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1月31日。1月も終わり。早いと言えば早いが雪の中の1日は長い。今日、例の水彩画教室。4ヶ月にもなるといろんな話が耳に入る。人は批判して自分の存在を確認するようなもの。当然俺だって、同じ意見はある。 今日、行きすがら思った。今、老後の暇つぶしに絵をやってる。これから絵で飯を食うわけでもない。しかし、ほんのちょっとの自分の良さを人に認められたい気持ちは持つものだ。 それもつかの間の自己満足。どうせ自己満足なら思い切ってひらめきを表現すべきだと思うのである。 今日は、己の世界でひらめきに従って描いてみた。いいか・悪いかは別問題。しかし、そろそろ筆を運ぶ多くの人に見せてやりたい気がしないでもない。 なにもしなければ何もしない・・・のが人生。こうして機会を得ているだけで幸せと心得るべし。
2005.01.31
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ここ数日いい天気が続いている。朝起きるともうすでに雪かきのスコップの音と、屋根の雪が解けて流れ落ちるポトポトという音が耳に入る。ああ、今日もいい天気なんだ・・・と思い起き上がる。 春のようだと言ってもいいだろう。たまらなくなって出かけた。なんとなく最上川を見たくなった。最上川といえばすぐ大石田と私は思い浮かぶ。茂吉もそうだし、真下慶治もそうだ。あのとうとうと流れる河の表情が大石田にはある。 でも遠いので白鷹から朝日に抜ける長井大江線を走ってみようと思い立った。 河のじきそばを走れるからだ。案の定、途中で交通止め。287に乗り換え寒河江経由で帰ったが、先日、河北町の「ひなの湯」で話しかけられたじいちゃんの話の中で寒河江はあったまる、是非1度行ってごらん・・・という話があったので探して行ってみた。意外と簡単にみつかり風呂に入ってきた。 100円也。洗髪関係なく100円だから上山よりはるかに安いことになる。今日は土曜日。すごい人だった。多分ここは循環湯だろう。温泉はだくだく出てるがこの入浴者ではすぐ湯が汚れる。 入浴者の顔と体つきをみると平均年齢70歳ははるかに超えてる。ただ、脱衣場のすみに綿ほこりがうようよしてる。掃除をしてないのでは?これをみてがっかり。 今回かぎりと思ったしだい。年間50万人平均入浴してるようだ。安いことにこだわらず清潔にしておくべきだと思った。 風呂は年寄りに限らずみんな好きだ、でも、休憩室が310円とある。ならばみんなが休めるように開放してせめて200円程度に設定してもいいのでは? こんな大勢な入浴者にであったのは天童の「ゆぴあ」以来だ。でも市民がこんなに押し寄せてくる溜まり場は市としては喜ばしいことに違いない。スケッチの準備をして出かけたが、結果としてなにもなし。車では目移りしてだめだ。 明日からまた冷えて荒れそうだ。この繰り返しがもう何度あることやら。今年の冬はながーーーい感じだな。
2005.01.29
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昨日は管泰則氏の個展情報をつかんだのでサハトベニバナへと天童市の芸術祭としての展示会鑑賞のため市民プラザへと行った。そして帰り山形美術館へ寄った。福王寺法林展に圧倒されてそれのみ書いたしだい。サハトベニバナのギャラリーにすばらしい絵が展示されてる。管氏の個展より感銘を受けた。河北町出身の画家が多かった。天童へ向かう途中に「ひなの湯」の案内をみたので寄ってみた。平日なのに20数人が入浴していた。いや、なかなかいい風呂だった。脱衣場は広く、浴室も広く、お湯がきれいだ。一人のじいちゃんが話しかけてきた。「ここの湯はあったまるね」「ああ、そうですか、私はじめてなので」「天童の湯ピアはだめだ、おれ天童から来たんだけんどよ」・・・・とここの湯をほめていた。浴槽が3つあって中央の浴槽に高温湯と書いてある。入ってみた、45度という表示もある。うううんん・・熱い。でも我慢できないほどではない。