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モルヒネという薬の名前。どうしたことか覚えられない。なんでだろう?たった4文字なのに。モをムと覚えてしまう。モルヒネという鎮痛剤だ。私の場合、朝8:00と夜8:00に飲むことになる。数個私に預けておきなさいと看護師にいうのだが、絶対に預けない。これは駄目なんです。という。 夜はまあまあいいのだが朝は一番忙しい時間。深夜勤務と昼勤務の引継ぎの時間帯。朝食を配らねばならない時間帯でもある。 時間ぎりぎりに走って届ける看護師もいる。きの毒だ。今晩から外泊しますと言ったら、そのモルヒネもすんなり預けてよこした。これにロキソニンという鎮痛剤を食事前30分前に飲んでやっとのことで食事をする。もう、味はほとんどないに等しい。甘さも感じないが辛い酸っぱいは粘膜を刺激して痛い。食事が一苦労である。 明日から3日連休だから4日から土日を除いて7回で放射線は卒業である。待ちどおしい限りだ。 今日は忙しかった。朝早々に職場から来てながながの打ち合わせ。電話は来るし、昼から妹はくる。その間に放射線。友達のS君から「いってもいいか?」とTEL来たので「来週にしてくれ」と断った。忘れないように薬を調達して薬剤師氏から説明をきいたりしてやっと帰ることが出来た。何もない日はなんにもないのに、不思議なものだ。いよいよ県も相当に厳しくなってきた。なりふりかまわず厳しく削るみたい。抵抗だけしてるわけにもゆかず、どこかに妥協点を見つけることにする。毎年のこととはいうものの気分のいいものではない。
2003.10.31
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先日、読売新聞の「編集手帳」を読んで知った。これから冬にかけて柿の木に実がひとつだけぽつんと着いてる光景を目にすることがあるだろう。これを「木守り」というらしい。字のとおり読む。 来年の豊作を祈り、自然への感謝の気持ちもあるという。 私ははじめて知った。その残った柿の実に初雪の帽子をかぶる時その白と紅のコントラストがたまらなく好きで是非デジカメでと思うが、なかなかチャンスがない。時間帯も選ぶのでチャンスをものにするのが難しいのだ。 しかし、最近、川のほとりとか、畑の中にとかある柿の木。あの庄内柿などなら高く売れるので早々ととられるが、干柿にする柿は、上山などは干し柿を名物にしてるのでどうか知らないが、大抵はとらずにそのままが多いのだ。 これでは「木守り」どころか枝疲れを起こしかねない。雪が降ってもそのまま。どろどろに熟して雀も食いつかない。なにしろ渋いからね。 もったいないと思うが、それなりの理由があるのだろう。「木守り」どころか邪魔にされてるのだろう。 しかし、「木守り」という言葉に農家の人たちのあらゆる生産の源への感謝と祈りの心を感じて嬉しかった。山形は置賜地方には「草木塔」というのがいたるところにあって、供養と感謝の慰霊塔とも言うべきものだとされている。 そのことをふっと思ったのである。
2003.10.26
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この20日(月)医師から治療計画の検討結果を聞く。かねてから、下咽喉とリンパ腺を切り取ると言われていたが、リンパ腺だけを切ることになった。これで、声帯は保存できることになる。放射線を計画通り30回照射した後の手術である。私は飛び上がって喜んだ。 毎朝、看護婦さんが夕べは眠れましたか?お通じは?朝食は全部食べましたか? ・・・と同じ質問が来る。最初は面倒だな・・・と思っていたが、実はこれが一番重要なのだね。 食事はのどが痛くて食べる気がしない。飲むのもいやだ。食べないから通じがない。生活のサイクルが狂うから眠れない。 じれったくなるものなのだ。 昨日、朝の診察時に内視鏡でのどを覗いて「ああ、これでは痛いでしょう。鎮痛剤では我慢できる?」「来週からモルヒネを服用しましょう」・・・と言うことになった。これでだめなら、点滴で栄養剤となるらしい。もう12回の辛抱だ。 窓から見える景色は遠くの山から次第にどす黒く見えてきた。里の山が紅く色づくのももうまじかである。
