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「信州に宿る神々」の写真集を購入 この本は東信濃にある老木・巨木を撮った写真集である。スポーツクラブに通っていた頃、素晴らしいブログを書いている人の話を聞き、サウナの中で私もホームページを作っていたので見て貰いたいため声をかけお話をするようになった。その人のプログの写真は懇切丁寧に撮られて吃驚するくらい綺麗である。一日も休まず継続して感心することばかり 写真集を出してみないかと誘われ今回発刊された。東信濃の老木・巨木を中心に撮り、 梢に集う飛天たち(小鳥)の写真も一緒に載っている。老木・巨木の写真は神々がいるのではないかと思われるほど力強くたくましい樹ばかりである。小鳥達も一つ一つ丁寧に写され、鳴いているところ、えさをとっているところ細い小枝の先にとまりジットしている姿など どれもがいい表情をとらえいる。バックの色をぼやかし 小鳥が鮮明に浮き上がっている。素晴らしい!!!小鳥たちのページを一枚づつめくり見ていくと シャッターチャンスの素晴らしさ、そしてそれを撮るまでの苦労が感じられる。老木は下から上に向かって撮っている写真が多いが、樹の根もとは 広がり こぶのようなものもあり、中にはゴツゴツした老人の手のように感じられるものもある。写真集を見終わると老木・巨木や小鳥たちの印象が強くのこり しばらく余韻に浸っていた。老木・古木を撮った場所が本の最後のページに載っているので、地図をみながら逢いに行きたいと思っている。著者 写真撮影した人のブログ 「佐久便り」 ←これだけで検索できます。
October 28, 2009
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昔からスクラップするのが好きです。気にいった文章や好きな作家のものなど あとでもう1度読み直したいと思い 切り取って ファイルして綴じている。今回は初めて歴史小説をスクッラップしている。今日で111回目で約3ヶ月近くになる。信濃毎日新聞の連載中の歴史小説 「真田三代」 火坂雅志・作 安芸 良・絵 である。先ず 目についたのは、小説の書かれているスペースである。横長のサイズが普通であるが、この小説は四角に近い縦長の大きさで、中央に絵が描かれている。この挿絵がなかなかいいのです。挿絵が気に入り本文を読み始めた。真田三代の生きざまが書かれている。三代とも 頭脳明晰 度胸 企画などが優れ 命懸けに戦い、時には引き下がり奇抜な策を練り 勝ち築きあげていく様子など面白く、今日は真幸の場面が描かれている。切り取りファイルすると結構な厚さになる。作家 火坂雅志氏の話が新聞に載ってた。「土地からの目線で書き上げたい」物語は幸隆の息子・真幸に移り、真幸は鬼謀の人。そして信之、幸村によって花が開いていったと書かれていた。毎日 新聞を読むのが楽しみである。 同じ新聞に 「三人の二代目」 堺屋太一・作 の連載小説が載り 同じ時代の小説なので この二つの小説を夢中で読んでいる。歴史小説は大好きである。小さい頃 歴史の教科書が好きだった。私の父は新聞の連載小説を切り取りとり綴じたり、また郵便切手を小さい頃から集めていていた。どうも父の影響があるようで新聞を切る取っていると父のことを思い出す 最初に書かれていた 作者火坂雅志の言葉 信州から上州ににまたがる山間部の小土豪でありながら、徳川大軍を2度も破った真田家は、まさに異能の一族であった。真田家のパワーの源は、いったいどこにあったのか。日本海側と太平洋側の流通経済を握り、それを背景に台頭したのが真田一族なのではないか。
October 22, 2009
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私は婦人公論が好きですが毎回読んでいるわけではない。気に入った人の記事があると買ってきて読む。他の雑誌はほとんど買わない。今回の目に入った記事は佐藤愛子の 辿りついた境地 人生の終盤、欲望も情念も涸れゆくままに お歳は86歳、になる。読んでいくと もうすでに私も同じ心境である部分がある。小説家として 非常にアクティーブな人と思っていた。 欲望も情念も涸れていくことは らくになると言う。私は欲望も情念も強く持ったことがあっただろうか。まったくなかったわけではないがどちらかと言えば平々凡々と過ごしてきたように思う。与えられたものの範囲内で生活するのが精一杯であった。お洒落をしたいとか 美味しいものを食べたいとそれほど昔から強く思わなかった。最近は旅行もめんどくさくなってきた。若い時から顔に皺が多く、いつも整形して皺をのばしたいと思っていたが、今はどうでもよくなった。健康診断をしても 2ツ3ツ 悪くなってきているが気にしないことにしている。結局 順調に年とってきていることであるでもボケてしまっては人を頼ることになるので、将来 人の世話にならないように ピンピンコロリ が夢である。適当に運動したり 日記を書いたりして 過ごしている今日この頃である。ぴんころ地蔵のHPがあります。
October 17, 2009