急に身が締まる感じで気持ちいい。さっさと洗い上がったが、なかなかいい雰囲気の風呂だった。250円也。5年で250万人突破との写真がべたべた貼られていた。天童市民プラザ、いい施設があったもんだ。展示内容はさほど語るに及ばずだが、中国彩色墨画というのがあったが、先生の指導で同じモチーフを描いたのであろう。ニュアンスが違って興味深かったが、私は中国のお土産で見たことあるが、こんな身近で向かってる人がいるとは知らなかった。 いいもんだ、味がある、勢いがある、墨の使い方が難しそう。展示会を見に来ましたと事務室に言うと駐車料金無料。これも気に入った。昨日は随分勉強した1日だったと言いたい・・・・・・・。
2005.01.28
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30日までとのことで足を運んだ。ううんん・・・・圧倒されてしまった。はじめて見たわけではないが、あの、ヒマラヤのスケッチとか日常のスケッチなども展示されていた。その大胆さとしかも繊細さに驚く。油絵にない創作というのか?イメージの集約というのか?または心の表現力と言うのかもしれない。そのものをみたとおりに描くのはさほど難しいとは専門家は言わない。写真と違ってそこに自分の心が入る。カメラのレンズを通してではなく、自分の目と手で描くわけだから、そこにその人の力が歴然として現れる。 特に日本画は実物を抽象してそのエキスを表現するわけだから、無駄を省き、何をどのように表現するかが問われる。 能や狂言が省略の芸術とあの野村萬斉が言っていたが、日本画もそれなのだ。ヒマラヤの岩の稜線をヘリで飛んでしかも地上からもスケッチして描くのだそうだ。写真にはできない絵の技術がありありと感じられた。 しかもタッチが男らしいというか勢いがある。そろそろと筆を運ぶのではなくて一発で決めてる感じがする。色を何度も塗り重ねて味を出すような描き方はない。もう、描く前に完成図が焼きついてる感じだ。 作品目録を買ってきたが、最近はじめたわが趣味はささやか過ぎると感じた。りんごのスケッチ、花のスケッチ、意外と人物はなかったが、りんご特有の線をみごとに出していた。こんな基礎的なことをまじめにやってるのかと驚かされる。 山形が生んだ偉大な人だと思う。どうぞ長生きしていただきたいものだ。
2005.01.27
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昨夜テルサであった。会員のため家内と行った。最近観衆が多くなったのであろう。市民会館が取れなかったのかもしれない。満員だった。若い人が多いのに気づく。いいことだ。このたびのメインはサクソホン協奏曲だ。西村朗という人の作曲。説明によると東洋哲学?東洋の宗教に相当に憧憬が深いとか・・・。「わが心の・・・・」忘れた。 サクソホンはほとんどジャズに登場する楽器。弦楽器だと一度に2つ以上の音を出せるが管楽器だと大変なのだそうだ。しかも、半音なってものではなく4分の1半音とかをつかいなんというか神秘的?和音にならない汚い音の連続。澄んでるサックスの音も奇妙な響きで難解だ。現代音楽とはわからないように作るのが鉄則のようだ。ろくにわからない輩に言わせるとこんな評にしかならない。 その後に演奏されたチィコフスキーの交響曲5番は良かった。世界でもっとも多く演奏されてる曲だそうだ。きれい、リヅムカル、迫力あり、飯森指揮者の弁を借りると、ソビエトの厳寒の中で暮らす人々の自然との共存の中で明るさとしたたかな生命力を感じさせる曲だという。4楽章を2回に分けて演奏した。これも珍しかった。 テルサだったので駅前の飲み屋へ入って熱燗を飲んできた。めずらしいことに「このわた」などあったので2つも食べた。寒鱈のどんぶりもあったので食べた。二人で飲み屋は何年ぶりかな?おいしかったわ。飲み屋の銚子だから少ないがそれでも五合飲んできた。たまにいいものだ。歌も歌えないし、たいして食えないがちょこっとした珍しいものに食いついてそれで満足。 今日は水彩画教室。腫れぼったい顔で出席。絵も腫れぼったい・・・・?
