首吊りは古来より自殺のオーソドックスな手段として愛されています。木の枝、階段の手すり、ドアノブなど高い場所に紐やロープ、ネクタイ、帯などをかけてそれを首にかけて、(踏み台を使って)ぶら下がることにより、首吊りが成立します。足が着いた状態となる非定型的縊死と足が浮いた状態となる定型的縊死があり、どちらでも窒息死を起こすことが出来ます。現在でも日本における死刑は絞首刑で行われています。定型的縊死ですと全体重がかかり、頸動脈も締まりますので、頭部顔面にうっ血は見られませんが、非定型的縊死だと静脈だけ閉塞して頭部顔面にうっ血が起こり、顔色がどす黒くなり、眼瞼結膜に溢血点が見られます。
さて、首吊りでも自殺だけではなく、自殺に見せかけた他殺、自殺をしようと思った訳ではない事故死の場合が稀にあります。以前蒲郡で検案したケースで自宅車庫で脚立を足場に首吊りしていたケースで、後ろ手にガムテープで縛ってあったので、すわ他殺かとなったケースがありましたが、定型的縊死の所見で(首を絞めた後に首吊りに見せかけた場合は非定型的縊死の所見となる)、ガムテープの巻き方が自分でも可能な巻き方であったことから、苦しくなって自分でロープを持たないで自殺を完遂するための工作であったと言う結論になりました。 もうひとつの事故による首吊り窒息死ですが、昔俳優が首吊りの演技練習をしていて誤って本当に首を吊って死んでしまったと言うケースがありました。先日経験した12歳の男の子の首吊りも自殺ではなく事故による窒息死としたケースでした。首にタオルを巻いてその上からロープを巻いて首を吊っていた非定型的縊死でしたが、何故それを自殺でなく外因死の窒息死としたかと言うといろいろな理由があります。まず遺書がありませんでした。自殺で遺書を残すのは約30%ですので、これだけでは自殺でないと言う理由にはなりません。その少年はまもなく中学の入学式を迎える時でしたが、中学入学を楽しみにしていました。また趣味のプラモデル作りも机の上に作りかけのものが置いてあります。さらに小学校の先生との交換日記を見せてもらいましたが、その日記の中に「東方香霖堂」と言うコミック本に出て来る魂魄妖夢と言うキャラクターの女の子が好きになってその子と結婚したいと書いてありました。部屋の天井には青空に雲が描かれていて(まるでギャラリー・ゼフィルスの天井のようでした)中心にはそのキャラクターの女の子の絵が貼ってありました。そして自室の入り口には幻想郷と書かれていました。そして母親から話を聞いて見ると、その子に会うには仮死状態になると会えると言うことをネットで調べていたと言うのです。すなわち首吊りで死ぬ気はなく、仮死状態になってその子に会って来ようとしたと言う訳です。私は仮死状態の経験がありませんので、判りませんが、心カテ中に心停止を起こした bokeab さんや、素潜り競争をしていて black out となった長男・鉄平に回復した後に話を聞くと、綺麗なお花畑でおいでおいでをしていたとか色付きの摩訶不思議な光景が見えたとか言っていますので、仮死状態では何か見えるのかも知れません。しかし、そばに助けてくれる人がいてすぐに心肺蘇生をしてくれなければ、そのままあの世へ旅立ってしまうでしょう。 さて、自殺でも事故死でもどちらでもよいではないかと思われる方もいるでしょう。しかし、保険に入っていた場合、自殺だと下りない保険もあるのです。死者の名誉と遺族の権利を守るために、ここは自殺ではなく、事故による窒息死としなければいけないのです。