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2月2日から始まるシルバー展へ出展。 今日決断してガクブチやにおいてきた。 搬入搬出で1000円でいいというからこれほど安いものはない。 しかし、随分眺めて、時々手直ししていたが、手元を離すとなると、 やはり決断が要るものだ。 どうせこれだけの力だもの、高望みは禁物よ・・・。 気持ちがぐぐっと高揚したときに流れるように筆を運んだときそれが 一番勢いがあるものよ。 潜在的に持つ力、後で知識としてもった力、そして感情のこだわり、 そう、最初に思った心で描ければそれが一番いいのだ。 昨年、来年は出すぞと決めていたそのときが今日だった。 またひとつ、前進の素地にならんことを願って我が分身を送り出す。
2006.01.29
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庭のななかまど 今朝あまりにも空がきれいだった。ななかまどは乾燥して実にしわがよってる。かってのつやがない。雪も春の雪でしめっている。1時間もするととけてなくなる。寒さは相変わらず厳しいが日も長くなり陽がさすとほのかに春を感じさせるこの頃である。
2006.01.28
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IT時代の寵児ともいわれた彼がお縄になった。 若干33歳という若さ、会社そのものの役員が20-30代という 若さに驚嘆さえ感じていた。 従来の会社というイメージを根底から変えていたという感じと 企業の合併買収をもとに株価を吊り上げていたということ自体 株式市場に経験のない私など他所の話とも思っていた。 しかし、たかが30代でマスコミの脚光を浴びる彼の存在に 羨望の目で見ていたことは事実である。 IT時代というが、今やまさに激戦のさなかでもある。 かってのNTT電話独占の時代は去った。かかってくる電話の PC電話の番号の多いこと。そんな激戦区のさなかの本来の 業務での論争での話題で脚光を浴びてほしかったとさえ思う。 法律は破るためにあるという理屈もあるが、すれすれの線で 泳がないと金儲けにはいたらないのであろう。 反面、新聞の論調にもあったが、日本的資本主義の甘さも 指摘されていた。アメリカやイギリスではむしろかれの行動が 日本の将来にあらたな一石を投ずるとの評価が高かったこと を思うと、そういうものかと感心して読んでもいた。 出る釘は打たれるというそんな感じの今回のお縄とも思えて 仕方ない。
2006.01.25
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この頃、囲碁不調。絵は描く気なし。困ったものだ。絶不調である。 テレビで見たのだが、確か、埼玉県のある人が事業に失敗し、行き場を失い流れて山形まで来た。家族4人だったようだが、時期は夏だった。山形は山寺に来た。1000段の階段を登り途中に数箇所の寺があるが、その一つひとつで書かれてる励ましの言葉に痛く感じ入ったそうだ。同行の子供たちも感動し、再起の活力をもらった。必ずまた来ようと誓ったそうな。現在は新潟で皆元気に暮らしてるというお話しである。 山寺を訪ねたくなって、カメラをもって出かけた。私は階段を登らない。 芭蕉記念館前でカメラを構えたら、ちょうどそこに韓国人のツアーが来ていた。彼らも一斉にカメラを構えたから面白い。雪解けの様子がここでもわかる。今年の雪も山を越したか?いやいやこれまでの経験でそんなことはない。 1月末から2月半ばにかけてが本来の冬の山場よ。寒だら汁をふうふうすすり やりいかを味わう時がその山場のヤマなのだ。今年はどうなるか? 最近の鱈はどういうわけかうまくない。油がない。昨日今日は春めいた感じの陽気だがこんなことでは冬は終わらない。「春遠からじ」であることは間違いない。あの山寺をここまで写れば望遠レンズの威力というものよ。
2006.01.17
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冬の寒い夜にあたたかい味噌汁はいい。高校生ぐらいまでかな・・・「干菜汁」(ほしなじる)が我が家の常食だった。なんのことはない貧乏のため、農家からもらった大根の葉をからからに干したものを一晩水に浸して味噌汁の具にして食べる。こんなものおししい訳がない。しかし、どうゆう訳か冬になると必ず思い出す。あの味をもう一度味わってみたいと思ってるのである。 先日、スーパーでその「干菜」を売っていた。150円也。手で触るとぽろぽろ砕ける。ああ、これ本物だと思った。(私の生まれは秋田県なので当時の山形の事情は知らない。)買ってきて早速水に浸し、翌朝食べた。 大根の青臭さはないものの、どうもイマイチ当時の味はしない。食べ物と言うヤツはすべてこんなものなのだ。記憶にある味と現実は相当に違う。育ち盛りの環境とそれから数十年もたってからの味とはどうしても頭のなかで一致しないのだ。漬物の味もそうだ。これは技術の差もあろうがうまくゆかない。