2005.01.24
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近所の人で俳句、和歌、川柳を新聞に投稿してる人がいる。本名を出してるので本人にも確かめたので間違いない。なので、特に土曜、日曜に多いので時々拝見してる。「欲ひとつ消したら 筋道少し見え」どんな欲だったか知らないがなるほどと感心した。囲碁を打ってるとどうしても相手の石を殺しに行きたくなる。その目的達成率は確率が少ない。殺すと見せかけて自分の地を確保するのが常道なのだがなかなかできないものだ。欲のツッパリというが、全体の情勢を見極める心が上達の早道なのだがなかなかできないのだ。 欲ひとつどころか3っつも4っつも抑えて冷静に向かう心がほしい。最近負け続けなものだからこの一句がびしりときた。「賞味期限切れた歌でも 孫眠る」これは近所の人ではないMさんという市内の女性の方だ。若いとき好きだった歌なのであろう。孫をおんぶしてか、だっこしてか鼻歌で歌ったのであろう。いつの間にか孫さんはすやすや眠ったではないか。そんなばあちゃんのほほえましさが見えるようでううんとうなった。昔の歌を賞味期限と言ったところに女性らしさを思わせる。スーパーで生ものは特に賞味期限をうるさく見てる。 私は、最近のテレビで「そして歌は生まれた」という番組での「浪花節だよ人生は」という歌の藤田まさとの作詞の経過を知って、歌う木村友衛の努力と人生を見せられた、ほろりときた。中にはクラシックだけが音楽だとほざくやつもいるが、その辺の身近であちこちでいろんな人生が展開されているのだ。 義理人情というが私自身も浪花節調の人間なのだと思う。ずいぶん歌詞を探した。見つけた。残念、歌えない。声帯が肥大していてだめなのだ。 でもこの一曲でたまには飲み屋へでも行きたくなった。賞味期限の切れた男の悲哀かな・・・・・・・?
2005.01.22
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かねがね気にしていた発表会用の作品を昨晩仕上げた。描いてるときはさほど気にしてなかったが、バックの色が濃い過ぎる。 油とちがって塗りこみが容易でないのでいじくると濁ってゆくだけなので、妥協することにした。 同じ素材でパステル画がある。どうしてもこれを水彩でと向かったがどうも思うようにゆかない。紙をかえたり絵の具を変えたりしたがとどのつまりは腕をかえる必要有だ。 突っ込むと突っ込むほど汚くなるので事前の構想が大切と思った。でもやっと水彩画らしさを出せたと自己満足してる。
2005.01.20
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寒梅を雪にさらすまで外において置いて雪に埋もれたことを確認して玄関に取り込んだ。 それから2週間ほどかなそのままにおいて居間に入れた。 そう、1週間かからずに咲いた。わが愛するミニ盆栽はさらに1週間遅く玄関にいれてさらに1週間後に居間に入れた。咲くだろうか? つぼみは教室でもらったときから小さく感じられたから、うまくいけば咲くはずだ。 ところが、教室で、素材だった梅をミニ盆栽に作るとき根を5分の1にまで切ってしまうのだ。 小さい鉢植えに入らないからだ。 そして針金で鉢植えに縛り付ける。 これで生きれるのかと心配するのは俺だけではないだろう。 その梅が今日咲いたのだ。かわいい。めんこい、きれいだ。誰がなんと言おうときれいだ、かわいい。ほんとにかわいいのだ。よくもこんな小さな鉢の中で、少ない土の中で生きてるのだ。道路の側溝の隙間にあったコケを無理やり貼り付けて置いたがそれもきれいに生きてる。 寒梅の鉢は買ったやつを1つあるが、それはもう満開を過ぎて散り始めたので玄関に返した。 このミニはかわいくて朝、昼、夜何度も咲きそうだ、今晩か、明日かと見ていた。今朝1輪だけ咲いていた。 めんこい、かわいい、小さいけど大木の威厳有り。こんな興味が心の大部分をとりこにするから関心あることというのは人に説明できないものがあるのだね・・・・・。
2005.01.18
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10日が祭日のため今日が最初の教室。この雪景色、道路は悪いし、寒くはないのだが、そのため正月期間に描いた絵の批評会だった。私は1枚色紙を出したが、色紙ではなく絵を持ってきてくださいと先生に言われた。言われるまでもなく持っていったのだが、自分自身ふがいなく思っていたのでみんなの目にさらしたくなくて出さなかった。後で先生に見せてご批評を聞いたがたいしたアドバイスも聞くことができなかった。 いやなかにうまい人がいた。女性だが淡彩風だが要領よくまとめてうまかったな。これが水彩画だと思った。私はどちらかというと油絵風なのだが、このたび経験したが水彩画はそのときは水がついててつやがあるが乾くとまったく感じが違うのだ。画用紙が悪いのではと画材やに聞いた。スケッチブックの紙はそれなりのものらしい。高級画用紙をさっそく注文した。 久しぶりになつかしい面々に出会って楽しかった。いよいよ発表会用の絵に挑戦する。
