとそろそろお産のようで、二人の助産婦さんが準備を始める。妹を呼び、吉村先生と研修中の助産婦さんも(事前に見学を受け入れたので。)入室。雨戸も閉めて、照明も極力落として行灯一つに。暗い6畳の室内でいよいよ、お産のクライマックスを迎えます。 その3に続く。
2005.10.07
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遅くなりましたが、出産体験報告します。9月11日、夜9時前。日記を書き終えて寝室に行こうと立ち上がると、何やら少量の液体が流れ出る感覚が。。(ひょっとして、破水かも。)とっさに夫に伝えると、「いよいよか?やったー。」と大喜び。急いで吉村医院に電話しました。助産婦さんと話をして、その後液体は流れてないものの、医院まで遠いことも考えてとにかく岡崎に向かうことにしました。あれ持ってこれやってと、いそいそと準備をする私達の様子はまるで修学旅行。夫は特にはしゃいでいます。私はワクワクと同時にドキドキ。いよいよだと、身が引き締まります。10時ごろ自宅出発。12時頃吉村医院着。お産の家担当のHさんに検診してもらう。結果は。。。破水ではなかったのです。水っぽいおりものだったようです。ここの所、おりものが粘っこくなっていたのでこれは違う、と思ったんですが。。でも子宮口が2.5センチ開いているので、このまま帰らずに泊まって、明朝吉村先生による検診を受けることにしました。吉村医院の3階の部屋に泊まりましたが、興奮しているのと、一定の間隔で聞こえてくる陣痛中の方の声でほとんど眠れません。ううっとか、痛いー、とか、うおー、とかそういう想像できる声ではなく、本当に野生動物のような、悲鳴のような声でした。それを聞きながら、もうすぐ始まる自分の出産を実感しながら横になっていました。翌朝、トイレに行くと紙に血が付き、きっと『おしるし』だと思いました。朝一番に先生の検診。「ああ、これはもうほとんど始まりかけていますよ。普通なら一両日中にお産になります。」という事なので、岐阜に帰らず岡崎のビジネスホテルに泊まる事にしました。その夜は何となくお腹の調子が悪く、お腹を冷やした時の様に下痢気味で少しの痛みがありました。夫にマッサージしてもらい、10時ごろ眠りにつく。深夜0時ごろふと目覚めるとお腹に鈍い痛みがあり、しばらくして治まりました。陣痛のようです。何度かそれを繰り返し、1時半ごろ夫を起こします。この時15分間隔。早速三陰交に30壮ずつお灸をしてもらう。パンをかじって、飲料水にホメオパシーのレメディーを溶かす。3時ごろ吉村医院に電話。でも医院のすぐ近くにいるので、もう少し様子を見て、5分間隔になったらもう一度連絡することになりました。4時半頃に5分間隔になったと再び電話。医院に向かいました。吉村先生が診察。「よく運動しましたね。非常に柔らかいです。安産できますよ。」と言われ、そのままお産の家に入りました。 続く。
2005.10.06
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