今年は特に寒いので当時の大根の「なたぎり漬」を食いたかった。ばあちゃんに今聞いてもさっぱり答えにならない返事をする。大根をなたで切るように大きく乱切りして麹で漬けるのである。鮭の頭やはたはたなども入れていたように思う。かなづちを持って小屋へ行き、樽にはった氷を割って取り出す。寒くないとうまくできない。 今年の大雪をいいことに庭の雪に穴をほってポリの樽に漬けた。あの頃らしい感じはするが、歯にしみるような冷たさは感じられず味もイマイチだ。毎日少量取り出しては食べてる。最近、昔の味を求める傾向があるのだ。毎日何を食べたいかと聞かれて困る。スーパーで「カツ」を見たのでカツ丼にしようと言った。かって、西仙台カントリーの名物昼食はカツ丼だったからだ。どんぶりに乗せるのではなくかつは別皿にもって出すのである。十分にだしをとってカツを煮込み卵をといてかけて終わり。これ、意外と我が家のカミサンと娘に評判よかった。当時は一皿で不足の感じをもって食べていたが、いまでは半分も食えない。 食べること自体あまり積極的ではない私なのだが、この雪のせいか昔の味を求めている昨日今日であるよ。
2006.01.13
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午前中歯科と県立中央病への外来。歯科もようやく大詰めに近い。最後は親知らずを抜いて終わりになりそう。まだ親が生きていても親知らずとはこれいかに? そんな意味ではないのかな?県中病のN先生。2月いっぱいで辞めるそうだ。先月言われたのだが、親の面倒を見るために開業だそうだ。横須賀だそうだ。 若いのに感心だと思う。我々の年代はほとんどの人が親の介護や面倒でいろいろ苦労の真っ只中にいる。 彼のようなまだ40代の人が親の介護とは早い感じがするが、親の年齢までは聞かなかった。 思えば、随分いろいろ議論したし、わがままも言った。ひとつ一つに丁寧に答えてくれた。「Mさんこの手術で100までも生きられます」「そんなに生きなくてもいいよ、おれは」こんな調子での会話が多かった。今日の外来で、「先生、季節のいいとき、診察を受けにゆきます」と言ったら、「ああ、是非いらして・・・小泉総理の事務所のすぐそばだよ」と言っていた。「同級生が小泉の地元秘書をしてるんだ」ともいっていた。必ず1度は行きたいと約束した。 手術をしてちょうど2年1ヶ月になった。味覚も戻ったし、酒も飲める、ろくに食わなくても山は歩けるし、囲碁も打てる。絵も描くようになったし、これも癌克服の証拠だろう。ひとえに先生のおかげというものだろう。毎回内視鏡でのどを覗き、テレビ画面に写してみせてくれる。きれいなもんだ。 最近「舌苔」もでなくなったが声帯の腫れが未だにとれない。だから全く歌は歌えない。まあ、カラオケも卒業したようなもんだから。ただ、聞くだけである。 月1度の外来だが配慮してくれて1月末と2月末の2度の外来をセットしてくれた。 その彼がいなくなると思うと、なんか、よりどころを失うような気になって複雑だ。横須賀へゆく楽しみができたとゆうもんだよ・・・・。
2006.01.05
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早いもので3日となる。 元旦に嫁いだ娘夫婦が来て酒飲み。そのほか 誰も来るわけではなく、通常どおりなのだがカミサンだけは 台所でせわしく動いている。 朝から夕方まで囲碁三昧である。さすが正月。暇をもてあましてる 人が多いのか、対戦相手は即座にみつかる。 年初めでもあるしどこかお参りでもとの思いつきで南陽の熊野大社へ 行く。車の御払いをしていただいたし、おかげで何の事故もなく今日まで 来たし、お礼かたがた行くことにした。 348号は道路は路面がところどころ顔を出していたが沿線はすごい雪。 杉林に雪が積もってる様もいいもんだ。風が多少あって吹雪いてる。 雪に煙るといった感じ。 熊野大社は3日といえど結構人出が多くて驚く。参拝をしてお札を買って 帰る。開山という言い方でいいのか?この2006年で1200年になると 書いてあった。記念にあちこち補修したいのだそうだ。寄付を募る文面が 大きな看板に書いてあった。約1億かかるとも。 長井の有名な「亀や」ラーメン。営業してるか?と思い寄ってみる。 ちゃんと営業中。例の馬肉のチャーシューのラーメンだ。 かって長井に勤めていたときうまいと思ってよく食べたものだ。 今回はどうも期待はずれだった。相変わらず馬肉だけはうまかった。 この馬肉だけでも売っていて、これを肴に酒をあおってる人もいた。 正月だいいだろう。うまそうに見えてうらやましかった。 置賜地方はさすがに雪が多い。113号は完全に圧雪だ。 4輪駆動はさすがにいい。安定して走る。こんな真っ白な雪道を 南の人に運転させてあげたいものだ。でも私はそばに乗りたく ないけどね。明日からまた職場は動き始める。 年金生活者はそんな区切りもなく囲碁三昧といきますか・・・。
2006.01.03
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