2005.01.17
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いつもNHKのニュースだけは見るようにしてるが、それも時々さぼる時もある。ほとんどテレビ番組は見ず、下手な囲碁に熱中する毎日だが、今日は7時のニュースの後に「そして歌は生まれた」という番組があった。一気に最後まで見てしまった。 氷川きよしの「箱根八里の半次郎」 木村友衛の「浪花節だよ人生は」 夏川りえの「涙(なだ)そうそう」・・・・・・の誕生秘話だった。氷川きよしの性格のよさ、ひたむきな努力へほれ込んだ作曲家作詞家、そしてプロダクション会長の快い思いやりが実を結ぶ話。やだねったら やだね。のいきさつやら、3年半もかかった苦労話よかったな。木村友衛が山形県は新庄での生まれだったとは知らなかった。自分の人生に生き写しの藤田まことの歌詞にまさに人生をかけた。作曲家の四方章人の人柄もいい。「涙そうそう」は沖縄の節回しが心地よく気に入ってた歌だが、森山良子の作詞だとは知らなかった。BIGINのセンスも絶大だと思う。どんな歌も世に出るまではそれなりに紆余曲折があるのだろうが、多くの人の心が絡み合って誕生の苦しみを潜り抜ける話にほっとする温かさを感じさせていい番組だったと思う。はじめて見た。 口ずさんではみるがいまだに声が出ない。カラオケで歌えるのは何時のことかなあ・・・・・・。
2005.01.15
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正式な名前はなんと言うか知らない。昨年までは毎年秋田から送ってくれていたが、その人が亡くなってもう手に入らなくなった。 2日ほど前スーパーで売っていた。ああ、と思い一本試験的に買ってみた。そばも一緒に買った。そばのたれにしぼって入れるとうまいからだ。 それがなんとうまいうまい。かって秋田から送ってもらってたやつより辛いかもしれない。秋田では「しぼり大根」という。6-7センチの太さで10センチほどの長さのずんぐりした小さい大根である。 そばのたれだけではない。味噌汁や鍋物なら受け皿に入れて食べるときりりとしまった味がして食が進むのである。一般の大根では水臭くてあの味はしないのである。おかげさまで昨日の朝、昼、そして今日の昼と連続のようにそばを食べた。 そばも、あちこち店の選択はうるさい俺だが、売ってる生そばもすばらしい。その辺のそばやよりうまいかもしれないのだ。腰としんがあってうまい。相当なもんだ。 そばをゆでたお湯を捨てないでおいて、後で蕎麦湯で飲む。これがまたうまい。 わざわざ蕎麦屋へ行く必要がないと感じた昨日今日である。囲碁三昧の一日・・雪がふりつもった1日・・・。 (AM 01:41)雪が随分積もった。ドウタンが雪の重みで頭を斜めに傾けている。明日、雪をどけてやらねばならない。ひと冬に3回ほどあるかな?雪を除いてやるのが。ななかまどにも、ぶなにも、ヒイラギにも重たそうな雪が積もってる。少し、しめりが多い雪だ。こんな状態でどこへも行けないもどかしさよ。雪景色のデジカメでもと思うが、ところが雪国で暮らしてる人は皆、雪への被害意識こそあれ雪の美しさを捉えてみたいという人はあまりいないのでは?写真に凝ってる人とか、真下慶治のような最上川の雪景色に生涯をかけたとか、斉藤茂吉のように毎日の変化に頭をひねり続けたとか・・・・・、ほとんどいない、と思うよ。庄内では有名な俵雪などなら俺も飛んでいって写してみたい。そうだな、寒鱈のころ、鶴岡へ行ってみるのもいいかもよ・・・・? じっとしていれない俺は囲碁三昧。今日は13勝7敗である。どうしても勝てないやつがいる。そいつ、あまり成績はよくないのだが、いやに強い。相性とよく言うが、多分相性がわるいのだろう。 感覚の違いというが、ほとほと感心する人がいる。同クラスでだよ。何かの間違いでこんな低いクラスでもたもたしてるのだろう?いつでも見える顔は何も予定もない俺と同じ境遇の人に違いない。名前がjeeとかjieとかkitigaiとかigokitiとか中には女性と思える名前もあってにぎやかだ。アメリカ人のWさんは何時開いてもいる。 眠ってないのか?感心する。もう何度も打った。強い。そんな彼も昇段できなくている。俺と同じ悩みを持ってるに違いない。辛味大根のぴりりとしたあの味が良かったのか今日は成績が良かった。勝負事とは悪いときにはじっとしてるものだよ・・・・・?