2003.10.25
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85歳になるかっての総理大臣がだだをこねている。どんなもんだろう?道路公団総裁藤井治芳氏がだだをこねている。どんなものだろう。組織を思う。将来を考える。政策を考える。そうだ国民のためを思うという大きな視点がいずれにもない。・・と私は思う。 今日までの俺の功績をなんと考えてくれてるのか?自民党の諸君の為にどれほど危ない橋を渡って来たことか・・・?この代償が解任か?・・・・・と言ってるように聞こえて仕方ない。一国の総理を総理と思わないという党内の事情もあって抵抗勢力との取引があったに違いない。 また中曽根は橋本総理との約束を後生大事にしまっておいた。お墨付きをもっていた。中曽根が総理の時、前任者が決めたことを覆したこととはなかったや? 若い執行部が新たに決めた党の方針に何故従えないのか?協力してこそ大御所というものだろう。今更、何が不都合だと言えるのか? 今日ある姿は自民党があなたを護ってきてくれたからであろうに。85歳の首を切ると全国の老人が決起するがごとき発言をしてたが、そんな理不尽な年寄りに誰が手を貸すものか。特別待遇を要求するその心根がまずいのだ。 確かに日本はアメリカとの大統領と違って退任後の保障は何もない。それは選挙の方式も違うし、内閣制という制度上の違いもある。 何もないのは総理だけではない。中曽根にしても藤井にしても今日までの護送船団方式の名残と思えてならない。構造改革とは理不尽なしがらみをガラス張りにすることにこそあるのだよ。先生。 バラスことがあればバラしたらいいのだ。まったく、今日の新聞を見て頭にきてしようがないのだ。宮沢さんこそ随分苦渋を舐めてきた。言いたいことも多いであろう。でも、潔く。これが日本人だよ。・・・と私は思うのだが。
2003.10.24
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病棟の一階西側に緩和ケア病棟がある。勿論病院本体と繋がってるのだが、出入り口は別で独立してるように造られている。説明するまでもなく痛みを緩和して最後を静かにといった感じかな。その敷地は外から覗かれないように、ひっそりとしたたたずまいである。そこの生垣にこの「セイヨウベニカナメモチ」が50メーターほど植栽されている。 新芽が真っ赤に冴えて見事である。また、柔らかい感じがまたほれぼれとさせる。 家の団地の数件の家でもこれを植栽してる人がいるが、どうもこの名前を聞く機会がなくて、前々から知りたいと思っていた。今度新築する時は(不可能)生垣は必ずこれだと思っていた。 散歩の途中での発見だからメモ帳を持ってるはずもなく頭で記憶するしかない。正面玄関まえの駐車場との境にもあったがそれは・・RED ROBIN・・とあった。 セイヨウベニカナメモチ・・・・と果たして病室まで覚えていけるだろうか?と心配。子供のお使いのようにぶつぶつ小声でつぶやきながら足早に歩いて行った。入退院入り口から入るとすぐ右側がCT室、MRI室と続いているのだが、そのCT室の主任の看護師さんのFさんと会った。「あら、散歩ですか?」「ええ、」と言った。 その瞬間「セイヨウベニ」までは出たがその続きが出てこないのだ。ああ、苦しい、情けない。あああああ、、、、、、、、、。 痴呆症間違いなしだ。おふくろを叱る割りに自分が痴呆症なのだ。多分覚えようと思ったとき「西洋紅要餅」と覚えると良かったのかもしれない。 話は飛ぶが今回の選挙は「マニュフェスト」選挙と言うそうだ。「政権公約」と約すそうだが、今までの感覚の公約と、どうせ・・・というものの見方の選挙民に変わりなければ何の違いもないではなか? 「マニュフェスト」は産廃業者がその産業廃棄物がどんな経路で処分場まで運ばれたかを見る伝票だった。 余りにも英語の横文字が氾濫していて人情から理解することが出来なくなってる。なんとかならないものか?それでいながら日本で使う横文字がアメリカへ行くと意味が通じないからこれまた不思議なのである。 べにかなめもち・・・・今度は忘れないと思う?