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10日遅れの誕生日祝いをしましたピッツエリア ジンガラ のお店です。いつも繁盛しているので6時に予約しました。ここのお店は ピザを窯で焼き薪の香り ピッツアの本場 ナポリの味がするので評判のいいお店です何時もこのお店の前をで通るのですが入るきかっけがなく 今回は思い切ってディナーを二人で楽しむことにしました。6時前にいくともう既に1組のご夫婦がいました。お店に入るとカウンターの席に案内されて 大きな窓ガラスから見える景色に吃驚しました。夜景の蛇行した高速道路が目の前に見え自動車のライトが輝き見晴らしのいいカウンターの席だったのです。「素晴らしい景色ね」と感激すると「昼間は目の前に浅間山が見え 高速道路や緑豊かな畑の景色が見えてもっと綺麗よ」と一緒に待ってたご夫婦と隣同士に並び昼間の様子を教えてくれました。。先ずメニューを見て 食べたいものを注文しました。一品料理ではサラダと真鯛の魚料理とパスタ ピッツア(小)とと飲み物は帰りは自動車の運転手になるで水のみで私の分は注文しました。あとは夫々注文し お料理ができる間 初めて会ったのに 先ず 「どちらからですか」 から始まる「東京の三軒茶屋から自動車でココへ直接来て 食べてから別荘に行きます。ココのお店はかなずよりますよ」と聞いてご夫婦は東京から来た人達だったので私は嬉しくなり「私は東京の目黒で生まれたのよ 三軒茶屋の近くにある昭和女子大付属の中学校へ〇〇年前に通ってましたよ」と話すと相手のご主人は奥さんを指し「昭和女子大卒ですよ」と 気さくに話している表情を見ると なんとなく 誰かに似ている気がして、もしかしたらと「さだ まさしに似ていると言われませんか」と聞くと 「そんなことないですけど 似ていますか」と喜んでいたので お店のウエイトレスに聞くと「似ている 似ている」と言うのでした。あまり嬉しそうだったので「佐久の さだ まさしさんにしましょう」いいと皆で大笑い暫くして 注文したお料理が来て最初のサラダはとても美味しく メイン料理の魚料理にパスタが付き そのパスタが広巾の大きなパスタにびっくり こんなパスタもあるんだ~とおもい食べてみると こしがあり 美味しく 真鯛と一緒に綺麗に食べてしまったのでした。あとを食べを飲みお腹一杯で大満足でした ピッツアはさすがに食べきれず 残りを持ち帰りました初めてお会いした方と楽しく また共通した話題もあり 素晴らしい夜景を見ながらの楽しい 楽しい お誕生日祝いでしたジンガラ のホームページあります。
October 10, 2009
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今日は朝から晴天 昨日から続いている いか座やら座さく市 元気祭りを見に行く。お天気が良かったので大勢の人が来て駐車場も一杯。これは地域社会貢献事業が企画している。地域の300以上の企業が参加 、地元高校生吹奏楽部 中学マーチングバンドによる演奏会 人気芸人のお笑いライブ アンパンマンショウ 親子木工教室 ソーラーカー工作教室 陶芸教室 料理教室屋台もたくさん出て 新しく出来た安養寺らーめん(味噌味) スリランカ風焼きそば 牛タンのソーセイジドック サンドイッチ お弁当など等お昼時で行列して並んでいる。会場は駒場公園の中 建物の中では地元の企業が並び 色々みて歩くと 防犯用鍵の説明しているところで立ち止まる。新しいは暗証番号を決めるもの(番号はかんたに替えられる) 指紋で鍵が開くものよく出来ていて感心する。従来のはそのままにして 新しく暗証番号のもの 指紋で鍵を開けるものをつけ加えることができる。今はそれが流行っているという。泥棒は開けるときに時間がかかると諦める傾向があると言う。よく旅行するのでパンフレッドをもらい検討してもう一つ取り付けたいと思った。外の特設ステージではフラダンス や 高校の吹奏楽 ヒップポップダンス などありフラダンスは年配者が多く優雅に踊っていた。ヒップホップダンスは小さい子どもから20代の若者までで激しい動きに圧倒された。とても年寄りには出来ないダンスである。テレビではよく見るが生を目の前でみて リズムにのり若者達が楽しく踊っている姿に平和だな~とおもった
October 4, 2009
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今日は私の誕生日 生まれたときは戦争中でした。父に召集令状が来ると 現住所でなく かならず本籍地に帰り そこから戦場へ行きました。私の名前には征子と書きます。父が出征した時で簡単に 征 の字がついたのかと思います。戦争中に生まれた子供達は 征 の字がついた名前が多く 男女とわず使われました。しかし 私の名前の読み方は「まさこ」と読み 漢字変換しても「征子」の字はでてきません。せいこさん いくこさん と呼ばれ 最初に「まさこさん」と呼んだ人はいませんでした。父が戦場に行ってから私が生まれたかとズーと思っていましたが、父母の家のルーツに興味をもち 2年前に父母の故郷へ行って色々調べました。過去張は何が書いてあるかわからず 本籍地で戸籍謄本を取り寄せてみると明治2年からの曽祖父からのことがわかり 私の出生のことも書かれ記録されていました。そして届け人の名前が書かれて 父が届けをだしていたのでした。ルーツを調べたことにより私の誕生した10月1日以降に父は戦場に行ったことが判りました。臨月の大きなお腹を抱えた母を置いていったのではなく、母が私を生んでから 父は役所へ出生届を出し戦場に向かったのでした。父母のルーツを調べたことにより 今まで知らなかったことが色々判り よくまとまっていると褒められました私の誕生のいきさつも たった1行書いてあることで当時の父母の様子など想いを巡らすことが出来ました
October 1, 2009
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