2005.01.10
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12月暮れからちょぼちょぼ降り始めて、そう、庭に15センチほどの積雪がある。植栽の上に雪が積もって粗末な雪囲いもさまに見えるからうれしい。いい感じだ。昨日8日は退職者会の囲碁大会。20数名集まった。囲碁の方はどうも気持ちが入らない。べたべた負けて2勝3敗。スイス方式とかいって、 対戦相手の得点を足して自分の得点を出すという。5連勝すれば問題ないが、成績のいいやつに勝てばそれなりに得点が大きくなるというしくみだ。面白い。昼食の弁当を食いながらいろいろ情報が手に入る。あの元気だった00さんが暮れに亡くなったとか、00さんは肝臓に癌がみつかり、それが肺に移転して8ヶ月の点滴による抗がん剤を投与して最近げんきになったとか・・・である。そんなうわさのひとつに自分も昨年は俎上に乗ったことだろう・・・多分。 情報は得てうれしいのか?自らの命の短さを身近に感じるのか?せめてもの、気をつけようという喚起の素材にはなる。 もうお互いにそんな年齢になってるのだ。今、幸せというこの時を大切に生きるべきなのだね。そう、楽しいことをしよう。もう、妥協はしない。嫌いはきらい。好きは好き。孔子ではないが死んで名を残すほどの人間でもない。車が毎日車庫で寒そうにしょんぼりしている。一度ぐらい雪道の長距離を走らねばなるまい。重装備して。この車意外と体重が重い。 あまり尻を振ることはない感じだ。乗用車では毎年、トランクに玄米30キロを積んでいた。春に家内に少しやすく売りつけるのだ。玄米だからほとんど品質が変わらずおいしいままだ。それをまだしてない。 1月も9日、3分の1が過ぎた。2月の声を聞くと相当に緩んでくる。それにしても滝めぐりまではまだまだ、相当かかるよな。せめて、散歩で足を鍛えておかねばならない。最近サボりが多い。
2005.01.08
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ミニ盆栽教室この1年の感動はこれに尽きるかもしれない。たいしたことをしてる訳でもないが、とにかく知らないことを聞くことは新鮮さがある。月1度の講座ゆえ気持ちの負担もない。また続けることにする。肥料をまけばついつい多く与えたがる。水をかければがぶがぶかけたがる。そんな自分にはいい講座だ。老老介護のこと ショウトステイへ毎月はじめに3日間お世話になってきた。ところが最近うちへ帰りたがるという。情緒不安定のため断りたいという。 ホームとはそんなものか? 90歳になる年寄りに情緒不安定と決め付けて面倒みれないという。そんな馬鹿な? 介護保険制度の見直しで要介護3以上でないデイサービスも参加できなくなるという。そんな馬鹿な? 今でも全体の10㌫弱の人しか介護保険を利用してないという。少ない年金から強制的に徴収してその日暮らしの老人へは死の宣告にひとしい。介護の精神はどこへ行ったのか?要するに商売なのだ。てのかかる人はお断りという。 厳しい現実はその辺にごろごろしてる。政治ではなんともならない時代なのかね?肩の力を抜いて・・・・・・・ まあ、肩の力を抜いて・・・・・・・。できないものはできない。この一年職場を離れて暮らしてみた。わずらわしいことは一切お断り。退職者会の役員も勤め上げた。ああ、幸せだと思った。 しかし人間すべてのことから開放されることはあり得ないのだと最近思うようになった。 前向きに対処し続けることが生きるということなのかもしれない。肩の力を抜いて・・・・が今年のモットーとしてゆきたい。デジカメのシャッターも肩がこちこちでは撮れないからね。趣味への突っ込みの深さを増すような気がする。できるときはやればいいのだ。 羽ばたく一年にしたいものです。
2005.01.01
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