2003.10.19
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毎週、毎週、今週は帰れないか?多分だめだろうと思いながら結果的に毎週帰っている。だけど、のどの痛さは日を追うごとに激しくなってる。うがい薬を調合してくれたがそれを病室に忘れてきたのだ。 これは放射線の副作用としてだが、抗がん剤の副作用はほとんどないから不思議である。全身倦怠感、食欲不振、頭の毛が抜ける、白血球が減るとかの症状なし。勿論週1回、しかも薄めての投与だからきつくはないのだが。 最近私の入院情報がひろまりつつあるのか、毎日誰かが見舞いに来てくれる。ありがたいものだと思う。すでに第一線を退き第二の職場なのによくぞ来てくれると感謝に耐えない。 自分の病室で本だけ読んでても飽きるから時々売店へ気晴らしに出かけたりデイルームで景色を眺めたりして部屋を離れた時に限って人が訪ねてくるから困ったものだ。それから同時に来られるのも何か悪いようで、失礼したようで、これも困るものだね。しかし、その気持ちだけでうれしいものだ本当に・・・・・・・・・。病室の窓から病院本体の東、北方面が見える。外来用の駐車場、数えたら約1000台収容のスペース。8:30ともなるとほぼ満車に近い。特に月曜日とか休み明けの日は混むようだ。朝食の時間がちょうど7:30から8:00頃なので毎日駐車場を眺めながらご飯を口に運んでるようなものだ。西側は職員駐車場なのでこれもまた忙しい。あっという間に満車状態になるが、変則勤務がそうさせるのか外来駐車場よりはその激しさはない。 見ていて、何時も思う。急ぎ足で職場に向かって進んでくる人たち。頭の中は何が去来してるか? ああ、これがサラリーマン。そして、人生のなかで一番充実した時期なのかなあ・・・と応援の視線を送る。何はさておき、若いということそのことだけで大きな財産だ。そして、この若いときの活躍の実績が老いてからの安定へとつながる。単純だがそんなものよ。そして、悔いを残さないことである、出来るだけ。老いてから実現しようと思っても肉体的、精神的、社会的にもう無理なことも多い。どんなこと?・・と聞かれると困るが・・・・まあ仕事への傾注もあるし、恋愛だってそうだ、私は悔いはない・・・と言い切れるか? そんなことを考えながら朝の駐車場のラッシュ時を眺めている。
2003.10.17
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今日最終日は天童の総合運動公園体育館アリーナでジャズフェステがある。招待者として日野皓正が来る。見たかったなあ・・・・・・・。あの体中で吹くトランペットを聞きたかった。・・・残念。 しょうがなく近くの美術館で開催されてる美術展を見に行く。多分、私の想像だが、全国と言ってもほとんど作品が集まらなかったのであろう。 山形のひとの作品がほとんどだった。日本画、油絵よりも工芸作品に感動してきた。直接説明を聞かないと解からないが染物や陶芸などおそらくプロ並みなのであると思うよ。なんともいえない味(こんな風にしか表現できない)が出ていてすばらしかった。 今日は閉会式が県民会館である。その入場券もいただいてあるが行かない。次期開催県は福岡県だそうだ。事務局の皆さん大変ご苦労さんでした。 バブル時代に企画された行事で開催県はたいへんなのである。国はほとんど金は出さず、口だけだす。事業費は全部県負担。しかも、各市町村の事業費へ80㌫補助である。 いま少し、自発性を引き出す試みと規模を縮小してもお祭りでなくためになる何かを期待してはいかがなものか?私など、すぐそんなこと考えてしまう。貧乏症なのであろう。
2003.10.13
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来週帰れるかどうか解からない。もしだめなら今日が最後の紅葉を見る機会となる・・・と思い。112号、月山荘へと走らせた。思ったとおり今が盛りの紅葉だった。すこし曇り気味で鮮やかな黄色が冴えなかったがまあまあきれいだった。 6枚ほどカメラに収め帰る。途中寒河江ダム脇の売店で「板地蔵」なるものを売っていた。 板地蔵のひとりごと 真剣だと知恵が出る 中途半端だと愚痴が出る いいかげんだと言い訳ばかり板切れに画いた地蔵さんの絵に以上の文字が。面白いと思い1枚買ってきた。我が部屋に架ける。今年は例年より紅葉ははるかに早くそしてきれいにできてる。来週の土日最高だろうと思うよ。
2003.10.12
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今日は国文祭のオペラの上演される日。県民会館。18:00家内と娘が行くことになった。人ごみは避けるように医師の忠告である。あの「小鶴」がどんな風に脚色されるのか興味あったが、仕方あるまい。藤沢周平は最近NHKで「蝉しぐれ」が7回かな?ドラマで放映されたが、ハッピイエンドのエンデングが感動的。先日読んだ「聖の青春」にあったが父親が巻末に息子「聖」について書いてる。涙なくして読めなかったが、その中に聖の大阪前田のアパートを整理したら藤沢周平の小説が36冊出てきたと書いていた。将棋の本と少女漫画だけかと思っていたがどんな気持ちで藤沢周平を読んでいたのかと不思議に思ったという。明日の命もわからない状況の中で周平の人間味に魅力を感じていたのだろうと涙ぐむのである。 確かに「小鶴」はいろいろなことを考えさせる。人生は現実を避けて通ることは出来ない。 その現実を乗り越えるためには現実の厳しさのまつただ中に生きてはじめて乗り越えられる。逃避では解決しないのであると教えてるように思える。 例え年が若くても年老いてもそれなりの克服が大事だと言ってるのだろう。いい作品であってほしい。
