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以前良く椿ラインを走っていた時に、神奈川県警がローリング族に対してのメッセイジ立て看板が、君の帰りを母が待つというものでした。クラブのみんなとも話し合ったのですが、母という存在がスロットルを緩めることにはならない、という意見が大勢を占めました。 代案として、君の帰りを恋人が待つの方が気が利いているとか、路肩に花束をおいて置く(実際にお盆の季節には良くある風景で、この場所で死亡事故があったんだなと強く認識できる)。 そのことを母に話したら、母は悲しそうな顔をしていました。 親孝行したい時には母はなし、という事にならない様にしようと考える今日この頃です。
2002年01月28日
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1/24(木)NHK衛星第2でシドニールメット監督の12人の怒れる男を放送していました。私はこの作品が好きでもう5回位観ていると思います。 1957年アメリカ映画で、この年作品賞でオスカーをとったと記憶しています。 ストーリーを簡単に紹介しますと、殺人容疑の少年をめぐる裁判で、多数意見に流されていく陪審員の中にあって、ただひとり少年の無罪を主張する男(へンリーフォンダ)の熱意と、揺れ動く11人の心の葛藤や、民主主義における少数意見の大切さを描いた作品でした。 彼の監督作品は大体観ています。まだの人はビデオ屋で借りて是非観てください。
2002年01月24日
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1/23(火)御殿場は非常に暖かいです。天気予報によると3月下旬の気温だそうです。今年は雪が降ったのも一回しかありません。御殿場に来て4WD(ランサー1600SR)を買い、スタッドレスに履き替えたのですが、今年はあまりメリットがありません。 それでも地元の人はほとんどスタッドレスを履いています。備えあれば憂いなしなのでしょうか。
2002年01月23日
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Vγのギアーオイルを交換しました(5000キロ毎に)。使用オイルDSで買ったバルボリン10W-40(398円)。オイルパック(280円)。 注意点、エンジンを温めておく。レーシングスタンドで車体を垂直に。メガネでドレンコックを緩め、オイルが熱い場合は火傷に注意。使用オイル量0.7リッター。
2002年01月10日
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横浜から帰って来るときに、松田御殿場間の右高速逆バンクコーナーでいつも考える事があります。以前はバンク、フラット、逆バンどのコーナーでも基本的にはアウトインアウトで走っていましたが、つい最近右高速逆バンだけはインインのラインをとることにしました。 理由1.左路肩の路面が荒れている。2.左側へ行けば行くほど、逆バンク角がきつくなる。3.バイクの場合のグランドクリアランスと最大リーンアングルの問題。以前は逆バン得意だったのですが、この頃スランプです。 答えは解かりません。そうがわさんこのページを見ていたら、アドバイスお願いします。
2002年01月09日
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横浜西口から相鉄ムービーへ行く途中に、よく行くチケットショップがあります。そこで横横の回数券とオレンジカードを買いました。多額の出費は痛いのですが、低金利の今長い目で見るとメリットがあるので決断しました。そこで私がいつも出品しているダイエー株主優待券が5000円で売られていました。私が出品している最低落札価格が2800円なので、私の方がかなり割安です。近くにダイエーのある方は是非ご利用ください。
2002年01月07日
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横浜の実家に帰った翌日、横浜相鉄ムービーでハリーポッターと賢者の石を観てきました。愛と勇気に満ちたなかなかいけてる映画でした。早朝の8時20分からの吹き替えバージョンが一番空いているとのことで、30分前に行ったにもかかわらず、前から3番目の席しか確保できませんでした。2回目のロードショウはもっと混んでいました。 帰りに横浜高島屋で福袋を買おうと思ったのですが、いまいち気分が乗らなかったので止めました。しかし帰りの電車の中で4人もの人が福袋を持っていたため少しだけ後悔しました。
2002年01月04日
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1/2、横浜の実家へ帰りました。御殿場インターから松田までの高速コーナーが最高に楽しめます。愛車のランサー1600SRは冬場だけは、ガーテックを履いているので、スピードは控えめに走りました。それでも他の車よりは圧倒的に速いです。ちなみに夏タイヤはポテンザを履いています。(新車の時から付いていた) 横浜インターで降り、保土ヶ谷バイパス、横横の洋光台で降り、15分位走った富岡が私の生まれ育った町です。丘の上の閑静な住宅が非常に気に入っています。2階からは海が見えます。まだ若かった頃、ユーミンの曲を聴きながら、ソーダ水の中に貨物船を見てロマンチックな気分に浸っていたのが昨日の事のように思われます。
2002年01月03日
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12/31大掃除をしていたら古いGRAND PRIX ILLUSTRATEDが出てきました。以前にミミの飼い主さんからどんなGPライダーが好きですかという質問がありましたので、そのことを書いてみます。 1988年4月10日 ラグナカセ 250クラス。アーブ カネモトの推薦で、ジム フィリスは負傷欠場した清水雅広の代わりに急遽NSRに乗るチャンスを得ました。 プラクティスでポールをとったのは、YZRのコシンスキーで1分32秒958。2番手がフィリスの1分32秒962、わずかコンマ004秒差。スタートで出遅れたが、2周目からトップに立ち、最終的には2位に約10秒の大差を付けチェカーをうけました。NSRのポテンシャルの高さ、アーブ カネモトのマシンのセットアップ能力、フィリスのマシーンコントロール能力の高さ、ホームの利などすべてがうまくいったレースでした。83年以来の250マシーン、しかも初めてのファクトリーマシンを見事に乗りこなして、レース中に予選一番手のタイムを上回る1分32秒848をたたきだしています。表彰台の上で子供を抱き喜んでいた姿が印象的でした。 しかしその後ワークスファクトリーからは声がかかりませんでした。フィリスにとって最初で最後のGPでした。彼にとってはすべてが一瞬の輝きでした。
2002年01月01日
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