2003.10.11
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週5回の放射線、一回の抗がん剤。だから土日はいずれもない。副作用もこれといって未だないに等しい。だから土日は帰宅してる。あの病院給食味がなくて食えない。食欲減退という副作用はまだない。 今朝は相当冷えたみたい。4-5度程度。駐車場に留めてある車の屋根が真っ白になっていた。よって昼はまさに秋空のぽかぽか陽気だった。病室から眺めていてもしょうがない散歩に出た。 南側の医療大学との境を流れる高瀬川。護岸のコンクリートもなく自然のままですごく感じがいい。 さらさら流れる水に手を入れて見る。まだ生暖かい。まだ冷え切っていない。 めだかが無数に泳いでいる。私の影が水に映ったらさっと川の中央へ去ったが、また列を成して寄ってきた。「めだかの学校かな?」 川の両側はすべて芝生でところどころに玉石が配置されていて工作物は一切ない。例えば東屋のようなやつは一切ない。何もない見晴らしを味わってくれと言うようなことを書いた埋め込みの標識があった。七かまどは真っ赤に色づきもうこれ以上はもたないほど紅葉している。 時折、西側の五春橋の先の鉄橋を山形新幹線がスピード落としてスルスルと通過してゆく。こんなに気持ちいい公園なのに患者さんで散歩してるのは私一人である。何か気にいったら撮ろうと思ってデジカメを持って歩いた。結果的には余りにも赤く紅葉したななかまどの実を数枚デジカメに収めた。
2003.10.10
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病室にシャワーがついてるので汗は流せる。最近朝夕に冷えてきて夏のようにはゆかない。やはり湯船に首までつかって「ううう・・」「あああ・・・」と言いながら入るお湯のほうがどれだけいいことか。つくずく思う。風呂上りビールもいいのだが次第に放射線、抗がん剤の副作用が見え始めたのか食欲がほとんどない。「何を食べたいの」としつっこく家内は聞くが元来あまりこれといって食いたいものはない。その代わり何でも食うが。 来週は帰宅できないであろう。いや外の空気にあまり触れないほうが正解のようだ。 職場の千秋さんが良かったら読んでと持ってきた本が「聖(さとし)の青春」というものだった。最初のページをめくって少し読んだら止められなくなって今、8段に昇段したところまで読んだ。広島出身のプロの将棋棋士。谷川名人を倒すためには今大阪に行かないと間に合わないと・・・親族会議で言い張る。中学1年生の時だった。 29歳で亡くなるまで将棋一本で生きてきたのである。 天才と言われるが・・・努力の鬼だった。読んでいて疲れる。師匠の森信雄が雀荘で麻雀をしてるところに聖はにこにこと入ってきた。 「なにかいいことでもあったのか?」 「はい、二十歳になりました。」という。自分は20歳まで生きることは出来ないと思っていたのであろう。常に死と直面して明日を読めない毎日を送っていた。その痛いたしい気持ちを思うと泣けてくるよ。 その彼に較べると彼の倍以上もだらだら生きてきた自分が恥ずかしくなる。すさまじい、壮絶な戦い、友達が奨励会を去るときに「負け犬」とののしりけんかになるが、彼にとって負け犬と言う語はあってはならない、それは死を意味するものだったのだ。 羽生には4回ほど勝つてるが谷川にはどうしても勝てない。体調を絶好に持ちさえすれば必ず勝てると応援したい。 彼の爪の垢でもと言う気持ちで闘病に立ち向かうぞ・・・・・・・・・・・。最後まで読んでから改めて感想と行こうか。当分日記はお休みになる。
2003.10.05
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今週も外泊許可。来週から許可が出ない。国文祭の開会式に出たかったのだ。昨年のちょうど10月5日、1年前イベントで県民合唱団に入ってイメージソング「みんな抱かれて」を歌った。あれから、ちょうど1年になる。 今日は本番である。落合総合スポーツセンターが会場である。私は招待席にちょこんと座っているだけ。それも病院を抜け出してのことである。今日のイベントで私が一番気にしてたのが小曽根真の「ピアノ協奏曲」である。 良かったが何かいまいちしまらない感じがした。小曽根はタクトをとりながらのピアノ演奏でなんか中途半端に思えた。ピアニストなのだから思う存分にピアノを叩いて欲しかった。 井上ひさし書き下ろしの群読「水」。よかった。水の惑星「地球」。世界における水に苦しむ具体例。日本の国は「水洗トイレ」なるものがあるという。「私達の1日に使う水量を1度のトイレで使うらしい」という下りがあった。水に恵まれて生きてきた私達。世界へ目を広げ水に苦しむ人たちへの理解を与えねばならない。 ウズベキスタンのアラル海のこと、中国の黄河のこと、アメリカのコロラド川のこと、全て人災なのである。開発がもたらす自然の破壊なのである。水は生命の源である。今、真剣に考えねばならない時である。 次のダンス「水に遊ぶ」は歯切れが悪く退屈だった。最後にイメージソング「みんな抱かれて」はぐっと変えて会場と一緒に歌うという形に変えたのであろう。でも合唱でやって欲しかったなああああ。そのぶんだけハーモニーは感じられない。当たり前だ。練習が無駄にはなりはしなかったか? 河合隼雄文化庁長官が文科大臣のメッセージ代読だった。ああ、もったいない。本人の話を聞きたかったのである。これが一番くやしい。
2003.10.04
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